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気ままな雑談ルームコミュの日本沈没 庶民の叫び

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夫「配給制度? いつからだ?」

妻「今週いっぱい売りどめで、来週からですって」

夫「今週いっぱいといったて、まだ三日もある」
 「買い置きは? あるのか?」

妻「お米が4キロほどあるだけだわ。日曜もふくめてあと4日……。お肉もお野菜もほとんど無いのよ。あとは缶詰が少し……」

夫「なぜもっと買っておかないんだ?こうなることはわかってたんだろう?」

妻「だって、もう2週間も前から、お店に品物がないんですもの。毎日行列をつくって、やっと手に入れていたのよ」
 「子供の……ころを思い出したわ。終戦の時、小学校だったけど 焼け跡で、あっちこっち長い行列があって……母親がならんでいて……それで、やっぱり、ひもじかったわね。あんなの、今となってはずっと昔見た悪夢だったと思っていたけど……またこんなことになるなんて、思いもしなかったわ」

 そういうと、妻は即席ラーメンの袋を一つそっと取り上げた

妻「これも  やっと手にいれたのよ。もう自宅の分しかないって、どうしても売ってくれなかったの。あきらめて帰ろうと思ったけど、食べざかりが三人でしょう。どうしようかと思ってぼんやり立ってたら、あの食品店のおやじ、耳もとでこっそりというの。“奥さん、お金はもらってもしょうがないが、宝石の指輪か何かあったら、ひきかえにうちのを分けてあげてもいいよ”って……」

夫「それで……代えたのか?どの指輪だ?」

妻「いつか  誕生日に、特別賞与がはいって買ってくれた……」

夫「キャッツアイか?」
 「あれを……そりゃそんな高いものじゃなかったけど……あれでも5,6万はしたんだ。あれを……即席ラーメン7袋と……」

妻「ごめんなさい!」
 「でも  その時は思いあまって……ふらふらと……」
「母さん、ご飯まだ!」と、2階から大きな音がして、末の小学校5年生の男の子がおりてきた。高1の長男と、中二の長女の足音も続いた。「おなかすいちゃった……今夜なに」
 妻と夫は顔を見あわせた。 最近ぐんぐん体ののびだした次男が、びっくりするほど食べるのを思い出したからだった。夫は突然立ち上がると、帯をほどき出した。

