ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

【詩】を書く人。コミュの☆お題【家族】

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
家族を想った時の詩の投稿
「家族」に対して浮かんだ詩を自由に紡いでいきましょう


【関連キーワード】
親子・妻・夫・父・母・絆

コメント(234)

    「 さくら湯 」



私の特別な人は

さくら湯に特別な想いがあるらしく

厳かにその作業を終えた



私の特別な人は

幼い私と妹を

お行儀良くちゃぶ台に座らせると

うやうやしく運んできた硝子の小瓶から一つまみ

湯に沈めた

無言で見入る私たちに満足すると

静かにその世界へと入って行った



湯の中で

私の特別な人は私の知らない少女で

うすいピンクの花びら

ゆらゆらくるり と

動いていました



この不思議な今の後には

いつものように

毛糸を編むこの人の背に寄り掛かって

見る絵本をどれにしようかと

考えている私でした



私の特別な人は

おかあさんと言います


    「 三日月 」



坊があそぶから

あの月を揺らしてやるんだと

うちの人はお酒をのみます

ブランコが好きでしたものねぇ

あの子


直しました。







父




ぼくが父を語る
そんな資格はどこにもないのかもしれない
父はぼくには語れない
なぜなら
父を語るにはそのまえに
自分の小ささを語らねばならない
自分の小ささを語ったら
ぼくを生んでくれた父があまりに気の毒じゃないか
そう思えてならない

父はよくぼくを呼び
キャッチボールをしてくれた
ぼくはその頃小学生になりたてだったと思う
子供用の野球のグラブを買ってくれた
父はぼくに軟球を持たせ
俺に投げろと言った
思い切り投げろ
ぼくは思い切り投げた
父はそれを軽々取ると
ぼくに物凄い速球を返してよこした
そんなのぼくに取れるわけがない
父は取り方が悪いと言った
グラブを逆に使え
それでは取れる球も落としてしまう
ぼくは父の言ったとおりに出来なかった
ぼくは駄目な息子だ
自分の不器用さをどんなに恥じたか知れない

けれどもぼくはそれがきっかけで野球が好きになった
ちょうど〈巨人の星〉が流行っていたころだ
バットで思いきりボールを打ち
走りまわる
ぼくにはキャッチボールより
そっちの方が面白そうに思えた
ところが我が家にはバットがない
ぼくは父にバットが欲しいと言った
けれどもその時
父には先立つお金がなかったんだろう
ぼくをスポーツ用品店に連れてゆくことも出来ない
代わりに父がどうしたか
ぼくは今でも憶えている
父は山へ下刈りに行った帰り
適当な枝を伐ってきて、それを丁寧に鉈(なた)とナイフで削り
手製のバットを作ってくれた
それは〈すりこぎ〉をひと廻り大きくしたような代物で
お世辞にもバットに見えないのが哀しかった
ぼくは果たして友だちに見せたことがあっただろうか
あったとしても相手にもされなかったかもしれない
これがバット?
ぼくは父に文句を言った
こんなのじゃなく本物のバットが欲しい!
あれから五十年近い歳月が過ぎ
ぼくにも分かる時がきた
あのバット、ぼくはどこへやってしまったんだろう
あれは父のぼくへの想いのかたまりだった
なぜそんな肝心なことをぼくは分ろうともしなかったんだろう
悔しいなあ
今残っていたら、父のその〈すりこぎバット〉は
ぼくの最高の宝物になっただろうに
どこでどうまぎれてしまったか、いまバットは残っていない

家に小さな木刀があった
黒っぽい木でできた木刀で
ぼくには振り回しやすく
ぼくはよくそれを使ってチャンバラごっこをした
それを見て父はぼくを鍛えようとしたんだろう
自分が成田山へ行った時
大人が使う木刀をぼくのために買ってきた
そしてぼくの愛用していた黒い木刀を廃棄し
その大きな木刀をぼくに使うことを強いた
けれども子供に大人の使う木刀が振り回せるもんじゃない
幾度か持ってやってみたけれども
重くて手に負えない
無理だよお父さん、ぼくには持てない
お父さんの期待には応えたかったが
ぼくは木刀を振りまわすことをやめてしまった

