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アルベール・カミュが好き。コミュの連載小説第5回

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 chapter2

 お腹の中の人間は、まだ、わけのわからない塊、心臓の鼓動だけを外に伝えているだけの単なる生物に過ぎない。どのような形をして生れ出るのか、その後、生きていけるのか、全く予想がつかない。
 でも、彼女の表情を見ていると、生れ出るのは、しっかりとした赤ん坊だと思えて来ることが不思議だ。
 生きているだけで裏切り続けられた人生の中で、どうしてK子の話に同調出来るのか、判らないが、彼女の瞳は、話す嘘にのってもいいかと思わせる色をしていた。
 毎日、朝、腹に耳を押しつけて聞く鼓動、一日に一度で充分だし、彼女が快く、腹に耳を押しつけるのを許してくれるのは、朝だけだった。理由は判らない。
 「生きていると分かれば充分でしょ」
 K子の言い分だ。「何も変わらない。それだけのこと」
 墓石家は暑さにも寒さにも強い。
 誰が、こんな重い物を動かし、重ねたのか判らないが、今、僕らを助けていることは確かだ。 感謝しなければならない。
 一人ではとても墓石を積み上げることなど不可能だ。ガソリンも世の中から消滅して久しい、クレーン車など使えない。
 プロレスラーのようなむつけき男が、ひとつひとつローマ時代のように、あるいはエジプトのピラミッドを築いたように働いたかといえばそうではないだろう 。
 するとこの家は、気候変動の激化と感染症大伝染の後、軍隊や警察の能力が低下して、住民が大量殺人でも犯さない限り、何でも自由に行動出来た時に、作ったのかもしれない。墓石が半分以上、この場から消えているのも車で運んだのであれば、理屈は成り立つ。工作機械や、ユンボが動いていた時に作ったのだろう。
 墓場から二〇分ほど歩くと、ビルが建ち並ぶ寒々しい風景にぶつかる。
 ビルの一階部分のガラスは殆どが破壊されている。馬鹿なビルの持ち主が、ドアを施錠してビルを離れたからだ。お蔭で、ビルの奥に入らないと、夜の寒気には、耐えられなくなった。玄関に、「どうぞご自由にお入りください。鍵はかかっていません」ぐらいのことを書いておけば、防弾ガラスのように厚いガラスを苦労して壊すこともなかった。
 食料や衣料を手に入れるのに、全てのビルに入ることが必要だった。
 ビルのオーナーであれ、店主であれ、世界の破滅を見ながら、鍵をかけてまで、自分の「財産」を守ろうとするのは、情けないというより、脳味噌の中身を見てみたくなる。
 多分、彼ら全員が死んでいるのだろう。そうでなければ、ビルの前で、必死に自分の財産を守っているはずだ。
 「金」などという紙が必要ないどころか、火付け以上の役にたたない。尻拭きにも、鼻をかむのにも適していない物に成り下がっているのに、ドアを締めるのだ。
 それも、殆どのビルがそうだというのが、恐ろしい。
 ビルが建ち並ぶ北端にショッピングモールがある。
 こいつのおかげで、墓場に墓石家を作ったのだろうと想像がつく。
 モールに住み着くのを避けて、二〇分離れた墓場に住居を構えることにした理由は定かではない。伝染病が怖かったのかもしれない。 
 当たり前のことだが、まだ人が沢山生き残っている頃、人と接することを極力避けようとしたことは、僕も同様だ。
 一番危険なのは人との接触だと考えていた。接触する前、他人を見ると、やみくもに猟銃を振り回し撃ち殺すことをしたバカが、はじめのころはいた。
 そんな奴らもレイプ犯と同じように、どんどん数を減らし、ついにいなくなった。
 感染が、人を近づけなければ広がらない、生きていられる、ものではないことが判ったからだ。
 いくら殺しても、仲間に感染はひろがった。なおかつ、弾薬がなくなった。弾だけは、そこらを探したって、簡単に見つかるものじゃない。
 たとえ自衛隊の駐屯地の中で、爆薬倉庫をドアごと吹っ飛ばし輩がいても、いつかは弾切れを起こす。
 そうなった時、ひたすら感染を待つのか、消極的に身をひそめて感染から逃れようとするか、防疫の仕方が判らないのだから、たちが悪い、ただ生きている毎日になる。
 こんな恐怖を人類は味わったことがないだろう。
 この一カ月間で出逢った人間はK子だけだ。それでも奇跡に近い、その前は、半年間、人間には遭遇していない。
 だから、たまに出会う人間と争うことなど無意味になっていた。相手が明日には消えているかもしれないのだ。 
 どんな人間でもいい。なんとか一緒に生きていてくれと願うようになる。
 たとえ凶暴な集団でも、人間が生きている以上、まだ、「希望」がある。
 凶暴な食料確保集団も、出逢うことが少なくなったことは、人類絶滅が近いことを示唆しているかもしれなかった。
 まるで僕は、宗教家だ。
 生き残った者たちが、食料不足になり、餓死しようが、感染症で消えようが、それは、仕方ないことだ。
 それを受け入れられなかったら、今までも飽きるほど見た一番賢明だと思われる選択、自殺をする以外にない。
そういえば、墓場から、モールまでの道すがら、数えてはいないが、木の枝からぶら下がっている骨や、肉体があった。
 記憶にはあるが、眼には映らなくなっている。
 感染症が怖いので、触ることなど出来なかった時は別にして、今ではなんでもなく触れる。
 直接触ろうが、手袋をしていようが、関係なく、感染することは、経験でわかってきた。
 僕と本物の宗教家との違いは、いちいち首吊り死体を木から降ろす作業をしないことだ。
 僕の考えでは、無駄な行為だった。
 本物の坊主は僕の意見に賛成しないだろう。
 だが、本物ではない坊主だったら、袈裟など捨てて、食料漁りの先頭に立っているかもしれない。生きている人を救うなどと言って、自分の口に確保した食料を頬張る。
 本物の宗教家などに逢ったことがない。
 頭を坊主にした人には沢山出逢ったが、みんな食料戦争の先頭に立っていた。
 食わせ者の坊主より首吊り死体を一瞥するだけの僕の方がまだ人間的良心を持っているいるってことになるかもしれない。
 モールの中は閑散としていた。
 空気が人間の出入りを表していなかった。湿っていて、カビ臭い。

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