山　都　町コミュの大空武左衛門と角盤の力くらべ

１、豊年子の乙松

　「戸屋尾（とやの）の乙松は太かばい」と乙松の豊年子（なみはずれの大きい子）振りが評判になりはじめたのは１０才位の頃で、背丈も５尺５寸（１．６６ｍ）に伸びていました。
　　戸屋尾は、田所村の枝村で緑川のがけべりの棚田と、畑を耕作すると７戸ばかりの貧しい村でした。
その村の太治右衛門さんの４男坊の乙松が、その豊年子でした。田所村の正因寺の坊守さんが、１間もあるお寺のへい越しに、柿を採っている子供がいたので、大声で叱るとはしごを踏みはずしたら大変と思い、外に廻って見ると、大きな男が柿を取っていました。これが乙松で、軒先に.つるしてある干柿をとったり、戸口上の鶏屋の卵をとったりして、大男でなければ出来ないいたずらをして、人々を驚かしていました。
　　１５才頃には、身丈も６尺５寸(１．９６ｍ)以上になって力も強く、緑川の勘場や津留村で、菅や目丸から切り出きれた材木の管流しの集材や、いかだ組の仕事で２人分の賃金をもらっていました。
　　ある夏の頃、肩ま.で水に入っていかだ組をしていた時に、いかだ師が手伝いするつもりで飛込んだところが、背も立たない深みでおぼれかけたのを、えり首をとらえていかだの上におしあげたそうです。

２、武左衛門と名乗る
　　６尺７寸もある大男が、何時までも幼名の乙松でもあるまいと、１６才の兵子祝を機会に武左衛門と名乗りました。毎日の労働で体もたくましくなりましたが、いたずら気は抜けず、折角八朔祭を見物に行って２階ばかり見て帰り母親に「八朔祭はなかった。２階で昼寝どんしとらしたバイ」と言ったという。又、浜町に買物に行って、２階の戸をたたいては店の人を仰天させたりしていました。
　　ある日、浜町へ行く途中に小原村で道をふさいでいた牛を、引直すのも面倒と思い、ひょいと牛をまたいで通ったので、見ていた人が驚きました。この話が広まって誰言うともなく「牛股武左衛門」と言うようになりました。２０才頃は上背が７尺(２ｍ１２）を越えて、カは強いし矢部で相撲に勝つものはありませんでした。
　　鳥追い、亀つるし、ちょうちんつぷし等四十八手にもない珍手を、得意としていました。鳥追いというのは、押出す時に普通指は上を向いているが、武左衛門の押出しは背が高いので指を下にして、１尺２寸（３６?）もあるうちわの様な手の平であおぎ立てるので、その名がつけられたそうです。
　　亀つるしは、組付かれて長い腕で後から揮をつるし上げると、相手は亀の様に手足を動かすので、この名がつきました。
　　ちょうちんつぷしは、相手の肩に手をかけて、長身と体重でちょうちんを畳むようおしつぷすわざです。
武左衛門は、このような珍しい相撲を取るので、大変人気者でした。

３、山田村の角盤
　　丁度その頃、山田村の百姓弥助のせがれで、覚助というものがいました。身丈は４尺３寸(１ｍ３０)の小男ですが、肩幅３尺(９０?）という珍しい体をしていました。覚助さんの相撲の仕切姿は、体が四角で手足が短いので、まるで碁盤を据えた様なかっ好で、誰言うとなく、角盤と呼ぴそれが四股名になりました。
　　角盤は相撲が上手で、どんな大男にも低い体を潜り込ませて、ひっくり返すのが得意でした。
　　１２月２０日頃でした。今日は山田村の年ぐ米を納める日です。村の人達はそれぞれ割当てられた米を牛や馬に載せて出かけました。弥助さんも牛に米俵を２俵載せて村はずれの土橋を渡っていた時に、犬がほえたので驚いた牛が暴れて、土橋を両足共踏み抜きました。
　　重い米を載せたままの踏抜きで、牛の腹が橋の上につかえて後足が宙になって、どうもがいても橋の上にはあがれません。村の人達が集って、牛の背から米はおろしましたが、牛だけはどうしてもだめです。
　　それで、丸太を持って来て、牛の腹の下に入れて左右からかかえ上げようとしますが、狭い橋の上ですからそれも出来ません。
　　近くに仕事をしていた覚助さんが、使いの人からこの話を聞いてとんで来ました。そして泡を吹いて白眼をむいて興奮している牛の首をなでてやりますと、少し落ちついてきました。
　　それで、家から持って釆た厚い板の上にカマゲをのせ土橋の下に降りて、厚い板を自分の背に乗せて、宙になっている牛の足の下にもぐり込みました。牛も足がカマゲの上に乗るとさわがなくなりました。頃はよしと、覚助さんが「うーん」と下から腰を伸ばして持上げますと、８０貫〔３００?) もある牛が次第に上り背中の板が土橋のけたにつかえるころになると、覚助さんの合図で弥助さんが「ハイッ」と手綱を引くと、牛は何事もなかったように踏出して橋を渡りました。
　　これを見ていた村の人達は、覚助さんの強力と牛をいたわるやさしい心根に拍手かつさいをしました。
　　党助さんは二俵の米を背負うと「親父きん、年ぐ米はおれが納めて釆るけん、牛はひいてもどんなはり」
と言って、村の人達と一緒に会所に納めに行きました。
　　覚助の強力は、矢部中の評判になりました。それが何時の間にか「山田の角盤は牛をかたげたゲナ」と誤り伝えられました。