父は若いころ消防団の団長だった
父が団長だった頃
あの狩野川台風があった
静岡県の狩野川流域で多くの人が台風の被害に遭い
死んだり流されたり家を失くしたりした
富士宮の消防団長だった父は
この時迷うことがなかったらしい
父は市内の他の消防団長と結託
団員を大勢ひきつれて被災者の救助など
懸命な救援活動に当たった
父はこの時のことを声高に叫ばない
ただ被害が甚大だったことだけをぼくに伝えた
父はきっと被災地で勇敢に働いたはずだ
獅子奮迅の大活躍をしたはずだと思う
ただそういうことは決して自慢の種にはならないと
父は自分を戒めているのだと思う

父が三十代にさしかかったころ
NHKで〈明るい農村〉というTV番組があった
地元の農協で若い者の中心的存在として活躍していた父は
この番組に出演することになった
全国ネットの放送である
父にとっても地元の農協にとっても大変な大事件なのだが
父はたまたまこの時風邪をひいていて
出演が叶ったにもかかわらず
ほとんど咳をしてばかりでコメントすらできなかった
父の代わりに父の言わんとすることを友人のS藤さんが答えた
三十分の放送時間中
父はただ咳をしていただけだった
その日ぼくたちは父がTVに出るというから
ブラウン管の前にかじりついていたのに
結局聞いたのは父の咳だけ
何のための出演だったのかよく判らない

to be continued...
四十歳近くになって父は
県の農協の働き盛りの者たちをとりまとめる代表
つまり委員長になった
難しい言葉で言うと〈静岡県農協青壮年連盟委員長〉
何だか良く判らないが
県の農協の代表みたいな人だと聞かされた
けれどもどんなに偉い役職か
父は説明してくれなかった
そう言う自慢が苦手なのだ
その代わり父はよくぼくに〈竹とんぼ〉の玩具を削ってくれた
父の竹とんぼは削り方が滑らかで
不器用なぼくにもよく飛ばせた
ぼくは父の竹とんぼが好きだった
父は県の農協の仕事が忙しかっただろうに
ぼくにはそんな気づかいを見せてもくれる人だった

父は怒ると怖かった
一度殺されるかと思うほど父を怒らしたことがあった
何をやって怒らしたのか
それとも何かを言って怒らしたのか
ぼくは何も覚えていない
けれどもその夜父は烈火のごとく怒った
よく昔の人は父親の怒り方を雷にたとえたものだったけれど
ぼくの父の怒り方はそれとは全然違っていた
まるで日本刀の刃(やいば)がぎらっと光るような
そんな殺気立った怖さ
それが父の怒りにはあった
その夜、ぼくはほんとうに殺されると思った
怖くて思わず家を飛び出したのを覚えている
ぼくは隣の家の植え込みの陰に隠れながら震えていた
天の川が手に摑めるかと思えるくらい
きれいだったことを憶えている
父は探しに来なかった
けれどもぼくは帰ったら殺される
その想いで一杯だったから
帰るに帰れなかった
灌木の陰で震えていたら、母が捜しに来た
母は言った
お父さん、もう怒っていないから、家に入りなさい
ぼくはほっとして力が抜けた
家の中に入った
父はもう寝てしまったらしかった
台所で母が用意してくれた握り飯を食べた
塩むすびだった
ぼくは黙って食べた
食べれば食べるほど涙が込みあげてきた
もうあんなこと言うんじゃないよ
母は静かにそう言った
ぼくは黙ってうなずいた
振り返ってみれば
ぼくはいままで父に
一度でもぶたれたことがあっただろうかと思う
記憶がない
叱られたことは幾度もあるが
ぶたれたことはおろか
拳骨をもらったこともない気がする
父はもちろん母にも暴力をふるったことがない
喧嘩もしない
確かに朗らかな父ではない
優しくもない
厳しいけれども決して力で解決するようなことをしなかった
父は町内の寄り合いや農協の理事会でも
話のまとめ役としてリーダーシップをとり
多くの人を引っぱってゆく責任者の立場に立っていた
よく家の応接間で話し合っているのを聞いたことがあるが
誰もが父の存在を頼りにした
父は人が模範にしたくなるような人物を演じていた

