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豊田市美術館コミュの小川待子展

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会期: 2011年9月17日[土]-12月25日[日]
休館日: 毎週月曜日(ただし9月19日、10月10日は開館)
開館時間: 10:00-17:30[入場は17:00まで]
ただし10月8日[土]-10日[月]は-20:00まで開館(入館は閉館30分前まで)

詩がかたちを持つとしたら、このようなすがたをしているのではないか。
小川待子の<うつわ>とは、これまでも様々な人々に豊かな想像力を喚起させてきました。
小川待子は1946年、札幌に生まれ、東京芸術大学工芸科を卒業後、パリでの留学時に鉱物の美しさに衝撃を受け「かたちはすでに在る」という、素材から立ち上げる原型的な考えに結びつきます。そしてその後の西アフリカでの制作の経験は、他の日本の作家とは異なる独自のスタンスでの陶芸制作にとって決定的なものとなりました。
人が何かをすくい取り、水などをたたえておくもの、そして大地から生成し大地に帰ってゆく存在。その<うつわ>は収縮と拡散のぎりぎりの均衡のなかで、あえて亀裂を見せながらも、その内部に透明な釉薬を輝かせています。その中に包まれ、隠し、たたえる場は、華美で洗練されたこの国の「伝統的な」工芸を超えて、造型としての原型体をわれわれに示しています。
その造型とは、人の作るものの原始的な創生を想起させるとともに、永遠の詩的存在としても見ることが出来ます。

コメント(2)

日本の誇る焼き物の器とは、茶器であったり花器であったり、どんなに優れた作品も、あくまでも人が使用することを目的としてこそ存在意義があるものであり、それが工芸品でありデザインの使命です。しかしたとえば荒野に自然に存在する割れた岩、その中にたまたま雨や湧き水が貯まっていたらそれは器なのではないでしょうか。そのようなものを敢えて人が創り出し、自然の中ではなく、人の生活圏に持つ込んだとしたら、それは工芸品やデザイン作品ではなく、アートです。まさに私は、この展覧会で小川待子の作品に対峙してそのようなことを感じました。

私は美術館の中に居ながらにして、グランドキャニオンやデスバレーに存在するかのような割れた岩に出会い、その「生まれたての」、プリミティブな、原始的な「うつわ」にたたえられた、(ガラスで作られている)水に、美しいラグーンや、黄龍、ウユニ塩湖、トルコのパムッカレのようなブルーを見ました。

やはり見ると聞くとでは大違いです。一見地味な陶芸展かと思われたこの展覧会は、まさに雄大な現代美術の力を感じされられるものでした。
たかぼさんのトピックを読み、私も「小川待子展」に足を運んでみたくなりました。


「工芸品やデザインではなく、まさにアート」と言う言葉に強く心を揺さぶられました。

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