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キラキラしたい☆コミュの【15】月のかたちと二人のかたち(15)

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 仕事している時間は結構長いのに爛れた時間は一瞬で過ぎるということを、俺は三十路を前にして初めて知った。そして本気出して爛れると、人間どこまでも爛れることができることも知った。そして爛れた生活には悪魔的魅力があることも、知ってしまった。これ多分、全部相手が田中だからだと思う。普通の女の子相手に、絶対こうはならない。普通レベルだったらせいぜいだらしなくなる程度だけど、田中相手だとヤバいくらいマジで爛れてしまう。もうトロトロのドロドロだ。もはや誰も助けてくれないところまで来た。自分の実家がどこにあるかわからない程度だ。ホント帰り道わかりません。俺もう両親の顔見られません。盆暮れ正月とかもう帰りたくありません。無理。絶対無理。どうしよう。頭が切り替わらない。どうやって昔の俺に戻ればいいの?

 「山本さん、こぼしてるけど」

隣から何か聞こえる。何ですか。

「デスクの上にサンドイッチの汁がこぼれてるんだけど。もうすぐパソコンのキーボードに当たりそうなんだけど」

えっ、それは嫌だ。俺は慌てて自分のデスクの上を見ると、食べかけのサンドイッチからトマトの汁が滴り落ちていた。これヤバい。ティッシュで拭いた。

「…火曜日に休んでからなんか変じゃない? まだ具合悪いの?」

なんだ、俺がLINE入れてないってバカにする女か。心配するな、俺は絶対LINEやらない。

「具合は悪くないけど。今日金曜日だし。また週末よく休むから」
「だね。それにしても、ぼーっとしてるよね、休憩時間なんか」
「そうかな。うーん、なんだか食欲なくてさ」
「そりゃあ毎日コンビニランチじゃねぇ。彼女に美味しいものでも作ってもらったら?」
「作ってもらってるから、ご心配なく」
「えっ、山本さん、彼女いたの?」

正確には、彼氏だ。しかも人間じゃない。人間じゃないくせに、普通の会社に普通の顔して勤めてる。ていうか、何でそんなに驚くんだよ。そんなに彼女(彼氏)がいるのが意外かよ。

「まあそこらへんはぼやかしといて」
「あーわかった。聞かなかったことにしとく」

そんなこと言って、来週には同僚全員に噂が回ってるに違いない。もういい、俺は諦めてる。

「悪いけど、今日も定時で帰るから、俺」
「いいんじゃない? 今あんまり忙しくないから、みんな早く帰ってるよ」

 残業なんかしてられるか。こんな状態で会社になんかいられるか。いや、残業あんまりないからナチュラルに帰るけど。俺は早く帰って田中に会いたい。とりあえず会いたいって思う時点で脇道に滑り落ちてる。まだ昼休み中かな。スマホを取り出して、頑固にもメールで話しかける。

『俺、今日定時で上がります。そっちは?』

すぐに返事がある。いいことだ。

『少しだけ残業あるかも。でも大したことないと思う。なるべく早く帰ります』

ああ、これはもう結婚してる。余裕で結婚してる。どっちの苗字かわからないが、俺とあいつは同姓同名だ。

『今夜、また泊まってっていい?』

こんなこと聞くかよ。メールに残すかよ、俺。

『当然ながら、金曜の夜から月曜の朝まで帰さない予定』
『マジレスすると爛れ切った生活に戸惑いを禁じ得ない』
『こういう時は我に返っちゃダメ』

そうか。そうだよな。我に返るのだけはやめておいた方がいい。

『じゃあ予定通り爛れた週末にする』
『心配しなくても俺の腕の中で俺以外何も見えなくさせてあげますから』

…あ、ダメだ。まだ昼間だっていうのに。午後の仕事が残ってるのに。田中との爛れに爛れ切った生活が頭の中をよぎっていく。記憶だけの快感で気が遠くなりそうだ。…そういえば、田中に言われてた。時々俺は無駄に色っぽいフェロモン出してるらしい。そんな時は何でもいいからトイレにでも駆け込んで落ち着くまでこもってろって言われた。今の俺、そうするべきですか。そうするべきですね。はい、トイレ行ってきます。用はないけど。

