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異種多頭飼い@色んな動物が好きコミュの種間雑種説によるイヌの起源の説明が良く分からない件について

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この文章はもともと私の過去日記にマイミクのトト郎さんがレスをつけてくれたことから盛り上がったものです。そっちで続けるのも厳しいのでこの場にトピとして独立させました。
直接多頭飼いではないのですが、動物の種という単位を考えるのに面白い話だったのでシェアできたらいいな、と思った次第です。



で、以下の文章は私の日記の原文です。


犬の起源はオオカミだって言われているけど・・自分は動物にもとても興味があるのでふと疑問に思った話。

今泉氏の書いた野性犬イヌの百科によれば今のカイイヌは純粋な種では無いらしく、もともとの原種にハイイロオオカミやジャッカル、コヨーテと交雑した、だから色んな形質の犬種が存在するのだ、と読める記述があるんだけれども、これは私にとってとても不思議なことなのであります。

なぜか?

種の間に生じた雑種は一代限りで子孫を残せない、繁殖力が弱いというのが常識だと思っていたので。この見解は今どうなっているのだろうか?今泉氏は国立博物館等にも所属していた研究者で変なことは言う人ではないだろうと思っているんだけど・・・

例えばジャイアントパンダの影に隠れてしまったレオポンというヒョウとライオンの中間子がいたがこれも繁殖力が弱くて一代限り。
昔猛禽類の販売店で店員と似たような話をしたとき(ハヤブサはハイブリッドを作り出して楽しむという文化があるので)雑種にも子供ができることがあるようなことを言っていたが、実際には異種と日本では思われているシロハヤブサとセイカーハヤブサは英語の文献読んだら昔は別種扱いだったけど、今は同種として考えられてるとちゃんと載っていた。鷹狩やってる人は別に分類学にまで詳しいわけじゃないからね。

ハイイロオオカミ、ジャッカル、コヨーテの種の違いは上記のヒョウとライオンの違いくらいに違うはず。

それが遺伝的に交じり合って犬の形質に影響を与えている?????


誰か詳しい人居ませんかね?


私には現状では全く信じられません。

コメント(15)

で、日記の書き込みをコメント欄に記します。

以下トト郎さんの文章

>こんにちは トト郎です。
古い日記へのコメで申し訳ないです・・・
しかも別に詳しいわけでもなく・・


「野生犬の百科」既読のはずですが激しく忘れてますw
なので正確な記述はいま確認できませんが、それはたとえば現生種のハイイロオオカミ、ジャッカル、コヨーテとの・・・という記述でした?それとも、それらの先祖との・・・というニュアンスでしたか?

猛禽において、ジアとセイカーの種間雑種は確かに一代限りではないですが、ご指摘の通り現状では同種の可能性もあるという事です。
これは、形質、生態、地域で種を分類していた時代から遺伝子の相似を重視する時代になったという事だと思われます。
実際、その中間的な生き物が存在しない(と思われている)ときに種って確立されるんでしたよね?いる場合は、亜種扱いになるはず。つまりは、ジアとセイカーが、それほどまでに見た目違っていたということなんですよね。ただ、遺伝子調べたらほとんど一緒じゃん!と。

ペット業界に於いてヘビの交雑についてはかなりいい加減なことが分かってます。属間雑種でさえ普通に存在し(新大陸、旧大陸間の属間雑種ですら!)、あまつさえそれらの雑種間でも繁殖が行われます。その子供たちは親、つまり属間雑種の固体の形質を引き継ぎます。
私も大黒屋さんと同じく、種間雑種は繁殖力を持たないというのが常識でしたので、これにはびっくり。つまり、種であるかどうかと遺伝子的な内容には、大きな違いがある(こともある)と。

となると、犬もあながち・・・といったところなのでしょうか。
特に先祖との交雑となるとより「ゆるい」気もします。
大黒屋

>トト郎様

面白いコメントをありがとうございます。こういうマニアックな話題に投稿してくれるマイミクを得たことを凄く喜んでいますw

>現生種のハイイロオオカミ、ジャッカル、コヨーテとの・・・という記述でした?それとも、それらの先祖との・・・というニュアンスでしたか?

