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小説家版 アートマンコミュの666(ミロク)dD 1月17日?

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 我々の今の人生が未来永劫繰り返される。いま経験している一瞬、一瞬を、我々は永遠の時の中で繰り返し経験しなければならない。
                フリードリッヒ・ウィルヘルム・ニーチェ

一月一七日(火)

 夢か……
目を閉じたまま俺は安堵のため息をつく。人は何故に夢なんて見るのだろうなんて高度な事を考えるのが日課になっていた。未来に俺の身に起こる事への警鐘、抑圧された俺の性癖、心の底に閉じ込められた欲求。それらは解釈をつけて現実逃避をしようとしている答え。正しくもあり間違ってもいる。最近、俺には分かってきた。夢は罰する為に存在する。罪を犯してしまった者を苦しめる道具なのだ。人を殺した俺が見る夢は『殺される夢』なのだろう
 しかし、見る夢が何故自分が殺される夢なのだろう? それは分らない。夢の中では彼を含めた六人の人間に殺される。顔が確認できたのは俺が自殺に追い込んだ金田紫苑という男だけだった。夢だけあって時代背景などにリアリティーはない。金田紫苑は江戸時代の農夫のような格好をしていた。格好などどうでもいいのだ。彼が夢に現れる……忘れてしまいたい大きな過ちを夢は無情にも俺の前に突き付ける。これが罰でなければ何なのだろう。いつまで続くのだろう。いつか罪を償える日が来るまでなのか。いったいどうすれば罪は償う事ができるというのだ? 刑務所に入るのか? しかし警察は俺を捕まえなかった。俺の告白に警察は信じなかった。俺が人を呪い殺したという告白に。
「弱気になるな!」
わざと声にだした。自分は正義を貫いたはずだった。ただ結果が不運だっただけだ。
「俺の行為は正しかった」
再び声にした。夢に押しつぶされてしまいそうな自分を言い聞かすように暗示をかける。別に望んだ訳じゃ無いが、その暗示が俺の目を開かせる毎朝の合図になってしまった。一つ大きな伸びをして、俺はベッドから勢い良く飛び起きた。凍える手を摩りながら温風ヒーターのスイッチを押した。最新式の物の二倍の大きさはあるが、図体ばかりで頼りがない。一度では着火してくない。まあ、これもいつもと同じ事だ。古くなった家電に怒ったり、機嫌が悪くなったりはしない。買い替えればいいのだから。そうさ、俺には金がある。これからもきっと金に苦労する事はないだろう。大口の契約を手に入れたのだ。俺は再びベッドに戻り布団には潜らず大の字になった。冷たい空気が寝ている間にふやけた俺の体を引き締めるようで気持ちがよかった。そして枕の下に手を入れた。確かにある。両手に百万ずつ。今朝一番の仕事は決まっていた。銀行に行く事だ。金利が高いとか低いとか関係ない。この部屋に隠しておく愚かな行為よりはましだ。誰にでもこじ開けられそうな鍵がついているグレーの扉を眺めながら、引っ越そうと俺は決心していた。今頃になって温風ヒーターのファンが回り始めた。相変わらず音の割に風量は少なかった。
「俺は正しかった」
急に夢の事を思い出して小さく呟いた。

