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ガンダムSEED 【逆襲のカズイ】コミュの機動戦士ガンダムSEED 逆襲のカズイ 10話〜

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第10話 休息

 MSデッキに戻ってきたセイバーの姿に、担当メカニックの少年は、どこか違和感を覚
えていた。
「あ・・・左手か・・・」
 最後にセイバーが被弾したのはいつだったのか、その記憶もはっきりしない。珍しいこ
ともあるものだと思いつつ、彼は機体の損傷部と全体をもう一度見渡した。ビームサーベ
ルで斬られたのだろう。手首にあたる部分が溶解して先がなくなっている。
 それ以外はきれいなものだ。外装に問題は殆ど見られない。真紅に輝く機体は、たった
今、戦闘から返ってきたとは思えなかった。
 素人目には、自分の仕事は随分楽に見えるだろう。機体に傷がつくこと自体が珍しいの
だ。だが、そうではないことを、ここのメカニックの全てが知っている。
 操縦の激しさが常軌を逸している為、他の機体に比べて駆動系の磨耗が激しいのだ。そ
の為、整備には他の倍以上に時間がかかる。スペックをギリギリまで引き出してくれる
のはメカニックとしては嬉しい反面、整備の大変さを考えると、頭も痛かった。
「お、総帥が被弾か・・・珍しいこともあるもんだ。後で総出で手伝ってやるからな」
「はい、ありがとうございます」
 中年の先輩メカニックが軽く肩を叩いて、他の味方機に向かって走っていく。その背に
明るい声で礼を述べると、
「さて、オレも頑張りますか!」
 袖をまくって気合を入れた。セイバーの整備を任せていることは彼にとって誇りであっ
て名誉だった。常に万全の状態を維持するのが自分の責務だと言い聞かせている。
開くセイバーのコクピット。程なくワイヤーをつたって黒いパイロットスーツが降りて
くる。その姿を見とめて、少年は思わず駆け出した。
「総帥、ご無事で何よりです」
 カズイの両足が軽快な音と共に接地するのを待って、少年は深々と頭を下げた。
 ヘルメットを脱いで、カズイは少年にそれを渡した。襟元を緩めて、軽く頭を振ると、
数個の水滴が宙を舞う。
「悪い。被弾しちまった」
「そんなことは・・・」
 苦笑いを見せながら、ばつが悪そうにするカズイに、少年は慌てて首を横に振った。
 カズイの立場を考えれば、自分に謝る必要などありはしない。パイロットには傲慢な人
間や、メカニックを小間使いぐらいにしか思ってない人間も多いのだ。それに対して、
カズイは細やかな配慮を忘れない。そんなカズイにメカニックの少年は、崇拝にも似た感
情を抱いていた。
「中から確認した限り、損傷は左手だけだ。あとは・・・頼む・・・」
 そこまで言ってカズイは膝から崩れて、床に倒れこんだ。額からは尋常ではない汗が噴
き出している。
「そ、総帥!? 総帥! 誰か、誰か担架を! 早く!」
 少年の叫びに、MSデッキが騒然となった。事態に気が付いた人間が慌しく動き出し、
すぐに担架を持った人間と医療班が現れる。
「総帥! 総帥!」
「大丈夫だ! 落ち着け!」
 取り乱している少年を他のメカニックが制するが、落ち着きはしなかった。担架で運ば
れるカズイ。その姿を目で追いながら叫ぶ少年の悲痛な声がMSデッキにコダマしていた。
「何? 総帥が・・・解った。よろしく頼む」
 アーサーが内線の受話器を下ろすと、心配そうに艦長席を見上げるアビーの視線に気付
いた。
「どうか、なされたのですか?」
「総帥が倒れられた」
 アーサーの言葉にブリッジ全体がどよめき始めた。その場に居合わせた人間のすべての
視線が彼に集中する。
「いや、心配はいらないよ、初めてのことじゃないからね。発作・・・といったら語弊が
あるんだが・・・疲労が溜まったとでも言うべきかな? 問題はないよ。一晩ぐっすり寝
れば回復するって今、医務室から連絡があったから」
 一人一人の顔を見渡しながら、心配することはないと説明するアーサーの言葉に、一同
から、安堵の吐息が漏れる。
 アーサー自信もブリッジが落ち着いたことに安堵しかけた。しかし、自分を疑惑の眼差
しで見つめている人間に気付く。
「自動操縦に切り替えていいぞ。急ぎの仕事があるものと、見張りを除いては、休んでい
いと艦内放送を入れてくれ」
 命令を実行するのを確認すると、アーサーは艦長席から立ち上がった。そして、自分に
視線をぶつける少女に笑いかける。
「医務室に行くけど、一緒にくるかい?」

