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清澄さんコミュの清澄さん7

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 気づけば十二月。つまり、もうすぐ年の暮れ。
 バイト先の雑貨屋も今が一番の稼ぎ時と大忙しである。そもそも雑貨自体にシーズンも何もないとは思うのだが、それはそれ。売り方の工夫次第でどうにでもなるというもんである。
 寧ろ、無理矢理イベントと結びつけてがっつり売り上げを伸ばせるチャンスなのだっ!
 ……さて、こうまであたしが浮かれているのには理由がある。
 実は今月から売り場作りを任されたのだ。
 場所は店の隅の方。数ある陳列棚の小さな一角。面積も体積も大したものではない。
 だが、それでも一城一国の主。当然の事ながら受注などには関与出来ないものの、提案が通れば仕入れて貰う事も不可能ではないし、何よりやはり気合が入る。ポップも陳列もセンス次第なのだ。お陰でここ最近はバイトが待ち遠しいとすら思えてしまう。
 だが、付き纏う悩みだってある。
 清澄さんだ。
「入浴剤なんて逆効果じゃない? 菜月、考えてもみなさいよ。此処の棚は云わば、この店における離れ小島なんだよ? アルカトラズなんだよ? 並べておくならアルカトラズらしい商品にしとかないと」
「いきなりやる気失くすような事言わないで下さいっ!」
 微笑みを浮かべたままで、随分ときっつい言葉を投げ掛けてくれる清澄さん。幾らなんでも比喩表現があんまり過ぎると思う。アルカトラズって刑務所じゃん。
「いやいや、でもあたしの意見は参考にしといた方が良いと思うよ。あたしだって、初めて棚作りを任された時は浮かれまくってたもん。結果、大失敗だったし」
 あたしの悲鳴をさらりと受け流し、妙にしみじみとした表情で清澄さんは腕を組む。
 そうなのである。棚作りを任されたとは言っても、勿論全てが自分の思いのままに出来る訳ではない。というより出来ない。そこまでの商品知識はまだ持ち合わせていない。
 そんな訳であたしの教育係に選ばれたのが清澄さんなのである。勤続経験とあたしとシフトが被っている事が主な理由だが、店長は大事な事を見逃している。
 清澄さんの感性だ。
「あたしはね、菜月にはそんな失敗して欲しくないのさ」
「いや、あたしは絶対官能小説とかエロジョークグッズとか……そんなのを陳列しようとは思いませんから。そもそも、全然ウチの店のテイストと合ってないじゃないですか」
 ここぞとばかりに先輩風を吹かす清澄さんにあたしは冷めた一瞥を送る。
 これは他の先輩に聞いた話なのだが、清澄さんは初めて棚作りを任された時に何を血迷ったか官能小説を陳列したらしい。確かにウチは書籍も扱ってはいるが、あくまでも店の雰囲気に添う商品だけである。官能小説なんぞは置ける筈もないし、そもそも売れる訳がない。
 聞いてしまった後だけに、清澄さんが教育係なのは大反対だったのだ。
「確かに官能小説は失敗だったね。だけどね、ジョークグッズは人気だったんだよ? 今も店内で扱っている透け透けヌードトランプとかおっぱいゴムボールとかはつまり、このあたしが開拓者だった訳さ」
 口に出すのも恥ずかしい商品名を清澄さんは平気な顔で言ってくれる。平気な、と言うか寧ろ得意気な顔だ。
「それが売れているという事実が、あたしには未だに信じられません……」
 更に信じ難い事なのだが、ジョークグッズは何故かそれなりに売れたらしい。あたしがバイトをする前の話なので半信半疑なのだが、現在もその商品が棚に置かれてあるという事はそういう事なのだろう。
 清澄さんにとっては勲章ものの功績なのだろう。
 だが、逆説で言えばその時期からきっと店のテイストがおかしくなったとも思うのですが。
 ツッコミを入れらない代わりに、あたしは複雑な視線を清澄さんに向けるのだが、
「まぁ安心しなさいって。実はね、菜月の為にこの清澄さんがちゃんとアイデアを用意しておいたんだ」
 やっぱり目では伝わらないらしい。いや、口で言っても無駄だろうけど。
「ちょっと待って下さい。あたしだって考えてはいますよ?」
「へぇ?」
 何故鼻で笑うんだろ、この人。
「どうせ入浴剤とかアロマでしょ? それじゃアルカトラズっぽくないって」
「違いますっ! ピラティスですっ!」
「ほう?」
 どうやら予想外の提案だったらしく、清澄さんは思わせぶりに目を細める。
 うーん、腹立つなぁ。
「ピラティスの本とか並べつつ、DVDとか、代用できそうなマットとか。いや、確かにちょっと高額な商品だとは思うんですけど……一角で雰囲気を出せたら、効果あるかなぁって」
 ちなみにピラティスと言うのは、西洋のヨガとも呼ばれる……つまり、平たく言ってしまえばヨガみたいなエクササイズ運動である。元々はリハビリが目的で生まれたエクササイズらしいので、激しい運動を必要とせず気楽に続ける事が出来るのが利点だ。美容と健康に効果があるのは今のご時勢言うまでもない。
 清澄さんが耳を傾けてくれているので、ここぞとばかりにあたしは舌を揮う。
「それ以外だと……後はピラティスに使用するバランスボールとかっ! 場所は取るけど、DVD程高くもないし、もしかしたらって思うんですけど。折角の機会ですし、実験的な意味も込めてやってみたいんです、あたし」
「うん、うん」
 珍しく清澄さんが口を挟んで来ない。しかも、何だか楽しそうに目尻を下げたままでニコニコと。
 これは……イケるんじゃないだろうか。俄然あたしのテンションも高潮していく。
「どうでしょうかっ!? 清澄さんっ!」
「うん、古い」
「へっ?」
 ええええええ。
 
