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アイドルマスターコミュのアイマスSS(しゃんしゃんぷりぷりなショートストーリー)ですよ、SS!

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君、そう君だよ君! 我らがアイドルのSSを書いてくれる新人敏腕ライターくんだね? いやいや隠さんでもいい、その顔でティン☆ときた。
パロディでもオリジナルでもいい、長めのネタはどんどんこちらに書き込んでくれたまえ。
あ、どこに行くんだね? 我が社は君のSSを待っているぞ〜!

コメント(40)

《雪歩「いま、お見舞いにゆきます」》



小鳥「真ちゃーん…は風邪でお休みかぁ、珍しいわ。
うーん、来週の予定を伝えなきゃならないんだけど…」

雪歩「(ガタッ)
だったら私が! 私がおうちに行ってきます!」

小鳥「別に大丈夫よ、とりあえずメールで…」

雪歩「いいえ、私が行ってきます! お見舞いしたいし、そっそれに看病も…」

小鳥「じゃあお願いしようかな。このスケジュール表を渡してあげてね。あとくれぐれもお大事にって」

春香「お見舞い? だったら私も一緒に行くよ」

雪歩「いいよ、春香ちゃん最近忙しいでしょ?お仕事あるんじゃない?」

春香「大丈夫だよ、今日は予定ないし」

雪歩「でもいいよ、風邪もらってもいけないし。売れっ子なんだから体に気をつけなきゃ。ね?」

春香「だーいじょうぶ、最近すっごく体調いいから!少しぐらいじゃ風邪なんかひかないよ」

雪歩「春香ちゃん?(ニコッ)」

春香「あ、そうそう昨日焼いたクッキー残ってるからこれも――」

雪歩「春香ちゃん?(ニコニコ)
あのね――


春 香 は 黙っ て て (ギラァン)」

春香「ひ、ひイッ! そ…そういえば私、宿題がいっぱいあるんだったな〜今日は行けそうにないやぁ、アハ、アハハ…」

雪歩「そうなんだぁ、残念…」
春香「じゃ、じゃあこのクッキー持っていっ――」

雪歩「…ん?(ニコォ…)」

春香「や、やっぱりいいや、きっ気をつけてね〜?」

雪歩「うん! じゃあ音無さん、行ってきますね」(外へ出ていく)

春香「(ヘタァ)…違う…あんなの雪歩じゃ、いつもの雪歩じゃない…!
人ひとりぐらい殺(バラ)して埋めてる目ですよ、埋めてる目!」

小鳥「つまり雪×真か…悪くない組み合わせね(ピヨッ)」
春香「(この人もいつもの小鳥さんじゃない…)」
(1の続き)

雪歩「さて、邪魔者が消えたところで…
お見舞いに果物を買って、ヨーグルトとゼリーと、お茶…は金柑湯にしようかな? これだけ買って…と。
準備万端! 待ってて真ちゃん、今お見舞いに行くね!

そういえば真ちゃんちに行くの初めてだぁ…ドキドキするなぁ…
真ちゃんビックリするかな?
『雪歩…何でここに!?』『えへへ…来ちゃった☆』みたいな。
『何で来たんだよ! ボクの、ボクなんかのために雪歩まで危険(※ただの風邪)に…!』『バカ…真ちゃんのバカ! そんなこといい、それでもいい! 真ちゃんの、そばにいたいの…』『雪歩…(トクン)』みたいな?

くふぅ…来ましたぁ、来ちゃいましたぁ私の時代!


…って言ってる間に着きました、表札も「KIKUCHI」で間違いありません!

よーし…(スウゥ) まこーとちゃー……」

番犬「…………(ヌッ)」

雪歩「ひっ…いいいいい犬うううぅぅ!!?
(ズザザザザァ)」


(続く)
(2の続き)

雪歩(逃げ出した&本能的に掘った穴に隠れて)
「そそそそんなぁ…真ちゃんち、犬飼ってるなんて聞いてないよ…しかもおっきいし、土佐闘犬か何かかなぁ…(ガクガクブルブル)

真ちゃんにどかしてもらえないかな…真ちゃん、真ちゃーん? ごめん下さい、どなたかー…

眠ってるのかな真ちゃん、おうちの人もいないみたい…そう、おうちの人…も…?」


――(妄想中)
『おうちの人の代わりに私が看病するね?』
『ゲホゴホ…うん、ありがとう雪歩』
『すごい熱…汗もこんなにかいて。すぐ着替えなきゃ体冷えちゃうよ』
『うん…ごめん、体だるくてうまく起きられないや…雪歩が、着替えさせてよ』
――



雪歩「こ、これは…(キラァン)
待ってて真ちゃん! スグに、スグに行くからねっ(ハァハァ)!
とはいっても、あんな番犬どうしたら……あっ、そうだ! プロデューサーさんが言ってました!」

――(回想中)
P『何、雪歩? 犬が怖いって?
逆に考えるんだ、犬も雪歩を怖がってる、って考えるんだ。
番犬なんてのも臆病なもんでな、他人に怯えて吠えてるだけなんだよ。
だから吠えられても大丈夫、まずそれ以上近寄ってきたりはしないからな』――


雪歩「プロデューサー…ありがとうございます!
私、頑張って行ってみます! …それっ!」

番犬「…………(ダダダダダ、ドカッ)」

雪歩「ひィィィィ!!? む、無言でダッシュして体当たりしてきましたぁぁぁ!?

痛た…そうだよね、こんなひんそーでひんにゅーでちんちくりんな私なんか怖くないよね…うふ、うふふふふ…
届けものだけポストに入れて帰ろうかな…でも看病してあげないと、真ちゃん大変だろうな…」


――
『ほら、着替えようね真ちゃん。わぁ、いっぱい汗かいて…下着までこんなに、ぐっしょり…(※汗で)』
『やっ、し、下着はいいから』
『だめだよ、ちゃんときがえなきゃ。ほら…』
『あッ、や、だめ、あッ…』――



雪歩「…(ゴクリ)
スケジュールを手渡すって約束したから…あくまで約束したから、後には引けません!!」


(続く)
(3の続き)

雪歩「そうだ! 確か響ちゃんがいぬ美ちゃんと遊んでたとき…ボールを投げて取りに行かせてたっけ!
だったらスケジュール表だけ取り出して、それを入れてた封筒をこうして――紙飛行機に! これを…えいっ!」

番犬「…………(ジーッ)……(ダダッ)」

雪歩「よし、今のうちに――」

(と言ってるうちに雪歩の方へ風向きが)
番犬「……! (ダダダダッ)」

雪歩「あれ、こっちに…いやぁぁぁ!!?

「ハァハァ…危なかったあ…。
ああ、お見舞いに持ってきたゼリーがぐちゃぐちゃに…

ハッ…そうか、食べ物! プロデューサーさんと確か前に…」


――P『犬が怖いなら逆に、手なずけちゃうのはどうだ? 食べ物があれば犬なんてすぐなつくだろ。
よし、あっちに響が連れてきたいぬ美がいるな? このクッキーで…いぬ美! いぬ美、こっちこ―い! ほらクッキーあるぞ、来いいぬ美! いぬ美―! いぬ美! い―ぬ―美! いぬ美ー! いぬ美、いぬ美ぃーー!

…こ、これはあれだな、他人から餌をもらわないように響のしつけが――』

やよい『いぬ美さんもクッキーたべますか―?はいっ』
いぬ美『バウワウ!(モグモグ)』

P『………』
雪歩『………』P『…これは、だな…その』
雪歩『いえ、あの…なんていうか、すみません…』――



雪歩「…っていうことが!
犬が食べそうなものは持ってないから…コンビニで何か買えば!」

「うふふ…待っててね真ちゃん、もうすぐだよ!さて、お金お金っと――」


――残金:24円


雪歩「」
雪歩「」
雪歩「……か…」
(フラァ)

雪歩「…神、よ……」
(ドサァ)


(続く)
(4の続き)

雪歩「うう…ここまで、なのかなぁ…。ごめん真ちゃん…。」

「…でも、そうだ…プロデューサーが前に言ってました…!」



――P『ところでな雪歩。第一次大戦の頃、兵士が使う最強の武器って何か知ってるか?
それはな…シャベルだ。そう、お前が手に持ってる、穴掘りに使うそれだよ。
弾除けに塹壕を掘ったり、塹壕に乗り込んできた敵を殴り倒したり突き刺したり…重要な武器だったんだ。


だから、だからな?
お前が手に持ってるそれを下ろせ! ちょっやめっ危っ振り回すな!
セクハラは俺が悪かった、ホント悪かったから! だからやめて、やめ、おまっやめっ――
――あべし!!?』――



雪歩「私には、私にはまだこのシャベルがある! 私はまだ…戦える!

見ていて下さい天国のプロデューサー…あの番犬と私の想いと、どちらが強いか…
勝・負ッ! ぃぃぃやあああぁぁぁ!!!」



真「ゲホゲホ、うー…お隣さん、何だか騒がしいですけど…って雪歩?」

雪歩「ま、真ちゃん!? な、なんで隣のおうちに…」

真「あー、うちよく間違われるんだよね、お隣の菊『池』さんと。
雪歩もそれで…って後ろ!」

雪歩「え…」
番犬「………(ババッ)」

雪歩「い、いやああぁぁぁぁぁ〜!!!」



――萩原雪歩・リタイア(全治2週間)――




おしまい
(元ネタ・漫画『DOING』より)
(トピを立てさせてもらった者より)

このトピは勢いで立てた。後悔はしているが反省はしていない。
短めなのでもいいんでネタのある方は書き込んでいただければ。

…あと雪歩ファンには悪いことしたなぁと反省していたり。

プルル!プルル! プルル!プルル!

