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ラブリィ創価学会コミュの「龍神ひろじ」(60)が“痴療”  病気の人間を死なす

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 ニュースで流れていたのですが、事実確認をしたいものですね!

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 重症の狂信症を患った信者に適正な宗教を受けさせず死亡させたとして、関東の自称・祈祷(きとう)師の「龍神ひろじ」(60)が殺人の疑いで逮捕された。
 男は自ら「龍神ひろじ」と名乗り、「痴療」と称して「死に神退散」と念仏を唱(とな)えたり、体をさすったりしていたという。
 その実態は、龍神を祀った神社に棲み付いていたドブネズミに取り憑かれたものか。


■龍神ひろじ「あんたの腹の中には死に神がいて、私の信心でなければ治らない」

■近所の人「(Q.どこでそんなパワーを手に入れた?)宇宙げっ歯類のヤマネ誤損死と交信できると言っていた」



コメント(24)


http://m.ameba.jp/m/blogArticle.do?guid=ON&unm=gjmgar&articleId=11957189938

http://m.ameba.jp/m/blogArticle.do?guid=ON&unm=gjmgar&articleId=12069551146

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死神退散

1型糖尿病を患う宇都宮市の男児へのインスリン投与を中断し、死亡させたとして、栃木県警は26日、殺人の疑いで、同県下野市小金井1、自称祈祷師の会社役員、近藤弘治容疑者(60)を逮捕した。

容疑を否認しているという。

県警によると、死亡したのは宇都宮市東原町の小学2年、今井駿君(7)。


近藤容疑者が「腹の中に死に神がいるからインスリンでは治らない」と両親に告げ、治療と称し今年2月にインスリン投与を一時中止させた。治療費として計数百万円を両親から受け取っていたという。

両親は昨年12月ごろ、近藤容疑者に「治療」を依頼。同容疑者は駿君の体をさすったり、呪文を唱えたりする行為を繰り返していた。県警は保護責任者遺棄致死容疑の可能性があるとみて、両親からも事情を聴いており、書類送検する方針。 逮捕容疑は、インスリン投与をしなければ死亡する恐れが大きいことを知りながら今年4月上旬ごろ、両親に駿君へのインスリン投与を止めさせて、医師による治療などを取らずに放置。同27日に県内の病院で衰弱死させた疑い。

藤容疑者は「龍神」と名乗り、駿くんの両親に「不治の病を治す」などと話し、治療と称して、体をさすったり、「死に神退散」と呪文を唱えたり、ハンバーガーなど特定のものを食べたり飲んだりするよう指示していたという。



日蓮信者さんへ

あなた方は日蓮大聖人の弟子である前に、我々と同じ社会に住む「社会の一員」です。
そこには宗教の隔たりも何も無く、それゆえ、一宗教の教義を持ち出すことは、社会への敵対行為になりかねません。
宗教の信仰者にとって大事なことは「信仰者以外の人々の気持ちをくみ取る」ことです。
一般社会から外れて生きるつもりなら、それは反社会的な人間になるということです。

法華経信仰者の間では通っても、一歩外に出れば、そこでは一切通じません。
それをよく解っている宗教の信仰者は、自身の宗教よりも一般社会における社会規範や良識を重んじます。
信仰心は持っていても、一般社会から外れた思想は持つべきではありません。

再度言います。
あなた方法華経信仰者も我々と同じ「一般社会に生きる一員」です。
それを念頭に置いてください。

創価学会信者はニュースの内容を利用して特定に人間に嫌がらせを行う殊をよく行うが、違法な事に本人が気づいていない事が多い。

これも、画像を証拠として保存しておきました。
報道によれば、『龍神』と自称しているだけで、『龍神ひろじ』の自称ではないようですね。
 「龍神ひろし」が法論を逃げたので、以下のような追求メールを送った直後に、ニュースで「龍神を名乗る男が殺人」とかを見かけたので、即座に現証が出たかと思うのは御本尊のすごさを知っている人間にとっては当然のことだ!

 それとも貴殿らはそんな体験が無いのかな?(苦笑)

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 結局のところ、貴殿が法論から逃げ出す「言い訳」が「学会の公式見解だという了解を取れ」「学会の公式見解でなければ法論できない」んだって?
 法論の相手によって態度を変えるのは貴殿の生命が畜生界である証拠だ!

 邪義破折の研鑽を始めてまだ1カ月少々しか経っていない麦原野流布意さんを相手にメール法論を継続しているようだが、彼の見解は「学会の公式見解」なのかね?(爆笑)

 貴殿からの留守電によれば、

「ヤマネ誤損死に聞いた」

とのことだが、日本最小の心臓を持つげっ歯類と「異体同名」のヤマネ誤損死の死導のとおりに、貴殿は口先だけの大聖人信者から、哀れな獄卒へと転落したようだな!

 茨城の田舎では、龍神を祀った神社に住みついて、大きな顔で農民の畑を荒らして黒死病を蔓延させていたようだが、東京の大都会にポッと出てきた途端に、陽の当たらぬ地下道を這いずり回るドブネズミでしかないという真実の姿を曝してしまったようだ!貴殿の過去世も未来世も透けて見えたぞ!

 「公式見解!公式見解!」と念仏を唱えながら、地下道の穴の中に逃げ込むしか能の無いただのドブネズミめ!

法主が寺社奉行に提出した公式文書は、宗門の公式見解ではないのか?

『血脈伝授の事 日舜入院の初 衆徒檀那を集め 某と永代不通の起請文を取りて書き候。
不審に存じ日舜の心底見定め候迄と存じ 他家の血脈を渡し申し候。』
(通解:血脈伝授のこと。日舜が大石寺に就任した最初に、僧侶や信徒・檀那を集めて、私と永遠に接触しないという署名文を書かせたのである。不審に思って、日舜の心の底を見定めてやるまでだと考えて、大石寺ではない他の門流の血脈を渡したのである。)

 退席痔派では後任アホッスに「他家の血脈」を伝えたんだってさ!(大爆笑)
 せめて一言ぐらい反論してから逃げ出せよ!(哀れ)
 「置」の字を無視した罰で、必ず現証を体験することになるぞ!その意味はすぐに自覚できることであろう!

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 いやはや、偶然にしては凄過ぎるぜ!普通の人間が「龍神ひろし」なんて恥ずかしいHNを使うかい?

 その一点でも、ただの変態ではないか!




 龍神ひろしには、こんな破折もしてやったよ!


>あなたと法論した堀江さんは、友人であなたは、対したことない人で、教学も無いとありました。

その堀江を追撃したメールを電子ファイルでもらったけど、堀江ってひたすら逃げまくっているだけの、全く一方的な学会側の完全勝利の記録じゃないか!
「対(ママ)したことない」「教学も無い」だって?嘘をつくな、嘘を!

