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『変珍斎日乗』(惨)。コミュの『かしゃく』(2008年03月10日)。

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■空襲の記憶を未来に、B29搭乗の元米兵から寄付続く
(読売新聞 - 03月10日 14:53)


今年も、「3月10日」が来た。そんな中で、『時節もの扱い』(苦笑)でこの記事が。


だが、『肝腎な部分が』mixi紹介分では【スッポリと抜け落ちている】のである!歴史認識
すら、此処の事務方は【常識知らず】であることを改めて痛感してしまう−で、全文引用。


一晩で約10万人の市民が犠牲になった東京大空襲から、10日で63年。

 当時の惨禍を語り継いでいる「東京大空襲・戦災資料センター」(東京都江東区)に、米国から寄付を送り続けているB29爆撃機の元パイロットがいる。

 爆撃中に撃ち落とされて捕虜となり、東京大空襲の夜は味方の襲撃に命を脅かされた。1人の人間を加害者にも被害者にもしてしまう戦争の非情さを知る元兵士は、その記憶を未来に伝える意味を感じている。

 この元兵士は、サンフランシスコに住むレイモンド・ハロランさん(86)。日本の真珠湾攻撃に憤って軍隊に志願し、1944年末からB29のパイロットに。4回目の出撃となった45年1月27日、茨城県上空で撃墜された。パラシュートで着地すると、群衆から袋だたきに遭ったという。

 3月10日未明の大空襲は、東京・九段の憲兵隊司令部の独房で、手足を縛られた状態で迎えた。屋根などが燃え熱風や煙が立ちこめた。「とても恐ろしくて、最後の夜になると思いました」

 大空襲からほどなく、動物園に連行された。裸でオリの中に放り込まれ、鉄格子越しに市民の目にさらされた。「自分の町を爆撃した敵を、見せしめにしたかったのでしょう。生涯で最も屈辱的な出来事でした」

 終戦で解放された後も、捕虜時代の記憶に苦しめられた。精神を病み、1年近く入院したこともある。

 84年以降、日本を何度も訪れるようになったのは、その悪夢を断ち切りたかったから。自分を撃墜した旧日本軍のパイロットや、空襲被害者から話を聞いたり、広島、長崎で原爆の傷跡を目の当たりにしたりした。被害者としての日本人を知るうちに、憎しみが和らいでいくのを感じた。

 戦争被害の聞き取りを続けている作家の早乙女勝元さん(75)と知り合い、早乙女さんが館長を務める資料センターに、毎年200ドルの寄付をするようになったのは2004年からだ。

 互いに敵として戦った溝が埋まったわけではない。ハロランさんは今も「祖国のために日本を攻撃したことに後悔はありません。戦争がまた起きたら戦うでしょう」と言い切る。昨年10月の来日時には、大空襲に関するセンター制作のビデオについて「大空襲だけ映すのは偏っている」と批判、早乙女さんも「10万人の人々が死んだのは、客観的な事実」と反論し、互いに気まずいまま別れた。

 だが、先月4日には例年通り、ハロランさんから200ドルの小切手が届いた。「わだかまりは消えないが、忌まわしい戦争の記憶を、未来に伝えることは重要だから」とハロランさん。早乙女さんは「被害者の痛みは加害者には容易に通じない。だが地道な交流により、二度と戦争は起こさないという気持ちは共有できる」と話す。ハロランさんも語る。「平和を守ることが唯一の答えなんです」

(2008年3月10日14時49分 読売新聞)


現在、『明日への遺言』という映画が公開されている。この映画の主人公は、「捕虜虐待」
の罪で処刑されたB級戦犯・岡田資中将。彼は裁判で、「米軍の無差別爆撃こそ犯罪だ」と
『法戦』を挑んだ。その「指揮官としての才覚」と『部下に責任を負わせなかった』点には
賞賛を覚えるが−【肝腎な問題】が視点からスッポリと抜け落ちている−その【肝腎】とは

「捕虜の取り扱い」に付いての国際協約・いわゆる『ジュネーブ条約』に関する部分だっ!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%B4%E6%9D%A1%E7%B4%84


「この条約」を、旧日本軍は『あの戦争』に於いて【一貫して無視して来た】事実がある。

記事の中にある、『大空襲からほどなく、動物園に連行された。裸でオリの中に放り込まれ、鉄格子越しに市民の目にさらされた。「自分の町を爆撃した敵を、見せしめにしたかったのでしょう。生涯で最も屈辱的な出来事でした」』
は、まさに【捕虜虐待の一例】。加えて、「味方にも告知しなかった」重大な過失があるっ!

1941年1月、東條英機陸相が訓示した【戦陣訓】。この中にある「ある言葉」がその象徴だ…。

「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」。

「この一文」のため、本来【死ななくてもよかった兵士】が『病死や餓死で』斃れて行った!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E9%99%A3%E8%A8%93


もうひとつ注目すべき文が。『「祖国のために日本を攻撃したことに後悔はありません。戦争
がまた起きたら戦うでしょう」と言い切る。』すなわち彼は【兵士の矜持は捨ててない】!

にも拘らず、『寄付を続ける』姿勢と「平和を守ることが唯一の答えなんです」なる言葉。


「対外派兵」や『憲法改正』に血道を上げる【政治ブローカー】は素直に聴いて欲しいけど。

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