春香「電話だ。」
(ガサゴソ)

春香「非通知?誰からだろう?」
(ピッ


春香「もしもし?天海春香です。」

???「スネーク、気を付けろ!!」
「そこにはクレイモア地雷がセットされている。」
「地雷探知機を使え!」

春香「へっ!?じっ!地雷!?
「どっ!どちら様ですか!?」

???「ディープ・スロートとでも名乗っておこう。」

春香「ディって!・・・えっ!?」
「・・・もしもし、お掛け間違えじゃないですか?」

???「そんな事はどうでもいい。」

春香「え〜と、あの〜?電話番号合ってますか?」

???「いいか、お前の前方に
M1戦車が待ち伏せしている。」

春香「もしもし!?あなた誰なんですか?」

???「ファンの一人だよ。」
ツー ツー


春香「・・・今の誰だったんだろ??」
「あ〜!もうこんな時間!
収録に遅れちゃう!!って、うわぁ!!!」
ドテーン!!!



春香「イテテまたこけちゃった。」

春香「何か硬いものにつまづいたような? 」
初めてアイマスSSを書こうとしてます。
日記に流れを書いたのでアドバイスをください。
最終的には完成しだいネットに…的な
※江戸川乱歩作品のストーリーをアイマスキャラで再構成してみました。
 
 『アイドルマスター江戸川乱歩 萩原雪歩「人間椅子」』
 原作:江戸川乱歩『人間椅子』



 濡れそぼったスラックスの裾を拭きながら、僕は自分の職業について自問していた。新米教師かなんかだっけ? いや、アイドルのプロデューサーだったはずだ。なら何で事務所の入口、足元に紐なんか張られてるんだ。ご丁寧に水の入ったバケツまで置かれて。盛大にバケツをひっくり返した僕を見て、ハイタッチし合って笑ったものだ、双海姉妹は。
 『ホントにこういうの引っかかる人いるんだー、カンドーしちゃった!』とか『ゴメンね、にーちゃん。一回こーいうマンガみたいのやってみたかったんだよ〜』なんて笑ってたけれど。嫌われてはいないと思いたい。二人とも――彼女らは双子だ、時々わざと髪型まで揃えてくるので、未だにどっちがどっちか自信がない――ついこの間まで小学生だったのだし、新米教師もプロデューサーも同じに見えるのだろう。大体、新米なのは間違いじゃない。
 このプロダクションに入って一ヶ月半。こういうのも、親密になれてきたってことなのだろう。脱いだ靴下を絞りながら、そう考えることにした。
ぺちぺちと間抜けな足音を立て、誰もいない事務所を裸足で歩く。窓の外はすっかり暗くなっている。他のスタッフはすでに帰っていたし、双海姉妹もすぐに帰らせた。先輩プロデューサーみたいにガツンと叱ってやるべきなのかも知れないが、それよりは早く帰って欲しかった。アイドルである以前に彼女らは子供だし、女の子なのだから。
給湯室から雑巾を取り、床を拭く。水は入口近くから広くこぼれ、僕の机の方まで迫っていた。
「まったくあいつら……ん?」
机の下、奥の方の床に見慣れないノートが落ちていた。幸い水はそこまで迫らず、ノートに被害はないようだ。手を拭って拾い上げる。
 セピア色の表紙をした小さなノート。手帳という程小さくはない、あえて言うなら日記帳といったサイズか。表紙には使い込まれた折り目がついていたが、名前などは書かれていない。
 僕のデスクの周りには他のプロデューサーやスタッフの机が並んでいる。彼女らが落としたのかとも思ったが、それにしても僕の机の方に落ちているのはおかしい。


(アイマス乱歩・『人間椅子』〈2〉)



「う〜ん……」
 しばし腕組みした後、中を見てみることにした。放っておく手もあるが、また関係ない人に見つけられてもややこしいだけだろう。誰のものか分かれば机にでも置いておけばいい。そう、だから仮に、先輩プロデューサーの仕事の秘密がびっしり書かれていたとしても。美人な事務員さんのプライベートがばっちり書かれてあったとしても。仕方ない。もちろんそうだ、他にしようがないんだからな、これは。
 そう考えることにして、とにかく拭き掃除を済ませる。ほんのわずか、下品に頬が緩むのを感じながら表紙を開く。
 が、一行目を見ると同時に僕の表情は消えた。それは「プロデューサー、」という、呼びかけの言葉から始まっているのだった。
 この事務所でプロデューサーとか、プロデューサーさん、と言われればまず僕だ。先輩プロデューサーは名前で呼ばれている。するとこれは落し物でなく、いわば手紙なのだろうか? 僕が拾うように仕向けた、僕への。誰からの? 
 もう一度表紙を見、名前がないか確認する。中をめくってみるとそれなりのページ数に、丁寧な字がびっしりと書き込まれていた。誰のメッセージにしても、プロデューサーとしてはしっかり受け止めるしかないが。少し長くなりそうだ。
 給湯室でコーヒーを淹れ、窓際の応接セットへ運ぶ。裸足のままアームチェアに深く腰を沈めた。
ふかふかとした揺れが収まるのを待って、息を一つ。そうして、再び表紙をめくる。


 プロデューサー、突然こんなぶしつけな手紙を差し上げることを、どうか許して下さい。
 こんなことを言えばプロデューサーはきっとびっくりされるでしょうけれど。私は今、あなたの前に、私の犯してきました罪を、告白しようとしています。
 私はプロデューサーと出会ってから、とてもアイドルとは呼ぶことのできないみじめな生活を続けてきました。それは同時に罪深い生活で――
 こんな私はきっと、穴を掘って埋まっていればいいのでしょうけれど。誰にも見とがめられないように、誰も足を踏み入れることのない山の奥ででも、永遠に。
けれど、とにかく。私は私の身の上を、懺悔せずにはいられなくなってしまったのです。こう言っただけでは不審に思うばかりでしょうけれど、どうかこの手紙を最後までお読み下さい。そうすれば、なぜ私がこんな気持ちになったのか、なぜこの告白をプロデューサーに聞いていただかなければならなかったのか、きっとお分かりになると思います。
さて、何から書き始めたらいいでしょう。あまりに普通でないこと、私のようなみじめな者でもなければ思いもしないことですので、書き出すのも恥ずかしく、あの暗闇に自分を埋めてしまいたい気持ちになってしまうのですが……とにかく、書いていこうと思います。
(アイマス乱歩・人間椅子〈3〉)




 私というのは本当にどこにでもいる、いいえ他の子たちに比べれば、あまりに貧相でちんちくりんな女の子です。そんな私でも、いえ、そんな私だというのに、胸の中では人知れず、世にも激しい想いを燃やしていたのです。ちんちくりんな現実の私を忘れて、身の程を知らない甘美な夢に憧れていたのです。
 貧相で臆病で、引っ込み思案で損ばかりしている、ちんくしゃな日陰者。そんな私を変えてみたいと、テレビ画面の向こうで輝くステージに立つ、アイドルになってみたいと。
 プロデューサーはお笑いになるでしょうか? お前はもう、この事務所に所属するアイドルじゃないか、と。それともお怒りになるでしょうか。お前のような駆け出しが、いつ輝くステージになど立ったのか、と。きっと後者でしょうね。
 なけなしの勇気を振り絞って、それこそ奈落に飛び込むような気持ちで、このプロダクションに入ったはいいけれど。大きな仕事を任される訳もない新米アイドル、どころか、回ってきた小さな仕事さえ満足にこなせない――滑稽ですよね、男の人が苦手なアイドルなんて。
 こんな私でもステージ衣装を着るときは人並みに、何とも言えない得意な気持ちを感じるのです。そして想うのです、今は地方のイベントで小さなステージにほんの少し立つだけだけれど。いつかは大きな会場、いえ、ドーム球場なんかを借り切って、スポットライトを浴びられるのではないか、と。
 私の儚い妄想は、なおとめどなく増長していきます。ドームを埋める人、人、人。親しげな熱意を込めて振られる、ほのかに輝くサイリウム。私を呼ぶファンの声。そして私の声に、私の歌に私のダンスに、沸き上がる歓声。
 ところがいつの場合にも、このふわふわとした夢はたちまちに打ち破られます。小さな会場、ファンというわけでもない来合わせただけの観客。いえ、もちろんこうしたことは当然です、有名でもなんでもない駆け出しですから。けれどそう、私の夢を儚く壊すのは、いつだって私自身でした。
 小さな会場、必然的に目の前にいるお客さんたち。男の人が大勢そこにいるだけで歌声が震えるアイドルなんて、喋れなくなってしまうアイドルなんて。ほんのわずかいる熱心なファンと接するときに、握手もできないアイドルなんて。
 他のアイドルの子たちも、社長も、こんな私を温かく励ましてくれます。でも私は、私自身が本当にみじめで。次第に、事務所の中でも居心地が良いとは、感じられなくなっていきました。……今は幸い、一人だけ仲の良い子がいてくれますけれど。その頃はまだ、深く知り合ってはいませんでした。
 とにかく。その時は「こんなみじめな毎日を送るくらいなら。いっそ、穴にでも埋まっていればいいのだろうけれど。誰にも見とがめられないように、誰も足を踏み入れることのない山の奥ででも、永遠に」そう、思っていました。
(アイマス乱歩・人間椅子〈4〉)




