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SS倉庫コミュの【オリジナル】魔都の歩きかた〜A child of Pinocchio〜#捜査ファイル3『リトルハピネス』前編(3)

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〜〜新歴98年、12月15日、午後18時00分、新東京〜〜


夕闇が帳を降ろし始めた頃、新東京の『獣偉の女王フェナ』のセーフハウスでは、天野切の正体を知るものにとって堪え難い異変が明らかにされようとしていた。

温度管理をするための『恒温』の『魔式』によって蒸し暑いぐらいの暖かさに調整された中庭は、ジャングルのように植物が覆い繁っている。
だが、その一角だけは開けた場所になっており、ハンモックと削り出しただけの丸太の椅子とテーブルが用意され呼び出されたリシルは丸太の椅子に腰を掛けていた。

「急に呼び出したりして、一体どうしたんだい?【P6】」

そう問い掛けるリシルの前には、一人の少年が眠そうな顔で同じ様に丸太に座っていた。
後ろ髪を伸ばし束ね前髪を短く切り揃えた少年は、少しだけ迷うような仕種の後、リシルに言った。

「ん〜、まあ。ちょっとおかしな話があってさ。
それと、回線越しじゃないんだから、名前のほうで呼んでくれても良いんじゃない?」
「それもそうだね」

そう応じると、リシルは【P6】を「ダナラ。」と呼んだ。
そう呼ばれ【P6】はにこりと笑うと、話を切り出した。

「さてと、気も済んだし本題に入ろうか」

そう言うと、ダナラは掌に持っていた小型の機械をテーブルに乗せた。
すると、機械は上部から光を発しモニターを作り出す。

モニターには、16:27と時間が表記され、同時に、クゥを伴って歩くスーツ姿の切の姿が映し出されていた。
その映像に、リシルは眉間に皴が寄った。

「兄さんと一緒みたいだね。
…でも、なにか違和感を感じる。
それと、頼んだ奴らはどうしたんだい?」

その言葉にダナラは頷いた。

「やっぱリシル兄もそう思う?
で、ちょっと前の映像がこれ」

映像が切り替わると、モニターに首をあらぬ方向に捩曲げ転がる人物を前に佇む切と、後ろで倒れたクゥの姿が映し出された。
その映像に、リシルは苦笑する。

「へえ。
同居している娘が誘拐されかけてキレちゃったんだ。
兄さん、よっぽど頭にきたんだね」
「うん。
僕も最初はそう思ったんだ」
「『最初』は?」

ダナラの言い方に疑問を覚えるリシル。

「で、リシル兄を呼び出した理由のもう一枚。」

そう言うと、モニターが追加された。

「なっ!?」

そして、そこに映し出された映像にリシルは滅多に浮かべない驚愕の表情を浮かべた。

「兄さんが…もう一人?」

そこに映し出されていたのは、ほぼ同時刻に買い物袋を片手に『一人で』歩く切の姿だった。
クゥと映っているのとは違い、こちらの切は黒いコートを着てる。

「ダナラ、どういうことなんだい?」
「さあ?」

あっけらかんと答えるダナラ。

「一応、モニターからデータを調査したけど、個体差はほぼ無し。
少なくとも、外見状は両方とも本物の切兄だね」
「……」

目を閉じたまま、無言で顎に手を添えるリシル。

「ダナラ。
イザナミに報告はしたかい?」
「いや。
まだだよ」

その答えに、リシルは席を立った。

「イザナミへの報告はしばらく控えてくれないか。
それと、引き続き二人を追跡してもらいたい」
「いいよ〜。
んで、リシル兄は?」
「僕は、行くところが出来た」

ダナラの問いにそう答えたリシルに、ダナラはひらひらと手を振りながら、

「いってらっしゃ〜い」

と、まったく緊張感の無い声でリシルを送り出した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜新歴98年、12月15日、午後18時12分、竜神会支部〜〜


