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キラキラしたい☆コミュの【24完結】月のかたちと二人のかたち(24)

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 11月の満月は、18日の月曜日になる頃だった。いつ満月かやってくるのか、俺はついぞ考えたことがない。田中は本能でキャッチするから調べたことはないらしいが、どうやらネットで探せば満月がいつ来るのかわかるらしい。だから俺はさくっと検索してみた。18日と言えば、明日じゃないか。

 考えてみたら、中秋の明月の夜に田中にナンパされてから、まだたったの二ヶ月しか経っていない。それなのに、俺と田中は既にリアルに同居人になってしまった。ここまでやけに軽いノリで辿り着いちゃった感じがする。「一緒に暮らそうか」と俺が言ったばっかりに、田中はかつてないほどエキサイトして不動産屋巡りをしていた。俺が一緒に行く必要すらなかったくらいだ。どうせ男二人で行っても変な目で見られるかもしれないので、俺は行かずにほっとした。こんなところが俺はまだ解放されていない。いいじゃん、ただのルームシェアじゃん。周囲の目、気にするのやめろよ、俺。

 しかし、引っ越したことは実家に知らせなければならない。親に言わなければならない。こればっかりは頭を抱えた。田中からは「だからルームシェアだって言ってんのに」と呆れられたが、心にやましいところがあって、なんて説明すればいいのか激しく悩んだ。結局はルームシェアだと説明しただけなのだが。もう少し広い部屋に住みたいから、という理由にしておいた。ああーお母さんごめんなさい。俺は嘘をついています。別に広い部屋なんかいりません。俺、ただ田中と一緒にいたいだけなんです。あなたの息子は多分もう結婚しません。田中とほぼ結婚しちゃったから。孫もお見せできません。男同士なので。ホント許して。マジ許して。親父、勘当しないで。

 晩飯を食って食器洗ったり片付けたりした後、田中は「散歩に行こう」と言い出した。

「え、今から? もう結構遅いけど」
「今夜、満月だから。月が綺麗ですよ」

そうか、あと数時間で18日になるから、月ももうすぐ真ん丸になる。今日は天気が良かったから、きっと綺麗だろう。もう外は結構寒い。軽いダウンを着て、外へ出てみた。新しく借りたマンションの部屋は、前と違って3階だ。しかもエレベーターが付いている。俺たちはわりといい部屋に住んでいると思う。でも、家賃を折半しているので、全く負担にならない。そして、前のアパートからそれほど離れてはいなかった。同じ町内で引っ越せたので、意外と楽だった。

 少しばかり冷えるので、自動販売機であったかいお茶を買った。そういえば、暑い頃はポカリばかり飲んでいたことを思い出す。季節は瞬間的に変わってしまうのだなと、妙に感傷的な気分になった。肌寒くなってくると、何となく人恋しくなる。いや、田中がいるからその点無問題なんだけど。

「うわ、月が真ん丸」
「そりゃ満月だから。相変わらず山本さんてボキャ貧ですよね」
「うるさい。どうせ俺は詩心がないよ」

真っ白で真ん丸な月は、ボロメガネをかけた俺の目からは、やっぱり三つに重なって見えた。三つではあるけれど、中心の月が真ん丸だということはわかるので、良しとしておくことにする。こんなことでメガネを買い替えるのは悔しい。

「公園、行きましょうか」
「田中さんが俺をナンパした公園ですか」
「そうです。何ですか、嫌なんですか」

別に嫌じゃない。嫌じゃないけど、照れくさい。最近俺はよく照れる。理由は何故かわからない。いろんなことに素直になっても、まだどこかで抵抗しているらしい。田中はこんな俺に、よくもまあ付き合っていると思う。よく考えてみたら、こいつは変わってる。俺って結構めんどくさい奴なのに。

「嫌じゃないです。行こうか」

商店街をぶらぶら歩いて、小学校のそばを通り抜けて、俺がナンパされた公園に辿り着く。夜遅い公園には思った通り誰もいなくて、街灯と月明かりが広い空間をぼんやりと照らしていた。その中で、俺が座っていたベンチと、田中が座っていたブランコが何故だか目立って見えた。

 ベンチに座っていると、冷たい風が吹いてくる。あったかいお茶、買っておいて良かった。ペットボトルを開けて飲んでみると、まだかなり熱かった。

「山本さん」
「はい」
「月が綺麗ですね」
「そうですね」

本当に月が綺麗だ。と思っていたら、「おい」と田中が突っ込んできた。

「え、何ですか」
「月が綺麗ですね、って言ってんのに」
「え、だから俺もそうですねって答えたのに」

田中は怒ったような笑ったような妙な表情で俺をじっと見た。何ですか、その顔。俺、何かおかしいですか。

「意味、知らないの?」
「意味って何の?」

なんだよ、意味って。よくわからない。俺が買ったお茶を、田中が横取りして飲む。それ、俺のです。取らないで。

「バーカ。『月が綺麗ですね』ってそのまんまググれカス」
「ええっ! ググれカスとかリアルに言われた」
「月が綺麗ですね、の意味知らないとか残念過ぎますね。今すぐググれ」
「ごめん、スマホ忘れた…」

俺、もしかして残念過ぎますか。ここでスマホ忘れてくるとか空気読めなさ過ぎる?

