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Pの『THE つだん部屋』コミュの【361】呪的逃走

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【コピペ】



今井さんのお宅の屋根裏に、大きなハチの巣があるという。
なんでも、この家では屋根裏で物音がしていたらしい。動物でも棲みついたか、と考え調べにいったところ、ハチの巣を発見した。
ところが、様子がおかしい。
肝心のハチが見当たらないのだ。
普通だったらたくさんのハチが巣を取り巻いているはず。しかし、一匹も見当たらない。

もう使われていないのだろうか、ならば撤去してしまおう

ということで巣を除きに近寄ると、なんとハチの子がびっしりと巣に詰まっていたそうで、しかも生きている。さらに本来クリーム色をしているはずが、どす黒い。

親は子を見捨ててどこに行ってしまったのか
ハチの育児放棄などあり得るのか。

どのような理由か見当がつかないものの、今井さんはあるものを発見した。
ハチの巣に、深々と埋め込まれていた黒石。
妖しく光を放つそれを親指と人差し指ではさみながら、今井さんは言った。

 「こんなもの、自然に埋まるはずがないだろ。かといって誰かが故意に埋めたとしても、なんのためかさっぱりわからないし、立派な不法侵入だ」

近隣住民のよしみでそんな話に付き合わされていたのだが、正直気味が悪かった。

今井さんが巣から石を取り除くと、ハチの子はそれを待っていたかのように一斉に息絶えた。
死後硬直というものは虫にはないのだろうが、こつこつと音を立てながら雨のように床に落ちたそうだ。

 「もともと死んでいたのではないですか」

 「いやあ、それはないよ。たしかに一匹一匹動いてた。それに石を除いたのを皮切りに子がぼろぼろ落ちるのだって説明がつかないだろ」

 「はあ…」

とりあえずはそんな石捨ててしまったほうがいい、と言っておいた。本心からだった。

宝石のように美しく輝いているのだが、それがどうしても気持ち悪い。

 「捨てるったって、綺麗だしなあ…」

 「やめたほうがいいですよ。これはほんとうに」

 「そうか…わかった。ハチの巣と一緒に捨てるよ」


その日の夕刻。
今井さんが青い顔をして話した内容はにわかには信じ難いものだった。

 「風呂に入ろうと服を脱いでたら、ズボンのポケットにこの石が入ってたんだよ」

僅かに輝きが増しているように見えた。

 「同じものですか」

 「間違いない」

確かに、その石は他のものとは異なる特殊な形状をしていた。
上から見れば菱形、横から見れば先端が尖った楕円形。たとえるならサーフボード。
手のひらサイズで卵一個分くらいの重さ、表面は滑らかでつるつるしている。

外見以外の情報を直接触ってではなく今井さんから訊き出したのは、本能によるものとしか言えない。
死というのは思いのほか身近で、だからこそ些細なことでも動物的本能を優先させた。

触ってはいけない。

その予感が杞憂だとしてもそれならそれでいい。
だが、ハチの巣の一件がこの石の危険性を示しているとするならば。

 「お祓いしてもらったらどうでしょう」

 「本気で言ってるのか」

 「はい。今朝から思っていたんですが、その石気味が悪いです。あのハチの子だって…」

言いかけて止めた。話している途中の今井さんの顔を見ると、どうしてもその先は言えなかった。

 「…わかった。さっそく今から行ってみる」

 「私もご一緒します」

ということで訪れた神社は、村から車で二時間ほどの山中にあるのだが、そこの神主が予想外の言葉を突きつけてきた。

 「私には扱いかねます。お引き取り下さい」

有無を言わさぬ口調だった。呆気にとられて言葉を失った。

 「なんとか、お祓いだけでもしていただけないでしょうか」

 「無意味です。しかしこのまま放っておくこともできない。そこで私から紹介するのが、こちらのお寺です」

渡された紙には神主の言うお寺の名と、詳しい住所が記されていた。

 「ここからだと少々遠出になりますが、これはあなたの命に関わることです」

 「命に」

 「そうです。あなたからは既に死の気配がする。できれば今日中に、一刻も早く訪ねてください。
 その石をこちらの麻の布でくるみ、お寺に持っていくのです」

血の気が引いた今井さんの顔を横から見ると、唇が妙に赤い。鮮やか過ぎるといったら変に聞こえるが、口紅でもしているようだ。



※コメントに続きます

コメント(15)

