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∞コワバナ∞コミュの[049]危険な好奇心part1

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小学生の頃、学校の裏山の奥地に俺達は秘密基地を造っていた。

秘密基地っつっても結構本格的で、複数の板を釘で打ち付けて、雨風を防げる3畳程の広さの小屋。
放課後にそこでおやつ食べたり、エロ本読んだり、まるで俺達だけの家のように使っていた。
そこを俺と慎と淳と犬2匹(野良)で使っていた。

小5の夏休み、秘密基地に泊まって遊ぼうということになった。
各自、親には「○○の家に泊まる」と嘘をつき、小遣いをかき集めておやつ、花火、ジュースを買って。修学旅行よりワクワクしていた。

夕方の5時頃に学校で集合し、裏山に向かった。
山に入ってから1時間程登ると俺達の秘密基地がある。

基地の周辺は2匹の野良犬(ハッピー♂タッチ♂)の縄張りでもある為、基地に近くなると、どこからともなく2匹が尻尾を振りながら迎えに来てくれる。
俺達は2匹に「出迎えご苦労!」と頭を撫でてやり、うまい棒を1本ずつあげた。

基地に着くと荷物を小屋に入れ、まだ空が明るかったのでのすぐそばにある大きな池で釣りをした。
まぁ釣れるのはウシガエルばかりだが(ちなみに釣ったカエルは犬の餌)。

釣りをしていると徐々に辺りが暗くなりだしたので、俺達は花火を始めた(俺達よりも2匹の野良の方がハシャいでいたが)。
結構買い込んだつもりだったが、30分もしないうちに花火も尽きて、俺達は一旦小屋に入った。

夜の秘密基地というのは皆初めてで、山の奥地ということで街灯もなく月明りのみ。聞こえるのは虫の鳴き声だけ。
簡易ライト1本の薄明るい小屋に3人、最初は皆でおやつを食べながら好きな子の話、先生の悪口などを喋っていたが、静まり返った小屋の周囲から時折聞こえてくる「ドボン!」(池に何かが落ちてる音)や「ザザッ!」(何かの動物? の足音?)に俺達は段々と恐くなってきた。
次第に、

「今、なんか音したよな?」

「熊いたらどーしよ?!」

など、冗談ではなく本気で恐くなりだしてきた。

時間は9時。
小屋の中は蒸し暑く、蚊もいて、眠れるような状況では無かった。
それよりも山の持つ独特の雰囲気に俺達は飲まれてしまい、皆、来た事を後悔していた。

明日の朝までどう乗り切るか、俺達は話し合った。

結果、小屋の中は蒸し暑く、周囲の状況も見えない(熊の接近等)為、山を下りる事になった。
もう内心、一時も早く家に帰りたい! と俺は思っていた。

懐中電灯の明かりを頼りに足元を照らし、少し早歩きで俺達は下山し始めた。
5分程はハッピーとタッチが俺達の周りを走り回っていたので心強かったが、少しすると2匹は小屋の方に戻っていった。

普段何度も通っている道でも、夜は全く別の空間にいるみたいだった。
幅30センチ程度の獣道で足を滑らさぬよう、皆無言で黙々と歩いていた。

そのとき、慎が俺の肩を後ろから掴み「誰かいるぞ!」と小さな声で言ってきた。
俺達は瞬間的にその場に伏せ、電灯を消した。

耳を澄ますと確かに足音が聞こえる。

ザッ、ザッ

2本足で茂みを進む音。
その音の方を目を凝らして、その何者かを捜した。

俺達から2、30メートル程離れた所の茂みに、その何者かは居た。
懐中電灯片手に、もう一方の手には長い棒のようなものを持ち、その棒でしげみを掻き分け、山を登っているようだった。

俺たちは始め恐怖したが、その何かが人間であること、また相手が1人であることから、それまでの恐怖心はなくなり、俺たちの心は幼い「好奇心」で満たされていた。
俺が「あいつ、何者だろ? 尾行する?」と呟くと、2人は「もちろん」と言わんばかりの笑顔を見せた。

