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メルセデスベンツ  Gクラスコミュの長寿モデル 30年で18万5千万台以上生産

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長寿モデル  30年で18万5千万台以上生産


現行のメルセデスの乗用車レンジの中で、一番の長寿モデルがゲレンデヴァ−ゲンこと、メルセデス・ベンツGクラス。登場が79年のジュネ−ブショ−だから、今年で30年目を迎えている(‘09現在)。基本的にシャシ−構成やボディデザインを変えないまま生産が続いているのは、まさに驚異的。これまでに14万台以上も生産されている(その中で、フルタイム4WDのW463は3万台にすぎません。そして今日も、45分に一台というゆっくりとしたぺ−スで生産が続けられているのです)。70年代半ば、軍事用4WDの開発を進めていたメルセデスは、この車をGクラスとして生産化するにあたり、クロスカントリ−モデルで4WDのノウハウを豊富に持つ、オ−ストリアのシュタイア・ダイムラ−・プフ社をパ−トナ−に迎え、同車のノウハウを盛り込むことになった。そしてオ−ストリアのクラ−ツに両社共同でGクラス共同工場を建設。現在に至るまで製造が続いている。しかも製造方法は、メルセデスからエンジン、トランスミッションなどの駆動系をグラ−ツまで運び、そこで、フレ−ム、トランスファ−ケ−スなどと合体させて完成させるという共同作業。しかもそれは今でも手作業で行われているのだ。Gクラスの作りこみの良さは、この、昔から変わらぬ手作業によるところが大きいのではないだろうか(ちゃんと生産ラインはありますが、機械化されている部分はごくわずかで、実際は65〜70%が人の手によって組み上げられているそうです)。ちなみに2000年モデルになってからはメルセデス・ベンツのブランドに統一されていますが、99年モデルまではオ−ストリア、リヒテンシュタイン、スロヴェニア、クロアチア、スイスなどの仕向地向けにはプフのブランドとエンブレムで輸出されていました。79年に登場した最初のゲレンデヴァ-ゲンは、ガソリンエンジン車が、4気筒キャブレタ−仕様の230Gと6気筒の280GEの2種類で、ディ-ゼルが4気筒の240GDと、5気筒の300GDの計4車種。全車4段のマニュアルトランスミッションで、パ−トタイム4WDシステムを装備。ボディバリエ−ションは、乗用車版がショ−トとロングの2種類のホイ−ルベ−ス版と、ショ−トのカブリオレ。そして軍事用にはロングホイ−ルベ−スのオ−プンボディがつくられた。80年には、ショ−トとロングの両方にバンタイプが追加され、82年には230Gがイグニッション仕様となって230GEにチェンジ。シリ−ズ全体でも、内外装がより乗用車化された。つづいて83年には5段のマニュアルトランスミッションが装備され、85年からはデファレンシャルロックが標準装備。日本では、87年からガソリンエンジンの230GEが導入された。89年のフランクフルト・ショ−では、内外装を大きくリファインし、4WD機構をフルタイム方式に変更、デフロックをフロント、センタ−、リアの3ヶ所に設けた。新型の463モデルを発表。230GE、300GE、250GD、300GDの4モデルに一新。エアバッグも装備された。92年末には、250GDと300GDの代わりに350GDタ−ボディ−ゼルを投入。93年には、Sクラスの5リッタ−?型8気筒SOHCエンジンを搭載した500GEを500台限定で発売。94年には、モデル全体の呼称変更が行われ、300GEエンジンが変更されG320に、350GDタ−ボディ−ゼルはG350TDとなった。96年には、G300タ−ボディ−ゼルが登場し、カブリオレのソフトトップが電動式に変更。97年には、G320のエンジンが直列6気筒から?型6気筒に換装され、5段AT装備。そして98年には現行Sクラスと同じ5リッタ−?型8気筒SOHCエンジン搭載のG500を発表と実は毎年のように改良・新型投入を繰り返しているモデルなのだ。

