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小説工房・ExS.ChieFコミュの『救国の英雄 〜詩編〜』

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 暗闇の中に明かりが灯ったのは突然だった。
 上下も左右もわからない深い闇の中で、一点、エメラルドグリーンとスカイブルーを混ぜたような色の光はまさに点としてそこに灯った。辺りを照らすまでの光量は無く、しかしはっきりと明かりとして在る。
 ”――― ―――”
 明かりは数秒、ただじっと灯っていたが、不意に二度、身震いするように微かに点滅した。すると間を開けず、光の点から新芽が芽吹くように光の線が生えた。まるで触手のように、光の線は四方に五本、ゆっくりと伸びていきやがてそれぞれがばらばらの長さで伸張の方向を変えた。ひとつは直角に、またひとつは他の線へ向かって伸張を再開し始め、その運動の中でまずはじめに光の点を中心にした小さな円が形を現した。次にもう少し大きな円がねじれの位置に、その次も更に大きな円が出来上がる。それらは五本の光の線の軌跡が結合して描かれていき、中心の点と円、円と円の間には光の線が互いを結びつける役割を果たしている。
 ”――― ―――”
 幾つもの円がそれまでの円を囲むように形作られていき、やがて光が動きを止めた時に完成したのは球形の光だった。
 光の円が網目を作り、点を中心にしてゆっくりと回転している。
 ”―――― ―――”
 折り重なり、密集した微弱な光は遂に暗闇の中の上下左右を示すものを照らした。
 それは全身に濃い色のローブを被った人の姿だった。
 ”―― ―――”
 そこに観察者がいれば、ローブの人物を奇妙だと思うだろう。厚ぼったい生地を全身、頭から足の先まで手足すら完全に覆い隠すように被り、唯一中身を覗ける顔面部からは半開きの口が弱い光を受けて辛うじて見えるだけ。一切も身動ぎせず、ただそこに突っ立っているだけのそれは、ともすれば銅像にでも間違えられるだろう。
 しかし、それは生きた人であり、そして生きている証明を先ほどから発していた。
 半開きの口から、それはずっと詠われている。
 ”――― ――――”
 光の球が鈍重な動きを止め、その真下に違う色の光が灯った。そちらの光は白亜に鈍く輝き、動きは俊敏に平面の図を軌跡で描いていく。数秒もせず出来上がったのは、二重の円とその隙間に浮かぶ文字のような何かだ。文字と呼ぶには乱雑で区切りや統一感が無く、記号といったほうが近い。
 球と円は淡い光を放ち続け、ローブの人物を上下に照らす。
 下方からの明かりで鮮明になった口元が、それまでの静止から緩慢な動きをはじめた。
「――― ――」
 その時、初めてその人物は声を発した。音と言えるものではなく、あえて言うならラの音に聞こえなくも無いそれは、しかしはっきりとした声だった。
「――――――」
 声は一度の発声から途切れず続く。緩慢な口の開閉に連動して、緩慢な抑揚が流れ、それに合わせて円が動き出す。
 ローブの人物の足元の高さにあった円は、回転をしながらゆっくりと上昇する。やがて真上にある球と接触し、そのまま球を二つに横断する高さまで上昇し続け、球の点と円の点がぴったりと重なり合った。二つの点は溶け合うように融合し、球と円は回転の速度を上げていく。
「――――――――」
 その動きを見届けながら、ローブの腹が揺れ、片手が突き出された。細く華奢な腕だ。ローブの暗い色と対照的な白い肌。しかし異様なのは、その腕のローブから露出して見える部分いっぱいに漆黒の模様が浮かび上がったことだ。何を表した模様なのか、白と黒のコントラストが不気味に映える。
 その片腕を重なった球と円に向け、ローブの人物は最後の声を紡いだ。
「――――……!」 
 瞬間、空間が光に溢れた。
 重なり合っていた球と円の瞬間的な膨張と拡散。それに一瞬遅れて暴れたのは暴風だった。音にならない声以外無音だった空間に、暴風が耳をつんざくような轟音を持ち込んだ。
 ゴアアアアッ……
 暴風はローブの人物をも吹き飛ばし、暗闇すら引き裂かんばかりに唸りながらも、すぐに霧散していった。
「…………………」
 吹き飛ばされたローブの人物――被っていたローブが脱げ、素顔を晒した少女が目を開けると、眩い光が視界を埋めた。思わず目を細め、ゆっくりと目を慣らしていくと、その光が暖かいことと頬を風が撫でていくことに気付く。
「………………」
 遮光生地のカーテンが風にはためき、ガラス張りの格子窓が外に開け放たれている。そこからは長方形に切り取られた青空と雲。先ほどまでの光の球と円はどこにも無い。部屋を照らすのは太陽の柔らかい光だ。
 少女はゆっくりと立ち上がり、ローブの尻をはたき、小さく溜息をついた。眉をハの字に垂れ下げて、窓の外をぼうっと眺めると、一陣の風が通り過ぎていったようだった。

