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日中関係友好促進コミュのメダル密度

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メダル数争い「米は負け認めず」 中国で並べ方に異論
朝日新聞 2008年8月23日
http://www2.asahi.com/olympic2008/news/TKY200808230066.html

 「米国紙は上から銀、銅も含めた総メダル数で並べている」のに対して「国際オリンピック委員会(IOC)は、メダル獲得国一覧表を金メダルの多い順に掲載している」。

 そこで、金メダル数争いで首位を独走した中国で、主要米国紙が掲載しているメダルランキングをめぐり「米国は負けを認めず、いさぎよくない」「米国は国際的な基準を使うべきだ」という声が出ているらしい。



私は結局、開会式から閉会式まで、まったくオリンピックのテレビ中継をみないままに終わってしまったので、偉そうなことは言えないのであるが、気になって「メダル密度」を調べてみた。

「メダル密度」というのは、私が勝手に定義したもので、国民1人当たりのメダル数。


日本が確実に入る金メダル数上位15国&メダル総数上位15国を対象にした。
人口は、Wikipediaの「国の人口順リスト」からとった。

その結果が別表(添付)である。ただし、メダル密度の数字はとても小さいので、メダル密度の逆数で表示した。



なんと、中国がダントツ最下位で、米国は下から3番目。どちらも、人が多いだけで、たいしたことはないのではないかと思えた(笑)。
なお、悲しいことに、わが国日本は中国と米国に挟まれた下から2番目。


なんといってもすごいのがジャマイカだ!国民約25万人に1個の割合。このダントツぶりはすごい!!
オーストラリアも2位ですごい。

***


(コミュの趣旨からずれているかもしれませんが、調べてみたら面白かったので書いてみました)

コメント(15)

よしくんぱっとさん。
面白いですね!

人口あたりで計算するなら、GDPでは……と調べてみたところ、前回のアテネではこのGDPからメダル数を予想するというのがけっこう話題になっていたようでした。
日本はアテネ五輪で金メダルをいっぱい獲ったのですが、それでもこのGDPから算出された予想数よりはずいぶん下回っていたとのこと。
今回は、もうそれどころじゃありませんね。


http://sloanmit.exblog.jp/9421999/
こちらのブログで紹介されているのは、Dartmouth大学Tuck Business SchoolのAndrew B. Bernerd教授によるメダル獲得予想です。
シドニー・アテネでの的中率はなんと96%!
ホントかな、とw

この人の予測は、「人口」「国民一人あたりGDP」「前回の夏季五輪でのメダル獲得数」「開催国効果」から導かれるのだそうです。

今回のメダル獲得総数トップ3と予測されたのは、米国105、ロシア92、中国81(実際は110,72,100)。

まあまあっていうところですが、金メダルの獲得数に限ると、中国37、米国36、ロシア25(実際は51,36,23)と、けっこういい感じ。

どちらの予測でも、中国の躍進ぶりは誤算であったということでしょうか。

日本はというと、なんと金メダルの獲得予想が17個(実際は9個)。ロシアに次ぐ4位というもの!

んー、日本は中国とはまったく逆の意味で、誤算であったことがうかがえます。
とほほ。


韓国は人口日本の半分以下なのにずっとたくさんのメダルを獲ってすごい!

と思ってたけど、アジア諸国では「メダル密度」モンゴルがヤバイですね。
人口275万人(135位)でキューバと同じ金2個獲得しましたわーい(嬉しい顔)
確かに韓国もすごいです。

ジャマイカやキューバが上位に来る理由はなんとなくわかりますが、オーストラリアが上位に来るのは何故なんでしょうかね?
オーストラリアについてこんな記事を見つけました。

オーストラリア選手団が帰国(AFP)
http://www.afpbb.com/article/beijing2008/beijing2008-news/2433178/3266511?blog=yaplog
― 北京五輪オーストラリア選手団が26日に帰国し、熱狂的に歓迎を受けた。一方でオーストラリアは、低迷気味のメダル獲得数で順位を上げるための対策を、すぐにでも始めようとしている。

