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創作恐怖話〜新感覚恐怖へ〜コミュの満月鬼

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 美咲がそれを見たのは、台所のゴミ箱を持ち上げた時だった。

「キャ〜ッ」

 夫の信明はあわてて台所に飛んできた。

「なんだっ? どうしたんだ?」
「見てよ、これ。気持ち悪い。一体どこからきたのかしら。」

 美咲はそれまでゴミ箱を置いてあった床のフローリングを指差した。そこには、今まで見たことも無い巨大きなゴキブリが、ゴミ箱からこぼれ落ちた玉ねぎのかけらを貪(むさぼ)り食っていた。その態度は、まるで人間などこれっぽっちも恐れる気配も見せず、まるで自分がこの屋の主であるかのごとく、堂々とした態度で逃げる気配すら見せない。その5センチはあろうかという黒く光る異様な生き物は、玉ねぎを平らげると、体を人間の方にグルリと向け、ゆっくりとシンクの隙間に横になって潜り込んで行った。あまりの異様さに、二人は殺虫剤に手を伸ばすことも忘れ、ただ呆然と見守っていた。

「いつからだ? こいつ・・・。」
「今日よ。今日、始めて見たわ。」

美咲は不気味さに口を震わせながら答えた。

「ねえ、ゴキブリってあんなに大きく育つものかしら。なにか別の虫じゃないかしら。」
「いや、確かにゴキブリだよ、あれ。」

信夫も気味悪そうに目を細めて、それの消えて行ったシンクの隙間の暗闇をジッとみていた。




 「ねえ、あなた。なんとかしてよ。気味が悪くて台所に行けないわ。」

 美咲は不満そうに、朝食を摂る信夫に言った。

 「そうだなあ・・・。今日、バルサンでも買っておけよ。今度の日曜に、いっせいに家中の害虫を退治しよう。こうなったらついでだからね。」
 「うん・・。分かったわ。」

 その日の買い物で、美咲はドラッグストアに寄ると、ラベルに書いてある使用量の2倍のバルサンを買った。とても普通の量では、あの気持ちの悪い生き物は殺せないと思ったからだった。その帰り道、美咲は偶然、幼なじみで、大学まで一緒だった親友の香里とバッタリ出会った。

「ちょっと、美咲じゃない?。」

 美咲はどこか聞き覚えの有るその声の方を向くと、そこには学生時代の親友で、今ではすっかり会うことのなくなっていた香里がいた。

「うわーっ、カオリンじゃないっ。」

 美咲は思わず声を上げた。

「久しぶりねえ。美咲ったらすっかり奥様しちゃってさ。ふふふ。」
「もう、意地悪ねえ。そういうカオリンこそすっかりバリバリのキャリアウーマンて感じだわ。見違えちゃった。」
「ねえ、時間ある? 客先から突然スケジュールをキャンセルされちゃってさ。今日の午後はもうヒマヒマよぉ。どこかでお茶でもしない? ね? いいでしょ?」

 美咲は濃紺のスーツをビシッと決めこんだ香里がまぶしかった。

「ええもちろんよ。行きましょう。近くに美味しいチーズケーキのお店があるの。」



「うわ〜っ、いけるいける〜っ 美味しい! このチーズケーキ。」
「でしょう? この街に越してきてから見つけたの。都心から離れると、こういうお店見つけるのも、結構大変なのよ。」
「でも、その分、大事な旦那様と二人っきりで。うらやましいわ。」
「そうでもないのよ。通勤時間2時間でしょう。どんなに早く帰っても8時近くなっちゃうの。」

 美咲はそういうと、ため息をついた。そんな贅沢な悩みをこぼすくらい、幸福なんだわ・・・。香里は親友の、幸せそうなため息をうらまやしく思った。

「ねえ、ところでそれ、すごいわね。お城にでも住んでるの?」
「ああ、これ?」

 美咲はドラッグストアのビニール袋の中のバルサンに目を落としながら答えた。

「ばかねえ、違うわよ。家は一応一戸建てだけど、となりの高校生の流す音楽が夜中まで聞こえて来てさ。これじゃ都内のアパートと一緒よぉ。」
「それじゃ、その大量のバルサンで 高校生退治?」
「あはは、違うわよぉ。それがねえ・・・」

 美咲は巨大なゴキブリについて、簡単に説明した。

「ごめんねぇ。せっかく美味しいケーキ食べてるのに・・・。」
「うん、いいの。私、そういうの平気な方だから。でも、5センチとは強敵だわねえ。走るピータンて感じね。」
「もう、カオリンたらっ。」
 