妻「あなた……」

夫「ちょっと出てくる…… 今夜、晩飯はいらん。 子供たちにまわせ」

妻「でも、こんな時間からどこへ……」

 表にとび出し、夜の中を駅へ向かってやみくもに歩きながら、夫は自分の中にとっさに起こった衝動のばかばかしさに気がついて腹を立てていた。  なんでもいいから、どこかをまわって、食料の『買い出し』をして来ようと思ったのだ。終戦の時、彼は中学4年生だった。戦争末期の空襲下の動員中から終戦へかけて、とげとげした顔つきで、教師に殴られないことと、『食べること』しか考えなかった日々の記憶が、まだ生きていて、反射的によみがえってきたのが、ふしぎだった。リュックを背負い、重い体を引きずって、鈴なりの列車のデッキにぶらさがり、何キロも山奥へ歩いて、父といっしょに農家に卑屈に懇願し、やっとごろごろ重い腐れ芋をリュックに入れて帰り  お芋だ、お芋だ、今夜はごちそう、と、その夜だけはしゃぐ色つやのわるいやせこけた幼い弟妹たちの声と、自分はいつも皮やらへたばかりこっそり食べて、お母さんはいいの、おなかいっぱい、おまえたちおあがり、と疲れた微笑を浮かべていた母親の、青黒い、栄養失調の明らかな徴候の見られる顔が、その夜だけいそいそとかがやくのを想像しながら、往きよりどすんと重く肩にめりこむリュックに、歯を食いしばりながら夜道を歩き……。おなかすいたよう……と末の子が、悲しげにいう声が頭の中でした。その声は、戦時中の弟妹たちの声と重なった。……これっぽっち?……何か食べるもんないの?
「やめてくれ」
と、彼は闇の中で立ちどまり耳をおさえて叫んだ。  それでわれにかえり、思わずあたりを見まわしたが、前面節電で、常夜灯さえまばらな暗い路地に、人の姿はなかった。  もう二度と、あの声は聞きたくない。あの悪夢のような時代、地獄のような世界から、長い長い道のりを歩き続け、ここ10年、20年、やっとあのころの夢を見て、汗びっしょりで眼をさまさなくなり、忘れかけていたのに……また、あれが始まるのか?あのころのことを思い出すたびに、どんなことがあっても、俺の子供たちは、あんな目にあわせたくないと思っていたのに、今また……。
 本当に、また『あれ』がはじまるのだろうか?  と彼は暗がりの中に凝然立ちすくんで、ぼんやりと明るい、薄雲でおおわれた夜空のかなたを見上げた。せっかく苦労に苦労を重ね、辛抱を続け、『やりたかったこと』もすべて犠牲にして、安酒に執着をまぎらわしながら、汗水たらして会社づとめを続け……若かった妻と、六畳一間のアパートから出発し、待ち続けて公団2DKへ……子供たちが生まれ、育ち、学校へ行き、借家へ、そしてやっと元金をためて、身を切られるような思いで高い土地を買い、家を建て、銀行の借金をかえしつづけてようやく半年前払い終えた。やっと、ここまできて  この生活を築き上げるために、30年近く重ねてきた、思い出すだけで脂汗のにじむ苦労、犠牲にしなければならなかった青年期に夢と希望、否、青春のたのしみそのものを、暮夜、ふと思い出すと、どうにもたえかねて、一人冷たい酒で、そのぎちぎち音をたてるほど凝り固まった疲労とつらい思い出をまぎらし、ときほぐすほかなかった、生意気ざかりの子供に、その贅沢なものの使い方を説教し、ついでについ「戦争中は……」といいかけると「関係ない」などと軽蔑したようにいわれて、カッとなって全身の筋肉が強張るのを無理におさえて、強張った笑いを浮かべ、殴りとばすのを我慢したため、いっそうみじめな、卑屈な気分になって、それをときほぐすのにまた酒を飲み  でもいいのだ。あのつらさ、あの苦しさ、人の心が一筋の芋をめぐってサイロウのごとくいがみあうあの地獄を味わわさないために、自分が  自分たちの世代が、多くのものを犠牲にし、苦しいことを我慢しつづけてきたのは、結局よかったのだ。子供たちに、あの地獄が、まるで想像もできなければ、理解もできないのは、おれたちががんばってきた『成果』なのだ。おれの子供は、絶対にあんな目にあわせたくない、と思い続けてきたことが、今、達成されたではないか、と   苦い酒を無理に流し込みながら、飲み屋のおかみにへたな冗談をいって、はしゃいだり……気分発散に、つい隣席の同年配の者と軍歌などをうたえば、若手の『カッコいい』サラリーマンに軽蔑した眼差しで見られ、     まあそれもいい。とにかく、おれは、おれたちは、頑張ってきた。そのおかげで日本もよくなった。豊かになった。子供たちに、小ざっぱりした身なりをさせて、食べたいものを食べたいだけどんどん食わせ、食べることなど気にもかけないほどの暮らしができるようになった、と散歩の中で一人いいきかせ……完成した『自分の家』の前で、ばんざいを叫んで女房に怒られ、子供のひんしゅくを買ったりした。それが……
 その『やっと豊にととのってきた暮らし』が……また一場の夢と化し、この先、眼前に、またあの『悪夢と地獄』がはじまろうとしているのか?
 日本が沈む……。信じられない話だが、沈んでしまうというのだ。1億の人間が、敗戦のあと、戦中戦後の地獄の中から、辛抱と苦労を積みかさねて築きあげた生活が、あと数ヶ月で、一切合財海の底に沈んでしまうというのだ。その先に 避難用の船や飛行機に乗りおくれまいとする阿鼻叫喚の先に、今度は、見たこともない他国の、間借りした土地の上に、難民バラックやテントの中の、あの肩身のせまい、こづかれとおす、当てがいぶちの生活がはじまるのだ。
 この先どんな生活が待っているのか?まだ小さい子供たちと、くたびれた妻をひきつれて、見たこともない土地で、おれにもう一度『生活を立て直す』ことができるだろうか?妻子にその日の糧となる稼ぎを、わずかでも毎日、持って帰ることができるようになるだろうか?
 おれはもう50だ……と、うなだれて、家のほうへ帰りながら彼は思った。……いいかげん疲れた。だが、おれはまだがんばるぞ。おれは、あの子供たちの父親だ、あの妻の夫だ。おれは『男』だ、壮者だ。連中のために、退職金ひきあてに考えていた『晩年の暮らし』など……自分の暮らしなど、もう一度犠牲にしたって、やむを得ない。  どうせこれまでだって、ろくにたのしむことも知らず、ろくな人生じゃなかった。……どうもおれたちは、わるい、損な生まれあわせだ、と、彼は思った。  星まわりがわるいと嘆いたってしょうがない昔はもっとひどい目にあって、いい目は何も見ずに死んでいった連中がいた。世界のあちこちで、もっとひどい暮らしの中で死んでいくやつも山ほどいる。ベトナムやパレスチナ難民や、インドの民もいる。日本の、この時代に生まれたおかげで、一時期けっこう豊かな暮らしもした。へたなゴルフもやってみた。一度だけだが、海外出張もした。  50になって、『人生やり直し』だって、これはこれでし方があるまい、と、彼は薄気味悪くうなり、ゆれる夜の中を歩きながら思った。
 闇の中で見えなかったが、自分が年がいもなく、ゆがんだ、泣き笑いの表情を浮かべながら、涙を流しているのがわかった。
              (昭和49年)小松左京原作 『日本沈没』より

コメント(4)

この本を私は十代の頃読んだんです手(チョキ)
この下りは胸が詰まる思いでした考えてる顔
今でも、なぜか涙が出てくるんですよ泣き顔
はなゆうらさん

発見者の苦悩読んでみてわーい(嬉しい顔)
日本への思いの部分
著と見方が変わるかも

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