微かに見える何者かの懐中電灯の明かりと草を書き分ける音を頼りに、俺達は慎重に慎重に後をつけ始めた。
その何者かはその後20分程山を登り続けて、立ち止まった。

俺達はその後方30メートル程の所に居たので、そいつの性別はもちろん、様子等は全くわからない。かすかな人影を捕らえる程度。
ソイツは立ち止まってから背中に背負っていた荷物を下ろし、何かゴソゴソしていた。

「アイツ1人で何してるんだろ? クワガタでも獲りに来たんかなぁ」

と俺は言った。

「もっと近づこうぜ!」

と慎が言う。
俺達は枯れ葉や枝を踏まぬよう、擦り足で身を屈ませながら、 ゆーっくりと近づいた。

俺達はニヤニヤしながら近づいていった。
頭の中で、その何者かにどんな悪戯をしてやろうかと考えていた、その時

コン!

甲高い音が鳴り響いた。
心臓が止まるかと。

コン!

また鳴った。
一瞬何が起きたか解らず、淳と慎の方を振り返った。

すると淳が指をさし、

「アイツや! アイツ、なんかしとる!」

俺はその何者かの様子を見た。

コン! コン! コン!

何かを木に打ち付けていた。

いや、手元は見えなかったが、それが”呪いの儀式”というのはすぐにわかった。
というのも、この山は昔から「藁人形」に纏わる話がある。あくまで都市伝説的な噂だとその時までは思っていたが。

俺は恐くなり「逃げよ」と言ったが、慎が

「あれ、やっとるの女や。よー見てみ」

と小声で言い出し、淳が

「どんな顔か見たいやろ? もっと近くで見たいやろ?」

と悪ノリしだし、慎と淳はドンドンと先に進み出した。
俺は嫌だったが、ヘタレ扱いされるのも嫌なんで渋々2人の後を追った。

その女との距離が縮まるたびに、「コン! コン!」以外に聞こえてくる音があった。
いや、音というか、女はお経? のような事を呟いていた。

少し迂回して、俺達はその女の斜め後方8メートル程の木の陰に身を隠した。
その女は肩に少し掛かるぐらいの髪の長さで、痩せ型。
足元に背負って来たリュックと電灯を置き、写真? のような物に次々と釘を打ち込んでいた。すでに6〜7本打ち込まれていた。

その時、

「ワン!」

俺達はドキッとして振り返った。そこにはハッピーとタッチが尻尾を振ってハァハァ言いながら「なにしてるの?」と言わんような顔で居た。

次の瞬間、慎が

「わ゛ぁー!!」

と変な大声を出しながら走り出した。
振り返ると、鬼の形相をした女が片手に金づちを持ち

「ア゛ーッ!!」

みたいな奇声を上げ、こちらに走って来ていた。

俺と淳もすぐさま立ち上がり慎の後を追い走った。
が、俺の左肩を後ろから鷲づかみされ、すごい力で後ろに引っ張られ、俺は転んだ。

仰向きに転がった俺の胸に「ドスっ」と衝撃が走り、俺はゲロを吐きかけた。
何が起きたか一瞬解らなかったが、転んだ俺の胸に女が足で踏み付け、俺は下から女を見上げる形になっていた。
女は歯を食いしばり、見せ付けるように歯軋りをしながら「ンッ〜ッ」と何とも形容しがたい声を出しながら、俺の胸を踏んでいる足を左右にグリグリと動かした。

痛みは無かった。もう恐怖で痛みは感じなかった。
女は小刻みに震えているのが解った。恐らく興奮の絶頂なんだろう。
俺は女から目が離せなかった。離した瞬間、頭を金づちで殴られると思った。

そんな状況でも、いや、そんな状況だったからだろうか、女の顔はハッキリと覚えている。
年齢は40ぐらいだろうか、少し痩せた顔立ち、目を剥き、少し受け口気味に歯を食いしばり、小刻みに震えながら俺を見下す。
俺にとってはその状況が10分? 20分? 全く覚えてない。

女が俺の事を踏み付けながら、背を曲げ、顔を少しずつ近づけて来たその時、タッチが女の背中に乗り掛かった。
女は一瞬焦り、俺を押さえていた足を踏み外し、よろめいた。
そこにハッピーも走って来て、女にジャレついた。

