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イズミヤのバラッドコミュの「80'のバラッド」A.Aレビュー/ vol.1

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1978年発売。楽曲的にもスタイル的にも洋楽のコピーの域を出ない、その他雑多な日本のロックアーティストの作品の中で、イズミヤの「'80のバラッド」は、発売から20年以上経った2004年現在においてなおも、まさに出色であると言わねばならない。おそらく彼自身が多大な影響を受けたであろう、ボブ・ディランの最高傑作と誉れ高い「ブロンド・オン・ブロンド」や「追憶のハイウェイ61」と比べても、このアルバムはまったく遜色のないパワー、テンションと楽曲内容を伴っている。くだらないオリジナリティならば素晴らしいサルマネの方がよほどマシである、と僕は常々思っているのであるが、このアルバムはまさに“素晴らしいオリジナリティ”によって、日本のロックミュージックの最高峰に位置するものであろう。
当時は“バラッド”という語感がまず、新しかった。“バラード”ではなく“バラッド”。岩波国語辞典によれば“<1>自由な形式の叙事詩。物語詩。譚詩(たんし)。<2>音楽で、語り物的な歌。また、そのような内容・感情を器楽曲に移したもの。譚詩曲。「バラッド」とも言う。フランス/ballade”とある。つまり、意味合いにおいて“バラード”と“バラッド”は同じであるが、“バラッド”という語感を選んだところにイズミヤの感性を見る。そして、確かにイズミヤの新しきロックンロールの物語=バラッドはこのアルバムから始まったのである。
ショッパナは、まさに大いなる物語のイントロダクションに相応しい「翼なき野郎ども」だ。テレキャスター独特の硬質なアルペジオでゆるやかにインし、決して仰々しくなく軽快に流れ出す、アタマ打ちを強調したリズムセクション。そのまったくの湿っていなさ、どこまでもカラッとした空気感は希有である。未来からの予言のような演奏…充分に軽やかで、しかし野太く正確無比なリズムを繰り出すのはドラムの正木五郎&ベースの吉田健、そのうねりにクリアで鮮烈なエッジを刻み込むのはギターの芝山兄弟(元サンハウス)、演奏の心地よい乾燥度〜湿度をコントロールするのはキーボード界のホンコン、中西康晴だ。で、歌い出しはイキナリ“火力の〜”だよ。こんな歌詞見たことない…“火力の雨降る街角/謎の砂嵐に巻かれて”…とまったく新しい歌詞は新しいままで続く…“足取られヤクザいらつく/午後の地獄/フザケた街にこそ/家族がいる”…この頃のイズミヤの歌詞はとにかくキレる、キレがいい。情けなさが追いつめられて牙を剥く、その瞬間の新鮮な凶悪を音楽で包み込み、連続的な爆発を繰り返し繰り返しゲームのように弄んでいる、そんな風に聴こえる。いや、言い足りない。どう表現すればいいのだろう、外国の詩を、うまく訳せなかったが故にチグハグな言葉をつなぎ合わせてふと見れば、なんだよ、カッコヨクなっちゃった、てな感じか(?)。非常に洗練されたカットアップ的な単語の並び。“こんな街だから/何にもしなくても/イラつく”“なのに/風にならない都市よ/なぜオレに力をくれる”…シュールだ。一般的にシュールな詩といえばついついアングラ風に、とかく退廃的な世界へと向かいがちであるが(僕が一番苦手なイメージだ)、イズミヤが“火力の〜”と歌い出したこの瞬間、日本のシュールが変わったと思う(ほとんどの奴は付いて来れてないけどね)。シュールでありながらデカダンスとは真逆の生の充溢、不満を高らかに表明する肯定。イズミヤの歌詞にはそれがある。そして、散らばる言葉、転がる歌、乾いた演奏の全ては“飛びっきりの女に逢いに行こう!”という究極のスローガンへと結晶するのだ。
このアルバムが発売されたのは1978年であるが、同年春にはフォークロック界の大御所ボブ・ディランが初来日して武道館公演を果たしており、そのライブを「どいつもこいつも白塗りのディランのことをとやかく言うが、分からぬバカばっかりだ。ヤツの言葉は固まりとなってガンガン降り注いできたぜ」と評したイズミヤは、それから間もなくリリースされたこのアルバムでディランに対して惜しみのないオマージュを捧げていように見える。2曲目の「海をにぎりしめる少年」には“いつまでも若くしてろとそんな歌が波にまぎれ”と、さりげなく「フォー・エバー・ヤング」が引用され、“(遠い)答えは”風に舞っているのではない、“寝ている”のだ、と呟いて締めくくる「遠い生活」の最後の部分は、「風に吹かれて」のバリエーションか。また、前年の1977年はセックス・ピストルズを頂点としたパンクムーブメントが世界を圧巻した年でもあり、このアルバムがどこかパンキッシュであるのも当然であろう。
