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創作ストーリー『流転恐怖』コミュの流転恐怖 第四十八話 『深山奇譚 〜造反無道〜』

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「ひーひひひーひひ! そうーかー、おーまえーの名はー……!」

 狒々は俺を見据えて馬鹿笑いをする。それ以外の者には全て、まるで時が止まったかのような沈黙が訪れる。それは多分、期待とかなんかそんなものが膨れ上がって爆発する寸前の静けさだったのだろう。

「まさか四十八話もやりながら一回しか呼ばれたことのない俺の名前を呼ぶというのか?! おいおい、これは期待していいのか?」

「なんで期待してるんですか?!」

「いや、確かに呼ばれる前に狒々を倒すべきってのはわかってるんだが……。いや、ほらわかんないかな、この高揚感。よく分からないけど期待したくね?」

「本当にわかりませんよ!」

「ひーひひひ! さーいごーのたーわむーれーはもうーよーいーかー?」

 そして、ついに狒々はその名を告げた……。

「おーまえーのなーまえーは…… 雲谷蔵之介十善寺楽荘坊下呂助……だーな?」

「おう! そのとお…… え?」

 その名前は聞いたこともない名前だった。むしろ、本当にいるのかすら怪しい。

「へへっ! 名前が分かればこっちのもんだ! 天都などに与した不運を恨むんだな、雲谷蔵之介十善寺楽荘坊下呂助!」

「いや、違うから。そんな名前じゃないから」

「反応しちゃ駄目です、雲谷蔵之介十善寺楽荘坊下呂助! 反応したら名前が正しいと悟られてしまいます!」

「だから、そんな名前じゃねぇし……。つーか、よくこんな長い名前覚えられるな」

「待っておれ、うんこくさいのすけなんとかえろすけ! 今、助けにゆくぞ!」

「誰がうんこくさいえろすけだ。つーか、なんでじいちゃんまでそっちの名前で呼ぶんだよ! さりげなく俺の名前忘れてんじゃねぇ」

 狒々の言った名前に改名させられそうな勢いである。

「ひーひひひ! もーうー、おーぬしーはーうーごけーん! やーれー、おまーえーたちー!」

 猿と首なしライダーは俺が動けないと信じこんで一斉に襲いかかってくる。しかし、名前を間違えている以上、俺が動けなくなるわけもない。油断して襲いかかる連中を木刀の一閃で返り討ちにする。

「一文字も当たってねぇって言ってるだろうが! 思わず名前呼ばれるかも知れないって期待した純情を返せ、ちくしょうが!」

「なんで呼ばれる方に期待してるんですか、雲谷院蔵之介十善寺楽荘坊下呂助!」

「だから、それは違う名前だっての! つーか、なんで一度でうんなんとかかんとかエロ助って覚えられるんだよ。そもそもエロ助はじいちゃんの名前だ!」

「違う違う、わしの名前は虎呂助じゃ。エとコを間違えるでない」

「さり気なく名乗ってんじゃねぇ! 俺だって名乗りたいんだぞ!」

 名乗りたいのに名乗れない不満。それをぶちまけるように次々と襲いかかる猿と首なしライダーを打ちのめしてゆく。

「はぁ……。ちょっとでもあなたを心配した私が馬鹿でした……」

 朱鞠は相変わらずのジト目で、ため息をつく。呆れている余裕があるのなら一緒に戦って欲しいものである。

「こ、これはどういうことですか、狒々様! 本当に名前を読み違えたんですか?」

「えぇー、まーちがーいー? そんーなーことーはー……。あー! こーれーはー、おーまーえーのなーまえーじゃーな−くてー、おまーえーのーはいーごーれいーのなまーえーだーったー!」

 しまったー! と言わんばかりに顔に手を当てる狒々であった。

「なんだ、俺の背後霊の名前だったのかよ。つーか、俺に背後霊なんていたのか、見たいぞ!」

「見えないんですか? これだから都会者はダメダメなんですよ、ふふん!」

 改めて狒々は俺の姿をじっと見つめると、「ひーひひ!」と笑い声を漏らす。今度こそ俺の名前が呼ばれてしまうのか?

