映画『東南角部屋二階の女』コミュの◆解説＆物語

【解説】

ぼくたちはいつか、この部屋から飛び立つ−−−−−

死んだ父親の借金を背負い、古アパートが建つ祖父の土地を売ろうとした僕。理不尽な仕事から逃れようと突発的に会社を辞めてしまった後輩。フリーの仕事もままならず、結婚でその不安を解消しようとする彼女。目の前にある問題から逃げてきたあの頃。取り壊し寸前のアパートに僕らは偶然集まり、あの人たちに出会った。そしてわかったんだ、彼らの生き方が。それがわかったとき、ほんの少し何かが変わり世界が違って見えてきた･･･。
真剣に生きることを避けている若者たちと、日常を丹念に生きている表舞台から退いた人たち。同じ場所と時間を共有し、同じ想いを胸に抱くまでの、その緩やかで、心揺さぶられる日々を描いた、どこか懐かしくも新鮮な光を放つ物語が誕生しました。

待望の新人女性監督が、ベテラン俳優陣とともにつむぎだす"想いがつながる"物語

若者たちの人生における岐路を豊かな筆致で描いたのは、登場人物たちと同世代の監督・池田千尋（27）。カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン（映画を学ぶ学生作品のコンペ）部門にも出品した経験をもち、『トウキョウソナタ』で話題の黒沢清監督も絶賛する新人女性監督である。東京藝術大学大学院映像研究科第一期生の同級生・大石三知子の脚本を得、才気溢れた作品を撮り上げた。さらに撮影のたむらまさきが、新人監督の瑞々しさを掬い上げて、見事フィルムに焼き付けている。
出演は、人生に迷い続ける野上に西島秀俊、そして選択を留保し続ける三崎に加瀬亮、さらに竹花梓が、30前の女子のやるせなさをリアルに演じている。また成瀬巳喜男、小津安二郎、溝口健二、黒澤明といった世界に名だたる名監督たちの作品に出演してきた香川京子が、3人の若者を静かに見守る藤子役で登場、映画に見事な風格を与えている。

【物語】

　父親が莫大な借金を残して亡くなったとき、野上（西島秀俊）の頭に浮かんだのは祖父・友次郎（高橋昌也）が所有する古アパートの建つ土地を更地にし、売却すること。ただそれだけが自らの人生を立て直すことと信じ、会社も辞めてしまう。しかし友次郎は首を縦に振らない。何も語らない。語ってしまったら、何かが壊れるとでも言わんばかりに頑なに沈黙するだけだった･･･。
　野上と同じ会社で働く三崎（加瀬亮）も取引先の理不尽なクレーム応対に耐え切れず突発的に会社を辞めてしまい、同時に恋人も失う。
　フリーのフードコーディネーターである涼子（竹花梓）は、仕事も人生も不調。おかげでアパートの更新料も払えず、結婚に逃げ込もうと相談所に登録するも紹介された見合い相手は失業寸前、借金持ちの野上だった。
　足りない何か、満たされない何か、立ち行かない人生･･･。

　友次郎の土地に建ち、居酒屋・ふみとの女将・藤子（香川京子）が経営する藤野女子アパートに、何かに導かれるように集まってきた3人。そのアパートには、鍵も見つからない“開かずの部屋”があった。その部屋の隣に住み始めた涼子は、ふたつの部屋を隔てる押入れの壁に“願いごとかないます”と記された不思議な穴を見つける。半信半疑の3人だったが、濃い闇の広がるその穴に願いごとを投函する。

　アパートのオーナーである藤子は、妻を亡くした友次郎の身の回りの世話をするため、長年、友次郎の元に通っている。その姿には、少女のような悦びが溢れていた。
そんな藤子にも、野上の借金話が耳に入る。
　数日後、藤子は友次郎を初めての旅行に誘う。ふみとの常連の畳屋・ロク（塩見三省）は、ふたりの旅行を、目を細めながら喜ぶ。そして藤子の代わりに3人
が不器用にきりもりする店で気持ちよく酔っ払い、若い頃訪れたというアフリカの旅や人間の進化の歴史を話し始めるのだった。失った夢、それから得てきたもの。すべてを慈しむように語るロクの話に、3人は次
第に惹かれていく。
　次の日。古アパートを吹き飛ばさんばかりの台風が猛威をふるっていた。強風に煽られ、ついに開かずの部屋の雨戸が外れてしまう。窓から忍び込んだ3人は、その水浸しの部屋で意外なものを目にするのだった。

　人生をありのままに受け止め、手にしてきたものも失ったものも、ただただ愛おしく心の片隅に置くことで生きてきた先輩たち。彼らと出会うことで起きた化学反応は、若者3人の感情を揺さぶっていく――。
もう心の準備は出来ている。あとはあの部屋を飛び出すのに、20秒必要なだけなんだ・・・。