父は新しもの好きではない
まったく逆で古いものを愛した
たとえば我が家ではつい五年ほど前まで風呂は薪で焚いていた
水道配管工のヴェテランだったから、四十五年も前に
我が家では田舎でいち早くボイラーを家に常備し
シャワーが完備していたが
にもかかわらず、風呂は頑として薪で焚いた
薪で焚いた風呂は湯の温度調節がむつかしい
昔は風呂の湯を沸かすのは祖父の役目であって
祖父は亡くなる前日まで自ら焚いた風呂の湯に浸かった
祖父の焚く風呂は非常に熱かった
ぬるい湯の好きなこどものぼくには耐えがたい熱さだった
けれども湯を薄めると家族に叱られる
だからぼくは昔から風呂が嫌いだった

父は古い習慣を愛した
♪ななくさなずな
とうどのとりと
いなばのとりと
にほんのはしを
わたらぬさきに
あわせてばったばた♪
この七草の唄は祖母から教わったものだが
祖母の古い言い伝えや信仰心を根底に据えたものの考え方は
父の思想にも色濃く踏襲されていた
たとえばどんど焼き
我が家ではどんど焼きの米粉で作った餅を
決してアルミ箔で包まない
お正月のお飾りなどの残り炭で直接焼くから
御利益があるのであって
アルミ箔で包んでしまったら
何のために餅をお飾りの残り炭で焼くのかという意味性が
喪失してしまうと父は言う
また父が一番嫌いな考え方は
〈みんながやっているから自分もやる〉という安易な発想だ
だから自分が納得のゆかないことは
どんなに流行っていようが決して取り入れない
流行を追うというのが死ぬほど嫌いな人なのである

父は三十になるころI建設で土方仕事を始めた
農業と二足のわらじ、兼業になったのであって
その後三十代半ばにしてY水道工務店で働くようになった
ここの工務店は上野の寺の水道関係を引き受けていたが
その寺は当時全国に名だたる宗教団体の総本山であって
そのためY水道工務店の社長は
市内の水道配管業者のリーダー的存在だったらしい
そのせいか従業員の資格取得を
積極的に後押しするような空気が職場に生まれており
その多大な影響はもともと勉強好きだった父にも及んだ

to be continued...
四十の声を聞く頃から二級配管工の資格取得を皮切りに
父はあれよあれよという間に驚くほどの技能資格を取得した
旧制中学卒に過ぎない父が
一級技能士
責任技術者
消防設備士などの資格を次々に取り
遂には市の水道業者のリーダーであった社長と
肩を並べるほどになった
けれどもY水道工務店の社長は父の独立を決して許さなかった
どんな手段を講じてでも独立を阻もうとした
父は自分の会社を持ちたかったようだったが
その夢は脆くも崩れ去った

ある時
父の周りの知人たちによって
父を市政に担ぎあげようとする動きが起こった
もともと父はKさんという建設大臣を歴任した代議士の
富士宮支部の後援会長をやっていたせいもあって
市政に非常に興味を持っていたし
政治のことに少々詳しくもあった
まずは市議会議員として立候補
父もその気になって本腰を挙げようというその頃
ぼくは高校を休学した末に退学を決意、精神に変調をきたしていた
父がどんな思いだったか
当時のぼくにはそんなことを慮(おもんばか)る余裕もなかった
けれども自分が議員に立候補したら家族に多大な迷惑がかかる
そのようなことを考えたことは間違いない
父は自分を頼りにしてくれている周囲の人たちに陳謝し
議員立候補を取り下げた
農協の理事を長年務めていたから
地元の農協票はとりこめる
それだけでも当選は確実視されていたけれど
どれほど無念だったかわからないが
父はあっさり市政進出への夢を断念した