 そうしたある日のことです。私は仕事を終え、一人で事務所に戻ってきました。中には誰もおらず、荷物を取ってすぐ出ようとしたのですが。外から、聞き慣れない足音が階段を上ってくるのが聞こえたのです。革靴の音、重い響きからして女性ではない、男の人の足音が。
 出口のドアノブに手をかけていた私は思わず後ずさりました。誰が来たのだろう、そう考えるより先に辺りを見回していました。どこにいればいいのか、いえ、どこに隠れたらいいのかと。
 足音を立てないように小さく走り、荷物を手早く机の陰に置き。ドアに鍵をすればよかったと思って戻りかけ、外からの足音が迫っているのに気づいて足を止めて。そこでようやく思い出しました、もうすぐこの事務所に新しいプロデューサーが入るのだということ。その方は男の人だということ。
 私たち所属アイドルが顔を合わせる日はまだ後のはずでした。なので、きっと社長への挨拶か面談の予定でもあったのだろう、とは理解できたのですが。とにかく私には、何の心の準備もなかったのです。こんな風に言うと、プロデューサーがどうお思いになるか分かりませんけれど。怖かったのです、あなたが。穴を掘って埋まってしまいたい、見ず知らずの男の人と二人でいるくらいなら、と、そのときは心から思ったのです。
 事務所の前で足音が止まりました、ドアをノックする音が聞こえました。私は潜り込んでいました、最初に目についた隠れられる場所へ。
 ドアノブをひねったあなたは首をかしげたでしょうね。ドアは開いて、中には誰もいなかったのですから。実際に首をかしげたか私からは見えませんでしたけれど、あなたの足が外へ引っ込み、ドアが閉まるのは見えました。事務所の一角、応接セットの長椅子の下からでも、身を縮めて床に寝そべっていても。
 やがて程なく別の足音が聞こえました。ゆっくりとした革靴の音、男性には違いありませんが聞き慣れた足音。社長の足音でした。外で何か話す声がした後、ドアが開けられるのが見えました。鍵がかかっていないのを不審に思ったのでしょう、椅子にかけて待つようあなたに言って、社長の足が事務所の奥へ向かうのが見えました。
 所在なさげにたたずんでいた、あなたの足が私の方を向きます。こつり、と硬い音を立てて。
 震えていました、私は。心臓の音が胸と頭の中いっぱいに響きました。苦しいほどに息が荒くて、その音が漏れ聞こえてしまう気がして、両手で口を塞ぎました。そうするうちにも足音は近づきます。汗に濡れた手を握り締めました。足音が止まります、男の人の足が、女性のものとは違う大きな靴が私の目の前にあります、つま先を私の目へ突きつけるように。
(アイマス乱歩・人間椅子〈5〉)



 もうダメだ、きっと見つかってしまった。いつ男の人の顔が長椅子の下をのぞき込むか、こんな私を見て何と言うか。そう思い、きつく目をつむりました。
 どれほどの時間が経ったでしょう。足音が小さく響きました。薄く目を開けてみると、つま先は別の方を向いていました。足はまた別の方を向き、辺りを歩き回ります。事務所の中を見回すように。そのうち足早に社長が戻り、二人分の足音が社長室の方へと遠ざかっていきました。
 ドアの閉まる音が聞こえて、しばらく経って。それでようやく、私は椅子の下から抜け出しました。服についたほこりを払うのも忘れ、ぼうっと口を開けていました。見つからなかった。隠れられた、ここに。そう思うと胸の底がじわりと温かく、ほう、と息を吐き出します。
 けれど、今はこれでいいとしても。新しいプロデューサーと接しなければいけないことはこれからいくらでもあるでしょう。他の皆がいるときはいいとしても、事務所で二人きりになったときは、どうしたらいいのでしょう。
 改めて長椅子に目をやります。今さらながらそれは、あまりに無防備な隠れ場所でした。脚が高く、少し注意して見られれば四方から丸見えといっていいほどでした。もうここには隠れられない、そう思って別の隠れ場所を探す私の視線は。長椅子の隣、大きな一人がけの、古いソファーの上で止まりました。
(アイマス乱歩・人間椅子〈6〉)




 その夜、こっそりと家を抜け出した私は泥棒のように足音を潜め、真っ暗な事務所に忍び入りました。懐中電灯の明かりの中、応接セットの方へ向かい、私を隠してくれた長椅子を一度なでて。一人がけのソファーの背へ、持ってきた工具を差し込みました。背板の軋むめきりめきりという音は、扉を開く音に聞こえたのです、私には。
 その椅子はごく大型のアームチェアですから、腰かける部分は床まで革で張り詰めてありますし、背もたれも肘かけも、とても分厚くできていました。そうして中には期待どおり、外から分からないほどの大きな空洞があったのです。
 ――その作業には何夜もかかりました、必要な工具を買い込んで、夜ごと事務所に忍び込みました。椅子の中を縦横に走る木の枠やスプリング、それらを外し、別の場所から木材をあてがい、中で腰かけられる台を入れて。私は掘っていたのです、椅子の中を。私を隠す防空壕を。夢中で掘っていたのです。居場所のない私を埋めてしまう、穴を。
 そうして。椅子の背中から入り、腰かける部分に膝を入れ。背もたれに頭と体を、肘かけに手を入れて。ちょうど椅子の形になって座れば、その中に隠れていられるほどのスペースを造ったのです。背中の板を中から閉めれば、外からは分かりません。そればかりか、息をしたり物音を聞くことができるように、革に分からないほどの隙間を作ったり。棚を作って、飲み物なんかを置いておけるようにしたり。……あまり言いたいことではありませんけれど、もしものときのため、吸水シートや消臭剤を入れたビニール袋を用意したり――あくまで、もしものときのためです――。そうして私は、私だけの穴ぐらを事務所に造り上げたのです。
 私はふたを開けて、椅子の中へすっぽりと潜り込みました。それは本当に不思議な気持ちでした。真っ暗な、息苦しい、まるで墓穴に埋まってしまったみたいな、そんな気分でした。考えてみれば確かに墓穴に違いありません。椅子の中へ入ると同時に私は、貧相でちんちくりんな私は事務所から、この世界から消えてしまうのですから。
(アイマス乱歩・人間椅子〈7〉)




 その翌日には所属アイドル全員が新しいプロデューサーと顔を合わせました。そのときには他の子もいましたし、隠れ場所があるという気持ちから、普通にご挨拶することができたと思います。
 その後当分は何事もなく、椅子に隠れることもありませんでした――座られてもばれないよう、椅子の中にはクッションつきの台をはめ込んでいます――。安心はしたのですが、むしろ寂しく思ったのです。初めて自分で自分の居場所を、こっそりとですけれど、事務所に造り上げたのですから。
 だからある日、皆が帰ってしまった後。夜になって、私は再び事務所へ戻ってきたのです。バッグの中にはお菓子を少し、それに水筒。中身はお気に入りの茶葉で丁寧に淹れたお茶――緑茶にだけは一家言あるんです、私――。一人きりで、この世から消えてしまって、私だけの居場所でお茶会。そんなことが、ちょっとだけやってみたかったのです。
 真っ暗な事務所の中、椅子の背板を外します。中に入れていた台は取り出して、私のロッカーへ片づけました。水筒やお菓子を内側の棚に入れて、もぞりもぞりと手探りで、椅子の中へと潜り込みます。ふたを閉めてしまったそこは事務所以上に真っ暗で、目を開けても閉じても闇と、目の中にちらつく赤や緑のもやもやと、そればかりしか見えません。そのうち自分が目を開けているのか閉じているのか、ちょっと自信がなくなったくらいでした。その中で手探りに水筒を取り、お茶を注ごうとして。
 外から足音が向かってくるのに気づきました。革靴の重い足音、以前にも聞いた音。プロデューサーの靴音でした。
 痛いくらいに心臓が高く鳴りました、ここにいることがばれてしまったのではないかと思いました。けれど、そんなはずはないとすぐに思い直しましたし、何よりここでいる他どうしようもありません。だから私は息を殺して、ドアの開く音を聞いていました。
 電灯のスイッチが入れられる音がしましたが、椅子の中に光は入って来ません。闇が薄くなった、という感じがするだけです。デスクへ荷物を置いたのでしょうか、どさっ、という音が聞こえました。それから深いため息が聞こえて。大股に歩いてくる足音が、こちらへと向かってきました。
 私が何か考える間もなく。どさり、と男の人の、プロデューサーの体が、私の上に落ちてきて。私の膝の上でふかふかと、二、三度弾みました。
 何も考えられませんでした、ただ体が固まるのを感じていました。あんなにも苦手な、男の人というものが、革とわずかなクッションを隔てて私の上にいる。女の子にはあり得ない、広く厚みのある背中が背もたれの向こう、私の顔の前にある。大きな手、太く長い指は肘かけごしに私の手をつかむようにして、そこにある。
普段ならとっくに悲鳴を上げていたでしょう。けれど、そのときの私はそうしませんでした。もちろん鼓動はひどく高鳴り――あなたの背にそれが伝わらないか心配でした――、息は苦しく、わきの下では嫌な汗をかいていたのですけれど。とにかく、とにかく私はそこに埋まっていました。この世ならぬ私の場所に、埋まっていました。
(アイマス乱歩・人間椅子〈8〉)



 あなたは再び大きな息をつき、背もたれから身を起こしました。そうして何か書類を広げたのでしょうか、テーブルに紙のようなものを置く音が聞こえました。あなたは椅子から身を乗り出し、何か書き込んでいたのでしょうね、ペンを動かす音が聞こえてきました。他の何も考えていないような速度でずっと長くペンを走らせ、不意にぐしゃぐしゃと塗り潰すように動かし。ぴたりと手を止め、じっとしていたかと思うと。深くため息をつきました。
「いい企画だと思ったんだがな……」
つぶやくあなたの脚から腰から、ゆるゆると力が抜けていくのが私の膝に伝わってきました。やがて、ぐじゃっ、と紙を握り潰す音。靴底を床に打ちつけるように立ち上がった、あなたの足音が給湯室の方へ遠ざかっていきます。
 私は息をついていました。あなたが立ち去ったから安心して、それはもちろんですけれど。あなたが、なんだか。一生懸命に仕事をしていてくれたから。誰もいないこんな夜まで。
 やがてあなたは帰ってきました、私の上に腰を下ろしました。私の顔も体も、まだどうしてもこわばっていました。それでも心持ち膝を開いて、どうにか柔らかく、受け止めることができました。
 飲み物をすする音がして、給湯室の緑茶――あまり高級なものとはいえません――の匂いが、革の隙間から薄く香ります。
「絶対さあ。ドサ回りで終わるような子じゃないんだよ、うちの子たち皆。もっとガンガン売り出してやれればなあ……」
 あなたがそうつぶやきました。私の心臓は高鳴っていました。本当に、あなたの背に伝わってしまいそうに。
 またペンを走らせるあなたの下で。震える手で私は、水筒のふたを開けました。
「お茶っ葉変えたのかな」
 そうつぶやいて鼻を鳴らす、あなたと一緒に。私は、お茶をすすりました。
(アイマス乱歩・人間椅子〈9〉)



