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未来(あす)へつなぐ横浜市歌の会コミュのフリートーク

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トピックがなかったので作りました。
特定のテーマに属さない話題はこちらで。

コメント(5)

先日何かの記事で「皇寿」という言葉を見ました。

7月の市歌制定100年のイベントのときに、たまたま何かの折に知った「紀寿」という言葉を提案して、それがイベントのタイトルになりました。90が卒寿、99が白寿、100歳が紀寿で、さすがにこれが最高だろうと思っていたのですが。

で、皇寿。皇の字は上から白、一、十、一。白寿は99(百から一をとったから、って)なので、99+1+10+1で「111歳」の祝いのことなんだそうです。
横浜市歌がその「皇寿」を迎えるのは2020年です。そのときもこのつながりでみんなで市歌を歌えるように、と思います。11年後なんて、自分が生きているかどうかも定かでない話ですが・・・
「横浜市歌」をめぐる宿縁が、東京都立川の地で思わぬ形でつながりました。
文中の牛山剛さんは6月21日、みなとみらいホールの横浜交響楽団の演奏会で正調横浜市歌を聞いた縁で、福島大地さん(爆)は中村裕介さんの高校の後輩にあたることその他もろもろの縁で市歌の探求をしていました。
立川には横浜出身で市歌を歌っていた人もいるであろうし、逆に立川高校を出た後横浜に移って縁あって市歌にふれた方もいると思います。この出来事を機に、横浜市歌をめぐる人の輪がさらに広がればこの上ないことと思っています。
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母校の校歌作曲者突き止めた! 立川高、99年ぶりに判明
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090927-00000016-san-soci

 長く不明とされてきた都立立川高校(立川市錦町)の校歌の作曲者が、同窓生らの努力で制定から99年ぶりに突き止められた。(中略)
 謎を解くきっかけは偶然訪れた。同校46期生のOBで元テレビ朝日音楽プロデューサーの牛山剛さん(78)が今年6月、横浜開港150周年記念の横浜交響楽団の演奏会を訪れ、会場で「横浜市歌」に関する小冊子を手にした。冊子には、市歌の作曲者である音楽家、南能衛(よしえ)(明治14〜昭和27年)の業績が紹介されており、作品の中に「東京府立二中校歌」と記されていた。
 驚いた牛山さんは、南がこの当時助教授を務めていた現在の東京芸術大学(当時は東京音楽学校)を訪ね、マイクロフィルム化された史料を閲覧。南の署名が入った府立二中校歌の譜面や校長への送り状などが見つかり、南の作品と確認された。牛山さんの調査と同じ頃、南能衛の研究をしている福島大地さん(42)も同じ史料に行き着き、立川高の同窓会「紫芳会」に連絡を寄せていた。(後略)
いまNHKで「坂の上の雲」というドラマをやっています。
先日の放送では、主人公の一人・正岡常規が日清戦争後の中国に記者として赴き、そこで第二軍付軍医として赴任していた森林太郎と出会い、文学について、時代について語り合う場面がありました。
この従軍から帰国してほどなく、林太郎は横浜市歌を作ることになります。

「坂の上の雲」は、今のように物質的にも恵まれておらず、いろいろなことをしようにも手段のない時代にあって、分野は違えど大きな夢を追って駆け抜けた若者たちの物語。
今こんなご時世ですが、あの頃と同じ「横浜市歌」をよすがとして、あの頃を生きた人々のように心に大きな希望を持って、今の横浜に少しでも光を点し、その光を次代へつないで行ければ良いな、などと、年の瀬にガラにもなく大仰なことを考えてみました。
2の記事に関連する話。
去る16日、立川市市民会館「アミューたちかわ」で、横浜市歌の作曲者・南能衛氏が市歌の翌年に作曲した、東京府立第二中学校、現在の東京都立立川高校の校歌制定100周年を記念するイベント「玲瓏の水音楽祭」が開催されました。
2にも書いたとおり同校の校歌はずっと「作曲者不詳」ということで歌われてきたのですが、横浜市歌に関する資料の中にある南能衛に関する記述を、たまたま立川高校の卒業生の方がご覧になったこと、また南能衛について調べていた一人のお調子者σ(^^;;)が別ルートで同じ資料に行き当たったことをきっかけに、この歴史ある学校で「99年ぶりに校歌作者判明」という話になりました。
イベントには南能衛氏のご子孫も来場され、「横浜市歌」に続いて御祖父様の作曲した2つの歌で100周年の記念イベントが開催されたことを、ことのほかお喜びでいらっしゃいました。
写真はその音楽祭のものです。若干名の賛助出演はあるものの、このオーケストラ、合唱団、指揮者、ソリスト、みーんなその立川高校の卒業生なのだそうで。壮観でした。
フリートークと言いつつ、私専門のトピックになりつつありますがうまい!

選抜高校野球が行われています。震災で被災した各地の代表校にも声援を送りつつ、やはり横浜人としては神奈川代表の東海大相模の活躍を祈っています。

そんな中、21世紀枠で出場した徳島県の城南高校が、地元の古豪・報徳学園に勝利しました。
城南高校は旧制徳島中学を前身とする名門、横浜でいえば希望ヶ丘や翠嵐といった位置づけの学校です。「横浜市歌」の作曲者・南能衛は徳島出身で、市歌を作曲する5年前の1904年から短い間ですが、この旧制徳島中学校で教鞭をとっていました。
別に「だから応援しよう」という話でもないのですが、2回戦に進む城南高校の名前を見たら、そんなことを思い起こしていただければと思います。

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