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ラブリィ創価学会コミュの教えて…創価学会

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創価学会への素朴な疑問、噂の真相など。
ここが解らない、こんな時どうするの?など
学会初心者から学会を知らない人まで聞いてみよう

幸いにももくれんさんやs-tanakaさんのような現役の活動家がいるし元活動家もいるので、解らない事は教えてもらえるよ

コメント(177)

>>[124]

>日本の過去の侵略、例えば、中国に関して

どういういきさつで日本は中国を侵略したんでしょうか?
私が習った歴史の教科書には載ってなかったです。

「日本の過去の侵略」という話が出たのでお聞きします。
>>[138]

> それに何よりも、「折伏」そのものは、周恩来氏との約束で「しない」と
> なっていますからね、

そこまで最初から尻尾を巻いているとは恐れ入った物です。
日蓮は北条時頼との約束で「折伏」そのものは、
「しない」と前提の上で信頼関係を建設しようとしましたかね?

ま、池田さんの判断では中国における共産党の独裁政権こそが
理想の国家のあり方だと思ったからそう判断されたようですがね。

ちなみにそう言った形でお上との信頼関係を建設しようとしたのは
極楽寺良寛の方ではないですかね。

見事に池田さんは良寛聖人の御真意を求められておられる
良寛聖人の御精神に限りなく近いと言わざるを得ませんね。
>>[140]

コピペでなく
もくれんさんの言葉でお願いします。
>>[143]

> まずは、「信義」ですよ。

なるほどねぇー。
でも、それって立正安国論や諫暁八幡抄の批判にも繋がりますね。

「我が弟子たちの愚かな考えでは、我が師(日蓮)が法華経を弘通しながら
一向に弘まらないばかりか、却って、しばしば大難に遭うのは、「真言は国を
亡ぼす悪法である、念仏は無間地獄に堕ちる悪業である、禅は天魔のすること
である、律僧は国を賊する者である」と、四箇の格言を以って折伏するから
である。例えば、裁判に於いて、道理有る申し立てをしながら、悪口を混じ
えるようなものである等と思っている」

全く持って愚かな弟子と同じ事を仰いますね。

「折伏」そのものを最初の約束で「しない」と言う事はそう言う事です。

ま、もっとも真言、念仏、禅、律と言うものを良くご存じないからだと思いますが
中国共産党の独裁政治のあり方は、全てこれらに抵触しているんですよ。

「折伏」そのものを「しない」とはもはや法華経を捨てたも同然ですね。
>>[146]

いろいろ書かれているようですが
私は南京の事ががあったか、無かったかという事を
聞いてはいません。

「どういういきさつ」で日本は中国を侵略したんでしょうか?
「侵略」したとするなら「いきさつ」はご存知ですか?
と訪ねているに過ぎません。

もくれんさんが言われてる事が全てです。

>その時代に私は存在していません。
>リアルタイムで、知りません。

リアルタイムであろうが知らない事は知らないのです。

>結局は、「信頼できる人」の、意見に耳を傾けますね、
>これは、誰でも、ある程度同じ傾向のはずです。

南京の事が出ましたが「情報」としては「無かった」と
する方も「等価」だと私は思います。

>結局は、「信頼できる人」の、意見

これは池田氏の事と思います。
池田氏の人物評はしません(知らないからです)

ただ、中国はどうでしょう?

日本が敗戦して去った後、民衆が幸せに暮らしている「理想の国家」
になっているでしょうか?

「信頼できる人」を「信頼できる国」と置き換えてみましょう。

この国は信用できますか?