 それからも私は椅子に入るようになりました。人目のないときやお休みの日に。レッスンやお仕事にはもちろん力を入れてはいましたけれど、それでもなかなか居場所ができるというわけにはいきません。テレビで取り上げられ、名前の売れ出した子たちもいましたし。そんなときでも椅子の中は本当に、別の世界のようでした。みんながすぐそばにいても、私だけがここにいる。真っ暗で、身動きもできない革張りの中の天地。
それは本当に不思議な世界でした。そこでは人間というものが、日頃目で見ているあの人間とは全然別な生き物として感じられます。誰もが声と、息と、足音と、衣擦れの音と、ぬくもりと。丸々とした弾力のある肉の塊に、私の上でぐねぐねと姿勢を変える骨格。そうしたものに過ぎないのです、誰もが。元気一杯に跳ね回るあの子も、歌うことに頑ななあの子も。おっとりとして落ち着いたあの人も、有名になり出したあの子も。私の苦手な、男の人も。
そのうちに私は事務所のみんなを、肌触りで区別できるようになりました。スタイルのいいあずささんの、沈み込むように柔らかな体。ダンスやスポーツが得意な真ちゃんはしなやかな、弾力のある肉体。でも、立ち上がるときや何かの拍子に力を入れたとき、太ももの筋肉がすごく固く締まります。歌にこだわりのある千早ちゃんの、真っすぐな背骨。その向こうを走る声は、背もたれを通じて私の所にまで響いてきます。双海亜美ちゃんと真美ちゃん、どちらも私の上でひどく跳ね回って、時々苦しいのですけれど。椅子の上に収まる小さなおしりと、たびたびもたれかかってくる、子猫のようにぐなぐなと柔らかな背骨。それらは心地いいものでした。そうだ、私、発見したんです。亜美ちゃんの声の方がほんの少し低く響くんです、外見では髪形の他、全然見分けがつきませんけど。ご存知でしたか? 
(アイマス乱歩・人間椅子〈10〉)


 そして、プロデューサー。あなたも何度も、私の上に座ってくれましたね。不思議でした、本当に自分で不思議でした。あんなにも怖かった、顔を見たり目を合わせることもまともにはできなかった、男の人というものと。同じ部屋に、同じ椅子に、いえ、それどころではなくわずかに革とクッションを隔てて肌のぬくもりを感じるほどに、触れ合っている。そしてあなたは何の不安もなくお茶を飲んだり、書類に目を通している、私の上で。そのことが本当に不思議でした。
 あなたは私の上がお気に入りでしたね。休憩時間にお茶を飲むとき、夜に一人残って仕事をしているとき。わざわざあなたは、私の上にやってきました。私も最初はまだ怖くて、体がこわばってしまったのですけれど。そのうちあなたを、きちんと受け止めることができるようになりました。
 あなたはいつも私たちのために、懸命に仕事をしていて下さいました。皆が帰ってしまった後も、夜遅くなっても。こんな私のことも分け隔てなく、一生懸命に考えていて下さいました。だから私もせめて、あなたを懸命に受け止められたらと、居心地よく感じてもらえたらと、思うようになったのです。
 あなたがため息をついて私の上に座ったときには、ふわりと優しく受け止めるように心がけました。長い間ノートパソコンに向かっているときには、分からないほどにそろりそろりと膝を動かして、あなたが疲れないように体の位置を変えました。あなたが頭をかきむしって背もたれに身を投げ出したときには、胸で頬で、その背をしっかり受け止めました。
 覚えていますか? 夜遅くなって、座ったまま眠り込んでしまったときのこと。あなたは小さく丸まって、胎児のように丸まって。私の胸に、頭を預けてきましたね。
 私はなんだか笑っていました。あんなにも怖かった男の人がこんなにも小さくて、子供のようなのですから。私はかすかに膝を揺すりました。背もたれの向こうから、あなたをそっとなでました。揺りかごのようにあなたを包みました。あなたは小さくうめいた後、安らかに寝息を立て始めました。それで私も、目を閉じました。暗闇の中、あなたの背に頬を寄せて。
 翌朝、空が白んできた頃。コンビニにでも行くのか、あなたが事務所を出た後、私も椅子から抜け出しました。そうしてモーニングコーヒーを飲みました、一人きりで、事務所の外の自販機で。


(アイマス乱歩・人間椅子〈11〉)




 お気づきではないのでしょうね、そんな夜が幾度もありました。そして……それで、プロデューサー。私は身の程も知らない、大それた願いを抱くようになってしまいました。
 プロデューサー、どうか失礼をお許し下さい。私はあなたと、椅子の外でお会いしたいと思うのです、プロデューサーと所属アイドルという関係ではなくて。
 それはただ一日のことでも……一言でもいいのです。この貧相でちんちくりんで、おかしな私にプロデューサーの……いえ、あなたの、あなたご自身の言葉をおかけ下さい。それ以上は望みません、いえ、望む資格もきっとないのでしょう。
 どうか、一生のお願いです。それだけで私は、死んでしまってもいいんです。椅子の中の恋、触覚と聴覚とわずかばかりの嗅覚、そしてぬくもりだけの恋。きっと分かってはいただけないでしょうけれど……私はそれを、生きてきたのです。それを、越えてみたいのです。
 どうか、プロデューサー。私のこの、ぶしつけなお願いを聞き届けて下さるのなら。このノートを私に手渡して、読んだ、とおっしゃって下さい。そしてどうかお聞かせ下さい、あなたの言葉を、どうか。
初めて私に乗った人、初めて私が、夜を共にした人。
――萩原雪歩

(アイマス乱歩・人間椅子〈12〉)



 ――このノートを読んでいる途中、僕は席を移していた。アームチェアから自分のデスクへ。
 何だろう。何だろう、これは。そう思いながら、アームチェアに目をやれなかった。
 萩原雪歩。確かに引っ込み思案で、男性と犬が苦手だとかで。なかなか目を合わせてくれなかった子、未だ打ち解けられてはいない子。気弱過ぎる点を除けば、絶滅寸前の大和撫子。そう言ってもいい印象を受けた子。
 僕は頭をかきむしった。何だこれ、何だろうこれ。どうしたらいいんだろう。確かにアームチェアで残業をしたことはある、眠ってしまったこともある。そこに、彼女がいた? 
 そう考えて背筋を震えが走った、そのとき。事務所の外に、階段を上ってくる足音を聞いた。足早だけれど小さな靴、女の子の足音。ちょうど、雪歩と同じくらいの。
 僕は唾を飲み込んでいた。足がわずかに床の上を後ずさる。目は無意識に事務所の中を見回す、隠れ場所を探すように。その視線が長椅子の上で止まって――バカな、何を考えてるんだ僕は――
 心の準備ができるより早く、事務所のドアは開かれた。
「たっだいまー! ……あれ、どしたんですプロデューサー?」
 勢いよく入ってきたのは菊地真。萩原雪歩と同い年のアイドル、ショートカットがよく似合う、ボーイッシュな女の子。
 それを確認できてから、何度も彼女の顔を見てから、ようやく僕は言うことができた。
「ああ……お帰り、菊地さん」
 不審げに、あるいは不満げに彼女は眉を寄せる。
「ちょっと、何なんですプロデューサー? キャッピキャピなアイドルであるこのボクが帰ってきたってのに、お化けでも見たみたいな顔して」
「あ、ああすまん。急に入ってきたから」
 キャッピキャピとか言ってしまうセンスはいかがなものかと、いつもながらに思ったが。それを注意している余裕はなかった。
 僕が知る限り、萩原雪歩と特に仲がいいのは彼女だったはずだ。この子に聞けば何か――
「あーっ!」
 考えがまとまるより先に、彼女は指を差していた。僕が持っていたままのノートへ。
「ちょっとプロデューサー。それ、雪歩のノートじゃないですか?」
(アイマス乱歩・人間椅子〈13・終〉)


「え? あ、ああ……」
 僕が口ごもっているうちにも彼女は喋った。とがめるような目つきをして。
「やっぱり、前に雪歩が持ってたのと同じですよ。まさか……中、見てないですよね?」
 突き刺すみたいな視線を前に、僕はまたも口ごもる。
「や、あ、いや……」
 引ったくるようにノートを取り、裏表の表紙を確かめてから。やっと彼女は表情を緩めた。
「間違いないや、雪歩のポエムノートだ。雪歩ってば、ボクにも見せてくれないんですよねー……最近は小説も書き始めたとか言ってたけど」
 小説? ポエム? ――そういえば事務所の公式プロフィールで見た覚えがある。萩原雪歩の趣味、詩を書くこと。
 僕は口を開けていた。そこから長く、息が漏れる。息を吐ききって少し笑い、胸の底まで息を吸った。肩を揺らしてまた笑う。
 なんだ、そうか。なんだ。詩を書いちゃうような夢見がちな女の子の、小説。自分と身近な人とを題材にしてみた、親友にも見せられないような恥ずかしい妄想。ただそれだけ。
 もう一度息をついた。それにそうだ、僕があの椅子をよく使っていたのなんて、事務所の人間なら誰でも知ってる。
 菊地真がけげんそうな視線を向ける。それから意地悪く歯を見せて笑った。
「プロデューサー? ……ホントは中、見たんでしょ。どんなのでした?」
「何言ってるんだ? 見てなんかいないさ」
 口元だけで笑ってそう答えると、彼女も同じ表情でうなずく。
「じゃ、そういうことにしておきますよ。ノートもボクから返しときます。あ、でも。なんだか急に甘いものが食べたくなったなー、なんて」
 僕は苦笑してかぶりを振る。
「せめて給料日後にしてくれよ。……そうだ、萩原さんも一緒に呼ぼう。伝えといてくれないか」
 考えてみればそう、思春期なんだ、彼女らは。あるいは人生で一番難しい時期、そこへこんな仕事をしている。ちょっとぐらい妙な感じになっても、それはそれで当たり前だ。 難しい子なのだろうけどもっと分かり合えたらいい、いやその必要がある。児童心理学の本とか探してみようかな、児童ってのはでも違うか? 帰ってネットで調べてみるか。
 そう考えているとさっきまでの自分がおかしくて、小さく息がこぼれた。
 菊地真は首をかしげたが、僕は帰り仕度を始めた。
「もう帰るけど。すぐ帰るなら、途中まで送ろうか」
「いえ、ちょっと片づけがあるんで。たまにはプロデューサーも、早めに帰って下さいよ」
 苦笑してさよならを言い、僕は外へ出る。事務所の方を振り返り、息をついて。足音を立てて階段を下りる。


