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めさのマイミク拡張エリアコミュのそこは空 2

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   2

 普段は冷静で思慮深いはずの涼が、明らかにおかしくなってしまったことがきっかけだった。
 昨日、そのことに最初に気づいたのは和也だ。

 春特有の暖かいそよ風が心地良い朝だった。
 薄っすらと青い空には、綿毛のような雲がいくつか浮かんでいる。

 登校すべく、バスに乗り込む。
 空手道部の早朝練習にはもはや参加できない時刻だったが、それでも授業には間に合うだろう。
 和也にとってはだから、これは早起きの範疇だ。

「お」

 と、心の中で言う。
 昔馴染みの同級生がこのバスに乗車していた。
 今日も茶色の髪を無造作に立たせている。
 涼だ。

 涼は下を向き、何やら力んでいる。
 自分の体が存在していることを確認しているかのようだ。

 バスが発車したせいで、和也は大きめの体を少し揺らす。

「よ〜」

 声をかけると、涼は驚いたような顔をし、細い目で和也を睨みつけてきた。

「願ってるそばから、どうして気づくんだよ!?」
「おあ?」
「頼むから今、俺に話しかけるな!」

 小声で怒鳴られる。
 トイレに急ぐときのような、切羽詰った態度だ。

「あン? どうしたんだよ、オメーよお〜」

 和也が歩み寄ろうとすると、涼は目立たない仕草でそれを遮った。

「いいから! 頼む、静かにしててくれ!」

 やはり声を潜めたままだ。

 こりゃ俺には解らねえ何かしらの事情があって、たった今の涼は面白い状況に陥っているンじゃねえだろうか。
 和也の中で、そのような確信めいた予感があった。

 和也は涼の肩に手を置くのをやめて、その細目を覗き込む。

 喧嘩っ早く、考えることが苦手な和也とは逆の性質を、涼は持っている。
 いつでも賢く、物静か。
 小学生の頃からそうだった。

「もうちょっと普通にしろよ」
「なんでお前はいつもそうなんだ」
「引率の先生みたいな気分にさせやがって」

 そのように、何度怒られたことか。
 でもたった今は、お前が変な挙動じゃねえか。
 和也は笑いをこらえる。

 西夢見からは電車に乗り込むことになる。
 2人でバスを降りて、和也はそれまで守ってきた沈黙をようやく破った。

「さっきのオメー、なんだったの?」

 バスを降りてからの涼には、体から力みが消えていた。

「カズ、お前さ、本は読むか?」

 言わんとしていることは相変わらず、さっぱり解らない。

「あ? いや〜、絵が描いてあるやつなら読むけどよ〜」

 活字を読むのは苦手なのだ。

「だからお前は野蛮なんだ」

 眩しそうな顔をして、涼は空を見上げた。

「やっぱ詩を読まないと、人間は高貴にはなれねぇンだなあ」
「おう、全く同感だぜ」

 頷きながら和也は、この後乗る電車の中でも涼に話しかけるのはやめようと決意する。



 ホームルーム直前。
 学生達の喧騒の中に、大地の無邪気で明るい声が混じる。

「おうカズー! お前また朝練サボったから、オニケンめっちゃ怒ってたぞ」

 空手のライバルにそれを告げるだけのために、この教室までわざわざ足を運んだ。

「先生かなりご立腹だ」
「そんなことよりオメーよ〜」
「そんなあっさりと流すの!?」

 まるで動じていない和也のふてぶてしい態度に、大地は目を丸くする。

 筋肉質な和也とは対称的に、大地はやや小振りな体格だし子供っぽい顔つきをしているものだから、人からは肉弾戦の能力があるようには到底思われない。
 和也の腕っ節の強さが地元でも有名なだけに、大地としては自分が持つ意外性が誇らしかった。
 和也と互角に戦える高校生は、大地だけだ。

 和也が口の端を吊り上げる。

「いいからちっとオメー、涼に話しかけてみろよ〜。面白いからよ〜」

 聞き捨てならない台詞だった。

「なに? 涼が面白いの?」

 持ちつ持たれつといった馴れ合いよりも、刺しつ刺されつ。
 そんな刺激を大地は心地良く思う。
 今日はどうやら、自分が刺す側に回れるらしい。
 涼が面白いとはすなわち、涼の様子がおかしい、つまり何かしらの弱みがあるということだ。

 窓際の後方に目をやると涼は席に着いていて、銅像のように静止していた。
 いそいそと彼の正面に立つ。

「涼、おはよう」

 いつもの涼だったら、大地がいつも腰からぶら下げている鎖の音だけで、悪友の接近に気がつくはずだった。
 ところが今日は微動だにせず、ただ黙って指を組み、それを口に当てたままでいる。