「そーだー! おーぬしーのーなーまえーは…… 拓斗……だなー?」

「それはおとんの名前だ」

「あーれー? じゃーあー、あると?」

「それは姉さんの名前だ。ちっ、期待させやがって!」

「だから、なんで期待してるんですか! そんなに名前を呼ばれたければ、私が呼んであげますよ、雲谷院蔵之介十善寺楽荘坊下呂助」

「だから、それ違う名前だって言ってるだろうが! さり気なく記憶力の良さを自慢してんじゃねぇ」

「記憶力だけじゃありませんよ。滑舌の良さも自慢してるんです!」

「どっちも今することじゃねぇだろ!」

「えー、雲谷院蔵之介十善寺楽荘坊下呂助でーもーないーかー。じゃあー、恭介、信助、典人、海士、鶴正、蘭丸、轟一、大地のどーれーかーだなー?」

「全部違うぞ。数撃ちゃ当たるってもんでもないだろうが」

「……あなた、本当に名前あるんですか?」

「俺をなんだと思ってるんだよ。ちゃんとあるよ。呼ばれたことないけど」

 そんなこんなで怒りのままに暴れていれば、首なしライダーは早くも敗走してゆき、妖猿も戦意を失っていた。じいちゃんにいたっては戦隊物のロボットみたいに猿と五体合体して、狒々と同じくらいの大きさの筋肉ムキムキの雪男のような姿に変わっていた。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ! やっと体も馴染んできたわい。さあて反撃といこうかの」

「首なしライダーと猿は戦意喪失、じいちゃんは猿と合体してパワーアップ……。どうやら、形勢逆転のようだな?」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ!」

「魔性が猿と合体してるのはさらりと無視ですか……」

 さすがの狒々もここまでくれば形勢不利というのは分かったようだ。ただ、分かったはいいがどうしたらいいかまでは頭が回らないのか、元々は儀式とかはおっさん猿の画策したことだからか、「どうーすーるー?」とおっさん猿へと指示を仰ぐ。

 狒々に尋ねられたおっさん猿はひどく苛立った顔立ちで周囲の状況を一瞥してから、鬼棺が置かれている場所へと駆け出す。

「ちっ、役立たずどもが! こうなれば仕方あるまい。せめて、あと少し時間を稼げ!」

「あーれー? いーまー、やくーたーたずーとかーいわーれたーか?」

 ぐだぐだ言いながらも狒々と傷の浅い猿達がおっさん猿と俺たちの間に立ちふさがる。

「あいつ、護法剣を奪って逃げるつもりか?」

「そんなことさせません!」

 朱鞠は俊敏な動きで猿達の間を潜りぬけ、おっさん猿を追いかける。

 おっさん猿の足の速さはそこまで早いものではない。普通に競争をしたら朱鞠どころか俺だってあっさりと捕まえられそうなものだ。だが、先に駆け出して距離を稼いでいたこと、朱鞠の進行を他の猿達が邪魔をすることで圧倒的な速度差をほぼ帳消しにしていた。

「まーてー!」

 狒々は手を伸ばし朱鞠を追いかけようとする。だが、それを黙って見逃すわけもない。

「いけ、じじい四八(仮)号! 狒々を足止めするんだ!」

「ふぉーっ!」

 じいちゃんは後ろから狒々の頭を掴み、後ろへ引き戻す。パワーでは圧倒的に優っているようで、狒々はあっさりと後ろへ倒れた。

「なーんじゃーとー?! こーのー狒々をーとーめーたーだとー?!」

「この老いぼれ猿がー! お主ごときがわしに勝てると思うたかー!」

「おーまーえーもー、じじーいーだろーうーがー!」

 狒々は起き上がるやいなやじいちゃんと取っ組み合いをする。パワーはじいちゃんの方が上。だが、狒々には妖術がある。ならば、最後に優劣を決めるとすれば闘志のぶつかり合いを制した方だ。互いに全ての能力をもってしてぶつかり合う。

「くらえ、じじいゴールデンファイヤー!」

「なーんのー! 狒々よーうーじゅつー・つくーもーばーりー!」

 狒々は妖術、じいちゃんはじじい奥義を駆使した激しい戦いを繰り広げる。今、ここに妖怪じじい同士の苛烈な戦いが始まった!