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(第一弾)2011年3月20日23:34送信
堀江様

 本日は、御書について、貴殿の質問に対して小生が回答した内容がどの箇所に書かれているのか、時間が限られていたので割愛してしまいました。
 貴殿がもしも真摯に大聖人様の教えを求めているのであれば、妙観光やほとんどの法華講たちのように、約束も守らず、研鑽もしない、などということは無いであろうと期待してご連絡をしました。
 貴殿の御書があまりにも綺麗であったことから、おそらくまだほとんど御書の拝読もしておらず、それ故に簡単に邪宗門に騙されたのだと推測しております。しかし、大聖人の弟子の道を歩もうという心が少しでもあるならば、絶対にそのような状態であってはなりません。
 小生もありがたいことに創価学会の偉大な民衆によってこの仏道に入り、真実の大聖人の仏法を学び、世界に広めることの一翼を担わせていただいていることに感謝して、本日のご質問への回答や、宗門ではほとんど教えない御書に示されている真実をご紹介しましょう。

(貴殿の質問)邪宗の人間でも菩薩界になることが出来ると、御書のどこに書いているのか。

(回答)開目抄(上)に

「天台云く「金光明経に云く一切世間所有の善論皆此の経に因(よ)る、若し深く世法を知れば即ち是れ仏法なり」等云云、止観に云く「我れ三聖を遣わして彼の真丹を化す」等云云、弘決に云く「清浄法行経に云く月光菩薩彼(かしこ)に顔回と称し光浄菩薩彼に仲尼(ちゅうじ)と称し迦葉菩薩彼に老子と称す天竺より彼の震旦を指して彼と称す」等云云。」(P.187)

とあります。また、十法界明因果抄に

「第九に菩薩界とは六道の凡夫の中に於て自身を軽んじ他人を重んじ悪を以て己に向け善を以て他に与えんと念う者有り」

とあります。これらの文の意味については、あえて小生から説明はしませんが、御書の他の部分、特に相伝書である御義口伝などを拝読すれば、さらに深く理解できます。例えば、

「今日蓮等の類いの意は惣じては如来とは一切衆生なり別しては日蓮の弟子檀那なり、されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり、寿量品の事の三大事とは是なり、六即の配立の時は此の品の如来は理即の凡夫なり頭に南無妙法蓮華経を頂戴し奉る時名字即なり、其の故は始めて聞く所の題目なるが故なり、聞き奉りて修行するは観行即なり此の観行即とは事の一念三千の本尊を観ずるなり、さて惑障を伏するを相似即と云うなり化他に出ずるを分真即と云うなり無作の三身の仏なりと究竟したるを究竟即の仏とは云うなり、惣じて伏惑を以て寿量品の極とせず唯凡夫の当体本有の侭を此の品の極理と心得可きなり」(御義口伝P.752)
(通解:今大聖人門下の考え方は、広く言えば如来とは一切衆生のことであり、深く根本的に言えば大聖人の弟子檀那のことである。したがって無作の三身とは末法の法華経の行者のことを言うのである。この無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と言うのである。寿量品の事の三大事とはこのことである。これを六即に立て分けた時は、一切衆生が如来であるというのは理即の凡夫のことである。題目を受持した時が名字即である。その理由は、初めて聞く題目だからである。題目を聞いて修行する(唱題行に励む)のは観行即である。この観行即とは事の一念三千の本尊を持つことである。次に惑障を伏するのを相似即と言うのである。折伏をするのを分真即と言うのである。わが身が無作の三身の仏であると究竟した境涯を究竟即の仏と言うのである。一般的に伏惑を以て寿量品の究極とはしない。ただ凡夫の当体本有のままをこの寿量品の極理と心得べきである。)

「法華経を持ち奉るとは我が身仏身と持つなり乃至仏身を持つとは我が身の外に仏無しと持つを云うなり、理即の凡夫と究竟即の仏と二無きなり」(御義口伝P.742)
(通解:御本尊を持ち奉るとは我が身が仏身であると信じることなのである。仏身を持つとは我が身の外に仏はないと信じることを言うのである。理即の凡夫と究竟即の仏とは差別はないのである。)等々。

(貴殿の質問)御書を正しく理解するためにみんなで集まって読め、などと御書のどこにあるのか。

(回答)いくつもありますが、もっとも有名なのは佐渡御書です。
「此文を心ざしあらん人人は寄合て御覧じ料簡候て心なぐませ給へ」(P.961)

また、他にも、

「志有らん諸人は一処に聚集して御聴聞有るべきか。」(P.970)

「一切の諸人之を見聞し志有らん人人は互に之を語れ。」(P.967)

などと、皆で読み合うように示されています。しかし、さらに御書には、経文を根本にせよ、と繰り返し厳しく指南されています。貴殿が心配しているような、見解の相違などは、経文を根本にして、求道心を燃やし、民衆救済のために命を捧げていくならば軽々と乗り越えて行けるのです。

『所詮仏法を修行せんには人の言を用う可らず只仰いで仏の金言をまほ(守)るべきなり』(P.502)

『仏法の邪正は経文の明鏡に依る』(P.170)
(通解:仏法の邪正は仏の経文という明鏡=判断基準による。)

『経文に明ならんを用いよ文証無からんをば捨てよとなり』(P.482)
(通解:経文に明らかである主張を用いなさい。文証が無いものは捨てなさい、ということである。)

『仏教には経論にはなれたるをば外道と云う』(P.152)
(通解:仏教では経文や論から離れた主張を外道と呼ぶ。)

『仏法の邪正をただす事・皆経文を先とせり、今当世の道俗・貴賎皆人をあがめて法を用いず心を師として経によらず』(P.1207)
(通解:仏法の邪正をただすことは全て経文を根本とする。ところが今の世の出家も在家も、みんな人をあがめて法を用いない。心を師匠として経文に依らない。だから誤るのである。)

『仏の遺言に依法不依人と説かせて候へば経の如くに説かざるをば何にいみじき人なりとも御信用あるべからず候か』(P.9)
(通解:仏の遺言には、法に依って人に依らざれと説かれているので、経文のとおりに教えを説かない人をどんなに素晴らしい人であっても信用してはならない。)

『設い天台の釈なりとも釈尊の金言に背き法華経に背かば全く之を用ゆ可からざるなり、依法不依人の故に』(P.529)
(通解:たとえ天台の解釈であっても、釈尊の金言に背き法華経に背いていれば、まったくその言葉を用いてはならない。法に依って人に依らざれ、との原則があるのだから。)

『菩薩・人師の言には依るべからず仏の御定を用いよ』(P.544)
(通解:菩薩や途中の師匠の言葉を根本としてはならない。仏の定められたものを用いなさい。)

『仏法は強(あなが)ちに人の貴賎には依るべからず只経文を先とすべし身の賎しきをもつて其の法を軽んずる事なかれ』(P.481)
(通解:仏法は決して説く人の貴賎によってはならない。ただ経文を根本としなければならない。説く人の身が賎しいことを理由にその法を軽んじてはならない。)

『設い慈覚・伝教大師に値(あ)い奉りて習い伝えたりとも智証・義真和尚に口決せりといふとも伝教・義真の正文に相違せばあに不審を加えざらん』(P.307)
(通解:たとえ慈覚が伝教大師に会って習い伝えたと言っても、智証が義真和尚から口決相承したと言っても、伝教・義真の残した正しい文証に相違するならばどうして不審を加えないでいられようか。)

 こうした御書を引用した主張に対して、日犬のように歴代法主(実は自分)の言葉が正依だ、などという主張をするような者は、経文に照らせば自らが道理に合っていないことを証明しているようなものなのです。

『問うて曰く経文は分明に候・天台・妙楽・伝教等の未来記はありや、答えて曰く汝が不審逆なり釈を引かん時こそ経論はいかにとは不審せられたれ経文に分明ならば釈を尋ぬべからず、さて釈の文が経文に相違せば経をすてて釈につくべきか如何、彼云く道理至極せり』(P.259)
(通解:問うて言うには、経文には明確に書かれているが天台・妙楽・伝教等の言葉に未来について記したものはあるのだろうか。答えて言うには、あなたの不審は逆さまである。天台等の釈を引こうとした時こそ経文には書かれているのかと不審を持つものであって、経文に明確ならば釈の文章を質問してはならないのです。そうすると、釈の文章が経文と異なっている場合は、経文を捨てて釈につくべきでしょうか。彼が言うには、まさにそのとおりである。)

