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ザ・ヨーガ・ライフ・ソサエティコミュの1977年 インド旅行記(カルカッタ編)

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今回は、私のヨーガの師、成瀬貴良氏が初めてインドに行った

1977年の半年間に渡るインド旅行記のカルカッタ編をご紹介いたします。

私自身カルカッタには行ったことはありませんが、

この30年前の文章はまるで小説の一部のような話でもあります。

現在は分かりませんが、これが現実だったようです。

とても興味深い旅日記です。

是非お読み下さい。




わたしの初めてのインド・12

ハリオーム! 成瀬です。
カルカッタはベナレスやブッダ・ガヤとは違った意味で刺激的な町でした。
カルカッタは現在ではコルカタと言いますが、わたしが最初にインドに行ったときはカルカッタと呼んでいましたので、この手記もカルカッタで統一したいと思います。


●カルカッタ
満員列車から開放され、カルカッタのハウラー駅に着いたのは朝でした。ハウラー駅はイギリス建築風の大きな駅です。カルカッタは、イギリス統治時代は首都だったということもあり、市内には駅舎のようなイギリス建築風の建物がいくつも残っています。
寝不足でまだ少しボーっとしている頭で、ツーリスト・オフィスに行ったのですが、朝早すぎたのかまだ開いていませんでした。
列車の中では飲まず食わず状態だったせいか、気が付くと急にお腹がすいてしまいました。近くの立ち食いスタンドのようなところでトーストとゆで卵を食べていると、物乞いの子どもが弱々しい声で「バクシーシ」と言って側によってきました。聞こえない振りをしてゆで卵を食べていたら黄身のかけらが下に落ちてしまいました。すると、その子が慌てて床に屈みこみ、その小さな黄身のかけらを一生懸命につまもうとします。しかし、黄身はボソボソしていて、みんな指先から落ちてしまいます。インドに来ていままで、物乞いには何もあげたことはないのですが、あまりにもひどいので、50パイサをあげました。というより、早くどこかに行って欲しかったというのが正直な気持ちでした。誰でも、お腹のすかせた子どもにじっと見ていられたのでは、ゆっくりと食事などできません。

最初、カルカッタでは「サルベーション・アーミー」、つまりキリスト教の救世軍の宿泊施設を利用するつもりでいました。ドミトリー(大部屋でベッド単位で借りる)ならばとても安いからです。しかも、ここは貧乏旅行者が集まる場としても有名で、こういうところでは旅行者たちが情報交換をすることができます。
しかし、ガヤからの満員の夜行列車で疲れきってしまったので、予定を変更して少し良いホテルに泊まることにしました。「フェアローン・ホテル」という博物館の近くにある西洋風の小ぢんまりとしたホテルです。たしか、女主人は西洋人だったと思います。インドでは珍しく三食付で一泊100ルピーと、わたしにとってはちょっと高めでしたが、とても雰囲気のあるホテルでした。
しかも、このホテルの食事はとても美味しく、西洋人も大勢利用するせいか、夕食にはステーキを選ぶことも出来たと記憶しています。小さな庭にはテーブルが出ていて、庭先で食事を摂ることも出来るのです。
三食付というのは便利なようですが、旅行の形態によっては不便な場合もあります。三食付いていても、昼間は観光に出ているので昼食は外で食べることになり、結局は朝食と夕食しか食べませんでした。そうかと言って、昼食代を返してくれるはずもありません。


●カルカッタのリキシャ
今まで、デリーやベナレスで乗ったリキシャは、自転車で引っ張る「サイクル・リキシャ」やエンジンの付いた「オート・リキシャ」でしたが、カルカッタのリキシャは日本の「人力車」と同じ、人が歩いたり駆け出したりして引っ張るのです。
インドのリキシャは、明治時代に当時の日本の交通手段であった人力車がインドに伝わったと聞いています。日本では、観光地以外はとっくの昔になくなってしまった乗り物が、インドには残っていたのです。ただ、今日ではカルカッタ市内の交通渋滞の原因になるとかで、リキシャの走れる範囲が限られているといいます。
日本から伝わったリキシャではありますが、どうもその性能や作りには開きがあるように見えます。インドのリキシャは、日本の人力車のように軽快そうには見えず、頑丈な作りになっていて相当重量もありそうです。その重たそうなリキシャにわたしのような重い荷物を持ったお客が乗るのですから、それを引くリキシャ・ワーラー(リキシャを引くおじさん)は重労働だと思います。重労働を課してしまうのはわたしのような荷物を持った旅行者だけではありません。インドの人たちもリキシャのあの狭い座席に、三人も四人も乗れるだけ乗っています。ときにはそれを年老いて痩せたおじいさんが引っ張るのですから、見ていてかわいそうになることがあります。
それでなくても、スモッグやら排気ガスで空気が汚いカルカッタ市内を歩くのですから、きっとリキシャ・ワーラーたちは長生きなんかできないのではないでしょうか。