 
 
 
 
 
 
 休憩時間。つまりラウンド2。
 無論、あたしはピラティスを諦めていない。
 古い、と只それだけの理由で切り捨てられるのは非常に憤懣やるかたない。
「菜月、お疲れちゃん」
 あたしが入ってから数分後、清澄さんが休憩室に入って来る。
 つまり、ゴングが鳴ったのだ。
「清澄さん、先程の話ですけど」
「うん? 富山で起きた冤罪事件の話?」
 何の話だ。
「違います。棚作りの話です。ピラティスの……」
「あぁ、そっちの話ね。どうしたのよ?」
「何が駄目だったんですか? そりゃ、確かに古いと言うか今更ながらブームに乗っかった感じはありますけど……そこまで悪くはないとも思うんです」
 沸々と滾る不満を必死に抑えて、あたしは真っ直ぐに清澄さんの顔を見つめた。
 指摘を認めつつも、
「寧ろ、今だからこそまだ乗っかれるんじゃないかなぁって。下手に奇を衒った物を探しても、あの一角じゃそのまま埋没する危険性もありますし。それに、あたしには清澄さんみたいに研ぎ澄まされた感性は持っていないし……」
 それを逆手にとってみたりする。ちゃっかり皮肉を混ぜる事で、少し落ち着く事も出来ました。
 清澄さんはいつになく真剣な表情で、あたしの言葉に首肯を繰り返している。
 さて、どんな反応をするか。
「……菜月、話をしてあげる」
「はい?」
 いや、別にそういう小噺は要らないのですが。
 あたしの不安を他所に、清澄さんは視線を外していつもの語り部体勢。
「ちょっと昔の話だけど、ある町にね、一人の男性が住んでいたの。彼は非常に真面目な人間だった。真面目過ぎた故に、友達も恋人も居なかった。彼は嘆いていた。何故こんなにも自分は真面目に生きているのに、こうも人生が寂しいのだろうって。そして、ある日……あの事件は起きてしまったの」
「はぁ……」
 何でそういう言い回しをするんだろ。
「それはとても暑い季節だった。彼の働いてる職場でね、傷害事件が起きたの。原因は些細の言い争いだったのだけど、瞬く間に殴り合いになってしまった。彼は慌てて喧嘩を始めた二人の仲裁に入ったわ……その結果、彼は双方から殴りつけられて全治数ヶ月の重傷を負ってしまった。当事者の二人よりも大怪我だった」
「えぇっと、それは、可哀想な話ですね……」
「彼の不幸はそれだけでは終わらなかった。入院してしまった彼の元を訪れる人は殆どいなかったの。元々友人も居なかったし、職場の人達とも仲良くはなかったからなんでしょうね。当事者の二人さえ顔を出さなかった。孤独な入院生活。彼は……全てに絶望したわ」
「いや、そりゃそうだと思います」
「菜月もそう思うでしょっ!? 酷い話でしょっ!? 当事者二人が許せなくなるでしょっ!?」
 洩らした相槌に、何故か清澄さんは激しく反応する。何処でスイッチが入ったのだろう。
 それにしても振り向いた清澄さん、眦が裂けんばかりの形相です。怖いです。
「そっ、それで……話はお終いなんですか?」
「いやっ! 此処からが大事な所なのよっ! 人生に絶望した彼だったけど……それでも、諦めはしなかった。頑張って、必死に頑張って体を完治させて――」
 清澄さんは言葉を切ると、ひとまず鼻を啜って、
「元の職場に復帰したのよ」
 ぎゅっと拳を握り締めた。
 もしかして、自分の小噺に感情移入してしまっているのだろうか。
「元の職場に帰って来た彼は、そこで初めて当事者の二人が既に退職してしまった事を知ったの。きっと、事件の責任を感じたのでしょう」
「いや、だったら見舞いに行けって話だと思うんですが――」
「行けなかった理由があったのっ!」
 叫び声を上げて、清澄さんはあたしの肩をがしっと掴む。怖いってば。