 銀行に入金する事が気持ちの良い事だと初めて知った。それも二百万もの大金。消費者金融への返済があったので、実際銀行に預けたのは百五十万円だったのだが……。窓口の女の子にさりげなく、大口の契約が決まったのだと自慢してしまった。毎月同程度の給料が手に入る事も。その女の子から伝わったのだろう支店長が名刺を持って俺に頭を下げてきた。御融資の相談でも何でも言って下さいだそうだ。金があれば金を貸してくれる。本当に金を貸して欲しいのは金がない時なのに……。そんな嫌味を言う余裕もなく、良い気分だけ味わって銀行を後にした。
 銀行の隣に托鉢の汚らしい格好をした坊主が立っていた。黒い袈裟は灰色に近い色に変色していた。気紛れだった。大金が手に入った事も手伝って、ポケットに入っていた五百円玉を一枚、坊主が手に持っていたお椀に入れた。木のお椀の中を硬貨が跳ねる鈍い音がした。どうやら本日最初の収入のようだ。坊主は俺に経文を唱えながら俺に頭をさげると、人形のように元の姿勢にもどった。コインで動くロボットのようだと思った。俺が立ち去る時に彼は『この真実に疑いを抱きなさい』と一言口にした。真実を疑う? 意味の分らない言葉に首をかしげたが、さほど心に残るわけでもなく俺はゆっくりと歩き出した。
 次の行き先も決まっていた。朝食だ。名古屋の町の良い所の一つが喫茶店のモーニングサービスだ。コーヒー一杯で腹一杯朝食が食べられる。モーニングの質や量で喫茶店の評判も決まるといっても嘘ではない。名古屋ではランチよりもモーニングが大切なのだ。朝、コーヒーを飲みに行って、昼まで話をしてランチを食べて帰って来る主婦が名古屋には驚く程いると思う。そんな主婦達のおこぼれを俺は授かっているのだから彼女達をバカにはできない。
 銀行の四軒隣にある喫茶店を俺はえらんだ。そこは俺が馴染みにしている喫茶店だ。別に豪華なモーニングがついてくる訳でもないし、格別オシャレでもない。何となく俺の肌に合うのだろう。長く通うようになる理由なんてそんな物だと考えながら『グレー・フィールド』という木製のプレートが貼られたドアを開けると、取り付けられているカウベルの低い鈴の音が店内に鳴り響いた。
「白山さん、いらっしゃい」
 俺は挨拶もそこそこにスポーツ新聞を手にしてカウンターに腰をおろした。マスターは俺に注文を聞く事もなくトースターにパンを入れた。俺は新聞に集中した。一月の半ばを過ぎるとスポーツ新聞もネタがないみたいだ。正月にラグビー、サッカーは終わってしまうし、野球はキャンプイン前、競馬だってたいしたレースもない。今年ケガからの完全復活を期待される中日ドラゴンズのピッチャーの自主トレの様子が申し訳なさそうに一面を飾っていた。どうでも良いような内容の記事だったので、社会面にページをめくった。俺の目に飛び込んできたのは『またも呪の中学校で生徒が自殺』の見出しだった。そういえば、今年になってもう二人も同じ中学に通っている学生が遺書もないまま自殺をしていた。去年の十一月に最初の自殺があってからは五件目の自殺事件だった。朝からの良い気分が台なしになりそうだったので、細かい記事も見ずに新聞を畳んで隣の椅子の上に置いた。
「ホットでよかったよね」
 マスターがカウンター越しにコーヒーを差し出していた。それを受け取りコーヒーの香りを吸い込んでから口元に運んだ。やはり、朝一番のコーヒーはブラックにかぎると口にしようとした時マスターが先に声をかけてきた。
「白山さん、今度うちの娘が結婚する事になったんだよ」
「へー、もうそんな大きな娘さんがいたんですね」
「ええ、結婚が早かったんですよ。二十歳で結婚して、次の年にはもう娘が生まれていましてね。そうそう、それで結婚相手と娘との相性を占って欲しいんですよ。親としては娘には幸せになって欲しくてね」
 マスターが照れくさそうに笑うのを見て、今朝は気分の良い事ばかりだと俺まで頬がゆるんできた。
「そりゃあ、目出たいですね。相手の名前と生年月日とかって分りますか?」
 俺の占いで大切にしているのは数だ。古代から数字には皆意味があると考えられてきた。それは一と二しか数字が無かった頃からだ。日頃、使い慣れ過ぎてしまって数字の有り難みを感じる事はない。しかし、数字がなければ世の中を快適にしている発明品は誕生する事はなかったはずだ。逆に考えれば数字がなければ世の中には何も誕生する事がなかったのだ。もちろん、人間もだ。だから人間として誕生した日はとても重要なメッセージを含んでいる数字なのだ。そんな俺のこだわりをマスターが知っている訳もない。マスターの顔には『相手の誕生日など知りません』と書いてあった。占って欲しいのならば、最低限調べておく事だと思ったが、まぁ、そのうっかりしている所はマスターらしいなと思った。
「相性はまた今度にしましょうか。それじゃあ、娘さんの運勢だけでも見てあげますよ」機嫌の良い俺はマスターに何となくサービスしたい気持ちになっていた。「え〜と、娘さんの名前は?」
「桃子です」
 マスターは即答した。
「え〜と、名字は……」
「忘れちゃったんですか? 灰原ですよ。グレー・フィールドって店の名前って私の名字からつけたって言ったじゃないですか」
「あ、そうでしたね」
 トースターが小さくチンという音をさせた。気まずい雰囲気を救う見事な間をパンが作ってくれた。俺は生年月日を聞き出し鑑定をし始めた。マスターはその間にモーニングセットを作り始めた。暫くすると厚切りのバタートーストとゆで卵、サラダ、ヤクルトまでついたモーニングセットをカウンターの上においた。そしてゆで卵をもう一つ皿の上に置いた。どうやら鑑定代金のようだった。
「娘さん、今年はいいですね。子供もうまれるんじゃないですか?」
「え、そんな事もわかるのですか? へー、占いって凄いですね」マスターは躊躇しているのか、少し間をおいてから「実はもう腹の中にいるんですよ」
「お孫さんが……、それじゃあ、もう直ぐおじいちゃんですか! おめでとうございます」
 俺はふと口にしたおじいちゃんと孫という言葉に昨日出会った弥勒さんを思い出していた。その人こそ俺に二百万円もの大金を渡して俺を専属の占師として契約してくれた方だった。マスターは早口で娘の自慢話をしていたが、俺の耳には入ってこなかった。俺はその奇妙なクライアントの事を考えていた。

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