 壮年の男性医師が薦めるコーヒーに口をつけながら、アーサーとアビーは彼の言葉に耳
を傾けていた。
「疲労が随分溜まってますね。戦闘が終わって緊張の糸が切れたのでしょう。それが一気
に襲い掛かってきたものと思われます」
「艦内への発表はそれでいいよ。それで、やっぱり例の奴かい?」
「ええ。まったく無茶をなさる」
 顔を見合わせて医師とアーサー小さくため息を吐いた。そんな二人の様子に蚊帳の外に
されたアビーは小さな不快感が湧き出すの同時に、大きな不安に取り付かれた。
アーサーはマグカップを両手で包み、中の黒い液体をジッと見つめながら、
「忘れがちだが、総帥はナチュラルだ。いかにバスカークの人間とは言ってもね」
 独り言のように語りだした。
「知ってるかい? セイバーとデスティニーは同じOSを使ってるんだ。その上、設定はセ
イバーの設定の方がキツイかもしれない。そんなものを使ってるんだよ、総帥は」
「ここにはナチュラルもたくさんいるんですよ? 何で、わざわざそんなものを・・・」
「ナチュラル用のOSだと、反応速度が遅いってコーディネーター用に乗せ代えたんだ。だ
けど、本来はナチュラルが使えるような代物じゃない。総帥は、笑いながら言ってたけど、
自分の物にするには大分苦労したらしいよ」
 苦笑しているアーサーが冷めかけたコーヒーを一気に飲み干すと、お代わりを薦めなが
ら、医師が話しに割ってはいる。
「あんなもの使えるナチュラルがいるなんて、信じられませんよ。訓練次第で誰でも使え
るようになるなんて総帥はおっしゃいますが・・・同じナチュラルとしては頭が下がる思いです。
私にはとても無理だ」
 呆れるような口調で話す二人だったが、やがて深刻な顔になる。
「でもね、問題がないわけじゃない」
「構造上の問題ですな」
「・・・どういうことですか?」
 二人の表情の変化に戸惑うアビー。自分の顔つきも深刻になっていくのを感じる。
「コーディネーター用のOSだから、ナチュラルの総帥が使う場合、機体の制御にかかるス
トレスが、半端じゃないはずなんだ。それに戦闘データを見れば解るが、機体の振り回し
方が尋常じゃない。コーディネーターの体でも悲鳴を上げるような使い方だ。総帥の体に
かかる負担は計り知れない」
「それが、構造上の問題ですよ、お嬢さん。いくら強いと言っても、総帥はナチュラルだ。
より強い敵と戦う為に、文字通り身を削って戦っている。そうしなければ、埋められない
溝があるのが解っているから。そうすることで、通常ではかなわぬ敵を凌駕できるのが解
っているから。しかし、その結果はこうだ。精神力が体を繋ぎ止めている間はいいが、そ
れが切れると疲労と負荷に耐え切れず倒れてしまう」
 いつも簡単そうに事を運ぶカズイの姿しか知らないアビーは言葉を失った。うつむいた
彼女の肩は小さく震えている。
「最近は、こんなことは減っていたんですが、今日の相手は相当な使い手だったようです
な。ここまで困憊されたの久しぶりですから」
「うん。相手はアスラン・ザラだ。被弾したとの報告も受けている。相当、無理な操縦を
したんだろう」
 カズイが寝ているであろうベッドにアーサーは目を向けた。カーテンに仕切られている
為、姿は見えないが今はゆっくり休んで欲しいと思う。
「総帥はまだお若い。あと5、6年たって、20代半ばになれば、真の意味での体力も付いて
もっと楽になるとも思うのですが・・・」
「待てなかったんだろう。それに、それまで放置していたら、地球はどうなったことか。
現に、大西洋連合はオーブに核を使うつもりだったんだ」
 そして、核を使わせるまでに成長したオーブの軍事力、これは決して放置できるもので
はない。中立国家を謳う国としては強大すぎるし、ここ数年のかの国の行動には、その理
念も感じられない、そうアーサーは感じていた。
「罪深い生き物ですな。人は・・・」
「ああ。だからこそ、総帥は何とかしたいんだろうさ・・・」
 医師に答えながら、アーサーは再びコーヒーに口を付ける。何とかしたい、その思いは
自分も一緒だ。
混迷しつづける世界の為に、カズイ達は戦ってきたわけではない。人々が平和に暮らせ
る世界の為に戦ってきたのだ。その世界を築く為には、劇薬にも何でもなる。それが、カ
ズイや、彼に続く人間の思いであろう。
「うるさいぞ、お前等」
 ベッドを包んでいたカーテンが開かれ、不機嫌な顔が現れた。床に置かれた靴を見つけ
ると、それを履いてダルそうにベッドから降りる。
「ダメですよ! ちゃんと寝てなくちゃ!」
「だったら、もっと静かにして貰いたいんだがな?」
 赤い上着に袖を通しながら、カズイはアーサーを睨みつけた。
「すみません! でも、今はどうか!」
「解ってるよ。少し疲れたし部屋で休む。アーサー、アビー! お前等もちゃんと休めよ。
作戦は佳境に入り始めたんだからな!」
 頭を下げるアーサーに人差し指を突きつけながらカズイは命令すると、医師に一言礼を
述べて、医務室の扉を開けた。
「アビー、付いて行ってあげてくれないか? 途中で倒れられても・・・」
 アーサーの言葉が終わる前にアビーはカズイを追って駆け出した。そんな彼女にアーサ
ーは医師と顔を見合わせる。
「気苦労が絶えませんな?」
「まったくだ」
 だが、それも悪くないとアーサーは思っていた。カズイが目指す世界の為になら、気苦
労も楽しみの一つである。
「さて、もう少し気苦労してくるかな」
 艦長として、参謀としての仕事は山ほどある。それに、自分が働けばカズイの負担が幾
分減るのは解っている。
「命令違反は感心しませんな、艦長殿」
「はは、見逃してくれよ。今度いい酒でも持ってくるから」
 それで手を打つと言う医師と一緒に笑うと、アーサーも医務室を後にした。

コメント(4)

