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昆虫記 〜 ファーブルの生涯コミュの企画「ファーブルの晩年」(1)〜出征する息子、ポールとの別れ

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「…は?」


情けない声とともに顔を上げて、ぎくりとした。ー『彼』はもう、かばねのように床に伏して眠ってはいなかった。
けんめいに身体に力を込め、起き上がろうと腕を突っ張り、目に怒りをたたえて、


「お前は本当にこのジャン=アンリ・カジミールの息子なのかと聞いたのだ、ポール! 辛いから子供みたいにメソメソ泣くなどと、そんな者はお前の兄達には誰もおらぬ。情けないやつめ!
あらためて言ってみろ、お前は何をしに行くのか!」


あわてておしとどめようとすると、『彼』は強くはらいのけようとしたが、その手にはもう僕にあらがえるだけの力は何もなく、ただ目だけに昔と変わらぬ意志の炎がやどっていた。いつも僕に身の縮むおっかない思いをさせながら、そのくせ心のざわつきを鎮め、落ち着かせてもくれたその目だ。
涙がかわくのを感じながら、ぼくは答えた。


「ポールは… 戦争に参ります。これまで生きてきて、ひとの生命をとるなど考えたこともなかったのに、婿となって間もないというのに、生をともにしてきたものすべてを置き去りにして、きびしくむごい戦の場に出なければなりません…」


ー生きて還ってこれるかどうか、仮に命があったとしても、その時にはあなたはもう… 先の言葉はのどにつかえて出てこなかった。
そして『彼』の返事もまた、僕の望んでいたものではなかった。


「そうだ行け! わしの息子として、共和国の子としての責務がお前にはあってな、今がそれを果たすべき時なのだ。共和国を侵略者どもの手から守り抜くということがだ!
泣くひまなんぞありはせん、毅然として務めを果たしてこい! 避けられない試練には、正面からぶつかり立ち向かえと教えたはずだ。お前の兄や姉たちも、わしのおやじやじいさんたちも、皆そうしてきたのだぞ。」


そう。これが僕のおやじ、ジャン=アンリ・ファーブルだった。
老いさらばえて身体を動かせなくなっても、何も変わっちゃいない。なぐさめの言葉なんか、薬にしたくもない。
いつまで経っても、この人にかなうはずがないんだ。


「おっしゃるとおりでした。ポールは… 行ってまいります。
父さんも、どうか身体に気をつけて…」
『彼』の手を握り締め、そっと離すと、ぼくは背を向けた。


「戻ってこい… その足で戻ってくるのだぞ!」


かすれ声が、ドアを閉じる時追いかけてきた。ぼくは振り返らなかった。


生きているうちにさようなら。おっかなくて偉大で… 大好きな父さん。

コメント(1)

…これはですね、ルグロ博士の「ファーブル伝」終章から、ファーブル最晩年のひとこまを私の妄想により劇化したものです。視点は息子のポールで、お父さんとは祖父と孫以上に歳が離れており、この時点でせいぜい25〜6歳でしかありません。
その彼が第一次大戦で出征することとなり、老衰した父上と今生の別れとなることを予感して涙ながらにいとまを告げたところ、泣いてる場合かよ今のてめーは、とどやしつけられた、という場面ですね。大変に印象的な場面なのですが、ファーブルの態度が変に好戦的だと誤解されかねないからか、あまり取り上げられることはないようです。
ポールは、父親を恐れると同時に崇拝していたといい、その父子の別れとしてこれくらい相応しい場面もないと思うので、脚色して紹介してみました。


なお、ポールは生きて故郷セリニャンへ帰ることができましたが、もちろん戦争の真っ最中(1915年)に世を去った父親とは、墓標という形でしか再会し得なかったのです。

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