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ザ・ヨーガ・ライフ・ソサエティコミュのわたしの初めてのインド・8

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わたしの初めてのインド・8

ハリオーム! 成瀬です。
今回はデリーからベナレス(ヴァーラーナスィー、バナーラス)に行ったときに、さまざま体験したことの話です。ベナレスはいろいろな意味でとても刺激的な町でした。


●デリーにて
11月9日(水)。昨日のアーグラー観光の疲れが多少残っていたのか、少し寝坊してしまいました。例によって部屋にシーツを敷き、一時間ほどアーサナ。
朝食はYMCAの中にあるレストランへ。白人が多いせいか、メニューはインドのものではなく洋食がメインです。ほんとうはチャイが飲みたかったのですが、トーストとコーヒーを注文しました。考えてみれば、インドに来て初めてのコーヒーかも知れません。
ここで偶然、一緒にインドに来た仲間の一人に会いました。彼は仲間たちと一緒にラジネーシのアーシュラムに行ったと記憶していたのですが、今はみんなと別れて独りでインドを歩いていると言っていました。

午前中に、国内線の「インディアン・エアラインズ」のオフィスに行き、明日(10日)のベナレス行きのチケットを買いました。今はどうなっているか分かりませんが、当時は外国人が国内線のチケットを買うときは米ドルで支払わなくてはなりませんでした。28ドル、当時のレートだと7000円強。インドの旅は始まったばかり、ちょっと痛い出費です。
午後は博物館に。入場料はたったの25パイサ、日本円で10円もしません。館内にはヴェーダ時代の神々の石像がたくさん飾られていましたが、どうもわたしにはボンベイで観た「プリンス・オブ・ウェールズ博物館」のほうがずっと面白く感じました。確か、カメラは入口で預けなくてはならなかったと記憶しています。

博物館を出て、オールド・デリーのチャンドニー・チョーク通りへ。チャンドニー・チョークに関してはすでにお話しましたが、とてもインド的で面白いところです。広い通りには、車と荷車と屋台とお店、それにも増して人、人、人でごった返して、まともに前に進めないくらいです。
ここには「ラール・キラー」というムガル帝国の王様のお城があり、そのお城に向って真っ直ぐに伸びている広い道がチャンドニー・チョークなのです。
広いチャンドニー・チョークの両側には実にさまざまなお店が並んでいますが、これらは外国人用のお土産店というよりも、インドの人たちの日常品を売っているお店です。ちなみに、その後インドに行くたびに、わたしはここでショールやお香や神様の絵などのお土産を買っていました。
この通りにはヒンドゥー教の寺院・マンディルはもちろん、イスラーム教のお祈りの場・モスク、シク教の寺院・ドヴァーラーなどがありますが、それぞれの信者たちの間での争いのようなものはまったく見られませんでした。

シク教の寺院の入口には鉄砲を持ったガード兵(?)が立っていて、最初はちょっと驚きましたが、寺院の中には誰でも入ることができます。靴やサンダルを脱いだら下足番に預け、水で足を洗ってから中に入ります。宗教上の戒律なのでしょうか、中に入るときは必ずハンカチやタオルで髪を隠さなくてはなりません。
楽器を使って神やグルを讃える宗教歌を歌うのが、シク教の特徴の一つです。このチャンドニー・チョークにある寺院でもキールタンが行なわれていました。ただ、そのときはまだわたし自身、キールタンという名前もハーモニュームという楽器もまったく知りませんでしたが…。
シク教の寺院など珍しいので、ぜひオールド・デリーに行ったら訪れてみてください。シク教の男の人は必ずきれいな色のターバンを被り、戒律上髭も剃りません。ヒンドゥー教と比べると肉を食べる人が多いのか体格もよく、またインド社会の中でも割合と経済的に裕福な人が多いようです。シク教の聖地が北インドの「アムリト・サル(アムリツァール)」にあるせいでしょぅか、南インドではシク教徒の人をほとんど見かけませんでした。

夕食は、ニューデリーに戻り、「ジャンパト・ホテル」の中の中華レストランに入りました。
今は超高級ホテルなどに行くと日本食レストランがあるようですが、昔のインドにはほとんど日本食レストランはありませんでした。長い旅行で、どうしてもスパイス料理に飽きて日本食が恋しくなると、よく中華料理店を探しました。インドの各地に華僑がいるからでしょうか、少し大きな町には必ずと言って良いほど、中華料理店があります。日本食そのものではありませんが、焼きそばやチャーハンなど、比較的日本食に近い味が楽しめるからです。
「チョウメン」というのが焼きそばで、チャーハンは「フライド・ライス」といいます。お腹がすいていたわたしは「エッグ・チョウメン」と「ヴェジタブル・フライド・ライス」とサラダを頼みました。要するに卵が入った焼きそばと野菜のチャーハンとサラダです。味はともかく、その量の多さには驚かされました。前田先生や「アーナンダ・ニケータン」を思い出し、残してはもったいないとがんばったのですが、どうしても食べ切れませんでした。
「ジャンパト・ホテル」からYMCAまでは歩いて帰れる距離です。明日はいよいよベナレスですが、夜、少し喉が痛みました。埃だらけの町を歩いたツケが回ってきたのでしょうか、あるいは少しばかりインドに慣れて気のゆるみが出たのでしょうか。

一枚の便箋を使ってヨーガ仲間数人に宛て、手紙を書きました。インドに来る前に、わたしがヨーガを教えていた「現代の寺子屋塾・市ヶ谷校」の生徒たちです。生徒とはいえ、当時20代半ばのわたしにとっては、みんな年齢はわたしよりも上の方たちです。わたしが居ない間は、古い生徒が代講してくれているはずです。きっと、みんな心配してくれていると思います。生徒の中には、わたしがインドに行くと聞いて、いろいろと薬を持たせてくれた看護婦さんもいます。

●デリーからベナレスへ



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