第11話 エターナルにて

 地球を背景にして、百隻近くの艦が巨大な壁のように立ち並んでいる姿は、壮観の一言
であろう。
 その中でも一際異彩を放つ一隻――高速戦闘艦エターナル。フリーダムとジャスティス
の専用運用艦たるこの船は、その速度において未だ他の戦闘艦の追随を許さない。
オーブの下士官に案内されながら、アスランとメイリンはエターナルの廊下を歩いてい
た。本来であれば、案内される必要などは全くない。二人ともエターナルの構造は熟知
している。
しかし、アスランは現在、プラントの最高評議会議長であるし、これから会見を行うの
は、20隻の軍艦を率いたオーブ軍の総司令官である。このような形を取るのはやむをえ
ない。
(久しぶりだな、この艦も・・・)
帰郷したような懐かしさと嬉しさがある反面、再びエターナルに足を踏み入れたアスラ
ンは悲しくもあった。このような機会は無い方がいいのである。
「お待たせいたしました」
 会議室の前で止まると、下士官は直立不動の姿勢をとって、その扉を叩く。
「司令! ザラ議長閣下をお連れ致しました」
「ありがとうございます。お久しぶりですわ、アスラン」
 扉を開ける元婚約者と、その先に見える親友の姿にアスランの表情が僅かに緩む。
「やあ、アスラン。久しぶり。少し痩せた?」
「そう言うお前も痩せたんじゃないか、キラ?」
 部屋に入ったアスランが見渡すと、彼等の他にいるのはバルトフェルドとダコスタだけ
である。
以前と変わらぬ調子で語りかけるキラに対し、問題はないと判断したアスランは、彼と
同じように挨拶を交わした。そして、ラクスが薦めるままに席に座る。
「そうかもしれない。あんまり休む暇もなかったから・・・オーブも戦争続きだったから
ね。でも、それは君を同じだろ?」
「戦場は違えど・・・か? カガリを見ていたから覚悟はしていたつもりだったんだがな。
確かにこっちに世界も楽じゃない。大人たちと腹の探りあいをしていると、胃が痛くなっ
てくる」
 ただ友人に日ごろの愚痴をこぼす、そんな調子でアスランは答えた。今の表情は、プラ
ントの議長のものではなく、年相応の青年のものである。
「すまなかったな。何もできないで・・・」
「いや、大西洋連邦が攻めてきたのは君が議員になった直後だったし、プラントも大変だ
っていうことは僕も、みんなも解ってるから」
 影を落として詫びるアスランに、キラは微笑をたたえて応えた。ラクスも同じように、
彼を暖かく見つめている。
「そろそろ、本題に入った方がいいんじゃないのかと、僕は思うがね?」
 しんみりとした空気を打ち消すように、バルトフェルドは大きく声を発した。再開を懐
かしむ気持ちも解らなくはないものの、事態は急を要している。のんびりと歓談している
場合ではないのだ。
「そうですね。それで、アスラン。何か新しく解ったことはある?」
 バルトフェルドに頷いたキラは一軍の司令に、アスランはプラントの議長の顔に戻った。
「現在確認されている敵軍のMSと戦闘データだ。大将機だと思しき機体もある」
 アスランに促されて、メイリンはダコスタにデータの入ったディスクを渡した。ダコスタ
は会議室に備えられたモニターで見られるように設定し、やがてそれが映し出される。
 順番に映し出される戦闘艦と3機のMS。まずは、コンピュータが算出した予想スペック
が表示され、続いて戦闘を記録した映像が映し出される。
 量産型と思われるMSの後、モニターに写るデスティニーの姿に、一同は小さな動揺を
覚えた。
(なぜ、この機体が・・・?)
 そんなキラの疑問に答えは出ぬままに、新たな事実に体が震えた。
キラにも見覚えのある機体だった。以前、目の前にいる友が乗っていた機体である。再
び浮かび上がる新たな疑問、しかし、問題はそこではない。
 各々の眼が驚愕に開かれ、表情は愕然としたものに変わった。
「はっきり言って化け物だ。今、オレがここにいるのは、運が良かったとしか思えない」
 コクピットからのアスランの視点、そして、その場にいた味方機のカメラに残った戦闘
記録がモニターに流される。右肩から切断されるジャスティス、その姿が鮮烈にキラの瞳
に焼き付いた。
「お前さんが、ここまであしらわれるとはね。ちょっと信じがたいが・・・」
「・・・いや、君が無事でよかったよ」
 悔しさに歯を軋ませるアスランに二人が声をかけるものの、それが届いているようには
感じられなかった。
 映像を見る限りでは、アスランの調子が悪いとも思えない。機体の操り方を見ても、キ
ラが良く知っている、強いアスランの姿である。ただ、敵機がそれを凌駕しているのだ。
「・・・他に解ったことは?」
「そうだな。後は、デスティニーに乗っているのが、シン・アスカだということだけだ」
「シンっていうと、確か・・・」
「ああ。かつてのインパルスのパイロットだ」
 フリーダムを落とされた記憶が、嫌でも思い出される。機体ごしに感じた、狂気にも似
た敵パイロットの強烈な意志は、キラにとっても恐ろしいものであった。
「行方不明になったって聞いてたけど・・・?」
「セイバーのパイロットが、最後に伝えていった。シンはオレの下にいるってな」
 苦悶に歪むアスランとメイリン。彼にとっては救えなかった部下であり、少女にとって
は、始めて見つかった姉の手がかりである。
「しかし・・・そうなってくると、やっぱりザフトと関係があるのかねえ?」
「議長のオレが言うのもなんですが、プラントは酷い財政難です。資金の流れについては、
細かくチェックが入ってるし、あんな艦隊を組織できる財源はありません」
「そりゃあ、まあ、そうなんだろうが・・・しかしな」
 釈然としないバルドフェルドだったが、アスランが強い口調で否定するので、一瞬、言
葉を止めた。彼自身、嘘はついていないだろうし、言っていることも事実であろう。
「セイバーとデスティニー、それだけで勘繰るにはじゅうぶんだと思うんだけどねえ?」
「それもそうなんですが、バルドフェルドさん。敵艦のガーティ・ルーは大西洋連邦製で
すよ?」
「・・・だとすると、敵は連合とザフトに太いパイプを持っている。もしくは持っていた
ということになるのかねえ」
 キラに指摘されたバルドフェルドは腕を組んで考え込んだ。しかし、ザフト時代の記憶
を辿っても、思い当たる節はない。
「今は、敵の正体を考えるよりも、ヤキン・ドゥーエを止める方法を考えるべきではあり
ませんか?」
 やんわりと微笑みながら、ラクスが本題に話を進めた。この会談の目的は、敵の正体を
探る為ではなく、ヤキン・ドゥーエの恐怖から地球を守ることにある。
「それもそうだね。まずは、アレを止めることが先決だ。僕等は、ただ艦隊を上げてきた
だけだけど、ザフトには何か策はあるの?」
「ニュートロン・スタンピーダーを5機とメテオブレイカーを20機用意してある。もちろ
ん、最善策はヤキンのエンジンを止めることだが、阻止限界点近くまで止められなかった
ら、砕くしかないだろう」
「砕いた場合はやっぱり・・・」
「ああ。ユニウス・セブンの時のように、破片が世界に降り注ぐ可能性がある。それは避
けたいのは、皆も同じだろう」
 アスランの言葉に、皆が頷いた。直接的な被害が多少少なくなろうとも、世界規模で被
害が乱発されては、また世界の再建が遅れてしまう。
「ユーラシアや、アフリカ共同体なども、いくつか艦を派遣してきてくれている。敵の力
は強大だが、数はこちらの圧倒的に多い。なんとかなるだろう」
「そのことなんだけど、アスラン。ザフトの艦が思ったより少ない気がするんだけど?」
「奴等は地球周辺の廃棄コロニーや隕石なんかにも手を出して来ていてな。この作戦中に
他のものに手を出されたら、後手に回って動けなくなる。だから、監視用に艦を大幅に割
かなければならなかった」
「そうか。そういうことなら、仕方ないね」
 それが敵の作戦だったのかもしれない。キラとアスランにもそれは解っていた。しかし、
作戦だったとしても、艦を割かざるをえなかった。仮に、そのような事態が起こった場合、
全てが手遅れになってしまうから。
 結局、アスラン達は彼等の掌で踊るしかなくなったのである。
「作戦は10時間後に開始する。だから、残りの時間はできるだけ、準備と休息に当てて欲
しい。細かい作戦の概要は、さっきのディスクに入ってるから、何か疑問があったら、ミ
ネルバへ連絡してくれ」
 言ってアスランは立ち上がった。彼にも仕事ある為、あまり長い時間ここにはいられな
い。別れを惜しみつつ、会議室を後にしようとする二人。その扉を開こうとしたとき、内
線の呼出音が部屋に響いた。
 思わず歩みを止めて、アスランとメイリンは受話器を取るラクスに目をやった。彼女の
顔色が一瞬で戸惑いに染まるのがわかる。
 静かに受話器を収めると、周囲の視線が自分に集中していることにラクスは意識した。
その場にいる全員を見渡して、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「ヤキン・ドゥーエが停止したそうです」

 予定通りのポイントにたどり着いたヤキン・ドゥーエはエンジンを停止させていた。そ
の司令室で、カズイの心は、来るべき時に沸き立ち始めていた。
「あちらも問題はないようです。もう、間もなく確認できるでしょう」
 シンには、何か不都合があれば緊急に連絡を入れるように伝えてある。今まで、それが
ないということは、順調に行っているという証拠であろう。
「わかった」
 座席の背もたれによりかかるようにして、腕を組んでいたカズイは、閉じていた瞳をゆ
っくりと開いた。下ごしらえは、整いつつある。あとは仕上げにかかるだけ。
「作戦の遂行を確認と同時に、全世界の為政者に、バスカークの名で通告せよ!」
「はい、内容は?」
「服従か、抗戦か、好きな方を選べ。以上だ」
「了解しました」
 あまりに短い通告に、アビーは思わず苦笑した。しかし、それだけですべては伝わるはず
である。
 それから、数分。静かに時が刻まれて、待ちわびていた言葉がカズイに届く。
「高エネルギー反応を確認、命令どおり通告致します」
 彼女の言葉に、カズイは不敵な笑みを浮かべた。