ゲレンデヴァ−ゲンのプロジェクト
1972年、プロジェクトスタ−ト



勘違いしている人は多いようなので最初に断っておきますが、ゲレンデヴァ−ゲンことメルセデス・ベンツGクラスは、決してレンジロ−バ−のような高級4WDとして開発された車ではありません。高級4WDどころか、当初は民間用として販売することさえ決定していなかったくらいです。ダイムラ−・ベンツ社がプロジェクトをスタ−トさせたのは1972年の事でした。当時、企画したのは、最初から軍用や警察用、つまり車に命を託さなければならないようなプロフェッショナルのためのツ−ルでした。そんなわけで、実際のマ−ケティングを担当するのも、乗用車部門ではなくてトラックやバスと同じ商用車部門(ご存じない方もいるかも知れませんが、ダイムラ−・ベンツ社は世界最大のトラックメ−カ−です)になりました。ダイムラ−・ベンツ社自身でも、戦前から4WDの開発、生産を行っていました。しかし、しばらくこの種のクルマの開発から遠ざかっていたこともあってか、計画のスタ−ト段階からオ−ストリアのグラ−ツにある4WDのスペシャリスト、シュタイア・ダイムラ−・プフ社に開発、生産の協力を依頼することになりました。そのため、開発は急ピッチで進行し、翌73年の春にはすでに木型模型は完成していたといわれています。こうして開発されたゲレンデヴァ−ゲンは、まさにヘビ−ビュ−ディ−の極みともいえる車でした。

プフ社
ゲレンデヴァ−ゲンの生産はプフの生産。ところでプフって何?


300GD
ゲレンデヴァ−ゲンというのはプフとダイムラ−の共同開発です。プフというのは「シュタイア・ダイムラ−・プフ」といってオ−ストリアで火器を生産しているメ−カ−でもある。日本においても今の産業は軍事産業と関わっているものが多くコルゲンコ−ワのコ−ワやミネベアなどが兵器を作っているのは有名な事。そんなプフは自分の会社の裏山に凄く大きいコ−スを持っていて「そのコ−スをクリアできなければウチの車として認めないよ」ということまで言っているから、相当なコ−スと言える。ただしゲレンデヴァ−ゲンという車は、いわゆる不正地の走破性だけを争っている車でもなく(砂漠の国もある)そういう点ではゼネラルパ−パスビ−クルらしさが出ているといえます。外見と中身はまったくゲレンデヴァ−ゲン……だけどエンブレムはプフ仕様という、フロントグリルのマ−クが違うだけのプフのゲレンデヴァ−ゲンも存在します。仕向け地によってメルセデスのブランドが通りがいい所ではそれを、プフの方がよければそちらの方を使うといったかたちです。グリルのオ−ナメントだけの違いなので、そこを変えればメルセデスに早変わりです。でも、だからといって同じ車ですから別に値段は安くありません。プフは実際にゲレンデヴァ−ゲン以外にグランドチェロキ−の右ハンドル、ボイジャ−のヨ−ロッパ仕様、パンダ4×4、ベンツの4マチックを手掛けています。グランドチェロキ−はメイド・イン・オーストリアって書いてありますし、パンダなどは、ハッキリとプフのエンブレムが貼ってあります。

民間用の生産
イランからの大量発注



実際にダイムラ−・ベンツ社がゲレンデヴァ−ゲンの生産を決定したのは70年代の中頃の話でした。当時イランから大量発注(2万台)があったため、量産化を開始しても十分採算が得られると判断されたためです。ダイムラ−・ベンツ社とプフ社は、ゲレンデヴァ−ゲンの生産のために、共同でグラ−ツに専用工場を建設しました。そのため、この当時の生産メ−カ−名はダイムラ−・ベンツ社ではなくGFG社となっています。しかし運悪く、このイランからのオ−ダ−は政権が交代したことを理由にキャンセルされてしまいます。他にもドイツ、アルゼンチン、ノルウェ−、インドネシアなどからのオ−ダ−はあったのですが、さすがに2万台の穴埋めは大変です。そこでダイムラ−・ベンツ社では、ゲレンデヴァ−ゲンを民間用にも販売することに計画を変更したのです。こうして79年4月、ついにゲレンデヴァ−ゲンの本格的な生産が開始されます。当時はまだ全車パ−トタイム式4WDで、W460というコ−ドネ−ムが与えられました。現在はW463(市販車)、W461(商用車)です。エンジンは4種類(230GE、240GD、280GE、300GD)で、民間用にはロング、ショ−ト、カブリオレの3種類のボディが設定されていました。軍用はオ−ダ−によって数え切れないほどのバリエ−ションが生産されましたが、基本モデルはロングホイ−ルの3ドアと5ドア(トップ防水キャンバス)でした。また、これとは別にベ−ス用のシャシ−(後から購入者がボディを架装する)も用意されています。私たちが知っているのはロングとショ−トの2種類のホイ−ルベ−スだけですが、このシャシ−に関してはそれら以外のホイ−ルベ−スも設定されていました。こうして市販されたゲレンデヴァ−ゲンは、民間用としても好調な販売を記録しました。しかし、市販の反応はダイムラ−・ベンツ社が意図したものとは多少異なっていました。ダイムラ−・ベンツ社ではあくまでトラックとバスと同じようなプロユ−スの車として開発(初期には企画だけでなく販売に関しても商用車部門が行っていました)したにもかかわらず、マ−ケットは「メルセデス・ベンツ」=「高級」な4WDとして捉えたのです。

フレ−ム/ガラス
フレ−ムは3.0mm!全てが平面のガラス!