「奇跡が始まったのは、ここからっ! その年の暮れ、大晦日の夜。彼はいつもと同じように、部屋で年越しの準備をしていた。もう孤独だなんて思わなかった。それが自分の運命なんだろうと、彼は悟ってしまってたから……」
「……あの」
 すいません、鬱になりそうです。
「突然、部屋のチャイムが鳴ったの。彼は驚いたわ。自分を訪ねて来る人間なんている筈もないし、宅配便が来るような生活でもない。恐る恐ると言うべきか、不安を滲ませた表情で彼はそっと扉を開けた――」
 言い終えた後で、清澄さんは口を結んだ。途端に、沈黙が休憩室を包む。
 いや、あの。
「……それで、どうしたんですか?」
「聞きたい?」
 うわぁ。
「……すごい中途半端なんで。どちらかと言えば、聞きたい……です」
 思わずはっ倒したくなるのを堪えつつも、苦々しく。あたしは恨みがましい上目遣いを清澄さんに向けた。
「そう……扉の向こうに居たのは、見覚えのある二人だった。事件を起こした当事者達だったの。彼は大層驚き、そして同時に二人を訝しんだわ。すぐさま扉を閉めると、警戒心を露に叫んだの。『何の用だっ』ってね」
 清澄さんは先程、この話を『奇跡』などと言っていた。つまり、恐らく二人は謝罪しに来たのだろうか。それを男性が受け容れてハッピーエンドって事なのだろう。
 ……微妙である。
 あたしの冷めた内心を知る由もなく、清澄さんは口の端を軽くニヤリと上げ、
「扉の向こうから返って来たのは、『私は貴方に謝罪をしたい』という言葉だった」
「でしょうね」
 思わず口に出てしまった。
 だが、清澄さんは無反応。女神の微笑は崩れない。
「だけど、それだけじゃなかった。もう一人が続けたの、『私は貴方と一緒に居たい』と」
「……はい?」
「当事者の二人は女性だったのよ」
「ちょっ!! 何それっ!?」
「男性は自分の頭を疑ったわ。あまりに突然過ぎる出来事に思考が追いつかなくなった。しかし、その間にも扉の向こうでは再び言い争いが始まっていた。そう、実は……二人とも彼の事を愛していたのよ」
 あたしの頭も追い付いてません。
「男性は慌てて二人の仲裁に入った。でも、もう怪我なんてしない。そう、何故なら彼は、愛されているのだから……こうして、彼は二人の女性と付き合う事となったの。奇跡でしょ? 彼の幸せはいつまでも続きましたとさ……」
 そう言って、清澄さんは吐息を吐く。余韻に浸っているのだろう、中空を見つめるその横顔には明らかな達成感が。
「あの……それで終わりですか?」
「良い話でしょ?」
 いやいやいやいや、ちょっと待てや。
「良い話も何も……意味不明なんですけど。当事者二人が女性だったってのも充分アレなんですけど、何でいきなり男性に恋しちゃってるんですか。しかも最後三角関係ってのも全然幸せそうに見えないし。ってか、それ以前に人としてまず見舞いに行けよと……」
「それが男女の不思議なの。見舞いには行けない理由があったって言ったでしょ? 恥ずかしかった……の」
「まさか……それが理由ですか?」
「二人はツンデレだったのよ」
「知るかっ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 本日のバイト上がり。つまりラウンド3。
 当たり前の事ながら、あたしはピラティスを忘れていない。
 休憩時間は思い出すのも嫌な小噺のせいで、いつの間にか過ぎ去ってしまっていた。
 この話が終わるまでは今日は帰れないとすら思えてしまう。
 故にあたしは待っているのである。やたらと時間の掛かる清澄さんの退勤準備を。
「……遅いなぁ」
 真冬の夜空は澄んだ黒。真っ黒とはちょっと違う。何が違うと言われると非常に答え辛いのだが、何というか、何色にも見えるし、何色にも見えないのだ。
 青っぽいと思えば確かに青っぽいし、黄味がかってると思えば確かにそう見えてしまうから不思議だ。