 その日、地球に一条の光が降り注いだ。
第12話 シン(前)

「準備はすべて終わってる。いつでもいけるわよ、シン!」
 ガーティ・ルー3番艦のブリッジ、その艦長席のシンにルナマリアの声がかかる。
「解った。予定の時刻に到達したら、オレが自分で引き金を引く」
「いいのね?」
「ああ。オレは、この大役を任せてくれた総帥に答えなくちゃいけないんだ」
 神妙な面持ちのシンを、ルナマリアが心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫。オレにはもう、迷いはないから」
 安心させるように、比較的明るい調子で言うものの、ルナマリアには、シンの覚悟が悲
痛なものに感じられた。
(そうだ。これで戦いの幕を開く。そして、すべてを終わらせる。マユ、ステラ・・・
オレを見守っててくれ)
 小さく深呼吸するシンの指が引き金に掛かる。
最後の戦いの火蓋が、今、まさに切って落とされようとしていた。

(まるで抜け殻だな・・・)
 それが、カズイが見た少年の第一印象であった。
扉を開けた先に見える椅子に座った少年の肩は、うなだれるようであり、黒髪から垣間
見える赤い瞳には意志の力を感じられない。
 自分の力が及ばずに、それ以上の圧倒的な力に叩き伏せられた為か、もしくは信念が
完膚なきまでに打ちのめされた為か・・・。
 一言で言えば無気力。そんな雰囲気が漂っている。一緒に連れてこられた少女の前では、
いくらかの表情の変化を見せるものの、それ以外は殆ど無表情であるとの報告を受けて
いる。
 カズイの傍らにいるアーサーの言葉によれば、非常に優秀なパイロットであるらしい。
デスティニーから回収された戦闘データ、そこに現される数値を見ても、疑いようはない
事実であるはずなのであるが・・・。
 この艦を指揮するものだと名乗ったカズイは、少年の瞳を正面から真っ直ぐに見つめた。
少年はさほど興味を示した様子はない。虚ろな瞳のまま、覗かれ続けるだけである。
「オレに何か用ですか?」
 視線は外さぬままに、少年は投げやりに問い掛けた。ただ、訊いただけ。実際には、
興味のかけらも無く、挨拶をされた相手に言葉返す。その程度の意味合いである。
 自然に視線が冷ややかなものになる。ここにいるのは、ただ生きているだけの人形と
大差がない。
自分の為に、わざわざ少年を連れてきたアーサーには悪いと思いつつも、カズイは彼を
半ば帰すつもりになっていた。たとえ、どんなに優秀であろうとも、彼のような人間が戦
場へ出れば、すぐに命を散らすことになる。たとえ、回復の見込みがあろうとも、それを
待っている暇はない。
 だから、一言。この言葉で反応を見せなければ終わりにしよう。そう思って口を開いた。
「お前が欲しかったのは、どんな力だったんだ?」
 少年の眼が大きく開かれた。体は小刻みに、心の中は激しく震撼する。最後の戦いでの、
アスランの言葉が脳裏を一瞬で走り抜ける。
「いったい・・・なにを・・・」
 やっとの思いで少年は声を搾り出す。弱々しい、小さな声。しかし、それとは対照的に、
目には意志の光が小さく灯り、それに気付いたカズイの目の色も変わった。
「聞かせてくれないか? シン・アスカ。君が求めたのは何だったのかを?」
 この時、シンは初めて気が付いた。自分に声を投げかける男の圧倒的な存在感に。若さ
にそぐわぬ風格と、作り出す空気は今までに体験したことがない。
ギルバート・デュランダル、彼の持つ雰囲気が一番近いかもしれない。上に立つ者の
特有の威圧感、そんなものがある。ただし、男が持っているものは、デュランダルの
比ではない。
(この人は・・・いったい・・・!?)
 そんな疑問が脳裏に過る。しかし、心の中でずっとわだかまっていたものを吐き出した
かったのか、半ば自暴自棄になっていたからか、それはシンにも解らない。ただ、淡々と
話し始めた。
 自分がなぜザフトに入隊したのか、先の戦争で自分が何を見たか。そして、何を感じた
かを・・・。
目の前の男に無意識に惹かれていることに気付かずに・・・

力が無いのが悔しかった。
 まだ幼かったあの日、出来るのは逃げ惑うことだけだった。
天空を飛び交うMS。轟音と共に走り抜ける光の帯。唸り狂う木々。爆散する大地・・・。
人形のように大地にひれ伏した両親が、再び動くことはなかった。片腕だけしか残ら
なかった最愛の妹、その笑顔は二度と見ることは出来ない。
この時、生まれた悪夢の記憶は一片たりとも色あせない。未だ、自分を縛りつづけて
いる。
許せなかった。
 “立派な理想”だけを貫いて、国民巻き添えにする母国が。家族を無慈悲に奪い去った
戦争が。そして、何よりも無力な自分が。
 だから求めた。目の前から零れ落ちていく命を守る力を。
力を手に入れたと思っていた。
 ザフトの赤服となった自分には、最新鋭の機体が与えられた。配属されたのも最新鋭の
戦闘艦、そこで戦場を渡るとともに、自分は自他ともに認めるエースパイロットになり
つつあった。
 その最中。不幸な偶然か、それとも運命の悪戯か。出会った儚げな少女は大西洋連邦の
エクステンデントだった。
 家族を失った不幸な少女、そう思っていた彼女と再び出会ったのは、落とした敵MSの
コクピットだった。手当てをしようと一緒に連れて帰還した少女は捕虜にされ、次第に命
の輝きを失っていく。
エクステンデントとなった宿命か・・・マインド・コントールと薬漬けにされた彼女を
救う術は自分の艦には無い。
死に到るのは時間の問題だった。
このままでは失われる命だったが、救える手段は確かにある。だから、軍規を犯してま
で敵に返した。もう、自分の目の前で消えていこうとしている命を前に、黙っていること
などできなかったから。そして、それは正しいことだと思ったから。
崩壊の一途を辿るドイツの首都、そこで破壊の化身となった彼女と再会した。
 泣き叫ぶ声がコクピットにコダマした。彼女が対峙しているのはフリーダム――
ヤキン・ドゥーエの英雄にして、未だ最強と謳われるMS。
 自分の声は届いているはずだった。彼女は止められるはずだった。その命は救えるはず
だった。
 それなのに、無残にも少女の命は摘み取られた。
 散らさなくて良かった命を散らして。奪い去ったのはフリーダム――かつてオノゴロが
焼かれたとき、自分の頭上を舞っていた悪夢の一つ。
 フリーダムのパイロット、そして足りなかった自分の力が許せなかった。
ゆっくりと湖に沈んでいく少女の亡骸を、その姿が見えなくなるまで見送った後、心に
残ったのは復讐という言葉だけだった。
そう、彼女が死ぬ必然は無かったのだから。助けられるはずの命だったのだから。
 少年は力を手に入れた。
 フリーダムを討ち果たし、新たな機体を手に入れた。ネビュラ勲章を授かって、フェイ
スにも任命された。多くの人間にその力を認められ、軍人として、多くの名誉を手に入れ
た。
 戦争を支配し続けたロゴスは滅ぼし、世界は平和へと近づいていき、自分の力は、頂の
近くまで上り詰めていくと感じていた。
 