恐らく、2匹は俺達が普段遊んでいるから人間に警戒心が無いのだろう。
俺はそのすきに慌てて起きて走りだした。

「早く! 早く!」

と離れたところから慎と淳がこちらを懐中電灯で照らしていた。
俺は明かりに向かい走った。

ドスっ

後ろで鈍い音がした。
俺には振り返る余裕も無く走り続けた。

慎と淳と俺が山を抜けた時には0時を回っていた。
足音は聞こえなかったが、あの女が追い掛けてきそうで、俺達は慎の家まで走って帰った。

慎の家に着き、俺は何故か笑いが込み上げて来た。
極度の緊張から解き放たれたからだろうか? しかし、淳は泣き出した。

俺は「もう、あの秘密基地二度と行けへんな。あの女が俺らを探してるかもしれんし」と言うと、淳は泣きながら「アホ! 朝になって明るくなったら行かなアカンやろ!」と言い出した。
俺がハァ? と思っていると、慎が俺に

「お前があの女から逃げれたの、ハッピーとタッチのおかげやぞ! お前があの女に後から殴られそうなとこ、ハッピーが飛び付いて、代わりに殴られよったんや!」

すると淳も泣きながら

「あの女、タッチの事も、タッチも……うっ」

と号泣しだした。

後から慎に聞くと、走り出した俺を後から殴ろうとしたとき、ハッピーが女に飛び付き、頭を金づちで殴られた。
女は尚も俺を追い掛けようとしたが、足元にタッチがジャレついてきて、タッチの頭を金づちで殴った。
そして女は一度俺らの方を見たが、追い掛けてこず、ひたすら2匹を殴り続けていた……。

慎も、朝になれば山に入ろうと言った。もちろん俺も同意した。
しかし、そこにはさらなる恐怖が待っていた。

興奮の為明け方まで眠れず、朝から昼前まで仮眠を取り、俺達は山に向かった。
皆、あの「中年女」に備え、バット・エアーガンを持参した。

山の入口に着いたが、慎が「まだアイツがいるかも知れん」と言うので、いつもとは違うルートで山に入った。
昼間は山の中も明るく、蝉の泣き声が響き渡り、昨夜の出来事など嘘のような雰囲気だ。

が、「中年女」に出くわした地点に近づくに連れ緊張が走り、俺達は無言になり、又、足取りも重くなった。
少しずつ昨日の出来事が鮮明に思い出す地点に差し掛かった。
バットを握る手は緊張で汗まみれだ。

例の木が見えた。女が何かを打ち付けていた木。
少し近づいて俺達は言葉を失った。

木には、小さな子供(4、5歳ぐらいの女の子?)の写真に無数の釘が打ち付けられていた。

いや、驚いたのはそれでは無い。その木の根元にハッピーの変わり果てた姿があった。
舌を垂らし、体中血まみれで、眉間に1本、釘が刺されていた。

俺達は絶句し、近づいて凝視することが出来なかった。
蝿や見たことの無い虫がたかっており、生物の「死」の意味を俺達は始めて知った。

俺はハッピーの変わり果てた姿を見て、今度「中年女」に会えば次は俺がハッピーのように……と思い、すぐにでも家に帰りたくなった。

その時、淳が「タッチ……タッチの死体が無い! タッチは生きてるかも!」と言い出した。
すると慎も「きっとタッチは逃げのびたんだ! きっと基地にいるはず!」と言い出した。

俺もタッチだけは生きていて欲しい、と思い3人で秘密基地へと走り出した。

秘密基地が見える場所まで走ってきたが、慎が急に立ち止まった。

俺と淳は「中年女!?」と思い、慌てて身を伏せた。
黙って慎の顔を見上げると、慎は「……なんだあれ?」と基地を指差した。
俺と淳はゆっくり立ち上がり、基地を眺めた。
何か基地に違和感があった。何か……。

基地の屋根に何か付いている。

少しずつ近づいていくと、基地の中に昨夜忘れていた淳の巾着袋(淳はおやつをいつもこれに入れて持ち歩いている)が、基地の屋根に無数の釘で打ち付けてあるではないか!
俺達は驚愕した。

”この秘密基地、あの中年女にバレたんだ!”