※続き



神社をあとにし、そのまま紹介されたお寺へ赴くことに。
すでに外は真っ暗で、目的地に今日中に着けるかどうかは怪しいところだった。

ハンドルを握る今井さんの横顔が緊張で強張っている気がした。心ここにあらず、という感じで目も泳いでいる。
思索に耽っている自分自身に気付いたのか、はっとした表情をして、ちらりとこちらに目をやる。

 「すまないな。こんなところまでつき合わせてしまって」

 「いいですよ。明日は仕事休みですし」

 「それにしてもあの石は何だ。まるで心当たりヴォウウ…ボガァ!!ぐぼッ…オエェッ」

 「どうし…!!」

今井さんの口から飛び出てきたのは、黒々となめらかに光るあの石だった。麻布にくるんで鞄にしまったはずだった。

 「今井さん!!」

車がぐらぐらと揺れる。後ろからクラクションの音がけたたましく鳴り響いた。
助手席から必死にハンドルを操作する。

 「今井さんアクセル!!」

どんどんスピードが増す。前方に一台の車が見えてきた。このままでは衝突する。

左手でハンドルを捌き、右手で今井さんの肩を揺すり、右脚でブレーキを探っている状態。

するとハンドルを握る今井さんの手に力が入り、同時にスピードも落ちた。

 「ハア…すまない。ぶッ!!ぐふッはあ…う」

 「大丈夫ですか!!」

無言で頷いた。今井さんの足元に転がる黒石が街灯に照っていた。



※続きます
※続き



今井さんが死んだのはその二時間後だった。あと少しでお寺に着くというところだった。

例のお寺は奥深い山中にあるため、山に入る前に飲み物でも買おうとコンビニに寄ったわずかな時間に。
会計を済ませ車に戻ると、今井さんは絶命していた。

眼球が黒く変色していた。アゴが外れていた。
巨大なハチの巣さえ、呑みこめてしまいそうな口の大きさだった。

開いたドアに手をかけた状態でどれほど時間が経ったかは定かではない。

車内にともるランプに照らされた今井さんの顔は、何者かの歪んだ悪意に染まっていた。
黒石は、その姿を忽然とくらませていた。

今まで意志をもち、多少なりとも思いを交わしていた、というのが信じられなかった。
死体に声をかけても、言葉はない。言葉だけでなく、思いも、所作も。彼が生きている証となる一切のものが理不尽に奪われた。
だからこそ、人は死にとめどない恐怖(クフ)を抱くのだろう。彼の顔を見れば、それがどれほどのものか、痛いほどよくわかった。


