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NAZIの脳内コミュのショートストーリー過去作

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過去の自作TRPG連作の導入部として作成したショートストーリー

小説展開ではなくTRPG本編への導入のために作ったので続きはありません
(というかプレイ本編が「続き」であり身内セッションのため公開を前提としていなかったため本編のほうはなにも記録がないです)
げっそり

コメント(10)

【始まりは認識から】

 一番古い記憶。
 
 私の世界には私が最初から居た。

 世界が私を認識したのか、私が世界を認識したのか…
 どちらなのかわからないけれど、とにかくいつからか私は居たのよ。

 私が私を私と思うようになったのは春だったの。
 だから私は最初自分も春なんだと思ったわ。

 でも夏になっても私が夏にはならなかったからすぐに違うって気づいたけど、それでも私が私になった記念に自分の名前をハルにしたのよ。

 こういう言い方をすると決まって皆怪訝そうな顔をするわ。

 不思議ね。
 みんなどこまで自分でどこからが自分じゃないのか知ってるのかしら?

 思い通りに動かすことができる部分までが自分?

 それならお料理のときに握る包丁も自分の一部ね。でも、「飛びたいな」って思ってるのに、思うままに飛べない私の体は自分じゃないってこと?

 ご両親から授かったその体が「自分」の範囲だよ。ですって?

 じゃぁ父さまや母さまじゃない人からもらった知識は自分に含まれないの?
 先生やウサギや樫の木が教えてくれるいろんなことは自分とは別のところにあるの?



 何べん聞いても分からなかったし、誰も答えてくれなかったわ。
 でもあるとき先生がちょっといいことを教えてくれたの。

「ハルくん。私はキミかね?」
「いいえ、先生。あなたは私ではありません」

「父さまや母さまは?」
「父さまも母さまも私ではありません。でも…」

「たまたま出会ってないだけでどこかに<私>がいるかもしれない、だろ?」
「はい」

「では旅に出るといい。森では出会えないいろんな人に出会って、もしかしたらいるかもしれない<私>を探してみなさい。きっとたくさん得るものがあるよ」

 今から思えば体のいい厄介払いであろうけど、そのころの私にすれば目の前の霧が晴れる思いだったわ。

 だから私はその日のうちに荷物をまとめて森を出たの。南に行けば森が終わって<街>というところに行けるのはずっと前から知っていたから。




【見知らぬ同胞】

 メフィス=クラレンスは町暮らしがながいエルフだ。町の暮らしが長いとはいえ当然エルフ独特の言語を理解することはできる。
 しかし共通語に慣れすぎていたために、街中で不意にエルフ語で話しかけられて慌ててしまった。

 その一瞬の逡巡を聞き取れなかったのだろうと解釈したのか、彼に声をかけた小柄な女性はもう一度エルフ語の問いかけを繰り返した。

「見知らぬ地、此の方にて巡り逢うた同胞よ。願わくば道と糧を授けたまえ」

 要するに道を教えて、ついでに飯をおごってくれと言ってるのである。
 とはいえ別段目の前の女性があつかましい、というわけではない。
 森に住まう身の者なら誰もがこうして同胞の手を借り、またその借りを別の同胞をもてなすことで返している。

 町の暮らしが長いメフィスはこの習慣からは長らく遠ざかっていたため、一瞬答えに窮したのだ。

 相手が人間の物乞いなら無視して通り過ぎるところだが、声をかけてきたエルフの女性は長らく旅をしてきた様子だし、何よりも町に溶け込んでいなかった。

 察するに森から出てきたばかりなのだろう。
 ウィザードハットを被って黒猫をつれているところを見ると彼女は魔法使いなのだろうが、何でもかんでも精霊と結び付けて考えたがるエルフにしては珍しい選択だ。

 魔法使い、と一口に言っても実はいくつかの系統があり、おのおの特徴がある。
 一番顕著な差は、その力を行使する「元」の違いだろう。「魔法」はその力の根源ごとにおおむね3つに区別される。
 神に祈って奇跡を起こす神聖魔法。
 真言で世界の法則を変えるルーンマジック
 精霊と呼ばれる自然に宿る力を借りる精霊魔法だ。

 普通自然の中で暮らすエルフは自ずと精霊に親しみ、精霊魔法を覚えてゆくものだが、目の前の女性は学術的と表現されるルーンマジックを習得しているようだ。

(森の連中は異端分子をすぐに外に放り出すからな…この娘さんもその口か)
 かくいうメフィスも森の万事において受け身な姿勢に嫌気がさして飛び出した身、まったく垢抜けない目の前の女性に森を飛び出したころの自分が重なって見えたのか、苦笑いを見せ、不慣れな町は難儀でしょう、案内しますよ。とわざわざ人間の言葉で言った。







【短絡的思考回路】

 寝坊した日の昼下がり。ニムは上機嫌だった。(基本的にいつでも上機嫌なのだが)

 おーなかすいたぁね。ご〜はんご〜はん〜
 にゅ? あそこにいるのメフィスにゅ。
 何をやってるんでしょねー、って女連れですよ奥さん!