コメント(40)

風の臭いをかぐ、塩の香りがあった。当然だここは洋上なんだから
先ほどの、物見の魔法は失敗に終わった。どうやらこの周辺一帯に対魔法結界が張られてるようだ
そんな芸当が出来るのは、あいつ等しかいない「ムチムチ」だ





伝令管をを使いその旨を報告し、担当兵がそれを受諾し皇女につたえる
別部屋なので聞こえにくいが、皇女の舌打ちがきこえた。彼女も相当あせってる
私たちの船団は、波を切り北へと進路をとっている。理由は簡単だ母国がムチムチに占領され逃げてるのだ





ムチムチの生態は謎に包まれていて、そもそも生物なのかも不明
異型の姿のムチムチは、我ら人をはじめ全ての生物を殺し、土地を荒廃させていった
しかし、生態が謎でも戦わねば成らず、その結果がこれだった
一つ分かっていることは、ムチムチは人の罪を食べて成長する事だけ・・・





「シルヴァのムチムチが北北西上空より出現、数は28体」
伝令管より、報告がきた。どうやら最後のときが来たらしい。ローブを被り直し皇女のいる艦橋に向かう
艦橋では皇女が矢継ぎ早に命令を下しており、私は到着をつたえる
皇女は私を見据えると、意を決したの如く言った
「ジェスカフに乗って、全力で脱出しなさい。当船団はあなたを逃がすための囮となります」
その場に居るもの全てが辛いと思った。でも現状ではそれしかなかった





皇女はかって臆病者だった、ムチムチとの戦いが始まって王族で一番怖がってたのは皇女だった
だから、全てを捨て逃げ出したこともあった
しかし、そのとき発生した損害・・・あまりに大きい損害が皇女の全てを変えていた
もう逃げ出すのは嫌だった





船団が激しい揺れに襲われる、ムチムチの攻撃が始まったのだ
私は突然の揺れに対処できなく、方ひざを着きローブが脱げる。あらわになった顔には醜い傷があった
ムチムチとの戦いに勝利する為に払った代価
誰もが目を逸らす、辛いと思った、かって美しく強かった彼女を知っていたから





彼女は、勝利の象徴だった、ときに絶対不可能と思われる無数の戦闘に、奇跡とも思える勝利をもたらした
だが同時に皆が気づいていた。その奇跡に限界が来てることを
皇女は、彼女を見つめ言い放った
「今まで、ありがとう。でも最後の希望であるジェスカフを失う訳にはいかない」
そうだ、やらなければならないことがあるのだ
涙をこらえ、彼女は騎士の顔に戻る
「了解いたしました皇女さま。これより、ノエル・バックフィールドは任務につきます」
踵を返す、後ろは振り向かない





ジェスカフとは、帝国が総力を結集して作った異形の大竜だ
最強の竜神族の体を利用し、ありとあらゆる魔法・科学技術を注ぎ込んだ最強の決戦兵器
それに乗り、皇女の戦艦から飛びたち、当空域から全速で離脱を測る
2匹のムチムチがそれに気づき、進路を向ける。近場にいた巡洋艦がそれに突撃し進路の変更に成功
小さな勝利、だが次の瞬間には巡洋艦は真っ二つに切断され海底に引きずり込まれていく





船団は良く健闘した。恐らく帝国全ての兵がこのような戦いをしたならムチムチとの戦争に勝利できたと思わせるものだった
だが終局は、確実に迫っていた
皇女から通信が入る「ノエル、今ならムチムチをやれる。砲弾を撃ち込め」
見ると、船団に28体全てのムチムチが取り付いてた。やるなら今しかない