 午後の仕事は長かった。たったの4時間程度なのに。たったの4時間。あっという間だろ。それがこんなに長く感じるなんて、俺はいい加減仕事を干されるんじゃないかと危機感が襲ってくる。大丈夫だよな、この4時間ちゃんと働いてたよな。5時を過ぎたのでパソコンの電源を落としてデスクの上片付けて、俺はさっさとタイムカードを押した。誰も俺に話しかけるな、特にハゲ。このまま帰宅させてください。

 いつもの最寄り駅まで無事に帰ってきたら、コンビニの前で田中に会った。手にはスーパーとコンビニ両方の袋を下げている。俺はポカリの2リットルがほしい。自分の家の冷蔵庫に入れる用。

「あ、おかえんなさい。俺ダッシュで仕事終わらせちゃいましたよ」
「残業じゃなかったの? 凄い早い」
「ブッチしてきました。月曜日でいいです、もう」
「田中さん、堕落してませんか」
「大丈夫。俺、仕事できるイケメンだから」

軽くむかつく。俺は仕事ができる方かどうか、自分ではよくわからない。最近の俺はかなりできない方だと思う。コンビニに入ろうとすると、田中に止められた。

「ポカリなら買いましたけど」
「いや、俺んち用にほしいんです」
「もうほとんど田中家の住人なのに、今さら?」
「一応買わせて。常備させて。俺の冷蔵庫も使わせて」

可哀想な俺の部屋は、最近あまり電気も付けていないし冷蔵庫も使ってやっていない。俺は田中と半同棲生活に突入している。仕事が終われば一緒に田中の作った晩飯を食べるし、朝は田中オムレツを食べてから一回自分の部屋に帰って着替えて出勤して、あとは適当に自分の部屋で洗濯したりアイロンかけたりしている。考えてみたら、田中と半同棲生活していると、俺の電気料金や水道代が少なく済んでありがたい。もう一緒に暮らすべきですか。

「なんか部屋が二つあるのがもったいないみたいですよねえ」

飲み物売り場で2リットルポカリを取り出した俺に、田中が脳天氣な声をかけた。

「…そこ微妙なところだから、そっとしといて」
「もう一緒に暮らしちゃえばいいのに」
「いいの。今のままでいたい」
「非合理的じゃないですか」
「何となく最後の一線守らせて」

レジで金を払いながら、俺は凄く意味のないことを言ってるなと自分で呆れた。ここまで一緒にいるんだったら、こいつの部屋と俺の部屋の間の壁ぶち抜いて広い102&103号室にしてもいいと思う。で、もうちょっと広いベッドを調達する。今のベッド、シングルだから狭い。え、ダブルベッドですか。ダブルベッドで何するんですか。いっそ毎晩エンドレスですか。この発想、終わってる。いや、俺は今さら自覚するまでもなく終わってる。

「山本さん、なんで肩落として歩いてるの」
「なんでもありません、そっとしといて」
「相変わらず往生際の悪い人ですねえ」
「もはやそれ俺のチャームポイント」

 アパートに到着して、とりあえず俺は自分の部屋に向かう。

「ちょっと着替えてきます。あ、掃除機かけてくるわ」

絶対掃除機をかけるべきだ。いつから俺は掃除していないんだ。

「なんですかそれ、新手の焦らしプレイですか」
「たまには掃除した方がよくね?」
「まあ、たまにはね。じゃあ俺も掃除機でもかけよ。終わったら来てください」
「はい、また後で」

やあ、久しぶり、俺の部屋。毎日帰ってはいるけれど、何とも言えないご無沙汰感は否めない。風呂とか壊れてるんじゃあるまいな。とにかく掃除をしよう。適当に。俺はスーツから普段着に着替えて、掃除機を取り出した。こんなに使わない掃除機だから、高いものなんか買わなくて良かった。うっかりダイソンなんか買ってたら、元を取るために毎日掃除機かけなきゃならない。

「…なんか汚れてるなあ。埃立ってる」

ぶつぶつ文句を垂れながら、俺は掃除機をかけた。テーブルとか埃がたまってる。拭かなきゃ。読み終わった雑誌とか鬱陶しい。縛って捨てなきゃ。最近、雑誌なんか興味なくなった。大好きなマンガ連載している月刊少年マガジンだけ買えばいいと思う。月マガは分厚くて捨てるのがまためんどくさいけど。