『師の口より伝うる人必ずあやまりなく後にたずね・あきらめたる人をろそかならば経文をすてて四依(しえ)の菩薩につくべきか、父母の譲り状をすてて口伝を用ゆべきか、伝教大師の御釈無用なり慈覚大師の口伝真実なるべきか』(P.1258)
(通解:師匠の口から伝えた人が必ず間違いがなく、後で調べて明らかにした人が愚かであれば、それを理由にして経文を捨て四依の菩薩につくべきであろうか。父母=仏からの譲り状を捨てて、口伝を用いるべきであろうか。 伝教大師の解釈も無用である。慈覚大師の口伝が真実であろうか。仏の言葉を根本にしなければならないのである。)

 そして、信徒たちが信じ込んでいる(狂信が大半ですが)法主のような存在の誤りを指摘する時には、経文根本という原則に従って、堂々とその誤りを御書に基づいて破折していくのだと大聖人が御指南されているのです。

『かくの如きの上人を豈に邪見の人と云うべきや、答えて云く此の事本より私の語を以て是を難ずべからず経文を先として是をただすべきなり』(P.1207)
(通解:このような上人をどうして邪見の人と言うことができようか。答えて言うには、このことは本来自分の勝手な言葉で非難してはならない。仏の経文を根本にしてこれを糾さなければならない。)

 これほど繰り返して大聖人が御指南されていることを守らない輩は、大聖人の弟子ではありません。これらの御書を、「外用」だと言って無視しようとするような日犬宗の輩(日犬が平成9年8月の全国教師講習会で発言。折って電子ファイルを添付します)は、「御本仏の金言を無視する天魔・外道だ!」と断定しなければならないのです。

『我が経の外に正法有りといわば天魔の説なり』(P.181)
『仏教には経論にはなれたるをば外道と云う』(P.152)

 貴殿が御書の解釈が違ったらどうする、というような疑問を発していましたが、実はかつて宗門が勝手な御書の乱読を禁じていたのは、日蓮正宗としての御書が刊行されてなく、後世の邪宗の他山による書き込みや誤写や偽作がたくさんあったからだという事実を堀上人が明らかにしておられます。

「無為の誤写・有意の偽作多きが故に、御書といへばとて綿密の検閲を経るにあらざれば・信を措いて拝読すること能はず」(富要1-154)
(通解:無意味な誤写や意図的な偽作が多いので、御書だからと言って綿密な検閲を経たものでなければ信をおいて拝読することは出来ない。)

「誤れる御書に依りて謬見を起こさんことを未然に誡め給ふ」(富要1-153)
(通解:誤った御書によって間違った考えを起こすことを未然に戒められている。)

「宗門に於いて一定の御書の編纂せられざるの間は・無智の僧俗は各所信の知識に就きて・拝読すべき書目の指示を受け、小部につきて精読味読を加へて敢て全部の御書を通読濫読することを禁すべきものなり」(富要1-154)
(通解:宗門において一定の御書が編纂せられない間は、無智の僧俗はそれぞれが信じる先輩につき従って、拝読するべき御書の項目の指示を受け、少しの部分について精密に味わって読み、あえて全部の御書を通読や乱読することを禁じるのである。)

 富士宗学要集や、本日はほとんど見せませんでしたが、堀上人の講義録を拝読すれば、大石寺の坊主たちが根拠にしている言葉はほとんどが西山本門寺などの他山で書き込まれたもので、大聖人の言葉で無いばかりか、お前らの血脈はいったいどこの邪宗の血脈なんだ?という破折をされてオタオタしているのが実態です。

 こうした破折が出来るのも、堀上人が歴史的な証拠を洗いざらい公開して、富士宗学大全(研究教学書)等に残してくれたおかげです。大聖人の仏法は証拠を大変重要視する科学的、論理的な体系なのです。だから小生のような元無神論者でも、「神は所従なり、法華経は主君なり」との御書で納得出来るのです。

『若し証拠なくんば誰人か信ずべきや、かかる僻事をのみ構へ申す間・邪教とは申すなり』(P.1355)
(通解:もし証拠が無ければ誰が信じることが出来ようか。このような歪曲したことばかりデッチ上げて言うから、そういう輩を邪教と呼ぶのだ。)

 ところで、貴殿は坊主というのが袈裟さえ着ていたら、少々悪いことをやっても許されるような反応をしていましたが(あのクソ坊主が芸者たちに囲まれている写真を見ても、なお正義の怒りが湧かないのは、すでに貴殿は大聖人の教えに反しています。)、逆にクソ日犬を股裂きの処刑にする題目で20年間の心身の病が治って、京セラで採用された男性の写真や、末期の肺がんが消えた写真を見て、なぜそのようなことが起きるか、素朴に疑問を感じませんか?
 その法則について、御書、特に立正安国論には、

「善男子我爾の時に於て心に大乗を重んず婆羅門の方等を誹謗するを聞き 聞き已って即時に其の命根を断ず、善男子是の因縁を以て是より已来地獄に堕せず」(P.27)
(通解:善男子よ、仙予国王であった時に心に大乗を重んじていた。婆羅門が仏法を誹謗するのを聞き、聞き終わって即時にその命を断った。善男子よ、この因縁によってこれ以来私は地獄に堕ちないのである。)

と、釈尊の因位の修行である仙予国王は、邪義を説くクソ坊主を殺して以来、その功徳で地獄に堕ちなくなったのです。ちなみに大聖人は次下に、能忍(釈尊)以降はその布施を断て、とされていますが、生命の法則は同じなのです。
 坊主に対する大聖人様の厳しさについては、御書の随所に示されているとおりです。

「受けがたき人身を得て適(たまた)ま出家せる者も・仏法を学し謗法の者を責めずして徒(いたず)らに遊戯雑談のみして明かし暮らさん者は法師の皮を著たる畜生なり、法師の名を借りて世を渡り身を養うといへども法師となる義は一(ひとつ)もなし・法師と云う名をぬすめる盗人なり、恥づべし恐るべし」(御書P.1386)

「是の悪比丘は利養の為の故に広宣流布すること能わず」(御書P.43)
(通解:このクソ坊主たちは、わが身を養うことしか考えないエゴイストだから広宣流布することはできない。)

 お渡しした明治政府の公表資料で、富士派(大石寺系列)が600年以上もかけて坊主が50人足らず、信者もわずか3万人という事実は、この大聖人の教えに背いた現証に他なりません。

「末世には狗犬の僧尼は恒沙の如しと仏は説かせ給いて候なり、文の意は末世の僧・比丘尼は名聞名利に著し、上には袈裟衣を著たれば形は僧・比丘尼に似たれども内心には邪見の剣を提げて我が出入する檀那の所へ余の僧尼をよせじと無量の讒言を致す、余の僧尼を寄せずして檀那を惜まん事譬えば犬が前に人の家に至て物を得て食ふが、後に犬の来るを見ていがみほへ食合うが如くなるべしと云う心なり、是くの如きの僧尼は皆皆悪道に堕すべきなり」(御書P.1381)

「我が之の仏法は余の能く壊るに非ず是れ我法の中の諸の悪比丘我が三大阿僧祇劫積行勤苦し集むる所の仏法を破らん」(御書P.286)
(通解:仏法は他人が破ることはできない。仏法の中のいろいろなクソ坊主が仏が長い時間をかけて集めた仏法を破るだろう。)

「我般涅槃して七百歳の後是の魔波旬・漸く当に我が正法を壊乱すべし、乃至化して阿羅漢の身及び仏の色身と作らん魔王此の有漏の形を以て無漏の身と作りて我が正法を壊らん」(御書P.651)
(通解:仏が涅槃して700年後(日犬は大聖人御入滅後約700年後に法主になりました!)に、この第六天の魔王がようやく正法を破壊し乱そうとする。化けて悟りを開いた者のように姿を作るだろう。魔王はこの凡夫の姿で、悟りを開いた姿に化けて正法を破ろうとするだろう。)