民衆が幸せに暮らしている国家がそこに存在するなら
信用もできます。

正直、私はこの国が怖いです。

>>[146]

> 政治家、学者、等、日中問題に絞ってすら、多数の意見・情報が散見されますが、
> 結局は、「信頼できる人」の、意見に耳を傾けますね、

これが、そもそも間違いの始まり、思い込みの始まり、妄信の始まりだと思います。

そもそも僕は「信頼できる人」とやらの、意見を丸呑みしているわけではありません。
「納得できる意見」を受け入れているだけの話です。

そりゃーもちろん、人間誰しも「好き嫌い」がありますから
自分にとっての「信頼できる人」に耳を傾けてしまう傾向にはありますが
その場合はあくまでも"騙されても良い"という覚悟を持ってしての話です。

もちろん、騙され続けるのは嫌ですから
自分でも判断できるようになれば、例え「信頼できる人」に対してでも
それは間違いではないかと臆することなく指摘するようにしています。

この時点で、大半の「信頼できる"はずの"人」からは裏切り者と罵られ
「信頼できない人」に豹変してしまうのですが
豹変しない人こそが更なる「信頼できる人」となりますから
臆することなく指摘すると言う事は一種の賢者の試金石と思っているわけです。

もし仮に「信頼できる人」が勘違いをしていたらどうします?
そのまま鵜呑みにしては勘違いの連鎖が始まります。

「信頼できる学者の意見だ」そう言って誤った認識を持つ人は実に多いわけです。
学会員さんのそのほとんどがそう言った認識下でいるから
「池田さんが何を言っているか」と言う観点よりも
「池田さんが言っているから間違いはない」となってしまっているんです。

もくれんさんはどうしてもその帰来を感じますね。
言ってる事はそこそこ聡明なのですが
こと、池田さんの話となると途端に盲目となってしまうところが感じられます。
(ちょっと「とんでも本」的な発想です)

戦争の話になりましたが発端は欧米に植民地化され蹂躙されないための
「自衛」から始まった事です。

もし「自衛」出来ず共産圏に取り込まれていたら、日本の宗教は壊滅していたんじゃ
ないでしょうか?

アメリカは後から参戦していたワケですからロシアに侵略された後ソ連の一部
として「共産化」してしまう可能性の方が高かったですね。

前身の創価教育学会は昭和5年(1930年)創立とありますから
明治時代には存在しません。ソ連は1922年ですね。

「軍国主義!」と目の敵にしているようですが「命がけで国を守ろう」
とした人がいた事を忘れてはいけません。

大きい目で見ると大日本帝国が「創価学会」を守ったと言えなくも
ないというのは、何だか皮肉です。

歴史に「たられば」はありません。
仏法の加護とするのも自由です。


>>[149]

視点を変えるということは「話をはぐらかす」ということですか?

人を殺すのが悪、という発想なら「正当防衛」も悪でしょうか?

(別枠のつもりで『自衛が出来ずに蹂躙されていたら「創価学会」が存在しない
世の中もあったかも』っと[150]発言しましたがなんかリンクしました)

人を殺すのが悪であってもそれをして来たのが人の歴史です。

そうならないための知恵が「日蓮」の教えであっても

創価学会が「殺(侵略)したのだから日本だけが悪い」と言い続けるなら
「キレイごとを言わないで下さい」と言うしかないですよ。

日蓮自身も法難の際、信者の「武力」で命を救われた面もあるのでは
ないですか?

>いかなる理由があろうが、「一切の殺人」を否定する、
>これは、同意していただけますか?

私の見解は「わからない」です。
そういう決断をする場面にあったことがありません。

>いかなる理由があろうが、「一切の殺人」を否定する

この考えが正しいとするなら
法難の時に相手方に死人が出たら日蓮はそれを否定する
という矛盾すら出てきます。

(出たか出ないかの記録の有無は知りませんが相手が殺す勢いで
きている以上、出てもおかしくない命のやり取りだったでしょう)

日蓮は守ってくれた信者を破門するでしょうか?
(日蓮仏法ですべて救われるから大丈夫というような「トンチ」
はおやめくださいね)

[149] では
中国側の情報を鵜呑みに出来るほど「あの国が信用できますか?」
と聞いているだけです。
(侵略行為の有無に関しての私の見解は「あった」です。
しかし、中国側の情報は鵜呑みにできないと言うところです)

問いに対して問いで返すのはどうなんでしょう?