「あ、洗濯しないと」

一昨日からためておいた下着やらワイシャツやらを洗濯機でぐるぐる回す。ワイシャツはアイロンをかけなければいけないので、これまた面倒だ。アイロンをかけるべきワイシャツが2枚あった。ハンカチもあった。洗濯してる間にアイロンでもかけるか。俺のワイシャツ形状記憶だからホントはアイロンかけなくてもいいんだけど、俺は何故かアイロンをかけずにはいられない。決してアイロンが好きなわけではない。ただのくせだ。アイロンのコンセントを入れていたら、電話が鳴った。田中だ。

『あ、まだ掃除中でしたか?』
「今は洗濯とアイロンだけど」
『ずいぶん本格的に取り組んでますね。今日うち来ないの?』

行っちゃうに決まってんだろバカ野郎。と、俺はすぐに思う。いつの間にこんな男になったの俺。

「行くけど。洗濯物干して、アイロンかけ終わったら行く」
『たまには外に飲みに行きますか。駅前の鳥八とか』
「行ったことない。知ってるけど」
『焼き鳥、美味いです。俺が美味いって言ってるんだから、信じられるでしょ』
「焼き鳥かあ…しばらく食ってないなあ」
「ていうか、アイロン俺が手伝いましょうか」
「うわあ」

なんでお前、俺の部屋にいるんですか。いきなり入って来ないでください。お願いだから。びっくりするから。

「電話代もったいないですよね、どうせ隣なんだし、直接喋った方が早いし」
「ま、まあね…」
「アイロンかけるのどれ?」
俺はワイシャツ2枚とハンカチ何枚かを指差した。
「えっ、ワイシャツにわざわざアイロンかけてんの? 形状記憶シャツじゃないの?」
「形状記憶だけどかけてる」
「山本さん、これほっといても大丈夫だけど。何その強迫観念」

強迫観念なのかこれって。子どもの頃からお袋が親父のワイシャツにアイロンかけてたから、そうしなきゃダメなんだと思ってた。

「試しにこのまま着て出勤してみて。そのうちアイロンから解放されるから」
「そうかなあ」
「そうです。あ、ハンカチはかけてあげますから」
「ありがとうございます…」
「洗濯は? 終わってんじゃないの?」

そういえば洗濯機がピーピー言った。

「すいません、干してきます…」
「そしたら仕事も早く終わって、早く飲みに行けますからね」

田中は無駄にかいがいしいと思う。こいついつでも主婦になれる。料理が上手なだけじゃなく、家事も育児も何もかもできそうだ。しかも仕事までできるイケメン。どうして女が寄って来ない?…そういやナンパされてたか。なんかむかつく。

 駅前の鳥八という焼き鳥屋には、初めて入った。そもそも一人でこんな店に入ったことがない。好き嫌いのない俺は、焼き鳥ももちろん好きだった。塩味の焼き鳥が好きだ。タレは甘いので、塩味だ。

「…外で飲むとか、何だか健康的だな、俺ら」
「たまにはドロドロに爛れてないのもいいでしょ」
「田中さん、声が大きいです。俺、恥ずかしい」

適当に注文した焼き鳥の大軍が嬉しく俺を襲ってくれる。本当だ、ここの焼き鳥いける。ビールが進む。田中と一緒にいると、俺はいつでもビールが進んでしょうがない。もしかして、飲まなきゃやってらんないのか。飲まなきゃやってらんないほど好きなのか。そんな自分から目をそらしたくて飲んでるのか。田中がビールぐびぐび飲んで、思わぬ言葉を吐いた。

