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せっしょんれぽ@しゅうまつコミュの三年前小景(後編)

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続き。

前編→
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################

?:崩壊する風景

俺は、杠のことを上に報告しなかった。
躊躇わせたのは、STARの――退魔士達の現状。
杠の置かれた状況は、微妙なものだった。
夜の血脈に血を吸われた者は、吸ったアヤカシの従者となるのが常である。
妖魔化の危険が無くは無いと言え、明るい材料も無いわけではない。
主たるアヤカシは既に滅ぼしている。
あれからすぐ意識も取り戻した。
普段であれば、悪魔祓いの退魔士達による処置が期待できるはずだった。
しかし、今、彼らは奈落堕ちへの対処で手一杯だった。
だからこそ、今回の様な状況が発生したとも言える。
現在の風潮は「疑わしきは罰せよ」。
普段ならいざ知らず、今の杠はすぐに処断されかねなかった。
自分でも、決して合理的な判断ではないと分かっていた。
それでも、俺が報告をしなかったのは――。
――あいつは被害者だ。
そんな思いが働いたのだと思う。
何もしていない杠が、可能性だけで処断される。
そんなことは間違っていると――そう思った。
そして、その判断を――ずっと後悔することになる。


あれから4日。
久々の午前の『訓練』を終えて本部に帰った俺の耳にその報告が飛び込んできた。
――星城総合大学付属第三高校で怪異が発生。
脳裏をあいつの笑顔がよぎった。
取るものも取らず、報告義務も放棄して駆け出した。
走った。
高校に行くのにこれほど急いだのは初めてだった。
ただ、ひたすらに走った。
これほど、高校への道のりが長く感じられたのは初めてだった。
嫌な予感だけが――胸を占めていた。


赤い――紅い部屋だった。
それは窓から差し込む夕陽のせいだけではなく。
血を凝縮した様な匂いが鼻を付く。
教室の中は、生徒達、先日まで俺の学友だった『モノ』で埋め尽くされていた。
クラスメイト達の死体の中で、咽ぶような血の海の中で彼女は立っていた。
杠眞守。
否。
それは杠眞守の姿をした『何か』。
刃の様に伸びた両手の爪。
そして、紅い光を放つ瞳。
『久しいなぁ……退魔士の小僧よ』
声帯が違うからか、微妙に以前とは違う声。
しかし、そのイントネーション。
その、人を馬鹿にした物言い。
それは、確かに聞き覚えのある声だった。
過日のアヤカシが、そこに立っていた。

夜の血族達は、血を吸った相手を自分の従者とする能力を持つ。
――しかし、これは。
(従者にするのではなく……自分そのものを憑依させたのか)
臍をかんだ。
「どうして……こんな回りくどいことをした?」
問いかける。
何も、アヤカシと会話をしたいわけではない。
狡猾なアヤカシは些細な言葉の行き交いの中で人の心を惑わせる。
『極力、アヤカシとの会話を避けよ』
退魔士の教えにそうある理由だ。
それでも。
何がこんな事態を招いたのか。
招いてしまったのか。
どうしても知りたかった。
だから、問いかけた。
奴の顔が、邪悪に――笑みの形に歪む。
まるで、その質問を待っていたとばかりに。
それは、杠の何時もの笑顔とは似ても似つかないものだった。
そして、発せられた言葉は――。
『お前の……絶望する顔が見たかったのさぁ!』
術式を展開。
禁じ手など知ったことか。
右手に握りこんだのは大地の剣。
切り込んだ切っ先が、防御の為に掲げられた爪を切り飛ばす。
返す刀で一閃。
狙うのは吸血鬼の急所たる首筋――。
『殺すのか?お前のせいで我に取り付かれた娘を、その剣で切り伏せるのか?』
奴の声。
剣が空を切った。
アヤカシは一歩も動いていない。
奴の顔が楽しげに、本当に楽しげに笑うのが見えた。

