-夏の日に、夢見た、その風景-コミュの第三十八話「これぞ理想に」

「…おはよう、隼君」
…ありゃ？由希の声…？一体俺は何処に居る?
…まあ良い、起こされたなら起きる。
「…お早うさん」
目が覚めた場所は、どう見ても自分の部屋。
辺りをどれだけ見回しても、目を擦っても、それは変わらない。
少なくとも「寝呆けてそう思っている」訳じゃあなさそうだ。
ならば。
「…えーと、どうして由希がここに居るんだ?」
こんな風に、寝起きでもまともに言葉が湧き上がってくる自分の頭が素晴らしいと思える。
「うん、起こしにね」
わざわざ来てくれた、って言うのか。
何とも、男の夢が詰まった朝だ。
「んー、ま、有り難うな」
取り敢えず、この場では礼を言うに越した事も、越えぬ事も無いだろう。
「えへへ、どういたしまして、隼君」
随分と嬉しそうだな。
ま、由希は感謝の言葉には素直に嬉しそうにするか。
「さて、と。何にしても飯だ」
布団は適当に除けて、茶の間へ。

「おう、隼、お早うさん」
「おう、お早うさん」
「おはようございます」
パンをオーブンに放り込む。
…ん？買ったばっかなのに数が妙に少ないのは…まあ気にしないでおこうか。
「可愛い女の子に優しく起こして貰った気分はどうだ?」
「驚きはしたが、良いもんだ」
これが素直な感想だな。
「え、えへへ…」
由希は随分と照れた感が有る。
「幸代が若い頃はそんな事された事なんて無かったなぁ…
…まあ、そんな事をすると非難された時代だったから仕方有るまいが…」
時代、ねぇ…確かに若い頃はもっと堅苦しい頃だったろうな。
今がこんなに気楽な時代で良かったもんだ。
だがまあ、こんな村だと許されそうな気がしなくもないが。
「ま、それは時代的に仕方有るまいよ」
「幸代、さん?」
知らないよな、そりゃ。
「亡き妻だ」
「祖母だ」
そんな言い方すると気にするぞ、全く…
「どんな方だったんですか?」
あれ？意外と気にしてないか。
…いや、多分「気にしたら悪い」と思ったんじゃないかね。
「門野の血筋でな、やんちゃな奴だったよ。若い頃には随分と振り回されたもんだ。
まなちゃんを見る限り、あの血筋は相変わらずみたいで呆れたくもなるわ。いや、それでこそ、か?」
…おい待て。今、凄く大変な事を言わなかったか?
「…ちょっと待て、つまり、俺と愛美ってのは…又従姉弟、なのか?」
自分の祖父と向こうの…血は繋がってないから「祖母相当」の位置が夫婦。えっと、愛美の…祖父の妹か。
で、つまりは自分の父と向こうの父が従兄弟、って事は俺と愛美は又従姉弟…で良いんだよな。
…えっと…一般的に言うはとこ、か。難しいな、続柄、ってのは。
「話してなかったか?」
「初耳だ!」
何て事だ…愛美がそんな近い血筋だったとはな…
…世界は、特に竹井沢は狭いな。驚いた。
「この村なんて、五代も遡れば絶対に誰かとの繋がりが有るさね!」
リアルだな。
「じゃあ、私も誰かと親戚なのかな?」
と、やたらと興味津々に訊いている。
「田村の所は…確か和泉の所だったか」
命とな。
「私って命ちゃんと親戚なの?」
「ああ、確か三代前辺りが繋がっていた気がしたな…」
何ともまあ。従姉妹か、又従姉妹か、えっと…何て言うんだか、三代前繋がりって。
まあ、そんな所なのか。
「近いもんだな、本当に」
「家系図でも書いてみろ、十代も書けば村全員繋がるぞ」
「な、何だか本当にそうなりそう…」
「…なるだろうな、本当に」
こんな狭い世界だ。十分に有り得るな。
「それより隼、パンは良いのか?」
…ゆっくりと立ち上がりながら。
「…しまった」
と、そんな感じをさせずに言った。

俺の部屋に何時の間にか、由希が「ちょこん」と座っている。
本当にその表現が合うもんだ。
「ね、隼君」
「どうした?」
「今日って、始業式だけ?」
「ああ、多分そうだろうな。まあ、色々話したりで長くなるだろうけどな」
例年の流れからして、そうなるだろう。
大して話す事も無いだろうから、長いと言っても結局の所短いだろうが。
「さて、悪いが着替えるから出てってくれないか?」
「え、あ、うん、ごめんね隼君」
由希は慌てて部屋から出た。
「隼君は…楽しいかな?」
着替え始めると、由希が何かを問うてきた。
「何が、だ?」
「…何か、かな」
…何か、か。
何だろうな。まあ特に何も考えずに答えてみれば…
「そうだな…まあ楽しいな」
ああ、楽しいな。
多分、いや絶対楽しいと言えるな。
「そっ、か。良かった…ね」
複雑な感情が、その言葉には在った。
「…ま、半分は由希のお陰さ…」
と、由希には聞こえない位に小さい声で呟いた。