 いつのまにか自分はもう死んでいて幽霊になっているから、それで涼に声が届かないのではないか。
 そんな錯覚を大地は覚えた。

「なあ、涼!」

 手が届くほどの近距離なのに、大地は気づかれもしない。

「おい涼! おいったら!」

 目の前で手を振っても、涼は微動だにしないままでいる。
 いよいよ亡霊になった気分だ。

「くっそ!」

 ついに大声を出す。

「おい、っこの、栄養失調!」

 他の生徒が一斉に大地を見た。
 なんだか気まずい雰囲気で恥ずかしくなる。
 どうして反応しないのだ、この男は。

「あ、大地」

 やっと顔を上げると涼は、気の毒なほどにか細い声を出した。

 これではもはや、こいつのほうが亡霊だ。
 死んでいたのは涼のほうだった。

 亡者が口を開く。

「お前さ、人類が種を維持するために神が与えたプログラム、何て呼ぶか知ってるか?」
「邪魔したな」

 暗く澱んだ目をした友人を残し、大地はさっさと自分の教室へと引き返す。



「涼ー! なんかあんた、面白いんだって? 大地とカズが言ってたよ」

 弁当をさっさと平らげると、由衣は3年2組の教室を訪れていた。
 柔らかいショートカットの髪が、さらりと揺れる。

「なんかあったの? 元気ないじゃん」

 自分の大きな瞳がらんらんと輝いていることを、由衣は自覚していた。

「ああ、由衣か」

 伏せられていた涼の顔が、方向を調節するミサイル発射台のようにゆっくりと由衣に向けられる。
 遠くを見ているのか近くを見ているのか、判断できないような目線だった。

「由衣、お前さ、一目惚れって、信じる?」

 ゆっくりと、由衣は頷く。
 なんか知らんけど、この男はもう駄目だ。

 由衣は黙って微笑みを浮かべた。
 涼の額にそっと手をやる。
 もう片方の手は自分のおでこに添えて、互いの体温の差を測る。

「熱がないから、なおさら怖え」
「なあ由衣、目が合っただけで、人が人を――」
「いやああああッ!」

 由衣は駆け出し、その場を去った。



 帰宅の準備もしていないし、立ち上がる気配さえもないまるでない。
 今が放課後だと認識していないのだろうか。
 さっきから同じポーズのまま固まっていてオブジェみたいだし、これでは心配にもなる。
 小夜子はそれで、涼を誘うことにした。

「ね〜、どうしたの〜? 今日、涼、変だよ〜?」

 この語尾を延ばす癖がいけないのか、小夜子は俗にいう「天然」のレッテルを貼られている。
 確かに最近までムー大陸を五大大陸の1つに数えていたし、聖徳太子と千手観音の区別もつかなかった。
 再生専用ビデオには再生のボタンしかなくて、テープを巻戻せないと思い込んでいた。
 それでも口癖は、「天然じゃないもん!」

「だってさ? 天然の人は、早い曲吹けないでしょ〜?」
「その持論には根拠がねえよ」

 昔そう、涼に指摘されたことがある。

「サヨ? 天然も才能だよ? だからさ、そこは治さないで、むしろ伸ばそうよ」

 由衣には何故かアドバイスをされた。
 どいつもこいつも腹立たしい。

「だーかーらー! 天然じゃないんだったら!」

 毎度のことながら、涙目になって前提から否定をする。
 自覚が少しもないのだから仕方ない。

「ねえ涼、なんかあったの〜?」

 再び尋ねたのは、涼が無反応だったからだ。
 彼は先と全く同じ体勢を維持している。

 小夜子は「ねえ」を、もう三回繰り返した。
 ねえ涼。
 ねえってば。
 ねえ。

 指で隠れている涼の口元が、やっと動く。

「本、貸してくれてありがとう。凄く素敵だったよ」

 謎の賛辞だった。
 涼に本を貸した覚えなどない。
 目線は相変わらずこちらを向かないままだし、夢でも見ているのだろうか。

「ね〜、涼〜」

 本日何回「ねえ」を言えば、話が前に進むのだろう。

「ああアレね!」

 涼が急に張り切った声を出した。

「古代ギリシャの星空が浮かんだよ」

 浮いているのはお前です。
 なんだか腹が立ってきた。

「意味わかんない! どうしたんだっつーの!」

 いい加減、質問に答えてほしい。

 しかし涼は「いや、そんな! とびきりの場所を探しておくよ」と、自分さえ探せていないくせに言い切って、そして頭を抱えた。

「ねえ涼! 探すって何をだっつーの!」
「え、あ、サヨか」

 涼は今まで誰と喋っていたのだろうか。
 愕然と力が抜ける。
 今までの自分の頑張りはなんだったのだろう。

「サヨかじゃないよう!」

 もはや怒りを通り越して涙が出てくる。

「涼もう、ホントどうしちゃったの〜?」
「え、いやあ別に。どうした?」
「お前がどうしたんだっつーの!」

 鼻をすする。

「あたし、今日部活休みだから、由衣ちゃんとルーズ行くから、涼も誘おうと思ったの〜!」

 いつもの溜まり場でなら、悩み事を打ち明けやすいのではないか。
 小夜子なりに、そのような気を利かせたつもりだった。

「だから、行く〜?」

 涼がうっとりと笑んむ。

「サヨ、なんで人間は、夢を見るのかな?」

 会話になっていない。

「寝るから〜?」

 よく解らなかったので、無難な解答を出しておいた。

 ダン、と大きな音が鳴る。
 涼が両手で机を叩き、手の平をそのまま机に押しつけ、わずかに立ち上がった。

「なぞなぞじゃない!」

 じゃあ、なに。

 涼は自分の頭に両手をやって、ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱した。
 乱暴にシャンプーをするかのような激しい動作だ。

「古代ギリシャじゃ、人は街灯もない中夜空を見上げて、星で絵を描いて過ごした!」

 目撃でもしたのだろうか。

 でもまあ、なんだか必死のようだし、星座の話題に乗ってやろうと小夜子は思い、深刻な顔をした。

「大地がこないだ、オリオン座は砂時計座だって言ってた〜」
「ああ」

 涼がうなだれる。

「詩人でない奴とは、俺は生きられないのか」

 重い息。
 下手な俳優が死の宣告を受けた患者を演じたら、きっとこんな感じだ。

「涼から詩の話なんて、聞いたことないよ〜?」
「誰もが歩んできた道を、俺もまた進むのか」

 またしても会話が噛み合わない。
 何よりも、今日の涼は気味が悪い。

「ねえ涼、ホントどうしたの〜? 春だから〜? 私、キモいから帰る〜」

 涼に背を向け、歩調を速める。
 振り返るのが怖かった。



 続く。
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