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あいだーぬんリレー小説コミュの魔法の闇鍋『ラ・ヴェファーナ』/後(個)

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 箒を手にして、お店へ戻る。ヴェファーナさんは、缶を抱えたまま、ぼんやりと立っていた。
「それじゃ、あの、準備オーケイです。行きましょう」
「わかったわ。箒に乗るのってはじめて。ちょっとどきどき」
 彼女と共に外へと出る。風はそんなに強くはないけれど、ひやりとしていて冷たい。この風を浴びながら空を飛ぶと思うと、少しぞっとしてしまう。冬の空中飛行ほど嫌なものはない。夏は気持ちいいのだけれどね。
 わたしは箒を腰の高さに持ち上げて、横に倒す。少し気持ちを落ち着かせて、ほっと吐息をつくと同時に、手を離した。愛用の箒は、空中に停止したままだ。箒の前部に腰掛ける。──跨るなんて、女の子らしくないことはしないんだ。
「どうぞ。しっかり掴まっていてくださいね」
 ヴェファーナさんも箒に腰掛けて、腕に缶を抱えたまま、わたしの腰にぎゅっとしがみついて来た。
「ごめんね。せっかくの聖夜にさ。恋人とか、いるんでしょ?」
「……いません」
 箒がゆっくりと浮く。わたしは彼女を乗せて、空中浮遊を開始した。
 ゆっくりと風を切って、空を行く。流れる風が髪を靡かせ、耳を覆う。
「そう、それじゃ、暇だったのね。良かった!」
 彼女が少し高い声で言った。空を箒で走ると、声が届きにくい。
「暇ってわけじゃ、ありませんけど……」
 わたしは普通の声のトーンで呟く。
 確かに、せっかくの聖夜でも、恋人はいないけれど……。
 いいもの、どうせ一人ぼっち。きっとそのうち、すてきなひとに会えるもの。
 魔女っていうと、男の子はみんな気味悪がって、なかなか親しくなれないけれど……。
「とりあえず、東に進んで!」
 東の方向を指差しながら、ヴェファーナさんが、大きな声で告げる。
「かしこまりました!」
 わたし達は、風を突っ切って空を進んだ。
 風が冷たくて、コートを着込んでいても相当に寒い。ベファーナさんが抱きついてきているから、それなりに暖かくはあるのだけれど……。
 暫く進むと、遠景に森が広がっているのが見えた。
「あっちの方に村があるの!」
 わたしは地理には疎いので、彼女が指示するように飛んでいく。
 暫くすると日が暮れて、辺りが暗くなってきた。かろうじて、ぽつぽつと家屋が広がっているのが見える。
 農村部の方はガス灯がないから、蝋燭を節約する家では眠る時間が早くて、周囲に明りは見えなくなってくる。
「そろそろ頃合ね。あの家にしましょ、煙突もあるし」
「煙突?」
 わたしは彼女が指示した家の上空で、箒を旋回させた。
「煙突がないと、入れないでしょ」
 彼女は当然のように告げてくる。
「え!」
 わたしは大きな声をあげて、空中で箒を停止させた。もちろん、落っこちはしないように、浮いたまま。
「あの、煙突から入るつもりなんですか?」
「窓じゃ鍵がかかってるじゃない」
「それはそうですけど……あの、それじゃ、泥棒じゃないですか!」
「失礼ね!」
 彼女は不服そうに告げた。
「ものを盗んだりなんかしないわ! 逆にプレゼントを置いていくのよ! すごい親切なことだと思わない?」
「それは、たしかに、そうですけど……あの、だったら、普通に、玄関から、入れてもらえばいいじゃないですか」
「聖夜のプレゼントなのよ? こっそり靴の中に入れてあげないと、意味ないじゃない」
「あの……でも……」
「それに、見ず知らずの人間を入れてくれるとは思えないし」
「本当に、知らない子供達にプレゼントをあげるんですか?」
 ヴェファーナさんは、わたしの腰にしがみつきながら、くすんと鼻を鳴らした。
「そうよ。当たり前じゃない。プレゼントを貰えずに悲しんでいる子達だって、きっといるわ。あたしがあげなきゃ、誰があげるのよ。他にいないでしょ」
「それは、あの、そうかもしれませんけれど……だからって、煙突からじゃ、家宅侵入罪で……」
「ほら、いいから、煙突につけて!」
「……はい」
 わたしはしぶしぶ、箒を煙突の横につけた。
「あの、戻ってくるときはどうするんですか?」
「ああ……」
 彼女は箒から降りると、煙突の縁に座り込んで、大きく目を瞬いた。
「考えていなかったわ……。そう、どうしようかしら……うん、でも、中からなら鍵も開けられるし、窓から出れると思うわ」
「あのぅ、やっぱり、それって、いけないことなんじゃ……」
「じゃ、行ってくるわね」
 彼女は缶を抱えて、煙突の中に下半身を押し込んだ。そのまま器用に四肢で身体を支えながら降りていく。
「……」
 どうしてわたしってば、こんな犯罪まがいのことに手を貸しているんだろう。
 せっかくの聖夜に、神様、赦してくれるかしら?
