のらりくらり女一匹イバラのの道…。DJ034に出会い、 2004年自費制作で『ANTIZM』『OH MY BABE』(共にマキシシングル)をリリース。 その後2005年にBIGG MAC WORKSに加入、 同年、シングルCD『U:NEEQ ROCKIN'』、 フルアルバムCD『PUMP ME UP!!』 、2006年、ミニアルバムCD『HOW TO =B=EAT』、『はんなりごんげ』、 2007年には生バンドGROOVE BROTHERSと共に、 初のリミックスアルバムである『Re:mix』をリリースした。
DJ HAZUのサポートを得て地元のクラブのステージに立つようになる。中学卒業後には先輩の紹介でTOKONA-Xと運命的な出会いを果たし、1996年に は彼と共にMASTERS OF SKILLZを結成。
1997年にDJ HAZUとTOKONA-XからなるILLMARIACHIのファースト・アルバム『THA MASTA BLASTA』収録の"FOR DA BAD BOYS & LADIES"において事実上初めてのレコーディングを経験すると、1999年にはMASTERS OF SKILLZとして自主制作シングル"M.O.S."を発表。これらの作品を契機として"E"qualの名前と実力は日本中へと浸透していく。その 後、MASTERS OF SKILLZはM.O.S.A.D.とグループ名を改めて徐々にその真価を発揮。2001年に餓鬼レンジャーやOZROSAURUSらの作品で印象的なパ フォーマンスを披露すると、2002年には待望のファースト・アルバム『THE GREAT SENSATION』を発表。"E"qualは全16曲中12曲でプロデュースを担当するなど事実上のリーダーとしてグループを牽引していく役割を果たし た。2003年になるとコンピレーション『HARLEM ver. 2.0』収録のCEYREN"GET IT STARTED"への参加を経てHARLEM RECORDINGSとソロ契約を交わし、2004年には名古屋の同胞=BALLERSと作り上げたソロ・デビュー・アルバム『Get Big "The Ballers"』をリリース。全面セルフ・プロデュースによる同作は、ほぼ時期を同じくして世に放たれた盟友TOKONA-Xの『トウカイ×テイオー』 と共に日本ヒップホップ新時代の幕開けを高らかに告げることになった。そのTOKONA-Xの死を乗り越え、2005年に入ってからはEP『ごうだつゲー ム』を引っ提げて活動の場をメジャーへと移行。ストリートのスリルを洗練された形で伝える独自のスタイルは同年リリースされたアルバム『The Rock City〜M.O.S.A.D.'s Town〜』で更に進化。「BLAST AWARD 2006」誌では年間ベストジャパニーズヒップホップアルバムに選ばれるなど高い評価を得た。
横須賀のhide MUSEUMで開催された伝説的なイベント「Dogs Of The Bay」を企画、多くの交友関係をキャリアにつなげ、DJ PMX(DS455)のプロデュース作“Bayside Cruisin(2004)”で衝撃デビュー。1stアルバム “STR8 OUT DA BAY(2005)”ではLAの大物SLOW PAIN, FINGAZZとの共演も果たし海外アーティストとの活動も視野に入れる。その後も数多くのフィーチャリングで歌声を披露、そして、2007年にはついにクルーの“GHETTO INC.”の1stアルバム(4月)を発売、また、BIG RON名義の待望の2ndアルバムを6月にリリースが決定!するなど、2007年は本格的に活動を展開する。