 力を手に入れたはずだった。
デュランダルによって、デスティニープランが世界に示された。
 適材適所、それを遺伝子によって生まれながらに定める世界。世界中の人間が困惑し、
すぐにそれを受け入れない国家も当然出てくる。
 戸惑ったのは間違いない。そのプランを素直に受け止められない自分を否定できない。
 しかし、自分を一番認めてくれたデュランダルの言葉だった。ロゴスという悪しき組織
を壊滅させて、世界を正しい方向に導こうとする彼の言葉には、共感できたし、それで恒
久の平和が訪れるのならば、仕方が無いことなのかとも思った。
それを否定したのは、かつての上官だった。信じがたい圧倒的な力に、なす術もなく運
命という名の機体と共に打ち落とされた。
自分が信じた物、そして、手に入れたと思った力は真っ向から打ち砕かれた。
半壊した愛機、落ち行くメサイヤ、それをただ見ているしか出来ない自分に涙があふ
れる。
 手に入れたと思った力は幻想でしかなかったのだろうか・・・?
「・・・オレは、ただ・・・マユや・・・ステラを・・・」
 最後に、そう呟くと、シンは膝の上に両手をついて、嗚咽を漏らし始めた。
 それまで、黙って彼の言葉に耳を傾けていたカズイは、シンの肩に両手を置く。
「つらかったな・・・」
「いえ、すいません」
 まだ少し震えた声で答えると、シンは袖で涙を拭って顔を上げた。カズイはそんな様子
を眺めつつ、彼が落ち着くの確認すると、
「それで、最初の質問の答えは出たのかな?」
「・・・オレが欲しかったのは自分の大切な人を守る力・・・そして、もうそんな人たち
を失わない為の・・・そんな力です」
 少しの沈黙を挟んでシンは答える。その為の力を求めてザフトに入隊したのだ。
「それで、その力は手に入ったのか?」
「それは・・・」
 オレは敗れたのだから、力が足りかった。そうは思ったが、言葉にはできない。
「君は力を求めてザフトに入った。そして力を認められフェイスにもなった。こと戦闘力
に関して言えば、この世界でも有数のものだろう」
 そこで、カズイは言葉を切った。そして、赤い瞳をじっと見つめる。
「質問を変えよう。仮に君がフリーダム、ジャスティス、ひいてはオーブを落としていた
ら、君の求めた世界は手に入ったのか?」
「・・・え?」
「君が力を求めたのは、自分の周りの人間を守る為。そして、自分と同じような境遇の人
間を生み出さない為だろう? オレが聞きたいのは、デュランダルの提唱した“デスティ
ニープラン”それが実現したら、君の求めた世界が手に入ったのか? と聞いているんだ」
「・・・平和な世界に・・・なったと思います」
「本当に?」
 全てを見透かされているような感覚にシンは陥った。確かに、デュランダルの言葉に
全て賛同できない自分がいたのは確かだからだ。
「全ての人間を適材適所に配置して統制する。人々が、その才能を如何なく発揮できる世
界。素晴らしい世界だと思いますよ!」 
(本当にそうなのか?)
 言葉とは裏腹にそんな疑問が走る。
「正直だな。顔に何かが違うと書いてあるぞ?」
「・・・何を?」
「その疑問の正体も分かっていなのだろう? そうだな。オレの考えでよければ少し話
そうか」
 声を荒げるシンを涼しい顔でかわすと、カズイは少し考えるように目を閉じた。
第13話 シン(後)

 その巨大な存在感に圧倒されつつ、シンは目の前の男の声に耳を傾けていた。
 彼が語るデスティニープランについて。その全て聞き逃さないように。
「仮に今まで、世界が平和でザフトに入隊していなかったら、君は何を目指していたのだ
ろうな?」
「いえ、それは・・・」
 予想もしていなかった質問にシンは言葉が続けられなかった。正直な所、特に何も考え
ていなかったと言わざるをえない。
「そうだな。たとえば、オノゴロで、君の家族が重症で済んでいたとしよう。そこに医者
が通りかかって、命を救っていてくれたら、君は医者を目指したかもしれないな」
 意図するところが分からずに、シンはただカズイの顔をジッと見つめる。
「しかし、デスティニープランの下では、それを許さない。遺伝子が示す適正のままに、
違う職業をあてがわれる」
「・・・・・・」
「パン屋の子供がいたとする。その子は父親を尊敬していて、将来は親の後を立派に継ぐ
のが夢だった。しかし、その遺伝子のもつ情報から、メカニックに将来が決定する。そし
て、機械いじりが好きで、メカニックになりたかった少年はまた、プランのもとに料理人
に将来が決まる。自分の将来に夢を持てない世界だな」
黙って自分を見つめるシンに対して、カズイは肩をすくめて見せた。
「適材適所、確かに自分に向いている職業に就くのはそれなり幸せなことかもしれない。
理想の一つであることも認めよう。けどな・・・」
 大げさにため息をついて、カズイは呆れたような表情でシンに笑いかける。
「人はやりたいことをやろうとするんだ。操り人形のようになんて生きられない。仮に
プランが成就してたとしても、何年持ったことか・・・ 反乱は絶対に避けられない」
「でも、それは、ただのわがままなんじゃ?」
「かもしれん。だが、人はそこまで達観できる生き物ではないと思うがな。それに、これ
は表向き、心情的な問題だ。デスティニープランはさらに大きな問題を孕んでいる」
「それは・・・いったい・・・」
「遺伝子ですべてを決定する世界がデスティニープランだ。そして、優秀な遺伝子を
もっているのは、いったい誰だろうな?」
「・・・・・・あっ!!」
 そこでシンは気が付いた。デスティニープランが持った大きな問題・・・いや、正確に
言えば、この世界だからこそ生まれる問題に。
 そんなシンの様子に気付いたカズイは小さく頷いた。話してみろ、そういう意味だと
解釈したシンは、おずおずと自分の考えを口にする。
「遺伝子で全てを決めるということは、おのずとコーディネーターが全ての上に立つ世界
になる。それがどんな世界でも・・・・」
「政界だろうが、財界であろうがな。ブルーコスモスじゃなくたって、頭にくるさ。すぐ
に戦争が始まるよ。ナチュラル対コーディネーターのな。そうなってくると、ザフトの
軍人たる君は、ナチュラルの全てと戦うつもりだったのか?」
シンの体を寒気が襲った。そのような覚悟があろうはずがない。彼が戦っていたのは、
ロゴスと大西洋連邦であって、ナチュラルの全てが憎いわけではないのだ。
「だったら、みんなコーディネーターになれば・・・」
 争いは起こらない。そう思ったシンは、言葉を濁しつつ、すがるような気持ちで意見
する。
「これは、親の金次第で、どうにでもなるプランなんだ。発動時の親の収入と財源で、
生まれた子供の人生がおおむね決まることになる。仮にそれを受け入れたとしても、
コーディネーターになるのは次の世代だ」
「・・・プラン発動時に上にいるのは現在のコーディネーターだから、収入も現在の
ナチュラルを上回る。ナチュラルが次の世代の子供をコーディネーターにしたとしても、
投入する金額は現在のコーディネーターの方が上回る、ということですか」
「そうだ。今、ナチュラルでいる以上、もうすでに負けは決まってる。そんなプランを
受け入れると思うか?」
「・・・・・・」
「それに、コーディネータの出生率の低下問題も片付いていない。それなのに、そんな
ことをしたら、人類が死滅する可能性もある」
 大げさにため息を吐いて、指摘するカズイに、シンはプランそのものが間違っていたの
を痛感する。だが、彼の中の、もう一つのわだかまりには決着はつけられない。
「・・・だったら・・・だったら、あいつらが正しかったっていうのかよ?」
 怒りを押し殺しきれない、そんな叫びだった。それだけは絶対に認められない。そんな
思いから両のコブシを震えるほど強く握り締める。
「間違った道を是正しようとするものが、常に正しいとは限らんよ」
 乾いた声で、投げ捨てるようにカズイは言った。
「オレが受けた報告を聞く限り、アークエンジェルと彼等が歩んだ道は、世界に混乱を
撒き散らしただけだ。国家元首の拉致、他国と締結した条約を無視した軍事介入。同盟
した国との連合軍と、敵国に対して無差別に攻撃を実行し、戦闘力の大半を奪って撤退。
それを繰り返すこと数回、とても正気の沙汰とは思えんな」
「そして、ロゴスのジブリールを匿って・・・まともな交渉もしない間に攻めてきて・・・」
 歯噛みしてうつむくシンに、カズイは僅かに苦笑した。ジブリールの件については、
その通りであるだろうが、メサイヤ攻防戦に関しては、専守防衛と取れなくも無い。実際
に、あと少しの猶予が与えていたならば、確実にオーブはレクイエムに焼かれていたで
あろう。
「オーブは今、そのツケを払わされているよ。いかにカガリ・ユラ・アスハにカリスマが
あって、国民がそれを認めようと、世界はそれを許さない。先ほど、大西洋連邦と開戦し
たとの情報が入った。今回の争乱で、一番あの国を許せなかったのは、あそこだろうから
な」
 