 ――静かになった事務所の中で、菊地真は息をつく。応接セットのアームチェアに、飛び込むように身を沈めた。ふかふかとその身が上下して、揺れが落ち着いた後。プロデューサーが残したままのコーヒーに口をつけてみる。
 カップを置く。肘かけに、なでるように手をやった。青く夜の色に染まる、窓の外に目を向ける。
「雪歩、ねぇ……まったく。急過ぎるんだよ、言うにもさ」
 つぶやいて立ち上がったその後。椅子が小さく、震える。


(了)

 アイドルマスター江戸川乱歩・2
  秋月律子、プロジェクト・フェアリー『写真と旅する少女』
 原作:江戸川乱歩『押絵と旅する男』


※江戸川乱歩作品をアイマスキャラで再構成した二次創作です。
※設定は『アイドルマスターSP』『アイドルマスター2』及びオリジナルが混在しています。



 私――秋月律子――は、絞り出すようなため息をつき、電車の座席に腰を下ろした。音を立てて首を鳴らし、こりっぱなしの――湿布を貼りっぱなしでもある、十九歳にして――肩を回す。自らに許す休憩はそこまでにして、バッグからノートパソコンを取り出した。
 地方でのイベント会場下見と現地スタッフとの打ち合わせに、地元局での営業。それらを終えての帰り道。日はまだ高いけれど、都内に着くのは夜遅くなるはず。世間一般のプロデューサーなら温泉宿にでも泊まるのだろうけど、うちの事務所にそんな経費は期待できないし、何より。今は正直、遊びに費やす時間などない。うちのスタッフの誰にも。
 問題は二つあった。一つは頼りにしていたプロデューサーの、突然の退職。誰も責められることではない、お父さんの急な大病も、そのためにご実家の事業を彼が引き継がねばならないことも。
 本当の意味で惜しまれつつ彼は職場を後にした。全くよくやってくれていた、十一人もの――あの子が脱退し、私が引退してからは九人――アイドルの面倒を一手に引き受けてくれていたのだから。見送りの日には何人もの子が泣いていた。あの子ももしそこにいたなら、間違いなく泣いていた。
そしてもう一つの問題。私のような凡人の引退はいざ知らず、誰よりも期待していた――厳しくもしていた――アイドルの脱退。それが大きな損失であることは誰の目にも明らかだった。彼女は移籍した先で、トップアイドルとして活躍したのだから。
 そこまで考えて私は小さく息をつく。窓の外に広がる海を見やった。
「どうしてるかな……あの子は」
とにかく。二つもの問題が半年間に起これば、我が社の経営も傾こうというものだ。そういうわけで事務所の浮沈は正直、新プロデューサーである私の双肩にかかっているとも言えた。もっとも、私とて無策というわけではない。選抜メンバーからなる企画中の新ユニット、それさえ当たれば他のメンバーもそれなりに注目されるはず。
「そのはず……いいえ、必ず日の目を見せてあげる」
 顔を上げた。雲の湧く青空を白ませた、初夏の日差しに目を細める。眼鏡をかけ直し、再びパソコンの画面に向き合った。ボキボキと指を握り鳴らし、キーボードを強く打ち始める。
(アイマス乱歩2・写真と旅する少女〈2〉)




 どれほどそうしていたか。気づけば車内の電灯と、外の明るさが同じになっていた。いや、赤味を帯びた空の方がわずかに暗い。雲はもう炭のように黒く、夕日に照らされたその底だけが燃えるように赤かった。その中で列車の単調な音が響き続ける。
 両手を首の後ろで組み、大きく伸びをする。初めて気づいたが、車両内には私の他に乗客はなかった。ただ二人、隅に座った少女らを除けば。
 窓の外を見ている少女らは、電車の中だというのに帽子をかぶったままだった。一人は肖像画の中で貴婦人がかぶるような、花飾りのついた帽子。もう一人は麦わら帽子、いやストローハットと言うべきか。子供がかぶるようなものではなく、つばを大きく波打たせた女性的なデザイン。ただ、わずかに気になったのは。彼女らの帽子はどちらも、垂れ下がる形の大きなつばをしていることだった。まるで人目から隠れようとしているみたいに。実際その帽子のせいで、彼女らの顔も髪型も分からない。けれど、花飾りの帽子をかぶった少女の大人びた体の曲線、真っすぐな背筋。ストローハットの少女の健康的に焼けた肌。それらはどこかで見た覚えがあった。同じ業界の子だろうか、何かの収録で見かけたのだろうか。
そう考え始めたとき、花飾りの少女が急に立ち上がる。窓に――二人の少女のちょうど真ん中に――立てかけてあったものを手に取った。それは何かの額(がく)らしかった、大きめの写真立てといった大きさの。そしてなぜだか、表の側をわざわざ外に向けていたようだった。
少女は座席に布を広げると、そっ、と額をそこに置いた。丁寧にそれを包み始める。
 横でストローハットの少女が大きく伸びをする。身を反らせたせいで帽子が落ち、ポニーテールに結んだ黒髪があらわになった。くっきりとした眉を備えた、手足と同じ色に焼けた顔も。
帽子を拾って座席に置くと、彼女は八重歯がのぞく口を開いた。
「しっかし久しぶりさー、こんな遠くまで来たの」
 私は目を見開く。思い出した、彼女には確かに会ったことがあった。我那覇 響。大手芸能事務所、961(くろい)プロに所属していたアイドル。そして何より――
 考える間に、彼女はもう一人の少女の方へと顔を向けた。
「電車はあんまり得意じゃないけど……でもたまにはいいよな、ずっと同じとこじゃ息詰まっちゃうぞ。なー、美希」
(アイマス乱歩2・写真と旅する少女〈3〉)



 私は反射的に立ち上がっていた。膝の上でパソコンがバランスを崩し、慌てて押さえる。電源を落とすのももどかしく、そのまま座席の上に放った。二人の方へと歩きながら、あの子のことが頭の中を駆け巡る。
 星井 美希。元765(ナムコ)プロ所属のアイドル。うちの事務所で誰よりも期待していた――厳しくもしていた――子。半年前に突如脱退し、961プロへ移籍した、私たちの仲間だった子。我那覇響らと同じ、961プロの秘蔵ユニット『プロジェクト・フェアリー』のメンバーとなった子。
 二人の前で立ち止まり、我那覇響がけげんそうな顔をするのも構わず。背を向けたままの、花飾りの少女へ声をかける。
「美希。美希……なの?」
 星井美希がどこにいるのか、誰も知らない。うちの人間が、という意味ではなく、世間の誰も。
 961プロの莫大な資金力もあって、プロジェクト・フェアリーのデビューは華々しいものだった。テレビで彼女らの姿を見ない日はなかったし、男性向け週刊誌の表紙も女性向けファッション誌の表紙も彼女らが飾った。街のどこかではいつも、彼女らの曲が流れていた。裏切られたような悔しさはあったが、スポットライトを浴びて活き活きと歌い踊る美希を見るのは嬉しくもあった。在るべき場所へ移ったのだ、そう思った。
 なのに。彼女らは突然消えた。テレビもライブも収録途中のドラマも予定されていたイベントも企業とのタイアップも、全てを蹴って姿を消した。一ヶ月ほど前のことだった。
大きな体調の不良ということだった、事務所側の発表では。誰もそれを信じなかった、記者会見の場に彼女らは姿を見せず、黒井社長が『彼女らの体調とプライバシーを考慮して、これ以上はお答えしかねる』そう繰り返すだけだった。
 美希のことについて961プロへ問い合わせても――セキュリティ上当然だが――返答はなかった。彼女の実家へも尋ねてみたが――おそらく、同じ質問を抱えたマスコミも大量に来たのだろう――ご両親は口を閉ざすばかり。
 その彼女が、目の前にいる?
(アイマス乱歩2・写真と旅する少女(4〉)


 急に鼻の奥がつんとして、私は何度か咳払いした。腰に手を当て、胸を張って、私は言ってみる。事務所で一緒にいた、あの頃のように。
「こら、美希。どうしてたの今まで。一言くらいあってもいいじゃない、教えたでしょ? 報告・連絡・相談はどこの社会でも大切だって。そりゃあ、もう同じ事務所じゃないけど…………ねえ、美希。元気にしている? 体は悪くないの? 皆、心配してるのよ」
 『律子、さん』そんな風に、あの頃みたいに、取ってつけたような敬語であの子は言うかと思ったけれど。いつまで経ってもこちらへ振り向こうとはしなかった。
 もう一度声をかけようとしたとき、目の前の少女は帽子を取る。その下からこぼれたのは美希の金髪ではなく。それとは別に見覚えのある、波打つ銀色の髪。
「久しくお会いしていませんでしたね。765プロの……確か、秋月律子」
 人形のように整った顔立ち、舞台劇の役者にも似た、よく通る低めの声。美希ではなかった。我那覇響と同じくプロジェクト・フェアリーの一員、四条 貴音。
 隣で我那覇響が声を上げる。
「ホントだ、ひっさしぶりだなー! こんなとこで会うなんてすっごい偶然さー! ねぇ、他の子はいないの? 真は元気にしてる? やよいは、あと何だっけ、あのリボンの子とか――」
 人なつっこく笑う彼女を見ながら、私は口を開けていた。思い出したように顔を引き締め、二人の顔を見ながら言う。
「お久し振りです、その節はどうも。それよりお聞きしたいのだけれど、さっき美希のことを――」
 話していたみたいだけど、彼女は今どこに。そう言おうとした私をさえぎるように、四条貴音が口を開いた。
「これでございますね」
 的外れな返答をした彼女の表情は、しかし先ほどと変わらなかった。その瞳は私ではなく、座席の上の包みに向けられていた。
「これを御覧になりたいのでございますね」
 尋ねるように私の目を見る。やはり表情は変わらない。
 (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(5〉)