(どうすれば良い!?)
防戦一方の俺を、奴の爪が、牙が、視線が容赦なく攻め立てた。
左から右から上から下から、奴の攻撃が迫る。
その一つを撃ち落し、その一つを避ける。
未だに持ち堪えられているのは、俺の実力ではない。
奴が遊んでいるからに他ならなかった。
攻撃に打って出れない俺に、勝ち目など最初から用意されていないのだ。
それは、逃げられないと分かっている虫を嬲る様な。
そんな子供の持つ残酷さに近しいものだった。

手の中で最後の呪符が役目を終えて燃え散った。
これで手持ちの切り札は打ち止めだった。
(どうすれば良い!?)
幾度目かの疑問。
そして、幾度目かの攻防。
下方から繰り出された左の爪による一撃を紙一重のところで横に飛んで避ける。
しかし、ステップした先にあったのは学友の命によって作られた血溜り。
足を取られた瞬間、奴の右手が閃いた。
槍の様に伸びた爪が右肩に食い込むのを感じる。
それだけでは終わらない。
爪は肩を貫通したその勢いのまま伸び続けた。
衝撃。
身体を壁に叩きつけられた。
肩から先が吹き飛ばなかったのは僥倖。
剣を手放さずに済んだ事に至っては奇跡の領域だった。
爪を抜こうと身じろきをした瞬間、左の爪が伸びた。
激痛。
両足を貫かれた。
膝から下に力が入らない。
崩れ落ちずに居られるのは、ただ単に、肩に食い込んだ爪が壁に突き刺さっているからだった。
『これまでだなぁ、退魔士の小僧』
再び構えられた左の爪が、正確に俺の頭を狙っているのが分かる。
だが、分かったところで、俺には睨み返すのが精一杯だった。

「させないよ…」
声が響いたのはその時だった。
同じ声帯を使いながら、はっきりと先程までの声とは違うと分かる声。
つい先日まで聞いていたかずなのに、今となっては、どこか懐かしく感じる声色。
それは杠眞守の声。
そして、その瞳に意思の光が宿る。
それは、黒い虹彩。
それは、幾度も向けられた、いたずらっ子の様な瞳。
『……な……にぃ!?』
アヤカシの驚愕に満ち溢れた声。
驚いたのは奴だけではない。
一般人である彼女が、アヤカシの血の支配に抗うというのか。
俺も、唖然としたまま彼女を見ていた。

「ユイを……あたしなんかに……」
杠がゆっくりと近づいてくる。
杠の身体の中で二つの心がせめぎ合っているのか。
それはひどくゆっくりとした動きで。
俺は、何も出来ずにその様子を見ていて。
そして、杠が俺の前に立つ。
「……あたしの好きな人を……あんたなんかに!!」
『馬鹿なことをするな!やめ……!!』
動揺した声が杠の声帯を振るわせた。
そして、杠は俺に笑いかけて――。
ゆっくりと俺の手を握り――。

俺の持つ剣を――自らの胸に突き立てた。



?:赤く染まる世界

赤く染まっていた。
それは複数の赤が交じり合った複雑な色。
窓から差し込む夕陽。
俺の返り血。
そして
――ゴフッ。
そんな音が聞こえたような気がした。
杠の口から巨大な血塊がこぼれる。
赤い、紅い、赫い、血の塊。
元力の刃は彼女の胸を完膚なきまでに貫いていた。
どう見ても致命傷だった。
「……あ……あぁっ……」
口が自分の意思とは無関係に音を吐き出した。
「……ユイ……大丈…夫?」
杠が俺に微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間。
――パシィン。
そんな音を立てて、刃が砕け、消失した。
支えを失った杠の身体が前のめりに倒れこんだ。