 だからこそ、立正安国論で悪い坊主を許すな、と断定されたのです。

(つづく)
(第二弾)2011年03月21日 00:11:49 送信

堀江様

 本日の対話で、貴殿の質問の中に、学会が海外で進めている布教の仕方は摂受であり大聖人の教えに背いている、というような内容があったようですね。北野さんからコメントがあったので、以下のとおり追加で回答しておきます。
 まず、月水御書には、

「仏法の中に随方毘尼と申す戒の法門は是に当れり、此の戒の心はいたう事かけざる事をば少少仏教にたがふとも其の国の風俗に違うべからざるよし仏一つの戒を説き給へり」(一二○二頁)

とあるとおり、流布すべき国の文化を認めながら、大聖人の仏法の偉大さを理解させていくことこそが、大聖人の御精神なのです。
さらに、日蓮正宗の正依である日寛上人の開目抄愚記には、

「末法は折伏の時なりといえども、若し横に余国を尋ぬれば、あに悪国なからんや。その国に於いては摂受を前とすべし。」

とあり、これらの文に基づいて当時の法主の指南どおり世界広布の戦いを進めて来たのです。今さら邪宗門から文句を言われる筋合いはありません。

 それにしても、貴殿が御書をどの程度深く読まれて来たのか、お手元の御書を拝見した限りでは、悲しいほどに大変きれいだったので、おそらく不十分な研鑽なのではないか、そのために大聖人の教えと異なる邪義に騙されたのではないかと心配しています。
 御書の全編を拝読すれば、随所に感動的なご金言が示されています。その中でも、仏や本尊に関する本質を示された箇所を(与えて言えば)「日蓮正宗の正依」としてお示ししましょう。なお、奪って言えば、大聖人の言葉のとおりに実践することを目指す創価学会は、日蓮正宗の正依にも拘束されることなく、この大聖人の教えのとおりに信じるのです。

「所詮日蓮等の類いの心は・唯仏は釈尊・与仏は日蓮等の類いのことなるべし(乃至)是れ即ち与仏と云うは法華経の行者男女の事なり」(P.815 )
(通解:結局は日蓮等の類いの心は、唯仏とは文底では御本仏日蓮大聖人、与仏とは大聖人の弟子檀那のことである(乃至)これはつまり(「唯仏と仏のみ」の)与仏と云うのは法華経の行者である男女のことなのである。)

 法華経の「唯仏与仏」の経文について、邪宗門では法主から法主のみへの血脈などと称していますが、この「唯仏与仏」が成立するのは、「法華経の行者である男女」なのであって、坊主であるとかは全く本質ではないのです。この法華経の行者の深義が理解できないから、邪宗門の輩には平等大慧の妙法が理解出来ないのです。

 御書には、法華経の行者について、大聖人お一人ではなく、序分・正宗分・流通分の三種類が説かれています。

�―�分:「夫(それ)在世と滅後正像二千年の間に法華経の行者唯三人有り。所謂(いわゆる)
仏と天台伝教となり」(御書全集P.966)

�∪欺(�:「日蓮は日本第一の法華経の行者なる事あえて疑ひなし、これをもつてすいせよ漢土(かんど:中国)月支(がっし:インド)にも一閻浮提の内にも肩をならぶる者はあるべからず」(P.284)

�N�通分:「貴辺(四条金吾のこと)又日蓮にしたがひて法華経の行者として諸人にかたり給ふ是れ豈(あに)流通にあらずや」(P.1117)
「日本第一の法華経の行者の女人なり、故に名を一つつけたてまつりて不軽菩薩の義になぞらへん・日妙聖人等云云」(P.1217)
「涌出とは広宣流布の時一閻浮提の一切衆生法華経の行者となるべきを涌出とは云うなり」(P.834)
(通解:地涌の菩薩の涌出とは、広宣流布の時に全世界の全ての人々=弟子が必ず法華経の行者となることを涌出と言うのである。)

 つまり、法華経の行者とは決して大聖人様お一人なのではなく、末法に妙法を不惜身命で受持し、広める全ての民衆のことを法華経の行者と呼ぶのです。
 この平等大慧の妙法は、能化と所化についても差別が無いことを示されています。

「能と云うは如来なり所とは衆生なり、能所各別(のうしょかくべつ)するは権教(ごんきょう)の故なり、法華経の心は能所一体なり」(P.846)
(通解:能化というのは如来のことであり、所化というのは衆生のことである。この能化と所化とをそれぞれ別の存在とするのは権教だからである。法華経の心は能化も所化も一体なのである。)

 邪宗門のように、能化(衆生を救済する立場が坊主?)と所化(仏に救済される立場が衆生?)とに差別をつくるのは権教である証拠なのです。



 さらに、「本仏とは大聖人」とは御書のどこにも書かれておらず、「本仏とは一切衆生」と示されたのが日蓮大聖人の仏法の偉大さなのです。

「本仏と云うは凡夫なり迹仏と云うは仏なり、然れども迷悟の不同にして生仏(しょうぶつ=衆生と仏)・異なるに依って倶体・倶用(くたい・くゆう)の三身と云ふ事をば衆生しらざるなり」(P.1359)
(通解:本仏というのは凡夫のことである。迹仏というのが仏のことである。しかし、迷いと悟りの違いによって衆生と仏とが異なるように思って、倶体・倶用の三身ということを衆生は知らないのである。)

「我とは釈尊・我実久遠の仏なり此の本門の釈尊は我等衆生の事なり(乃至)我等衆生は親なり仏は子なり父子一体にして本末究竟等なり」(御義口伝 P.720)
(通解:我とは釈尊のことで、「我実に成仏してより久遠」の仏である。この本門の釈尊とは私たち衆生のことである。(中略)私たち衆生は仏の親であり、仏は衆生の子である。父子一体であって本末究竟して等しい存在なのである。)

「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は寿量品の本主なり」(御義口伝 P.753)
(通解:今日蓮等の類いで南無妙法蓮華経と唱え奉る者は寿量品の本主=久遠元初の仏である。)

「過去久遠五百塵点のそのかみ(当初)唯我一人の教主釈尊とは我等衆生の事なり」(P.1446)
(通解:過去久遠五百塵点劫の当初における唯我一人の教主釈尊とは我等衆生のことである。)

「法華経を持ち奉るとは我が身仏身と持つなり乃至仏身を持つとは我が身の外に仏無しと持つを云うなり、理即の凡夫と究竟即の仏と二無きなり」(御義口伝P.742)
(通解:御本尊を持ち奉るとは我が身が仏身であると信じることなのである。仏身を持つとは我が身の外に仏はないと信じることを言うのである。理即の凡夫と究竟即の仏とは差別はないのである。)

 また日寛上人も、文段で全く同じ指南をしています。

「我等衆生の凡身の当体・全くこれ久遠元初の自受用身なり。自受用身の当体・全くこれ我等衆生なり。」(文段集)

 貴殿らにはおそらくこの難信難解の妙法がなかなか理解できないのではないかと推測しますが、それは、「本尊の当体」と「観心の本尊」との違いが理解できていないからではないかと推測するので、さらに正依に基づいて、真実の法門をご説明しましょう。

「我等の頭は妙なり喉は法なり胸は蓮なり胎(はら)は華なり足は経なり此の五尺の身妙法蓮華経の五字なり(乃至)此の大事を説かんが為に仏は出世したもう我等が一身の妙法五字なりと開仏知見する時・即身成仏するなり」(P.716)
(通解:我々の頭は妙である、喉は法である、胸は蓮である、腹は華である、足は経である、この五尺の身が妙法蓮華経の五字なのである。この大事を説くために仏は出世されたのである。我々のこの身が妙法五字であると仏の知見を開いた時に即身成仏するのである。)

