ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

キラキラしたい☆コミュの【12】月のかたちと二人のかたち(12)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 月曜日の朝は、世界で一番憂鬱だ。これから5日間も続けて働かなくちゃいけないんだ。土曜日の休日出勤なんかあろうものなら、上司の前で涙を流してもいい。しないけど。この時期はあまり忙しくないので、残業も休日出勤もなくて助かる。最寄り駅のホームで電車待ちをしていたら、胸ポケットに入っているスマホが振動した。

『今日何時頃帰りますか? 季節先取りしておでん作ってますから来てくださいね。ていうかLINE入れて。不便だから』

おでんか。もうおでんの季節か。そういえばセブンイレブンではもうおでんを売り出していた。セブンのおでんはやっぱり一番美味しいと思う。だが、本日只今俺の目の前にぶら下げられているのは、田中おでんだった。

『多分定時で上がると思います。おでん楽しみにしてます。ていうか俺はLINE入れたくない。メールでお願いします』

何なんですか、この文通は。田中は俺の妻ですか。仕事で疲れて帰ってくる夫のために、かいがいしく晩飯作って待っててくれるんですか。そしてベッドの中では野獣ですか。文字通り狼ですか。俺の方がぶち込まれるんですか。何かおかしくないですか。あ、電車がホームに入ってきた。

 先週の金曜日の夜から土曜日の深夜にかけて、俺は一度死んだ。と言っても過言ではない。命日だと言ってもいい。この満員電車に乗っている男性サラリーマンの中で、一体何人がこんな体験したことあるのだろう。全く変化のない毎日を送っていたというのに、突然アパートの隣人からナンパかまされて、そしたらそいつが狼男で、おまけにホモで(バイか)、物凄く料理上手で餌付けされて、気付いたら俺は処女喪失だ。たったの一週間でこの展開だ。ケツがむずむずする。ボラギノール買ってきた方がいいかもしれない。

 そういえば、昨日新たな事実が判明した。聞いていなかった方がおかしいのだが。何と、田中と俺は名前が同じだった。苗字は違うが名前が同じだった。俺の名前は『一馬』というのだが、田中の名前も『一馬』といった。いくら何でもネタだろうと怪しんだが、田中のパスポート(期限内)を見せてもらったら一目瞭然だった。狼男のくせに、パスポートなんか持ってやがる。俺なんか本州から外に出たのが北海道くらいの経験しかないのに、むかついた。フィンランドはいい国だとか言っていた。悔しい。俺も行きたい。沖縄のキラキラの海で泳ぐとか、小笠原でイルカと泳ぐとか、沖ノ鳥島に見学に行くとか、やってみたい。最後のやつは多分できない。そしていずれも日本国内だ。外国に行ってみたい。別に田中と行きたいと考えているわけではない。でも、頭に思い浮かぶのは何故か田中と二人で観光旅行している図だ。俺の頭は新婚旅行キャンペーンか。またスマホがぶーぶー言い出す。

『俺も多分定時で上がります。俺の方が遅かったらすみません。そこは適当に』
『了解。ビール買ってきます』

なんてこった、もう余裕で夫婦じゃないか。苗字が一緒になったら、同姓同名になっちまうじゃないか。

 電車を降りて一駅だけ乗り換えて3分歩くともう会社だ。しみじみ便利な場所に住んでいる。今となっては、あのアパートを選んだことが良かったのか悪かったのか俺にはわからない。会社に着いてロッカーにバッグをしまってデスクに座り込むと、思わず溜め息が出た。月曜日から溜め息なんかつくなと、上司から軽く怒鳴られた。お前に俺の深い悩みなんかわかるわけない。もういい、俺はエクセルと電卓が友だちだ。ハゲた上司の世話なんか焼いてられるか。