父の若い頃の話をしよう
旧制中学生のころ、父は非常に勉学に熱心な学生だったという
特に好きだったのが理系で
数学や物理の授業で教わったことは未だに思い出せるらしい
ゆくゆくは大学への進学も夢みていた
旧制中学三年生の夏、戦争が終わった
学徒動員で芝川の軍需工場に駆り出されていた父は
戦争が終わった時
これでやっと好きな勉強に勤しめると思ったことだろう
実際学校での成績は非常に良かったようだ
そのころ教育改革が行われ、旧制中学が廃止となり
新制高校ができることになった
父の通っていた中学校は
そのまま高等学校と名前が変わることになった
昭和二十二年当時、旧制中学の最上級生だった父は
もう一年通学すれば高校卒の資格が得られると聞き
大学進学についての話を祖父に相談した
祖父の答えは意外なもので
父が進学することを喜ばなかった
すぐに中学を卒業し、家で働けと言った
もちろん働くことを嫌う父ではない
だが自分の将来のためにも、一家の将来のためにも
ここは自分が進学して勉強するべきだと思った
だが祖父の考えはまったく違っていた
学費など誰が出すか
学問など学んで何になる
お前は後継ぎだ
後継ぎが働かずしてどうするのだ
父はそれで大学進学をあきらめた
ではせめて高校卒業資格だけは取らせてくれ
それだけ取れればいろんな職場で働くことができるからだ
祖父はそれすら許さなかった
お前は家で働くんだ
外で働くようなことは考えんでいい
祖父のその考えは父には受け入れがたかった
断固として高卒の資格を取る
そう考えた
その時祖父はどうしたか
なんと仮病までつかって
父の高校卒業資格取得を阻止しようとしたのである
父は遂に折れた
けれども父は未だにぼくに言う
俺は生涯、一学生だよ
勉強は学校でなくてもできる
父の配管業における数々の技能資格の取得が意味するもの
つまりそれは学校を卒業後も
なお勉強に明け暮れたことでこそ勝ち得た産物である
父の偉大なところは
進学を断念した時点で自分を負け犬と決めつけなかった点だ
人生はやり直せる
それを実践して見せたのが父だった
ぼくが父を心から尊敬している点は、まさにそこだ
父がどんなに苦難を味わったか
父は語ろうとはしない
けれども父が自らの人生で得たものの価値は
父自身だけでなく周りの人にも
強い影響を与えたことは間違いない

現在の父は妹の婿に家督を譲り
今は身体を休ませながらも家の畑仕事に精を出している
今年八十六になる父は今、大変な読書家である
確かに身体的には老いた
腰は曲がってしまったし心臓が肥大する持病持ちで
いつ倒れてもおかしくはないのだが
今のところ矍鑠(かくしゃく)としていて、達者に暮らしている
子は三人、孫は六人
ひ孫は昨年二人目が生まれた
顔立ちは彫りが深く、大きく鋭い眼光は
かつて若かりしころの面影を今に残している

かつてF高校への入試にぼくが合格した時の
父のことばを忘れることができない
父はこう言った
「鳶が鷹を生んだ」
けれどもぼくはいまでも思っている
〈鷹が鳶を生んだ〉のだと
父の生き方を見ていると
そのようにしか思われないし
そのような父をぼくは富士山のように仰いでいる