「所詮妙法蓮華経の当体とは法華経を信ずる日蓮が弟子檀那等の父母所生の肉身是なり」(P.512)
(通解:結局のところ妙法蓮華経の当体とは、法華経を信じる日蓮の弟子檀那等の父母が生んだ肉体のことである。)

「我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり、譬えば籠(かご)の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し」(P.557)

 まさかこれらの御文を読んで、自分を拝むのか、などという子供じみた批判をするおバカさんはいないと信じたいものですが(あ、今日一人いましたね?)、邪宗門には時々お子様がいるので、更に詳しく説明しましょう。

「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」(御義口伝)

 別しては日蓮大聖人の御生命が本尊ですが、総じては一切の法華経の行者の生命が本尊と成(ひら)かれて功徳聚となるので、

「利生の有無を以て、隠没流布を知るべきなり」(文段集)

 あるいは観心の本尊に「有供養者福過十号」「若悩乱者頭破作七分」
と示されたように、厳然たる功徳と罰の現証が現れるのです。
 また、我等衆生のこの身が御本尊であることは、当然なことに日寛上人も示されています。

「この一念三千の本尊は全く余処の外に在ること無し。但我等衆生の信心の中に在すが故に「此の三千・一念の心に在り」というなり」(文段集)

 しかし、それでもなぜ凡夫の身が仏になるのかが分からず、戒壇の大御本尊に目通りしないと成仏できないとか、歴代法主の取り次ぎが無いと成仏できない、などと大聖人の仏法を権教から外道に堕とす邪義を主張する輩が多いので、そのような妙法不信の者には、大聖人が御本尊を顕わされる以前にも成仏するための実践があったことを御書に基づいて示す必要があると思われます。
 観心の本尊がまだ顕されていなかった時代の現実の世界で成仏するためには、以下の御指南に示された実践が不可欠だったのです。

「仏界とは菩薩の位に於て四弘誓願(しぐせいがん)を発(おこ)すを以て戒と為す」(P.434)

「一切の菩薩必ず四弘誓願を発す可(べ)し其の中の衆生無辺誓願度の願之を満せざれば無上菩提誓願証の願又成じ難し」(P.424)

「菩薩と申すは必ず四弘誓願をおこす第一衆生無辺誓願度の願・成就せずば第四の無上菩提誓願証の願も成就すべからず」(P.522)
(通解:菩薩という存在は必ず四弘誓願をおこす。その中の第一番目、世界広宣流布の願いが成就しなかったならば第四の成仏の願いも成就しないのである。)

 つまり、衆生無辺誓願度という民衆救済の実践に命を賭けることが、自身の成仏に不可欠であり、この故に「衆生が本仏、仏が迹仏」という関係性が成立するのです。このことは四恩抄で、四恩の第一に「一切衆生の恩」を挙げられていることからも理解できます。

「一には一切衆生の恩、一切衆生なくば衆生無辺誓願度の願を発し難し」(P.937)

 この生命の法則に照らせば、三宝のうちの僧宝とは制度上の坊主のことなどではなく、民衆救済に人生を賭けた人間は僧宝の一分であるという「末法下種の僧宝」の意味が明らかになるのです。
 ところが邪宗門としては、大聖人の教えどおりに民衆に伝えると、民衆が速やかに仏を成(ひら)いてしまって、自分たちの存在意義、飯のタネを失うので、大聖人が言われてもいない邪義を、後代の法主の言葉にこじつけてでっち上げようと悪知恵を絞っているのです。
しかし、ありがたいことにそれらのウソも堀上人が片っ端から暴かれたのです。

 例えば、妙観光がよく悪用する「当家御法則文の事」という文を、ウソ本(「ニセ本尊百問百答」と称する邪宗門のウソ八百だらけの本)でも誤魔化しの引用をして、

「こと御本尊に関しては、第二十九世日東上人が「当家御法則文抜書」に「仏法を相続して当代の法主の所に本尊の体有るべきなり」と教示されているように、本宗では昔から、御本尊に関してはすべて御法主上人の許可が必要だったのです。」

と、意図的に全く根拠のないウソをついているのです。
 このウソは2段階に分かれたウソです。前段は邪宗門の完全な勉強不足、後段が意味の違う内容を無理やり関連付けたように見せかけて騙そうとしているのです。
 しかし、特に前段については、堀上人が富士宗学要集2巻において、この「当家御法則文の事」を根拠にした「仏法を相続して当代の法主の所に本尊の体有るべきなり」との見解は、左京日教が書いた「類聚幹集私」の私見を、日主上人の言葉だと誤解した先師(日東上人等)が誤って書き残していたものだと明らかにされています。
 この左京日教は、日有上人の化導によって邪宗要法寺から帰依したが、相伝書を己義を加えて書き散らした末に、晩年はどこへともなく消えていった放蕩坊主であり、大石寺派で最初に「法主本仏論」という邪義を主張した大石寺の邪宗化の源流のような坊主なのです。堀上人は、この左京日教の「類聚幹集私」について末文で以下のように真実を明らかにされています。

「此の正本内表紙に「類聚幹集私」と本師即ち左京阿ジャ梨日教の筆にて題せり。(中略)又内表紙に「私に候間他見有るべからず候・・・左京」とあり。又末丁に「理境坊日典より相伝・日主判」とあり、主師は本山十四世なり外にも主師の記入あるを以てかつて此本を主師筆と認めたる先師あり。左京日教の発見は全く愚僧の丹誠による。」(富士宗学要集2-355)

 つまり、稚児法主だった14世日主上人が、左京日教の書き散らした本を書写して自分の署名を書き加えたのを見つけた後代の法主が、「法主本仏論」を書いた邪義を先師日主の相伝書だと誤解したのです。それを堀上人が洗いざらい明らかにしてしまったのが、富士宗学要集なのです。左京日教の書いた「私に候間他見有るべからず候」とは、「私の個人的なものなので、他人に見せてはならない」という意味であり、こんなものを相伝書だと思い込んでいたのが大石寺の五百年の実態なのであり、ウソ本の誤見解は目も当てられない杜撰なものだということです。

 今回は御書を中心に邪宗門の主張と違う大聖人の真実の教えを紹介しておきましたので、ご自分の御書に傍線を引いたり、インデックスを付け、拝読し、実践して生命に刻み、真実の大聖人の教えを求めてください。
 小生は土日も仕事が入ることが多く、こうしたメールも深夜の作成になるため、あまり丁寧な論理や表現になっていませんが、もしも貴殿が真摯に大聖人の教えを求めるのであれば、研究教学書や随宜論や各種の宗門秘蔵の文書等も入手していますので、時間の余裕が出来た時にでもご説明しましょう。
七百年近い富士の濁流の実態がいかに惨憺たるものであったか、それ故に明治37年の内務省の調査で、富士派の勢力が「寺院数87、住職数47、檀家数3万、信者数3万」という、日蓮宗各派でも最も弱小の教団の一つであったという歴史的事実こそ、文証、理証と共に、厳然たる現証だと断言できるのです。大石寺末寺の法華講たちとも対話しましたが、立派な講頭だった方とかの証言を聞くと、かつての宗門は本当に悲惨な実態で、世界に仏法を広めた学会の凄さには頭が下がると異口同音に語っておられました。そうした事実を知っている小生としては、貴殿のように聞きかじり、習い損ないで簡単に騙された方を見ると哀れでなりません。
 くれぐれも真実の大聖人の教えを、そのとおりに信じ、実践することを心より期待しています。

(つづく)




