ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

小説家版 アートマンコミュの666(ミロク)dD 1月17日?

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 マスターはまだ娘の結婚の話をしていた。俺が別の事を考えて聞いて無かったのも知らずに満面の笑みを浮かべていた。話題がまだ男か女かもわからないのに名前を考えているという内容になった。名前で人生が決まる事もあるので占師としての立場でアドバイスをしてほしいとの事だった。「それくらいの事はやりますよ」と俺の言葉によろこんだのか、「手付け金だ」と言ってもう一個ゆで卵を俺の皿の上に置いた時、ドアのベルが低い音を立てた。印鑑屋の英さんが入ってきた。彼は椅子の上に置いてあったスポーツ新聞をカウンターに移動させ、ホットコーヒーを注文すると俺の隣の椅子に腰掛けた。彼もこの店の常連さんだ。子供がもうすぐ高校受験があると言っていたので、厄年に近い頃の年齢かそれ以上だろう。英さんは俺に軽く手を上げて挨拶したので同じようにして返した。俺は印鑑屋も占師と似ていると思う。印鑑屋は運気を上昇させる仕事、占師は運気を判断する仕事という具合だろう。確かに印鑑一つで運気が上がった。実は契約の時に使った印鑑は一週間程前に英さんに造ってもらった物だ。英さんにお礼を言う前に、彼が昨日の事故の話しを始めた。そういえば、英さんの店は昨日のカフェの向側にあったのだ。
「光二郎、知っているか? 昨日、俺の店の前ですごい事故があったんだぞ。赤いトラックが二トン車に突っ込んで大破したんだぜ」
 英さんは俺の事を名字ではなく名前で呼ぶ数少ない人物だ。俺も嫌ではなかった。印鑑の製作を依頼した時ですら、俺を顧客として扱った事は無かった。小さい頃から人の顔の表情を気にして生きてきた俺には英さんの態度は心からホッとさせてくれた。多少の裏表もあるだろうが、俺にはそれを感じさせない凄い大人だ。以心伝心とはよく言った物で、英さんも俺を学生時代の後輩のように可愛がってくれた。
「運転手のヤツ、大分ココがヤバいんじゃねぇかな」英さんは自分の頭を指差した。「もしくは麻薬だな。そうじゃなければ、あんな行動しねぇぞ」
 英さんに「俺も見た」と言ってから言葉に詰まった。直ぐに「何処で」と帰ってきたからだ。別の店でお茶をしていたと言えるわけがなく、「偶然、道を歩いていた」と歯切れの悪い返答をした。
「そういえば新聞に記事が載っていたな。小さな記事だったけど」
 マスターが英さんのコーヒーを差出しながら話に加わってきた。俺はとっさにスポーツ新聞を手にとり、社会覧をひらいた。マスターの言う通りだった。中学生の自殺の記事の下に小さく載っているのを見つけた。記事の内容で解るのは運転手の名前が赤田剛、そして死亡しなかった程度だ。二百文字程度の文章よりも俺の隣にいる英さんの方が情報量としては豊富なのは間違い無さそうだ。
「車が衝突する音と共に外に飛び出したんだ。普通の交通事故だったら、衝突する音は一度きりだろう。何度もぶつかる音がするんだ。それもそのはずだ。赤いトラックが何かから逃げようとするかのように前後の車に衝突させていたのだからな。映画の撮影かと思ったくらい、常識から逸脱した風景だった。車をぶつけて空間を作ると俺が見ている方へ車の向きを変えて動きだした時は、正直焦ったね。突進してくるかと思ったからな」
 特殊な体験をしたからだろう、英さんは得意げになって話した。きっとUFOでも見つけた時には英さんは同じ顔をして俺に語りかけるのだろうと思っていた。俺は特に驚く事も無くきいていたのが、少し不満そうだった。仕方ない事だ。そこまでは俺も特等席に座って眺めていたのだから。英さんも俺が見たと言った事を思い出したのか「そうか」と言って驚かない理由に気がついた様子だった。
「確かに奇妙な行動だね。殺し屋に見つかって逃げ出したみたいだね」
 マスターの意見に英さんが頭を振った。
「俺が推測すると、あいつは自殺したかったと思うな」
『自殺?』
 俺とマスターは同じ事を聞いた。俺がやっと反応して英さんはニヤリと笑いながら自分の持論を話した。
「あの車の運転手、待っていたんだ。二トン車が突進してくるのを」
「どういう事?」
「目撃してなければ解らないとは思う。普通ならば二トン車との衝突は間一髪さけられたはずだ。二トン車が目の前に来るのを見計らって、あの車は飛出してきた。逃げ出そうとして飛出したとはどうしても思えない。自分が死ぬ為に大きい車を選んで飛出したようにしか俺の目には映らなかった」