わたしはもくれんさんの

>まなすてさんは、「日蓮」なる人物は、名前は聞いたことはありますね。
>斬首されそうになり、佐渡ヶ島に流され、
>これは、「惨め」ですね、「悲惨」ですね、
>いかがですか?

この問いに対して自分の見解を書き込みました。
(この時の事の答えは求めてません)

ご自分からふられた話にすら返答がなかったのは
どういう事なのでしょうか?

> まずは、「信義」ですよ。

ご自身の言葉です。
>>[149]

> いかなる理由があろうが、「一切の殺人」を否定する、
> これは、同意していただけますか?

不用意な殺人は避けるべき事柄とは言えますが
「一切の殺人」を否定するとまでは思ってはいません。

と言うのも人ではないにせよ生物の殺傷なくしては生物は生きていけませんからね。
また、身勝手な自殺は容認できませんが"尊厳死"と言う事は認めざる得ない事だと思いますから。
堕胎もその延長線上で語られるべき事だと思います。

> どんな極悪凶悪殺人犯であろうが、国家による死刑制度は
> 反対ですか?
> それとも、?

この辺は不用意な殺人のレベルであり、その死によって何かを生むこととはなりませんので
基本的には反対の立場と言えますね。
こんどこそ別の話。

創価学会の本を読むと「信者の鑑」
として、南条さんと四条さんという人がよく出て来ます。

悪役として平頼綱が出て来ます。
この人は歴史上の人物なので知ってます。

悪役は死んでしまい、南条、四条の両氏は功徳があり
家が栄えた。と簡単にいうとそんな感じですね。

でその後、身延山(清水の次郎長に出て来ますね)が
本山なのかと思っていたら違いました。

二代目の日興さんと信者が対立して出ていっちゃった
のですよね>二代目(これが日蓮正宗?)

対立した武家信者「波木井」とあり、珍しい名前なので
調べたら「南部 実長」とありました。

なんと戦国大名で有名な「南部氏」の一族です。

後代、長男実継の家系は陸奥国を地盤とする八戸氏(根城南部氏)として存続
南部氏はマイナーだけど東北で滅びる事なく栄えた家柄。

南条、四条という人はその後も知らない、家が栄えたか滅んだかも
わからない。(御書の中にだけの人物なのでピンときません)

平頼綱は悪い死に方をしたので「仏法を誹謗するものの最後は〜」なんて
よく書いてあります。

二代目さんに対する「悪役」が波木井さんなら、なんで滅びないで
栄えちゃったりするんでしょうか?
それはそうと池田さんは何故に周恩来氏との間に
「折伏」そのものは「しない」なんて約束を交わしてしまったのでしょう。

「折伏」と言う行為そのものには「殺人」に関わる事など何一つないのですから。

それと、「信義」を求めるなら尚の事、先ずは思想や信教の自由化ではないですかね。

今の中国における共産党に関わる思想以外は一切認めないというシステムを
先ずは「折伏」する事が第一の目的とするべきではないですかね?

日蓮が鎌倉幕府に立正安国論にて求めた事は
法然の選択集における捨閉閣抛が一凶であると指摘した後に
法華経の一乗を話されているわけです。

同じく中国共産党の一党独裁体制は正に捨閉閣抛に通じる物といえます。
先ずはこの凝り固まった思想を「折伏」し
その後に法華経の理解を求める。
この流れ出ない限り適切な処置とは言えないと思いますよ。

顕彰、称号といったものをいくら得ようとしても
現行中国では中国共産党の思想以外を捨閉閣抛している状態ですからね。

池田さんが貰い受けた顕彰をいくら重ね合わせたとしても
中国に住む国民達に何の益ももたらさないのではないですか?