慎が恐る恐る、バットを握り締めながら基地に近づいた。
俺と淳は少し後方でエアーガンを構えた。基地の中に中年女がいるかもしれない。
慎はゆっくりとドアに手を掛けると同時に、すばやく扉を引き開けた。

「うわっ!」

慎は何かに驚き、その場に尻餅を付きながら、ズルズルと俺達の元に後ずさりをしてきた。
俺と淳は何に慎が怯えているのか解らず、とりあえず銃を構えながら基地の中をゆっくりと覗いた。

そこには変わり果てたタッチの死体があった……。

「うわっ!」

俺と淳も慎と同じような反応をとった。
やはりタッチも眉間に五寸釘が打ち込まれていた。

俺はその時思った。
あの中年女は変態だ! いやキチ○イだ! 普通こんなことしないだろう。
とてつもない人間に関わってしまったと、昨夜この山に来た事を心から後悔した。

しばらく3人ともタッチの死体を見て呆然としていたが、慎が小屋の中を指差し

「おい!! あれ……」

俺と淳は黙りながら静かに慎が指差す方向を覗き込んだ。

基地の中、壁や床板に何か違和感が……何か文字が彫ってある。
近づいてよーく見てみた。

『淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺淳呪殺……』

無数に釘で淳・呪・殺と、壁や床に彫ってあった。

淳は「え……?」と、目が点、というか固まっていた。
いや、俺達も驚いた。なぜ名前がバレているのか!?

その時、慎が

「淳の巾着や、巾着に名前書いてあるやん!」

「?!」

俺は目線を屋根に打ち付けられた巾着に持って行った。
無数に釘で打ち付けられた巾着には確かに『五年三組○○淳』と書かれてある。

淳は泣き出した。
俺も慎も泣きそうだった。学年と組、名前が中年女にバレてしまったのだ。
もう逃げられない。俺や慎の事もすぐにバレてしまう。
頭が真っ白になった。
俺達はみんなハッピーやタッチのように眉間に釘を打ち込まれ、殺される……。

慎が言った。

「警察に言おう! もうダメだよ、逃げられないよ!」

俺はパニックになり

「警察なんかに言ったら、秘密基地の事とか昨日の夜、嘘付いてここに来た事バレて親に怒られるやろ!」

と冷静さを欠いた事を言った。
いや、当時は何よりも親に怒られるのが一番恐いと思っていたのもあるが……ただ、淳はずっと泣いたまま

「ッヒック、ヒック……」

何も掛ける言葉が見つからなかった。
淳は無言で打ち付けられた巾着を引きちぎり、ポケットにねじ込んだ。

俺達は会話が無くなり、とりあえず山を降りた。
淳は泣いたままだった。俺は今もどこからか中年女に見られている気がしてビクビクしていた。

山を降りると慎が

「もう、この山に来るのは辞めよ。しばらく近づかんといたら、あの中年女も俺らの事を忘れよるやろ」

と言った。俺は

「そやな、んで、この事は俺らだけの秘密にしよ! 誰かに言ってるのがアイツにバレたら、俺ら殺されるかもしれん」

慎は頷いたが、淳は相変わらず腕で涙を拭いながら泣いていた。
その日は各自家に帰り、その後、その夏休みは3人で会うことは無かった。

その2週間後の新学期。登校すると、淳の姿は無かった。
慎は来ていたので、慎と2人で「もしかして淳、あの女に……」と思いながら、学校帰りに2人で淳の家を訪ねた。

家の呼び鈴を押すと、明るい声で「はぁーい!」と淳の母親が出て来た。
俺が「淳は?」と聞くと、おばさんは「わざわざお見舞いありがとねー。あの子、部屋にいるから上がって」と言ったので、俺と慎は淳の部屋に向かった。