オーストラリア:オリンピック成功への道は金で舗装されている
http://www.news.janjan.jp/world/0808/0808094191/1.php
― シドニー技術大学オリンピック研究センター(ACOS)のリチャード・キャッシュマン所長は、「オーストラリアはアマチュア主義に頼ってきたが、世界はプロ化、商業化に進み、東ドイツは薬物まで使用していた。アマチュア主義は1970年代に死んだ」と語る。
― オーストラリア政府は1981年にスポーツ専門学校オーストラリア・スポーツ・インスティチュート(AIS)を設立。キャッシュマン所長は、国民は、より良い指導/訓練、より良い移動アレンジがなければ競争は不可能と実感したのだという。

オーストラリアは国家予算に占める社会保障費が国民総生産の8.5%前後と日本より低い水準でありながら(つまり日本より少ない予算で)、高齢者には日本より充実した介護サービスを提供している国です。
k n kさん、

>オーストラリアについてこんな記事を見つけました。

ありがとうございました。参考になりました。

たとえがよいかどうか分かりませんが、普通にしていたら存在感のない高校が、高校野球に的を絞って甲子園で活躍する、というのに近いのでしょうか。まさしく国を挙げて、国民総力でサポートする感じになっているのでしょうかね(オーストラリアの国内の感じは私にはまったく分かりませんが。行ったことがないし)。

次回はロンドンですから、元植民地のオーストラリアにとってはものすごく気合が入る大会になるでしょうね。


>オーストラリアは国家予算に占める社会保障費が国民総生産の8.5%前後と日本より低い水準でありながら(つまり日本より少ない予算で)、高齢者には日本より充実した介護サービスを提供している国です。

そうなんですか!
このあたりは、介護師さんならではの注目の仕方ですね。


***


話はオーストラリアからも中国からも離れますが、7月にこのコミュでk n kさんが作られた「国民の幸福度、世界一はデンマーク=米調査」トピックで勉強したことが気になって、「なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか どうして、日本では人が大切にされるシステムをつくれないのか」 (ケンジ・ステファン・スズキ 著)という、やけに長いタイトルの本を読みました。


デンマークでは、歳入額が約20兆円で、歳出額が約17.7兆円。したがって、約2兆4500億円の黒字経営となっています。つまり、デンマーク政府は次世代に借金のない国を渡しています。その上で、高齢者福祉にも力を入れており、高齢者に対する施策の負担額は、対国民総生産では世界のトップだそうです。

これに対して、デンマークの人口(約541万人)とほぼおなじ人口の北海道(約560万人)の歳入・歳出を見ると、北海道の納税額は約5000億円、歳出約3兆円だそうです。
北海道は、約2兆5000億円の赤字経営です。北海道の歳入額は約5000億円で、デンマークの約40分の1しかありません。
ちなみに、http://ueno.cool.ne.jp/gakuten/network/fin.htmlによると、日本全体では1220兆円の赤字。国民一人当たりにして約1000万円。


上記著者によると、デンマークみたいに「社会福祉国家・環境先進国を目指すためには、まず、国の運営管理に携わる人たちの間で「国を愛する精神」と「公正な精神」が共有されていることが不可欠」。また、「国民の側にも国を愛することや、相互信頼の精神が必要」。「税金によって自分達の家族のために、将来の自分たちのためにも手厚い国家の政策が実現されるという国家運営に対する信頼感」が必要、ということのようです。

なお、デンマークは、食料自給率はカロリーベースで300%を超えているとありました。さらに、エネルギー自給率は156%に達した(2005年)とありました。
すごいですね。