 口元だけで笑うマスターの表情が『そんなバカな』と語っていたが、俺は英さんの推理に納得できた。確かに飛び込むまで数十秒の間があった。運転手は二トン車が迫ってきている事は確認していたはずだ。前後の車にぶつけてまで逃げ出そうとしている者が、数十秒も待つだろうか。ピックアップを運転していた青年は『自殺』を計った可能性が高い。それも自殺を急に思い付いて、即座に実行した。運転手の青年の事を思い出した。事故を起こす数分前に俺に向かって何かを語りかけていた。気持ち悪いと思って無視してしまった事を後悔した。彼が伝えたかった事は何なのだろう。『次はお前だ』そんなネガティブな言葉が俺の頭の中に浮んだ。毎朝見る夢のせいだ。自分が殺される夢と関連をつけてしまうなんて心が弱い証拠だと自分を戒める為に頭を拳で二度叩いた。マスターが奇妙な顔をして俺の顔をジッと見ていたので、愛想笑いして誤魔化した。
「先生! やっぱりココにいた」
 静香が勢いよく扉をあけて入ってきた。
「お前、今日はまだ学校だろう」
 現役の女子高生がモーニングサービスをやっている時間帯に現れたので、挨拶よりも先に説教が口から出た。静香は占いの常連さんだ。彼女のおかげで俺は大分助かっていた。占いという仕事に重要なのは口コミの宣伝だ。「よく当たる」と知れば客はどんな立地の悪い所でも、わざわざ出向いてきてくれる。彼女はまさに俺の営業マンだ。頼もしい事に宣伝してくれる上に学校から客をつれてきてくれていた。もちろん、本人はそんな重要な事をしているという自覚はない。逆に俺が無料で鑑定してあげている事を恐縮している程だ。静香の後ろに同級生らしい女の子が立っているので今日もお客を連れてきてくれたようだ。
「高校三年になると三学期は学校に行ってもあまり意味ないって事を知らないの? 受験に関係ない授業なんて受けるだけ時間の無駄になるでしょ。それだったら家で勉強していた方が得策って事」
 静香は悪びれる素振りも無く学校に行かない理由を答えた。
「でも勉強もしないでウロウロしているくらいなら学校行っていた方がいいんじゃないの? まあ、俺がガミガミ言う事じゃあないけどな。ところで、俺に何か用か?」
「私の友達が悩みごとがあるって言うから、先生を紹介したの。そしたら早速占って欲しいって事になって、先生の事務所に行ったんだけどね。私達よりも先に先生を待っている人達がいたの。小学生くらいのお孫さんをつれたお祖父さんなんだけど。とても上品、というよりもお金持ちっぽいお祖父さんだったから、先生を呼んであげた方がいいかなって思って……」
 静香の話が終わらない内にカウンターの椅子から立ち上がっていた。待っているのは間違いなく弥勒さんだ。昨日、事故のせいで細かな打合せをせずに別れてしまっていた。それでわざわざ出向いてくれたのだと思うと落ち着いて座っていられるわけがなかった。俺は残っていたコーヒーを流し込み、ゆで卵を二つポケットに突っ込んだ。
「英さん、また今度ゆっくり事故の事聞かせてくれないかな。実は運転手の事で気になった事があるんだ。それから、マスター、娘さんの結婚相手の生年月日調べておいてよ。明日にでも調べるからさ」
 俺はマスターに向かってニコリと笑った。愛想の良いマスターが笑い返さなかったのが不思議だったが、そんな小さな事を気にしている場合じゃなかった。「コーヒーのチケットがあるから、飲んでから来なよ」
 俺は静香達に言って『グレー・フィールド』を飛出した。

 弥勒さんよりも先に黒いパーカーを来た少年が俺の目に入ってきた。少年は俺の事務所が入っている雑居ビルの入口で見つけた石を軽く蹴って遊んでいた。少年も俺に気付いたようでビルの階段を駆け上がっていった。俺も彼の後をきらせて階段を一気に駆け上がった。階段下を覗き込む弥勒さんを見つけて会釈をした。弥勒さんの格好も昨日と同じ和装だった。昨日は気がつかなかったが足元は黒い皮のくるぶし丈のブーツを履いていた。
「すみませんね。朝早くから押し掛けてしまいまして」
「こちらこそ、わざわざお越しいただいて申し訳ありません。連絡していただければ、こちらから伺わせていただいたのですが」
 自分でも驚く程上手な挨拶が滑らかに口からでた。そして二人を事務所の中に招き入れた。
「ほお」弥勒さんは感嘆の声をあげると室内をくるりと見渡した。「もっと、薄暗い所を想像していました」