今井さんの葬式が終わった二日後、彼の妻が震える声で言った。

 「夫の胃の中でね…黒い石が見つかったそうなの」

死因を調べた警察からの情報のようだ。
吐き気がした。今井さんの命をたったの一日で奪ったもの。



※続きます
※続き



 「これ…そうよね」

今井夫人が懐から取り出したのは間違いなくあの石だった。

 「…どうして持ってるんですか」

 「玄関に落ちてたから…見たときはぞっとしたけど、すごく綺麗で思わず手に取っちゃった」

今すぐあの寺に行かねば。まず考えたのがそれだった。

 「その石は呪われています。今井さんが亡くなられたのはその石が原因かもしれないんです」

 「でも…じゃあどうしたら」

 「お祓いを受けに行きましょう。今すぐです」

了承してもらうと支度をしにすぐさま家に駆け戻る。仕事終りで日は完全に暮れていたが、そんなこと気にしている場合ではなかった。

しかし事態は急転する。

上着のポケットから例の石が出てきたのだ。

 「なんで…」

思わず口に出てしまった。次は俺の番ということか。
全身から力が抜けて、立っていられなくなった。へたりこんだまま呆然と自分の命のタイムリミットを呟く。

 「一日…一日で俺は」

俺が死んだら、次は今井夫人なのか。そもそも今井夫人は無事なのか。
跳ねあがって急いで今井宅に駆け付けた。

呼びかけると、中から夫人の返事があった。ほっと胸をなでおろす。

このとき時刻は午後7時。不吉な予感がまとわりつく。あの車内での出来事がフラッシュバックした。

とにかく急がねばならない、あっという間に命を刈られる

この石は捨てたところで戻ってくる。今最も大事なことは、いち早くお寺に辿り着くこと。
助手席に今井夫人を乗せ猛スピードで車を走らせる。



※続きます
※続き



道中、常に背後に気配を感じた。恐ろしくてミラーを覗くことができなかった。
隣で眠りこむ今井夫人も、奇声を発していた。悪夢でも見ているのだろうか。キキキキ…と鋭利な音が後部座席から聞こえてくる。