***


日本とオーストラリアとを比べたらどんな感じになるのかわかりませんけれども、いずれにせよ、日本はお金の使い方を間違っていると思いますね。

無駄な土建投資を地方にしてお金を地方に回すより、福祉で地方にお金を回したらよいのにと思いますね。
政治家と土建業との間の癒着を、政治家と福祉業との間の癒着に変えるのはそう簡単にはいかないということなんでしょう(笑)。
デンマーク、スウェーデンなどスカンジナビア諸国の高福祉高負担政策は人的資源の有効活用が目的なのだそうです。たとえば障害者にはあらゆる就労支援を行って社会参加させます。健常者・障害者含めての完全雇用を目指しています。少数の障害者で赤字になっても国全体で黒字なら良い、という考え方なのだそうです。
スカンジナビア諸国では19世紀後半から人口が大量に流出しました。「1850年以降の80年間で3分の1近い人口が流出した」のだそうです。そういう歴史が背景にあるのだと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

オーストラリアについて引用した記事の中に、
― 国民は、より良い指導/訓練、より良い移動アレンジがなければ競争は不可能と実感したのだという。
とあったので、オーストラリアの政策にもスカンジナビア諸国と同じ視点 - 「国民が最大限の力を発揮できるように支援を行う(人的資源の有効活用)」 - があるのではないか、それが福祉とメダルに表れているのではないか?と思ったのでした。

ちなみに、アメリカは低福祉政策の国ですが、アメリカの公民権運動はスカンジナビア諸国の政策転換に大きな影響を与えていますね。


よしくんぱっとさんの、
>いずれにせよ、日本はお金の使い方を間違っていると思いますね。
というコメントにはまったく同感です。
>アメリカは低福祉政策の国ですが、アメリカの公民権運動はスカンジナビア諸国の政策転換に大きな影響を与えていますね。


アメリカは高福祉政策の国にはなれない体質ですね。その代わり、移民をどんどん受け入れます。1つの国の中に、先進国と発展途上国とが同居しているような状況です。どんどん移民が入ってくる状況で、均質な福祉政策は成立し得ないです。
デンマークのようにやろうとすれば、その国の外にいる貧しい人を無視するしかないでしょう。

よくも悪くもアメリカは民主主義の発達した国ですので、人種差別というようなことでさえ過半数がそれを認めれば認めることになる。
福祉政策についても同様です。基本的にはアメリカ人の過半数がスカンジナビア型福祉政策を望んでいないということです。



デンマークを含め、スカンジナビア諸国には私は行ったことがありませんので想像するだけですが、ケンジ・ステファン・スズキ氏が書かれた、『国の運営管理に携わる人たちの間で「国を愛する精神」と「公正な精神」が共有されていることが不可欠』『国民の側にも国を愛することや、相互信頼の精神が必要』という観点からは、それらの国とアメリカはたぶん似ているのだと思います。

日本は、残念ながら「公正な精神」「相互信頼の精神」が相当に薄弱。政治家が悪いのか一般大衆が悪いのか?
制度として民主主義が存在するのだけれども、日本ではそれの運用技術レベルが低過ぎ。まだ発展途上国の域をでてないのだと思います。

(中国から離れた内容ですみません)
オリンピックからいつの間にか離れていてびっくりしましたが(笑)、でもよしくんぱっとさん、knkさんのやりとりは楽しいですね。

なかでも、デンマークと北海道の比較は興味深いです。
北緯もほぼ同じで、スケールもよく似ているだけに、どうしてそこまで差がついてしまうのか……。

同じヨーロッパでも、東欧となるとかなり格差が激しいようで、とても国民が幸福とは言えない状態のように見えます。
このへんは、共産主義の後遺症なんでしょうか? でも、同じもと共産圏でも、差があるみたいだし。

デンマークについてはいわゆる北欧の仲間としての認識以外ほとんどなかったので、とりあえずwikiだけ見た上での感想なのですが、wikiの記事中でおっと思ったのは、「石油自給率は100%を超えており、デンマークの輸出額のうち10.7%を原油、精製燃料、天然ガスが占める。」という部分です。

よしくんぱっとさんの書かれた「民主主義」のレベルというものも興味深いんですが、福祉の充実という点で、エネルギー自給率というのもなんだか関係あるような気がしました。(とはいえUAEの福祉が充実してるかどうかは知りませんが)