「なら、両方とも、間違ってたっていうんですか? あなたは?」
「結果的にそうだろうな。それに、何が正しくて、何が悪いなどと、簡単に分けて考え
られるほど、世界は単純なものじゃない。君もそれは解っているんじゃないか?」
 理解はできても納得はできない。そんな複雑な表情で、シンはカズイを見上げた。
「まあ、今はそれでいい。いずれ解る時が来るだろう。だが、その前に・・・」
 それまで暖かさが混じっていたカズイの目が鋭いものに一変する。
「自分の行動の是非については考えなかったのか?」
「・・・何のことですか?」
「そうだな。とりわけ、ベルリンの件についてだ」
「何が、言いたい?」
 赤い瞳に怒気がこもる。押し殺してはいるものの、低く、威圧するようにシンは問い
返す。
「オレは、あの時のアークエンジェル等がデストロイを止めたのは間違っていなかったと思っている」
シンの瞳から視線を逸らさず、カズイは睨みつけるように彼に答えた。
「ふざけるなぁ! あいつは、あいつらは、ステラを! 止めようとしたのに!」
「だったら、君の行動は正しかったのか?」
 冷淡な言葉と軽蔑な眼差しがシンの逆鱗に触れた。今までの会話で動揺していたのも
あいまって、冷静さを完全に欠いている。
「ざけんなぁああああ!」
瞬時に立ち上がり、振りぬかれる右の拳。
閃光のような一撃が、カズイの顔面を捉えた。シンがそう確信した瞬間、視界が宙を
舞い、天井を見たのを最後に暗転した。
 
「こんな狭いところで投げ飛ばさないでくださいよ」
「オレだって、咄嗟だったんだよ」
 愚痴るアーサーに答えるカズイは、左頬を右手の甲で拭った。甲を見てみれば、うっす
らと血が滲んでいた。かすったシンのコブシが頬を裂いたからである。
 ナチュラルのカズイが、コーディネーターで、正規の軍事訓練を積んでいるシンのコブ
シをまともに食らえば、下手すれば命に関わる。
 さすがに、寒いものを感じたカズイは、腰のホルスターか銃を引き抜いた。
(頭を打ったのか)
どうにも定まらない、朦朧とした感覚の中、ゆっくりと目を開けたシンに見えたのは、
やはり天井と鼻先に突きつけられた銃口。
それを見て一瞬で覚醒シンは、自分の拳は届かずに、そのまま投げ飛ばされて意識を
失ったことを理解した。
「そういう、後先を考えない行動が、何を意味するのかを、考えたことはないのか?」
 カズイから沸き立つような殺気を覚えたシンは、背筋が凍り、体が萎縮していくのを
感じていた。
「さよならだ。理由は、今のでじゅうぶんだろ。まあ、お前は、それでいいだろうが・・・
残された者はどうなるだろうな?」
 冷酷な言いざまに、シンは身の毛がよだった。感じたことのない恐怖に体が動かない。
「お前と一緒にここに来た少女がいたな。オレがお前を殺したら、彼女は仇だと言って
オレを殺そうとするかもしれない。やっぱり、殺した方が安全かもな?」
 引き金に掛かる指がスローモーションのように、ゆっくり動いていくのが見えた。
無意識に両のまぶた強固に閉じられる。
死ぬかもしれないという恐怖が走る。そして、それ以上に・・・。
(・・・ルナ! ごめん!)
 声にならない謝罪の叫び。それと同時に、小さな乾いた音が室内に響いた。
(・・・生きて・・・る!?)
 シンがゆっくりと目を開け、その瞳が自分の姿を捕らえているのを確認すると、カズイ
はあらかじめ弾が抜いてあった銃を腰に戻した。
「わかったか?」
 シンは背中にびっしょりと汗が噴出しているのを感じていた。早鐘する心臓と、荒れ
狂う呼吸。それでも、目の前の男からは、視線を動かせない。
「ベルリンの時も同じことだ。少女を助けようとしたことには同情する。しかし、その
結果が何を引き起こしたかを考えろ! 後先を考えず、捕虜の少女を勝手な浅はか判断
で逃がした。お前のちっぽけな良心は、それで満足したかもしれない。だが、それがどれ
だけ他人を巻き込むのかをわかっているのか? その為に何人の人間が犠牲になったのか
を考えたことがあるのか?」
「なっ・・・えっ!?」
「オノゴロ以上だよ、ベルリンの被害は。あの時、お前が取った行動によって、何人の
シン・アスカを生み出すはめになったと思う?」
「う・・・あっ・・・でも、あれは」
ステラを返さなくても大西洋連邦はベルリンをデストロイで攻撃したかもしれない。
そう言いたかったが、カズイの迫力に声が途切れた。しかし、カズイはシンが何を
言いたかったのかを察して言葉を続ける。
「あの後、お前は何度か同じ機体、デストロイと戦っているな。しかし、苦もなく倒せた
はずだ。何故だか解るか?」
「えっ・・・!?」
「あれは極端に適正に左右される機体なんだよ。だから、あの時、フリーダムといえども
てこずった。そして、その後のデストロイのパイロットは適正を欠いていた。だから、
左程脅威にも感じなかったんだ。このこと導き出される結論・・・つまり、あれを本当に
使いこなせるパイロットは、彼女しかいなかっただんだ」
「だからって、そんなこと・・・」
 知るはずも無いのだ。適性のことも、デストロイのことも。
「彼女はガイアに乗っていたエクステンデッド。それだけで危険性を察するには十分だ。
お前が殺したんだよ。ベルリンの人間の多くをな!」
 最後の退路、言い聞かせていた言い訳を完全に否定された。ステラを殺したフリーダム
へ対する怒り、そして悲しみに隠れて見えてなかった真実を。
「ベルリンの被害、その半分以上は未然に防げた。それが、事実だ」
(オノゴロ以上の被害・・・オレと同じような人間が・・・オレのせいで・・・?)
 始めて自分の罪の深さを実感したシンは右腕で顔を覆った。身震いが止まらず、歯も
ガチガチと鳴り始める。
「すべての罪がお前にあるわけではない。そんな彼女を生み出した大西洋連邦の責任が
重いのは言うまでもない。でもな、お前はどこまで他人のせいにするつもりだ?」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
 シンの悲しみと後悔に満ちた咆哮が、狭い室内に響き渡った。