 うわぁー見たことないキレイな姉ちゃんと一緒に歩いてるにゅ。
 これはもう追跡リサーチャー決定。決定決定大決定〜

 そういうが早い、彼は身をかがめ、浮き立つようなつま先歩きを始めた。
 今までのパタパタというかしましい足音がふっと消える。
 そのままニムはすべるように前を歩く二人連れに近づいていった。

 むむ、カドを曲がったぞー
 急速旋回!

「せんでいい」
 その言葉を聞き終わらないうちに脳天に鈍い痛みが走り、一瞬遅れて「ごっ」というこれまた鈍い音が聞こえた。

「ぐ、ぐーぱんちはひどいにゅ。のーみそ割れるにゅ・・」
 たまらずもんどりうちながらニムが抗議する。

「人の後をつける様な姑息な真似をするからだ。それが神のしもべのすることか?まったく」
 そんな抗議の声は聞き流し、やれやれといった様子でメフィスはつぶやく。

「おいらは自分が好きだから神さん拝んでるだけにゅ。説教くさいのは嫌いにゅ。それにしてもメフィスずるいにゅ!」
「はぁ?」

 何がどうずるいのかメフィスに思い巡らすひまも与えずにニムはわめきたてる。

「そんな美人と知り合いなのを黙ってるなんて水臭いにゅ、紹介するにゅ。独占禁止法違反反対にゅ、談合!ヤミカルテルにゅー」

 そのまま放っておくといつまでも騒いでいそうなのでメフィスはとりあえず手近な軽食屋に二人を連れて入った。

連れて入った、というより抱えて連れ込んだといったほうが正しいかもしれないが…


 そんなやり取りを見せ付けられながらもエルフ娘はまるで動じた様子もなく楽しげにあたりをきょろきょろと見回しては一人うなづいていた。

 とりあえず席につくと、メフィスはいまだに談合反対とかダンピングだぁなどとよくわからない抗議を続けるニムに事情を説明した。

「そういうわけだから別に知り合いでもなんでもないんだよ…」
 そういってからメフィスはこの娘のことを何も知らないことに改めて気づいた。
「ってそういえば名前も聞いてなかったね、私はメフィス。共通語ができないならエルフ語でもかまわないよ?」

「大丈夫よ、一通りは勉強したから。でもエルフ同士で人間の言葉を喋るのもおかしな話ね」
娘は思ったより流暢な共通語でそう答え、
「私はハル。同胞メフィスの歓待に・・・」
とエルフ語で続けようとしたのでメフィスはそれを遮った。

「待ちなよ。共通語ができるなら人間の町ではそれを話したほうがいい。姿が違うだけで目を引くのに、その上よくわからない言葉で話すようなよそ者エルフは人間の町では嫌われる。経験者が言うんだから間違いない」

 彼自身町に出たばかりのころは言葉でかなり苦労した覚えがあるためか、語気は少々荒かった。とはいえそれも相手を思いやってのこと。そのことを感じ取っのたかハルは

「じゃぁ改めて、私はハル。ごちそうありがとね」
とすばやく共通語で返した。
【腕前の程】

 物怖じしないニムの元気いっぱいな発言と何を聞かれても迷惑がらないハルの性格のおかげか、食事の席での話はかなり弾みハルは二人とすっかり打ち解けていた。

「そういえばハルはどうして町にきたにゅ?」
 不躾な質問だがニムには他意がないため嫌味はない。

「んーとね、自分がどこまでなのか知りたかったの」

 この答えの意味をニムもメフィスも誤解した。
 ハルは<自分>という存在はいったいどこからどこまでを指すのか、という哲学的な疑問の答えを探すために見聞を広げようと旅に出たのだが、二人はこの言葉を自分の力量がどこまで通用するのかを試したがってる求道者のそれと勘違いしたのだ。

「その口ぶりだとかなり修行を積んでるみたいだね、よかったら腕前の程を見せくれないか?」
「うんうん、姉ちゃんの魔法見てみたいにゅ」

 今の話がどう修行とつながったのかハルには理解できなかったが見せて減るものでもないし、自分の修めた修行の成果を人に見てもらうのは悪いことではない。
 そう判断してハルは息を整え、ゆっくりとルーンを紡いだ。

 言葉には世界を改変する力がある。

 たとえばそばにいる友人に「そこのペンを取ってくれ」と言ったとする。
 するとそのペンは発言者が手を触れずとも手元に届くだろう。

 あらゆる魔法の原点はつまりそういうことだ。

 ハルがいまルーンを紡いで語りかけている相手は<マナ>と呼ばれる世界を構成する最小の要素だ。
 ハルに限らず、ルーンマジックの使い手たちはマナに語りかけて世界をほんのすこし改変することができる。

 ルーンの詠唱が終わると不意にハルの周りの景色が歪んだ。
 薄い膜のようなものがハルを包み、まるで水中にいるように向こう側の景色がぼんやりと見えた。

「お、<めくらまし>の呪文だね。ははは、うまいうまい」
 <めくらまし>はきわめて初歩的な魔法だが、森から出てきたばかりの田舎娘が見せるには十分賞賛に値する物だ。メフィスは素直に感心していたが、ハルはいたずらっぽく笑うと