デンマークの雇用についていくつか検索しているうちに、「デンマーク」「外国人労働者」のキーワードで、ちょっと面白くてわかりやすいブログにあたりました。
http://ameblo.jp/smile-moonset/entry-10120277563.html

こちらのブログ主さんは、デンマークの美点として「農家や職人がリスペクトされる社会」をあげておられます。

なかでも、外国人労働者にも自国と同じだけの賃金を約束している、という部分は本当に興味深いです。
以下、ちょっと長くなりますが、勝手に引用。


*********************************************

例えば大工さんがいたとしましょう。
現在、デンマークでは大工さんの時給が一万円もするそうです。
好景気で労働人口が不足しているため、
大工さんの外国人労働者も増えています。

その外国人の大工さんも時給が一万円で、職人さんと同額なのです。

えっ、なんで?・・・・ってビックリでしょ

職人は同一の職種では、
雇用先、国籍に関係なく、
同一の労働条件と報酬が保証されているからです。

普通に考ると、
企業にとっては高い人件費になるし、
デンマーク人の職人にとっては
「腕が違うのに昨日きた外国人と同じ給料かよ・・・」
と不公平・不満を感じるしょう。

しかし、よぉく考えると、違うんですよ!

安い労働賃金を海外から入れると、
企業は安い人件費を求めて自国の職人を雇わず、
リストラも増えるでしょう。

安い労働賃金が認められると、
いい腕を持った職人さんの給料はダンピングされて、
最低賃金が最低賃金を下回ってゆくという悪循環に!

得するのは企業だけ!

(でも実際は、仕事の質が下がるので、
長期的には企業にとっても損失ですし、
技術が伝承できなくなるでしょう。
・・・うぅ、今の日本だぁ!)


そして労働賃金が下がってゆくと税収が減り、
失業保険や生活保護などの国の負担が増えます。

イコール=国民の負担がさらに大きくなるのです。

これはまさに、今の「日本」の姿ですね。


(中略)


上記に見て来た様に、

デンマークでは
外国人労働者と派遣社員への厚遇によって、
高い人件費で企業が持ちこたえられず、
国際競争に勝ち残れず、
倒産が増え、
景気が悪化しているでしょうか

いえいえ逆です。

高い人件費を支払う企業は、
人的資源の技術と効率性が向上するし、
働く人の「尊厳」や「やる気」が尊重・維持されるので、
世界経済が実質不況と格差拡大の中にあっても、
デンマーク経済はゆるやかに好景気が続いているわけです。


グローバル化する国際社会では、
過酷な競争で人件費を削減するのは仕方ない・・・というのは、
間違いだということですね。


*******************************************

以上、ながーい引用で失礼しました。

ただ別の方のブログでは、「デンマークで働くためにはデンマーク語をある程度はなせないと認められないので、実質、近隣のドイツやスウェーデンからしか集まってこない」という面もあるようですが。


いずれにせよ、デンマークって面白い国なんですね。
モヘルさん、

デンマークと日本との間の本質的な相違は政治家と民衆との間の信頼関係だろうと思います。ここが圧倒的に違う。結局、民主主義がうまく発達した国と、そうでない国(日本)との差ではないでしょうか。

日本で、道州制の導入が検討されているようですけれども、これはよいやり方と思います。政治の単位を小さくして身近なものにすることでデンマーク型の信頼関係が作り出せる可能性があります。


「外国人労働者にも自国と同じだけの賃金を約束している」手法は、日本も真似た方がよいと思いますね。

競争は、価格だけで行うべきものではなく、品質でも競争はあるべきです。アメリカ型の政策だと、「安かろう悪かろう」の社会が出現してきますので、日本人のメンタリティーに合わないでしょうね。単に外国人労働者を制限するのではなくて、品質で日本人に勝てる外国人労働者であれば自由に日本に入ってやれる制度がよいのではないでしょうか。