 占いの部屋といえば確かに暗かったり、怪しかったりする場所を連想するのが当たり前かもしれない。占いの雰囲気作りも多少は大切だろうが、俺は必要以上に演出したりするのは嫌だった。それよりも自分の精神が集中できる場所を事務所内に作り出す事を目的にインテリアを作り上げた結果、白を基調とした室内に沢山の観葉植物をおいたシンプルな空間が出来上がった。部屋の中で占師らしいといえば事務所の奥に安置してある厨子に入った二体の仏像だった。
「弁財天と茶吉尼天ですね。変った仏を拝んでいらっしゃるのですね。裏と表、どちらの顔の御利益をあずかろうとしておられるのですか?」
「よく御存知ですね。もちろん、両面です」
 俺は弥勒さんに笑いながら答えた後、二体の仏像に手を合わせた。弁財天も茶吉尼天も裏の顔がある。表の顔は共に財運を司る女神だが、本質は魔女だ。弁財天は蛇の力を、茶吉尼天は狐の力を内に秘めている。蛇も狐も日本古来から特別な力を持った畏怖すべき動物なのだ。
 俺は弥勒さんに向き直り鑑定の時に使っている椅子を勧めようとしたが、いつも自分の座っている椅子を弥勒さんに譲った。お客を座らせる椅子は俺のよりも若干低くしてあったからだ。俺の方を見上げる事によって尊厳を持たせる心理的効果を狙ったのだ。客用の椅子に座った少年はさらに小さく見えた。俺は折り畳みようの椅子を取り出して来て、それに腰を降ろした。
「思い出しましたよ。占師になった理由。鼠の婿選びです」
「鼠の婿選びですか」
 俺が突飛な事を口にしたからだろう弥勒さんはキョトンとした顔をしていた。
「子供の頃好きだった昔話です。鼠の両親が娘を世界一偉い人に嫁がせようとして、太陽に娘と結婚してくれとお願いします。太陽は私を遮る雲の方が偉いといいます。雲は私を吹き飛ばす風の方が偉いと断ります。風は私を遮る壁にはかなわないと言い、壁は私をかじる鼠が一番強いといわれ、鼠の両親は普通の鼠を婿として迎えたという話しです」
「その話と何が関係あるのですか?」
「俺は人の顔色をうかがうような臆病な子供でした。だから、大人になったら一番強い人になろうと思っていました。鼠の両親と同じです。強い者を探したのです。小学校の時は教師が一番強いと思っていました。しかし、中学になるともっと強い者が同級生から現れました。不良グループです。しかし、街に出れば不良グループよりも強い者もがいました。チンピラです。チンピラもヤクザには歯が立ちません。ヤクザよりも強い者を見つけだすのは困難でした。警察、弁護士、政治家。確かにその道の最高権力を手に入れる事は出来ても、道からずれてしまえば急に弱くなる。まるでジャンケンだ。必ず勝てる相手はいるが負ける相手もいる。全ての力を備える事はできないか」
「答えは全てを御自分が備える必要が無い事に気付かれたという訳ですね」
 弥勒さんは俺の言おうとしている事を口にした。
「その通りです。表ばかりを見てしまうから分らなくなってしまう。ヤクザだって政治家だって裏側は弱くてもろい。弱くてもろいから強くなりたがる。強いと思われている人程、自分の行動が正しいのか確信できないはずです。だって、自分の心とは反対の行動を常にとっているから。そして、その本音を聞ける唯一の存在になれるのが占師という仕事だと気がついたのです。そしてもう一つ気付いた事があった。それは憶病者の俺が世の中で最強になれる可能性が出て来たなってね」俺は一呼吸おいた。「まぁ、占師を職業に選択した頃は志も野望も高かったのですが、いざ占師になってみると暮らしにおわれちゃって……。相変わらず弱い人間のままです」
 占師になる前に考えていたようにはなってはいない。第一、そんな占師になりたかった事すら忘れかけていた。でも弥勒さんとの契約は冗談抜きに最強の占師になれる可能性の道をぼんやりだが照らし出してくれていると感じた。
「白山さん次第で叶えられますよ。最強の人間になる夢。でも良かった白山さんみたいに先見の目を持って占師になられた方と出会えて」
 弥勒さんは本音ともお世辞ともとれるような事を言ってくれた。心が少しくすぶられた。しかし、少年の冷ややかな視線のおかげで舞い上がってしまう事はなかった。
「少しは参考になりましたか?」
「ありがとうございました。とても参考になりました。でも白山さんの場合は成功例ですからね。自分の置かれている立場を冷静に分析して、夢を叶える為に足りない箇所、補うべき箇所を的確に掴んでいる。素晴らしい人生の歩方をされていると思います。人類の全てが白山さんのようにポジティブに生きていてくれれば私も会社は苦労しないのですがね」