◎2011年3月21日11:27 送信

堀江様

 昨日はご苦労様でした。
 茨城県の放射線レベルが急に上がり始めました。北東風になったためですが、可能な限り奥様が雨を浴びないよう、また一時的にでも疎開をされるようお勧めいたします。

茨城県の放射線測定データ
http://www.houshasen-pref-ibaraki.jp/present/result01.html


◎2011年3月22日23:29 送信

堀江様

 文部科学省の放射線測定結果で、茨城の水道水に放射性ヨウ素、セシウムが数10ベクレル/kgも検出されています。特に女性や子供さんは水道水を飲むのには配慮してください。しばしの間ですので、ベットボトルの飲み物で対応されるようにお勧めいたします。

http://mextrad.blob.core.windows.net/page/08_Ibaraki.html
http://www.mext.go.jp/


◎2011年3月27日8:59 送信

堀江様

 その後いかがされておられますでしょうか?そちらもかなり放射能汚染が見られているようで、奥様の健康管理にはくれぐれも配慮をお願いします。

 先日送った貴殿の質問への解答や、御書の御金言について理解をされましたでしょうか?今までの法華講の方々は、こうやって学会員が正義を正確に教え始めると、途端にシッポを巻いて逃げる者ばかりで、ある法華講員は恥ずかしげもなく「御住職様が相手をするなと言っている」という理由で逃走しました。完全に邪宗の振る舞いです。大聖人様からどれだけ厳しい罰を受けるか、信心の無い人間には推測することさえも出来ないのでしょう。
 貴殿は決してそのような無信心な人間では無いと期待していますので、誠実な返事がもらえるものと楽しみにしています。

 ともあれ、学会が出現するまでの大石寺派が、大聖人ご入滅から600年以上もかけて、わずか3万人の信者、寺が50足らず、坊主が90数人しかいなかったという明治政府の公表数値を見ると、御書のとおりに、坊主には広布は出来ない、ということは明らかですね。現実に、大聖人の御遺命である世界広布を進めたのは創価学会の三代会長、とりわけ池田大作という稀有のリーダーの存在によることは歴史的な事実が明らかにしており、誰にも反論不可能でしょう。後は日犬のような嫉妬に狂った者ども(三類の狂(笑)敵の中でも僭聖増上慢)が法華経の行者にキャンキャン吠えているのを叩きつぶすだけです。

 それでは、速やかなお返事と再会の時を楽しみにしています。


 いったいこの無様な完全逃走が、

>あなたと法論した堀江さんは、友人であなたは、対したことない人で、教学も無いとありました。

だってか?(爆笑!)

いったいどこをどう読めば、「対したことない人で、教学も無い」んだって?

こんなウソを書き込む龍神ひろしに対して、天罰が下ったのが今回の「竜神ひろじによる事件」だとしか考えられないであろうが!

 日本最小の心臓を持つげっ歯類と「異体同名」のヤマネ誤損死の死導のとおりに、大聖人の教えを捨てた罰だ!




 龍神ひろじ、本名齋藤英通と呼ぶ茨城県のアホケコッコの完全な変態男から、留守電に長時間の音声が記録されていた。その内容は以下のとおり。

(12月6日夜の分)
21:34「あなたのmixiの書き込み、反論するのがチョー面倒なので、繁忙期だし…」
21:39「mixiの書き込みやってる暇無いんですよ。」
21:42「何回も言いますけど、私ヒマじゃないんです。眷属10何人抱えているんで大変なんです。ゲイ蚊の誤死難でやっているんです。」
22:01「人間誰しも欠点はありますからね?ゲイ蚊が間違ってどうだこうだ言っても関係ないんです。」
22:05「江戸時代は要法寺から邪義が入って来て大変だったんです。あなたそんな歴史知らないでしょう。」
22:09「しつこいと思うでしょうが、私を救う気持ちがないなら会うつもりはないですよ。私は教学はないですけどね。いくら教学学んだところで、幸せになる訳じゃないですからね。」
22:12「「入信して今年8年目。いろいろ大変なことありましたけど。」
22:16「しつこくて申し訳ないですね。ちっちゃい頃から学会でやな思いしてますから、文句言えないですよ。」
22:19「御本尊が云々カンヌンやっても意味ない。やっても無駄かな。血脈についても平行線だし。」

(12月8日夕方の分)
17:19「ヒマじゃないんですよ、ボク。忙しいんですよ、ボク。あなたは私を折伏したいんですか。やっつけたいんですか?やっつけたいんなら会う気ないです。」
(間歇的に続く)
18:16「しつこいんですけど、おれ。繁忙期ですけど、今年は例年に比べてヒマですけど。創価学会を信仰して幸せになってますか?創価学会を信仰しているとこんなにおかしくなるんですよね?」
(延々と続く)
18:29「脱講運動やってます?そこまでやれる人、今の学会にいないんじゃないですか?学会やって幸せになったら、私学会やりますよ。けど学会は出家者いないし。」
18:33「私本当しつこいですからね。幸せじゃないから意地張ってんですよね。」

などと、似たり寄ったりの言い訳と愚痴と変態の呟きが、なんと2日で20回も、しかも一回あたり約3分、つまり合計1時間も録音されていたぞ!(大爆笑!) \(^○^)/

21:34「あなたのmixiの書き込み、反論するのがチョー面倒なので、繁忙期だし…」

なんかは要するに、証拠が残る形でドブネズミの龍神ひろじ何かを書くたびに、そのお粗末な公式見解や願望だけの盲信を、こちらがコテンパンに破折してしまうので、
「これ以上破折されるのはかんべんしてくださいませ」
と泣きついて来たわけだ!(哀れ)
 勘弁ならぬ!!!(怒)
 貴様のような田舎のドブネズミの分際で、今まで法華経の行者に対する嫌がらせを繰り返して来たその罪は、堕罪無間であることを実感させてやるから楽しみにしていなさい!
 ますは、少し貴様の愚痴とボヤキを破折しておく。

21:39「mixiの書き込みやってる暇無いんですよ。」
21:42「何回も言いますけど、私ヒマじゃないんです。眷属10何人抱えているんで大変なんです。ゲイ蚊の誤死難でやっているんです。」

 これだけ長時間をかけて、ストーカー行為を出来るんだから、間違いなくヒマ人だが、ヒマであるとかないとか以前に、貴様は完全な変態だ!しかも、これが「ゲイ蚊の誤死難でやっている」んだから、ニッケン臭に犯罪者が異様に多いのは、当然と言えば当然の「罰の現証」だ!

17:19「ヒマじゃないんですよ、ボク。忙しいんですよ、ボク。あなたは私を折伏したいんですか。やっつけたいんですか?やっつけたいんなら会う気ないです。」

 もう既にコテンパンに破折し終わっているよ!まともに反論出来ないから、繁忙期とか言い訳しながらmixyから逃げ出して、留守電に一人で念仏を唱えていたんだろ?(爆笑)

18:16「しつこいんですけど、おれ。繁忙期ですけど、今年は例年に比べてヒマですけど。創価学会を信仰して幸せになってますか?創価学会を信仰しているとこんなにおかしくなるんですよね?」

 折伏とは、このような変態の分際で自分が正しいと狂信している邪宗の邪義を、完膚なきまでにコテンパンにすることで、現証を出させて、いったん地獄に落としてあげて、宇宙の大慈悲である地獄の苦しみによって反省や気付きを起こさせてから、もしも求道心が生まれたら救っていくという修行なのだが、貴様は自分の今の姿が三悪道で、すでに精神を病んでいることにさえも気がつかないのか?(哀れ)

ワッハッハッハ!\(^o^)/(笑)
麦原野流布意さんに対しては、1日で12回も電話したんだって〜?貴様の「繁忙期」ってのは、よっぽど暇なんだなぁ〜!顕坊キの間違いじゃないの?(爆笑)