 昼休みまで光の速さで仕事をしたが、二つミスした。ハゲに叱られた。物凄く不愉快だ。これというのも、そもそもは田中が悪い。俺はへこへこと頭を下げて、昼飯を買いに外へ出た。夜は田中おでんだから、昼はおでんじゃないものにしよう。と確かに考えていたのに、気付いたら俺はセブンでおでんを買っていた。デスクではんぺんをかじっていたら、同僚の女の子に「えっ、もうおでん? 流行に敏感だよね山本さん」と笑われた。俺がLINEやってないことをいつも笑うくせに、こいつ。つまらないので、セブンのおでんを田中に写メしてやった。俺のピースサイン付きで。想像した通り、すぐにメールが返ってきた。

『夜はおでんだって言ったじゃないですか、俺のこと怒らせてるんですか』

そりゃそうだよな。怒るよな。

『田中おでんがあんまり楽しみなので、前菜にセブンおでん選んじゃいました』

この大根、まだ味が染みてない。もっとぐずぐずになってるのはなかったのかな。

『俺のおでんの方が美味しいので。あと、あんまり俺のこと怒らせない方がいいです。超絶気持ちイイ目にあわせますよ』

気持ちイイならいいじゃないか。もう痛くしないで。ホント痛かったから。実を言うと痛いだけじゃなかったけど。それはわざわざ言わなくてもいいと思う。

『ごめんなさい。田中おでん楽しみです』

今セブンのおでんを食べても、田中おでんはきっと間違いなく美味だ。俺の舌は田中に餌付けされているので、多分何を食べても田中の作るものが一番美味しく感じるに違いない。

 残業の必要もなく、5時過ぎには会社を後にすることができた。午後はミスをしなかった。時刻が遅くなればなるほど、早く仕事終わらないかなとそわそわしていた。どうして。それは早く田中おでんが食べたいからだ。あくまでも、おでんが主体だ。俺はおでんが好きだ。決して田中に会いたいとか、そういうことじゃない。俺は俺自身にどこまでも抵抗する。抵抗やめちゃえば楽なのに。田中の「往生際悪いなあ」という声が、脳みその中に響く。やかましい。

 最寄り駅の自動改札を出ると、少し離れていつものスーパーの入口が見えてくる。やたらと明るいので、余計なものを見てしまった。あれは田中だ。

「ん? 一人じゃない?」

スーパーの袋をぶら下げた田中は、何やらとっても綺麗な女の人と立ち話していた。俺は思わずそこにあった本屋の影に隠れてしまった。何故隠れる。もちろん何を言ってるのかは聞こえないが、とりあえず物凄く楽しそうだ。しかもホントに美人だ。田中も無駄にイケメンなので、妙にお似合いだ。もしかしてスーパーナンパじゃないだろうな。ていうか何でナンパしてんだよ。お前今ナンパする必要あんのかよ。ついこの前、俺のことナンパしたばかりじゃないのかよ。いつまで話してんだよそこの二人。あ、二人して同じ方向に歩き始めた。俺も思わず後を追う。こっちって俺らのアパートの方角じゃないか。どうしてこのカップル、仲良さそうに連れ立って歩いてるの。俺はビールを買う用事をすっかり忘れて、二人を尾行してしまった。当然ながら、うちのアパートの前まで来た。美人は会釈して、ちょっと手を振りながらさらにその先へ去って行った。田中もアパートの前で手を振っている。何あれ。俺、見たらいけないもの見ましたか。どうしよう。とりあえず電信柱がそばにあったので、その影に隠れてみた。田中はもう部屋に入ったか。

「山本さん、何やってんですか、そんなところで」
「わあ」
「今、俺のこと尾行してたでしょ。声かけてくれればいいのに、なんで隠れるの?」

田中が俺の目の前に立っていた。確かに田中だ。今日のネクタイは黄色か。ピカチュウ色だ。こいつ結構オシャレだな、黄色いネクタイが似合う。

「お、お、女の人と歩いてたから、お邪魔かと思って」
「何どもってんの。別に邪魔じゃないし」
「楽しそうだったじゃないか」
「ああ、ナンパされたんですよ。一応愛想笑いくらいしとこうかと」

