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ARIA The NextGenerationコミュのARIA The NextGeneration 第一節

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「では、出発いたします」
 遥かなる蒼(アクアマリン)の名と同じように、波一つ立っていない穏やかな水面(みなも)のような声。水先案内人(ウンディーネ)のしっとりと心に気持ち良く染み入る美声が出発を促した。流れるようにオールが動き、一つ海面を掻き分けると、ゴンドラは音も無くネオ・アドレア海に進み出す。
「いってらっしゃいませ! 良い旅を!」
 腰を折って一礼した後ぶんぶんと青い手袋をはめた手を大きく振り、顔には海に浮かぶ朝日に負けないくらいの明るい笑顔を作って、同じ水先案内人(ウンディーネ)の制服を着た女の子がゴンドラを見送っている。オールを繰る先輩水先案内人(ウンディーネ)は落ち着いた微笑を、乗客は軽く手を振ってそれに答えてくれた。
 午前九時、本日の日程1ブロック目のお客さま。
 今日も水先案内店ARIAカンパニーの一日が始まった。

 本日最初のお客様を送り出すほんの少し前。
「アイちゃん、ちょっと良いかな?」
 灯里はそう断ると、アイの両手を取った。彼女の指の付け根辺りを、指先で確かめるように触る。
「……痛ぁっ」
 最初はこそばゆくくすぐったいのだが、ある程度接触が進むと、ピリッと少し電流が流れたような痛みが走る。
「やっぱり左手が痛い?」
「……はい」
しかも決まって、利き腕の反対側の方が痛くなってくるのだった。
「よいしょと」
 灯里はなんの躊躇いも無くアイの左手の手袋を外すと、彼女の掌を裏返してタコの出来具合を確認した。
「う〜ん……今日も練習したら、潰れちゃいそうだねぇ」
 アイの掌に並ぶタコはまだまだ出来たてと言った感じで、オール捌きに成れた者の滑らかさが無い。灯里が指摘した通り本日の練習をこなしたら一つくらいは破れてしまうだろう。
 ちなみに指導員である先輩水先案内人(ウンディーネ)が、後輩の手袋を外した場合、それは次の段階へ昇格したということである。
 なので
「わ〜い、わたし今日から片手袋(シングル)で〜す」
「ぷいにゅ〜」
「わ〜ひ」
 嬉しそうに両手を上げるアイと、その足元で同じようにバンザイをするアリア社長と、何故か同じように両手を上げる灯里。
「……」
「……」
「……」
 暫し時間が過ぎて、両手を上げたままの二人と一匹を海風が空しく撫でたところで
「……この遊びも、もうあきましたね」
「……うん」
「ぷいにゅ」
 アイは灯里から脱がされた手袋を返してもらうと、再び自分の左手にはめた。
 水先案内人(ウンディーネ)としての身支度が整ってARIAカンパニーのデッキに二人揃って出た時、灯里はアイの手の具合を見るようにしていた。
 彼女の昨日までの練習の調子と、一晩休んでの手の状態。この二つのバランスを考えてアイが昇格試験に耐えられる身体になっているかどうかを、確かめているのだ。
 アイにしてもそんな直ぐに片手袋(シングル)になれるとは思っていないので、判ってて「今日から片手袋(シングル)で〜す」なんて言っているのだが、最初いきなり何の前触れも無く灯里が自分の手袋を外した時は心底びっくりしたものだった。
「ごめんね、まだ片手袋(シングル)にしてあげられなくて」
「な、なにをいってるんですか!? 片手袋(シングル)になれるかどうかはわたしの問題なんですし、灯里さんが謝ることはないですよっ!?」
 片手袋(シングル)になれないのは、ただ単に自分自身の力不足でしかないと、アイは自覚する。だからトップ・プリマの一人である灯里にそんなことを言われてしまったら逆に困ってしまう。
「ほ、ほら灯里さん、今日最初のお客さまがもうすぐ来ますから、準備しましょ!」
 業界随一の水先案内人(ウンディーネ)となった今でも、昔とまったく変わらないのんびりほよよんとした灯里の背中を押して、本日最初の乗客を向かえるために、桟橋に繋がる階段に向かった。

 海の照り返しを受けて、白い外壁を美しく輝かせている小さな建物。水の都ネオ・ヴェネツィアを周遊する水先案内店の一つ、ARIAカンパニー。
 海側を向くように設計された特徴的な受付に、一人の女の子が座っている。水先案内人(ウンディーネ)の制服の基本カラーである白をベースとし、この会社のメインカラーである青でデザインが整えられている制服に身を包み、同じようにブルーで染め抜かれた手袋を両手にはめた少女。真赤なリボンでまとめた艶々としたショートの黒髪が、海風になびいている。