それこそが、単に池田さん一人の自己満足で終わってしまいます。
>>[156]

誰が「入会」の話をしました?
「折伏」といったから「折伏」の話をしたまでの話です。
加えて言えば創価学会では「入会」の事を「折伏」と言う事もどうにかして欲しいですね。

日蓮はそもそも宗派を作ってないのですから。

> 法人化されていないだけで、

この点もなにやら誤解されているようですが
"創価学会を国(お上)を通して認めさせようとする"その必要は本来ないんですよ。
それはあくまで日本国内でのスタイルです。

そうではなく、僕が言っているのは"思想や信教の自由化"と言う事です。
この違いは解りますか?
中国では、共産党の思想に反する事を受け入れないところに問題があるわけです。

日蓮の立正安国論の意義、歴史認識をどうお考えですか?
ただ単に民衆から題目を広める事が可能な世であれば
日蓮はなにも諌暁を行わなくとも良かったわけです。
また、国(お上)を通して斬首、流罪等もされなかったわけです。

日蓮が諌暁を行った理由は広めるにはばかる時代だったからと言うわけですよ。
国家(お上)を通して国教にせよという話ではないわけです。

今の中国や北朝鮮と同じ様な国家であったから諌暁を行ったと言う話ですね。

> 戦争は、「いかなる理由」があろうが、「殺し合い」ですから、
> 全ての殺人をまずは否定することが、戦争根絶の確実な道という
> ことを述べたかったのです。

戦争は「いかなる理由」の範疇ではなく
全く持って回避できる「殺し合い」の範疇です。
その為には戦争を起さない思想を構築させる必要がありますけどね。

独裁国家では、国家の指先ひとつで戦争は如何様にも起きてしまいます。
しかし、日本の様に「国民主権」の国家であれば
国民の意思一つでこれを回避する事ができます。

中国を始めとする独裁国家が他国から怖がられているのは
実にこの辺の図式から来る物なんですよ。

国民が自由に発言の出来る国であれば取り立てて問題は少ない。
しかしながら、池田さんはクーデターの危機にある独裁国家に対し
その国のトップとの対談にて、そのトップを讃えたりしているところに
問題があると言っているわけです。

更に言えばクーデター後には、そのトップを讃えた発言を
公式から削除するという姑息さも持っています。

これ、国内外持ってしても池田さんの言動を褒め称える人なんて何処にもいないですよ。
これを褒め称えるとすれば、同じく権威権力を司る側の人間
もしくは、その組織内で池田さんを指導者として崇め奉る人間に限ります。

ぶっちゃけ権威権力者から貰い受ける、顕彰なんてゴミみたいな物なんですよ。
そんなもの百万個積み上げたところで何の価値のないものであると思います。
>>[155]

>↑具体的に「どう惨め」なのか聞けばよかったですね。

この事は最初から申し上げているとおり
20年以上まじめにやっているMさんが「本人の希望通り」
学会内部で所帯がもてないと言う事です。

本人が希望するにも関わらず、結婚もできず子孫も作れない
惨めという言葉は適切ではなかったかも知れませんが「好ましくない状況」
と私にはおもえました。

私が「学会内部で紹介してあげればいいのに」と発言したのは
昔はわりとそういう話があったと言う事を伝え聞いたからです。

55、6歳の方から話をききましたが頑張っていたら親切な婦人部、幹部
所帯を持った仲間が紹介してくれたり、別行動であったもののみんなが
集まる居酒屋があったり、「フォークダンス同好会」なんかがあって
それなりに「出会い」もあったそうです。
(地域によっても差はあるでしょうが)

そういう古き良き時代は過去の事なのでしょう。

そういう時代を生きた方は「頑張れば誰か(ご本尊)が見ている」
と言っています。

「誰かって『あなた』がなるべきもの」だと僕は思います。

わたしは学会内部の人と話す機会があれば「おねがい」をしています。

外の人間のわたしは紹介はできません。

学会の人と話もしています。ネットのアンチ発言をする方が言っている
ような「おかしな学会員」には会った事はないです。

ただ、何故か恋愛、結婚の事にはあまり関わりたくないようです。
学会内部で起こった不倫や恋愛のイザコザを避けるための「指導」を
かたくなに守っているようにも見えます。

別の話ですが数年前、近所に学会のAさんご夫妻が越してきました。
(私の住んでいるところはMさんと同じ町ですが学会の区割りが違うようです)