「これだけじゃないのよ。メフィス、あなたの剣で私を切ってみて」
そう促した。

 メフィスは一瞬戸惑ったが、おそらくは<めくらまし>の応用の変わり身の技でも見せてくれるつもりなんだろう、と思って軽く剣を突き出してみた。
 むろん万が一を考えて剣の平を向けて押し付けるように、だ。

 そして驚愕した。
 肩のあたりを右から左へ薙ぐように剣を動かしたのに剣はハルに触れることなく通り過ぎていったのだ。
 <めくらまし>でつくった幻は普通触ると消えてしまう。つまりはもっと高度な魔法だったのだ。

「<空間湾曲>!すごい…見るのは初めてだよ」
「にゅにゅ? 何だかわかんないけどすげー、姉ちゃんかっこいい〜」

「ふふふー ちょっとしたものでしょ?」
 誉められて気を良くしたハルは芝居かかったしぐさで大げさに胸を張ってみせる。

「魔法にはちょっと自信があるからね、とりあえずはこの町で人間の世界の通貨を稼ごうと思うの。森でも魔法の先生だったんだよ」

「いや、それほどの腕前なら魔法の先生なんかよりずっと稼げることがある。なぁニム?」
「にゅ? ってメフィス、この姉ちゃん誘うの?」

「なんだ? 反対か?」
「とんでもない。思いつかなかったにゅ。ナイスアイデアーにゅ Goodjob!Goodjob!」

 二人が何を話しているのかは皆目見当がつかなかったが二人とも楽しそうなのでとりあえずハルも首をかしげながら笑っておいた。

「何のおはなし?」
「ふふー そのうち分かるにゅ、要するに今晩はおいらたちのおごりってことだにゅ」

 ますます訳がわからなかったが、森にいるよりはずっと刺激が大きい。
 やっぱり旅に出たのは正解ね。
 そんなことを考えながらハルがはじめてみる街の夜は深けていった。
【日常の景色】

「はい、ここまでね。次は明日だよー」

 夕闇の迫る乗合馬車の駅で陽気な馬丁の声は非情に響いた。
 大都市エルセアはいつでも人であふれている。近隣の町からここへ来る者、ここからよそへ行く、あるいは自分の村に帰るもの。
 そうした人々の足は自由都市連合が運営する乗合馬車であることがもっぱらだ。利用する人間が多ければ乗る人数にも自然と制約が出てくる。

 だから馬丁は適当なところで乗り込む人数に制限をかける。

そういうわけで、ライルたち一行は早々に席を確保できた二人と、折悪しく乗り逃した3人に分断されてしまった。

「だぁぁ、なんて薄情な連中だ。乗り切れないなら降りてこっちに合流すりゃいいのに!」
 目の前で列を切られたライルは極めて不満げだ。

「つめればもう少し位乗れそうだったのにね…」
 ライルほど露骨ではないが連れ合いのタリスもやはりがっかりしている。

「ぷぷぷ、あの状況でオソノさん乗せたら床が抜けるザンス」
 目ざといヤィミはとっくに列の数を数え、自分が乗り切れないことに気づいていたためか、まだ軽口を叩く余裕があるようだ。

 その軽口の対象になったタリス無言を装いながらも、重いのは私じゃなくって鎧ですからね、とこっそり反論した。


 ソーノ・タリス・レーデンは冒険者だ。仲間からはオソノさんと呼ばれている。

 ここ自由都市は人と物があふれる大都市ゆえにイザゴザや野盗、盗人の類が絶えない。
 彼女やその仲間たちは基本的にはそうしたトラブルを(主に武力で)治めることで報酬を得て生計を立てている。

 もっとも、ライルをリーダーとした今のパーティーはそうした仕事をこなしながらも気ままに旅をしたり、時々遺跡やら洞窟にこもっては一攫千金を狙ったりと結構いいかげんに日々をすごしている。
 このあたりが「傭兵」ではなく「冒険者」を自認する理由であるし、性格も信条も種族さえも違う五人が上手くやってゆける所以だろう。


「で、どうする?」
 ライルはあまり感情を引きずらない。さっさと気分を切り替えて仲間を振り返る。

「ま、こんなことだろうと思って宿はもう押さえてあるザンス」
 待ってましたとばかりにヤィミは胸をはってトレードマークのドジョウひげを引っ張りながら誇らしげに言い放つ。

「おっ、よくやった。ナイスだ。」
「いい手際ね。でも馬車に乗れてたらどうするつもりだったの?」

「予約はただザンス〜」

「・・・・・・・・・・」
タリスは苦笑いをこらえながらヤィミの案内する今日のねぐらに向かった。
【やっぱり日常の景色】

「はいここまでねー、次は正午だよー」
 今日も乗合馬車の馬丁の声が駅前に陽気に響く。

「…っふ」
「なに勝ち誇ってるのよ」
「今日は最後の3人にぴったりは入れたからうれしいんじゃないザンスか?」

「地味な喜びねぇ…」

 なんか、いいたい放題いわれてるなぁ
 ま、いいや。

 こいつに乗ってしまえばあとは寝れればアレスに帰れる。今回の報酬は本部払いだからな。とにかくアレスに戻らんことには始まらない。いいかげん旅費も尽きてきたし…

 ライルがそんな取り止めのない皮算用をしているうちにも馬車は進み、やがて夕闇も迫るころには今日の野営地まで峠をひとつ残すのみになった。

 旅の疲れと馬車の定期的な振動でライルはすっかり夢心地だった。しかしリラックスと油断は違う。彼は、いや彼らはとっく気付いていた。

「何人だ? ヤィミ」
 何の前置きもなく、あくび交じりにライルが尋ねる。

「12人。3・3並走。6先ってあたりザンしょうネ」
「ライル、展開は?」
 突然はじまった主語のない会話にも仲間たちは普通についてくる。
 そんな不思議な会話と、おもむろに荷ほどきを始めた3人に乗客の視線があつまる。