 わたしは暫くの間、ふよふよと空中を漂っていた。風を感じながら、すっかり暗くなった夜空を見上げる。空気は澄んでいて、数多くの星がちかちかと瞬いていた。吐き出す息は白く、空中に拡散して消えていく。
 わたしは一応、魔女だから、自然信仰者なわけなのだけれど、神様のことだって、もちろん信じている。あの星のどこかに、神様がいるのだとしたら、わたし、滅茶苦茶神様に見られているってことになるけれど。
 まったく、溜息が出てしまう。
 せっかくの夜に、どうしてこんなことをしているんだろう。
 わたしも恋人がいればなぁ……。
 ぼんやりと空を見上げていると、暫くしてわたしを呼ぶ声が聞こえた。ヴェファーナさんが窓から出てきたのだ。
「ほら、さっさと拾ってよ。ばれないうちに帰るわよ」
 わたしは彼女のところまで箒で降りると、ヴェファーナさんを乗せて再び上昇した。
 彼女は嬉しそうに告げる。
「やっぱり、部屋の前に靴が置いてあったわ。みんな、子供達はプレゼントを待っているのよ。ちょっと部屋を覗いてみたけれど、可愛い子が幸せそうに眠ってた。いい夢、見てるに違いないわ」
「はぁ……」
 わたしは曖昧に頷く。そのままふよふよと空中を走って、彼女に指示されるまま、次なる目的地へと飛んだ。
「あのぅ、本当にまだ続けるんですか?」
「当たり前でしょ! まだ一軒目よ? 子供達がみんな、あたしのことを待ってるんだから!」
「はぁ……」
 仕方なく了承して、次なる目的地に向かった。
 わたしとヴェファーナさんは、それから何軒もの家を巡りまわった。あちこちの家に飛んでいき、わたしが彼女を降ろし、彼女がプレゼントを置いて戻ってくる。彼女は家を去る際に、決まって必ず、フローエ・ワイナハテン! と嬉しそうに囁いていた。聖夜をお祈りする言葉。
 箒を扱うのにも、それなりに精神を消耗する。お菓子の缶が底をついてくる頃には、わたしはもうくたくたになっていた。
 ふらふらと箒を浮遊させながら、次の目的地に飛ぶ。
「ちょっと、そろそろ疲れたんですけれど……」
「そうね。もうお菓子もなくなってきたし、次で最後にしましょ。お疲れ様」
「はぁ……」
 最後のプレゼント配達を終えて、ヴェファーナさんを箒に乗せる。わたし達は、ふらふらと都の方へ飛行した。
 まったく、もう、くたくた。お店の方は大丈夫かなぁ……。お客さん、たくさん来ていたんじゃないかしら? ファンタズマはしっかり留守番しているかなぁ……。暖炉の火を消さないまま眠ったりしていないかなぁ……。
 せっかくの聖夜に、こんな、妙なアルバイトをして。わたしってば、なにがしたいのやら。
 そういえば、彼女はなにをしたいのだろう?