カルカッタのあるリキシャ・ワーラー一家の話が、ドミニク・ラピエールの大ベストセラー『歓喜の街 カルカッタ』(長谷泰訳・河出文庫)の中に詳しく書かれています。カルカッタのスラム街での生活や人間模様がくわしく描かれている、とても面白い本です。興味のある方はぜひお読みになってください。


●カルカッタ
カルカッタに住んでいる人に叱られてしまいそうですが、カルカッタは「宇宙一、汚いところ」という話を何かの本で読んだことがあります。
宇宙で一番かどうかは別にしても、実際のカルカッタは噂どおりとても汚く、裏道などを歩いているとそれだけで喉が痛くなってしまいます。どこの街角もちょっとしたゴミの山になっていて、そのゴミの山の中を裸足の子どもたちが何かを探したり拾い集めたりしています。きっと、少しでもお金になるようなものを見つけているのでしょう。
オールド・デリーやベナレスも騒然とした町でしたが、カルカッタのそれはまた少し違っていました。

あまりの汚さに観光に行く気も失せ、近くの博物館に行くことにしたのですが、それが大当たりでした。とても大きな博物館で、入場料は30パイサ。10円です。ここにはインド紙幣の肖像にもなった、あの有名な「アショーカ王の石柱」があります。大きな博物館には膨大な数の展示物が飾られ、古い仏像もたくさん展示してあります。ボンベイの「プリンス・オブ・ウェールズ博物館」やデリーの「国立博物館」よりも大規模で、とても面白い博物館でした。ゆっくりと観て回ったら、おそらくそれだけで数日間必要となるでしょう。

インドでは、歩いているだけですぐに喉が乾いてしまいます。町で飲んだパイン・ジュースがとても美味しかったのを覚えています。ボンベイで飲んだサトウキビ・ジュースに匹敵する美味しさでした。インドにはどこの町でも屋台のジュース屋さんがあります。ちょっと衛生的にどうかと思うお店もあり、今はインドに行ってもほとんど飲まなくなってしまいましたが、まだペット・ボトルの水を売っていなかった当時は平気でジュースを飲んでいました。

夕方、ビールが飲みたくなり酒屋に行ったのですが、閉まっていたのでリキシャでお酒を売っているところに連れて行ってもらうことに。リキシャのおじさんは狭くて暗い道をドンドン進み、やがてある民家の前で止まると外階段を上がって行きました。どう見ても酒屋なんかありそうに見えません。汚い普通の民家です。
すると、二階の部屋から男の人が出てきて、最初にリキシャのおじさんから聞いていた値段とは違う、べらぼうに高い値段を言ってきました。わたしは腹が立ったので、そのままその家を出て来てしまいました。腹が立ったのも事実ですが、ほんとうは怪しげな家で怪しげな男からビールを買うことが恐くなったのです。
あの家は一体何だったのか、未だに分かりません。単に、リキシャのおじさんの知り合いの家だったのでしょうか。
結局、「オベロイ・グランド・ホテル」という高級ホテルのバーでビールを飲むことにしました。ビール二本にナッツ類のようなものが付いて25ルピーでした。最初からここに来ればよかったのに、酒屋で買えば少しでも安上がりだと思ったのが裏目に出てしまいました。

わたしがカルカッタで泊まった「フェアローン・ホテル」は決して安宿ではないのですが、それでもホテルを一歩出ると、リキシャのおじさんや怪しげな男が、「ハッシッシ」とか「ジキジギ」と小さい声で言い寄ってきます。ジキジギという言葉が何語なのか、どういう意味なのか今も分からないのですが、「ジギジギ、スクール・ガール、チャイニーズ」と言っていたところをみると、そういう仕事をする女性のことのようです。つまり、リキシャのおじさんはわたしに「兄さん、女はどうだい」と聞いてきたのです。あからさまにこういう類の声を掛けられたのは、このインド旅行ではカルカッタだけでした。

後に前田先生にお聞きしたところ、やはりカルカッタは気持ちが荒んだ人が多く、インドでも特別にひどいところということでした。たしかに、町はゴミの山、物乞いも多く、空はスモッグや排気ガスでどんよりしています。前田先生がおっしゃるには、カルカッタで胸の病気を患ったら治らないということでした。

話は変わりますが、お恥ずかしいことに当時のわたしはマザー・テレサという人のことをまったく知りませんでした。ずっと後になって、マザー・テレサがあの地獄のようなカルカッタで、あのような活動をされているのを知って、驚いたと同時にたいへん感動を受けました。カルカッタのあのような環境の中で、街角に置き去りにされた病人や老人、あるいは捨てられた人たちに対してどうしてあんなに優しくなれるのでしょうか。ほんとうに聖女としか言いようがありません。
マザー・テレサと比べること自体失礼な話かもしれませんが、わたしなんかカルカッタと耳にするだけで嫌な思い出と文句しかないのに…。


●カルカッタでの出来事




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是非ご利用下さい。

http://yoga.kayac.com/




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