 頬がぎこちなく固まるのを感じながら、私は言う。
「いえ、そうではなく。美希のことを、うかがいたいのだけれど」
 そこで初めて、四条貴音は微笑んだ。小さく、花が咲くみたいにふわりと。
「ええ、喜んでお見せ致しましょう。わたくし、ずっと考えておりました……いつかはこれを、貴女方にお見せしなければいけない、と」
 包みに手をやる四条貴音の瞳は澄んでいて、何のてらいも嘘もなくて。それで私は、わずかに後ずさっていた。
 極度のストレスによる精神的な疾患。世間一般で考えられている、彼女らの引退理由はそれだった。もっともらしいことだ、まだ中高生でしかない女の子たちが突如世間の目にさらされ、連日連夜舞台に立つ。ドサ回りの凡人アイドルでしかなかった私にだって、その重圧は容易に想像できた。記者会見に姿を見せなかったことも、人前に立てる精神状態ではなかったと考えれば説明はつく。
 そして、もしそうだったとしたら。美希はどうしているのだろう? そう考えて、肌があわ立つ。
「さあ、御覧下さいませ」
 その間にも貴音は包みを取り去り、中の額をこちらへ向けた。
 そこに入っていたのは写真だった。何人もの人物が写っている、大きめに引き伸ばされた写真。ただしそれには見覚えがあって、私は思わず眼鏡をかけ直す。
 集合写真だった、765プロの。ただ、今とは髪型が違う子もいたし、私も田舎くさいお下げ髪のままだった。一年ほど前だったか、プロデューサーを真ん中に引っ張ってきて、アイドル十人で囲んで撮ったもの。
 そう、十人。まだ美希が入っていない頃に撮ったもの、そのはずなのに。なぜかその写真には美希がいた。プロデューサーの横で、彼と腕を組んで。幸せそうに、笑っていた。
「え……」
 目を瞬かせ、私は貴音の顔を見た。
 貴音は薄く微笑んだままうなずいた。
「御覧頂けましたね。御覧、頂けましたね」
  (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(6〉)


 この写真は何、大体なぜここに? 以前事務所に飾っていたけどいつの間にかなくなって、ああそうか美希が持ち出したのか移籍したときに、でもなぜ美希が写って? ――言いたいこと、聞くべきことは胸の中で渦巻いていたけれど。それらは喉で詰まって口からは出ず、私はただうなずいていた。
 貴音はなおも、ふわり、と笑う。
「ああ、貴女ならお分かり頂けるかも知れません」
 言いながら、傍らに置いていた荷物から黒革のケースを取り出す。古びた真鍮(しんちゅう)の鍵を差し込むと、中から出てきたのは双眼鏡だった。
「さあ、この遠眼鏡(とおめがね)でもう一度御覧下さいませ。いえ、そこからでは近過ぎます。無礼ながら、もう少しあちらの方から」
 双眼鏡を押しつけられ、わずかに早口となった貴音に押されるように私は数歩後ずさった。貴音はこちらから見えるように額を掲げ、響はといえばそんな友人を止める様子もなく、まじめな顔で額の片側を支えている。元アイドルが三人集まったにしては、あまりに異様な光景だった。
 どうしてこうなったのか、何でそんなことをしなければならないのか。胸の奥でわだかまるものを感じつつ、私は双眼鏡を眺めていた。それはずいぶん古風な品で、骨董屋の棚の奥で眠っているのがお似合いに見えた。少なくとも百年以上は前のものだろう、手擦れで黒革の覆いが剥げて、所々真鍮(しんちゅう)の地金が鈍い金色を見せていた。
 物珍しさから色々触ってみて、その後で目の前にレンズを持っていったとき。突然、貴音が声を上げる。
「いけません! ……いけません。それは逆さですよ。逆さに覗いてはいけません。いけません」
 貴音は顔をこわばらせ、目を大きく見開いて、私を止めるように手を上げていた。
 なぜそこまで怯えたようにするのか理解はできなかったが。確かに私は大きな対物レンズの方を自分の目に向けてしまっていた。

 (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(7〉)



「ああ。そうね、逆でしたね」
 小さな方のレンズを自分の目に向け直す。眼鏡に当たらないよう気をつけながら写真の方をのぞきこんだ。調子を合わせるのは早く切り上げて、美希のことを聞かなくてはいけないと考えながら。
 ぼやけていた焦点が合った後、最初に目へ飛び込んできたのは金色の髪だった。輝くような金色だった、本当に。いつだったか天気の良い日、ダンスレッスンの帰り道。上機嫌な美希が戯れに、練習中のステップを踏んでみせたことがあったが。日差しの中、彼女の動きにつれてなびく髪は光を受けて、太陽そのものみたいに輝いて見えた。あのときの彼女の髪も、こんなふうだった。
 視界一杯に拡大された写真の中、美希は笑っていた。微笑むというより、顔中で笑っていた。うちの事務所にいた頃は、彼女のこんな表情を何度も見たことがある。移籍してから、少なくともテレビの中では見たことのない顔だった。
 その隣では美希にしなだれかかられたプロデューサーが、はにかむように笑っていた。後ろではお下げ髪だった頃の私が苦笑している。その横では真が珍妙な――本人は可愛いと信じている――ポーズを決め、亜美と真美が肩を寄せ合い、春香が転びそうになりながら、みんなが――みんな、笑っていた。
 懐かしさが胸に込み上げるのを感じながら、違和感がどこかに引っかかる。こんな写真だったろうか、これは? いなかったはずの美希がいることはもちろん、プロデューサーはこんな表情で写っていただろうか? それに。事務所の安カメラで、ここまでの写真が撮れたっけ? 
つやつやと輝くみんなの髪が、レンズに拡大されるまま一筋一筋まで見えた。本人そのものを見ているかのように。張りのある肌は弾力性さえも感じられ、まるで生きているようだった。
そう、生きているようだ。
もう一度美希に目をやる。輝くような瞳、満面の笑顔、生気がにじみ出るような艶のある肌。プロデューサーの腕に押しつけた胸は張りを保ったまま膨らみを見せて――
 そのとき。私は確かに鼓動を聞いた。一度大きく鳴った、心臓の音を。美希の――いや、まさか。私の鼓動だ、緊張に高鳴った、きっと。
 思わず双眼鏡から目を離す私に、貴音が声をかける。その顔は笑っていなかった。
「御覧頂いたとおり。御覧頂いた、とおりです」
 何も言えず、私は貴音の顔を見た。
  (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(8〉)




「あれは、生きておりましたでしょう」
 変わらぬ表情で言った貴音から、私は目をそらしてしまった。
「……大変、よくできた写真ですね」
 貴音の顔を見ないまま続けて言う。
「961プロの宣伝部なら、あれぐらいの加工はできるでしょうね。写真は美希が持ち込んだんですか? まったくあの子も何を考えて……」
 喋りながら、自分の中の違和感には気づいていた。それでも喋ることを止められなかった。
 貴音は小さくため息をつく。何か口を開きかけたが、それより早く響が言った。
「貴音―。さっきからヒドいぞ、あれ、とか、これ、とか。美希をまるで物扱い――」
「ふざけないで!」
 叩きつけるように、私は言ってしまっていた。
「ふざけないで。……はぐらかす気ならやめてちょうだい。教えて、美希がどこにいるのか。仲間だったあなたたちなら知っているでしょう」
 響は小さく口を開けたまま、目を瞬かせていた。
貴音はまっすぐに私の目を見る。
「……何故(なにゆえ)、美希のことを知りたいのです」
 目をそらさずに答えた。
「仲間だったから……いいえ。仲間だから」
 うなずいた後、今度は貴音が顔をそらした。写真の額を胸に抱え、窓の方へと向き直る。その姿はまるで遺影を抱いた遺族のようにも見えた。
「お話致しましょう。ですが……いえ、そうですね。身の上話を致しましょう。この写真の。その中で、貴女のお聞きになりたいこともお分かり頂けるかと存じます」
 言って、ゆっくりと写真をなでる。
「……ぜひ、うかがいたいわ」
 私はそう答え、貴音と同じ方向を見た。
 窓ガラスの上では私たちの姿が反射し、私たちと同じに揺れていた。その向こうではとうに日が落ち、夜の黒が辺りを塗り潰して、今はもう、空とも海ともつかない。


 席にかけるよう私をうながし、自分たちも座ってから貴音は語り始めた。
 ――あれは三ヶ月も前のことでしたでしょうか。わたくしたちはそれまで、ゆにっと、として――
 言いにくそうに咳払いをしてから、彼女は再び話し出す。確か、横文字が苦手だとは聞いたことがあった。
 ――ゆにっと、としてつつがなく活動して参りました。ところがその頃から、美希の様子が変わり始めたのです。舞台の上や取材陣の前ではいつもどおりの表情を作るのですが。楽屋で、練習場で、帰り道で、彼女はため息をつくようになりました――。
 そこまで言って私を見、貴音はなぜだか小さく笑った。
 ――想像お出来にならないのではありませんか? ため息をつく彼女のことを。
 さて、わたくしたちもまこと、心配致しました。彼女は誰とも話をしなくなりました。わたくしたちにも話しかけてはこなくなりましたし、すたっふ、の言うことにも生返事を返すだけでした。まこと、異なことです。以前は顔も見知らないすたっふ、とでも打ち解けて、長々とお喋りに興じるような子でしたのに。
  (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(9〉)


