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キラキラしたい☆コミュの【20】月のかたちと二人のかたち(20)

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 最寄り駅の自動改札を出て見渡したが、田中はまだ帰っていないようだった。空模様が少し怪しい。雨が降らなければいいけど。俺は傘を持っていない。スマホを出してメールチェックをしたが、やっぱり田中から返事はない。一言くらい返事くれてもいいのに。自分が最後に送ったメールが恥ずかしくて、顔から火が噴き出そうだ。あれ、なかったことにしたい。LINE女から余計なこと言われて、俺は血迷った。

 早くも暗くなりかけている空をぼんやり眺めていたら、肩を叩かれた。振り向いたら当然ながら田中だった。

「遅くなってすみませんでした。ちょっとあの後立て込んじゃって」

じゃあ、俺の血迷ったメールは見てないのか。いや、こいつが仕事終わってメールチェックしないわけがない。電車に乗っている間にでも返事くれればいいのに、どうしてくれないんですか。

「メール、見ましたよ。ありがとうございました」
「あ、ああ、どうも…見てたんだ?」
「さっき返事しようかと思ったんですけど、それより早く帰って山本さんの顔見たくて」

そんなこと言われても照れる。ゆとりあったなら返事くれよ。

「…返事くれた方が良かった」
「え、じゃあ今から返事送りましょうか? いくらでも書きますよ」

田中が俺の目の前でスマホを物凄い速さで打ち出した。本当に速いな、こいつ。顔合わせたままでメールとか、それはそれでまた照れる。「はい、送りました」と言われたら、見るしかないじゃないか。俺のスマホが胸ポケットでぶーぶー言ってる。

『山本さんのこと物凄く好きです。あなたのこと考えると気絶しそう。今すぐ抱きたい。仕事も手に付かない。上司に叱られました。さっきのメールで昇天。完全保存版。もう死んでも離さない』

物凄い勢いで、顔から火が噴き出した。自動改札のそばは人が多くて、俺はとても落ち着かなかった。かと言って、駅前で人のいないところなどない。穴があったら入りたい。

「何だよ、この日本語不自由なメールは」

実はそんなことは思っていないけど、照れ隠しに言ってみた。

「え、山本さんの日本語いつもこんな感じですよ。じゃあもう一回書き直しますか?」
「いや、いい。このままでいい」

俺は日本語不自由なメールを田中フォルダに入れた。実は田中メールフォルダなんか作っていたのだ。それだけでは不安なので、後でホットメールに転送して何度でも読んでやる。ああ、恥ずかしい。

「ホントは嬉しいんでしょ? 今のメール」
「うるさい」
「山本さんの無口で雄弁なメール、凄く嬉しかったですよ。おかげで仕事はミスするし大変でした、この罪作り」
「俺は別に悪くないぞ」
「今日ばかりは悪いですね。電話はくれるし、ラブメールはくれるし、この人俺の恋人ですって今大声で叫びたい。叫ぼうか」
「ちょっとそれやめろ。もう帰る」
「あー待て待て、スーパーで買い物がありますんで付き合ってください」

そうだった。買い物があるって言ってたな。

 いつもの駅前スーパーに入ると、晩飯のためらしき買い物客で混雑していた。そんな中で男性サラリーマン二人連れなんてどこにもいない。仕方ないか、俺が飯食わせろって言ってるんだから。田中が「カゴ持ってください」と言うので、渋々カゴを取ってきた。

「泣けるほど美味いもの食べたいんですよね?」
「どんなものが泣ける食べ物かはわからないけどね」
「食欲あんまりないでしょ。最近あまり食べませんもんね。どうしようかな」

そうなのだ。俺は食欲がない。食べることは食べるが、食べてもあまり楽しくない。田中の作るものは何でも美味しいけれど、このところの俺はがっついていない。

「今日は魚にしようか。鯖の味噌煮とか好きですか?」

鯖の味噌煮か。渋いな。お袋が作っていたが、特別に好きでも嫌いでもない。でもきっと、田中が作れば美味しいだろう。

「飛び上がるほど好きってわけじゃないけど、嫌いでもないから、それ食べる」
「よし、じゃあ今日は鯖の味噌煮。大丈夫、絶対美味いから」

田中はお魚売り場でぶつぶつ言いながら鯖を選んでいる。俺から見たらどれも同じ魚の切り身に見える。俺も少しは料理くらいできた方がいいのだろうか。田中に習うか。面倒だな。やっぱりいいや。