「なんで……お前……なんでっ……」
血に塗れた杠の身体を抱きしめる。
必死の思いで、治癒の術式を展開する。
意味が無いと分かっていた。
元々、専門でない領域の術式だった。
それに、杠の身体の損傷は術式でどうにかなる次元のものではなかった。
それでも。
無駄だと分かっていても、そうせずには居られなかった。
杠が血と一緒に言葉を漏らした。
「ユイ、ごめんね……」
その口から出たのは意外な台詞。
(なんで、お前が謝ってるんだよ……)
(痛いのはお前じゃないか……)
(苦しいのは……お前じゃないか!)
思いがうまく言葉にならない。
どんな顔をすれば良いのか。
何を言えば良いのか分からない。
こいつには、俺と違って多くの友達がいたはずだった。
ある日、いきなり化け物に身体を乗っ取られて。
その手で、自分の友人達を殺されて。
辛いのは。
――今本当に辛いのは。
それなのに。
お前は何を言っているんだ。
どの口で。
「……嫌な思いさせちゃって……ごめんね?」
――どの口で、そんな台詞を言うんだ。
本当に。
本当に――どんな顔をすれば良いのか、分からなかった。
ただ、目尻が熱くなって。
「馬鹿だよ……お前……」
そう言うのがやっとだった。
「ユイったら……ひどい、なぁ」
抗議するその声はどこか楽しそうで。
「あ……」
杠が何かに気付いた。
彼女が手を伸ばして掴んだのは、転がっていた自分の鞄。
「……じっとしてろよ」
注意を無視して、杠が鞄の中から取り出した何かを差し出してくる。
それは、どう見ても女物の、愛らしくデフォルトされた熊があしらわれたブローチ。
「……あげる……プレゼントだよ」
「……先生に、お願いして……名簿、調べたの」
誕生日。
日々の修練と、連日の『訓練』続きで、自分でも忘れていた。
何時の間にか過ぎ去っていた俺の誕生日――それは4日前。
――4日前。
「……本当は、あの日、渡したかった……だけど、ね」
――杠が、アヤカシに襲われた日。
『いやー、用って程じゃないんだけど』
『あたし暇なんだけど、どっか遊び行かない?』
それで、こいつはあんなに。
――俺がもっと素直になっていれば。
――俺の、せいで――なのに!
「……何が欲しいか、分かんなかったから……あたしが欲しい、ものに、したんだけど……」
おぼつかない手つきで、俺の襟元にブローチを合わせてくる。
「……あはは……似合わないねぇ」
杠が力なく笑う。
「お前……センス無さ過ぎ……」
違う。
こんなことが言いたいんじゃない。
なんで。
なんで、言葉にならない。
もっと言いたいことが。
言いたいことは他にあるのに!
杠が苦笑しながら続ける。
「……そうだねぇ……でも、やっぱ、良いと思うよ?」
「ユイは……いつも怖い顔してるから……この熊さんの笑顔でトントンだよ」
こいつは――。
俺は昔から、他人と会話するのは苦手な性質だった。
けれど、言葉が出てこないのが、これ程もどかしく感じたのは初めてだった。
「それでさ……それで……いつかユイも……ユイも笑顔になれたら……良いよねぇ」
そんな俺にこいつは言うのだ。
その表情は、満面の笑顔で。
こいつは――なんで、こんなに俺のことを。
俺なんかの――ことを。
「やっぱ、馬鹿だよ……お前……」
――涙があふれた。

ずっと思ってた。
俺は、杠という奴が苦手だと。
違う。
そうじゃなかった。
今になってやっと分かった。
別に、師匠に言われたから学校に行っていた訳じゃなかった。
止めようと思えばいつでも止めれた。
それでも、出来る限り学校に行き続けたのは――。
分からない振りをしていただけだった。
俺は、何の変哲も無い、こいつと過ごす日常が。
いつでも俺に向けてくれていた、こいつの太陽の様な笑顔が――。
俺は、こいつのことが――。