 美希といったら本当に、大好きなおにぎりも口にしようとしませんでしたから。わたくしがお昼を誘ったときにもついてこようとはしませんでしたし――
 呆れたように眉を寄せ、響が口を挟む。
「そりゃあ、貴音がいつも行くとこはなー……超こってりの上に野菜盛り盛りにしちゃうラーメン屋さんだし。あんまり女の子は行かないと思うぞ」
 響から目をそらし、貴音は小さく咳をした。
――それで……ともかく、響と相談したのです。自由時間の間、美希の様子を隠れてうかがおうと。
 そうしたある日、昼にまとまった休憩が取れたときのことです。社内の練習場を抜け出した美希は、何やら荷物を抱えて外へ駆け出てゆきました。それはもう、抱き締めるように抱えて。わたくしたちもすぐに後を追いかけました。駅前の人波をかき分けるようにして……ふふ、周りの方々には何の収録かと思われたでしょうね? ともかく、どうにかついてゆくことが出来ました。
 美希が入ったのは駅のびるぢんぐ、でした。その上階に上がり、見晴らしの良い喫茶店……かふぇてらす、というのでしょうか。そこで、屋外席の隅に座っておりました。ですが、飲み物や菓子を楽しもう、というのではない様子です。運ばれてきた飲み物にも目をくれず、外を見ておりました。身を乗り出すようにして、遠眼鏡を目に当てて。
 ええ、この遠眼鏡です。鳥を観るのが好きだという美希に、わたくしが差し上げたものでした。実家に一度だけ帰った折、蔵にあったものを持ち帰ったのです。
 とはいえ、そのときは鳥を観察しているとも思われませんでした。それにしてはあまりに一心に、それも下の方ばかりを見ておりましたので。方々を、失くし物でも探すかのように。その背は何故か、とても小さく見えました。まこと、大事なものを失くしてしまった、小さな子供のようでした。
 陰で見ているのも忍びなく、わたくしは声をかけました。
『何をお探しなのです、美希』
 美希は肩を震わせて、おそるおそるといった様子でこちらへ振り向きました。わたくしたちの姿を見ても、何も言ってはきませんでした。貴女方にはやはり、思い描き難い光景でしょうけれど……うなだれた姿は、まこと、しおれた花のようでした。
『何でも……ないの』
 ようやく口を開いた美希は、目を伏せたままそう言いました。
『何を、お探しなのです』
 私は重ねて問い、響も言いました。
『後をつけたのは悪かったけど……最近変だぞー、美希。自分たちに相談してよ、仲間じゃないか』
 美希はわずかに目を上げ、わたくしたちの顔を見ました。それからつぶやくように言ったのです。
『あのね、ハニーがね……プロデューサーが、いないの』
 (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(10〉)



 美希が言うことには765プロにいた頃、そちらのプロデューサー殿とよくお昼を御一緒していたそうです。駅から近くの公園で、美希の好きなおにぎりを買ってきて。鳩や池の鴨を見ながら、他愛ないお喋りを致しながら。美希が961プロに移ってからも収録などで会うことがあれば、美希の活躍を誉めて下さったそうです。少々ぎこちない顔をしながらも。
 それが、急にいなくなったというのです。765プロと一緒になることがあっても、彼の姿がどこにもない、と。
『だからね、ミキはハニーのこと探してるの。ここならあの公園がよく見えるし、時間があるときはいつも来てるの』
 美希はうつむいたままでいましたが。わたくしは思わず、微笑んでいました。
『恋を、しているのですね』
 美希がわたくしの目を見ました。そして大きくうなずいたものです。
『……なの!』
 それはわずかの時でしたが。まこと、煌(きら)めくような笑みでした。わたくしたちが存じている、いつもの美希の顔でした――。

 懐かしげに微笑みながら語る貴音の顔を見ながら。私はとても同じ表情にはなれなかった。
 知っていたから、それを。美希が彼を、プロデューサーを慕っていたことを。さらに言えば。彼がその頃には、もういないということも。
 少なくともそう、彼は都内にはいなかった。その時には既に、実家の事情から退職していたのだ。美希には伝えなかった。伝えればきっと彼女は動揺する。別の事務所とはいえ、今の活躍を邪魔したくはない。それが社長の判断であり、私の判断でもあった。
 今さらそれを口には出せず、小さく唾を飲み込んで、私は貴音の言葉を待った。

 ――そうして、わたくしたちは約束しました。どこかで彼を見かければすぐ美希に教えると。それに時間があるときは、あの公園をここから見ようと。
 響が言います。
『あ、そうだ! それより直接765プロに行ったり、真とかやよいとか何だっけ、あのよく転ぶ子に居場所聞けばいいさー! さっすが自分、完璧だぞ!』
 とたん、美希は表情を曇らせます。
『あのね、でもね。ミキ的には、そういうのよくないって思うな。そんなときだけ戻るとか、みんなきっと怒っちゃうの』
 じごーじとく、っていうんだよね、こういうの。そうつぶやいて、彼女はうつむいたまま笑いました。
 響が何度か口を開け閉めし、それから思い切ったように言います。
『そっか……でもいいさ、今からは自分たちも一緒だからな。三人寄ればなん
 (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(11〉)


 そうして、わたくしたちは公園を見ることに致しました。交代で遠眼鏡を覗いたり、お茶を飲んだりしながら。わたくしも目の届く限り公園を見ていましたが、それらしき姿は見当たりません。
 と、そのとき。遠眼鏡を手にしていた美希が、弾かれたように顔を上げます。目は大きく見開かれ、血の気の薄かった頬はわずかに赤く上気していました。
『いた! ハニーいたの!』
 わたくしたちが何か言う暇もなく、美希は荷物を取って駆け出します。
『早く! 早くしないとどこか行っちゃうの!』
 お釣りはいい、と店の者に札を押しつけ、美希は一心に駆けてゆきます。公園は外に出てすぐの場所です、けして遠くではありません。それでも、後を追ったわたくしたちが目にしたのは、肩を大きく上下させ、荒い息をつきながら周りを見るだけの美希でした。
『どこ……行っちゃったの、ハニー……』
 わたくしたちも辺りを探しましたが、やはりどこにも見当たりませんでした。きっと見間違えたのですよ、そう彼女をなだめて、その日は引き上げました。

それからもわたくしたちは、その公園を見るように致しました。ですがそうそうまとまった時間がある訳でもありませんし、別々の仕事をすることもあります。自然、探す時間は段々と減ってゆきます。
『だいじょーぶなの』
 ロケ地に向かう車の中。美希はそう言って、一時(いっとき)よりは生気のある顔で弱く笑います。
『ミキにはね、おまもりがあるもん』
 荷物から取り出したのは、写真の入った額でした。集合写真、765プロで撮ったのでしょう、プロデューサーと十人のアイドルの。
『出てくときにどろぼーしちゃったの。ハニーの写真、これしかなかったし。これくらいは許してほしいって感じなの』
 言うと欠伸(あくび)を一つして、美希は目を閉じました。御守りを胸に抱えたまま。


  (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(12〉)



 また別の日、練習中の休憩時間。汗まみれで座り込み、練習場の壁にもたれたまま、美希はそれでも、写真を胸に抱えました。
 響が喉を鳴らして水を飲み、大きく息をついた後。美希に尋ねます。
『でもさ、美希は何で765プロやめちゃったんだ? プロデューサーと離れ離れになるのにさ』
 美希は頬を膨らませ、写真をさらに強く抱きます。響の方を見ないまま言いました。
『社長がいじわるなの、それにハニーも……ミキ、がんばってたのに』
 彼女が言うことには。プロデューサーに認められようと、アイドルとして努力し始めたというのに。社長とプロデューサーはむしろ、他の方々に注力していたということでした。
 ……無理からぬ一面はあったと存じます。何しろ美希ほどに華を備えた者は、他に見たことがございません。彼女は本当に『華』なのです。たとえ種でいる時期は長くとも、ひとたび芽吹き始めたならば。華は、生きることを惑いません。その葉に光を得たならば、ただひたすらに茎は伸び。茎は迷わずつぼみをつけ、つぼみは咲くのをためらいません。散るまでは、決して。
 言わばそれが、手のかからない子、と見えたのでしょうか。美希のことは伸びるに任せ、他の方々の指導に時間を回す。……それも、必要なことではあったかも知れません。無礼ながら、けして大きくはないそちらの事務所では。
『でもね、黒井社長に言われたの。こっちの事務所に移って、ミキがキラキラしてるとこ見せてあげたらいいって。そしたら向こうから謝ってくるから、プロデューサーもこっちに入れて、ミキの担当にするって』
『それは――』
 本当にそうできるのでしょうか、そう尋ねようと致しましたが。美希は一心に、写真を見つめるばかりでした。
 わたくしと響は互いに顔を見合わせました。もう幾度あの公園を見に行ったか、何時間収穫のない時を過ごしたか、わたくしたちは数えるのをやめていました。幾度、美希が彼を見つけたと言って駆け出したか、ということも。迷子のように辺りを見回す彼女を、幾度なだめたかということも。


  (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(13〉)




 その日も美希は何も喋りませんでした、前日や前々日、それ以前からと同じように。ロケからの帰りの車の中で、遠眼鏡を目に当てた彼女は、じっと窓の外を見ていました。膝にあの写真を乗せたまま。
 わたくしも響も、もう何も言いませんでした。思いつく言葉は、ここ数日の間にかけ尽くしてしまいました。黒井社長があのプロデューサーについて、芸能界から去ったらしい、と漏らした日から。
『ハニーがいないの』
 またそうつぶやいた美希の横で。わたくしたちは外の景色を目で追っていました。その中のどこかに、美希の求める方がいたならいいのに、と。

 今日一日は休日をくれてやる。苦々しげにそう言いました、黒井社長は。『明日の予定も全てキャンセルだ、カウンセリングの手配をしておく』とも。
 それでわたくしたちは、一様に口を開けておりました。あまり急でしたので。丸一日、それも三人が揃ってのお休みなど、遠い昔にあったきりのように思えました。
 ぽっかりと空いた休日に、わたくしたちは何も言わずに歩きました。足は自然と、あのかふぇてらすへ向かっていました。
 いつもの席、何も言わず美希が写真を取り出して抱き、遠眼鏡を公園へと向けます。何も言わずわたくしたちはお茶を飲み、しばらくすれば何も言わないまま交代で遠眼鏡を受け取ります。
 どれほどそうしていたか。気づけば、遠眼鏡を目に当てたまま、美希は涙を流していました。泣き声も上げず、静かに。
『ミキね、ホントは分かってるんだ』
 遠眼鏡を目から離さず、美希は続けました。
『ミキが勝手に出ていっちゃったから、ハニーやみんなを裏切ったから……ハニー、きっと怒ってるの。それできっと、もう。いないの』
 わたくしは無理にも口を動かしました。
『……いいえ、いいえ、きっとそうでは……美希が活躍すれば、きっとどこかで見ていて下さいます、その御方は』
 美希は唇を微笑の形に歪め、首を横に振りました。
『ううん。ミキをプロデュースしてくれるハニーは、もういないの。ハニーがプロデュースしたいミキも、きっと、どこにも』
 遠眼鏡を置くと、写真を両の手に取りました。
『きっと、もう。ここにしかいないの』
 写真の中では彼が微笑んでいます。十人の、美希の仲間と一緒に。なのにその写真の中にさえ、彼女の居場所は無いのでした。
 (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(14〉)