「成功例なんてとんでもない。占師を選択しただけですから」
「白山さんは簡単に選択しただけだとおっしゃっていますけど、それが凄いのです。暴力団、殺人犯、詐欺師、売春婦などになった人は子供の頃にその職業に憧れていた人などいないはずです。でも何かを選択した結果その道へ進む運命になってしまった。人生の分岐点において正しい選択をする事はとても難しい事なのですよ」
 弥勒さんの言う通りだろう。人生の分岐点なんてものがあるから占師という職業が存在する。誰だって自分の未来は輝いて欲しいものだ。自分の進むべき正しい道の選択程難しい事はないのだ。占師という他人に自分の人生を託したくなる気持ちはよく分る。占師を選ぶ時点で運命が決まってしまうのかもしれない。
「ところで、本日は?」
 誉められて少し照れくさくなった俺は話題をかえた。
「少し無責任だったと白山さんとお別れした後に気がつきましてね」
「無責任とおっしゃると?」
「抽象的な依頼のみでは調べる方法をお困りになると思いましてね。それともすでに何か閃いていらっしゃるとか」
 たしかにそうだ。まだ、契約できた事にうかれていて気がつかなかったが、『人間の不可解な行動の原理』を調べる手立てを考えていなかった。そんな単純な事に気付きもしないのに、閃いている筈が無かった。
「すいません。何も考えていませんでした」
 俺は素直に頭を下げた。
「気にしないでください。難しい事を依頼したのは私の方なのですから」弥勒さんは自分の方が悪いと頭をたれた。そして再び顔をあげると俺の目を見た。「まずは不可解な自殺をした人達に何か接点がなかったか調べて欲しいのです。まずは最近問題になっている中学生の連続自殺を調べてください。一番つながりがありそうですから」
 今朝も新聞に載っていたのを思い出した。東京都の同じ中学で自殺者がたてつづけに五人もでていた。確かに何かつながりがありそうな気がした。
「そうですね。最初に選ぶ事例には最適かもしれませんね。それじゃあ、早速今日の午後から東京へ向かいます。」
「ありがとうございます。それからこれをお持ち下さい。肩書きが占師では聞きだせる話にも限界があるでしょうからね」
 弥勒さんは名刺の束を俺に差し出した。俺の名前が入った666の名刺だった。肩書きには『Dプランニング局特別顧問』と書かれてあった。俺が首をひねるのを見て、Dプランニング局とは運命をはじき出して対応策を提案する部署だと教えてくれた。Dは運命と言う意味の英語デスティニーの頭文字らしい。分り難い肩書きはよく質問されると思うので意味を覚えておいた方がいいとアドバイスしてくれた。
「白山さんはパソコンを使用できるようですね」
 事務所の奥にある昔のテレビのような俺のパソコンを見ていた。
「まぁ一応はできます。メールやインターネット程度にしか使用していませんけど」
 俺の言葉が終わる前に弥勒さんは六〇cm四方の四角い箱を差し出した。
「社員には全て持たせているのです。情報は鮮度が命ですからね」
 箱の中身は小型のノート型パソコンだった。
「以前はポケットに入るモバイルを持たせていたのですが、小さすぎるのは使い難いと不評でしてね。少し邪魔になるとは思いますが、白山さんにもこれからはこちらをお使いください。セットアップは済ませてありますので、直ぐにでもお使いできます。回線につなげなくてもメールもインターネットも可能です」
「それでは遠慮なく使わせていただきます。東京で何か情報を手に入れたら直ぐに御連絡を差し上げます」
 パソコンを渡した理由を俺が察知していた事に満足したのか弥勒さんは微笑んでいた。隣に座っていた黒いパーカーの少年が急に立ち上がった。それに合わせるかのように弥勒さんも立ち上がった。
「それでは私共は失礼します。東京の中学生の連続自殺の事で分かっている事はパソコンのフォルダの中にまとめてあります。一度見ておいて下さい。よい報告がメールされてくる事を心待ちにしております」
 そう言うと弥勒さんは一礼して事務所を後にした。少年は一度もニコリともせずに出ていった。どうやら俺はとことん嫌われてしまっているようだった。次回会う機会があったら、嫌がられても話しかけてみようと思った。大人の意地みたいな物が俺の心の中に涌いてきていた。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

小説家版 アートマン 更新情報

小説家版 アートマンのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング