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小説家版 アートマンコミュの666(ミロク)dD 1月17日?

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 兄から「少し仕事が長引きそう」だと連絡があった。二日連続で自殺事件があったせいで、数名の生徒の親からカウンセリングの依頼が飛び込んで来たからだ。俺にとっては好都合だ。なるべく詳しく話を聞いておいてくれと頼んで電話を切った。時間もあるので宿にチェックインしておく事にした。宿は池袋にあるビジネスホテル。東京はホテルの数が多すぎて選ぶのが面倒だったので、兄の仕事場のある場所にした。歩き疲れた俺は少し贅沢な気がしたがタクシーを使った。体は疲れていたが、神田から池袋まで思ったより遠くて料金が気になり車内で寝る事ができなかった。我ながら情けなかった。
 ホテルの窓からサンシャイン六〇が見えた。俺が小学校の修学旅行に来た頃は日本で一番高い建物だった。俺が子供の頃大好きだったマンガで敵のキャラにもなった程有名な建物だった。そのキャラが強かった事もあって俺の中では東京で一番好きな場所だった。それにしても子供の頃にはもっと高いと思っていたのだが、今では驚く程ではなくなってしまっている。ビルの高さは少しも変っていないが、東京の情景と俺の目が変ってしまったのだ。どうして子供の頃のように見るもの全てに感動出来ないのだろう。窓から見えるサンシャインが俺に訴えかけているように思えてカーテンを閉めて、ベッドに横たわった。
 携帯の呼び出し音で目を覚ました。知らない間に寝てしまっていたのだ。体中に纏わりつくようなねっとりとした汗をかいていた。また、あの夢を見ていたのだ。俺が殺される、夢の途中で目覚めたので正確には、殺される寸前の夢だった。途中で目覚めた事もあり、夢の記憶がはっきりしていた。特に夢の中で俺を罵っていた一人の男の顔は頭の中に焼き付いていた。それは金田紫苑ではなかった。思い出そうとしたが、今まで見た事もない顔だった。考えている内に電話の呼び出し音がきれた。額の汗を服の裾でふき、携帯の着信履歴を見ると二件あった。最初の一件は印鑑屋の英さん、先程かかってきたのが兄からだった。時計を見ると九時少し前だった。意外と時間がたっていた。二人に電話しなくてはと思った時に携帯が再び鳴った。兄だった。
「お、やっと電話にでてくれたか」
「ごめん、知らない間に寝ちゃったみたいでさ」
 俺は罰が悪そうに頭をかいたが、誰も見ていない事に気がつき手をおろした。
「遅くなったけど、仕事終わったぞ。メシ食ったか?」
「そういえば……、腹へったな」
 兄の言葉に急に腹の音がなった。新幹線の中で弁当食べただけだったのを体が急に思い出したのだろう。
「今何処にいるんだよ」
「池袋のビジネスホテル」
「そうか、近いな。俺今、駅の東口にいるから直ぐホテルから出て来られるか?」
 俺はすぐに行くと伝えると電話をきった。髪の毛に寝癖がついていないか鏡で確認するとコートとマフラーを手に部屋を後にした。
 五分程度で池袋駅に到着した。直ぐに兄を見つけた。兄は大きな紙袋を片手に持ち、携帯を片手に誰かに電話をしていた。そして、俺の姿を見つけると電話を持ったまま手をふっていた。
「電話、電話」
 俺は兄の携帯を持つ手を指差した。
「これか? 気にするな。お前に電話していたんだ」
 そういえば、兄は待つのが嫌いな性格だった。五分も何もしないで待っているなんて退屈窮まりなかったはずだ。そこで催促の電話を俺にしていたのだ……、忘れ物に気がついた。携帯電話を部屋に置いて出て来てしまった。所在は分かっているのだから大して気にする事もないが、いつも持ち歩いている物がないのはどことなく不安な気持ちにさせていた。
 五分も外で待っていた兄はかじかんだ手をポケットにつっこみ「居酒屋でいいよな」と早足で歩きはじめた。俺には決定権など最初からないくせに疑問系で話をする所は昔から変っていなかった。「別にいいよ」という俺の返事も昔と同じだった。今見上げているサンシャイン六〇は昔のようにでかく見えた。
 兄が馴染みの店だと連れていってくれたのは名古屋にもチェーン店がある居酒屋だった。安くて新鮮な魚をだしてくれる事が評判だと記憶している。暖簾をくぐると、平日だというのに満席に近い状態だった。テーブル席は空いているのだが、前の客の皿がまだ残っていた。接客にきた若い女の店員が「カウンターなら」と言い切る前に、兄が「いいよ」と答えていた。後で俺に「いいよな」と確認してきたので、先程同様にうなずいた。兄弟が正面を向き合うよりも横に並ぶ方が話は弾みそうな気がした。兄はお通しを持って来る店員に生中を二つ注文した。この時は「いいよな」とは聞かなかった。数分後でこぼれそうな泡を山盛りにしたジョッキビールで俺は兄と乾杯した。
「最近、母さんの所へ帰ったか?」
 兄の質問に俺は首を横にふった。
「そうか、お前もか」
「兄貴も帰ってないんだ。もうすぐ母さん、還暦だろう。それまでには帰ろうとは思っているんだけど、何となく帰る気がしなくてね」
 母親は利子という名だ。実は俺達の本当の母親ではない。俺が五つ、兄が八つの時に父の後妻として我が家にやってきた。別に母親になつかなかった訳でもない。普通の家の子と大きな差は表面上なかった。ただ理由のない違和感を母親に持ったまま成長しただけだ。俺が表面に表さなければ何の問題も起こらない小さな事だ。父親が三年前に他界してから、何となく実家との縁が遠くなった。自分の生まれ家には血の繋がった人は誰も住んでいないのだ。兄も帰ってないと言う事は子供の頃から俺と同じ感情を心に秘めているのだろう。好きでもない人を好きになると言う事は所詮無理な事なのだろう。
「東京の帰りにでもよって、顔だけでも出してやればいいじゃないか」
 確かに兄の言う通りだ。静岡県の浜松に実家はある。別に東京の帰りじゃなくとも、俺の住んでいる名古屋からなら新幹線を使わなくてもいける程の距離だ。俺に会いに行く気がないだけの事だ。俺は「そうだね」と曖昧な返事をして話題を中学生の連続自殺に変える事にした。
「それにしてもこれだけ自殺が続くと心理カウンセラーとしたら頭が傷んじゃないの? 学校にもいるんだろう、子供達の心のケアする担当の人。その人用のカウンセラーが必要になっていたりして」
 まったく笑い話にならない冗談を言ったが、兄は気に止めた様子もなかった。
「お前の言う通りだよ。東京中のカウンセラーが自信を無くしているよ。俺達、心の専門家でも今回ばかりはお手上げだ。対策はやれるだけの事はした。命の尊さは生徒達に伝わっているはずなんだが……、自殺は止まらないんだ。生徒達が何を考えているか分からなくなった。自信なくしているのは生徒ばかりじゃない。東京中の親が自分の子供に接する事を恐れてしまっている。自分の不用意な言動が原因で自殺って事になったらって恐れてしまっている。心の専門知識がないんだから当然だよ」
「兄貴も自信喪失中ってわけか」
「まあな、俺からもっと詳しい情報を聞き出したければ、もう少しゆっくり飲ませてくれ。酔ってくれば、自然と愚痴がこぼれてくるからさ」
 兄は俺の方を向かず呟くように話した。きっと弟には見せられない情けない表情をしていたのだろう。俺もそんな顔を見たくはなかった。だから会話は自然にお互いの近況報告になった。
「どうだ。結婚とか考えている相手はいるのか?」
「なんだよ。親みたいな事言うなよ。それよりも兄貴の方はもうダメなのか?」
「まあな」
 兄はバカだ。結婚の話を持ち出せば、兄の家庭の話も話題にのぼる事が読めない。そういう鈍感な所が嫌で、兄の嫁は子供を二人共連れて家を飛出してしまったのだろう。一〇の事を一〇言わないと理解出来ない兄に身内じゃなればイライラしているだろう。そんな性格で心理カウンセラーなんて難しい仕事が勤まっていると感心してしまう。
「離婚って事?」
「そうなるだろうな」
「そうなるだろうって、離婚が子供に与える心理的ストレスの事知っているんだろう。ダメだよ、亜子ちゃんと江利ちゃんに辛い思いをさせては」
 俺は可哀想に兄似の姪達の顔を思い出した。泣き顔だった。彼女達に死別でもないのに親と別れる思いはさせてくはなかった。たまに思う時がある。俺に本当の母が生きていたなら、人生は大きく変っていたんじゃないかと。実は母親のお腹の中には胎児がいた。母さんが後数カ月生きていれば俺に弟が出来たはずだった。定期検診に向かう車の中で母はお腹の子供と共に息を引き取った。車の影から飛出して来た少年を避けようとして起きた交通事故だった。