なお、「アメリカ型の政策だと、「安かろう悪かろう」の社会が出現する」と書きましたが、最高の「高かろう良かろう」の社会を求めるのであれば、デンマークでも日本でもなくそれがあるのはアメリカと思います。たとえば最先端医療とか。デンマーク型はその意味ではアメリカ型に勝てませんね。




  >高い人件費を支払う企業は、
  >人的資源の技術と効率性が向上するし、
  >働く人の「尊厳」や「やる気」が尊重・維持されるので、
  >世界経済が実質不況と格差拡大の中にあっても、
  >デンマーク経済はゆるやかに好景気が続いているわけです。
これは、私の会社で目指しているやり方です。「人的資源の技術と効率性の向上」は、私の会社のように専門家集団型組織で利益を出すのにとっても大切なことで、それを実現するためには「高い人件費」は重要なファクターです。そしてそれ以前の前提として、経営側と被雇用側との間の信頼関係がたいへん重要と思います。
うちの会社には社員が100人以上いますが、パートや派遣を使わない方針で、2名を除いて全員が正社員です。その2名も、現在子育て中の正社員。社員の給料レベルも、顧問会計士さんがうらやましがられるほど(笑)。

デンマークは、これを国単位でやっているということなんですかね。すごいことだと思います。
勉強になりました。
*よしくんぱっとさん

>日本は、残念ながら「公正な精神」「相互信頼の精神」が相当に薄弱。政治家が悪いのか一般大衆が悪いのか?

中国も同じですね。日本以下かもしれませんね。

*モヘルさん

デンマークの雇用制度の話はとても面白かったです。勉強になりました!
パラリンピックの方も、中国の評判が良いみたいですね。

すばらしい。
>デンマークと日本との間の本質的な相違は政治家と民衆との間の信頼関係だろうと思います。ここが圧倒的に違う。
>結局、民主主義がうまく発達した国と、そうでない国(日本)との差ではないでしょうか。

昨年、同じスカンジナビア諸国のスウェーデンの福祉施策について大学の授業を受けました。
その時の教授の話ですが、スウェーデンでは教育は無料だそうです。義務教育の間、授業料・教材費はもちろん、給食も無料、ノートや鉛筆も無料で支給されます。高校・大学も授業料は無料だそうです。
そして、小学校1年生では教科書を使ういわゆる狭義の“勉強”はしません。学校ではひたすら遊びます。
遊びを通じて友達との協調性や創造力・思考力などをみがいていくのだそうです。

日本だと親から「税金の無駄遣い」と大バッシングを受けると思いますが、スウェーデンではこのやり方で高い経済競争力を保ち、国際社会で評価される人材を多く輩出して、結果を出しているのです。
スウェーデンはサッカーの強国ですし、かつてベッカムのイングランド代表を率いたエリクソン監督のような指導者も輩出していますね。
教授の話では、まさによしくんぱっとさんの言われた“政治家と民衆との間の信頼関係”ということでした。
オーストラリアの福祉について紹介したWEBページを2つ挙げてみます。

http://www.hct.zaq.ne.jp/cparo902/AustRpt.htm
― 日本においては、制度の根底に「介護」という視点を据えた。先ず介護がどの程度必要なのかを客観評価し、介護が必要な人に、ランク毎にサービス量を管理しながら、自立支援を大原則として、必要な介護のサービスを提供していく。
― これに対して、オーストラリアでは、直接の「介護」そのものではなく、より幅広く、「生活の援助」を基本に据えたと言えます。高齢者が在宅で暮らしていくため必要な生活のサービスを、量を制限することなく提供していく。
― ペットの世話や庭の手入れであってもかまわない。高齢者が在宅生活を続けるのに必要であれば、直接の介護でなくとも、サービスが受けられるという特徴は、独居や高齢者世帯が急増しつつある現状を見るに、介護又は介護につながる生活の最低ラインのことしかサービス対象としていない日本と、どちらがより現実的な施策であるのか?と考えてしまいます。

― 直接の経費で見るなら、介護以外のことにも制度を適用するので、より多くの費用がかかるように思えますが、予防にお金をかける方が介護状態になってから要する費用に比べて段違いに効率的であるというのは、改めて考えてみるなら、納得する理屈ではあります。