ジェスカフ周囲の空間から分子と原子をかき集め、それを再構築する
光がジェスカフに集まり、急速に形をなしていく、光が消えたとき巨大な大砲が出現してた
船団中心部に砲を向け、トリガーを引く
砲弾は発射されなかった。原因は直ぐに特定できたけど
「ジェスカフお願いだ。撃たせてくれ」
ジェスカフには意思があった、昔の竜神だったころの残滓
「お願いだ、ジェスカフ・・・今を逃したら皆の命が無駄に・・・」





コントロールが戻る、ジェスカフは納得はしないが理解はしたようだった
全ての感傷を殺し、トリガーを引く。猛烈な反動と共に砲弾が発射される
躊躇はなかった。無数の戦闘がそれが無意味なものである事を教えていたから
皇女から再び通信が入る。もう、砲弾が発する電磁波の嵐のせいで雑音しか聞き取れなかった
「今、撃ちました。仇はきっと討ちます」
砲弾は船団中心部に着弾。強烈な爆発と共に全てを破壊する
爆発は本当にすさまじく、ムチムチと船団を含め近くに存在した島々をも完全に消滅させる





ノエルとジェスカフは力を使い果たし、海に落下
落ちていく、深遠のそこに





虚無だけが、そこにあった









皇国アルテオは、嘗ては華やかな都市を誇る、小国ながらも栄えた国だった。
 数百年前の戦乱の世が終わり、少数の国が治める世界の中で最古の国として、他国からも一目置かれる存在感があった。
 しかし、その中枢たる御前会議の空気は、重く沈んでいた。
「連絡がつかない…?」
「はっ」
 重圧のある声に、伝令兵は下げた頭を更に深くした。
「帝国の姫は今日の夕刻には海峡を抜けて我が国に到着すると言っていた。それが、未だ影も見えず、連絡も絶えたとなると……」
 重圧の声の正面に立つ男が呟く。周りに並ぶのが全て壮年である中で、細身で薄い色の髪の男は特に若く目立った。
 玉座に座る皇王が目配せをする。伝令はもう一度深く頭を下げて、早々に扉の置くに消えていった。
「申してみよ、クルツ」
「はい。……申し上げ難いことですが、クォークマルツ帝国の船団は、”侵獣”(カリシュ)に襲われたものと思われます」
 クルツの言葉に、向かい合わせで並ぶ重臣たちの表情は固くなる。
 連絡が取れなくなったと報告があった時点で、いや、そもそも一週間前のクォークマルツ帝国の敗戦の時から、そのことは誰もが予想したことだ。あれらは敗残兵にすら情けをかけない。
「帝国の船団の行方も気になりますが、それ以上に、あの海峡に奴らが現れたことが問題です」
「もうじき、奴らがこの国の領土に来るということか…」
 クルツの前に並ぶ巨躯の男がうめくように言った。中年の顔つきは、白髪の短髪とうっすらと残る傷跡のために年齢以上の風格をもっている。皇国の近衛団長を務めるサイ=グロークンである。
 参謀、クルツ=ヴェルクは頷き応える。
「奴らの”本体”は以前大陸を東へ横断中のようですが、一部が帝国軍を追撃したのでしょう。救援信号を上げる間も無く無線が封鎖された手際から、”旗体”の存在も予想されます。あれがいると、魔法の効果は全て打ち消されてしまいますから」
「しかし、帝国の船団はあの皇女が指揮していたのだろう。そう簡単にやられるとは思えんが…」
「何より、帝国にはアレがあります」
 グロークン近衛隊長の斜め前に立つ外務大臣が添える。
「……魔装機竜(ワイヴァーン)か」
 重い溜息を付きながら、皇王が帝国の決戦兵器の名を呟く。その表情には苦いものがあった。
「かつての戦乱時代、我がアルテオの大地を護った竜神を機械になぞしおって…」
 皇王の代わりに毒々しく吐いたのは、古参の忠臣、エリオット=ガンイ。前参謀長であり現在は現役を引退しているが、状況の悪化のために御意見番として皇王の傍に控えている。年の近い皇王とは古馴染みであるので専ら皇王の話し相手である。
「クォークマルツの技術力は絶大です。死に絶えた竜神を甦らせたのですから。それに、魔装機竜がなければ侵獣はとうに我が国を侵略していたはずです」
「わしは、我が国の守り神であった竜神を他国が好き勝手に扱っておるのが気に食わぬのだ」
 現参謀長のクルツを威圧するように、エリオットは厳つい眉を吊り上げた。
「よい、エリオット。竜神を国のために扱っていたのは我が国も同じこと。今更言うことではない」
「…はっ、陛下」
「議論すべきは竜神のことではなく、侵獣のこと。近衛隊長、海岸部に展開可能な数は?」
「はっ。現在稼動可能なのは、リリー級空母が1つとサイト級巡洋艦4つ、エグズィム級駆逐艦が5つだけです」
 グロークンは、一個師団にも満たない数に、自分で報告しながら心痛な面持ちを見せた。
「先日の、バグラス海での損害が大き過ぎました。人員にも負傷者が多く、旗体がいるとなると迎撃は難しいでしょう」
「奴らの数は分からないのですか?」
 外務大臣の問いに、諜報部長官が首を振る。
「確認する前に魔法壁を展開されました」
「しかし、旗体がいるならば20は超えるはず」
「帝国が少しでも数を減らしてくれれば助かるのだが……こんなことなら、エフィルドに援軍など寄越すのではなかった。あの二個師団があれば、20体くらいどうとでもできた」
 近衛隊長は国を防衛する長として、自分の判断ミスにうめくしかなかった。
「後の祭じゃ、近衛隊長。エフィルドも見殺しにはできまいて。貴様の判断は間違いではない」
「はっ……」
「侵獣を領土に侵入させるわけにはいかぬ。都市防衛隊を残し、全部隊を動員しガーナ海岸部に防衛線を張る。同時に近隣の民間人の退避誘導。諜報部はクォークマルツ帝国の船団の是非の確認を急げ」
 皇王の命令に、重臣は一礼し、それぞれの任務に向かった。
 謁見の間に残ったのは、皇王とエリオット、クルツであった。
「……参謀長、”詩部”はなんと?」
 皇王が低い声で尋ねる。他の者には聞かせられない話の現われだった。
「は。会議前に報告がありました。……”召還”は失敗とのことです」
 皇王の深い皺がより深くなった。傍のエリオットも表情を曇らせる。
「では、希望が一つ、消えたということか……」
「いえ、そうではありません」
「…なに?」
 玉座の二人がクルツに視線を向ける。
「『ここへの召還』は失敗したと詩部は言っておりました」
「…どういうことだ?」
「場所の特定はできないが召還自体は成功した、ということでしょう」
 二人は一度顔を見合わせ、そしてクルツへ視線を戻す。線の細い青年は、少しだけ口元に笑みをたたえて、その言葉に希望を託して言った。
「”英雄”が現れます」
少女は無口だった
始めのうちこそ、被害にあった混乱からか酷く取り乱したが、自分の体が骨折と疲労でしばらく動けないこと
ここは小さい島で、大陸との連絡も直ぐには出来ないと分かると大人しくなった