 そんな視線をそよと受け流しながら3人は荷物の中から武具を取り出し身に着ける。本来乗合馬車は非武装が原則。乗客たちがざわつき始めたが、ライルはよく通る声でざわめきを遮った。

「オソノさん右ね。俺は左やる。イヤミは御者やって。あと状況説明よろしく」

 ライルの声は不思議とよく通る。戦場や人ごみの喧騒に負けないのだ。けして大声というわけではないが、その声には不思議な説得力がある。今もそういっただけで乗客たちはイヤミと呼ばれた男の説明を聞く体制になっていた。

「はーい、皆さんご清聴を。えー今、この馬車はよくわかんない連中に囲まれつつあるザンス」
 ここで言葉を止めてしまえば乗客がまた騒ぎ出すのは目に見えてる。イヤミは意識して間を開けないしゃべり方をして次の言葉を急いだ。
「そこで!ミーたちが連中蹴散らして皆さんに安全な旅をお約束するザンス」

 だから静かにしててねぇ、としめながらヤィミは御者の方に向かい、その席を自分に寄越すように指示した。

 そのままヤィミはするりと御者の席につくと、左右の手でなにやら別々の作業をこそこそやりながら仲間に手際を告げる。
「事故ったフリして急停車。寄ってきた別働隊を先にやって後からくる本隊をここで迎え撃ち。OK?」

 ライルとタリスがうなづいたのを確認するや、突然馬車を引いていた馬が転倒し、馬車が急停車した。

「さすがにいい手際だなぁ、馬車の止め具をはずしておいたのか」
「あれやっとかないと馬が転んだときに馬車も転がっちゃうからねぇ」
「んじゃ、ま、これからは俺たちの見せ場ってことで」
「はいはい、リーダー。まっかせて」

 脈絡も打ち合わせもない。まったくなし崩しに自分たちの数倍の人数に立ち向かおうというのに彼らは平生だった。気負ってる様子も、覚悟を決め込んでる悲壮さもない。

なぜか?
彼らは年こそ若いが間違いなく一流に属する冒険者だ。一流の冒険者にとってこの程度のトラブルはもはや日常の光景なのだ。

【計算どおりの計算違い】

 こうも都合よくことがはこぶとは。
 斥候隊のリーダーは自分のツキに感謝した。

 今日は久々においしい獲物にありつけた。乗客が乗り込む段階から見張っていたが、武器と思しきものを持ち込んだ乗客はわずか2人。
 ほかに武器を持っているヤツがいたとしてもせいぜいナイフ程度であろう。おまけに馬が転んで道の真ん中で立ち往生していやがる。

(こりゃ俺たちだけでいけるな・・・ 先にやってちょいと荷をちょろまかすか。)

「おーし、野郎どもいくぞ!」
「へ? アニキ、親分にはまだ伝達してませんよ?」
「馬鹿野郎!俺らだけでやれば分け前がふえるだろぉ?」
「おぉ! さっすがアニキだ」

 この「アニキ」が犯したミスは3つ。

 功名心に逸るあまり少数で当たったこと。
 馬の転倒が仕組まれたものだということに気づかなかったこと。
 そして戦力には数のほかに「質」という要素があることを失念していたことだ。


 ここぞとばかりに暗がりから飛び出してくる盗賊たちをライルは馬車のほろの中から冷静に見詰めていた。
(左の男…荷物が軽装だな。つまり荷物を持たないでいい立場。…やつが頭か)
ライルは手早く敵のリーダーに目星をつける。それがわかれば話は早い。

「そこの馬車ぁ!抵抗するな!おとなしく荷物をよこせば何も命までとはいわ」
「アニキ」のセリフはそこまでだった。

 ほろを内側から切り裂きながらヘリを蹴って飛び上がったライルの剣は口上を挙げている「アニキ」の頭を兜ごと半ばまで断ち切っていた。

 ライルの剣は長い。170センチはある長大な武器だ。ほかの戦士たちが使うものと違ってすこし反っている。
 むしろ剣士たちが好んで使う曲刀に似た作りだが、もっと無骨で破壊的だ。

 いきなりリーダーを討たれて慌てかけた盗賊たちだが、ひとつの勝機を見つけて踏みとどまった。
 長すぎるのだ、目の前の若い戦士が振った武器は。あれを振りぬいてしまっては次弾までにかなり間があく。そこをつけば…

「兄ちゃんよぉ、乱戦で長剣は振り回さないほうがいいぜぇ!」
そう叫びながら二人の盗賊が左右からライルに迫る。

 しかしライルは「アニキ」を斬って着地すると同時に横なぎに剣を払って迫る二人のうちより近いほうを正確に討ち取り、返す刀でもう一人の喉を貫いた。
 普通なら考えられない剣捌きだ。