軽妙な味わいの「海をにぎりしめる〜」がフェイドアウトし、次の瞬間、叩き起こされるように始まる「デトロイトポーカー」。リズムがのたうち、ギターがそれに続く。イズミヤの咆吼だ。“エイジ/青い奴らが手引きする/赤い街のゴミになる気かよ/オオッ!?”光り輝くような濁声(ダミ声)。またしてもキレまくる歌詞。やはり情けなさと凶悪のコラージュ。上昇するケバケバしさ。そこはネオンの光彩渦巻く異次元である。“エイジ/遠い窓の外に写る/カードをくわえたまま/生まれたならず者”…そうか、こいつがエイジなんだな、と演奏の密度にやられた朦朧たる意識の中で歌詞を追いながら理解する。“遠い窓の外に映る”…どうしてこんな言葉が生まれるのか。“デトロイトポーカーを知ってるだろう/ヤツの頭の中を指す/数が揃わねぇ”何だ、これ!?意味分かんねえよ、だが、すでに過去の意識は一掃されている。部屋の空気がきれいになったような気さえする。ビートルズでも、ストーンズでも、ディランでもない、しかもそれらと並び立つ日本のオリジナルなロックンロール、どうよ。これがそうだ。
やがて、この世の果てから漂ってくるような憂いを湛えた美しいピアノの旋律。唐突にそれを掻き消す垂直方向のカン高いギターのカッティング。ゆっくりと奈落へ、ニール・ヤングの言う“ブルー”のただ中へと沈んでいく演奏。イズミヤが声を放つ寸前に、“カ−ッ”と痰を切るようなバスドラの五連が叩きつけられる。アルバムのピークとなる「裸の街」のプレリュードだ。窓の外の黒い街は、このアルバムの主人公、“エイジ”が流れ着いた場所ではないのか。聴こえるのは“社会の口笛”…マジかよ。素晴らしく、愉快なフレーズ。オレに出来ることは一日中、女を愛することぐらい、と悪びれもせず“エイジ”はのたまう。“ブルーランプの部屋でお前と過ごしたい、それだけのオレ”…つまり、ここまで研ぎ澄ますために、すべてを削ぎ落としてしまったのだろう。全編を通してそうであるが、この曲にはイズミヤ自身も役者、音楽で参加している石井聰亙のパンク映画「狂い咲きサンダーロード」のイメージが色濃いように感じる。
B面では一転、軽やかな風に乗って聴こえて来るようなシアワセな「レイコ」が始まる。乾いたカウベルとギターのリフに導かれて、ワイルド&イノセントなイズミヤのボーカルが南国の野生と戯れ、無邪気な生と溶け合って照れながら愛を告白する。砂浜にいるような錯覚。青いやつらや赤い街、黒い街、そして“エイジ”の休息。ひとつのエデンの顕現だ。
独白じみた小品、「遠い暮らし」を経て、視点は、凶悪な“エイジ”の胎内記憶へと回帰し、揺らめく青い炎のようなモノローグが始まる。神々しくも神経質なエレキのアルペジオが響く、そのタイトルもズバリ「エイジ」。自分の神経腺がそのままピックで弾かれ、震えているような気さえする。否、確かにピィィーンと震えている。“今が終わるとき/見えない/明日が来る”これまで日本にあったどんな楽曲にも似ていない突然変異的なバラッド。
そして「波止場たちへ」…。“エイジ”が潜む蒼い子宮の隣にある波止場から、「レイコ」が聴こえるエデンの砂浜を腹で割り裂きディラン的な船が出奔する。その舳先は尖ってピカピカ光り、薄暗い船倉には高濃度の言葉が格納されている。“イノチガケの船達、どこへ出かける?”…何たる歌い出し。“闇よ、逃げないでくれ、波止場達が泣いている”…う〜ん、それがウケの言葉なのか。分からない。しかし、口八丁手八丁ではない。なぜなら、言葉がキレすぎるからだ。“お前の早さにハラを立てて、イノチガケでお前を抱きしめる”…ふと思った…これは80年代の「国旗はためくもとに」か!?途中荒れ狂うような、しかし確実なアコギのストロークが、疑問を疑問のまま置き去りにし、“イノチガケの船”をさらに加速させる。ダリ的な微粒子のスピードで。
ラストを飾る「流れゆくきみの」は、スピノザの世界観を獲得している(というか、このアルバム全体がそうなのだが)。“流れゆくきみの/粒のひとつまで”“流れにまかせて/きみは漂う”“生きる命の/速さがいいぜ”当時はポストモダン全盛期であり、泉谷がその類の著作を読んで感化されたであろうことは想像にかたくない。そして、別のトピで紹介している「'80のバラッド」の付録ブックレットの自筆イラストにも、その世界観は顕著であるように思われる。