フレ−ム/ガラス
まずは基本となるフレ−ム。一見して分かるとおり、無茶苦茶ゴツイ。まさにトラック並といっても過言ではありません。このフレ−ムは3.0mmという分厚い鉄板を折り曲げて作り上げたもので、ちゃんと閉断面構造になっています。さらに前端と後端も塞がれて、内側は防錆ワックスによって処理されています。ボディは8個のラバ−ブッシュを介してこのフレ−ムに載せられています(そのため、トラックのような悲惨な乗り心地ではありません)。ボディ・パネルは0.9mm。ゲレンデヴァ−ゲンのカタログには「頑強な鋼板」と書かれていますが、本当は別に驚くほどの厚さじゃありません。むしろ、この厚さでこの剛性感をだしているということは「良い鉄を使っているのだろうなぁ」と思わせるくらいです。驚かされるのは、そんなことよりも、そのシンプルなコンストラクションです。ゲレンデヴァ−ゲンの外板には、ほとんど曲面というものがありません。これは海外、特に発展途上国などでのノックダウン生産を考慮したものです。事実、ゲレンデヴァ−ゲンはフランス(プジョ−のエンジンを搭載するP4)、トルコ、ギリシャ、ポ−ランドなどでも生産されています。また、この形状だったら運転している人にも、どこまでがボディの側面か?(軍用にはオ−バ−フェンダ−などありません)簡単に分かります。窓ガラスが全て平面というのも似たような事情です。平面ガラスなら生産するのに型は必要ありませんし、戦場などで破損した場合でも、最悪の場合、その辺で調達できる普通の板ガラスで代用することさえできます。フロントのフェンダ−はボルト止めで簡単に外すことが可能です。コアサポ−トやエンジンの周囲のガ−ドの部分まで取り外すことが可能で、その状態ではエンジンが剥き出しになるので整備は非常に簡単です。

4WDのシステム
ゲレンデヴァ−ゲンは並みの車ではない!


4WDシステムはプロユ−スらしくシンプルなパ−トタイム式でした。トランスファ−は2スピ−ド。切り替えはレバ−で行います。特筆すべき事なのは、標準でリアとフロントのデフロックを設定装備していたこと。実際に走ってみれば分かりますが、フロントのデフロックを使用するケ−スは、極限状況といっても良いような状況です。クロスカントリ−タイプの4WDの中でも、センタ−&リアのみのデフロック(しかもリアはLSDだったりする)で済ませている車が大半という状況を考えればゲレンデヴァ−ゲンが並みの車ではないことがお分かりいただけるとおもいます。

グリスアップ
グリスアップが重要!


フロントのボ−ルジョイント
この車というのは、グリスアップポイントがたくさんある車です。タフなイメ−ジがありますが、しかるべき整備をして、はじめてちゃんと走れる車なんです。足回りなんかをちょっと覗いてみて下さい。驚きますよ!フロントなんかは誰にでもわかるような大きなボ−ルジョイントが剥き出しになっていて、グリスが「これでもか!」という位に塗られている。この姿を見ると「グリスが切れたら不味いな!」と感じる。もしグリスが切れてしまったら……ただの鉄ですからサビが出るわけです。そうすると酸化鉄はめちゃくちゃ硬いですから周辺を削ってしまう恐れがあります。よく「ピロボ−ルが駄目」という人がいるのも理由がそれで、別にピロボ−ルが駄目なんじゃなくて、手入れをしていれば大丈夫なんです。結局メンテナンスをしてなくてオイルが切れちゃった状態だと、合わせ面が削れてガタガタになっちゃうわけです。でも実際にそういう車が多いのかというと、ゲレンデヴァ−ゲンは不思議な車で、ほとんどありません。

デファレンシャルロック
注意!デファレンシャルロック!