なんだって。女からナンパされたのか。俺はそんなことされたことないぞ。

「ナンパされた、って。あんなところでいきなりナンパされるもんなのか」
「俺、イケメンらしいので。たまに女性からナンパされます」
「俺はされたことないぞ」
「俺がナンパしたじゃないですか。十分じゃないですか」

十分じゃないですか。何か違う。違う気がする。一生に一度ナンパされたのが男からの俺は何か違う。

「そ、それで、ナンパされてどうしたんだよ」
「いや別に。帰り道の方角が一緒だっただけ。尾行してたなら見てたでしょ。あの人は帰りましたよ、もう」
「つ、次に会う約束とかしたわけ?」

おどおどしている俺をじっと見て、田中は「まあ帰りましょう」と俺の腕を掴んで引っ張った。またかよ。俺はいつも田中に引っ張られて帰っていないか。

「離せって。スーツがシワになるだろ」
「ああ、すいません。まあとにかく入って。早く」

と言われて、ここはもう田中の部屋の前だ。田中が鍵を開けて、ドアに手をかける。

「入って。ほら、早く」
「え、ここって田中さん家」
「だから早く。おでん食べるでしょ?」
「は、はい」

この十日ほどで、一体何回この玄関から出入りしているのか俺は。やっぱりほとんど半同棲状態じゃないか。

 玄関先で、田中に中へ入るように急かされる。靴を脱いで上がる。田中がドアの鍵をかけた。チェーンはかけなかった。

「ほら、部屋行って」
「え、はい」
「あ、カーテン閉めてくれますか。そろそろ暗いし」
「は、はい」

そこらへんにバッグを置いて、言われた通りに窓のカーテンを閉める。急に部屋の中が真っ暗になった。

「はい、こっち」
「え?」

こっちと言われても、暗くてよくわからない。あ、田中の目が。目が光った。と思ったら、軽く突き飛ばされて俺はベッドに腰かける。

「嬉しいなあ、ヤキモチ焼いてもらった」

何だと? 誰がヤキモチなんか焼いた。そんな覚えは俺にはない。反論しようとしたら、田中の手のひらが俺の口をふさいだ。

「山本さん、ホントわかりやすい人ですよね。何考えてるのか丸わかり」

俺がもごもご言っても、田中は聞いてくれない。

「あなた俺のことが好きなんですよ、つまり。俺が知らない女と話してたから、不安になったんでしょ」

そんなことはない。断じてない。

「俺、おでんよりも山本さんの方が食べたい。ちゃんと安心させてあげますから」
「やっやめましょう、まだ夕方」
「いやもうすぐ夜ですから。大丈夫大丈夫、俺は今、山本さん一筋だから」

おい、勝手に服脱がせるな。勝手にネクタイ抜くな。

「やめましょう、明日も仕事だし」
「嫌です。やめません。俺をその気にさせるあなたが悪い」
「俺何もしてないのに」
「ホント無自覚で困った人だなあ。俺もう絶対山本さん離しませんからね。世界で一番好きです」

…そして結局、俺はまた抵抗すらできずに田中の言いなりになった。困ったことに、痛みが少し軽減していた。それだけではなく、ちょっと気持ちよかった。どうしてですか。ケツの穴ってそういうものですか。何か変なドロッとしたものたくさん塗られるから、痛いのは少しだけで済むし、当たり所が悪いと(いや良いのか)超気持ちイイし、ちょっと意識飛ぶし、何もかもあり得ない。既に俺は一般的な人生のレールから遥か彼方に外れまくってもう何も見えない。ここはどこ。俺って誰。お願いもうやめて気持ちイイから。頭の中が真っ白。



(続)

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

キラキラしたい☆ 更新情報

キラキラしたい☆のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。