20160102
20160217
糸川草一郎




    「 ねえねえおかあさん 」



おかあさん おかあさん

ねえねえおかあさん



なあに



なんでもない



おなかがすいたんでしょ



うん
菓子は好きだ。

甘いものは好きだ。

でもな、

お前が

お前を「他人」と見せつけに来た
こんな忌々しいゼリーなんか
いらない。



水菓子は好きだ。
大好きだ、ぷるんとしたのは。

けどな、



俺が欲しかったのは、



お前との
繋がりだったんだよ。



美しくも毒々しく
透明にも白々しく
その上っ面
固める上げるつもりかよ。



ぜりー。。



お前がお前の気持ちを
これがお前の
「気持ちです」と宣うなら、

俺は、



そっと、

一滴の露もこぼれぬよう、
このゼリーの蓋を開き、

胸いっぱいに香りをかごう。

何度もかごう。

そして、
一口も賞味せずに
屑箱へ放り込もう。



一滴の果汁も
一片の果肉も



俺の中に染みることはない。
させるものか。



・・・



屑と放り込んだゼリーは、



そのぜりーはなあ、



口に入れなくたって分かるよ。



甘い甘い、

涙がでるほど
優しい甘さだった。



作り物の
味なんかじゃなかった、ってよ。
僕の行き着く場所

不器用だけど

真っ直ぐ受け止めてくれる

そんなかけがえの無い人達
韻踏誌『あの頃じゃねえ』

思いだす 原風景 首絞めるママの手 顔はみえねえ 暗い部屋で 何も見えねえ 

 薄くなる意識 落ちる暗闇の底へ 落ちた先は死だぜ わかってた幼児の俺 

 ごめんね 謝るママ 身体しがみついたまま 泣きじゃくる 俺とママ でもまた締め付ける手

 無理心中 マジ死んじゃう 何度言われた 一緒に死のうか でも死 知ってたから断れた 手を引かれる そのまま水 沈むいく くすむ未来 冷たい足の先
 
 はじめて手振り解いた 愛してる 今でも でも俺は生きたかった いま思えば
何も知らないまま 死ぬのだけは嫌だった だから逃げだした それも昔 でも見えねえのは変わらねえ 

 何もねえ 昨日も明日もね 未だに手 取れねえ けれど仕方ねえ 

 これは強がり? ただの怖がり? それでも構わねえ ただ吐き出したい 詩に小説 ライム ただ書きたくてしょうがない うん それだけ だから笑われ さげすまれ されてもただ笑顔で手を挙げ 


 帰ってきたパパ 懲役何年? 確か八年? 罪状 知らねえ でも予想 してみれば 殺人未遂に 覚せい剤 
  
 殺したくなる今でも 死んだけど それでも 残された傷跡 身体に心 

 古傷 疼く 膿む心に忌む左胸のところ 引き換えに失った 大事な事と見つけたこと フラットに見れた他人と人の情 愛と情の中央 右往左往することの無意味を

 悪いことだけじゃねえ パパは俺の反面教師で駄目講師 こんな大人にはならねえ 思えて感謝だぜ でも教えてほしかった 本当の家庭 笑って酒飲んで 時には言い合って

 望むべきことはね なんて想像できねえ まさしく夢のまた夢 
   
 これは強がり? ただの怖がり? それでも構わねえ ただ吐き出したい 詩に小説 ライム ただ書きたくてしょうがない うん それだけ だから笑われ さげすまれ されてもただ笑顔で手を挙げ 

 親の手から離れ 一人住んで働いて みれば 状況 いまだ変わらねえ けれどもうあの頃じゃねえ 

 隣り合う死と生 それを書きなぐる詩として 小説(ノベル)として述べる 書きつらねる それが生きる糧
 
 いつか売れて 死に絶えても 残る何か それが出来ると思いこんで思い込め

 これは強がり? ただの怖がり? それでも構わねえ ただ吐き出す 詩に小説 ライム ただ書きたくて殴り書く うん それだけ だから笑われ さげすまれ されてもただ笑顔で手を挙げ 本当の笑顔で手を挙げ やっと見つけた明日へ