「長剣じゃないぜ、カタナってんだ。知らないだろうがよ、カタナは振りぬかないんだよ。だから敵を斬るために反りが入ってるのさ、って聞いちゃいねぇな…」
 こともなげに3人を切り伏せるとライルは一人ごちながらさっさと刀の手入れをはじめた。
 すぐ後ろではタリスが戦っているはずだが駆けつけようという発想はない。

 そんな手伝いは不要だからだ。

 タリスはライルとは違って最初から馬車の外で盗賊を迎え撃った。
 オープンヘルムのプレートアーマーに身の丈の倍はある戦矛を構えた若い女性。たいていの者はこのある種滑稽ないでたちに惑わされ、彼女をあなどる。

 今日の盗賊たちもそうだった。
 彼らは鼻に笑いを浮かべ、馬車に突撃する馬の足を緩めてタリスを丸く取り囲んだ。

 それこそはタリスの思惑。
 彼女はぐっと戦矛を握り締めると腰を支点に半円を描いた。

 振りぬいてから一瞬後れて盗賊たちの馬の前足がストンと横にずれる。さらに一瞬後れて足を切られた激痛に馬が暴れだして盗賊たちは地面に投げ出された。

 戦矛を振りぬいたままの姿勢で地面にうめく盗賊たちにタリスが静かに告げる。
「反対向きに同じことすると今度はアンタたちの首が飛ぶよ?」

 それを口にするだけで十分だった。
 すっかり戦意をくじかれた盗賊どもは子供のようにいやいやと首を振り、涙を浮かべながら逃げ散っていった。



「おい、ヤィミ」
「あい?」
「別働隊を先にやって本隊をあとで迎え撃つ予定だったよな?」
「ザンスねぇ」
「本隊はいつ来るんだ?」

「もうやる気ないみたいザンスねぇ」

 当然だろう。たった二人に六人が一瞬で返り討ちに遭ったのだ。これでなお遣り合うガッツの持ち主たちならばそもそも野盗などに身を落とすまい。

 すこし暴れたりないのかライルはしきりに悔しそうにしていた。そんな少々子供っぽい様子をタリスとヤィミが揶揄する。

 唖然とする乗客たちをよそに、彼らだけが日常だった。
 ホームグラウンドであるアレスの町はすぐそばだ。町に帰ったら先に行ったメフィスとニムにこのちょっとした手柄話を自慢してやろう。
【集い】


 ハルをパーティーに誘ったのはやはり正解だった。
 馬車に乗り遅れて離れていた残りの面子と引き合わせてからまだ一週間も経ってないのに彼女はパーティーに馴染み、まるで何年も一緒にやってきたかのよう気軽に話せるようになっていた。
 ハルは探究心が旺盛で偏見がなくしかも博識で腕が立つときている。まさに冒険者になるべくしてなったという所だろう。

 これで時折発作的に起こす突飛な行動や言動さえなければまさしくパーフェクトレディといったところだが、そんな風だからむしろ魅力的なのかもしれない。

 しかし、世間知らずというかちょっと(いや、かなり)普通じゃない感覚の持ち主なのには参る… こだわりがあり過ぎるというのか少々哲学的すぎて「普通」の人間には理解しがたい発言をするのだ。

 ハルのそんなもろもろの性質ははじめて引き合わせて一緒に酒を飲んだときのライルの一言が端的に言い表している。

「おハルさんってすげぇ物知りでいい人だね。ちょっとキてるけど」

言い得て妙とはまさしくこのことか。

 っと、いけない。また深く入りすぎていたようだ。
 個人の癖なのかエルフという種族の特性なのか彼自身図りかねているが、メフィスは考え事や回顧を始めると周りのことがまるで目に入らなくなる。

 今日は久々の「仕事」のある日だ。自分の世界に入ってないで少し気を入れてかからないとな
 そう独りごちながらメフィスは常宿にしている部屋を出た。
 すると廊下の端からつながっているテラスでハルが所在無さ気に使い魔のネコと戯れているのが目に入った。

「おはようメフィス。いつもより早いのね」
 ハルは意外と目ざとく、メフィスが声をかけるよりも早く彼の姿を認めて挨拶をかけた。しゃがんでネコを撫でる姿勢のままあごをしゃくってメフィスを見やる姿は年よりもずっと幼く見える。そんな無邪気な様子を見ると未だもってハルの魔術の腕前の程が信じられなくなる。

 そんな風に思いながらメフィスが歩を進めると撫でられていたネコは今更に人の気配を感じてハルの後ろへするりと逃げ込む。
「ギギ、怖くないよ。 ごめんね、この子臆病なのよ」
 ハルは後ろ手でギギをわしわしと強く撫でながら(叱っているらしい)謝った。

「使い魔の性格は主人と生き写しか、さもなきゃ正反対になるってよく言うからね、その子はキミと違って人見知りする口なんだろうよ」
 特に気を悪くしたわけでもないし、何よりそんなハルの動きが滑稽でつい笑みをこぼしながら答える。