「まあ、ここはじいちゃんに任せるとして……。他の猿は俺が相手だ! きゅーの邪魔はさせないぜ!」

「誰がきゅーですか、誰が! ……で、でも、助けてくれたことにはお礼は言っておきます。あ、あり……ざいまふ……」

 不満そうに頬をふくらませ、そっぽを向きながらも、律儀にお礼を言う朱鞠であった。最後の方はほとんど聞き取れないほどに小さくなって舌も噛んでたが。

「礼を言われちゃ仕方ないな。全力でいくぜ!」

 俺へと注意をひきつけるように声を出して、猿達を大振りではじき飛ばしてゆく。

 俺と朱鞠、どちらに重きを置くかに迷いの生じた猿達の隙が、おっさん猿が護法剣まであと数歩で手が届くというところで朱鞠が追いつくという結果となって返った。

「そこまでです!」

 彼女は駆け抜けた勢いを乗せておっさん猿へ斬りつける。

「邪魔をするな、天都ー!」

 おっさん猿は振り返りざまに黒く錆びた鎌で彼女の渾身の一撃を弾き返す。あのおっさん、見た目によらず強いようだ。

 朱鞠は思わぬ反撃を受けながらも、後ろへ一回転を決めて見事な着地をすると、一足飛びにおっさん猿を斬りつけられる距離まで離れる。そこでお互いににらみ合う。

「あなたが何を企んでいるのか存じませんが、護法剣は返して頂きます」

「そうはいくか! あと少し、あと少しなんだよ! あと少しでわしは支配する側へとなれるんだ、諦めてたまるか!!」

 刹那、二つの刃が、気迫がぶつかりあう。その場にいた者たちは自分たちが戦うことすら忘れてそのせめぎ合いに集中する。

 先手をとったのはおっさん猿だ。四足歩行の状態から手にした錆びた鎌で朱鞠の足首を切り裂きにかかる。重心の低さを利用した見事な奇襲だが、彼女は慣れた調子でおっさん猿の頭上を越える跳躍をすることでそれをかわす。

「くそっ!」

「あなたでは私に勝てませんよ!」

 彼女はそのまま空中で回転し、逆さになった状態でおっさん猿の背後に剣を構える。

「悪魔降伏、怨敵退散、七難即滅、七福即生秘!」

 振り返るよりも早く、朱鞠の斬撃が走った。その速さたるや、かろうじて九度の斬撃を目で捉えきれたほどのものだ。俺でも真っ向から受けたなら凌ぎきる自信はない。それほど見事なものだった。

「ぐふぅっ!」

 背中に傷を受けたおっさん猿はふらふらとニ、三歩、前へよろめくもその場に踏みとどまる。だが、そこに追い打ちで下駄での蹴りがその背を踏み抜く。ここでさすがに耐え切れなくなった奴はついに片膝をつく。

 一方、朱鞠は蹴りの反動を使って一気に護法剣まで跳び、空中でそれに手をかける。そのまま一回転をした勢いで護法剣を引き抜き、見事な着地を決める。身軽にも程があるというか、なんというか。

 ともかく、これで当初の目的を果たすことはできた。

「やったぜ、きゅー!」

「だから、誰がきゅーですか! こういう場合はもっと私の剣撃の速さを賞賛したりとかするものでしょうが…… でも、あ、ありが…… も、もう!」

 護法剣を取り返してしまえば、もはや猿達は目的を果たすことはできない。かといって奴らは実力で奪おうというのは無理なことも分かっているから、猿達は次々と降伏の意思を示していった。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ! わしらの勝ちのようじゃな!」

「ぐうぅっ、まだだ!」

 喜びの声をあげるのも束の間、おっさん猿が大きく吠えた。あれだけの攻撃を受けながら、まだ戦意を失わないとは、さすがは妖怪化が進んでるだけあって並外れて頑丈だ。

「へっ、鬼切刃で……斬ったのは……、なかなか効いたがなぁ……!」

 おっさん猿は俯きながら呻くとどういうわけだろうか。まるで凍った剣で突き刺されたような、そんなおぞましい悪寒が全身を駆け巡った。それを感じたのは俺だけではないようで、朱鞠やじいちゃんはもちろん、狒々に猿達もまた得体の知れないものに顔を強張らせて動きを止めていた。そんな中でただ一匹、おっさん猿だけが薄ら笑いを浮かべる。

「へへっ…… へへへ!」

「どうしたんだ、あいつ?」

「おーいー、どうーしーたー……」

「へはっ! ははははっ! わずかに遅かったなぁ、天都の!」

 ドクン! と、まるで止まっていた心臓が再び鼓動を刻むように、二つの鬼棺が大きく震えた。誰が動かしたのでもない。自ら動いたのだ。

「これ、は…… まさか……」

「鬼棺と幽世は…… 繋がった! へはははははははっ!」

 笑い出したおっさん猿が、ばっと顔をあげると真っ赤に充血した右目が大きく見開かれていた。眼球が倍近くにまで膨れ上がり突出しているのだ。突出した眼球は顔面を圧迫して骨を崩し左目や鼻の形を歪め、右目からは大量の血の涙をこぼす。

 異形と成り果てたそいつは、顔の形が変わる痛苦に身を震わせながら、なのに狂喜に満ちた大きな右目で人も猿もなくぎょろりと睨みつける。

「な、なんですか……その右目は!」

 あまりにグロテスクな光景を間近で目にした朱鞠は真っ青な顔色で口に手を当てつつ、問い詰める。

「へははっ! これこそ鬼棺の力だ! この姿こそ幽世と鬼棺の縁が繋がった証だ! 残念だったな、わしの勝ちだ!」

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