「鯖の味噌煮と、卵焼きと、和風サラダ。あと味噌汁…あ、鯖の味噌煮に味噌汁ってしつこいか」
「いや、いいです、味噌汁のままでいい。豆腐とわかめ入れてください」

何となく、田中の味噌汁が飲みたい。前に飲んだ時、美味しかった。

「あ、そう。じゃあそうしましょう。豆腐とわかめも買わなきゃ。卵もないし」
「結構いろいろ切れてた?」
「ちょうど食材の切れ目ですね。他にも買うから荷物持ちお願いしますよ」

結局、魚だけでなく肉も少し買ったし、俺の好きなキュウリのQちゃんも買ったし、野菜もあれこれ買ったし、ゴールドブレンドとおいしい牛乳も買った。結構な値段になったので、割り勘にした。最近俺は、田中に食費を払っている。田中はいらないと言ったけれど、どうせ半分は俺が食べているから払うべきなのだ。

 スーパーから出てみると、不覚にも雨が降り出していた。降らなければいいのにと思っていたが、残念ながら降り出した。傘持ってないのにどうしよう。

「俺、傘持ってますよ。大丈夫」

田中は準備が良かった。折り畳み傘を持っていた。それほど大きな傘ではないから、二人で入ると肩がかなり濡れそうだ。雨はそれなりに強かった。

「ホントの本降りになる前に早く帰りましょう。コンビニは寄らなくていいでしょ?」
「ポカリ買いたかったけど、この雨だからいいや」
「ポカリならまだあるから…あ」
「え、何?」

すれ違いでスーパーに入って来た女性が、突然こちらに振り向いた。うわ、美人だ。田中の知り合い? 田中が美人と挨拶してる。あ、この美人、もしかして。

「すみません、帰りましょう」
「今の人、もしかして前にナンパされた人?」
「覚えてましたか。たまにスーパーとかコンビニで会うんですよ。ほら早くしないと雨ひどくなるから」

田中が傘をさしたので、俺は慌ててその中に入った。「傘、俺が持とうか」と言ってみたら、「俺の方が背が高い」と笑われた。言わなきゃ良かった。男二人で相合傘かよ。でも、あまり空しくはない。空しくはないが、今の美人が気になる。ナンパされたんだよな、でもそれっきりだよな。だけど挨拶とかしちゃうのか。

「ナンパされたのに、特に何もリアクションしないですれ違ってるんだな」
「は? 何ですか急に」
「田中さんあの美人にナンパされたんだよね? 付き合わなくていいの?」
「はあー? 意味わかんない。どうしてあの人と付き合わなきゃいけないんですか」
「いや、ナンパされたから」
「恋人いるからナンパされても関係ないです、俺は」
「恋人って誰?」
「今俺と相合傘してる人以外に誰がいますかね。いたら教えて」

そうだよな、いないよな。こいつの恋人って俺だよな。そういえば、付き合い始めてもう一ヶ月以上経った。中秋の明月の夜に声をかけられたのが、遥か昔のことのような。てことは、俺の恋人って田中なのか。やっぱり田中は俺の彼氏なのか。でも田中って狼男だぞ。同じ人間じゃないんだぞ。俺はいつもそのことで頭が一杯だった。助けてくれよ、LINE女。こういうぐるぐる思考の時はどうすればいいんだ。マジで何かご馳走するから、心が軽くなる秘訣教えてくれよ。

 スーパーからアパートまではそれほどの距離はないのだが、どんどん強くなる雨脚に俺は憂鬱になってきた。スーツが濡れる。拭くのが面倒。俺は雨があまり好きじゃない。田中の部屋に辿り着いたら、田中がタオルを持ってきてくれた。申し訳ない。うわ、肩が結構濡れてる。買ってきたものを冷蔵庫に放り込むのを手伝う。ポカリの残量チェックをしたら、まだ半分ほどあった。つまり1リットルは飲める。

「ちょっと、服、着替えてくる」
「そうしてください。俺、飯作りますんで」
「ありがとうございます、すぐ来ます」

俺は自分の部屋に戻って、スーツからいつもの普段着に着替えた。スーツをハンガーにかけて、離れた場所にかける。明日は明日で別のスーツを着るから、これが濡れても大丈夫だけど。明日のネクタイどれにしようかな。まあいいや。ネクタイのことなんか、今は考えなくてもいい。スマホを持って部屋を出ようと靴をはきながら、ふともう一度さっきの田中のメールを開いてみる。

『山本さんのこと物凄く好きです。あなたのこと考えると気絶しそう。今すぐ抱きたい。仕事も手に付かない。上司に叱られました。さっきのメールで昇天。完全保存版。もう死んでも離さない』