「で、そうそう。早起きの訳だけど、今日は仕事があるからさ」
 仕事、にアクセントを置いてメフィスは言う。

「仕事?私たちは冒険が仕事なんじゃないの?」
「それはそうだけど儲けない事には暮らしていけないからね、ここのところカラ振りばっかりだったし」

「運不運は仕方のないことよ。獲物が取れなくても猟をしに行ったなら狩人は糧を得る権利があるわ。手柄がなくっても冒険者は冒険をすれば<集い>に貢献してることになるんでしょ?」
 ハルはさも不思議そうに小首をかしげる。


 <集い>… メフィスにとっては懐かしい響きだ。
 <集い>とは森にすむエルフたちのコミュニティのことだ。<集い>はいわゆる共産的な論理によって成り立っており、すべての仕事は誰かのために行い、資本的な概念は存在しない。
 むろん貨幣に相当するものは存在するのだが、それは労働によって自動的に発生するもので厳密な貨幣とは異なる。<集い>において10の労働をこなすことで得られる賃金は、「他人を10働かせることができる権利」なのだ。

 きわめて完成された共産的コミュニティである<集い>は労働そのものを高く評価する。だからハルが言うように結果が得られなかった徒労にも<集い>は労働の成果を認めてくれるのだ。

 メフィスは困ってしまった。そもそも彼はこの<集い>の、受身かつ身内ばかりに際限なくやさしいシステムに反感を覚えたからこそ森を飛び出したのだが、普通のエルフにとって<集い>の経済システムこそが常識なのだ。

 幼いころから親しんできた経済観念を覆すのは難しい。もともとそれが嫌いだった自分はともかく、単に見聞を広めるために森を出たハルにとっては資本主義という概念は受け入れがたいものなのかもしれない。

 とはいえこの先仲間としてやってゆくのにいつまでも<集い>の論理で動かれたのでは堪らない。すくなくとも「仕事」と「お金」に関することくらい覚えてもらわねばなるまい。

 よし、っとばかりにメフィスはうなづき、
「せっかくだからご飯でも食べながら人間のコミュニティや経済観念について説明するよ」
そうハルをうながして食堂に下りていった。
【Inprinting−すりこみ−】

 メフィスはハルと同じテーブルに陣取ると広げたメニューを教科書代わりに経済観念の講義をはじめた。もともと学者肌のハルは神妙に聞き入る。
 メフィスも実はかなりのインテリである。さすがに学者を気取れるほどではないが、結構な読書家であり、そこら辺の村人よりはよっぽど社会や人間というものを体系的に理解していた。

 しかしそうした知識をもってしても、いや、なまじ学術的な方向で話を振ってしまったがために彼は<ハルのロジック>に引き込まれる羽目になってしまった。

「いいかい?まず、そもそも人間の世界では<集い>は作られないんだ。ここでは基本的には誰もキミのために働いてくれないし、君も誰かのために働く必要はない。ではどうやって人は生きてゆくのか?それは――これだ」
 そういってメフィスは何枚かの銀貨をテーブルに広げる。

「銀ねェ?」
ハルはそれ以外に感想がなさそうだ。しかしまだ口を挟む所ではないと分かっているためか余計なことは言わず先を促す。

 そのデキのいい生徒っぷりに満足しながらメフィスは続ける。
「これは銀貨というものでね、人間の世界における労働の価値はいったんこれに変換されるんだ。馬車で人を隣町まで運べば80枚、一晩旅行者を泊めてやれば50枚、といったふうにね。
 また、物の価値もこれの枚数で統一した規格になってるんだ。メニューの端に数字がそうだ。それがその食事の客観的な価値なんだ。牛乳一杯よりもシチューのほうが手が込んでるだろ?だから価値が高いんだ。その価値のほどを<値段>っていうんだ」
メフィスはこのあたりでいったん言葉を切ってハルの反応を覗った。

 ハルはいろいろと頭の中で煩悶を繰り返していたようだがややあって口を開いた。
「<集い>の中では有能な人は尊敬を受けたけど、人間の世界ではギンカをたくさん得られる人が有能なの?」

 さっそく微妙な質問だ。
 一面では真理だが、金持ちが皆有能とは限らないし、貧困にあえぐ有能な人間などいくらでも居よう。メフィスは答えに窮したが、最初は建前だけでも理解してもらえば良かろう、と思い至り、「まぁそういうことになるかな」とあいまいに答えておいた。

 ふむふむとハルは鷹揚にうなづき何かに思いを巡らせている様だった。
 そしておもむろに切り出す。
「つまり牛乳よりもシチューのほうが偉いってことね?」
 指を立てながら妙に神妙な顔つきで言っているところを見るに多分本気でそう思っているのだろう。
・・・・・・・・・・・
 雲行きが怪しくなってきた。
 この微妙にピントのずれた論理を展開させるとついには破綻した意見にたどり着く、というのがいつもの<ハルのロジック>だ。

 早めに止めねば恐ろしいことになりそうだ。
 普段はあまり意味のない議題で発生するこの<ハルのロジック>だが、こういう根本的な事を破綻した論理で展開されては今後に響く。そうおもってあわてて訂正をかけようとしたが時はすでに遅かった。