この部分について、本が手元にありますので調べてみますと、所々抜粋のつなぎ合わせですが、以下のように読めることになりました。

複数の亜属のどれか、又は複数の混血により生じたようである。カイイヌの原種は3種のオオカミのうちの一つ、あるいは2つということになる。カイイヌは多分ディンゴかそれに極めて近い既に絶滅した野生種から生じたものだと考えられるのである。だがカイイヌという種は野生動物のように純粋なものではないらしい。人間に伴われて分布を広げ、ハイイロオオカミ、ジャッカル、コヨーテといった競合首都混血した。野生犬類は一部のカイイヌと交配し、それらの遺伝質がカイイヌに浸透した気配がある。
要するにカイイヌはディンゴに似た原種にいくつかの野生犬の遺伝子が混じてできた雑種の用である。カイイヌが野生種と比較にならないほどの激しい変質を示すのはおそらくこのためであろう。


ということでした。ちなみに畑正憲さんも既に絶滅した野生種説を採用されていますね。オオカミ犬の観察など、行動上の特徴を持ってそのように論じていました。ちなみにオオカミの血が混じった犬は家に帰ってこなくなるという行動が広く観察されるそうです。

でウィキペディアを見ると、
>かつてはオオカミ説のほかに、オオカミとジャッカル(あるいはコヨーテ)が混じっているとする説や、イエイヌの祖先として(すでに絶滅したパリア犬や、オーストラリアに現生するディンゴのような)「野生犬」の存在を仮定する説などがあった。しかし、1990年代以降に急速に発展した分子系統学の知見によれば、ほぼ間違いなく、イヌはオオカミから分岐したものであるといえる。
地域によってはジャッカル(もしくはコヨーテ)との混血犬種を作る試みも行われていたとされ、共にイヌおよびオオカミとの間に、完全に繁殖力のある子供を作ることができることから、イヌの成立には両者の遺伝子もある程度は貢献しているとする意見もあるが、いずれにせよその関与はきわめて小さく、無視できる範囲内のものであると言ってよい。


ということのようです。

なので複数の雑種説とオオカミの亜種説、独立種説があるようですね。でも独立種説は最近劣勢のようですね。
ウィキの文章によるとオオカミ、コヨーテ、ジャッカルとの中間子も繁殖力があるように読めるのですが、私の読解力の未熟さ故でしょうかw
亜種説には頭骨の骨格が違うと言う決定的な違いをどう説明するのかという問題があるように思います。

どうなんでしょう?????

トト郎さんの爬虫類の属間雑種の話は初めて知って大変面白く読みました。大頭は飼ってますが、あまり爬虫類には興味がなかったので。

哺乳類のように進化した生物にもヘビのように属間雑種がありえるのかどうかと疑問に思いながらも、恒温動物ではない哺乳類や卵を産む哺乳類もいるのだから否定はできないと思ったりもします。

これは大変面白いテーマではないでしょうか。種の定義から中間子には繁殖力は無いという前提は今の生物学の常識ではどうなっているんでしょうね?個人的には撤廃しないといけないようだなと感じました。

もしこの文章で何か考えを刺激される所があったらお聞かせ下さい。このテーマについては私は嬉しい混乱に包まれながら調べ物に夢中になっていたりします。
トト郎さん

>大黒屋さん
とりあえず、イヌの件はおいといて、

まず、種の定義なるものがそもそも曖昧であったと、分子系統学は言っているわけですな。うん。

中間子に繁殖力がないからその中間子種は現存しない、つまり中間的な種が居なければそれぞれの種は独立すると考えられる。そして、それらの中間子種がいないのはそれらに繁殖力がないからだ、という帰納的観測がなされる。
でも、これって動物には節制がない、というのを前提に考えられていますよね?もし、何がしかの節制があるとしたら?つまり、種自らが種を保存すべきだという意思?を持っているとしたら?

例えばディスプレイ行動。極力、相手を間違えないようにしているのは、自ら種を独立させようとしているからでは?これは多様性の問題でもありますな。あまりにも似通った種が連続して存在し続けると都合が悪いこと・・・ウイルス?
極力、相手を間違えないように自然下でやってきた。もし間違えても、繁殖力を持たない、という保険をかけている「種もいる」と考えるのはあまりにも荒唐無稽でしょうか?

