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∞コワバナ∞コミュの師匠シリーズ【066】

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「怪物<結その2>」

私は机の上に放り投げた鞄から同級生の住所録を取り出す。今日の昼間、カラフル
な地図を完成させるのに活躍した資料だ。
パラパラと頁を捲り、間崎京子の連絡先を探し当てる。そこに書いてある電話番号
をメモしてから部屋を出て、階段を降りてから1階の廊下に置いてある電話に向かう。
良かった。誰もいない。居間の方からはテレビの音が漏れてきている。
メモに書かれた番号を押して、コール音を数える。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……
「はい」
ななつめか、やっつめで相手が出た。聞き覚えのある声だ。ホッとする。良かった。
家族が出たらどうしようかと思っていた。それどころか、使用人のような人が電話
口に出ることさえ想定して緊張していたのだ。彼女の妙に気どった喋り方などから、
前近代的なお屋敷のような家を想像していた。そんな家にはきっと彼女のことを
「お嬢様」などと呼ぶ使用人がいるに違いないのだ。
だがひとまずその想像は脇に置くことにする。
「あの、私、ヤマナカだけど。同じ学年の」
少しどもりながら、あまり親しくもないのにいきなり電話してしまったことを詫び
る。
電話口の向こうの間崎京子は平然とした声で、気にしなくて良い、電話してくれて
嬉しいという旨の言葉を綺麗な発音で告げる。
どう切り出そうか迷っていると、彼女はこう言った。
「エキドナを探したいのね」
ドキッとする。
私のイメージの中で間崎京子は何度もその単語を口にしていたが、現実に耳にする
のは初めてだった。ギリシャ神話の怪物たちの名前を挙げて共通点を探せと言った
彼女の謎掛けが、本当にこの街に起こりつつある怪現象を理解した上でそれを端的
に表現したものだったのだと、私は改めて確信する。
いったいこの女は、なにをどこまで掴んでいるのか。

母親を殺す夢を見ていないというその彼女が何故あんなに早い時点で、街を騒がせ
ている怪現象がたった一人の人間によって起こされているのだと推理出来たのか。
私のようにあちこちを駆けずり回っている様子もないのに、怪現象の正体を恐ろし
く強大なポルターガイスト現象だと見抜いた上で、『ファフロツキーズ』という言
葉に振り回されるな、などという忠告を私にしている。どうしてこんなにまで事態
を把握できているのだろう。
「……そうだ。これからなにが起こるのか、おまえなら知っているだろう。それを
 止めたい。力を貸してくれ」
「なにが起こるの?」
間崎京子は澄ました声でそう問い掛けてくる。
私は儀式的なものと割り切って、今日一日で私がしたこと、そして知ったことを話
して聞かせた。
「そんなことがあったの」
面白そうにそう言った後、彼女の呼吸音が急に乱れる。
受話器から口を離した気配がして、そのすぐ後にコン、コン、と咳き込む微かな音
が聞こえた。
「どうした」
私の呼び掛けに、少しして「大丈夫。ちょっとね」という返事が返って来る。
今更ながら彼女が病欠や早退の多い生徒だったことを思い出す。彼女は私よりも背
が高いけれど、線が細く、透き通るようなその白い肌も含め、一見して病弱そうな
イメージを抱かせるような容姿をしている。
そう言えば今日も早引けをしていたな。
そう思ったとき、つい先ほどの「駆けずり回っている様子もないのに、どうしてこ
んなに事態の真相を掴んでいるのか」という疑問がもう一度浮き上がってくる。
もし。もし、だ。もし彼女の病欠や体調が悪いからという理由の早退がすべて嘘だ
としたならば。
彼女には、十分な時間がある。