“実際、運動的な命題は私達に言う。ひとつの体は微粒子間の運動と静止、速さと遅さの複合関係から決まってくる。肝心なことは、生を、生のとるひとつひとつの固体性を、形として、また形態の発展としてではなしに、互いに遅くなり速くなりしながら微粒子群のあいだに成り立つ微分的な速度の複合関係として捕らえることだ。 ”
〜ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ「リゾーム」より

そして、このアルバムで特筆すべきは、後に「サマルカンド・ブルー」など、いくつかの吉田拓郎作品では不協和音のまま終わった感のある加藤和彦(加藤晴彦ではない、念のため)によるプロデュースが、同じフォーク畑出身のイズミヤのこの「'80のバラッド」では、恐ろしい程に成功しているということだろう。僕は吉田拓郎、泉谷しげる共に、類い稀なるポップセンスを有したアーティストであると思っているが、要するにそれぞれのポップの質が違ったのであろう。拓郎はどのような要素を加えても変わらず、イズミヤは加えられた要素によって軽やかに、劇的に変化する。どこまでも変わらないところが拓郎のロックンロールであり、軽やかに変化する、そのスピード感がイズミヤのそれなのであろう。そのような意味での、オリジナルな和製ロックンロールを創造し得たのは、僕が思うところではイズミヤ只ひとりでないか。「翼なき野郎ども」の孤高の佇まいを見よ。「デトロイトポーカー」の、「裸の街」の、圧倒的な歌唱と演奏、世界の構築力を見よ。
これまでに「日本のロック」を特集した冊子が数多く出版されたが、はっぴいえんどは言うに及ばずキャロル、クールスばかりがハバを効かせ、イズミヤの功績は正当に評価されていないと感じるのは僕だけだろうか。かつて、臆面もなく「ロケンロールバカ」を表明する内田裕也と、「んなこと言ってっから日本のロックはダメなんだよ」と食いついたショーケンの間に論争が巻き起こったことがあったが、尚も日本のロック界のドンの如く振る舞う内田裕也にしろ、元フォーク畑出身というだけで、イズミヤの圧倒的なロックンロールを認めないというテイタラクである。そのような感性のニブさをして「ロケンロールバカ」と言い習わすのであれば、僕には何の反論もないのであるが(笑)。そして、その「ロケンロールバカ」一派の影響はそこかしこに怨念のように付着し、未だに日本のロックの手枷足枷になっているように思える。
しかし、実のところ以上のような状況を大いに不満に思いながらも、僕はこの「'80のバラッド」を聴きながら、ジャケットのイズミヤの奇妙な表情を眺めるにつけ、何となくニヤッとしないでもない。「ケッ、ヤツラにイズミヤのロックンロールが分かってたまるかよ」ってな具合にね。

※この作品に関して、あなたの意見、思い入れ、知っている情報等があれば下記に追加をお願いします。

コメント(3)

「80'のバラッド」アナログLPに添付されていたイズミヤ直筆のオリジナル・イラスト・ブックレット(P1〜3)。
「80'のバラッド」アナログLPに添付されていたイズミヤ直筆のオリジナル・イラスト・ブックレット(P4〜6)。
こんばんは。
30年前のファンが、再び、ここへ戻ってきました。
今はただ、私が、知らなかったイズミヤをひたすら追っかけて、今に追いつこうとしています。

とにかく、中学、高校は、イズミヤ一筋で、ライブがあれば、飛んで行きました。LPは、家族まで、その時代に出ていたものは持っています。

LIVEで、ダイナマイトポップスが歌われるようになって、その頃のわたしには、理解できず、それで、離れてしまったような気がします。
http://www.youtube.com/watch?v=-fG_uLIc2e0&mode=related&search=

でも、最近youtubeで見つけた電光石火に銀の靴は、カッコよかった。30年たって、やっと、たどりついたという感じです。

今はただ、私の知らない時代のイズミヤの軌跡を追って、CDかき集めています。LIVEも行きたい。

そんなわけで、'80バラッドも手に入れたばかり。これから、聞き込みます。

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