お寺に着いたのは午前1時。驚くべきことに、住職は明かりを点けて待っていてくれた。
目がしらが熱くなった。一縷をつかんだような気がした。

 「話は聞いています。早くこちらへ」

一連の出来事のあらましを述べたあと案内されたのは裏山だった。闇に包まれた山中では、懐中電灯の光が心細い。
先頭に住職、後方に三人の従者(ズサ)。

 「石を持っておられるのはどちらですか」

上着のポケットから石を取り出し住職に見せた。今井夫人が驚きの声を発する。

 「どうしてあなたが…突然なくなったのよ」

 「その石は人を呪い殺すためだけにつくられたものです。おそらく触れた者に祟りをもたらす」

 「しかし、私は一度も触れませんでした。…どうして」

 「直接触れなくとも、祟られている者に触れれば同じこと。その点は製作者の意図でしょう。わざと時間をかけて殺すことで祟りに触れる者を増やす」

まさか、あの車内で今井さんの肩に触れたときか。

 「製作者って誰なのですか」

 「もう生きてはいないでしょう。その石に魂を囚われているはずです」

背後でざざっ、と何かが動く音がした。同時にキキキ、と鋭い音がした。



※続きます
※続き



 「もうかなり近くまで来ている。その石を口に入れてください」

 「……は?」

 「その石を、口に含めと言っている」

 「なぜです」

 「のんきに説明するほどあなたに時間は残されていない。呑みこまず、口に含むのだ。早くしろ」

住職の気迫に圧されすぐさま石を口に放り込む。飴を食べているようだ。甘かった。


しばらくすると、草庵が姿を現した。そこだけ周りの木々がなく、ちょっとした空間ができていた。
草庵は石畳の上に据え置かれている。

 「このなかに入るのです。さあ早く」

一辺5m、正方形の草庵だ。
室内の蝋燭の火を灯すと、厖大な数の小さな桐箱が積み重ねられている。
薄暗い室内で住職が淡々と喋り始める。

 「石に囚われている者が間もなく現れます。石を奪いに、です。まずは、石を発見されないこと。口内にあるそれは簡単には見つかりません。

 しかし時間の問題でしょう。あなたの口を力づくで開けようとするはずです。そのときは」

すると住職は俺の右手小指に紐を括りつけた。

 「この紐を強く、引っ張りなさい。…聞こえますか」

はああああ…とん、とん、…こつ、こつ、こつ…
こつこつこつこつこつこつ…

草庵を豆が打つような音がし始めた。迫りくる恐怖に身震いする。



※続きます
※続き



 「はい。聞こえます」

隣では今井夫人が首をかしげている。
そこで住職が驚くべき言葉を発した。

 「必ず助ける。そのために我々は生きている」

背後に控える三人の従者も微笑んでいる。この状況にまったくそぐわない強い言葉だった。
何度も何度も頷いた。

 「では、こちらへ…おい」

背後の従者が黒布を住職に差し出した。

 「これを被ってください。…そして、今井さんはこちらへ」

布を被った俺の前に、今井夫人が腰を下ろす。

 「声を出さず、必ず危うくなったら紐を引くこと。今井さん、あなたも」

 「…はあ」

 「きいているのか!!」

いきなりの怒声に今井夫人が激しくびくついた。

 「は、はい…わかりました」

 「…お二人は互いの命を握り合っている。どちらか一方でも気を抜いたら、…わかりますね」

 「はい」

 「声を出さないこと。今井さんはこちらだけでよろしい」

 「わかりました」

すす、と四隅に控える四人。桐箱の山でその姿は覆い隠された。小指に括られた紐は、住職の元へ繋がっている。

どうやら箱の配置はでたらめというわけではなく、考えられているようだ。


長い、長い夜が幕を開ける。



※続きます
※続き



怪音は鳴り止まない。

アズキ大の豆粒を、手でつかんで撒いているような音。撒かれた粒が草庵の壁にあたって、

こつこつ…こつ、

と音を立てる様子を想像してみる。
右方から聞こえたと思うと、背後に突然音源が移動する。

目を開いても布によって視界は遮られているが、緊張のためか目をひん剥いて瞳だけをせわしなく動かし、草庵のまわりを徘徊する気配に神経をめぐらす。

しばらくすると、音の調子が変わる。声だ。
早口だからか、声が小さいからか、聞きとれない。壁に顔をよせ、ぼそぼそ呟いている感じだ。

キキキキ…カタカタッ、ガラガラッ…ガタ!!

突如、前触れなく左方の桐箱が崩れ落ちた。びくっ、と肩を揺らす。

前方から衣擦れの音がする。今井夫人に動きがあったようだ。
自分の呼吸が荒くなっている。汗がじっとりと浮いてきた。

耳鳴りがすごい。ジジジ…と、点滅する電灯のような音がする。

左肩を冷たい空気が撫でる。真横になにかいる。
それは俺をとおり過ぎると、今井夫人のほうへむかって行った。
恐怖で目をぎゅっとつむった。

パンッ

開手(ヒラテ)を打つような乾いた音。
さきほどまで蝋燭の光で仄暗かった部屋が完全な闇に包まれたのが、閉じた瞼越しにわかった。
前方でもぞもぞと人の動く気配がする。



※続きます
※続き



どうせ目を開いても真っ暗だろうと瞼を持ち上げて後悔した。

…今井さんだ。

アゴが外れた状態の今井さんが、黒い眼球をこちらに向けゆらゆらと立っている。
もちろん夫人の姿は見えない。今井さんだけが、黒い背景にぼうっと白く浮かんでいるのだ。

今まで俺を覆っていた布はどこへ消えた

そう思いかすかに左手を動かすと、ざらざらしたものに触れた。確かに布はまだ俺を覆っている。

目の前の今井さんは、一体どうしてこんなにもはっきり。

視界の隅に白いものが映り反射的に見遣る。

女の子。

髪の毛が天井に向かって逆立っている。
真冬、下敷きで頭を擦って持ち上げると、静電気により髪の毛が下敷きにくっついてくる。あんな感じだ。
両眼はしっかり俺を捉えていて、アゴが外れている。

叫んでこの草庵を跳び出したい衝動に駆られるが懸命に抑える。
少女はその黒い眼球でじっとこちらを見つめると、ゆらっ、と後方に消えた。

前方の今井さんは身を翻し、こちらに背中を見せ桐箱をあさっている。

右斜め前には手足が異常に長い男が炎のようにゆらめき立っている。見知らぬ男だ。
骨と皮だけになった顔面は、頬骨がくっきりと浮き出ている。この男もアゴが外れ、ほら穴のような口を開けたまま桐箱の山を崩す。
猟奇的な目は手元ではなく、草庵の内部をくまなく舐めまわす。



※続きます
※続き



― 頭上でカリカリと音がする。
当然見上げる勇気もなく、再び固く目を閉じる。もう二度と開けない、という誓いを立てて。

周囲からは、桐箱の山が崩れて床に落ちる音がそこかしこから聞こえる。ときおり背後や真横に冷たい気配を感じるものの、しばらく留まったあとは通り過ぎていった。

唸り声や呻き声。荒々しい鼻息。呪文のような呟き。天井や床を引っ掻き、這いずり回る音。

一体どれほどの人間が。
そう思わざるを得ないほど辺りが騒音でやかましい。
そのひとつひとつを一々感じ取っていたら、とても住職の言いつけなど守れない。

心中は嵐のように荒れ狂っていた。

住職との会話が途切れてからここまで、どれほどの時間も経っていない。せいぜい30分かそこらだろう。
朝まで気の遠くなるほどの時間がある。すぐに、朝になればこの脅威は去る、という希望に何の根拠もないことに気付き戦慄する。あとどれだけ耐え続ければ。