 冬の空か、あたしの目か、果たしてどちらが不思議なんだろう。
 恐らくは、そのどちらも不思議なのだろう。
「あれ? 菜月じゃん? 待っててくれたの?」
 誰何の声は後ろから。振り向けば、マフラーをぐるぐる巻きにした清澄さん。赤をベースにしたタータンチェックが生来の美貌に更なる華やかさを添えている。
「はい。話がありましたので」
 頭の奥で、再びゴングが鳴る。
「そう? だったらバックに戻る? 此処じゃ寒いでしょ?」
「いえ、あたしは此処で構いませんよ。てか、休憩室には戻りたくないです」
 休憩室に戻るのは危険である。先程の二の舞になるぞと、あたしの拙い直感が精一杯に警鐘を鳴らしている。
「そっか。で、何の話?」
 愛想の良い笑顔で清澄さんは首を傾げる。
「ピラティスの話です」
 正直、口に出すのも馬鹿らしくなっているが、こうなれば意地である。
「ごめんごめん。そういえばすっかり忘れてたね」
 そう言って、清澄さんは申し訳なさげに舌を出す。あたしとしては、忘れてた事に対しては対してもう不満はない。少なくとも脱線さえしなければ良いのだ。
「もう古いんですか? 自分で言うのも何ですが、そこまで悪くはないと思ったんですよ」
 真剣な表情で言うあたしを、清澄さんは優しい目で見つめている。
「うん、悪くないと思うよ。だけどね、そのアイデア。既に一度やった事あるんだよね」
「何とぉっ!?」
「そん時は時期的にも波に乗っかってたんだけど……やっぱ雑貨屋だったからなのかな? あんまり売り上げも芳しくなかったみたいで。すぐ下げちゃったんだ」
 気づけばあたしは口をぱくぱくしていた。きっと金魚みたいに。
「そんな……そんな、ちゃんとした理由があったんなら早く教えて下さいよっ!」
「そうだったね、ごめん。菜月の本気に気づいてあげれなかったよ」
「あっ……」
 頬や鼻先が高潮していくのを今更に自覚した。
 何だろう、すごく恥ずかしい。
 既に失敗したアイデアを、さも自慢の逸品のように拘っていたあたしって一体。
 どんどん込み上がって来る気恥ずかしさに、とうとうあたしは俯いてしまった。
「……まぁ、良い線いってると思うよ。安心して、店長にはあたしからも言ってみるからさ」
 囁きと共に、澄さんの手があたしの頭を撫でる。
 声も感触も温かい。
「ありがとう……ございます」
 小声になってしまうのは、素直に顔を見られないのは。
 きっとあたしがまだ子供だからなのだろう。
 何故だか嬉しくて。
 やっぱり悔しい。
「元気出しなって。頑張ったって事でさ、あたしが温かいコーヒーをご馳走してあげようじゃないかっ!」
「はいっ」
 清澄さんの気持ちに少しでも応えられるように、あたしは頷いた。
 顔を上げれば、冬の夜空。
 その澄んだ色は、ちょっとだけ清澄さんに似ていた。
 
 静まり返った商店街を並んで歩く。
「ところでさ、菜月の為にあたしが考えたアイデア。聞きたくない?」
 足音を鳴らしながら清澄さん。
「正直あんまり聞きたくはないですけど、宜しければ教えて下さい」
 あたしの歩幅に合わせてくれているのだろう。
「次はこれが来るっ!! ってのがあるのさ」
「相変わらずの自信ですね」
「ヒットしたら菜月の手柄だよ」
 そう言って、清澄さんは足を止めた。釣られてあたしも立ち止まる。
 ふふん、と鼻を鳴らしてから清澄さん。ちらり、と歯を覗かして、
「今度、店長に行ってみ? 次は……粘土。色粘土がヒットしますって」
 自信たっぷりに言い放ちました。
 なので、あたしも答えるのだ。
 とびきりの感謝と、笑顔を込めて。
「聞かなかった事にします」
 ってね。
 
 
 
 
 
 

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