水曜日に昼前からエスケープした以外は、真面目に授業に出ていた私(授業を受け
る態度はともかくとして)以上に、彼女にはこの街で起こりつつあることを調べる
時間があったのかも知れないのだ。
もしそうだとしたならば、今の、まるで同情を誘うような咳は逆に私の中に猜疑心
を芽生えさせただけだ。
だが分からない。すべては憶測だ。けれど少なくとも、この女に気を許してはいけ
ない、ということだけはもう一度肝に銘じることが出来た。
「エキドナを探したい。知っていることをすべて話してくれ」
単刀直入に懇願した。だがこれも駆け引きの一部だ。彼女の一見意味不明な言動は
聞く者を戸惑わせるが、その実、真理の、ある側面を語っているということがある。
短い付き合いだが、それは良く分かっているつもりだ。彼女は無意味な嘘をつかな
い。嘘をつくとしても、それは真実の裏地に沿って出る言葉なのだ。意味は必ずあ
る。それを逃さないように聞き取れば良いのだ。
「……探してどうするの」
止めたい。
電話の冒頭で口にしたその言葉をもう一度繰り返そうとして、本当にそうだろうか
と自分に問い掛け、そして胸の内側から現れた別の言葉を紡ぐ。
「見つけたい」
「それは探すことと同義ではないの」
「言葉遊びのつもりはない。ただ、本当にそう思っただけだ」
「面白いわね、あなた」
それから僅かな沈黙。
電話のある静かな廊下とは対照的に、居間の方からは相変わらずテレビの音が流れ
て来ている。
「正直に言って、あなたの鋏の話は驚いたわ。人を殺す夢を見ても、それが現実の
 人間の行動に影響を与えるなんて思ってもみなかった」
考えろ。これは嘘か、真か。
押し黙る私を尻目に彼女は続ける。
「わたしも夢の中で握っているはずの刃物の感触が思い出せない。あれが鋏だとするなら、確かにすべての辻褄が合うわね」

嘘だ!
これは嘘だ。
間崎京子は、そんな夢を見ていないと言ったはずだ。それとも今朝私にそう言って
から、この夜までの間に彼女は眠り、エキドナが見る夢とシンクロして母親殺しを
追体験したというのか。
クス、クス、クス……
コン、コン、コン……
忍び笑いと、咳の音が交互に聞こえる。
「わたしは、嘘なんてついてないわ。ただあなたが『母親を殺す夢を見たか』と聞
 くから『見てない』と言っただけよ」
「それのどこが嘘じゃないって言うんだ。おまえも刃物で切りつける夢を見ている
 じゃないか」
声を荒げかける私に、淡々とした声が諌めるように降って来る。
「わたしが見ていた夢は、『知らない女を殺す夢』よ」
なに?
予想外の答えに私は一瞬思考停止状態に陥る。
「月曜日だったかしら、それとも火曜日だったかな? チェーンを外して、ドアか
 ら首を出す見覚えのない女の首筋に刃物で切りつける夢を見たのよ。一度見てか
 らは毎日。他のみんなはそれが母親の顔だと思っているみたいね」
どういうことだ? 間崎京子だけは、夢の中で殺した相手が母親ではないと言うの
か? 何故だ。
「おかしいと思わない? 夢に出てくるチェーンのついたドアだとか、それに手を
 伸ばして背伸びをする感覚は、みんな実際の自分のものではない、言うならば個
 を超越した共通言語として出て来るのに、殺した相手の顔だけは現実の自分の母
 親の顔だなんて」
待て。それについては考えたことがある。私はこう思ったのだ。