 美希がきつく目をつむります。絞るように涙がこぼれました。写真を抱き、背を折り曲げ、歯を噛み締める彼女は。初めて、泣き声を上げました。
『ハニー……ハニー……!』
 美希がしばらく泣いていた後で。響が椅子の音を立てて立ち上がります。
『……あー、もう! 美希、これ借りるぞ!』
 引ったくるように写真を取り、少し離れた所まで駆けました。写真を顔の高さに上げ、美希へ向けて掲げます。
『美希! こっち見るんだ、双眼鏡だ! 探してたハニーここにいるから、ちゃんと見つけられるからー!』
 子供だましのよう、とはお思いでしょう。それでも響はそうしてくれました。わたくしは何もできませんでした。美希はゆっくりと、遠眼鏡を目に当てました。
『いる……の』
 ほんのわずか、笑うように美希の口元が歪みます。
『いるの。ハニー、いるの。みんなも、キラキラして……』
 そうして、どれほどの時が経ったでしょうか。遠眼鏡を離した美希は、もう泣いてはいませんでした。穏やかに、微笑んでさえいました。
『分かったの』
 何が、と聞く前に美希は言います。
『お願いがあるの。あのね、写真をね、向こうに立てかけるから。ミキがそっちにいるから、双眼鏡で見てほしいの』
 響から写真を受け取り、少し背の高いテラスの手すりに立てかけ。その前に美希は立ちます。
『双眼鏡を逆さにして、大きなレンズの方を目に当てて、そこからミキを見てほしいの』
 わたくしと響は顔を見合わせます。けれどもとにかく、美希の方に向き直り。二人で遠眼鏡を手にしました。それぞれが片方の目でのぞけるように。
 その間に美希が言います。
『ミキね、分かったの。ハニーといたかったし、ハニーと一緒にキラキラしたかったけど――』
 わたくしたちは片目をつむり、大きなレンズを覗き込みます。
『――本当はね、それは。もう、してたことなの――』
 逆さに覗き込んだレンズの中、美希の姿が小さく見えました。その姿は妙にはっきりと、浮き上がって見えました。他のものは何も映らず、小さくなった美希の姿だけが、遠眼鏡の真ん中に立っているのです。

(アイマス乱歩2・写真と旅する少女(15〉)



『――みんなと一緒だったあの頃、ハニーと一緒だったあの頃。一番、みんなでキラキラしてたの』
 後ずさりに歩いていったのでしょう、美希の姿が見る見るうちに小さくなってゆきました。人形ほどもない、手の内にも納まってしまいそうな姿でした。そんな小さな姿でしたのに。何故か、唇が動くのが見えました。
 バイバイ、と。
 わたくしはすぐさま顔を上げていました。響も同様でした。
『美希……!』
 いませんでした。どこにもいませんでした、美希は。すぐに美希のいた方に駆け、探し回りましたのに。どこかへ隠れる時間も、あったはずはありませんのに。どこを探しても、いませんでした。
 ところが、長い間探し疲れて、元の場所へ戻ってきたときのことです。響が、笑っているではありませんか。先ほどの写真を前にして、肩さえ震わせ、笑っているではありませんか。
『響?』
 わたくしの問いにも応えようとせず、響はただ笑っていました、座り込んで、涙さえ浮かべて。
『なぁんだ、よかったぞ、よかった。ちゃんと帰れたな、戻りたかったんだよな……美希』
 見れば。立てかけられたままの写真の中、その中央で。美希は嬉しそうに笑って、プロデューサーに抱きついておりました。
 それはあるいは、この遠眼鏡の何か、魔性によるものであったのかも知れません。いかにも面妖なことではありますが。ですが、誓って申します。そのような魔性が宿っているなどと、わたくしは露とも存じませんでした。
 ともかく。わたくしはいつしか涙を流しておりました。何も言わず、立ち尽くし、目を見開いて涙を流して……そしていつしか、笑っていました。本当に、美希は幸せそうに笑っておりましたので。本当に、わたくしも笑っておりました。響も同じ顔で。三人でずっと――。


 語り終えて、四条貴音は笑っていた。我那覇響も同じ顔で。写真の美希と同じ顔で。
「その後は貴女も御存知のとおり、プロジェクト・フェアリーは活動を停止致しました」
 響が口を挟む。
「その前に、さんざんいろんなお医者に連れてかれたけどなー」
「まったく。おかしなことではありませんか。あの人たちは皆、人が写真になどなるものではないと思い込んでいるのですから。それこそ面妖ではありませんか、ふふ。うふふふ」
 貴音が肩を揺すって笑い、響も声を上げて笑った。
 (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(15〉)



 私は、笑えなかった。
「……ふざけないで」
 二人の声がやむ。
 私はさらに声を上げた。
「あなたたちのお話は興味深いけれど、何度も言わせないで。美希はどこ」
 貴音が小さくため息をつく。寂しげに笑った。
「同じことをおっしゃるのですね、律子嬢」
「同じこと?」
「美希の御両親と。……わたくし、人に殴られたことは初めてでした。塩を撒かれたことも」
 足元が揺れている。列車は走り続け、乗客は誰も乗ってこない。窓の外には何も見えない。
 私は考えていた。考えまいともしていた。考えていたのは、何としても美希のことを聞きださなければということ。考えまいとしていたのは――
 そのとき、列車が大きく揺れた。貴音の抱いた額が明かりを反射し、私はふとそちらを見る。
 笑っていた、はずの美希が。笑ってはいなかった。写真の中で、申し訳なさげに視線を下げていた。その唇が動いた、ように見えた。
 ――『ごめんさい、なの』
「美――」
 思わず私は応えかけたが。再び列車が揺らぎ、足を継いで踏みとどまる。もう一度写真を見たときには、美希は笑ったままだった。
 絶対に、目の錯角だとは分かっているが。それでも私の呼吸は早く、肩がわずかに上下していた。
 そんな私を眺めながら、貴音はもう笑っていなかった。
「律子嬢。一つ、御願いがございます」
 返事も聞かず続ける。
「写真を立てかけておきますので、わたくしはその前におりますので。この遠眼鏡で、どうか御覧下さいませ。……逆さにして、わたくしを」
響が目を見開き、何か言いたげに口を開いた。それにも構わず、貴音は語った。
「もう、潮時かと存じます。貴女に伝えることができた今となっては」
 長く息をつくと顔を上げ、どこをともなく遠い目で見る。
「不甲斐無い友であったと、そう思うのです。わたくしは、自らのことを。もっと、傍にいれば良かったと」
 うなだれる。自らの腕ごと、強く写真を抱き締めた。
「……せめて、只今からは傍にいたい、とも」
  (アイマス乱歩2・写真と旅する少女(16・終〉)



 響は彼女をじっと見ていたが。不意に、大きく息をついた。
「そっか。……そうだな。自分もそうする」
 笑って続けた。
「美希は笑ってくれてるけど。できれば、自分も一緒に笑いたかったんだぞ。もちろん貴音も一緒に」
 目を見開いた貴音に、響は大きくうなずいてみせた。貴音も小さくうなずき返し。
二人は笑ってこちらを見た。
「さ、律子嬢。もう一度、この遠眼鏡で御覧下さいませ。いえ、そこからでは近過ぎます。無礼ながら、もう少しあちらの方から」
 私は後ずさっていたが、追いかけるように貴音が双眼鏡を手渡す。頬は花のように上気していたのに、その手は妙に冷たかった。
 いそいそと響が窓に写真を立てかけ、二人が笑ってこちらを見る。写真の中では笑っていた、プロデューサーも、春香も、やよいも、真も、みんな。お下げ髪だった頃の、私も。ただ、美希の顔だけは見ることができなかった。笑っているに違いないのだけれど、私は目をそらしていた。列車は平坦な道を走っていたはずだが、私の足は震えていた。双眼鏡を握る手も同様に。
 どうしてこうなったのだろう、何でこんなことをしているのだろう。そもそもあんな話、信じてなんかいないのに……なら、なぜ震えている? ――思考が様々に渦を巻き、いっこうにまとまろうとはしない。そうするうちにも私の手はゆっくりと上がり、目の前にレンズを持ち上げようとしていた。二人は写真の前でいっそうにこやかに笑い、写真の中では――
 不意に、写真の額が震えた。表面のガラスが揺れて明かりを反射し、中の写真が見えなくなる。金属を引きずるようなブレーキ音が響き、列車が大きく減速した。その反動で額は窓枠から落ちた、座席の上に。二人がそちらへ駆け寄る中、駅への到着を告げるアナウンスが流れていた。
 貴音は何も言わなかった。響も。私は何も言えず、ただ二人の様子を見ていた。
「……とんだ、長話を致しました」
 静かに貴音がそう言い、写真をなでる。布を広げ、額を包み始めた。
 列車は動きを止め、窓の外にはちらちらと、二つ三つ明かりが見えていた。小さな駅ではプラットフォームにたった一人、駅員がぽつりと立っていた。
 小さく息をついた貴音が、うつむいたまま言う。
「それでは……お先へ。こちらへ宿を取っておりますので」
 響はなぜだか口を開け、貴音の顔を見ていたが。思い出したように何度もうなずき、手早く荷物を取った。
駅員へ切符を渡した二人は、溶け入るように闇の中へと消えていった。こちらを振り向くこともなかった。
 排気音と共にドアが閉まり、列車が再び動き出す。私は全身に揺れを感じながら、二人が消えていった方をじっと見ていた。
 思えば。貴音が額を包んでいたとき、隙間からわずかに見えた気がする。写真の中で美希が、苦く笑うのが。


(了)
>>39 真正ky☆ さん

ありがとうございます! くぅ〜疲れましたw
また何かネタあったらやってみたいです。

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