 祭壇に灰を投げ付けた信長の気持ちが俺にはわかる。かけがえのない者を奪い去った死神が祭壇の影で遺族の不幸をほくそ笑んでいるのだ。そんな神に何故手を合わせる必要があるのだろう。なんの力ももたない子供から大切な者を奪い取るのが、慈悲深い神のする事だとは理解できなかった。成長してからだ。人には避けられぬ運命や宿命がある事がわかったのは。そして気がつくと、人の人生を読み解く占師になっていた。母の死がなければきっと今の職業を選んでいなかっただろう。母のよく読み聞かせてくれた『鼠の婿選び』の話を元に自分で見つけだした職業だったが、母が死んだ時点で既に確定した未来になっていたのかもしれない。
「分かっているけどな……」
 兄も子供の事を言われるのは辛そうだった。人間の関係修復程難しい事はない。兄の嫁の陽子さんが仕事を再開した時にアドバイスするべきだったのかもしれない。きっとその頃なら簡単に修復できる溝だっただろう。カウンセラーの仕事をしている兄ならば器用にやれると、それに相談もうけていない俺が偉そうに口を挟む問題でもなかった。どうしても遠慮してしまう。俺は兄の友達ではなく、弟なのだ。
「陽子さんの仕事は順調なの?」
「ああ、バックがしっかりしているからな」
 妻が失敗してほしいような口調で答えた兄に苦笑いをした。
「陽子さんの実家、結構な資産家だったからね」
「そうだ。資金力さえあれば、たいていの事業は失敗しないよ。余程冒険したり、趣味が悪くなければね」
 兄の気持ちを考えると「そうでもないだろう」とは言えなかった。この御時世で小さな雑貨屋とはいえ一国一城の主人になるのだ。勇気と努力と商才が必要だろう。陽子さんの大切な所を何一つ見てなかった。金持ちの道楽だと考えていたのだろう。でも彼女は娘を二人養っていく為、必死になって働いていたのだ。心理カウンセラーのくせに何故理解できないのだろう。いや逆に見えていたのかもしれない。気付かない振りをし続けて、一日でも長く家族で暮らせる日を引き延ばす事をしていたのかもしれない。兄にしかわからないが、結婚生活は諦めてしまったようだ。
「お前も飲むか?」
 俺が頷くと、空になったビールジョッキをかかげて女性店員を呼び止め、生ビールを二つ注文した。つまらない冗談を言って彼女に話し掛ける姿がなんとも寂しそうだった。

 生ビールが三杯目になった頃に自然と自殺事件の話になった。
「今日の自殺はどう思う? 今までのケースとは違うような気がするんだけどな」
 俺の質問に兄も同意見のようだった。
「どうやら、今回は自殺未遂ですんだようだから、原因は特定されるとは思う。お前の言う通り、一連の自殺とは質が違うような気がする。どうも自殺する為に薬は用意してあったらしいんだ。今までのケースは突発的に自殺した者ばかりだが、今回は計画的な自殺だ。自殺しようとする本人の意志がはっきりとしている。当たり前なのだが、普通の自殺だ。まぁ、不可解な自殺ばかり起こる学校に身をおいている生徒達の気持ちを察すれば、楽になろうと考える者も少なからず現れるはずだ。実はカウンセラーとして、今回のケースを一番恐れていたんだよ。生徒の中に希死念慮が芽生えはじめる事を」
 兄は大きなため息をついた。
「なんだよ。その希死念慮って」
「死に対する憧れだよ」
「なるほどね。目の前の問題に対する答えの選択肢の中に自殺が入っちゃうって事か。今回の連続自殺事件が原因じゃなくても、進路や恋愛で問題が発生した時に簡単に自殺を選んでしまうって事ね。そいつは問題だな」
 兄のため息の理由が何となく理解できた。今回の事件が生徒達の頭の中に自殺を実行する引き金を作り出してしまった。ストレスの多い現代社会を生き抜かなくてはいけない子供達の将来を考えれば……、俺もため息が出そうになった。
「実際、自殺は伝染するんだよ」
「まさか、自殺する因子を含んだ病原菌でも発見されたってわけじゃないだろう」
「病原菌ではないが、伝染するんだよ。ある特定の地域で自殺者がでると不思議に連鎖的に地域内で自殺者がでる事があるんだ。他にもアイドル歌手が自殺した事件があっただろう。その後ファンの子が後追自殺をしたのだって、伝染したともとれる。自殺という行為は悪い事だと知っているが、身近に感じる場所や人が自殺をした場合、自殺を肯定してしまう傾向があるんだ。集団自殺に似た心理状態になるんだと思う。自殺を思いとどまらせているのは、『一人で死ぬ』という孤独感と恐怖感だ。それが馴染みのある土地の人物や身近な人物が自殺をしてしまうと『あの人が自殺したのなら』と考え始めてしまうのだ。罪の意識や孤独感や恐怖感が急に軽減してしまうって事だ。そして、何かの要因がかさなれば……っというわけだ」