『……それは"母親"というイメージそのものを知覚し、朝起きてからそれを思い出
 そうとしたときに自分の中の母親の視覚情報を当てはめて、記憶の中で再構築が
 行われているということなのかも知れない』と。
「チェーンのついたドア」や「届かない手」という記号が、そのままの姿でもその
本質を見失われないのに対し、「母親」という記号が、もし仮に別の知らない女の
顔で現れたとしたならば、それは本質を喪失し私たちにその意味を理解させること
さえ出来ないに違いない。
「母親」であるために、母親の仮面を被っていたのだ。
では、間崎京子の見た「知らない女」とは……
「わたしに、母親を殺す夢なんて見られるわけがないわ。だって、わたしはママの
 顔、知らないんですもの」
静かに、彼女はそう言った。
「ママはわたしが生まれる時に死んだわ。家には写真も残っていない」
受話器から淡々と陶器が鳴るような声が聞こえて来る。
「見たことはなくても、あんな醜い顔の女が、わたしのママではないことくらい分
 かるわ」
自分の美貌のことを暗に言いながら、それを鼻にかけるような嫌味さを全く感じさ
せない自然な口調だった。
間崎京子のケースは、母親と別居しているというポルターガイスト現象の経験者で
もあった先輩とは、明らかにその背景が異なっている。
先輩は家にいないはずの母親を殺す夢を、『ありえない夢』と称したけれど、殺す
相手の顔は「母親」の顔として認識している。
今現実に母親がいなくとも、その顔を知ってさえいれば良いのだ。
間崎京子はその顔すら知らず、「知らない女」が「母親」という意味を持つための
仮面を被せることが出来なかったのだ。
ならば、間崎京子の夢に現れた女こそ、エキドナに殺意を抱かせた母親そのものな
のではないのか。「母親」という仮面の下の、素顔だ。
「そう。その女が、怪物たちの母親の母親。罪深いガイアね」
捕まえた。
ついに捕まえた。間崎京子にさえ協力してもらえれば、エキドナは見つけられる。
あるいは、今日訪ねて回った家々の主婦たちの中の誰かがその母親だったのかも知
れない。
「その女の顔は、まだはっきり覚えているか」
拝むような私の問い掛けに、彼女は優しい口調で答えた。
「覚えているわ。似顔絵を描きましょうか。わたし、絵は得意なのよ」
良し。良し!
私は思わず受話器にキスしそうになる。案外いいヤツじゃないか。間崎京子は。
そんなことを頭の中で叫んでいた。後にして思うと、我ながら単純だったと思う。
「どっちにしても明日ね。こんな夜には探せないわ。明日、絵を描いていくから」
またコン、コン、という咳が漏れる。
「ああ、ありがとう。無理しなくてもいから。身体に気をつけて」
じゃあ、明日学校で。
そう言って私は受話器を置いた。
明日だ。
明日には見つけられる。目を閉じて、それをイメージする。
「ムリしなくてもいいから。カラダに気をつけてぇ」
声に振り向くと、妹が廊下でくねくねと身体を揺らしながら私の物真似をしていた。
オトコとの電話だと邪推しているようだ。エキドナだとか母親殺しだとかの怪しげ
な部分は聞かれていないらしい。
「もう寝ろ、ガキ」
「自分だってまだ子どもじゃん」
「キャミソール返せ」
「あ、やだ、もうちょい貸して」
そんなくだらないやりとりをしたあと、私は部屋に戻った。
疲れた。
ばたりとベッドに倒れ込む。

転がって仰向けに姿勢を変えてから、今日あったことを順番に思い出してみる。
2度目の『母親を殺す夢』。学校での情報収集。円形の地図の完成。先輩を怒らせ
たこと。中心地の聞き込み。無駄足。買ったままの鋏。鋏の消えた街。間崎京子と
の電話……
(そういえば、先輩の部屋にも鋏があったな)
先輩がサイ・ババの真似をしていたときに手に持っていた鋏。テーブルの上に無造
作に置かれていたものだったけれど、手のひらから(私には服の裾からにしか見え
なかったが)宝石や灰を出してみせるという奇蹟の再現をするのに、隠しにくい鋏
は適切な物だっただろうか。消しゴムやなんかの方が、よほど上手く出来るだろう。
(新品に見えたけど、あの鋏もなんとなく買ったのかな)
何故それが要るのか、深く考えもしないで……
ふと、電話で注意した方がいいだろうか、と思った。
いや、駄目だな。夕方に怒らせたばかりだし、こんなに遅い時間に電話してまた変
な話をしたのでは、きっとまともに聞いてくれないだろう。
あれ? そう言えば、私もまだ持ってたな、鋏。
机の引き出しのどこかに、昔から使ってるやつがあるはずだ。
あれも捨てて来た方が良かったかも。
あ……でも眠いや……
明日にしよう……
明日に……

暗い。暗い気分。泥の底に沈んでいく感じ。
私は、やけに暗い部屋に一人でいる。
散らかった壁際に、じっと座ってなにかを待っている。
やがて外から足音が聞こえて私は動き出す。玄関に立ち、ドアに耳をつけて息を殺す。
暗い気持ち。殺したい気持ち。  
足音が下から登ってくる。
私はその足音が、母親のだと知っている。
やがてその音がドアの前で止まる。ドンドンドンというドアを叩く振動。
背伸びをして、チェーンを外す。
そしてロックをカチリと捻る。手には硬い物。私の手に合う、小さな刃物。  
ドアが開けられ、ぬうっと、青白い顔が覗く。
母親の顔。見たことのない表情。見たくない表情。
ドアの向こう、母親の背中越しに月。真っ黒いビルのシルエットに半分隠れている。
どこかから空気が漏れているような音がする。それは私の息なのだろうか。
いや、私の身体にはきっとどこかに知らない穴が開いていて、そこから隙間風
が吹いているんだろう。  
私は入り込んでくる顔に、話しかけることも、笑いかけることも、耳を傾けることもしなかった。
ただ手の中にある硬い物を握り締め、暗い気持ちをもっと暗くして。

