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キラキラしたい☆コミュの【19】月のかたちと二人のかたち(19)

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 狼男が本当に狼に変身できるのだということを知ってから、俺はすっかりダメ人間になった。仕事が手に付かない。やる気もない。食欲もない。人付き合いも悪い。これはもともと良くないけど。仕事があまりにも進まなくて、仕方なく残業になる日もあった。残業になると、とても不安になった。田中に会える時間が減るじゃないか。会うと言っても、最近の俺は少し無口だ。

 食欲がないので、ミニサイズのカップラーメンをデスクで食べていたら、同僚が入ってきた。またこいつか。俺がLINEやってないってバカにする女。

「えっ、山本さんランチそれだけ? ヤバくない?」
「別にヤバくない」
「どっか悪いんじゃないの、食欲なさそうだけど」
「いいんだよ、恋煩いだから食欲なんかなくても」

フンと鼻で笑われた。何がおかしい。俺だって人並みに恋煩いくらいしてもいいだろうが。恋煩いだと自覚済みの俺はどうかしている。

「山本さんの彼女ってどんな人?」
「料理上手のイケメン」
「えっ、イケメン? 何それ男?」
「うわあ、何でもない」

しまった、うっかり口を滑らせた。今のなし。今のなしでお願いします。

「…男だったんだ…そうか、彼女じゃなくて彼氏だったんだ?」
「いえ、彼女です。料理上手の美人」
「そっかあ、これは意外な盲点だったわ。私いいこと聞いちゃった」

もしかして、明日の朝には俺は吊るし上げられるんですか。男のくせに男と付き合ってるって噂が盛り上がるんですか。勘弁してください、だから今のなしって言ってるのに。

「あ、心配しないで。私、誰にも言わないから」
「信用できるか」
「えー信用してよ。ホントホント誰にも言わない。プライバシー厳守。で、どんなイケメンなの?」

どんなイケメンって、どうやって説明すればいいのか。特に似てる芸能人も思い付かない。

「すみません、彼氏じゃないですから。彼女だから。もうほっといて」
「あ、信用してないわね。恋煩いなんでしょ? 相談に乗るけど」
「お前別に新宿の母でも何でもないだろうが」
「…今どき、新宿の母とか…ホント山本さんて反応不思議だよね」

やかましい。どうせ昭和くさい男だよ。こんな信用おけない奴に何も言えない。俺の個人情報会社中に筒抜けになりそうで怖い。でも、何となく誰かに聞いてほしいのも確かだった。

 しかし、何を話すんだ。狼男と付き合ってていろいろ不安で困ってますって話すのか。こんなの絶対わかってもらえない。人間じゃない動物と付き合ってるとか、あり得ないだろ。でも何か言いたい。

「…もしも好きになった奴が吸血鬼だったら、お前どうする?」
「何それ、山本さんの彼氏って吸血鬼なの? 血とか吸われてるの?」
「違う、吸血鬼じゃない。例えばの話。もし好きになったら吸血鬼でしたってオチだったらお前どうする?」
「私だったら別に気にしない。好きな人なら血でも何でも提供するけど」

相談した俺がバカでした。こいつに俺のとても繊細な恋心なんかわからないんだな。申し訳ありませんでした。

「そっか、ありがとう。これ、相談代。釣りはいらねえ、取っときな」

俺はデスクの上に三つほど置いてあったのど飴をLINE女に渡した。

「ちょっと山本さん、何スルーしてんのよ。まあ飴はもらうけどね」
「吸血鬼の例えなんか出した俺が悪かった。今の話は忘れてください、もう何もかも」
「つまり何か障害のある恋愛してるわけ? ちょっと例えがあれだけど、身分が違うとか」
「まあそんなもんかな」

LINE女は持っていたドトールのアイスコーヒーをすすった。何だか悩みのなさそうな女だな、いつ見ても。俺のカップラーメンはすっかり伸びてしまった。まずそうになったラーメンを俺は無理して食べた。

「でもさ、結局は好きなんでしょ? その彼氏のことが」
「彼女です」
「いやもうバレバレだから。料理上手のイケメン彼氏でいいって。その人のこと好きなんでしょ?」

面と向かって聞かれると言葉に詰まる。ここで思いっきり「俺はあの男のことが好きだ」と大公開するのも気が引ける。こいつに小公開してるから同じようなものだけど。

「もし好きならどうなるんだよ。障害があることは変わらないだろ」
「障害あるから鬱になって逃げてるの?」
「え、別に逃げてないし鬱じゃない」
「そうかな、最近かなり食欲なさそうだし、仕事遅いし、山本さんいいとこないじゃないの」

言いたいこと言ってくれるな。仕事遅いとか言うな。悪かったな。どうせ俺は仕事もできない男だよ。

「さっき恋煩いとか言ってたけど、なんか変。もうちょっと素直に好きだって思えば?」
「見てきたようなこと言うんだな、さらっと」
「私、わりとカンがいいから。いいじゃん、相手が吸血鬼でも男でも。もっと自分を解放してあげた方がいいよ、多分」