「実は来週の土曜日、プチ社員旅行があるんですよ」
「え、何それ嫌だ」
「一瞬で嫌がりましたね」

悪かったな。今や俺はお前の虜。週末に田中がいないとかあり得ないだろ。

「土曜日だけ? 日帰り?」
「希望者は一泊ですが」
「一泊とか嫌だ。行かなきゃダメなの?」
「意外と義理堅い俺は休んだことがないんです」

来週の土曜日って、一週間後じゃないか。今週は金曜の夜から月曜の朝まで爛れられるとしても、来週の予定は著しく狂ってしまう。予定って言うほどのものじゃないけど。

「じゃあ、行くの?」
「どうしよっか」
「休めるの?」
「まあ休んでもいいんですが、俺が休むの凄く珍しい現象なんで、何があったか怪しまれるかも」

怪しまれるって何をだ。いいじゃないか、社員旅行なんて今どき行かなくても。そんな親睦しなくても人気者だろイケメン。はっきり言います。行かないで。

「…休んじゃえ。休んで俺とどっか行こ?」
「嬉しいこと言うなあ、山本さんたら、愛してる」
「だから声大きいです。俺は恥ずかしい」
「何を言ってるんですか今さら。俺と付き合ってるって町中の人が知ってますよ?」
「えっ、何で!」
「冗談です」

なんだ嘘か。心臓持たないから、その手の嘘やめてくれますか。

「山本さんから引き止められたから、行くのやめようっと。ちょっと待っててくださいね」

田中はポケットからスマホを取り出して、何か打っている。欠席通知か。もしかしてそれLINE?

「とりあえず幹事だけには伝えとかないと。週明けたら上司に言います」
「どんな言い訳使うの」
「実家の用事。法事ってのはあまりにも見え透いてるし。急な家族会議にでもしとこうかと」
「家族会議ねえ。そんなのあり得る?」

田中はテーブルにスマホを置いた。ちなみにこいつも俺も黒のiPhone5だ。とっても仲がよろしいのね。電車に乗ってても道を歩いていてもiPhone5の奴なんて腐るほどいるけど。

「そうですね、俺、妹がいるんで、脳内結婚相談とか受けたことにします」
「妹がいたのか。知らなかった。イケメンの妹なら可愛いんだろうな」
「あー確かにモテますね、あれは。でも俺と違って結構真面目だから結婚遅そう」

兄の方だって結婚してないじゃないか。妹のこと言えない。待てよ、狼男の妹なら、狼女なのか。ちょっと聞きたいけど、それは後にする。

「で、プチ社員旅行は休めるんですか」
「はい、オッケーです。来週の週末もその次もまたその次も俺はあなたのもの」

はっきり言うが、俺は喜んでいる。手鏡出すなよ、俺は今、自分の顔を見たくない。口元がむずむずする。多分緩んでいる。

「そうですか、来週も田中さんは俺のものですか」
「嬉しいでしょ?」
「…別に」
「わあ何ですかそのツンデレ準備中。言ってることと顔が全然違いますよ」

そんなことわかってる。言われなくてもわかってる。だけど何となく抵抗したい。

「大事なことだからもう一度聞きますけど、嬉しいんでしょ?」

ここで「うん」と言ったら負けな気がする。今になって勝負してもどうにもならないけど。

「嬉しいって言わなきゃ、社員旅行行っちゃいますよ、しかも一泊で」
「やめてそれ嫌だ」
「じゃあ素直に認めてくださいよ。山本さんが引き止めたくせに」
「…嬉しいです。俺とどっか行きません?」

目の前に焼き鳥が一本突き付けられた。俺は思わず口を開いてかじってしまった。何この図、俺たちイチャつき過ぎだろ。周囲の視線が痛い。けど、俺は麻痺してわからない。

「ドライブにでも行きましょうか。レンタカー借りますよ」
「田中さんが運転してくれるの?」
「俺、運転上手いですよ。山本さんが運転してもいいけど」

残念ながら、俺はあまり車を動かすのは好きじゃない。便宜上免許は取ったが、助手席専門の方が楽だ。

「運転はおまかせします」
「なら助手席で楽しんでください。信号で止まったらキスしますからね」
「だから声が大きいです。俺もう帰りたい」

 ここで帰るのももったいないので、焼き鳥を腹一杯食ってからアパートに帰った。もちろん田中の部屋に直帰だった。ああ、今週末も爛れた足掛け三日を送るんだな。鳥八でも微妙に爛れた空気を醸し出していたかもしれない。もうあの店、行かない方がいいのかな。美味しかったんだけど。行ったらホモだとか言われたりして。大事なことだから言っておくけど、俺はホモじゃない。女が好き。だけど田中も好き。こんな自分はちょっと嫌い。



(続)

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