「オレはどうすればよかったんですか」
 一頻り泣きはらしたシンは、壁に寄りかかりながら、ただ自分を見つめつづけたカズイ
に問い掛けた。
「それは、オレが答えていい問題なのか?」
「・・・そうですね」
 あの時、ステラを見捨てることなど出来なかった。しかし、それが大きな災厄を無関係
な人々に及ぼした。それは、もう否定できない。
では、逆はどうだったのだろうか?
 彼の言う通り、ベルリンの被害は格段に減ったかもしれない。しかし、ステラを見捨て
ること・・・そんなことは出来たのだろうか? そうすれば、一生後悔したのではないか?
 どちらが正しいのかは解らない。すでに取り返しのつかないことだし、答えがでるはず
もない。しかし、彼が言いたかったことは、そういうことではないはずだ。
「力を持つものなら、その力を自覚しろ!」
(そうですね。オレは、自分の力、そして行動に関して無自覚だったのかもしれない)
 かつての上官の言葉に対し、改めて胸中で言葉を返す。
 自分の判断が、何をもたらすか。短慮で起こした行動が、どのような結果をもたらす
のか。
 手にした力に自惚れるだけで、それを振るうことの意味を、あまりにも知らなさ過ぎた。
カズイは、そんな自分を戒めようと思ったのであろう。
「一緒に来ないか? 多分、オレの目指す世界もお前のものと変わらないはずだ」
 シンの手を取って起き上がらせながら、カズイは言った。
「オレが間違っていると思ったら、背中から撃ってくれてもかまわない。だから、力を貸
してくれないか?」
 手を引かれて立ち上がったシンは、カズイの思惑を推し量ろうと、その瞳を凝視する。
「答える前に、ひとつ教えてください。あなたは、いったい・・・?」
 シンの瞳を見たカズイは、その変化に満足していた。この部屋に入ってきた時のような
ものではなく、はっきりとした強固な意志が灯って見える。
「オレは・・・そうだな。お前が憎んだロゴス、そのものだ」
 その答えの意味を理解できず、困惑を隠せないシンに対し、カズイは小さく笑って
見せた。
第14話 瓦解

 矢継ぎ早に入ってくる新しい情報にエターナルのブリッジは騒然となっていた。
 クルーの殆どの顔には、動揺が見て取れる。現段階で、敵が何かをしてくるとは、大半
の人間は思っていなかったからである。
「いったいどうした? 状況を説明しろ!」
 ブリッジへの扉が開くと同時に、バルドフェルドが叫ぶように命令を出した。飛び込む
ように、扉をくぐり抜けてきたのは、彼を含めて6人。
 キラ・ヤマト、ラクス・クライン、マーチン・ダコスタとアスラン・ザラ、メイリン・
ホークである。
 バルドフェルドは飛び移るように自分の座るべき艦長席につくと、程なくラクスも、
その上部に設置された専用のシートに腰を落とす。
 ダコスタは自分の席に走り、キラはラクスの隣、アスランとメイリンはバルトフェルド
の横に立った。
「衛星軌道上から、高エネルギーが射出され、オーブのオノゴロ島沖、南に200kmの地点
に着弾しました。そして、直後に、このような通告が・・・」
 自席に備え付けられたモニターで確認するバルドフェルドとラクス。キラとアスラン等
は、立ったまま、それを覗き込む。
「・・・何だ・・・これは!?」
 怒りによる激情を押さえきれないアスランの声は震えていた。
 ――服従か、抗戦か。
 簡単で明瞭な2択。しかし、それが意味するものは極端すぎる。
 話し合いの余地すらない、極めて暴力的で一方的な通告。ただ、強者が立場の弱い者に
対して行う脅迫と大差はない。あまりにも傲慢であると、皆が感じた。
「それに何だろうねぇ? この、バスカークというのは?」
 独り言のように、それでいてブリッジの人間すべてに聞こえるように、バルトフェルド
は言った。
それを聞いたラクスの肩がピクリと動いた。かすかに震えている彼女に、キラは疑問を
抱きつつも、安心させるように肩に手を置く。
 ラクスは、その手を静かに握った。