「いや、ね、ハル。そうじゃ…」
「そう!いいところに目をつけたにゅ!」
 メフィスの控えめな突っ込み意見は唐突に現れたニムの元気な声にかき消された。

「キレイごとなんて並べるのは良くないことにゅ。お金イパーィもってるのは良いことにゅ。金持ちエライにゅ。だからシチューは牛乳よりもエライんだにゅー」

 うれしそうにニムはそう連呼する。
 かたわらで頭を抱えるメフィスとは対照的だ。

 いままでのまじめな議論と同じ熱心さでハルはニムの「金持ちサイコー」論に耳を傾けていた。その後もメフィスは根気強くまともな金銭感覚を教え込もうとしていたが、おおはしゃぎのニムに座右の銘が「左うちわ」であるヤィミが加勢したため彼の抗弁はハルに届くことはなかった。



「もう知らん。俺のせいじゃないからな…」
 全体的に顔を「へ」の字にしながらメフィスは席を立った。
【冒険者ギルド】

 「ギルド」と言う組織がある。

 本来ギルドとは特定の技術的な職業を持つもの同士で作る同業者互助会で、販売力を背景とした商人たちによる不当な買い叩きに抗うため組合の者が結託して技術料や卸売りの値段を自ら決め、自分達の権利を守るために形成された組織だ。

 やがてギルドは当初の目的であった「自衛」の他にも、職業訓練や業界の情報通達、商売上のトラブルの仲裁等の「自律」の機能を有するように発達・発展した。

 そうする内に商売人たちに限らず、(商業上の)自衛を目的とした私的で自律的な同業組織は全てギルドと呼ばれるようになった。それが冒険者諸君になじみの深い冒険者ギルドであり盗賊ギルドである。(余談ではあるが、司祭ギルドは存在しない。教会や僧侶は公のものであるからだ)

 ギルドはその定義にあるように私的な組織だ。ゆえに、例え同じ名前のギルドでも細かい部分では結構な差異がある。特に冒険者ギルドにはその傾向が強い。

 とりわけ、ライルたちの根城とするこの自由都市連合は国名にもあるように自由を第一とする国風を持っているので個々の冒険者ギルドにはかなり大きな自由裁量権がある。

 一つの宿を一拠点とする自由都市連合の冒険者ギルドは、その裁量権を活かして各々に独自性を打ち出して住み分けを行っているのだ。

 例えばある支部には男性の混入したパーティーは登録を許されない。その支部は高貴な女性へのボディガード派遣を主な業務としているからだ。同じような理由で特定の種族・職業のパーティを集めている支部も多いし、変わったところでは駆け出しの冒険者だけを登録させ、安い仕事を専門に請け負うところもある。

もちろん、と言うべきか、ライルたちの所属している支部にも特徴がある。


【セカンドチャンス】

「おいおいおい、聞いてないぞ。こんな何処の誰とも知れない娘っこがついてくるなんてよぉ」
  よく知らないなら何故そう悪し様に言えるのだろうか。そのあたり突っ込んでやりたかったが、とにかくギルドからの呼び出し係のリーフは辺りに鬱憤をぶちまいていた。

「ライル、てめぇ自分のギルドを…セカンドチャンスの名前をおちょくってるのか?」
  こいつは相変わらず短気だ。組織に対する忠誠心と信頼心は一応尊敬できるけども、もう少し知恵が回ってくれれば、いやせめて確かめるってことの大事さくらい知ってくれればもう少し使えるヤツになるだろうに…

「セカンドチャンスってなに?」
 当の娘っこ、おハルさんがまた絶妙なところで火に油を注いでくれる。

「そんなことも知らない様なシロウトをパーティーに入れたのか!」
 おぉおぉ、朝っぱらからよくそんなにがなり立てられるもんだ。リーフの野郎まさしく怒り心頭ってやつだね。そのうち湯気が出るねありゃ。

「セカンドチャンスていうのはアタシ達の所属するギルド…まぁ<集い>みたいなものね。の名前よ」
 そんな惨状をさすがに見かねたのかおソノさんがハルに事情を説明する。

「セカンドチャンスはね、他の冒険者達がすでに挑戦して一回失敗してる依頼を専門に扱うギルドなのよ」
「なるほど。だから二度目の機会なのね」
その先の説明はリーフのがなり声にかき消された。

「だからな!セカンドチャンスが請け負う仕事は失敗を許されないんだよ。ぽっと出の新人に任せられるか!」
 単にハルが気に食わないからだと思ったけど意外とマジメに考えたやがったか …
 それじゃぁこれ以上からかうのも悪いな。

「要するに、だリーフ。お前さんおハルさんの実力を疑ってるんだろ?」
 ヤツの肩を抱えながら諭すように言う。

「実力なら折り紙付きだ。ハルは<空間湾曲>を使えるぞ。あの芸当ができる術者がウチのギルドに他に何人居るっていうんだ?」
 いいところでメフィスが口を開いてくれた。

「<火の玉>も<雷光>も使えるのよ。彼女。それに…」
「<魔法の矢>を4本も同時に操れるザンス」
 ここらが落としどころと見たか、ヤィミも加勢してきた。俺とおソノさんに肩を組まれて組み伏せられている形のリーフは「ぐ…」とうなると俺達を振りほどいて投げ遣りに言い放った。