荒唐無稽ついでに、イヌの件、形質の多様さには、思うところがあります。こちらはまた次回。
大黒屋

>荒唐無稽どころかとても面白いお話だと思います。

『種』が種として独立した単位を保つには他の形態、習性を持っているものとの間で万が一発生した中間子が容易に交雑を繰り返すと種の独自性が失われる、主の独自性はその時点での環境によく適応したものであるから形態や習性が安易に変わると適応のバランスが崩れ、種、そのものの存在を脅かす、従って用意に中間子が発生することは主にとって望ましくない、故に遺伝子レベルで安全装置が組み込まれている。

こう考えました。所が自然が用意する『種』の独立を保つ安全装置は遺伝子だけではなく、生息地域が遠隔であることや求愛行動などカップリングの手続きが異なることなど、複数の手段を持っていておかしくないでしょう。特に遠隔地に生息していれば交雑しなくて済むわけですから遺伝子からロックする性質を省いて節約することができます。この遺伝子の節約は例えば猫は犬が体内で合成できるビタミンを合成できない、などのように、猫が容易に外界から手に入れられる栄養素をわざわざ体内で合成する性能を持つ必要がなかった、という例からもありえるのではないかと思いました。

そしてこれらの『種』の独立を保つための複数の安全装置は色んな種に対して全て備わっているもの、いくつかが備わっているもの、など違っていただろうことが推測されます。一番確実なのは遺伝子によるロックでしょう。ただトト郎さんがあげた爬虫類の例のように遺伝子レベルではロックされていなかった場合、人間の手が入ると安全装置の機能を破綻させてしまう場合があった。

こう考えるとすっきりするのではないかと思っています。なのでトト郎さんのご指摘、全く理に適っていると思います。
ついでに種の定義は遺伝子的には曖昧になる種も存在する、ということになるのでしょうか。この話は進化論にも関係が深いテーマですね。なかなか面白いです。
トト郎さん

>私が夜中に書いたイミフな乱文をものの見事に解読して頂いてありがとうございますw
大黒屋さん、翻訳もできるんですねっ!!www

そうそう、そういいたかったのですよ(ホンマカイナ!)

というのはさておき、どうします?こっちで続けます?
それともコミュでやりますか?

大黒屋はん、今度のネタもおもろいでっせ・・ww




現在日記でされた話はここまでです。
他にもご意見、ご感想のある方は遠慮なく書き込みをして頂いて結構ですよ。
リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」という本がありましたね。中々面白かったです。人を鬱にさせるような本でしたけれど。

個体の遺伝子の変化については、これも複数の要因がありそうに私は思いますが、これは思うだけなので大した根拠はありません。また、偶然環境に適応した変異を起こした遺伝子を持つ個体だけが形質や習性を変化させながら進化するという考えでは、いくら長い時間をかけてもこのような生物多様性を発揮するとは考えられないと主張する人たちもいます。つまり何らかの意志によって自らの子孫に伝える遺伝子を変化させているということですよね。これはこれでとても魅力的な意見です。ただ科学の話をするとどうなのでしょうね。個人的には好きですが。
というわけで個体の遺伝子の変化は確かにあるのでしょう。ただ原因については私は???ですね。

生物は他の生物の遺伝子を取り込み自己の形質に反映させる、の部分ですが、細胞のミトコンドリアはもともと独立した生命だったものを取り込んで自らの機関の一部にした、ということがあるようですが、ここでおっしゃってるのはそのことではないのでしょう。まあ、生物の進化における細胞から個体レベルを通じてフラクタルな現象が起きていたのかもしれませんが。

只、中間子を作ることで他の種の遺伝子を取り込むという単純な話ではないようですね。宜しければ続きをお聞かせ下さい。
生物が環境に適応するために起こる遺伝子の変異は突然変異によって偶然生じた個体がより環境に適したから、ではなく、種に積極的に環境に適応するために遺伝子を改変するなんらかの意思があるのだ、とする説を平行伝播説というのですかね。

>寄生宿主種が異なれば、同種間でも遺伝子の変異が認められる

この部分、確かに宿主の遺伝子を取り込んだと考えるほうが最もすっきりした説明かもしれませんね。面白いです。この話は初耳でした。
この場合、ヤドリギが複数の宿主に接触する前と接触した後の遺伝子の比較などの研究があれば是非どうなっているのか知りたいものです。