「じゃあ、俺が見せてあげますから」

スマホを取り出して、田中が何かをググっている。意外と明るい液晶画面に照らされた田中の横顔には、少しだけ狼に変身した時の面影があった。満月だよな、変身しなくていいのかな。意味もなくセンチメンタルになっている俺の目の前に、ドンとスマホが出された。

「はい、この説明読んで。特別に声に出さなくても許すから」
「え、ホントは声に出さないといけないの?」
「大声で読ませたい気分だけど我慢する」

俺はそのページを上から下まで読んだ。顔から火が噴き出した。何これ。『月が綺麗ですね』って、そんな有名な意味があったんですか。俺、知りませんでした。どうしよう。これって常識?

「…読みました」
「はい、よく読めました」
「ごめん、意味知らなかった。ていうかそんな言葉あるの初めて知った」
「まあ実話かどうかは知らないけどね」

ということは。俺は田中から、「月が綺麗ですね」って言われちゃったんだ。うわ、照れる。どうすればいいんですか、俺。軽く照れる。改めて言われると、物凄く照れる。

「山本さん、暗くてよく見えないけど断言します。顔、真っ赤」
「み、見えないのになんでわかるんだよ。赤くない」
「自分で見えないくせに。まあ、いいけど」

呆れられてるのか、俺は。もしかして俺って、かなり残念な奴なんじゃないだろうか。味も素っ気もムードもない。いや、そんなものなくてもいいけど。俺の今までの人生には関係のないものだったけど。だからこういう時、どんな反応すればいいんですか。

「山本さんさあ、今まで女の子とどうやって付き合ってたの? 俺、素朴に疑問だ」
「どうやってって、普通」
「山本さんの普通って、多分女の子には物足りないかもね。だからふられるんだよ」

なんて失敬な。どうして俺はナンパされた公園で二ヶ月後にこき下ろされてるんですか。俺もう泣きたい。

「まあいいか。どうせもう他の奴に渡さないし。俺のものだから」

俺から横取りしたお茶を、田中は勝手に飲み続ける。だから横取りするなって言ってるのに。え、今、ナチュラルに恥ずかしいこと言いませんでしたか。聞き逃したいけど、聞き逃せなかった。

「ちょ、ちょっと、もう一度スマホ貸して」
「はい、どうぞ」

俺は田中のスマホで再度『月が綺麗ですね』をググった。いくつかページを見て、いいもの見付けた。これだ。これを言えばいいんだ。

「田中さん」
「はい?」
「俺、もう死んでもいい」
「…まあそうだろうね。言うと思った」

え、知ってたの? これも常識? 知らなかったの俺だけ? もう嫌だ、俺、泣きます。

「ホント、山本さんてわかりやすい人だよね。今すぐキスしたい。しますよ」
「いややめてください、ここ外です、誰かが見る」
「誰もいないじゃん、ここ」
「え、でも」
「でもじゃない。諦めろ」

…キスされた。どうしよう、ここ外なのに。皆様の公園なのに。俺とこいつデキてますって大公開してしまった。誰もいないけど。ホントに誰もいないんだろうな。誰も覗いてないだろうな。俺は無駄にきょろきょろした。

「誰もいないってのに。往生際の悪い人だなあ」
「それ聞き飽きた。どうせ俺は往生際が悪いよ」

また風が吹いてきた。さっきはとても冷たく感じたのに、今は全く冷たく感じなかった。何故かというと、田中が俺を抱きしめたからだった。うわーやめてください。外でそういうこと勘弁してください。と思っていたら、すぐに離れてくれた。良かった。

「もう諦めてくださいよ。だいたい一緒に暮らしてるってのに。素直になるの下手な人だな」
「これでもかなり素直になりましたが。一緒に暮らそうって言ったの俺だし」

田中は笑った。こいつ、楽しそうだ。こいつが楽しそうだと、何となく俺も嬉しくなる。ということに、最近気付いた。

 ベンチに座っていると、向こうのブランコから初めて声をかけられた日を思い出す。こんなことになるなんて、誰が想像しただろう。田中はわかっていたのだろうか。まさか未来を予測する力はないよな。でも、今になって俺は思う。声、かけてくれて、ありがとう。

「田中さん」
「何ですか?」
「…月が、綺麗ですね」
「そうですね。世界で一番綺麗だ」
「…今度、いつ変身するの?」
「山本さんが、狼の俺に会いたいって思った時にでもしましょうか」

田中の目が、金色に光った。俺はいつ、田中狼に会いたいと思うだろうか。今はまだ、変身してほしくない。そのうちに狼に会いたいと思うだろうか。それとも永遠に会いたいとは思わないのだろうか。少しぬるくなったペットボトルのお茶を飲んで、考えてみる。考えても、まだ答えはない。

 うちに帰りましょう、と田中が立ち上がったので、俺も立ち上がる。歩き始めた田中の背中を見ていたら、鼻の奥がツンとした。この気持ちはずっと忘れないでいい。田中狼に会って泣けた時の気持ちも、ずっと忘れなくていい。追いかけて、肩を並べて歩いた。二ヶ月前と帰り道は違うけれど、同じように田中が隣にいることが凄く嬉しかった。一瞬だけど、手を繋ぎたいと思った。思った自分に驚く。だけど、言わないでおく。二ヶ月前に会った時から、俺の中身はダダ漏れだから。こいつには、どうせ何も隠せないから。もう、隠すこともない。

 11月の満月は、中秋の明月よりも、もっともっと美しかった。




☆THE END☆

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