「お前さんらの言いたい事はわかったよ。だがな、オレはこの目で見るまで納得しないぞ!さぁ見せてもらおうじゃないか、その魔術の腕前とやらを!」




数分の後、リーフはすっかり納得してしたり顔で支部に帰っていった。この辺の後腐れの無さ、結構好きだな。
【その名はバグ】

 セカンドチャンスは他所の冒険者ギルドと違って常に活動しているわけではない。誰かが仕事をしくじらない限り「二度目の機会」は必要ないからだ。無論他所の支部との情報のやり取りは頻繁に行われているが、それは加盟員である冒険者達の仕事ではなくギルドの運営側の人間であるオフィサーたちの仕事だ。

 だからセカンドチャンスに名を連ねる冒険者達は普段はフリーの冒険者として気ままにやったり、他の支部にも席を置いていたりしている。中にはキチンとした定職を持っているチームさえある。

 ここでは請け負う仕事の性質上、加盟者たちに依頼される仕事は常に突発的に発生する。そのために一つのチームに一人ずつギルド直属のオフィサーがついて連絡の不備が無いようにしている。

 そういうわけで今日、ライルたちはオフィサーであるリーフに呼び出されてセカンドチャンスの事務所に出向く事になったのだ。もっとも、今日は話を聞くだけだし、色々と騒ぎの種になるのでパーティ全員で来てはいない。比較的常識派のライル・メフィス・タリスの3人だけだ。
「さて、今日のシゴトはどんなもんよ?」
 指の関節をうれしそうに鳴らしながらライルが尋ねる。彼は「合法的に大暴れできる上に儲かるんだから冒険者は辞められない」、と公言して憚らないような男だ。困難な仕事こそ。いや、手ごわい相手こそ彼の望むところだ。

「ある錬金術師の排除だ」
 そんな気負いを知ってか知らずか、リーフは素っ気無く答える。さすがに判断材料が少なすぎるのでライルは「ほう?」と、とりあえずうなづいて先を促す。

「姓名はミリアル=コースフィールド。人間、女、27歳。錬金の業と治癒魔法を使う五凶星の生き残りだ」
 調書に目を通しながらリーフは相手の情報をざっと説明する。そして、「目下のところこいつは…」と、続けようとしたところにライルの横槍が入った。

「治癒魔法の使い手で五凶星の生き残り? ちょっと待てよリーフ。そいつが追いかけられてる理由ってまさか<禁呪法>違反じゃないよな? 何度も言うけどオレは思想犯は斬らないぞ。思想とか信条に良いも悪いもないからな。そもそも魔術師が治癒魔法を作っちゃいけないって決まり自体おかしいだろ?」

 <禁呪>法とはその名の通り特定の呪文の研究や習得、使用を禁止・制限する法律である。特定の国家が提唱しているわけでないので厳密には法律ではないのだが、国家の枠を超えて魔術師達自身が自らに課している禁忌だ。基本的には危険すぎる破壊の呪文や人倫を逸脱した呪文の禁止条項なのだが、ひとつ(少なくともライルにとって)不可解な条項がある。

禁呪法第12条1項:治癒の力を持つ呪文を開発・研究してはならない。

 上の条項には補足として「治癒の力は神の御業であり、神の使途たる司祭の責務であるが故、我ら魔術の徒が手を出す領分ではない」と言う一文がある。魔術師達の多くや、一般の人々はこの説明で十分に納得をする。しかしライルはこの時代の人間にしては珍しい無神論者だ。いや、ここは神の実在する世界なので無宗教者とでも言うのか。ともかく、彼は神の存在を信じないのではなく、無条件に神を敬う従順さを危惧しているのだ。人の助けになる魔法を造るのにカミサマに気を使う必要は無いだろう。と言うのが彼の持論だ。

 だからライルはこの問題になると少しムキになってしまう。
もっとも、今回はその気負いは空振りに終わった。
「お前さんの持論は知ってるよ。まぁ聞けって。こいつが追われてるのは市の下水道設置予定地を不当に占有してるからだよ。ヤツが使う治癒の魔法はこの際問題にはなってない。ごく最近だが自由都市は独自の<禁呪>法案を通したからな。その中に治癒の魔法は含まれていないんだよ。まぁ施行されて間もないし、他所の国からは非難ゴウゴウだからお前さんが知らないのも無理は無いがな…」
 そんな風にリーフは話をまとめる。ライルは へー、やるねぇ思い切った法案を通したもんだ。などと一人ごちながら納得しきりだ。

「で、結局アタシ達の仕事は何なワケ?」
何やらすっかり話しを終えた気分になってる二人にタリスが冷たい視線を送りつつ突っ込む。二人とも熱っぽくなるタチだから話がヒートするとつい本筋を忘れる事があるのだ。

「っとっとっと。悪い悪い、まあ早い話が今回は追い立て屋だな。さっき言ったようにそいつは下水の施工予定地に勝手に居座って研究施設をこさえてるんだよ。で、そのせいで工事が進まなくなってる、と言うわけさ」
「ひどく単純な話だな。 それなのに我々に話が回ってきた、ということは… 相当に腕が立つんだな?」
メフィスは半ば以上確信していた事をリーフに確認する。

その質問にリーフは急に神妙な顔つきでうなづいた

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