同じ歳だったので仲良くなり「なれそめ」を聞いたら

ご主人が入会して間もなく、会社の都合で転勤した先で
会合に呼ばれたので、会館へ行くため乗り合い用に自分の車を出したら
地元の婦人部の方が助手席に「押し込んで来たのが女房です」っと
教えてくれました。

素敵な演出です。

奥さんは頑張っていたから婦人部の方も「いいお相手がいれば」
と気にかけていた。そこへ「好青年」が現れたので「出会いのきっかけ」
をつくってあげた。

古き良きが現在も生きているところもあるのですね。

こういう話がこちらの組織でもあればいいのにわーい(嬉しい顔)

Mさんの事を頼もうと思った矢先、家を買って
引っ越されていきました。

おせっかいな、おじちゃんおばちゃんが今の世の中には
必要な気がします。

もくれんさんは婦人部の方ですか?

学会は結婚相談所ではないでしょう、それはわかっています。

ただ、がんばっている青年がいたら気にかけてあげえ下さい。
そんな人の存在が救いになります。励みになります。

創価学会がいろんなものを内包する「暖かい」組織になって
くれることを切に願います。
>>[134]

すべてが反対って訳ではないです
池田大作もたまにはマトモな事を言ってるし

賛美するほどの物じゃないけど

私は何でも反対じゃなく、自惚れや我田引水に反対です

>>[135]

お決まりの内容ですね(笑)

質問します
・当時の南京の人口は?
・便衣兵ってご存知ですか?
・通州事件を知ってますか?
・三光作戦ってご存知ですか?
・終戦で中国共産党の捕虜になって、洗脳され釈放された元日本兵をご存知ですか?

とりあえずこれぐらいにしましょう
>>[162]

> 反論であれ肯定であれ、堅皇さんも、創価学会&池田先生に、「無関心」で
> いられないのであれば、

ぶっちゃけ、創価学会が池田教を公言し池田先生の指導を中心にと言っているだけなら
「無関心」を通しても構わないのですが。

>>[124]
日蓮大聖人の御精神に限りなく近いと、お考えですか?
>>[135]
日蓮大聖人の御真意を求めるという以外に解決できませんし、

等々、度々日蓮の名を出されるところに「無関心」でいられない状況があります。

だってね。
池田さんの行動、言動からは日蓮の精神に限りなく遠いと思いますし
日蓮の真意を求めるとは到底思えない事柄が目立ちますからね。
その為に対比をさせていただいているわけですよ。

学会員さんは池田さんを師匠と思われているようで
その辺はどうぞお好きなようにと言うところなのですが
法華経の信者である僕は日蓮を師匠と思っているところがあります。

ま、言ってみればうちの師匠とそちらの師匠を勝手に同じだと言われれば
そりゃー「無関心」ではいられなくなりますよ。

うちの師匠の名を借りてうちの師匠を愚弄する行為を続けるなら
(これ、池田さんの行動、言動ね。)
キッチリ白黒付けましょうってなものです。
池田さんの行動が即日蓮の真意、精神だと思われるのは甚だ迷惑な話ですから。

ちなみに、僕が創価に在籍していた理由も
池田さんを師匠と思っていたのではなく日蓮を師匠と思っていました。
2000年過ぎまで創価もタテマエ上はそうでしたからね。
ところが池田さんを永遠の指導者と位置づけてしまった時点で
もう、サヨナラと言う事です。

在籍当時から池田さんの行動と日蓮の行動は一致してないと言う事は
正直、ある程度は理解していたのですが
これらの事柄は全て"方便"だと言うところで
発言を控えていただけなんですよ。

で、何れ時が来れば、この"方便"を捨てる時が来るという幹部の言葉を信じ
在籍していただけに過ぎません。

創価学会が日蓮の名を語らないでいるならば
それこそ「無関心」で構わないんですけどね。
語るとなれば、いくらでも日蓮の行動、言動と
池田さんの行動、言動の相違点ぐらい挙げられると言うもんですよ。
>>[162]

> 私は、先生とムバラク氏との対談を読みましたが、
> その当時のムバラク氏の正直な「思い・志」は、その通りだったと思いますよ。

それはそれで構わないんです。

> 人間は、十界互具です、
> いろいろな生命が次から次へと「縁」に触れて、出てきます。

この辺も同意するところです。

が、しかし、何故に全てが無かったかのように削除するかと言う事ですよ。

だってそうでしょ。
"ムバラク氏の正直な「思い・志」は、その通りだった"と言うのであれば
失脚しようがしなかろうが変わりは無いのではないですか?