「淳! 入るぞ!」と淳の部屋に入ると、淳はベットで横になりながら漫画を読んでいた。
以外と平気そうな淳を見て俺と慎は少し安心した。

慎「何で今日休んだん?」

俺「心配したぞ! 風邪け?」

淳「……」

淳は無言のまま漫画を閉じ、俯いていた。
そこにおばさんが菓子とジュースを持ってきて、

「この子、10日ぐらい前からずっとジンマシンが引かないのよ」

と言って「駄菓子の食べ過ぎじゃないのー?」と続けた。
笑いながらおばさんは部屋を出ていった。

俺と慎は笑って

「何だよ! 脅かすなよー、ジンマシンかよ! 拾い食いでもしたんだろ?」

とおどけたが、淳は俯いたまま笑わなかった。
慎が「おい! 淳どうした?」と訪ねると、淳は無言でTシャツを脱いだ。

体中に赤い斑点。
確かにジンマシンだった。
俺は「ジンマシンなんて薬塗ってたら治るやん」と言うと、淳は

「これ、あの女の呪いや……」

と言いながら背中を見せてきた。
確かに背中も無数にジンマシンがある。

慎が「何で呪いやねん。もう忘れろ」と言うと、淳は「右の脇腹見て見ろや!」と少し声を荒げた。
右の脇腹……たしかにジンマシンが一番酷い場所だったが、なぜ「呪い」に結び付けるかが解らなかった。
すると淳が「よく見ろよ! これ、顔じゃねーか!」。

よく見て俺と慎は驚いた。
確かに直径5センチ程の人、いや、女の顔のように皮膚がただれて腫れ上がっている。

俺と慎は「気にしすぎだろ? たしかに顔に見えないことも無いけど」と言ったが、「どー見ても顔やんけ! 俺だけやっぱり呪われてるんや!」と言った。
俺と慎は淳に掛ける言葉が見つからなかった、というより淳の雰囲気に圧倒された。

いつもは温厚で優しい淳が、少し病んでいる。
青白い顔に覇気のない目、きっと精神的に追い詰められているのだろう。

俺と慎は急に淳の家に居づらくなり、帰ることにした。
帰り道、俺は慎に「あれ、どー思う? 呪いやろか?」と聞いた。
慎は「この世に呪いなんてあらへん!」と言った。

なぜかその言葉に俺が勇気づけられた。
それから3日過ぎた。
依然、淳は学校には来なかった。

俺も慎も淳に電話がしづらく、淳の様子は解らなかった。
ただクラスの先生が「風疹で淳はしばらく休み」と言っていたので少し安心していた。

しかし、この頃から学校で奇妙な噂が流れ始めた。

”学校の通学路にトレンチコートにサンダル履きのオバさんが学童を1人1人睨むように顔を凝視してくる”

という噂だ。
その噂を聞いた放課後、俺は激しく動揺した。何故なら俺は唯一、間近で顔を見られている。

慎に相談した。慎は

「大丈夫! 夜やったし見えてないって! それにあの日見られてたとしても、忘れてるって!」

と、俺を落ち着かせる為か、意外と冷静だった。

何よりも嫌だったのが、俺と慎は通学路が全くの正反対。
俺と淳は近所なのだが、淳が休んでいる為、俺は1人で帰らなければいけない。

俺は慎に「しばらく一緒に帰ろうよ! 俺、恐い」と慎に頼んだ。
慎は少し呆れた顔をしていたが、「淳が来るまでやぞ!」と言ってくれた。
その日から、帰りは俺の家まで慎が付き添ってくれる事になった。

その日は学校で噂の「トレンチコート女」(推定・中年女)には会わなかった。
次の日も、その次の日も会わなかった。
しかし、学校では相変わらず「トレンチコート女」の噂は囁かれていた。

慎と一緒に下校することになって5日目、俺達は久しぶりに淳の見舞いに行くことにした。
お土産に給食のデザートのオレンジゼリーを持って行った。
淳の家に着き、チャイムを押した。いつもの様におばさんが明るく出て来て俺達を中に入れてくれた。

淳は相変わらず元気が無かった。
ジンマシンは大分消えていたが、淳本人は

「横腹の顔の部分が日に日に大きくなっている」

と言っていたが、俺と慎には全く解らなかった。
むしろ前回見た時よりはマシになっているように見えた。

精神的に淳はショックを受けているのだろう。
俺達は学校で流れている「トレンチコート女」の噂は淳には言わなかった。

帰り間際に淳のおばさんが俺達の後を追い掛けて来て、「淳、クラスでイジメにでも会っているの?」と不安げな顔で聞いてきた。
俺達は否定したが、本当の理由を言えないことに少し罪悪感を感じた。