 一気に話したせいで喉が乾いたのだろう、兄はビールを一飲みした。
「今回の一連の自殺でも伝染したって兄貴は見ているんだ」
「そうとも言えない。自殺した者達に自殺の意志がなかった。まるでリセットボタンを押されたように自殺してしまった。まるで誰かに呪か暗示でもかけられて自殺に追い込まれたようだよ」
「呪!」
 俺は必要以上に声が大きくなってしまった。呪で人を自殺においやる。それは俺のやった事だ。そんなつもりはなかったが、事実はそうだ。話題を変えたいと願ったが、兄は独り言のようにつぶやいた
「今回の連続自殺の要因はフラシーボ効果と致死遺伝子の仕業だと思う」
 俺の心臓はバクバクと音を立てていた。まるで兄は俺が金田という男を自殺させてしまった事を知っていて追求しようとしているように聞こえた。そんな俺の不安そうな顔を見て言葉の意味が分らないのだと解釈したのか、仮説を丁寧に説明しはじめた。
「フラシーボ効果ってのは偽薬効果とも呼ばれていて、暗示が体に与える影響の事を言うんだ。お前だって聞いた事あるだろう、病人に普通の小麦粉を凄い効果のある薬だと言って飲ませると身体の調子がよくなったって実験。逆に顔色が悪いねと言われ続けると、健康な人でも病気になってしまう事もある。例えば『呪』もその効果を利用していると思う。相手に不安な要因を植え付ける事に成功すれば、精神を不安定な状態にする事ができる。追い込まれれば自殺だってする者もいるだろう」
 兄の意見に「その通りだ」と拍手をおくりたい気分だ。「ふぅん」と気のない返事をして、ビールに手を伸ばした。飲まずには聞いていられなかった。
「それが今日起きた自殺事件だ。まぁ、精神の知識があれば誰でも思い付く理論だがな」
 兄もビールを口に運んだ。ジョッキに半分程残っていたのを一気に飲み干して、店員に追加注文した。もちろん、俺も。
「しかし、俺は違う。もう一つの理論に気がついた。それが致死遺伝子という細胞だ」店員からジョッキを受け取りながら話を続けた。「別名キラー細胞とも言うんだが、人間の身体は新陳代謝し続けている。常に再生と破壊をくり返しているんだ。身体の破壊を司っているのが致死遺伝子という事だ」
「その致死遺伝子が自殺に関係するんだ?」
「自殺ってのは自分自身を破壊して消滅させる行為だろう。人間で考えると分り難いよな。人間に一番近い物、コンピューターで考えてみろよ。コンピューターが壊れてしまう要因って何だ?」
「コンピューターウイルス?」
「そうだ。もう一つ、自己破壊のプログラムが作動する時だ。人間に戻すとウイルスがフラシーボ効果、自己破壊のプログラムが致死遺伝子というわけだ。ウイルスで狂わせて自己破壊のプログラムを誘発させる。それが今回の連続自殺のシステムではないかと俺は推測している」
「じゃあ、誰かが作為的に自殺をさせている」
「可能性はあるな」
「しかし……何故、何の目的で?」
「それは俺にも分らない。謎の自殺をした生徒達に共通点が見つからないんだ。もしかしたら、単なる実験なのかもしれない」
 急に背中に寒い物が通った。兄の推測が正しければ俺はとてつもなく危険な仕事に携わってしまっている。人の命を操ろうとしている者がいると言う事だ。まともな考えの持ち主のやる事ではない。
「もし自殺を命令している者がいるのならば、早く見つけださないとな。とんでもない事になっちまうぞ」
 兄は独り言のように呟いた。弥勒さんの漠然として靄のかかったような依頼が急に照準があい、クリアーになってきた。『人間の不可解な行動』を誰かが作為的に行わせていたのならば、解決させる方法がある筈だからだ。
「凄いな。兄貴がこんなに洞察力があって博学だとは知らなかったよ」
「俺もびっくりだよ。呪のメカニズムに興味があってな。調べているうちに頭に浮んで来たんだ」
 兄の高笑いを眺めながら、呪で繋がるとはさすが兄弟だなと感じていた。店員がラストオーダーを聞きに来た。俺達はお茶漬けと生ビールを注文した。食べ終わって店を出る頃には殆ど客は残っていなかった。

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