着替えさせたエステルと共に竜神会の支部を訪れた切は、応接間にエステルを残し、遅れて現れた酒井に防音の徹底された部屋へ移動する事を指定した。

「これで、よしと」

酒井は、施錠と『遮断』の『魔式』を発動すると、切の反対側の席に座った。

「これでこの部屋の会話はあっしら以外には聞こえなくなりやしたよ」
「ああ、無理を言ってすまないな」

そう頭を下げる切に慌てて酒井は手を振った。

「頭を上げてくだせいよ。
元を辿りゃ、あっしらが無茶な注文を頼んでんです。
この程度はして当たり前ですよ」

そう言った酒井に顔を上げると、切は苦笑した。

「そうか?
さておき、話なんだがな」

懐に手を伸ばそうとした切を酒井が制する。

「その前に先生、聞きてえことがありやす」
「…なんだ?」
「あの嬢ちゃん、なんであんなに元気なんですかい?」

真夜中に切の下へ運ばれたエステルは、痣や怪我だらけで口にしたくない程惨たらしい姿だった。
だが、夜が明けて再び見た時には、別人かと疑うほど健康そうに見えた。

「先生が言えねえってならそれで仕方ねえですが、教えちゃあくれませんか?」

切はどうしようかと少し考えたが、酒井なら言い触らすこともないだろうと何をやったのか説明することにした。

「体の傷は、医療用の代理皮膚とナノマシンで治療しただけだ」
「だけって、んな古い技術先生が…」
「知ってるだろ?俺が【Pナンバー】だってことは?」
「ええ、そうでやすが…」
「お陰で、そういった古臭い技術が使えたのは僥倖だったよ。
後は、代理皮膚の癒着と投与した生理機能を賦活させる薬剤を馴染ますために『促進』を使って外側は綺麗にしたってのが種明かしだ。
……こういう時だけは、【Pナンバー】で良かったとつくづく思うな」

自賛というより自嘲的に切は苦笑するが、酒井の疑問はまだ半分しか解けていない。

「嬢ちゃんは別嬪さんでやすからね。
身なりが綺麗になれたのはあっしも良いことと思いやすよ。
……ですが、あの嬢ちゃんは体だけじゃなく心もボロボロにされてやした。
そいつはどうやって?」
「……その答えがこいつだ」

そう言いながら、切は懐から小さな機械を取り出した。

「先生、そいつは?」
「『リライザー』っていう道具だ。
脳を走る電気信号に干渉して、大脳の記憶領域を操作する事が出来る」
「はあ…」

要領を得ないのだろう、酒井は曖昧な返事をした。
切は、更にケーブルの付いたゴーグルを取り出すと、『リライザー』に繋ぎ酒井にゴーグルを手渡した。

「これから昨日お前が連れて来た娘、エステルの記憶を再生する。
先に言っておくが、生半可な覚悟なら見ないことを薦めるぞ」

その言葉に、ごくりと酒井は唾を飲み込んだ。

「……わかりやした。
やってくだせえ」

酒井がゴーグルを装着しそう答えると、切は一つ頷き、スイッチを入れた。
次の瞬間、酒井の顔が苦悶に歪み、ゴーグルを引き千切る勢いで顔から剥がした。
全身が震え、その表情は吐き気と不快感と怒りの入り交じった、伝承の鬼そのものの恐ろしい形相となっていた。

「……先生。
あんなもんを、あんなもんをあの娘は!!!」
「……ああ」
「!!」

ガゴン!!

切の沈痛な肯定に我慢できず、酒井は手加減抜きでテーブルごと『リライザー』を叩き壊した。
砕かれた『リライザー』とテーブルの破片が部屋中に散らばり、怒りに震える酒井の手が、自身の力に皮膚が耐え切れず血を滲ませていた。

「……すいやせん先生。
先生の持ちもん、ブッ壊してしまいやして」

声を荒げぬよう、努めて平淡にいう酒井に、切は「構わない」と言った。

「……ありがとうございやす。
やはり、あの娘の記憶を先生は…」
「ああ、俺が完全に消した。
あんな記憶は…辛過ぎるからな」

酒井が激昂したエステルの記憶、それは、エステルが受けた凄惨な凌辱の記憶だった。
数秒見ただけでも、おおよそまともな人間が考えもつきそうに無い数々の吐き気を催す行いに、酒井は感情を抑え切れなかった。

酒井は深く呼吸を繰り返し、落ち着いたところで口を開いた。

「……全部合点がいきやしたよ。
なんで、一年間、父親から受け続けた仕打ちを覚えていないのか。
そのために壊された心を、あの娘がたった一晩で取り戻したのか」
「礼なんてしないでくれ。
あいつはこの先、無くなった記憶に苦しんでいかなきゃならないんだ。
そんな目に遇わせる俺に、感謝される資格は無い」

受けた仕打ちに苛まれぬようにしようと、苛まれぬための方策そのものが彼女を苦しませる。
そんな、歪んだ解決策しか持たない自身を切は責めるが、酒井はそれを否定した。

「そんなことねえですよ。
…先生、あんたが自分を責めようが、あっしは感謝しやすよ。
あの娘が今度こそ幸せになるチャンスを与えたのは、間違いなくあんたなんだ。
だから、あっしは先生に感謝しやす」

そう言って、頭だけでは足りないと膝を着いて頭を下げようとした酒井の背後で、入口の扉が激しく叩かれた。


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