「会いたくなったら……」

無くしたものを

取り戻した

そんな気になった

会いたかったよ

母の面影を

鏡のなかで見つけた
今夜はさらに冷え込んで
布団の中はヒヤりと冷たい
うぅ…と微かに唸りながら
ゆっくり静かに
あなたの横へもぐってく
体が少しぶるっと震え
思わず強くしがみつく
イテテ、せまいの不服など
一切受けつけはしない
私を温めることが先決だ
ついでに冷えきった
足の甲をぴたとつけたら
面白い悲鳴をあげた
勘弁してくれというように
くるっと背中を向けると
すぐに寝息をたて始めた
眠りに入る瞬間は
体温がぽーっと上がってく
温かい背中に顔を押し付け
くーっと匂いをかいだら
石鹸の香りが少しした
昔は�爐△覆燭瞭�い�瓩�あった
私はそれが好きだったけど
いくら嗅いでも今はもうしない
きっと一緒に暮らすうち
いつしかあなたと私は
同じに匂いになったから
それはとても幸せなこと
2人はともに歩んでいる
そう実感できることが嬉しい
気がつけば
あなたの寝息はイビキにかわり
私の体もぽかぽかと
深い眠りの中へおちていく
夫婦喧嘩は犬も食わぬと言うけど

365日も一緒にいれば

つまらないいさかいだって

あるのは当然のこと

だけどカッとしたところでお互いに

飛び出るあてなど何処にもない

小さく狭いこの家の中では

篭もれる場所も見つからない

ひとつ部屋にいるよりほか仕方なく

無視することさえままならない

ほどなくするとそのうちに

どちらともなく口をきき

有耶無耶のまま大団円

謝るのが下手な二人には

うってつけの所狭い我が家
あなたがいる



あなたがいる

私の中にあなたがいる

ずっとあなたがいた

私の手のひらで

風を感じて

あなたを感じた

いつもしているお遊び

あなたとのお話の時間

風を感じて

お話しする

聴こえない声を

聴く

何十年も経って

「ママ」って言ってくれた

あなたの声

私には

嬉しく懐かしく優しく可愛い

あなたの声

ママね

強くないの

でもね

これからも傍にいてね

強くなるからね

窓の外は

雪が積もって

寒い外気を窓の隙間から

流れている


でも

私の心と身体は

あなたでいっぱい

あなたと私は温かくなる


夕暮れの台所
珍しくあなたが洗い物
両袖を肘の上までたくし上げ
慣れない手つきで
食器をすすいでいく
腕をケガした私に代わり
さりげないお手伝い
ありがとうねと声をかけると
照れくさいのか
邪魔だからあっち行ってな!
と、ちらとも見ずに言った
ありがとう…
今度のお誕生日
欲しがってた腕時計買っていいよ
家族であるとゆう理由だけで
自分とは関係のないゴタゴタに巻き込ませる世界から
なるべく早く
そして
なるべく遠く遠く
離れたかった

なのに
遠く離れてもなお
そのゴタゴタは形を変え
私につきまとってきたりする

血の繋がりを良い意味で感じられる家族なら良かったのになぁと
生温い春の夜風をあびながらぼんやり思う
あのひとは私を傷つける

あのひとは自分の傷を癒すため

私をヤスリで擦り擦る

刻まれる度に鎖で繋がれている事に気付く

自由は私の中にある

錯覚を見ているあのひとから

鎖をほどいて抜け出そう

今夜

抜け出そう

もう

会わなくたってイイのだから

  「親子」


わたしは 

あなたの娘です 

どこが似ていますか? 

母親譲りの顔と 

何処か不器用で 

泣き虫、弱虫、 

あなたに似ているところは 

気の弱さだけかもしれません 

女の子は 

父親に似ると幸せになると 

言うけれど

ちっとも似てないわたしは 

きっとそーいうことなのでしょう 

それでも 

わたしなりの 

幸せを掴んで 

離さないと何故か? 