それから3日後。その日は珍しく内藤と佐々木と俺と慎の4人で一緒に下校した。
内藤は体がデカく、佐々木はチビ。実写版のジャイアンとスネオみたいな奴ら。

もう俺と慎の中で「中年女」の事は風化しつつあった。
学校で噂の「トレンチコート女」も実在したとしても、全くの別人と思えてきていた。

その日は4人で駅前にガチャガチャをしに行こうという話になり、いつもと違う道を歩いていた。
これが間違いだった。

楽しく4人で話しながら歩いていると、佐々木が「あ、あれトレンチコート女ぢゃね?」、内藤が「うわっ! ホンマや! きもっ!」と言い出した。

俺はトレンチコート女を見てみた。心の中で、別人であってくれ! と願った。
トレンチコート女はスーパーの袋を片手に持ち、まだ残暑の残るアスファルトの道で、ただ突っ立っていた。うつむいて表情は全く解らない。

慎は警戒しているのか、小声で俺達に「目、合わせるなよ!」と言ってきた。
少しずつ、女との距離が縮まっていく。緊張が走った。
女は微動たりせず、ただうつむいていた。

女との距離が5メートル程になった時、女は突然顔を上げ、俺達4人の顔を見つめてきた。
そして、その次に俺達の胸元に目線を送って来ているのが解った。

名札を確認している。

俺は焦った。平常心を保つのに必死だった。
一瞬見た顔であの日の出来事がフラッシュバックし、心臓が口から出そうになった。
間違いない、「中年女」だ!
俺はうつむきながら歩き過ぎた。俺はいつ襲い掛かられるかとビクビクした。

どれくらい時が過ぎただろう。いや、ほんの数秒が永遠に感じた。
内藤が「あの目見たけ? あれ完全にイッテるぜ!」と笑った。
佐々木も「この糞暑いのにあの格好! ぷっ!」と馬鹿にしていた。
俺と慎は笑えなかった。佐々木が続けて言った。

「やべ! 聞こえたかな? まだ見てやがる!」

俺はとっさに振り返った。

「中年女」と目が合った……まるで蝋人形のような無表情な「中年女」の顔がニヤっと、凄くイヤらしい微笑みに変わった。

背筋が凍るとはこの事か。
俺は生まれて始めて恐怖によって少し小便が出た。
バレたのか? 俺の顔を思い出したのか? バレたなら何故襲って来ないのか? 俺の頭はひたすらその事だけがグルグル巡っていた。

内藤が「うわーっ、まだこっち見てるぜ! 佐々木! お前の言った悪口聞かれたぜ! 俺知らねーっ!」とおどけていた。

もうガチャガチャどころではない。曲がり角を曲がり、女が見えなくなった所で俺は慎の腕を掴み、「帰ろう!」と言った。
慎は俺の目をしばらく見つめて「あ、今日塾だっけ? 帰らなやばいな!」と俺に合わせ、俺達は走った。

家とは逆の方向に走り、しばらくして俺は慎に

「アイツや! あの目、間違いない! 俺らを探しに来たんや!」

慎は意外と冷静に「マジマジと名札見てたもんな。学年とクラス、淳の巾着でバレてるし……」。
俺はそんな落ち着いた慎に腹が立ち、「どーすんだよ! もう逃げ切れネーよ! 家とかそのうちバレっぞ!!」。

慎「やっぱ警察に言おう。このままはアカン。助けてもらお」

俺「……」

俺はしばらく黙っていた。確かに他に助かる手は無いかもしれないと思った。

「でも、警察に何て言う?」

と俺が問うと、慎は

「山だよ。あの山に打ち付けられた写真とかハッピー、タッチの死体、あれを写真に撮って、あの女が変質者っていう証拠を見せれば、警察があの女を捕まえてくれるはずや!」

俺は納得したが、もうあの山に行くのは嫌だった。
しかし仕方が無かった。


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