何だこいつ。普段は俺のことバカにしていじってばかりのくせに、たまにはいいこと言うじゃないか。結構適切なアドバイスだ。ん? なんで適切だってわかるんだ、俺は。

「…そうかな」
「そうだよ。障害あってもいいじゃない。頭でぐるぐる考えててもしょうがないし」

頭でぐるぐる考えるのは、俺のくせだ。悪いくせはなかなか直らない。直したいとは思うけれど、同じパターンにはまりこむと、いつまでたっても抜けられない。

「その人のこと、好き?」
「え、ここでそんなこと言うのかよ」
「ほらーそういうところが。好きなら好きって何でうなずけないの?」
「…何となく恥ずかしいから」
「それ無駄な恥入りだから。捨てちゃえ捨てちゃえ。誰も山本さんのことなんか気にしてないって」

誰もって、ひどいな。でも、多分俺のことなんか誰も気にしていない。みんな自分のことをどうにかするので精一杯だ。ある意味、俺を気にしてくれているのは、田中だけだ。

「じゃあ、好きかも」
「かも、じゃないでしょ」
「好きです」
「やだ、私に告られても困るわあ」
「お前じゃない。俺は田中が好きだって言ってるんだ」
「ほら、それそれ。そうやって素直に認めればいいんだってば。彼氏、田中さんって言うんだ?」
「わあ、今のなし、聞かなかったことにしてください」
「後で飲み物何か買ってきて。ペットボトル一本分のパシリで許すから」

ドトールのコーヒーをすすり終わって、LINE女は俺にパシリを命じた。悔しいけど、飲み物一本買って捧げるしかない。それに、こいつ結構いいこと言った。いろいろと。障害あっても好きならそれでいいのか。そんな単純なことなのか。同じ生き物じゃなくてもいいのか。

「今度、飯でも食いに行く?」

申し訳なくなって、俺は心にもないことを言ってみた。マジで心にもないことだ。

「いらなーい。それより田中さんとご飯食べた方がいいよ。田中さんにすっごい美味しいもの作ってもらいなよ。多分、お料理の中にいろいろ入ってるよ。入ってるものに気付いたらきっと泣けてくるかもね。田中さんの作ったもの食べて泣いたら大正解だよ」
「え、そうなの?」
「私のカンだけどね。じゃあもう1時になるから行くわ。そうだな、後でポカリ買ってきてね」

ポカリなのかよ。まあいいや。LINE女は相変わらず何の悩みもなさそうな顔で、別の部署へと帰って行った。

 俺はスマホを取り出して、田中にメールを送ることにする。今夜行くからご飯食べさせてって。俺、LINE入れようかな。田中にとって、その方が便利なら。

『今夜、ご飯食べに行ってもいい?』

すぐに返事ください、頼むから。今日は光速で返事がほしい。

『何が食べたいですか?』

あ、来た来た。良かった、行ってもいいらしい。

『何でもいいんだけど、俺が泣きそうになるもの』

何だこの注文は。俺、注文の多い料理店過ぎる。泣きそうになるものって何だ。自分でも思い付かない。どうしよう、訂正しようか。訂正したくても、どうやって書けばいいのかわからない。

『了解。泣けるほど美味しいもの作りますから、残業は早めに切り上げてくださいね』
『がんばって定時で帰ります』

上司が帰ってきた。やばい、スマホしまわなきゃ。でも、田中の返事が見たい。いや、田中の声が聞きたい。俺は慌てて上司を振り切って、トイレに駆け込んだ。もう1時過ぎてるけど、生理現象だから許して。トイレに用があるわけじゃないけど。初めてやらかすことだが、俺は仕事中に田中に電話をかけた。

『はい、田中です』

田中の声だ。仕事中のわりにはのんびりしている。

「あ、山本です。すいません、電話なんかしてすいません」
『別にそんなに謝らなくてもいいけど、どうしたんですか急に』
「…こ、声が聞きたくて」
『ええ! マジですかそれは。超嬉しい』

大声出すな。仕事中だろ。周りが見るだろ。どんな社内か知らないけど。

「…マジです。今日、ホントに行って大丈夫?」
『今さら聞くこと? 毎日のようにうちで飯食ってるのに』
「なんか聞いてみたくなったんです。メールじゃなくて」
『嬉しいなあ、嬉しくてトイレに駆け込んじゃいましたよ』
「偶然だな。俺もトイレにいる」
『うちに来るのは今日ももちろんオッケーです。あ、そしたら駅で待ち合わせましょう』

駅で待ち合わせか。そんなことはしたことがない。珍しい。

「どうしていきなり待ち合わせ?」
『まあいいじゃないですか、たまには。帰りに買い物するの付き合ってください』
「わかりました。なるべく早く駅に帰りつくようにしますから」
『楽しみにしてますね。じゃあ、また夕方に』
「はい、ではでは」

わざわざ電話するほどでもない内容だったが、ここで時間切れだ。俺は電話を切ったあとに、言い忘れたと思ってもう一度メールした。柄じゃないけど、「すみません、凄く好きです」と勢いで打って送った。田中からの返事はなかった。どうして返事くれないんだ。今物凄く大事なところなのに。



(続)

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