あっさりと誓いを破られたのは、それからしばらく経ったときだった。

騒音の嵐がぴたりと止み、静寂が下りてきた。その静けさを切り裂くように聞こえてきたのは、あの鋭利な音。

キキキキキキ…

被った布が、得体の知れぬ背後からの圧力によって音を立ててはためく。
生ぬるい風が吹いている。
このとき俺が意志に反して目を見開いていたのは、単純に逆らえなかったから。
背後から忍びよるものは、これまで感じたものとは比較にならないほどの凶悪な意志を滲ませていた。



※続きます
※続き



その悪意は、俺が瞼を持ち上げようとする力にあらがうことを許さなかった。

視界の端から、風に髪をなびかせ
ぬうっ、と顔を覗かせたのは、女だった。特に異常なところもない、ごくごく普通の女だった。

目は死んでいるけど。

女は薄く笑みを浮かべながら、真赤な唇を細々と動かす。その姿は、平面から切りとったように立体感がない。実在感がない。


イシ、―シィィ…ノんダノ

目を丸くして問いかける。
ひとつひとつの音を、それぞれ別の場所から掻き集めてきたような声だった。機械音声のような。

声を出す気はさらさらなかったが、どうしてか妙にそうしたい気分になってくる。
女は俺に正対し、さらにまん丸になった右眼を中指と親指でつくった円で囲んだ。二指によって作られた覗き穴から歪んだ瞳をなげかけてくる。

…むうぅウッふふうふふ、

接した二指の腹をゆっくり離していく。その動作に呼応して、強引に口を開こうとする力がかかり始める。
筋肉が弛緩して力が入らない。開く。このままでは開いてしまう―

紐を強く引く。

…ヴィン!!! ンンン…―

弦を打つような音が闇をつらぬいた。女はその音に敏感に反応し、ぐるんっ、と背後を見遣る。

すると女の背中はすっと闇にとけこみ、再びあの喧騒が舞い戻ってきた。
反射的に目を閉じる。瞼にかかる力は消えていた。

視界をとざす瞬間、男の子の手を引く老婆がじっとりとこちらを睨み、前方に佇んでいるのをとらえた。
やはり二人ともアゴが外れ、眼球はあの黒石を埋め込まれたようだった。



※続きます
※続き



緩い風と共に女が現れ、口を開こうとする度に紐を引く。
直後、四方から弦を打つ音が鳴り響き、女の気が逸れる。
再び喧騒が舞い戻る。


これを延々繰り返した。
自分を取り巻く一連の現象は、動画を再生するように毎回変わらない。
そこに敷かれているのは、無限ループする時間軸。

恐ろしいことだった。少なくともあの場にいた俺にとって。

身悶えするような悪夢を、何度も何度もみせつけられるような恐ろしさ。
自分に許されるのは「夢が終わるまで夢をみる」ことのみ。

夢ならまだいい。
たとえ幾度繰り返されるにしても、冒頭に戻るたび自分の精神状態もリセットされるのだから。

しかし現実は違った。
恐怖はリセットされることなく容赦なく蓄積し、俺の精神は危うい均衡をかろうじて保っていた。
時間の経過とともに布も体の一部となった。


再生動画のプロットが突如かきかえられたのは、草庵に朝の気配がたち籠めてきたころだった。
何者かが布を取り去り、腕を掴んだ。小さな悲鳴をあげたが、声を聞いて全身の力が抜けた。

 「山をのぼる。ついてこい」

住職に手を引かれ勢いよく草庵を跳び出し、そのまま猛烈な勢いで山を駆け上がる。
背後では草庵に放たれた火がパチパチと音を立て、静かにその勢力を拡げようとしていた。
今井夫人は従者二人に支えられている。憔悴しきったような顔をしていたが、意識はしっかりしているようだ。