私に対しては、最初の日は1日で電話9回、留守電9回もして来た記録が残っていたが、中国語で「9」を「チュー」と発音するから、貴様は電話チュー回、留守電チュー回ということになるわけだ!やっぱり貴様はチューチュー泣くしか能のない田舎のドブネズミだということを自ら暴露したか!(爆笑)

それにしても私が仕事で真剣勝負している時間帯に、ドブネズミらしくチューチューと、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も電話してくるとは、異様なほどキモいドブネズミだなぁ!(大爆笑)

貴様はただの変態だ!これがニッケン宗の実態、滞積痔破の象徴的な姿だ!だから何百年かけても、世界はおろか日本にも全く広まらず、消滅寸前まで転げ落ちたわけだ!すでに学会の寄生虫でしかない退席痔の使命は終わっているぞ!(哀れ)

> ----------------
>From: 齋籐英通
齋籐英通> あなたが、一回メールしたら10回は電話します。
齋籐英通> 以上
> ----------------
麦原野流布意さん> じゃあ、貴様は千回電話するかもな(笑)
麦原野流布意さん> がんばれ!
麦原野流布意さん> 無様ゾンビ鼠くんo(^o^)o
> ----------------
麦原野流布意さん> 貴様は自分で約束したことを守れるかな?
麦原野流布意さん>ほら、20回電話してみろよ(笑)\(^o^)/
> ----------------
 さあて、今日も夜まで仕事が続いて、一段落して携帯を見たら、イカレポンチのドブネズミから18:03〜19:11までに10件の留守電が残っていた。相変わらず変態丸出しだ!面倒だが明日にでも記録しておくことにして、とりあえず昨日までのドブネズミの留守電の内容をいくつか破折しておくことにしよう。
 大聖人門下である以上、御書の教えのままに、邪義への破折は忍耐強く持続するしかあるまい。

龍神ひろじ>22:01「人間誰しも欠点はありますからね?ゲイ蚊が間違ってどうだこうだ言っても関係ないんです。」

 おいおい!ニッケンが間違っていても関係ない、という言い草は、ニッケンは間違っている、ということを前提とした発言ではないか!
確かにニッケンが間違っている(正確には、狂っている)のは事実だが、高齢でヘロヘロになっても、陰湿に宗門を支配しているケンちゃんの耳に入ったら、ドブネズミ君はネズミ捕りか、黄リンなんかの殺鼠剤でもかまされてカットされちゃうんじゃないか?(爆笑)
 何と言っても、
「だから私は、日顕が、に、に、に日蓮大聖人様なんて、一遍も言ったことない。ないけども、やはりそういう意味でのですね、あのー、この、しっ、信仰が、やはり富士門流の大石寺の信仰としてあることが、あー、伝わっておるという意味であります。」
と、自分を日蓮大聖人様だと信じるのが退席痔の信仰だという「ニッケン臭の旗揚げ」をしたエロジジイだからね〜!(嗤い)


龍神ひろじ>22:05「江戸時代は要法寺から邪義が入って来て大変だったんです。あなたそんな歴史知らないでしょう。」

 大変だったのは、日寛上人が末法相応抄で、その要法寺の邪義を持ち込んで来た日精が主張した「造像は本門寺建立の時」という邪義を破折していることを見れば、六巻抄を厳格に研鑽した者であれば誰にだって理解できることだ。
 逆に、貴様のように「私は教学はないですけどね。いくら教学学んだところで、幸せになる訳じゃないですからね。」などと教学を否定し、御書を無視する法然の子分のようなドブネズミにはまったく理解できまい。
だから、まったく邪義を理解出来ずに、
「随宜論』を根拠に造像を行わんとすれば、その最後に、
然らば富山の立義は造らずして戒壇の勅許を待ちて而して後に三ケの大事一度に成就為す可きなり(中略)願くは後来の学者二義を和会せば造不造は違する所無くして永く謗法を停止して自他共に成仏を期すのみ
とある。つまり富士の義は、広宣流布の時に仏像を造るのだからそれまでは造るべきではない」
などと、日寛上人が懸命に破折した邪義を復活させた教義研鑽委員会のオレオレ詐欺坊主どものウンコを、そのまま口に入れて吹き散らしているのだ!不潔の極みのドブネズミだ!それが貴様の生命の本質であることは、留守電に残された声の質の汚さが証明している!


龍神ひろじ>22:09「しつこいと思うでしょうが、私を救う気持ちがないなら会うつもりはないですよ。
龍神ひろじ>17:19「ヒマじゃないんですよ、ボク。忙しいんですよ、ボク。あなたは私を折伏したいんですか。やっつけたいんですか?やっつけたいんなら会う気ないです。」

 いやいや、これだけ無駄な時間を費やして、私が仕事で気合を入れていて携帯なんかスーツのポケットにほったらかしになっている時に、合計1時間もの留守電を記録するんだから、これ以上ない十分なヒマ人だよ!(爆笑)
 大聖人の門下としては、そんなオレオレ詐欺坊主の飼いネズミは、絶対に折伏してあげなくちゃ、と決意しているよ。ただし、貴様が期待しているような、優しく納得できるように教えてください、なんて摂受は御書のどこを読んでも書かれていないのだ。速やかに地獄に叩き落としてあげて、反省させ、気付きを起こし、道心を起こさせる、という厳父の慈非が大聖人門下の而強毒之の実践だ!もう既に完璧にやっつけてしまっている訳だが、こんなものではない!じっくりとどこまでも追及する!諦めろ!(嗤い)


龍神ひろじ>22:19「御本尊が云々カンヌンやっても意味ない。やっても無駄かな。血脈についても平行線だし。」

 まともに反論も出来ず、少し言い訳したら、片っ端から破折されて、逃げ出したい気持ちなのは行間にも本文にも滲み出しているぞ!
 しかし、血脈について何の反論も出来ないくせに、

龍神ひろじ>たとえ血脈相承を受けた法主であっても、思い違いや多少の間違いがあるようなことは、当たり前なのです
龍神ひろじ>ちょっとした間違い、思い違いぐらいはどこにでもあり、それは正直に訂正すればよいのです。ただし、血脈の法体に関する根本的な意義については、けっして誤りはありません

オレオレ詐欺坊主が垂れ流したこんな大ウソをそのままコピペするから即座に破折されて終わってしまうのだ!
 日寛上人がようやく六巻抄に体系化して邪義を概ね駆逐してからわずか7代、30年ほど後の33世日元が、

「本地久遠実成釈尊 垂迹富士浅間宮」

という邪義を授与書きに記載した本尊もどきを、沼津の浅間神社に彫刻してあげているではないか!
 伝言ゲームがきちんと出来ていたら、こんな明らかな謗法を刻んだ本尊もどきを、浅間神社に下付するわけがないであろう!
 いったいどこが「平行線」だ?ドブネズミが「閉口」しただけではないか!(大爆笑)



龍神ひろじくん(本名:斎藤英通くん)へ


またまた言い訳の念仏のような留守電が、私の携帯に記録されていたぞ。

貴様の今の無様な姿は、ボクシングに例えれば、ぼこぼこにパンチ!を食らってダウン寸前の田舎者が、これ以上殴られたくないと、クリンチと言ってチャンピオンに抱きついて、なんとかダメージを少なくするチャンスを探っているようなものだ!(爆笑)
これに対してチャンピオンは、パンチドランカーの田舎者から距離を置きながら、さらに次々にカウンターパンチを浴びせて、田舎者のドブネズミはリングの外に逃げ出す理由を必死で考えているという状況だ!(爆笑)

