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早稲田大学一文◆文芸専修コミュの文芸は出たけれど

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何かを目指して、あるいはやさぐれて、
文芸専修に入ったけれど、出たけれど、
みんなその後は一体何をやっているのかな?
またはこれから何をやりたいのかな?

就職活動がらみのトピックがあるのをみて、
なんだかここにそれがあるのが意外な感じがしたので、
ちょっと聞いてみたくなりました。

コメント(15)

私の場合は出版社に入り、
経済誌記者として15年、
デスクとして3年半、
マネー誌に移って1年半。
計20年です。
ずっと同じ会社にいます。

文芸の友人は、
出版社員、大学職員、イラストレーター、役者、ライターといったところでしょうか。
あんまり継続的に交流がある人間はいないのですが。
僕の場合はテレビ雑誌を作っている会社に入り、
週刊誌・隔週刊誌・月刊誌のラテや解説記事を書く記者を4年やり、
隔週刊誌の編集を半年やり、
月刊誌の創刊に携わり、その編集を1年やり、
でもこの会社が嫌になって退職。
去年の今頃、中途採用試験を受けて、
北海道のテレビ局にUターン就職し、
今年から報道記者をやっています。
前の会社は6年ばかりいたことになります。

文芸の友人は、
はっきりいって友人が皆無だったので(苦笑)、
よくわかりません。
ただ、当時の先生が北海道出身ということもあり、
親しくさせてもらっていて去年の夏頃に飲みました。
久間十義先生です。
久間先生の紹介で、テレビ誌にもかかわらず
猪瀬直樹氏に取材をできたのが懐かしい。

人生、そんなに悪くない。捨てたもんじゃないです。
文芸だと語学のクラスの友人がそのまま上がるとかよほど
授業で気が合う奴を見つけない限り、そのままあっさり
卒業してしまう感じですね。私もここで久々に文芸の人たちに
出会えるまでは全然でした。

私は普通に会社員をしたあとIT系の仕事にずるずると
はまってそのままといったところです。これはこれで
気に入っているものの、学生のときあまりのめりこめなかった
創作活動に今頃になって心が傾いています。

でもまあ、一本道ばかりではないし、この先もきっと
いろんなものに目移りしながらw歩いて行くのもいいかなと
思って(もしくは思うようにして)います。

一度、学年関係なくmixiで文芸オフというのも面白いかも
知れませんね。幅が広い集まりになりそうです。
>mixiでオフ会
それはたのしそうですね。在学のわたしも聞いてみたい人生の紆余曲折が皆さん引き出しいっぱいありそうですねw

現在管理人が日本にいないのでどなたか企画してくれないかな〜>>他人任せ
要検討ですね!!鬼火様、ご提案ありがとうございます。
宝石製造卸会社ーエンジンオイル製造販売会社ー天窓セールス
カンパニーー業務用洗濯機・乾燥機のセールスカンパニーー
緑茶の製造販売会社・・・転職4回で5社め。ま、文芸出身には
こんなやつもいます。ジャーナリストの勝谷誠彦と、語学と
卒論が同じクラスだったのが、ちょっとした自慢。一般の
会社で文芸の力を発揮するといえば、ゴルフの社内コンペの
ときに、馬の名前と寸評を書くくらい。さびしー。
やっぱり物書きになるんだったかなあ。
文芸の友人はいません。
何しろ、授業にほとんど出てなかったものですから。

むしろ、仕事関係で出合った文芸出身者のほうが多いかも。
もう卒業して20年以上だけど、
ぞっと出版の仕事しているけど、
一番多かった時には、
編集部内に、5人の文芸OBがいた時期があります。

週刊誌→週刊誌→月刊誌→隔週刊誌→月刊誌(合計3社)を経て、フリーランスでやってます。
2004年3月卒業のものです。僕の場合は、マスコミ45社落ちて、銀行1社受かり、興味もないとこに行くのかとやけ酒を飲み、競馬にはまっていた卒業前の2月、地元のマスコミから追加採用の電話が入り、今はかろうじて記者やってます。
 文学部の友達は元気にしているのかなあ。もっと有意義にすごせばよかったと思うきょうこのごろです。あと、文芸時代に書いた小説を読み返して、過剰な修飾語や比ゆ表現が多いことに気づき、手直ししてます(笑)
2000年卒です。
卒論は多岐祐介先生に見ていただきました。多岐先生とその教え子の方々とは今でも連絡をとっています。

卒業後某大手スーパーに就職し、魚売場に配属になりました。その後一度異動になりましたが、今でも魚を切っています。
就職活動のころは本音では働きたくなかったのでそれがバレたのでしょう。たくさん落ちました。あのころは就職も厳しくて周りでも希望通りの就職は少なかったようです。

ペンをもってじっくり考えていた学生のころとは違い、一日中走り回って魚を切ったり売場で売り込みをしたりという毎日ですが、表現するという点に関しては重なるところもあります。

卒論で書いた原稿用紙330枚の小説世界がその後の自分の大きな支えになりました。今でも大切な宝物です。いまの目標は卒論よりももっと大きな形となるものを表現すること。それはおそらく小説ではないと思いますが。
96年3月の卒業です。
まさに表題通り「文芸は出たけれど」って感じ。
就職活動なんざろくすっぽせず、ゲーム製作会社でライターデビューを目指していたら会社が倒産(今復活してんのかな)。
ほかに仕事のあてもないもんで、そのままなしくずしに、バイト先の塾に正社員として就職。その後紆余曲折ありましたが、現在塾講師生活11年目。

いつかはモノが書けるといいなあ……。
95年卒です。

卒業後広告代理店に就職するも半年で退社。
その後、勉強してなぜか国家資格を取得。
修行時代を経て現在独立しています。

かつて想像してた未来像とはあまりにもかけ離れていて
戸惑うこともありましたが
最近はまあ人生そんなもんかと受け入れています。

文芸の友人はいませんが、友人・後輩で文芸はいました。
いずれも女の子で、卒業後はみんな普通にOLになりました。
98年入学、02年卒です。
その後、日芸の大学院でオタク論を惰性で書いて修士もらって、
親戚のつてというかコネで大手出版社に出入りして
フリーで漫画編集者やってます。
我ながら適当に生きてるなぁとか思いつつ
一応物書きになる夢は捨てずにいます。
とりあえず漫画原作者になるのもいいかもなぁ。
何年度卒かはわすれましたが、今年27歳です。卒業後すぐ地元の役場に就職して5年目です。ちなみに役場以外どこもうけてませんでした。就職活動してませんでした。職安に登録するつもりでした。
卒論は佐藤先生でした。何枚かの詩です。在学中は宮内勝典さんといろいろ語り合いました。
創作はつづけていますが、一番の創作は子育てです。家族は最高の共有者だということが卒業してわかりました。
大学時代の友人は、フリーターだったり放浪者だったり鬱病だったりモラトリアムだったり、なにか虚ろなものを抱えて葛藤してます。
私は迷いはありません。こどもが大きくなったら家族で創作をします。。

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