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IL GRAN TEATRO AMAROコミュのIL GRAN・・のMySpace翻訳

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IL GRAN TEATRO AMAROのMy Spaceプロフィールの翻訳を
管理人の気がのった時に上げるトピです。

別に翻訳家ではないんで誤訳等はご勘弁を。

ついでに動画やフォトを付けてみたりするかもしれません。

コメント(1)



80年代後半に、Francois-Regis CambuzatとRoberta Possamaiによって結成された”The Kim Spuad"、バンド名はキプリング 《1865‐1936; インド生まれの英国の小説家; Nobel 文学賞 (1907)》の小説「Kim」が由来。

イタリアのインデペンデント・シーンで成功し、2枚のアルバムを残す。2ndタイトルは”Uccidiamo Kim”(Kimを殺ろうぜ)。音楽性はニック・ケイヴやCrime and the City Solutionのスタイル。

1989年、オランダGroningenのフェスティバルで二人は、同地滞在中のRobert van der Tolに会う。The Thin White Ropeとのロシアンツアーの後、新しいギターとベースのメンバーが必要だった彼らはStephan Lienenkaemper(ドイツ・ミュンヘン出身のウトレヒト音楽大学生)をベースに、Robert von der Tolをギターに編入、バンドはエレクトリック化されイタリアツアーに向かう。

初期、実際には2つのバンドに構成されていた。エレクトリック側(5名)は(プロとして)アルバム曲を演奏していたのでよりシリアス、そしてアコースティック側(3から4人)はバーや路上、パーティー、vernissages、葬儀など何処でもいくらかの金のために演奏。

Francois Cambuzatはアコースティック・セットを”Il Gran Teatro Amaro”と名付けた。そのことについてこうインタヴューで語っている「それは劇場であり、苦くもある、人生のように」。

しかしそれから彼らは突然ドラマーを失う。次のロシアンツアーはキャンセルされる。No drummer, no tour, no money.

F.CambuzatとR. Possamaiは数ヶ月間Groningenに滞在し、バンドのレパートリーを徐々に増やし、発展させた。エレクトリック傾向は放棄され、彼らの最初の『オフィシャル』ギグはGroningenの総合劇場で催された。彼らの新しいレパートリーは、パーの騒音に打ち消されること無く、謹聴する観客達の前で演奏された。

Kim Squad時代の評判を受け継ぎ、彼らは年に4回イタリアを回る。イタリア南部の奥地、Calabrian修道院、シチリアの村広場などでAmazingでシュールなギグをする。継続するツアー活動はバンドを強くし、プロフェッショナル傾向を強めた。

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