「ユイ……あたしの……最後の、お願い、聞いて、くれ……ない?」
杠が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「なんだよ……言ってみろよ、俺に、出来ることなら、何でも聴いてやるから……」
何とか声を出す。
声を出そうとする度に、嗚咽が漏れそうになった。
「……あは……今になって……優しいんだね」
おどけてみせる杠の声が痛々しかった。
泣きそうな俺を慰めるために、わざと明るく振舞っているのが見て取れた。
「……馬鹿が」
だから、俺も何時も通りの返答を。
上手く返せただろうか。
声は、震えていなかっただろうか。
自信は持てなかった。
ごまかす様に、彼女の身体を抱く腕に力を込める。
杠は安心したように目を閉じて、最期に口を開いた。
「あたしの最期のお願いは――――」
そして――彼女は、杠眞守は事切れた。

俺は泣いていた。
夕焼けで紅く染まる部屋の中。
赫く染まった彼女の身体を抱いて――ただ泣いていた。



?:そして僕は...

その後、しばらくして、僕と杠は駆けつけた退魔士達に回収された。
泣き腫らして帰った僕を見ても、師匠は何も言わなかった。
アヤカシを滅ぼしたことを褒める事も。
報告を怠ったことを咎める事もしなかった。
ただ、黙って僕の頭の上に手を置いた。
――辛かったな。
その手が言っている様に思えた。
それが、逆に――酷く堪えたのを覚えている。


今でも、鮮明に思い出す。
あの時、彼女が言った台詞を。
死の淵に立ちながら、僕に手向けた台詞を。
僕に、手向けてくれた台詞を。
「……ユイ、君は強い人だけど、あたしはその強さが心配だよ」
「人は……強いだけじゃ生きていけないから……」
「だから……だから、もっと優しくなって?」
「他人にだけじゃなくて……君自身に……もっと優しくなって?」
「それが、わたしの……わたしの最初で最後のお願いだよ」

彼女は、最期に願った。
僕の手の中で。
自分自身の血と僕の血で染まりながら。
それでも笑顔で。
僕に。
何も分かっていなかった僕に。
たくさん傷つけた相手に。
自身を殺した相手に。
自分に優しくなれと。
願ったのだ。
願ってくれたのだ。

その笑顔は今までずっと向けられてきたものと何も変わらなくて。
その笑顔は優しすぎて。
その笑顔がまるで、僕の罪を全て洗い流してくれるようで。
だからこそ、僕は自分を許せなかった。
そして、今も許せないで居る。
自分に優しくなど、なれようはずも無い。
こんな男に、優しくされる資格などあるはずが無い。
彼女の最期の願いを、聴けずにいる。
最後まで――今も――彼女を傷つけたままでいる。
今の僕を見たら、彼女は悲しむだろうか。
それとも、怒るのだろうか。
それとも――。
それでも、僕は――。


それから暫くして、僕は一人称を変えた。
言葉遣いも、できるだけ丁寧なものを使うように心掛けるようにした。
自分自身には優しくなれなくても。
せめて、他人には優しくなれるように。
無自覚な悪意で人を傷つけないように。
最後まで優しく出来なかった彼女への分まで。
他人に優しくなれるように。
それが、僕から彼女へ出来るせめてものことだから。


そして、あれから三年。
今も僕は剣を振るい続けている。
例え、どれだけ傷つくことになっても。
例え、それが血塗られた道でも。
例え、地獄へ堕ちることになっても。
例え、その先に彼女が待っていなくても。
きっと、これからも、この剣を振るい続けていく。

彼女はそんなことを望んでいない。
分かっている。
それでも。
僕のような人間を。
彼女のような人間を。
これ以上生み出さない為に、剣を振るう。
一人でも多くの人を守る為に、この身を血に染めて、剣を振るって往く。
それが、僕の出来る――僕の出来る唯一の、彼女への贖罪なのだから。


xyz


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ちなみに
小景25kb
本編合計43kb
笑うしかないね。

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