他の会員の方からは削除したのは池田先生ではないと言う方も
いらっしゃるとは思いますが
少なくとも、もくれんさんにはこの言葉は言わせません。

公式にかかわる事を池田さんが目を通してない
感知してないわけがないと言うのが、これまでのもくれんさんの主張なんですから。

ムバラク氏との対談がなんら恥じる事のない内容であるならば
削除する必要はない事ですし
"見誤った"と言うのであれば、そこは素直に経過を述べるべきだと思います。

何れにせよ黙って削除は"姑息"と言う表現以外になんと表現するべきなんでしょうかね。
>>[160]

興味深いお話をありがとうございましたわーい(嬉しい顔)
南条家は日蓮正宗の流れに身を投じた「殉教の一族」だったのですね。

日蓮正宗の信徒の方々に歴史上キラリと光る大物がたくさんいたら
説得力があるのになぁ涙

篤姫と島津斉彬は帰依していたと聞いた事があるのみですうまい!

「大統領は愛国主義であり、平和主義者であり、民族主義者であることがよく理解できました。今後とも世界の指導者としての御活躍と御健勝を祈ります」
(1983年6月10日聖教新聞)

要するに…チャウチェスクも池田大作も同じ穴の狢 
>>[167]

その篤姫と島津斉彬ってのも微妙な話でもあるわけなんですよ。

と言うのも薩摩の島津家は調べてみると曹洞宗ですし
篤姫の墓所があるところは寛永寺と言う天台宗の寺ですから。

もちろん常泉寺に在住していた大石寺第51代法主・日英の書面に
篤姫が常泉寺に帰依していたと書かれているわけで
これを事実として疑うって事ではなくて
一言で"帰依"と言ったところでどの程度の"帰依"だったか"微妙"と言う話です。

もしかしたら、あの有名人の篤姫が
おらが寺にも参拝に来ましたよ程度の話かもしれませんからね。

それはそうと大石寺の立場からだと四条金吾も後の退転者として扱われています。
>>[169]

>それはそうと大石寺の立場からだと四条金吾も後の退転者として扱われています。

これは初耳です。
たまに頼まれて、新聞をとるとよく目にした名前なのにげっそり

退転者ってことは創価学会がお寺と一緒の頃は指導には使われる事が
なかったんですか?

たまたま手紙として現存するものが多くて御書に組み込まれたという
ことなんですかねぇ?
>>[170]

いえいえ、波木井にしても五老僧にしても、その対立話は
全て日蓮亡き後の日興との対立の話でしかないですからね。

四条金吾も後の退転者として扱っているのは
もちろんあくまで大石寺側の言い分によるもので
通常はあまりこのことには触れず
創価や大石寺の中でも良き信者の代表として扱われています。

ある種トップシークレットとでもいいますか(笑)
四条金吾ほどの豪信者でも退転してしまうんだと言う例で扱われています。
日蓮の弟子は日興以外にも、日朗、日昭、日向、日頂、日持がいて日蓮宗各派に別れたが

四条金吾は日蓮没後は誰に師事した?
>>[171]

あ、みんな「日蓮宗」を退転したのではなく、日興さんの門徒ではなかった
という事ですね。

日興さんは、日蓮さんより生真面目が過ぎて人がついてこなかったというところ
ですかねもうやだ〜(悲しい顔)

