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中村真一郎コミュの中村真一郎さんとのインタビュー

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その昔、作家の中村真一郎さんをロングインタビューしたことがある。熱海のお宅で5、6時間かけて半生を語ってもらった。中村さんは文学史的にいうと、マチネポエティクと呼ばれる文学運動を、盟友の福永武彦、加藤周一らと行った。専門はフランス文学だが、日本の古典や漢詩にも造詣が深く、大作家であり、一大教養人だった。語学の達人で、英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語、ラテン語に堪能だった。もっともできたのは読み書きで、会話はからっきしだめだったそうである。この時代の人はみな同じで澁澤龍彦もフランス語の会話はまるでできなかった。
中村さんは一高・東大というエリートだが、一高での寮生活の話がおもしろかった。旧制高校の寮生活の最大の楽しみは、消灯後、酒を酌み交わしながら、天下国家を論ずることにあったそうだ。一高生というのはいまの進学校の生徒の比ではない、スーパーエリートだった。地方から一高に受かると、なんと県知事が駅まで見送りに来たそうである。中村さんから一高時代、リットン調査団の報告書の下訳を任されたと聞いて、驚いた。リットン調査団というのは満州事変や満州国の調査を命じられた、世界史的にも有名な調査団である。いくら下訳とはいえ、それを一介の高校生に任せるというのは信じられなかった。それだけ一高生が信用されていたということだろう。

中村さんというと、熱海に本宅があり、赤坂にもマンションがあって、さらに軽井沢に別荘があってという、非常に優雅なイメージを勝手に抱いていたのだが、作家で食っていくのは大変だったそうである。60歳を過ぎて、日本芸術院の会員になり、月々30万円のお金をもらえるようになって、ようやく暮らし向きが安定したという。

暖かくなったら、さらに二回目のインタビューをしようということになり、熱海の駅で再会を約して別れた。ところが、その年の暮れ、中村さんは急逝されてしまった。インタビューは未完となり、発表の機会を失ってしまった。完成していれば、文学的にも価値のあるものになったはずだが。いまも我が家のどこかに中村さんと熱海駅で一緒に撮った写真が眠っている。


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