４、武左衛門と角盤の力くらぺ
　　武左衛門の相撲は大男でなければ出来ないわざ、角盤は小兵でなければ出来ないわざで、両方共に身体的な特長がありますが、まだ取組んだことはありません。
矢部中の相撲好きの問で、どちらが強いか話題になるにつけて、お互いも力くらべをして見たいと思うようになりました。
　　ある日、角盤が力くらべをしようと、戸屋尾村に行きましたが、武左衛門は勘場に仕事に行って留守でしたので仕方なく帰りました。
　　翌朝、村の人が天神様にお参りに行きますとなんと、お宮が背をむけています。びっくりして早速板木をたたいて村中の人達を集めて、半日もかかってお宮をもとの位置になおしました。
「これはきっと、内大臣の馬子岳の天狗の仕わざバイ」
と村人は話していましたが、武左衛門は角盤が来てやったことがわかりました。
　　その翌日、今度は山田村の人達がびっくりしました。朝早く村のおばあさんが、観音さんにお参りに行って手を洗おうとすると手洗鉢がありません。はてなと見るとお堂の横にある榎の枝に、３０貫（１１２?）もある手洗鉢がのせてあります。ここでも板木をたたいて村人が集められ、半日がかりで手洗鉢が元のところにもどりました。
　　山田村では、これはきっと甲佐岳の天狗さんの仕わざと恐れていましたが、角盤は、
「武左衛門がやったなあ」
とわかりました。
　　それか、四、五日たって、角盤が又戸屋尾に行きましたが今度も武左衛門が留守でした。仕方なく帰り小原村まで来ますと、五老ケ滝にゆく道端の六地蔵が目につきました。
　　「よし、この笠石を下して、おれが来たしるしにしておこう」
と笠石の３０貫(１１２?)ばかりをおろしている時につい手がすぺって笠石を落し、その隅を欠いでしまいました。。
　　「ホイ、しまった」
と誰にも見付からぬように、急いで帰りました。
　　小原村の人達がこれを見付けて、大騒ぎしていました。町からの帰りにこれを見た武左衛門が
「角盤がやったなあ」
とわかりましたが、誰にも話さずに一人で笠石を元のところにのせて帰りました。
　　このことがあって三日ばかり後の朝、山田村の庄屋、三郎助さんが庭に出て何気なく見ると、昨日もみすりに使用したもみすりうすと「えんぷり」とが乗せてあります。びっくりした庄屋さんは早速村人を集めて、足場を作りゃっとのことで、軒先からおろしました。
「甲佐岳の天狗様も近頃はよくいたずらしなはる」
と村人達はぼやいていました。
角盤はこの手伝いをしながら、
「武左衛門やったな」
と思っていました。
　　それから、何時とはなしに二人の力くらべのことが、矢部中に知れわたり評判になりました。
　　１２月もなかばを過ぎると、方々の村から年ぐを納める人や牛馬で会所は、ごったがえしています。
　　ある日、会所から呼出状が来ましたので、何事であろうと恐る恐る行きますと、角盤も釆ていました。
　　やがて呼び出されて会所の広庭に出ますと、正面に惣庄屋の布田太郎右衛門（布田保之助の叔父）が苦りきった顔で坐り、その左右に手代、小頭、書役、肝入等の村方役人がずらりと列んでいます。
惣庄屋が
　　「その方達は力くらぺに神様、仏様のお宮や手洗鉢を勝手に利用して、村人に迷惑をかけたること不届千万である」
と二人は大変しかられました。そして今日、会所の庭で力くらべをするよう命じられました。
　　やがて会所の大木戸が開かれると、知らせがあったとみえて町の人達が、二人の力くらぺを見ようと、どっと入って来ました。
　　先づ武左衛門から始めました。背中に米２俵を綱で背負い両手に一俵づつさげて、のっしり、のっしりと広い庭を一周しました。米俵の童さ１６貫（１６０?）大変な力で、見物人達は大かっさいをしました。
　次ぎは角盤ですが、倉庫の大きいかしのかんぬきを持ってきて、両端に２俵づつくりつけて、ひょいとになって広い庭を一周しました。
　　今までじいっと見ていた惣庄屋は、
「二人共見事であった。勝負なし引分け」
と判定を下しました。そして
「二人共、力くらべで村に迷惑をかけた科により、本日納入の年ぐ米の倉庫入れを命ずる」
と言渡して、ニヤリと笑いました。
　　武左衛門と角盤は顔を見合せて、ヤレヤレと言う顔をして立ち上がり、納入された年ぐ米百俵ばかりを、夕方までにお蔵収めをしました。さすが強力無双の二人共、ヘトヘトになりました。
　　この力くらべがあってから、二人は大の仲よしになりました。二人の取組はとうとう見ることが出来ませんでした。それは、お互いの力をよく知っていたからです。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（語り手井上清一)