― 私個人の印象を述べるなら、今の日本ではこの制度はうまく機能しない感があります。利用者にとっては望ましい、柔軟で制限量のないところが、プラスに働かず、逆にマイナスに作用して、結局は制度として困難になる恐れがいたします。
― なぜならば、最も大切な、個人と社会との基本的な信頼関係が、今の日本において、果たして十分に成り立っているのか?また、個人が「市民」として熟しているのかについて、正直危惧を覚えるからです。


よしくんぱっとさんのコメに、
>日本は、残念ながら「公正な精神」「相互信頼の精神」が相当に薄弱。政治家が悪いのか一般大衆が悪いのか?
とあったのですが、日本人の感性だと「公共サービスで犬の散歩をしてもらう」ことは「贅沢」「公平でない」と感じると思います。
高齢者が肉体的・経済的問題で自立が危うくなってきた時、日本だとケアマネージャーは重篤な人を対象にした介護サービスをつぎはぎすることで支援していかざるを得ない。
わかりやすい例えでいえば、オムツが必要でない老人がオムツになっていく、地域で暮らすことをあきらめて施設に入る、というふうになっていくわけです。公費による自立支援策によってむしろ自立を失っていくわけですね。

公費のムダも多いし、福祉の目的である「弱者救済」になっていない、弱者がいつまでも弱者のままで一般人と同じ力を発揮できる環境になっていないので、費用対効果で考えると良い結果になっていません。

こういう事例を見ると、
>「公正な精神」「相互信頼の精神」が相当に薄弱
ということに関しては一般大衆にもかなり非があるのではないか、と僕は思ってしまうのです。
オーストラリアの福祉についてもうひとつ、福祉を提供する側の視点からです(3連投になって、すみませんあせあせ(飛び散る汗))。

http://www.lifence.ac.jp/goto/weblifence/kaigo/kaigo10.html
― (オーストラリアの)福祉の現場は、大半がパートの労働者で占められています。しかし、パートの労働者の専門性は極めて高く、専門家としてフルタイムでどこでも働ける力を持っているのです。しかし、三日働けば三日休むという、働き方を選択しています。ワークシェアリングの考え方もありますが、十分に休息をとりながら働くことで、燃え尽きてしまわない。いつも新鮮な気持ちで、要介護者に向き合える環境づくりが徹底されています。
― さらに、施設における介護で、午前中の人手のいる時間には手厚く職員を配置し、昼間の、さほど人手の必要のない時間帯は思いっきりスタッフの数を減らすといった合理的な人員配置が
実施されています。これによって、人件費の調整も行われているわけです。


日本の介護士は専門性を発揮できる環境におかれていません。

・ ホームヘルパーに許される医療行為の範囲は (回答:厚生労働省) (平成15年2月)
http://www8.cao.go.jp/monitor/answer/h14/ans1502-004.html
質問:
― ホームヘルパー2級養成受講時には、どの講師方もヘルパーは「医療行為」を行わないことになっておりますと指導されますが、現実には毎日利用者と接していると利用者側からの希望として依頼されます。
 1 背中、足指等の薬塗り(かゆみ止め等感染症も含む。)
 2 目薬さし、服薬の管理
 3 摘便
 4 褥創の処置(消毒、薬塗り)
 5 経管栄養の処置
 6 たんの吸引
 以上のなかで1、2、4はルール違反になることは分っていても、医者や看護師さんたちの指示も出されるので、サービス競争の時代でもあり、利用者の希望を適えられ喜びも得られるので、自然と行ってしまうのが現実です。
 但し、6に関しては、私たちは今のところはっきり「出来ません」とお断りしておりますが、一番要望が多いのも事実です。
(注:「普通の体温計で普通に体温を計る」「爪を切る」ということも医療行為で禁止ですが、実際は介護士がやっています。)