玄関に突っ立ったままで軽く三回は繰り返して読んだ。なんだこのメール。上司に叱られたとか、俺のせいか。これ、田中の本心かな。本心だよな。まただ、鼻の奥がツンとしてくる。我慢しろ、俺。メールを閉じて、玄関を出た。歩いて三歩で晩飯が食える。

 田中の部屋に来たら、田中はキッチンで晩飯の準備をしていた。米、洗ってたのか。

「おかえんなさい。テレビでも見ててくださいね」
「俺、また何も手伝わなくていいのかな」
「今さら何を手伝うって言うの。大人しく遊んでてくださいよ」
「はーい…」

テレビを付けても、見たいものがない。やっぱり消そう。何もすることがないから、ベッドにごろりと横になった。俺って物凄い贅沢だな。寝たままで飯が出てくるのか。いいのかな、こんなことで。急に自己嫌悪にかられて、起き上がる。何をしてるんだ、俺は。田中は料理中なので、俺に背を向けたままだった。その背中を見ていたら、どうにもたまらない気分になった。何ですか、この気持ち。俺は初めてでわからない。声をかければすぐに話せるのに、俺はスマホから田中にメールを打った。

『田中さんの部屋にいるだけで俺は泣けます。どうしてですか?』

立ち働いている田中はメールに気付かない。別に気付かなくていい。俺はメールを打ち続けた。

『後ろ姿見てると泣ける』
『最近食欲がないのは、田中さんのせい』
『素直じゃない俺は人生損してると思う』
『お前、どうして狼男なの?』

どうして、狼男なの?

「山本さーん、もしかしてメール連打してます?」
「えっ、バレた?」
「尻ポケットに入ってるスマホがさっきからメールを何着も受け取ってるらしくて」

ポケットに入ってたのか。じゃあすぐにバレるよな。すみません。

「俺の仕業です、別に読まなくてもいい。全然意味ないメールだから」

田中は濡れた手を拭いて、スマホを取り出した。見なくていいって言ってるのに。読んでる読んでる。しょうもないメール目の前で読まれるってのも軽く拷問だな。打った俺が悪いんだけど。

「山本さん、晩飯食いたくないの?」

キッチンから田中が俺に話しかけた。後ろ姿のままだ。どうして振り向かないんだろう。わざとですか。

「いや、食いたいです。鯖の味噌煮」
「こんなに嬉しいメールたくさんもらっちゃうと、晩飯どころじゃなくなっちゃうなあ」
「え、そんなこと言わないで作ってください…」
「はいはい、もちろん作りますけどね。ホント罪作りな人だな、あんた」

そう言いながら、田中は何か打っている。メールの返事かな。と思っていたら、俺のスマホがぶーぶー言った。

「山本さん、続きは晩飯の後にしてくださいねー。ていうか、俺もう料理なんかやめて爛れた生活モードに入りたい」

後ろ姿のまま、田中は言った。鯖の切り身をパックから取り出してる。俺は着信したメールを開いた。

『俺は確かに狼男だけど、山本さんのために一生人間でいます。だから安心してください』

ダメだ、俺もう我慢できない。さっきから我慢してたのに。ワサビ食ったみたいに、鼻の奥がツンとする。思わず立ち上がって、田中の方へ行った。包丁使ってないことを確認してから、その背中に抱きついた。

「晩飯の後にしてって今言ったでしょ」
「すみません、ごめんなさい」
「山本さん、もう泣きますよ俺。ホント泣きたいよ」
「泣きたいのは俺だ。ていうか涙出てる」
「いろいろしたいのはやまやまなんですけど、料理始めちゃったからな。もうちょっと待っててくださいね」

水道の水で、田中は手を洗った。俺は何故かこいつから離れられない。はっきり言って、邪魔だよなこれ。

「手離して、動けないから」
「はい、ごめんなさ…」

うわ、抱きしめられた。やっとこっち向いてくれた。相手が男でも、抱きしめられるの悪くないよね。キスされるのも、悪くない。全然悪くない。こんな俺は全然悪くない。田中の口の中は、反則技の甘さはなかった。普通の味だった。今あの反則技出されたら、俺死んだかもしれない。普通で良かった。

「山本さんね、気持ちはわかりますけど、向こうで大人しく待っててください。もうこっち来ちゃダメですから」
「え、ダメなのかよ」
「当たり前でしょうが。いつになっても鯖の味噌煮が出来上がりませんて。場合によっては集中できなくて包丁で流血沙汰かも」

そんなことになったら大変だ。俺は今度こそすごすごと戻った。胸が痛い。鼻の奥も痛い。急にLINE女の顔が目に浮かぶ。おい、別に今出て来なくていい。そういえばあいつなんて言ってたっけ。もっと自分を解放した方がいいとか言ってたっけ。



(続)

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