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天然記念物コミュの青島の隆起海床と奇形波蝕痕 / 青島亜熱帯性植物群落

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 宮崎県宮崎市青島・折生迫(オリウザコ)

 1921年03月03日、「青島亜熱帯性植物群落」が天然記念物に指定。
 1934年05月01日、「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」が天然記念物に指定。
 1952年03月29日、「青島亜熱帯性植物群落」が特別天然記念物に指定。

 日南海岸国定公園内。
 青島は加江田川河口の南方、日向灘に面した海岸近くにある面積0.044km²・海岸線長0.86km・最高標高6・0mの島で、陸繋島になりつつある。対岸は青島海岸と呼ばれ、青島海水浴場・亜熱帯植物園・青島リゾートこどもの国・青島温泉等のある一大観光地になっている。
 青島から南方の宮崎・日南両市の境界に当たる「いるか岬」に至る日南海岸は、砂岩と泥岩が交互に重なった油津層群からなる山が沈降して海に浸かり、波に侵食された後に僅かに隆起する事で「隆起波食台」と呼ばれる地形が形成された。規則的に重なった地層が緩やかな傾斜をなしているため階段状に侵食されており、巨大な洗濯板のように見えることから鬼の洗濯板(岩)と呼ばれる。宮崎県南部海岸には南西から北東に向かって黒潮が、同北部海岸には北から南へ沿岸流が流れており、これらの潮流によって貝殻の破片などが集められ隆起波食台上に堆積する事で青島が形成された。
 島では200種類以上の植物が確認されているが、そのうち熱帯性及び亜熱帯性の植物が27種あり、北半球最北の亜熱帯植物群落となっている。中でも枇榔(ビロウ)の大群落は極めて貴重である。
 本来ならば冬季の寒さで枯死する筈の高経度の場所にこのような熱帯性及び亜熱帯性植物の植物群が存在する理由として、二つの説が提起されている。
 一つは海着帰化植物説で、この説によれば島の沖を流れる黒潮によりフィリピンや沖縄方面から南方系の植物の種子や生木が漂着し繁栄したとされる。
 もう一つは遺存説で、中生代に繁栄した高温に適する植物が気候・風土・環境に恵まれたこの場所に取り残され、今日まで生き延びたとの考えで、現在ではこの遺存説が有力視されている。
 青島対岸にある縄文時代後期から晩期にかけての遺跡である松添貝塚からは、加工されたクジラの骨・多種の魚骨・貝殻が出土しているが、特に装飾を施した骨針が多く見受けられる。これは『記紀』の海幸・山幸神話で山幸彦が自分の十拳劔(トツカノツルギ)から1000の釣針を作った話を髣髴させ、有史以前から海洋民が居住し、青島が海洋信仰の聖地となっていた事を物語っている。
 『記紀』によれば、神武天皇の祖父に当たる山幸彦こと天津日高彦火火出見命(アマツヒダカヒコホホデミノミコト)がは兄の釣針を探すため、潮流の神である塩筒大神(シオヅツノオオカミ)に導かれて海神宮(ワタツミノミヤ)に赴き、帰還した際に青島に上陸して宮を営んだとされるため、その宮跡に天津日高彦火火出見命とその妃である豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)、及び塩筒大神を祀る青島神社〔村社〕が創建された。
 上古から青島は霊域となっていて、少なくとも平安時代初期には青島大明神の名で信仰を集め、全島が禁足地とされていた。
 青島神社は中世に一旦衰微したが、文亀3(1503)年に戦国大名伊東尹祐(タダスケ)によって再興されて以降、伊東氏の尊崇を受け続けた。寛文2(1662)年には大地震に見舞われて、青島背後の下加江田村という200戸程度の村落が瞬時に水没したとされ、社殿は貞享4(1687)年に再建されたが、創祀の古伝を記した旧記古文書類は失われてしまった。
 飫肥(オビ)藩主伊東氏は島奉行を任命して島内の樹林や磯辺を監守させた他、牛馬を渡島させたり発砲を禁じたりと一切の汚穢を警戒させていた。入島が許されるのは神職と島奉行のみに限られ、村民は対岸の尖浜に拝所を設けて遙拝していた。貴重な亜熱帯植物群落が維持されたのは、このお陰である。
 元文2(1737)年、当時の神主であった長友肥後が藩主伊東祐隆に解禁を申請し、以来、弥生後半の一時期に限り一般人の参詣が許されるようになり、明治以降は年間を通して立ち入り可能になった。
 大正9(1920)年3月、皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)が行啓した折に初めて本土との架設が行なわれ、当時の御歌所所長入江為守が3月に因んで弥生橋と命名した。植物学者である昭和天皇は青島の亜熱帯植物群落に強い関心を持っており、昭和24(1949)年にも再訪している。なお、初代弥生橋は昭和15(1940)年の台風によって全壊し、現在のものは昭和26(1951)年に架け替えられた物である。
 昭和37(1962)年には皇太子明仁親王(今上天皇)夫妻も青島を訪れ、これが契機となって新婚旅行客が急増、観光地として殷賑を極める事となった。
 平成時代に入ってからは往時の賑わいは失せたが、それでもなお、平成15(2003)年当時のデータでは年間約70万人の観光客が訪れている。

+アカウミガメ及びその産卵地
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=72773045&comm_id=320240
◎青島・日南海岸
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+青島村古墳
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☆内海のヤッコソウ発生地
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=72772601&comm_id=320240
*内海のアコウ
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=72771016&comm_id=320240
☆日南海岸国定公園
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=23455887&comm_id=2532259

コメント(8)

青島神社です。

左;一の鳥居
中;表参道
右;神門
青島神社です。

左;拝殿
中;元宮
右;同上
青島神社元宮参道の亜熱帯植物です。
加江田海岸から見た青島の夕景です。

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