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師匠 シリーズ コミュの四つの顔3

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3ヶ月が経った。
あれからついに山下さんの姿を見ることはなかった。
失踪したのだ。
仕事先にも告げずにいなくなったらしいということを沢田さんから聞かされた。
しばらくは新聞やテレビで地元の傷害事件のニュースがあるたびに山下さんが関わってはいないかと恐れたものだったが、杞憂に終わっている。
アパートの部屋は保証人になっていた家族が片付けたそうだ。
今はその部屋にはそんな経緯も知らない新しい住人が入っている。
春になり、有形無形の様々な別れがやってきた。
看護婦をしていた沢田さんが実家のある県外の別の病院へ移ることになり、オカルトフォーラムのメンバーでお別れ会と称したオフ会を開いた。
人当たりも良く、オカルティックな話題を多く提供してくれた功労者ならではの扱いだった。
沢田さんは散々周りからお酒を注がれてかなり酔いが回ったらしく、口数が減ってきたかと思うと外の空気が吸いたいと言い出したので俺が付き添って居酒屋の外に出た。
主役がいなくても盛り上がっている宴席を尻目に沢田さんは歩道に植樹されたケヤキにもたれかかるようにして立っている。

「吐きますか」

と訊いて近付こうとした俺に彼女は頭を振って、かわりに

「電話があった」

と言った。

「誰からです」

「山下さん」

一瞬誰のことか分からなかった。
ヤマシタさん。
ヤマシタさん?

「元気か、なんて言うから、どこにいるのって怒鳴ってやったら、部屋にいるよ、って」

山下さんって、あの山下さんなのか。

「いるわけないじゃない。あの部屋、もう他の人が住んでるんだし。そう言ってやったら、そんなはずはないって笑うの。ぼくはずっとここにいるって」

半ば覚悟していた狂気に寒気がするのと同時に、妙な符合が頭に引っ掛かる。
最初に沢田さんと部屋を訪ねた時、俺達がそこにいたと思われる時間帯に書き込みがあったこと。
その俺達をどこかで見ていたかのようなその内容。
そして玄関の靴。
まるで目に見えない彼がひっそりとそこにいたかのような。

「なにしてたのって訊いたら、ずっと探して回ってたって」

なにを?決まっている。
Dだ。

「あいつらは人間のつもりなんだって。いつの間にかその本人と入れ替わってるんだって。自分でも気付いていないから普通の人間みたいに生活してるけど、ぼくにだけは分かるんだって。Dの顔に見えるから」

探して、どうしたんだ?
沢田さんは顔をケヤキの幹の方に向けたままポツリポツリと語る。

「フリじゃなくて、ツモリだから、教えてあげればいいだけなんだって。おまえは人間じゃないよって。そしたら・・・」

忌まわしい言葉を飲み込むように押し黙る。

「怖かった。彼がなにを言ってるのか分からない。電話越しに声が近くなったり遠くなったりしてた。狂ってると思った。でも狂ってるのは私かも知れない。そんな電話本当は掛かってきてなかったのかも知れない」

小さな声が微かに震えている。
自分の周囲の人間がいつの間にか良く似た全く別の存在に入れ替わられているという妄想にとり憑かれるというのは聞いたことがあるが、山下さんは少し違うようだ。
入れ替わっているのは、彼自身なのではないか?
いや、入れ替わりと言っていいのか分からない。
客観的に見て彼のいる空間と我々のいる空間とが交わっていないという、この不可思議な現象にこちらの頭もこんがらがってくる。
山下さんは確かに狂いかけていた。
けれどその狂気が、内側にだけでなく外側、つまり現実にまでじわじわと浸潤していったというのか。

「もう街に人がほとんどいなくなったって。見つけ次第、自分が殺してあげたから。誰もいない街を毎日歩いて歩いて、それでも不安が消えない、って泣きそうな声で言うのよ。それで・・・」

会いたいって。
沢田さんは絶句した。
俺はちょっと待って下さいと小さく叫んで手を前に突き出す。
割れた鏡が頭に浮かんだ。
彼のいない部屋に残された唯一の生きた痕跡。
いや、あの時も彼はいたのかも知れない。
部屋に侵入してきた2人のDに怯えながら。
鏡。鏡。
もう1つどこかでその言葉を聞いた。
そうだ。
彼が初めてその4つの顔の話をした夜。
俺はいつの間にか眠ってしまっていて、起きた時には彼はもういなかった。
疲れたから帰ると言い残して。
その時、鏡占いに行こうという話になっていたはずだ。
鏡。鏡。
疲れたから帰る?
疲れた時には4つの顔が見える。
鏡の向こうには何が見える?
俺はA、沢田さんはA、ColoさんもA、みかっちさんはC……彼自身は?
誰も訊かなかった。
どうして訊かなかったんだろう。
思い返すと、どうも彼がその話題にならないよう上手くかわしていたように思う。
彼は鏡を見たくなかった。
だからあの夜、先に帰った。
そして自分の部屋の鏡を割った。
なぜ見たくなかった?
俺は想像する。
鏡の前に立っている俺自身を。
そしてその鏡に映っている顔が、一瞬、どこかで見たような、どこでも見ていないような、知っている誰かのような、知らない誰かのような、無表情の人間の顔に見えた気がした。
ハッとして我に返る。
すべてのDを殺して回っているという彼が本当に恐れているのは・・・
自分に真実を告げる他者の存在。

「会いたいって言うのに、私、来ないでって」

沢田さんが口元を押さえる。
それで実家へ帰るのか。
急な引越しの理由が分かった。
あれ?
その時、急にデジャヴを感じた。
こうなることを知っていたような気がするのだ。
なんだろう。
気持ちが悪い。

「『分かった』って、そう言って電話が切れた。もう繋がらない。掛けても、現在使われていない番号だって・・・」

沢田さんは泣いているようだった。
しばらくそうして2人とも黙ったまま夜風に吹かれていたが、やがて落ち着いた頃合を見て席に戻ろうと言った。
居酒屋の自動ドアの前に立ち、それが開く瞬間、ガラス製の不完全な鏡に映った俺と沢田さんの後ろ、誰もいないはずの空間に、無表情の人間がひっそりと立っているような気がした。


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