「光学映像入りました!」
 全ての人間が見えるように、オペレーターは巨大スクリーンに、それを映し出させる。
「なっ・・・!?」
 その場の人間は思わず絶句した。
 宙に浮かぶ巨大な砂時計。
 甦る忌まわしい記憶。パトリック・ザラとギルバート・デュランダルの怨念。この世界
にはあってはならない、殺戮のみを目的とした悪魔の兵器。
「・・・ジェネシスだと・・・!?」
 静寂を破ったのはうめくようなアスランのうめき声だった。復讐に歪んだ父と、自己の
理想に固執したデュランダルの冷笑が脳裏を過る。
「アレが・・・ジェネシスで、もう地球に撃たれたんだとしたら・・・」
 途中で切れたキラの言葉だが、彼が何を言おうとしたかは、皆、理解している。
――ガンマ線の及ぼす放射能の影響で、地球上の80%の生物が死滅する。
いつもの冷静さを欠き、キラにも焦りの色が浮かんでいる。オーブに直撃はしていない
にしろ、ジェネシスがオーブ近海に照射されたのであれば、オーブだけでなく、世界は終
わる。
「手遅れ・・・ってことですか?」
 不安と恐怖に潤む瞳で、メイリンがアスランを見上げると、彼にも苦汁が満ちていた。
「くそっ! なんで気付かなかったんだ? あんなものに! 護衛艦の数だって・・・
アレだけの数を見逃しただと・・・!?」
 ジェネシスと一緒に映し出される艦隊の数も多い。優に20は超えているだろう。それを
簡単に見逃したという事実は悔やみきれない。アスランが強く握るコブシは小刻みに震え
ていた。爪が浅く肌を傷つけて、うっすらと血が滲み始める。
「防衛ラインから、地球を挟んで、反対側に部隊を展開されています。索敵の範囲外です」
「・・・だからって!」
「どうやら奴さんたちは、こちらよりも先に部隊を展開していたな」
 鋭い目つきでスクリーンを睨みつけながら、バルドフェルドは宙域の作戦地図を
ダコスタに命じて表示させた。
ヤキン・ドゥーエ、味方の艦隊、地球、そして、突如現れた敵の別働隊の配置が
スクリーンに映し出される。
「やけにヤキンの速度が遅いと思っただろう? コレ幸いにと、こっちは時間をかけて
万全を期したつもりだったが、あっちの時間稼ぎにまんまとはまったという訳さ」
 舌打ちしながら言葉を吐きすてるバルドフェルドにキラが、
「ヤキン・ドゥーエに注意を集めて、その隙に別働隊を動かしたってことですか?」
「恐らくな。ヤキンを動かす前には動いていたんだろう。いくらミラージュ・コロイドが
あったとしても、こちらが陣を敷き始めてから、突破しようとするとは思えない。それに、
あれだけ時間があったんだ。多少は迂回する余裕もあっただろう」
「だとすると・・・」
 廃棄コロニーの襲撃も、別働隊から目を逸らさせる為。完全に掌の上で踊らされていた
と実感したアスランは、力無くうな垂れた。
 後悔しても、全てが手遅れ。既に放たれた殺戮の炎に、泣き叫びたいを想いを
抑圧するのが、精一杯だった。
絶望に静まり返るブリッジ。それを打ち払うかのように、再びオペレーターの声が
轟いた。
「照射されたエネルギーの照合、終わりました。ガンマ線ではありません」
「どういうことですか・・・?」
 肩に置かれたキラの手を、汗ばんだ掌で強く抑えながら、ラクスが問う。
「照射されたのは、ただのレーザーです。放射能による汚染の影響はありません」
 それが何を意味するか。大きな安堵と、さらなる疑念に駆られたアスランは、
バルトフェルドの前にあるパネルを片手で叩き始めた。
 高速で上下に流れる文字と数式。簡易な図解と導き出される答え。それに目を通す
アスランの片眉が跳ね上がる。
「・・・そういうことか・・・!」
「どういうことですの?」
 その兵器の目的と意味、それを一人理解したアスランに皆が注目し、それを代弁する
ようにラクスが訊いた。
「地球への影響を最小限に、広域をただ破壊する兵器だ。それをあんな位置(衛星軌道上)
に固定されたんだから・・・」
「地上の国家の全てが人質に捕られているようなものだね」
 いち早く意味を理解したキラがアスランの言葉を続ける。
「地上への影響は少ないから、一都市、一国家レベルで殲滅可能か・・・まずいな、
これは・・・」
 嫌な予感がバルトフェルドの脳裏を走る。いや、それは確信と言ってもいいだろう。
この状況で、他国、特に小国がとる態度は容易に予想できる。
「ユーラシア連邦から通信が入ってます」
(ほらな)
 オペレーターに、繋げと応えながら、バルトフェルドはため息を吐いた。
大方、軍を派遣してきた国のどこかが、ユーラシアに泣きついたのだろう。テロリスト
とはいえ、敵は強大だ。それが、あんな兵器を持ち出したとなれば、逃げたくなる心情も
解らなくはないのだが・・・。
「ザラ議長がこちらに来ていると聞いたのだが、まだおられるか?」
 年のころは60前後。将校としてのトップを極めたユーラシアが誇る、歴戦の軍人の姿が
映し出される。蓄えた髭や、鋭い目つきは大きな威厳を感じさせる。
 彼の目的を察したバルトフェルドは、通信機のカメラをアスランに向けさせた。
「はい。どうかなされましたか、提督?」
 軍人としてではなく、プラントを代表する政治家としての、毅然とした態度で、
アスランは対峙した。
 彼の姿を見た提督の顔が僅かに歪んだ。そこから見て取れるのは、なんともばつの
悪そうな複雑な表情だった。
「悪いが、ユーラシアは退かせていただく。本国から、そのように命令を受けたのでな」
 ブリッジがざわめきに揺れた。アスランの目も驚愕に大きく開かれる。
「どういうことですか!?」
「どうもこうもない。そのままの意味だ」
「あんな物に屈すると仰るのですか?」
「違うな。相手がただのテロリストで、それがあんなものを持ち出したのであれば、我ら
が屈する道理はない」
「だったら!」
 激昂気味のアスランに対して、ユーラシアの提督は嘆息した。ただ、それには悪意は
ない。あるのは諦観である。
「あの通告が全てだ。貴公はまだ、議長になって日が浅いから知らぬようだが、彼等には
手を出してはいけないのだよ。本国に問い合わせて見るが良い。古参の議員なら知ってい
よう。バスカークの名が出た時点で、この戦いは終わっているのだよ」
「提督!」
「君等が抗戦を選んでも、後ろから撃つことはしないと約束しよう。その代わりに、
今すぐ撤退させてもらう。それが、せめてもの情けだと思ってくれ」
 そこまで言うと、通信は一方的に切られてしまった。
「なんなんだ、いったい!」
 苛立ちからアスラン床を蹴飛ばすように踵を叩きつける。
 大西洋連邦が崩壊した今、事実上、一番勢力を誇っているユーラシア連邦が真っ先に
離脱した。この事実に、言いようもない焦燥が生まれる。
「落ち着いて、アスラン」
「ああ。解ってる。解ってはいるんだ」
 駆け寄ったキラが肩を叩くと、アスランは幾分平静を取り戻した。だが、顔は険しい
まま、奥歯を強くかみ締めている。
 そんな二人の姿にラクスは胸に痛みを感じていた。
(やはり、そうだったのですね・・・)
 信じたくはない想いだった。それが真実なら、あまりに事態が大きすぎるから。
 しかし、もうそれは現実として突きつけられた。彼等がどんな選択をしようとも、真実
は告げなくてはならない。それを知る者の一人として。
 胸に手をおき、小さく深呼吸する。一度と閉じた瞳をゆっくりと開いて、ラクスは決意
を固めた。
「アスラン。ミネルバへ戻る前に、もう少しお付き合いください。お話いたしますわ。
彼等、そしてバスカークという名が何を意味するのかを」

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