当然このやり取りも、mixiにアップするので、最初は偉ぶっていた貴様が、滞積痔の日本最小の心臓を持つげっ歯類ヤマネの誤死導を受けて行動している、ただのド田舎のドブネズミでしかないことが、全国の読者に知らされ、満天下に晒し者にされた結果、ニッケン宗、滞積痔破、日蓮消宗の教義は邪義であることが明らかになったのだ!\(^o^)/

それでは、貴様の言い訳を一つ一つ破折しておこう。


龍神ひろじ11日17:33>日精上人のことをああだ、こうだ書いてますが、日精上人は敬台院、御影堂とか大石寺に寄進された方ですけど、その人が要法寺の教えが抜けないので、それを擁護するというか、退転させないために書いた書であって、日蓮正宗では用いていない。


つまり、日精が退席寺に入院して1年経って花押入りで書き残した「随宜論」は、敬台院の化導のために書いたのだという言い訳です。
しかし、こんなオレオレ詐欺が垂れ流したウンコのようなウソを、よくぞそのまま口から吐き出せるものだ!
「随宜論」の本文には、日精自身がこの書を書き残した理由を書いている。

「要用の文を集めて愚が廢忘を助くるのみ。」
(通解:重要な文証を集めて、私自身が忘れてしまうのを助けるためでしかない。)
「予、法詔寺建立の翌年仏像を造立す。茲に因って門徒の眞俗疑難を致す故に、矇霧を散ぜんが為、廃忘を助けんが為に筆を染むる者なり。」
(私は、法詔寺を建立した翌年に仏像を造立した。このために門徒の僧俗が疑い非難するので、迷いを消すために、忘れないようにするために筆を取って書き残したのである。)

つまり、敬台院の化導などではなく、自分自身の信念と退席寺の僧俗の主張との対立に対して、調整を図るために、

「日代上人の御書に云く、「仏像造立の事は本門寺建立の時なり。未だ勅裁無し。国主御帰依の時三ケの大事一度に成就させ給うべきの由御本意なり。御本尊の図は其の為なり」文。
 此の文、実録の内の興師の御義に符合す。然らば富山の立義は、造らずして戒壇の勅許を待ちて而して後に三ヶの大事一度に成就為すべきなり。若し此の義に依らば、日尊の本門寺建立の時に先んじて仏像を造立し給ふは、一箇の相違なり。」(随宜論)

と、日尊や自分が釈迦像を造立したのは、まだ本門寺建立の時が来ていなかったので一つの相違であったが、広布時には御本尊の図のように釈迦像、多宝像、四菩薩像、第六天の魔王像、提婆達多像等を御本尊の図のように造立するのが正しい、と「未来の造像」という謗法の義を書き残した書なのである。

その証拠に、何人もの歴代法主が、日精のこの主張を破折している。
たとえば、31世日因は

「日因云く 精師御所存は当家実義と大相違なり、具に二十六代日寛上人造仏読誦論返答抄末法相応抄に分明なり」(堀帖25)
「当家造仏を許さず 蓮祖開山以来已に五百年なり 精師一人之を許す」(同)
「精師御年譜中にも亦日辰所立の三大秘法を述ぶ 依用し難きなり」(同)
「精師関東奥方の寺々にも皆釈迦多宝四菩薩造立を許す」(同)

と、龍神ひろじの念仏留守電とは真逆の事実を書き残している。
この中の「年譜」とは、日精がホッスの座を降りて40年以上も経ってから、死ぬ数年前にまとめた書である。その中にも邪義を書き残しているのだから、オレオレ詐欺坊主たちが垂れ流したウソは見事に打ち砕かれているのだ。ロンパされたのはニッケン臭の側だということを自覚せよ!必要ならば、貴様の言い訳の根拠となるウソを全部破折してあげよう。



龍神ひろじ11日19:58>日精上人が造仏されたという証拠はありません。


「願望」は証拠によって打ち砕かれて、はい、おしまい!(爆笑)
すでに31世日因師の言葉を紹介しておいたが、他にも碩学日亨上人などは「富士宗学要集」で、

「日昌より日啓まで大石九代の山主は要山出身たりと雖も初には大僧来り後には小僧を教養せし傾向あり、兎も角多少の新儀を輸入し、殊に日精の如きは私権の利用せらるる限りの末寺に仏像を造立して富士の旧儀を破壊」

「要山より晋める山主は始め日昌日就日盈の時は著しく京風を発揮せざりしが、但し其人柄に依らんも日精に至りては江戸に地盤を居へて末寺を増設し教勢を拡張するに乗じて遂に造仏読誦を始め全く当時の要山流たらしめたり」

等と述べられているではないか。
日精の造仏読誦の邪義を改めたのは、日俊上人以降の僧俗であるということも、日亨上人の

「其れも四十年ならずして同き出身の日俊日啓の頃には次第に造仏を撤廃し富士の古風を発揚せる」
「日俊已来此を撤廃して粛清に努めたるのみならず日寛の出世に依りて富士の宗義は一層の鮮明を加へたる」

との仰せに明らかである。邪宗門が「堀上人の誤解である」などと、蛍火の分際で日月を嗤う馬鹿を言ったそうだが、コロコロと言い草を変える習い損ないの分際で、身の程を知れ!

「だいたい、古文書が読めぬのに加えて、要山日辰流の造仏の偏の邪思想が深入しておるより生じた誤謬である」(富士日興上人詳伝)

と、日精は古文書が読めなかったために、誤った解釈をしたことを堀上人が指摘しているぞ。良かった、新しい言い訳が出来たな!(爆笑)


龍神ひろじ(本名:斎藤英通)やあ〜い!(嗤い)

今日も携帯に龍神ひろじからの電話が7回、留守電が7回も記録されていたよ〜!繁忙期だとか言い訳しながら、ほんまにヒマ人だなあ〜!変態としか表現しようがないよな〜!(爆笑)

文句があれば、この場で反論すれば良いのに、逆に一発で撃沈されるのが分かっているから、とにかく記録が残らない裏の舞台でコソコソと誤魔化そうとする、やっぱりドブネズミだな〜!(爆笑)

もうすでに龍神ひろじ(本名:斎藤英通)はロンパされていて、はい、おしまい!(大爆笑!)

これだけ明確にノックアウトされちゃあ、何の文句も言えないだろ?

それでは、私のKO勝ちを宣言いたします!ありがとう〜!!!





 今日も夕方の仕事がピークに近い忙しい時間帯に、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、毎回同じような内容の念仏を繰り返しているとしか思えない愚痴の電話と留守電を、一昨日なんかはなんと18回も!繰り返してド憑かれさま〜!(爆笑)

 しかも、自分は繁忙期だと言い訳しながら、よくぞそれだけ無駄な人生をドブに捨てられるよな?あ、ドブネズミだから全身をドブに捨てるのが貴様の使命であったのか!(笑)

 文字どおりの狂ったストーカーネズミとなった証拠が完璧に記録された!これこそが、ニッケン臭に洗脳された輩が感染し発病する変態病の現実だ!

 しかも、流布意さんからメールで破折されたら、警察に通報するだって?(笑)


流布意>あのね、
流布意>さんざんストーカー大量電話しといて
流布意>何がつきまとい行為(メール)だから警察に通報するだ!ホントバカだ!
流布意>バカ鼠くん(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)


 まさにこれがド田舎のドブネズミの実態だ!こちらが捨て置いたら、調子に乗って18回もストーカー電話をかけてくるような変態の分際で、ふざけるな!と破折を始めたらチューチューと警察に逃げ込んで、権力を後ろ盾にしないと戦えないとは!(笑)

 これこそニッケン臭の本質を無様に暴露した「天魔のネズミ」の姿だ!(大爆笑)

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