 あのヌメリとした油で光ったような背中のあまりに的確な例えに、美咲はまた背中に悪寒が走った。

 二人はそのあと取り止めの無い話しで、お互いの住所や近況を教え会った後、美咲は香里がタクシーで都内に戻るのを見送った。思わず話し込んだため、外はすっかり日が落ちて、山の頂の方からは、きれいな満月が昇り始めていた。香里はその満月の光の中、久しぶりに再開した友人との楽しい時間を思い出しながら、帰宅の歩調を速めた。



 その夜、夫はいつも通り8時にチャイムを押した。美咲がやっと夕食の準備を終えたところだった。

 「うひゃー。こりゃすごいな。火事と間違われちゃわないか?」

 信夫は玄関の靴箱に積み上げられた十数個の燻煙剤を見て、思わず言った。

 「お帰りなさい。それくらいでいいのよ。あんな怪物だもの。普通の量じゃきっと死なないと思うの。ちゃんと目張りすれば煙は外には出ないから、火事だなんて思う人いないわよ。」
 「ふーん」

 分かったような分からないような顔で、信夫は食卓に着いた。



 翌日、信夫はまたも美咲の叫ぶ声で目が覚めた。

 「おいおい、今度はなんだよ。また出たのか?あのピータン。」

 美咲は香里会った時の話しを、夫にもしていたのだった。その時のピータンという表現があまりにリアルだったので、夫はそれ以来、あの巨大なゴキブリを、まるでペットのようにピータンと呼んでいたのだった。
信夫がダイニングキッチンに行くと、美咲は彼の胸に飛び込んできた。

 「おいおい、しっかりしろよ。どうしたんだ、いったい。」

 信夫は美咲の頭越しに、部屋を見渡した。そして、彼もまた、おもわず声を上げた。

 「ううっ・・・。いったい、何なんだ? これは・・・。」

 そう広くないダイニングテーブルの上で、ピータンと呼ばれた巨大なゴキブリがピクリともせず死んでいたのだった。それもただ死んでいたのではない。あお向けに倒れたゴキブリの腹はまるでライオンが餌の動物の内蔵を食い散らかしたように、内容物があふれ触覚も羽根もバラバラになって、テーブルの上に散乱していたのだった。


―――――――― 一ヶ月後 ―――――――――


 「ねえ、あのバルサン、どうしましょう」

 出勤前のあわただしい時間で、朝食を摂っていた信夫は、うんざりした顔で言った。

 「おい、飯食ってる時に、その話しは止めろよ。」
 「ごめんなさい・・・。」
 「近所にお分けするか、実家にでも送ったらどうだ?」
 「う・・・・ん」

 美咲はこれ以上、嫌な話題を避けようと思った。最近、庭に出没しては花壇や家庭菜園を荒らす、大きな黒猫の事も話して起きたかった。しかし、今、それを話題にしてもきっとまともに考えてはくれないだろう。夫が出勤したあと、片付け物を済ませると、美咲は洗濯物を干すために庭に下りた。

「あっ」

 美咲は思わず声をあげた。最近出没するようになった丸々と太った黒猫が、植木蜂を払い落としてその空いたスペースにゴロリと横になっていた。その目は冷たく、美咲の行動を観察しているように、彼女には思えた。彼女は庭ほうきを持って来ると、その猫に向かって殴る格好をしながら、恐る恐る近づいて行った。しかし、猫はそんな美咲をバカにするように、腹を上に向けてゴロゴロと喉をならした。

 「しっ  しっ  あっちへ行ってよ、もう。」

 飛びかかって来られたら怖いが、かと言ってそのままにしておくわけにも行かない。美咲は思いきって、ほうきの先で黒猫を突ついた。

フーッ フーッ シャーッ

猫は威嚇するような声を出すと、そのほうきの先端を咥え、すごい力で美咲から奪い取ると首を振って庭に放り投げ、悠々とした態度でゆっくりと塀の上に飛びあがり、最後にジロリと美咲を睨んでから、塀の向こうに消えて行った。



 その夜、美咲は夕飯が終り、コーヒーを飲みながら新聞を読んでくつろいでいる信夫に今日の出来事を話した。

 「なんだよ、今度は猫かよ。」

信夫は興味なさそうに答えた。

 「ただの猫じゃないのよ。ものすごく大きくて力が強いの。私、襲われるかと怖かったのよ。それもここ一月くらい、二日と空けずに庭にきては、花壇を踏み荒らしたり、壁で爪を研いだり、それはもうひどいのよ。干したばかりの洗濯物を、それも1メートルくらいある高さのを、飛びあがって引きずり落としたりするの。ねえ、なんとかならないかしら。」

 「黒猫ねえ・・・。ペットボトルに水を入れて、置いておくと、猫避けになるんじゃないのか?」
 「そんなこと、とっくに試したわよ。猫の忌避剤も買ってきて撒いたんですけど、全然効果が無いの。」
 「わかったよ。今度の日曜にもし現れたら、俺が捕まえて保健所に連れて行くよ。」