回答:厚生労働省
― 今年度内に結論を得たいと考えております。

上記の日常的に必要なケアにもかかわらず医療行為として介護士に禁止されているものの多くは平成17年の厚労省通知で解禁されました。戦後の福祉の歴史の中でつい最近まで福祉施設職員はミスがあれば即違法行為者として断罪される環境で延々仕事してきたわけです。(摘便はいまだに禁止のようです、以前勤めた施設では普通にやらされていましたが)
http://square.umin.ac.jp/jtta/government/mhlw/iryokoui.html

介護士の職域にこうした制限があるのは、なにか問題が起こったとき、制度を作った厚生労働省の責任にされることがめんどくさい、という官僚の都合が大きいのです。

僕は実際に外国に住んだことがないので詳しくはわかりませんが、北欧やオーストラリアでは社会的弱者と支援者が充分力を発揮できるよう国が自立支援を行い、アメリカでは自助努力を促す、一方で日本では政治家や官僚が自分たちがめんどくさいために、規制を作って、国民一人ひとりの自立に制限を加えている、という側面もあると思います。

よしくんぱっとさんが他のトピに書かれた内容を読んでも、日本人の精神的自立度の低さを感じます。
社会の制度以上に日本と外国では自立に対する考え方にも大きな違いがあるようです。
それは日本のオリンピックでの金メダル激減と無関係とは思えません。
モヘルさんが#8で書かれたことですが、
  >デンマークと北海道の比較は…
  >…どうしてそこまで差がついてしまうのか……。

デンマークでは、歳入額が約20兆円で、歳出額が約17.7兆円。したがって、約2兆4500億円の黒字経営。これに対して北海道では、歳入額が約5000億円、歳出額が約3兆円。

まず、入ってくる方は20兆円と5000億円ですから、まさしく月とスッポン。何故に、北海道ではこれだけ生産性が低いのか?何が違うんだろう、と思いますね。「経営」をやっていると(たしかモヘルさんも経営者だったと記憶しております)、どうしてもこれがすごいインパクトをもちます。儲けないのだから、使えない。使えないから、当然に貧しい。2兆5千億円ほど赤字になるくらいにメチャクチャ使っても、17.7兆円使える状況に比べたら圧倒的に貧しい。

これをみると、福祉をどうするのか、といった観点は小手先に過ぎないと思えてしまいます。もっと大きなところから日本は北欧から学ばなければいけないのではないかと思えてしまいます。




もうひとつ気になるのは、キリスト教の影響です。私は信者ではありませんので偉そうなことは言えないのですが、キリスト教の影響の有無が福祉内容に大きく影を落としているように思えます。

日本では、人の義務として福祉がセットされているように見えます。「お互い様」という観点から福祉活動がなされるように見えます。「あなたも老いた時には若い人に面倒を見てもらわなければならないのはわかりますよね」というような道徳観です。ギブ&テークの損得勘定で福祉活動がなされているというか。

これが、キリスト教文化では「無償の愛」になります。損得勘定を考えない福祉です。
もちろん、福祉政策を回すためには金銭上の損得勘定はキッチリと押さえられなければなりませんし、その点での損得勘定はむしろ日本の方が欠落しているように見えます。私がここで言いたいのは「倫理的損得勘定」とでも言うべきものです。「この程度の奉仕でギブ&テークのバランスがとれている」と考えるような損得勘定です。そういう損得勘定抜きの「無償の愛」がキリスト教文化には存在します。
「無償の愛」というコンセプトはとても厳しいものです。これの裏返しとして「自分は無償の愛を受けなくてもだいじょうぶな人になろう」という気持ちが生じるようです。他人からの無償の愛の必要性が小さければ小さいほど、そして他人に無償の愛を授けられる余裕が大きければ大きいほど、神からより祝福される人間なのです。


k n kさんのオーストラリアでの福祉関係者の働き振りの説明を読んでこんなことを考えました。




上の経済的問題は、日本人にとって克服可能な課題かもしれませんが、「無償の愛」方面は文化的にほぼ不可能ですから、日本では違う道を探るしかないと思います。

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