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音楽の起源と歴史コミュの古代ギリシャの音楽

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音楽には人の道徳的な性格におよぼす深い影響力(ethos)があると考えられ、青年の教育の不可欠な一部とされていたのもうなずける。

古代ギリシアの音楽は、詩とともに、総合芸術ともいうべき悲劇や喜劇の構成要素であって、これらはみな市民的な祭事・祭典の行事として、ポリスの管理のもとに行われたのである。

音階には7種類(ミクソリュディア旋法、リュディア旋法、プリュギア旋法、ドリア旋法、ヒュポリュディア旋法、ヒュポプリュギア旋法、ヒュポドリア旋法)があったが、これらはいずれも歌い下げる音階として理解されていたことなど、古代ギリシアの音楽が叙事詩的な朗唱の旋律型から出発したことを物語っている。したがってまた、歌詞や動作(舞踏)から離れて、音楽そのものを鑑賞するということもほとんどなく、器楽も未発達であった。

harmonyの語源をなす、harmoniaとは、古代ギリシアにあっては、複数の音の同時的な響きにあるのではなく、継時的な音(音節)と音(音節)との取り合わせを意味するものであった。




★3つの讃歌

1)デルポイで発見された二つのアポロンの讃歌。
 1892年、WeilとReinachが、アポロンの聖地デルポイにあるアテナイ人の宝庫跡で発見した大理石に刻まれていた。
 デルポイでは、オリュンピア祭に次いで重要なピュティア祭が開かれ、アポロンを讃える歌が競演されたが、これらの曲はそこで賞を得たものらしい。
 第1の讃歌(apollo.aiff.sit.816K)は、前138年ころの作。

 第2の讃歌は、アテナイ人リメニオスが前128年ころ作曲し、ピュティア祭で歌われたもの。現存する40行は、定型にしたがい、まず、アポロンのことを歌うようムーサ神に呼びかけ、大蛇射殺などのアポロンの事績を叙述し、最後に、アポロン、その妹アルテミス、その母ラトナにローマの支配権の永続を祈って終わる。

2)Seikilosの歌(seikilos.aiff.sit.187K)。
 1883年、Ramseyが小アジアのレストランの石柱に刻まれているのを発見した最も魅力のある小品で、推定年代は前2世紀または前1世紀といわれる。
 もとは墓碑で、前書きからエウテルペーの息子のセイキロスという人物が、親族のためにこの墓碑をたてたことがわかる。


3)太陽神への讃歌。
 クレタの楽人Mesomedesが紀元後130年ころに作曲したものと伝えられている。ビザンティオンのいくつかの写本で伝えられていたものを、1581年、ヴィンツェツォ・ガリレイ(ガリレオの父)が公にした。
 この曲は25行から成り、前の6行はアポロンへの呼びかけであり、音符はつけられていない。音符をともなう後の19行は、太陽神が太陽の戦車を駆って大空をめぐり、星々のコロスがオリュンポスで舞い、月が四季を導くと歌っている。


○参考HP
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/ancients/muse1.html

コメント(2)

2)Seikilosの歌(seikilos.aiff.sit.187K)について

 1883年、Ramseyが小アジアのレストランの石柱に刻まれているのを発見した最も魅力のある小品で、推定年代は前2世紀または前1世紀といわれる。
 もとは墓碑で、前書きからエウテルペーの息子のセイキロスという人物が、親族のためにこの墓碑をたてたことがわかる。

歌詞を直訳すると、次のようになる。


生あるかぎり 輝いてあれ
君よただただ 苦悩をやめよ。
人生は束の間、
時の取り立てが待っている。
7種類の音階について


古代ギリシアの詩が、音節を最小単位とすることは、英詩と軌を一にしている。しかし、古代ギリシア人は、音節の強弱ではなく、その長短に韻律(rhythmos)を見出していた点で、英詩とは大きく異なる。

 短い音節は(音楽でいえば)1/8音符に相当し、これを拍と呼ぶ。長い音節はその2倍すなわち1/4音符に相当する。そして、これら長短の組み合わせによって、次のような基本的な単位――これを脚(pous)という――を構成する。

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