「あの、ヴェファーナさん」
「なーに?」
 ぎゅっと腰にしがみつきながら、ヴェファーナさんが肩越しにわたしを覗き込んでくる。
「どうして、子供達にプレゼントを配ろうって思ったんです?」
「うーん……そうね……」
 彼女は少しだけ黙り込んだ。
「……良いことをしていれば救われる。そんな気がしない?」
 ゆっくりと風を切りながら、わたしは彼女を一瞥する。前方不注意には、気をつけないとね。空の上じゃ、ぶつかるものなんて、鳥さんぐらいだけれど。
「聖夜だもの。きっと、神様が見ていてくれるわ。あたしね、神様に一度、会ってみたいの。だからね、なにかいいことをしていれば、きっと神様の声が聞こえるようになる。あたしのことを、たくさん愛してくれるようになる。ううん、もちろん、それだけじゃなくって、こう、誰かの役に立つことをしていれば、なにか、いいことがきっとある、そんな気がしてさ」
「神様、見ていてくれてるかな……」
 わたしは空を見上げた。星はちかちかと瞬き、月が煌々と輝いている。風は冷たく、空は透明。
 透き通った広大な空間は、星まで遮るものもなく、永遠に続く。
「きっと見ているわよ。うん。ぜったい、そんな感じね。待っているだけじゃ駄目なのよ。神様にアピールしなきゃね」
「良いことをしながら?」
「さぁ、どうかな。良いことかどうか、というのは、あたしが思うに、あまり関係ないかもね。ただね、うーん。まぁ、あたしは、これが仕事だから。うん。でもね、やっぱり、自分からなにかするのって、大事じゃない?」
 わたしは小さく頷いて、箒を飛ばした。
 都には夜中でもあちこちにガス灯の輝きが燈り、空から見下ろす景色は、ちょっと幻想的で、すてきな感じだった。
「ね、あそこで降ろしてくれない?」
 彼女は眼下に広がる広場を指差した。
 広場には、夜間にも関わらず人通りが多い。少しためらったけど、結局そこに彼女を降ろすことにした。道行く人々は、魔女が降りてきて、ちょっと驚いている。魔女はこの街にはたくさんいるから、そんなに珍しいわけではないだろうけれど。
 わたしも地面に足をつけて、箒を肩に抱えた。
「今日はありがとうね。色々と助かったわ」
 ヴェファーナさんは嬉しそうに微笑む。
「いえ……」
 そうは言ったけれど、わたしの聖夜は結局丸つぶれ。一年に一度だっていうのに。もう……。
「これ、お給料ね」
 彼女は懐から金貨を取り出した。
 わたしはぱちくりと瞬いてから、急いでかぶりを振った。
「あの、とんでもないです。お金なんて、頂けません」
 実際のところ、ちょっと犯罪チックなことをしてお金を貰うなんて、ものすごく気が引ける。
「あ、そう?」
 ヴェファーナさんは、まだ金貨を突き出してくるけれど、わたしはぱたぱたと手を振って、結局受け取らないことにした。
「それじゃ、来年も、良かったらよろしくね」
 彼女は、残っていたお菓子をわたしに手渡して、にっこり微笑む。
「はぁ……」
 できれば、他の魔女さんに頼んで欲しいところだけれど……。そんなことは、面と向かっては言えない。
 彼女は背を向けて、通りの向こうへと歩んでいく。一度だけ、こちらを振り返って、微笑んだ。
「空を見て」
 わたしはきょとんとして、空を見上げた。
 白い結晶が、流れるように、幾つも幾つも、視界を横切っていく。
 雪が降り始めたんだ……。
「フローエ・ワイナハテン!」
 ヴェファーナさんの声が、周囲に響いた。歌手みたいに、綺麗で、透明な、雪のような声だった。
 わたしは、視線を落とした。
「あれ?」
 ヴェファーナさんの姿は、もうどこにもない。
「見て、雪よ!」
 通りを歩む人たちが次々に声を上げて、空を見上げる。
 雪の結晶は、柔らかく、大きく、数多く。
 透明で綺麗で。
 きっと、たくさん積もるんだろうな。明日になれば、子供達が、きっと喜ぶに違いないだろう。
 雪こそ、神様からのプレゼントなのかもしれない。
 わたしは暫く、空を見上げていた。
 タンポポの種のように、ゆらゆらと漂う雪の結晶が、顔に触れて溶ける。少し冷たい。
 わたしはぶるっと身体を震わせて、裏通りへと歩んだ。風邪を引く前に帰らないと。きっと、ファンタズマも心配している。でも、あの子は、ひとりで幸せそうに眠っているのだろうけれど……。
 途中の通りで、明りの零れている硝子窓を見つけた。中の様子がちらりと伺えて、仲のよさそうな家族が談笑していた。子供達が元気にはしゃいでいる声。楽しそうな聖夜。
 それなのに、わたしってば、ひとりでなにをしているんだろう。
 少し、惨めでさびしくて、ちょっと笑ってしまう。
 夜の間、偽者の神様の使いに付き合わされていたなんて……。
 どうせ、家族も恋人もいないから、いいんだけれど、ね。