信夫は面倒くさそうにそう言うと、そのまま新聞に目を移した。



信夫の日曜日をはさんで四日間の出張が決まったのは、翌日だった。

「今度の日曜日は勘弁してくれ。来週の日曜には、きっと猫退治だぁ〜。」

信夫のおどけた姿を見て、美咲も思わず笑った。


 日曜日、朝から美咲は注意深く庭を観察していたが、結局その日は、黒猫は現れなかった。なにか拍子抜けした美咲は、先日偶然出会った幼なじみの親友、香里に電話でもしようと思った。一人きりで家にいても退屈なだけだった。美咲の電話に、香里は喜んでくれた。どうせ主人も居ないし、今夜は銀座にでも出て食事でもどう? と誘ったのは、美咲の方だった。



 銀座の、夜景が美しいレストランで、美咲と香里は夕飯を取っていた。食事も終り、コーヒーを飲みながら香里はバッグから煙草を取り出すと美味しそうに煙を吐いた。

 「あら、あなた煙草なんて吸ってたかしら?」
 「ううん。始めたのは2〜3年前からかな。男性社員がなんとなく威張りくさってるみたいで前から頭に来てたの。それで私も応戦してやろうと思って始めたら、これが病み付きでさ。あははは」

 香里は屈託の無い表情で笑った。その笑顔も、学生時代の頃とはすっかり見違えるほど、大人の女性に見えた。

 「あ、ねえねえ、そう言えばさ、例のピータンどうなった?」

 美咲は一瞬何のことかと思ったが

 「あ、あれね・・・・。」
 「どうしたの?やっつけたの?あの大量バルサン攻撃でさ。」

香里は冗談ぽく訊いた。
 美咲は、食後の話題には最悪だなあと思いながらも、気さくな香里の言い方に誘われて事情を細かく説明した。

 「・・・・・。」

 香里はしばらく黙っていたが、急に思い立ったように、美咲の主人である信夫の携帯電話の番号を聞いてきた。

 「そんなの訊いて、どうするの?」

すこしいぶかしく思ったが、別に断る理由も見つからないので、美咲は手帳に書きとめるとそのページを破って香里に渡した。

 「実はね、また困ったことになってるの。」
 「えっ? また出たの? ピータン。」

 香里は少し笑うと、一ヶ月くらい前から現れはじめた、巨大な黒猫の話しを、香里にした。

 「ふーん。黒猫ねえ。どこか近所で飼ってるんじゃない?」
 「それがね、そうでもないみたいなの。何気なく隣近所の人に聞いてみたんだけど、誰もそんな猫、見たことも無いって言うのよ。ねえ、不思議じゃない?」
 「そうねえ・・。」

 そこまで対策しても、やってくる所を見ると、その黒猫はもしかして以前美咲の家で飼われてたんじゃないかしら。ほら、美咲の家は中古住宅でしょ?以前の飼い主がそのまま捨てて行って、猫だけが残された・・・。ほら、よく言うじゃない。犬は人間に着くけど、猫は家に着くって。」

 なるほど、と美咲は思った。それなら充分考えられる話だ。香里は続けた。

 「それにさ、例のピータン、あれもその黒猫の仕業じゃないかしら。ずっとその家で飼っていた猫なら、床下とか天井とか、どこからか出入りできるかもしれないわよ。」

 美咲はぞっとした。私達がいない間に、あの黒猫が家の中を歩きまわっているかと思うと恐怖感を覚えた。



 帰宅したあと、美咲は念のため押し入れの天井やキッチンの床収納の底など、思いつく限りの、猫が出入りできそうな場所を探したが、それは見つからなかった。


 信夫が出張から帰った夜、美咲は香里から聞いた話を信夫にしてみた。

 「それは考えられるなあ。確かに猫は家になつくって言うからね。美咲がそんなに気になるなら、今度、ここを仲介してくれた不動産屋に行って、訊いてみようよ。」
 「うん。」

美咲は、黒猫の正体がもう分かったような気分になって、ほっとした。

 「ねえ、美咲。ちょっと庭へ来てご覧。」

美咲はなんだろうと、リビングのガラス扉を開けて、庭に立っている夫に言った」
 「また、いたの? 黒猫・・・。」
 「違うよ。ほら、見てごらん。あの満月、キレイだよ」

美咲は内心ホッとしながら、

「ねえ、お月見しない?ここで。」
「おっ、いいねえ。じゃ、ワインでも開けるか」

 二人は、庭に出るリビングのガラス戸を開けて座り、ワインを飲んだ。

 「なんだか、久しぶりにのんびりしたなぁ。」

信夫は上機嫌で、ワインと簡単なチーズのツマミを楽しんだ。美咲も気分がよかった。最近起こった気味の悪い事も、遠い昔の事のように感じた。満月は、ただ無表情で黄みを帯びた光で、二人を包んでいた。

                              続く

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