自信があります 

優しく笑う笑顔 

手早く料理する姿を 

目で追いながら 

何故?この器用さを 

受け継がなかったと 

残念に思います

たくさん作ってくれた 

料理のひとつも 

覚えておらず 

あなたの味は 

幻になってしまいました

それでも 

わたしは 

あなたの娘です 

いつか?逢えるときまでには 

似ているところが 

でてくるかもしれません 

そんな親子でも 

いいじゃないですか 

あなたの愛した人には 

そっくりなのですから(笑) 

それが 

幸せに繋がると 

思っている 

能天気な娘です 






いつの間にか 小さくなった 背中

ベッドに 横たわり 眠っている

強かった母は 今 子供のように

小さい寝息を立て 時を待つ

何か 声をかけて励まそうと 思いつつ

くだらない話しか 出来ない…

まだ 甘えた娘のままで いさせて欲しい

まだ 習うこと 学ぶこと たくさんあるから

どうか まだ 連れていかないで…
雨の日は紫陽花がよく映える
今日はあいにくの晴れ間だけれど

降り止まない雨はない の
まさにその日を迎えている

それにしても
40年以上降り続いた雨を
いまさら途切れさすなんて
お天道さまも
どういうつもりなのか

もう25万km以上
苦楽をともにしてくれた相棒は
出だし早々 妙な奇声を上げて
僕を心配さすけれど

"病院"へ行っても
オレもオマエも どうせ
「歳ですね」
と一蹴されるがオチだろう

そして 紫陽花に 会いに行く
人間ならざる存在であることは
重々承知の上

たとえ雨の日でなくとも
会えるなら
会えるうちに
会いに行く

しかしながら
驚くべきことに
いつも いたはずの
その場所に
彼女の姿が見つからない

引っ越したのか
人間張りに

でも跡地さえ
見つからないのだ

今年は 故郷の母に
カーネーションを贈った
無印良品のカタログには
僕の好きな紫陽花も載っていたけれど

母のことは 思春期以来
名前に「さん」付けで呼んでいる

一方
父のことは 未だに
父さん と
呼んでいる
面倒臭いからだ

僕は今 少々後悔している
もう一度
母さん と
呼べる機会を窺っている

そのとき僕は
うつむいて
母さん 母さん と
何度も呟いて
泣いているかもしれない
私が貴方の傍に行けるならば
貴方はきっと飛び降りるでしょう

そして全てが土に還る時が
漸くやってくるのです
道徳の教科書にはないような
青春さえも消え去るのです

私は不器用で
貴方も不器用で

貴方が私の傍に来るならば
私はきっと首を吊るでしょう
真っ赤な夕日に照らされて
向上心なんて持てなくて

貴方は私を見つけられない
私は貴方を見つけられない
だけどかつてはあったのです
家族愛という愛情が

愛情は冷え切り
果てしない孤独感の中で
死ぬしかないかと
ある日思い詰めました

逃げ出したくて
でも所有欲を満たしたくて
血を流し続けるのは
貴方と私の罪と傷痕

今日もまた抑え込む
全てを破壊したいという衝動を
疑問があっても
遠くで暮らしても
生きている限り

親子は親子

疑問があっても
大人だからで
終わらないのが…
彼は結婚して子どもを授かった
妻は子育てに全力を傾けた
彼は家族とは何かを知った
姉である私とは大違いである
寂れた
午後の商店街を
踏み潰し歩く
グレート・マザー

超合金の
豊満な胸に
オトナになれない
お子様を抱き

理不尽な世界から
我が子を護らんと
自立の梯子に
ミサイルを乱射する

寂れた
午後の商店街に
屯する
グレート・マザー

夜の献立は
今日もハンバーグ、
眠れない夜
外からは虫の声が響いている
静かに 静かに
この時間はいつまで続くのだろうか
たまに聴こえる寝言や酷い寝相にふと笑う
いつかは1人になる日がくるのだろう
変化があるのならば穏やかで暖かなものが良い
まどろみの中そんな上手なストーリーはないと思いながらも
不安は考えたらキリがないほど渦を巻く
そしてまた勝手に1人で暴走して
傷つけてしまうような言葉を放ってしまう
あーやだな
瞼が重い 眠いな
今夜もまた寝苦しい
私の願いはただひとつ
どうか家族がいつまでも
笑っていられますように
眠いな
また余計なことを考えだす前に
はやく寝てしまいたい

起きたらまた笑顔でいよう

ログインすると、残り210件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

【詩】を書く人。 更新情報

【詩】を書く人。のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。