 狭い通りを抜けて、愛すべき我が家、『魔法の闇鍋』へ。
 扉を開けようとしたけれど、そこは既に閉ざされていた。あの黒猫は、扉の鍵も閉められる器用な猫だから、夜の間は当然戸締りがされている。
 わたしは仕方なく、裏手の方に廻った。
 寝室が見えるガラス窓を、手で叩く。ぴょこんとファンタズマが顔を覗かせて、片手を振って、がちゃりと鍵を開けた。
 わたしは窓をがらりと開ける。
「ただいま」
「お帰り。雪が降っているみたいだね」
 ファンタズマは、わたしの髪を眺めた。
 わたしの自慢の黒髪に、白い雪が乗っかっているのかもしれない。
「そう……もう、寒くて、死んじゃいそう」
「中はあったかいよ」
「うん……ね、お客さん、来た?」
 ファンタズマは、器用にかぶりを振る。
「来なかったよ。うん」
 落胆。
 わたしはがっくりと項垂れて、深く溜息をついた。
 もう、本当に、せっかくの聖夜だっていうのに……。
 家族もいないし、恋人もいないし。
 都会のみんなは、楽しそうに過ごしているっていうのに、わたしだけ、ずっとひとりぼっち。おまけに、変なひとに変な仕事を手伝わされて……。
「そんなに落ち込むことないじゃないか」
 ファンタズマがあくびをしながら言う。
「だって……」
 この呑気な猫には、人間の高尚な気持ちがわからないんだ。
「今日は聖夜だよ、うん。神様は魔女の敵だったけれどね、もう昔のお話だし、お祝いしようじゃないか」
「うん……そうだね」
 ファンタズマは、にゃぅーと鳴いた。
 一度、部屋の中に引っ込んで、窓の外から姿が見えなくなる。
 わたしは、部屋に入ろうと窓に身を乗り出そうとした。ファンタズマが、何かを咥えて戻ってくる。
 紙袋にリボンでラッピングされた、綺麗な包みだ。ファンタズマは、リボンを咥えて、それを窓枠に引っ張り上げた。
 にゃぅー、という声。
「フローエ・ワイナハテン」
 わたしは、ファンタズマを見詰めて、包みに視線を落とした。
「どうしたの、これ?」
「どうしたのって、プレゼントだよ」
「誰に?」
「君に。決まってるじゃないか」
「え、うそ、ほんとに?」
「ほんとに」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとに」
「ほんとにほんとに、ほんとうに?」
「本当だって」
 ファンタズマは、ベッドの方まで降りると、身体を丸くした。尻尾を丸めて、目を閉ざしてしまう。
「うわぁ……ね、ねえ、開けていい?」
 少しどきどきしながら、ファンタズマに聞いた。
 彼は尻尾をゆらりと振る。いつもの、勝手にすれば、のジェスチャ。
 わたしは、雪を少しずつ浴びながら、包みを開けてみた。
 黒いマフラが、包みの中から出てくる。
「わぁ……すごい、可愛い!」
 マフラを握り締めて、思わず飛び跳ねた。
「つけていい?」
「どうぞ。身につけなきゃ、なにに使うのさ?」
「うわぁ……」
 わたしはマフラを首に巻いた。
「ねぇ、ねぇ、ファンタズマ、似合ってる? 見て、見てよぅ!」
 彼はのそりと起き上がって、窓枠まで飛び乗った。
「上々だね」
「何が?」
 わたしは笑いながらたずねた。ファンタズマは答えない。
「すごい、お洒落じゃない? こんなの、どこで買ってきたの!」
 わたしは、雪を浴びながら飛び跳ねて、その場でくるくると回転した。スカートが広がって、ふわりと舞う。薄っすらと地面に積もった雪に、滑らないように注意しながら、くるくる、くるくる。
 雪が舞う空を見上げてみた。
 神様、見ていてくれたのかな?
 ううん、違う……。
 きっと、ファンタズマが見ていてくれたんだ。
 わたし、これからも、もっと、頑張るからね!
「ファンタズマ、ありがとう!」
 窓枠であくびをしている黒猫を、ぎゅっと抱きしめる。寒空の下に、彼の身体を引きずり出して、雪を浴びながら、子供みたいにはしゃいだ。
 空を見上げて、赤い服を着た、偽者の神様の使いのことを、思い出す。
 わたしは、おもいっきり叫んだ。
「フローエ・ワイナハテン!」
 影で努力をしているひと。
 不幸に負けずに頑張っているひと。
 幸せを築こうと懸命になっているひと。
 色々な人達に。
 すべての人達に、しあわせが訪れますように。

 "La Befana" Ende.

コメント(3)

メリークリスマス。

6年前の作品でした。
La Befanaは、イタリアの魔女らしいです。たしか。
何か良い事をしたら、神様から雪のプレゼントを貰えるみたいですね。
ほのぼのしてて良いですね。
ちなみに煙突から侵入したらススだらけでブラックサンタになるんじゃないかと邪推しました。

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