秀吉、家康からも迫害を受けた「不受不施派」もありましたから
「我こそ正当な後継者」ってのはどこもそうなのでしょう。

「不受不施派」は凄まじいですね。
権力に同調しない姿勢は日蓮以上です涙

「学会?甘いよむふっ」っと言われそうです。

日蓮正宗と学会の対立は宗内の権力闘争だし、いわゆる「内ゲバ」ですが
学会の人は「先生を迫害した」っと憤ってます。

私としては「それほどのものか?」っと笑ってしまいます。
命を狙われたわけでもなく、飢えに苦しんだわけでもないでしょうからもうやだ〜(悲しい顔)
>>[173]

> あ、みんな「日蓮宗」を退転したのではなく、日興さんの門徒ではなかった
> という事ですね。

そう言う事ですね。
四条金吾や富木常忍あたりだと日蓮に直接的に師事してた事により
日蓮没後に六老僧の誰に師事してた?と言う以前に
こう言った「内ゲバ」に加わらなかったとでも言いますかね。

これを後の大石寺側から見ると「退転」と呼んでいるわけですよ。

> 秀吉、家康からも迫害を受けた「不受不施派」もありましたから
> 「我こそ正当な後継者」ってのはどこもそうなのでしょう。

よくご存知で。
創価の方々は我々こそが題目を日本に広めたんだと思っているところがありますが
そんな事はない。
そもそもが創価が題目を広める以前に題目は広く知られ教科書にも載っている言葉ですからね。
一説によれば安土桃山時代には念仏信者の数よりこの時は上回っていたと言う話です。

それが何故に衰退したかと言えば「不受不施」と言う誤った法華経解釈をしていたからであり
迫害を受けた理由は念仏僧との御前法論で負けたからです。

この法論は内容を見る限り、それほど理不尽な物ではなく
完全に誰が聞いても不受不施派の惨敗ってところですね。

ただ、時代を感じるのは負けた不受不施派の僧はその場で首チョンパってところですね。

ご指摘の通り、この時代ではもっと狂的な日蓮信者達がいたわけですよ。
それこそ、今の創価学会の比ではない。
更に言える事は「不受不施派」の考えと
今の大石寺や創価学会は同じ考え方を持っていると言うことも言えますね。

> 私としては「それほどのものか?」っと笑ってしまいます。

ですよね。
世間がいくら騒いでいても、池田さんも日顕さんも一向にその矢面に立とうともしない。
全てが末端信者を使い代理戦争を行わせているだけですから。

まだ、首チョンパされた不受不施派の僧の方が潔いと言う話ですね。
>>[175]

大聖人と言う呼び名を使っているのは
日興門流、日朗門流の中の限られた宗派ですね。

これらの特徴とすれば主だった宗派の分裂
日蓮直結と言うよりは後の法主を規範とする宗派と言う感じでしょうか。

日興門流は特に日蓮より日興が前面に出てきてますし
日目から大石寺の日道、保田の日郷へと分裂
その他北山、日代の西山、日尊の要山。

日朗門流は日朗自身より日像、日隆や日陣を師を仰いでいる特長が見られます。

こう言っちゃなんだけど
法主を前面に出したいがための日蓮の呼び名の"格上げ"ってところですね。

形式的には聖人より大聖人へと"格上げ"している事にはなるんですが
その実はどうなんでしょうね。
なんつーか、体のいいご隠居扱いが否めませんね。

> 身延山久遠寺(二世としては日向さんになるのでしょうか?)

久遠寺の方は日向門流とも言いますが、日向の名称より
やはり身延派と呼ばれることの方が多いかと思います。

> 日興上人の存在は「薄い」か「ドロボー!」になるわけですよね?

薄くはないでしょう。
創価、大石寺、顕正会を見る限り、かなりの過激派。
もっとも、創価が顕れる以前は「薄い」と思われていたかもしれませんが。

で、「ドロボー!」とは誰も思ってなんかいませんよ。
日興は身延離山の際には何も持って行ってないと言うのが現時点での見解ですから。
日興を「ドロボー!」に仕立て上げているのは
どちらかと言えば大石寺の方々なのかとも。

> よく言っても「離反者、退転者」ですよね?

こちらも、それほどの構えではないですね。
酷く言っても、単に意見が合わなかったと言うぐらいではないですかね。

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