 ARIAカンパニーを受け継いだ水無灯里(みずなしあかり)が選び、水無灯里が面接し、水無灯里が採用した――新入社員、アイ。
「せんかんびっとりおべねと? こうくうぼかんじゅぜっぺがりばるでぃ??」
 先輩水先案内人(ウンディーネ)である灯里を朝一番のクルーズに送り出したアイが、受付に座りなにやら難しい顔をして、分厚い本を眺めていた。
 ARIAカンパニーの職務規定は一時間半の観光案内と三十分の休憩を合わせての二時間をワンセットにしたものを、朝九時の始業時から夜七時の終業まで最大5セット行われると、基本は定められている。一時間半のクルーズというのは、人間の集中力は最大九〇分が限界であると生理学的に判明しているので、それに合わせているためだ。そしてこれは乗客ではなく、水先案内人(ウンディーネ)の体調を考えて定められていた。この運行スケジュール自体は、今現在唯一の現役手袋無(プリマ)である灯里が決めたのか、それともグランマの時代から続く創業当初からの規定なのか、アイは聞いたことが無いので知らない。今の自分に出来るのは、素直にそれを受け入れARIAカンパニーの勤務体制に身体を合わせることだけだ。
 ゴンドラに乗客を乗せてネオ・ヴェネツィアを案内する水先案内人(ウンディーネ)は、クルーズ中に一、二回ほど客に休憩を促したりするが、水先案内人(ウンディーネ)はその間も仕事中であるので気が抜けない。 だからこそ休息は必要だし、心を込めた接客を考えているからこその時間設定なのである。しかしこの休憩三十分は移動時間も含まれているので意外に大変だ。場所によっては人力のゴンドラでは移動だけで三十分弱かかってしまう場所もあるからだ。
 そんな見た目のスマートさに比べて非常に大変な仕事である水先案内の仕事に先輩水先案内人(ウンディーネ)である灯里を送り出したあとは、アイは受付に座り海を眺めながらの勉強の時間に充てている。
 ネオ・ヴェネツィアの歴史、そして地球(マンホーム)にかつて存在した旧ヴェネツィアの歴史。観光案内が仕事である水先案内人(ウンディーネ)には、その土地に関係した逸話や言い伝え等、覚えなきゃいけないことは沢山ある。更にアイはARIAカンパニーに来るまではゴンドラ操船の練習ばかりしていたので、オールを漕ぐ以外は殆ど素人同然であり、その分気合を入れて勉強せなばならない。
 そんな彼女が本日熟読している本は「イタリアの歴史」。ネオ・ヴェネツィアのモデルとなっている旧ヴェネツィアはかつて地球(マンホーム)に存在したイタリアと呼ばれる国の地方都市の一つだ。
「えーとなになに、当時のイタリア海軍にはヴィットリオ・ヴェネトという名前の戦艦と、ジュゼッペ・ガリバルディという名前の航空母艦があった……って、こんなのネオ・ヴェネツィアの観光案内に必要かなぁ……?」
 それはちょうど戦史にかかわる項目らしい。古代の地球(マンホーム)では国の建国や派遣争いには必ずと言っていいほど戦闘行為が発生していたため、歴史を一から勉強しようとすると、どうしてもそのような戦いのための道具の存在も知ることになる。そして、沢山の国が栄えていた時代の地球(マンホーム)の海を荒々しく駆け巡った戦闘艦艇には、建造された国の功労者や地名などをつけられている場合が殆どだ。だからその手のものの知識を得るのは良いことだと思われるが、戦争自体を無縁のものとして目指し改造された《AQUA(アクア)》では、それは無用な知識なのかも知れない。
 ちなみにヴィットリオ・べネトは地球(マンホーム)歴1918年旧イタリア北部のヴェネト自治州トレビーゾ県北方にあるヴィットリオで旧イタリア軍が旧オーストリア軍を撃破した戦いにちなんだものであり、ジュゼッペ・ガリバルディは旧イタリア統一の功労者の名前。
「ふぅ……ちょっと休憩」
 アイは一つ息を吐き出し、大きくてくるくると良く動く目を瞬(しばた)かせると、難しい本を読みすぎて知恵熱が出かかった頭を冷まそうと、歴史書から一旦顔を上げた。疲れた目を休めるように、目の前の海を見る。
「……」
 それは何度見ても言葉を失うほどの蒼い海。このARIAカンパニーの受付からネオ・ヴェネツィアの海を見るのがアイは大好きだった。生まれたての一日の早い時間の新鮮な海を見ていると、辛い勉強も捗(はかど)るような気がしてくる。斜めから差し込む朝の日差しと、それを受けて光り輝く蒼い海。それはどんな画家にも描けない美しきコントラスト。カウンターの窓いっぱいに広がる自然が生み出したキャンパス。
 岬からほんの少しはみ出すように建てられたARIAカンパニーの受付は建物の構造状、連絡橋を渡った後に一旦外壁沿いに回り込まないと辿り着けない。しかしそれだけの手間をかけて辿り着いたその場所は、絶景だ。
アイはその受付に座り、何ものにも邪魔されないアクアマリンの海を見ているのが好きだ。それは、許されるのなら一日中ずっとここにいたいと思うほどの気持ち良い蒼さ。