デフロックスイッチ中央3個
中古車の場合、操作ミスでデファレンシャルロックの使い方を知らない人が居ても不思議ではないですよね。そういう人だった場合、センタ−のデフロックを掛けたまま街中を走行してしまうということも考えられなくありません。デスは壊れると高いですよ……。しかもデフロックはフロントにまで付いています。フロントに付いているという車は実は凄く珍しいんです。でもフロントのデファレンシャルロックが必要になるシュチュエ−ションというのは、三輪スリップしていてフロントの片側だけが路面を捕らえているという状態。こういうのは特殊な状態だから普通では出会えないシュチュエ−ションです。そう考えると本当に極限の走行を考えた車ということです。昔、メルセデスのデモンストレ−タ−が日本に来た時の走行を見せてくれたんですが、フロントのデフロックって一瞬しか掛けないんです。ギャップとかを乗り越える時に前輪1輪しか噛んでいないという時の一瞬です。タイヤが「コロッ!」と転がった瞬間に解除してました。その位、メ−カ−の人間でさえ使いたがらないシロモノだったりするということを頭に入れておきましょう。ちなみに、唯一、500GEだけはフロントのデフロックが無いんです。

レンジロ−バ−はライバル?
ライバル視されがちなレンジロ−バ−だけど本当は?


レンジロ−バ−
レンジロ−バ−というのは民間用がル−ツの車で、ゲレンデヴァ−ゲンは軍用・警察用がベ−スの車です。開発当初から向いているベクトルが違うということです。早い話が同じ方向で比較するには無理があります。ゲレンデヴァ−ゲンはオンロ−ドで快適にという方向で考えられていたわけではないし、結果として後から改良されて使えるようになっていますけれど、基本的にはもっとヘビ−ビュ−ティな車。もし高級四駆を目指していたらドアヒンジを外側には付けないでしょう。昔だったらこの2車を比べている人たちには「ゲレンデはトラックだよ、営林署が見まわりに使う車だよ」と言えば良かったのですが、今は豪華で快適になっていますからね。レンジロ−バ−だって当初の目的通りに使えばいい車なので否定するつもりはありません。あくまでも比べる対象ではなく、比べたいならむしろディフェンダ−だということを知ってほしいということです。国産の4WDでいえば、三菱ジ−プのJ30系やランクル40系のような車だと思ってください。なにしろゲレンデヴァ−ゲンという車は、操作系は全部重いですから日常に使うにはハ−ドな車です。アクセルなんかわざと重く鈍くしてあるんです。底の厚い軍用の靴で「グッ!」と踏み込んでも暴走しないようにしてあるんです。

パ−トタイム時代のゲレンデ
パ−トタイム時代のゲレンデヴァ−ゲンの秘話


1982年 230GE
230や300GDの頃にはドライブレンジがなかったんです。ゲ−トは「1-2-3-4-N」となってます。なぜかといえば答えは簡単「軍用だからドライブなんて必要ない!」という考えだったからです。当然これに乗る人間は訓練を受けているという前提があり「走行パタ−ンに応じて自分たちで勝手に選びな!」ということなんです。入れっぱなしでいいドライブなんていうギアはないんです。でも、ちゃんと自動変速はします。だからカッタルイんです。早い話が、4って書いてあっても4速を使う領域になったら4に入れなさいということなんです。ちなみに昔の300GDという3リッタ−のディ−ゼルって5ナンバ−でした。全幅が1695mmしかなかったんです。

ABSキャンセルスイッチ
当時のABS


96年モデルまでは、ABSのキャンセルスイッチがセンタ−コンソ−ルにあったんです。当時の考えとしては場合によっては、ABSがないほうが制動距離が短くなるという考え方もあったようです。これを「低ミュ−と高ミュ−が同居しているような状況のとき」というような言い方をして説明してくれた人がいました。簡単にいうと路面の上に何か乗っかっている時ですね。そういう状況で制動するときというのはABSがない方がいいんです。タイヤをロックさせてタイヤの前にモノを堆積させた方がいいというときです。例えば雪道なんかがいい例です。あと、センサ−類の関係もあるようです。ある特定の速度で坂道を降りてくるシュチュエ−ションでブレ−キを踏んでいると、ABSがロック、ロック、解除、ロック、解除がそのままになってキャリパ−を止める動作に入らなくなることが希にあったそうだとか……。そういうときはキャンセルが必要です。この頃(フルタイムになったばかりの頃)の説明書には「オフロ−ドではキャンセルして下さい」と書いてあるはずです。簡単にいえばオフロ−ドに向かないABSだったんです。センサ−も進化してきてますから、現代のABSには起こらない現象です。止まっているか、動いているかだけを感知する車速センサ−しかなかったモノを、今はGセンサ−が付いてますし、4輪がロックしている状態で車輪が動いているか止まっているかが感知できるわけです。

W463へと移行
W463は大きなヒットを記録!