「……ッ」
悲鳴が聞こえた。
それは私が上げたのだと気づく。
動悸がする。息が苦しい。
夢だ。夢を見ていた。
身体を起こす。ベッドの上。
天井から降り注ぐ光が眩しい。明かりがついたままだ。

時計を見る。夜中の1時半。服を着たままいつの間にか寝てしまっていた。手には
じっとりと汗をかいている。まだなにか握っているような感覚がある。何度か手の
ひらを開いたり閉じたりしてみる。
辺りを見回すが、特に異変はない。粟立つような寒気だけが身体を覆っている。
そのとき、床に置いたラジオから奇妙な声が聞こえてきた。
ひどく間延びした音で、笑っているような感じ。
夜の家は静まり返っている。カーテンを閉めた2階の窓の向こうからもなんの音も
聞こえない。
ただラジオだけが、間延びした笑い声を響かせている。
私は思わずコンセントに走り寄り、コードを引き抜いた。
ぶつりとラジオは黙る。
つけてない。私は眠る前に、ラジオなんてつけてない。
なんなのだ、これは。
家電製品の異常。まるでポルターガイスト現象だ。
私は机の引き出しを恐る恐る開け、乱雑に詰め込まれた文房具の中から鋏を探し出
した。
中学時代から使っている小ぶりな鋏。手に持ってみたが、特におかしな所はない。
ひとまずホッとして引き出しを閉める。
どういうことだろう。
今までの夢は明け方、目覚める直前に見る明晰な夢だった。他の人たちの体験談も
一様に同じだ。しかし今のは1回目か2回目のレム睡眠時の夢だ。今までだって本
当はこの、眠りについてあまり経っていない時間帯にも同じ夢を見ていたのかも知
れない。ただ忘れてしまっているだけで。
でもさっきのリアルさはなんだ? 明らかに今までの夢とは違う。鋏を握る感触も
はっきり残っている。
私は左手で自分の顔を触った。そしてこう思う。
(こっちが夢なんてことはないよな)
母親に鋏を突き立てようとしている少女こそが本当の私で、今こうして考えている
私の方が彼女の見ている夢なんていうことは……
なんだっけ、こういうの。漢文の授業で聞いたな。胡蝶の夢、だったか。
ありえない、と首を振る。
だが少なくとも、今までの夢とは緊迫感が違った。恐怖心のあまり途中で目覚めて
しまったのだから。
(夢……だよな)
私は恐ろしい想像をし始めていた。真夏の夜の部屋の中が冷たくなって来たような錯覚を覚える。
これまでのは、焦点となっているその少女の見ていた殺意に満ちた夢が夜の街に漏れ出したもので。今見たのは、現実のドス黒い殺意がリアルタイムで私の頭に干渉していたのではないか、という想像を。
だとしたら、さっきの光景の続きは?
もし夢を見ながら彼女の殺意に同調していた街中の人間たちが、私のようにあのタイミングで目覚めていなかったとしたら?
私は居ても立ってもいられなくなり、部屋の中をぐるぐると回った。
油断なのか。もう明日にも手が届くと思ってだらしなく寝てしまった私のせいなのか。でもなにが出来たって言うんだ。あんな遅くに間崎京子の家まで行って似顔絵を描かせ、それを手にまたあの住宅街を聞き込みすれば良かったのか?
せめて家の場所が特定できれば……
そう考えたとき、私は視線を斜め下に向けた。
待て。
ドアの向こうの景色。月が半分隠れていたビルのシルエット。夢の中の視線。
あのビルは知っているぞ。
市内に住む人間ならきっと誰でも知っている。一番高いビルなのだから。
ビルの位置と、月の位置。それが分かるなら、場所が、それらが玄関の中からドア越しに見えている家が、ほぼ特定出来るかも知れない!

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