それは憧れの先輩であり、大好きな親友でもある水無灯里の水先案内人(ウンディーネ)としての通り名と同じ。永遠なる蒼――アクアマリン。
 灯里は水先案内人(ウンディーネ)としては普通とも言える人材だが、あの水の大妖精天地秋乃(あめつちあきの)が起業し、更に三大妖精の一人であった《白き妖精(スノーホワイト)》を輩出したARIAカンパニーの、唯一の現役水先案内人(ウンディーネ)である。だからARIAカンパニーという銘だけで指名してくる客も多い。
 水先案内人(ウンディーネ)とは本来、観光地のゴンドラ専用桟橋に自分で赴き、観光客と直接交渉してクルーズをするのが本分だが、知名度の高い通り名を持った水先案内人(ウンディーネ)ともなると、客の方から直接会社へ電話やメールでアクセスして予約を申し込んでくる場合が多くなる。
 そしてARIAカンパニーの場合は、この場所(ARIAカンパニー)を求めて直接やって来る者も多い。ネオ・アドレア海に面した桟橋から少し突き出すように建てられた小さな三角屋根の建物。その景観は大変可愛らしく。また受付内のロビーや外のデッキからの眺めも格別であるため、この場所へ来たがる客も多いのだ。
そのために、灯里には一日平均3〜4組の予約は必ず入っている。更に周に一回は5ブロックフルの可動日が殆どあるという、トップ・プリマの一人でもある。
「……だってあのアリシアさんの後輩なんだもんな……忙しくて当たり前だよね」
 先程送り出した灯里の後姿を思い出しながら、アイがぽつりと呟く。始めてあった時よりも、随分と大きくなった背中。
 灯里は、ARIAカンパニーという、其処に所属して来た全員が優れた水先案内人(ウンディーネ)であったという銘だけで仕事が来ているわけではない。それだけでは一回乗っただけでメッキが剥がれ、次からは誰も指名しなくなる。 通り名以上の名前の無い普通の水先案内人(ウンディーネ)である筈の灯里に大量の仕事が来る理由――それは現役の末妹である灯里自身もその名に恥じない、優れた水先案内人(ウンディーネ)だからだ。
 それは 新世代(NewGeneration)最高の至宝《黄昏の姫君(オレンジプリンセス)》や、生まれながらにしてのサラブレッドである姫屋次期正統後継者《薔薇の女王(ローゼンクイーン)》と同じだけの練習をこなし、同じだけの実力をつけ、そしてほぼ同時期に水先案内人(ウンディーネ)となったその力が証明している。
 だからこそ灯里はARIAカンパニーの名を差し引いてももう一度必ず乗ってみたくなる、良い腕の水先案内人(ウンディーネ)さんなのだ。その灯里の先輩が、《白き妖精(スノーホワイト)》アリシア・フローレンス。アイも大ファンだった水先案内人(ウンディーネ)。アリシアがどんな想いを持って灯里を後輩として採用したのかは、アイは知らない。 しかし灯里は彼女(アリシア)の期待に答え、見事に手袋無水先案内人(プリマウンディーネ)となって、ARIAカンパニーの銘に恥じない仕事を毎日している。
 そして今度は、その水無灯里が自分のことを採用してくれた。自分の想いを伝えたアイは、その想いを受け取った灯里によって、この会社の見習い――両手袋(ペア)となった。
 だがそれは、自分をARIAカンパニーの新入社員として入れてくれた嬉しさと共に、それ以上の重圧を感じる……ということでもある。
 とにかくARIAカンパニーの制服はどこにいても目立つ。
 伝説の大妖精が創設した由緒正しき水先案内の店。しかもそこのOGや現役の灯里も含めて、全員が水先案内業界全体のエース級(クラス)。その注目度の高さ故、水先案内人(ウンディーネ)の総合情報誌《月間ウンディーネ》で紹介されることも多い。先日も「ARIAカンパニー期待の新人!」という題目でアイ自身が小さい取材すらされてしまっていたくらいなのだ。プレッシャーが無い方がおかしい。
 だから今日もアイはARIAカンパニーの名前を汚さないようにと、己を成長させるために孤軍奮闘するのであった。
 騎士たるもの、逆境に打ち勝ってこそ騎士。がんばらなくては。
「……あ、やばっ」
 海を見ていたアイは不意に室内に目線を戻して時計を見ると、針が十時十五分を通り過ぎるところだった。やばいやばい、あんまりにも海が綺麗なものだから、水面を見ながら考え事をしていると直ぐに時間が経ってしまう。
「もうすぐ灯里さんが帰ってくる時間! お出迎えの準備しなきゃ!」
 歴史書を読みふけっていて結構時間が経っていてしまった。アイはパタンと本を閉じてカウンターの下に突っ込むと、ぱたぱたと出迎えの準備のために忙しく走り始めた。

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