82年230GE/W461/93年G300
確かにある意味ではゲレンデヴァ−ゲンはこの上ないくらい高級な車でした。しかし市場が期待していたのはそういうメカニズムや素材の上での「真の高級」ではなく、むしろ「高級感」、つまり見た目の豪華さだったわけです。現実にゲレンデヴァ−ゲンは非常に高価な車だったため、世の中ではやはりレンジロ−バ−のような乗用の高級4WDだと勘違いして買った人が大多数でした。そんなわけで、デビュ−当初から「もっと豪華にしろ」とか「もっと快適にしろ」といったユ−ザ−からのリクエストが非常に多かったようです。そして82年、ダイムラ−・ベンツ社でもゲレンデヴァ−ゲン担当をそれまでの商用車部門から乗用車部門に変更し、より一般のユ−ザ−に対してフレンドリ−な車へと方向転換していくことに決定します。すでに民間用も無視できない比率に達していましたし、軍用としての需要が徐々に落ち込んできたことも、方向転換のや契機になりました。当初は、ダイムラ−・ベンツ社ではW460に豪華な装備を組み合わせることでその場を凌いでいました。しかし民間用としてさらに販売を拡大するためには、やはり大きな設計変更が必要なことは十分良く承知していました。そこで87年、ゲレンデヴァ−ゲンの開発チ−ムは、民間用も視野に置いた新型の開発に着手します。新型とはいっても、フレ−ムやサスペンションなど基本的部分は、デビュ−当初とほとんど変わりませんでした。最も大きく変わったのは4WDシステムです。民間用には切り替えの必要なパ−トタイム式4WDはやめて、センタ−デフ付きのフルタイム4WDとしました。またオプション装備として新開発のABSも設定されることになりました。ゲレンデヴァ−ゲンの性格を象徴する3個のデフロック(限定も出る500GEはフロントデフロックなし)はそのまま残されましたが、操作はセンタ−コンソ−ルのノブを引くタイプからインストロメントパネル上のスイッチに変更されています。外見上ではラジエタ−グリルの色をボディと同色にしたり、フォグランプ内臓のバンパ−の採用、ミラ−形状の変更とリモコン化、インパネのデザイン変更などにより質感は一気に向上しています。こうして豪華なウッドパネルやメタリックペイント等で飾られたゲレンデヴァ−ゲンは、ついにレンジロ−バ−と同様の高級4WDとしてのポジションを獲得することに成功しました。初期モデルはATは勿論、エアコンのせっていすらなかったのですからまさに隔世の感ありです。89年9月、民間ゲレンデヴァ−ゲンは、W463型へと移行することになりました。この新型の登場により、民間向けのパ−トタイム4WDは生産中止となっています。パ−トタイム4WDのシャシ-は、92年3月からW461と名称を変更して再び生産が開始されることになりました。このW461には、3.4mのウルトラロングホイ−ルベ−ス版や、ダブルキャブのピックアップ版などの魅力的なバリエ−ションも設定されていますが、残念ながらいずれも民間用としては市販されていません。余談ですが、W462という名称はノックダウン生産モデルに与えられたコ−ドネ−ムでした。W463は、当時ヨ−ロッパでも盛り上がりつつあったクロスカントリ−4WDブ−ムに乗って、大きなヒットを記録することになる。日本でも、ゲレンデヴァ−ゲンの人気が本格的に出始めたのはこのモデルが登場してからのことでした。最初にヤナセ(ウエスタン自動車)が輸入を開始した時点では、年に何台かといった程度の売れ行きで、実際に最初の5年間で販売された数はたったの45台に過ぎませんでした。しかし、現在では毎年400〜500台は売れているのですから、時代は変わったんですね。半面、ゲレンデヴァ−ゲンはそれまでとは異なる種類のユ−ザ−、つまりゲレンデヴァ−ゲンの本質を理解しないようなユ−ザ−を相手にしなくてはならなくなりました。初期のゲレンデヴァ−ゲンの取扱説明書をみると、中には配線図が掲載されてますし、日常のメンテナンスの項目にはATオイルの交換方法(トルクコンバ−タ−の中のオイルの抜き方まで!)まで詳細に解説されています。それに対してW463以降の車の取扱説明書は、普通の乗用車と何ら変わりありません。ちなみに本国の整備手帳には30万?まで記録できるメンテナンス欄があります。ディ−ラ−モノの整備手帳にはありません。なぜでしょう?買い替えしてもらえないで新車が売れなくなるからですかね?本国の整備手帳が記してあるように、ベンツは実際にそれだけ余裕で乗れるということです。特にゲレンデヴァ-ゲンは。

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