※続きます
※続き



燃え上がる草庵。山火事になったりしないのだろうか、などと呑気なことを考えていたら、住職がそれを察したように言う。

 「草木が乾く季節ではないし風もない。心配するな」

しばらくすると、二坪ほどの異空間が現れた。

季節でもないのに真赤に紅葉したモミジの下に、黒塗りの巨大な甕(カメ)がある。人ひとりならばすっぽり納まりそうだ。

従者のひとりが蓋をどけると、住職が俺の背中に手を当てながら言った。

 「この甕のなかに石を吐き出せ。さあ早く」

言われた通りにした。こんなもロクでもないものを、いつまでも口に含んでいるわけにはいかない。

甕を覗きこむと、気味の悪い短刀が浮いていた。底のほうになにやらいろいろな影が見える。

ぽちゃん、と音を立てて石は甕の底に沈んでいった。それなりに密度は高いようだ。

 「これで口をすすいで」

渡された水筒には冷たい水が入っていた。それを口に含み、吐き出す。

 「もう大丈夫。…よく頑張った」

実感は湧かなかった。湧くはずもなかった。
なぜ呪われたのかも、なぜ助かったのかも分からないのだから。



※続きます
※続き



住職は浮いた脇差を甕から取り出すと、しげしげとそれを眺めた。水が滴っている。

 「これは呪いを浄化する甕。…特別なのは甕ではなく、なかに充たされている水だがな」

 「あの女は、…大勢の人をみました」

 「あの呪石に魂を囚われた者たちだろう。…この甕に入れておけば、長い年月を経て解放されるはず」

 「…綺麗なモミジですね」

 「そうか…俺はみていると悲しくなる」

そこで少し押し黙ると、脇差の表面を袖で拭い近くの従者に渡した。

「呪いがかけられた品は甕の底に沈むが、完全に浄化されれば水面に浮いてくる。理屈はわからない。
 あの脇差は、おそらく数百年前のものだろう」

ふつう、刀が水に浮くだろうか。
鞘と一緒だからなかに空気が溜まっていて…と下らないことを考えてみたがすぐ止めた。
呪いがあれば沈み、濯(ソソ)がれれば浮いてくるのだ。

 「夫人に感謝しなさい。彼女のおかげで、君はあの夜を乗り切ることができた」

今井夫人がキョトンとした顔をしている。

 「体内から体外へ。そしてもう一度体外から体内へ。その過程を経て殺すことで魂を石に縛りつける。死霊の怨念で呪いの力は高まってゆく。
 それを防ぐために、あえて口内に石を留めた」



※続きます
※続き



第三者が聞いたら訳のわからない言葉だろうが、俺にはよくわかった。
ぞっとした。

今井さんの胃袋のなかで見つかった黒石。
あれは、捻じ込まれたのだ。あの女によって、口から胃袋まで。そうやって殺されたのだ。

怒りより、嘆きより、悲しみより、そこに純粋な恐怖を見出した。

一体今井さんはどれほどの恐怖を抱いて死んだのだろう。あの草庵でみた少女や老婆、男の子、痩せ細った男も、同じように。
他にも大勢の人間が、あの石の餌食となった。

 「夫人がいたおかげで、術者以外は切り抜けることができた。もとよりあの黒布だけでは不十分だった。石に囚われた死霊をごまかすために、彼女は不可欠だった」

長い沈黙。
夫人と目が合って、彼女から微笑みかけてくれた。
深く頭を下げた。とうてい言葉では表現しきれなかった。
まさに命を拾った気持ちだった。

 「桃を食っていくか」

 「…え」

 「桃が美味い季節だ。食っていくか」

 「…いいんですか」

 「夫人も。…桃はな、仙木と呼ばれる。呪いを退ける力があるからだ」

豪快に笑う住職を見ていると、不思議と暗欝な気分が晴れていった。


炎に包まれた草庵と、燃えるモミジが、閉じられた視界のなかで重なる。

括られた紐を静かにほどいた。



※終わり
ひょんなことから出逢って死舞うのね

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