ただ私も古い常識に捕らわれている方なので「取り込んだ」という話をコノハムシに当てはめると、コノハムシが擬態するための植物の遺伝子をどこかで吸収しなくてはならないことになりますが、私としては視覚的な特徴を似せる別の遺伝子がコノハムシの種の中に発生し発展してきた、という方が理解し易いです。ここでも恐らく複数の要因が働いているのだろうとは思います。

ペットと飼い主、夫婦の類似については私は職業柄深い関係をもつ双方の当事者は相手から影響を受ける、ということで説明していますが、トト郎さんがどのような持論を展開されるのかとても楽しみです。

生き物のことなので、すでに何度も確認されていることですが、1つの現象を1つの理由からしか説明できないということは無いだろうということは1つの仮説が全てを説明できないからといってその仮説が棄却される訳ではないのではないか、ということですよね。
そんな中でヤドリギの遺伝子が宿主に似るのは宿主の遺伝子をヤドリギが感知し、それに似た遺伝子を体内に作り出すと考えると私には腑に落ちます。
ただ、それだけではコノハムシについてはさっぱりわかりません。ハナアブと蜂の関係も両者には直接の接触は無いのでしょうから、これも良く分からないです。ですので全ての擬態が水平移動での説明は困難なのでしょう。ですが、ヤドリギの場合は上記のように過程できるのではないかと思いました。

で、ペットと飼い主についてですが私の場合、これで説明できるのは形質ではなく、性格的な部分についてです。形質については生活習慣を共有することから来る影響を仮定できるほどです。余り参考にならずに申し訳ありません。
ロマン大いに結構じゃないですか。昆虫記で有名なファーブルは進化論に賛成していなかったようですが、おそらくその理由は生物多様性に見せられたかれだからこそ、それを進化という概念で単純に説明できてしまうかのような話は冒涜とも思えたのではないかと思いました。

犬と人間との共生関係は人類の発生にまで遡るというのは十分ありえる話だと思いますし、この辺りの時代にどのように共生関係を築いていったのかと言う推論について畑正憲さんの本で読んだことがありますが、なるほどそうだったろうなと思わせる内容でした。

今回のトト郎さんのコメントの中で最も大きく好奇心を刺激された部分はカリフォルニア大学の犬と狼のDNAの比較の部分です。
自分は遺伝子については全くの素人で不思議に思うことがしばしなのです。

日本狼ではないか?と思われる写真が九州でしたか、撮影されたことがありましたが、外見は良く似ているが頭蓋骨を見ないとなんともいえないという話でした。犬と狼の頭蓋骨が違うことはよく知られているところです。では体毛ではどうなのでしょう。つまり遺伝子のことですが、遺伝子では犬と狼の区別はつかないという話を聞いたことも在ります。しかし和犬と洋犬の遺伝子は区別できるのだから、犬と狼の遺伝子の区別がつかないという話も妙に聞こえます。
この辺の事情はどうなっているのでしょうね。果たして遺伝子で生物の期限はどこまで遡れるのでしょうか。遺伝子では固体の区別、種の区別、種の近縁関係を区別できていることはよく知られているのに犬と狼の遺伝子の違いがどうなるのか。区別できないんですかねえ。ウィキには遺伝子から犬は狼の家畜化されたものだと分かっている、というような指摘がして在りましたが・・・誰かに教えて欲しいものです。

やはり畑さんの本からですが、ロシアの学者がギンギツネをずっと同じグループないで交配させつづけたところ、犬のようなカラーバリエーションが発生してきたとの研究があることを教えてくれています。このようなことを考えると狭い範囲での交配はもともとその種に無かった形質の変化をもたらすこともあるようです。つまり遺伝的には内在されていたにもかかわらず発現していなかった遺伝子を呼覚ますこともあるようですね。

遺伝子についてはまだまだ分かっていないことも多いのでしょうから、議論は簡単ではないでしょうけれど、興味の尽きないところですね。
あの写真の件は今泉氏がニホンオオカミとしか思えない、という主旨の発言をしたらしいですが、結局は頭蓋骨がないと分からないということらしいです。
そして後日、あの写真が撮られた付近の山小屋だったかな?そこにあれは四国犬なんです、と飼い主めいた口調で張り紙が張られていたらしい、という非常に曖昧な情報ならば聞き及んでおります。

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