だが、少女が言った侵獣と呼ばれる化物が迫ってること
早ければ数十日のうちに、この島が属してるアルテオ皇国全土が戦場になることが、村に不吉な空気を生み出していた


「この少女は魔女、あの津波この魔女のせいではないか?」
この島村では、昔から魔法使いを侮蔑する習慣がある
近年、外部との経済交流をやる様になってからは魔法への理解も深まり、昔ほどの偏見はないにしろ
放っとくと、この少女に危害が加えられないとも限らない
たとえ、あの巨竜がこの少女を守護してたとしても心配に越したことは無い


俺は、率先して少女の世話を志願した
少女の身なりは魔法使いそのもので、早くも悪い噂が流れてたから村長は二つ返事で了承した
恐らく、厄介を押し付けることが出来たと思ってるのだろう


「この薬にがい・・・」
少女は、少しづつだが口を開くようになってきた
「我慢しろ、俺はこの島一番の薬剤師なんだぜ。 ちょっと安静にしていれば直ぐに直してやるさ」
窓を見ると、あの巨竜が音も無く現われ、この光景を見てる


この薬を飲ませるのにも苦労した・・・
何せ薬を出したとたん、少女は「ジェスカフっ!!」と叫びあの巨竜を呼び寄せ
それに臭いを嗅がせ始めたのだから


しばらく観察したが、ジェスカフというあの竜は、凶悪な外見に似合わず面白いやつだった
まず、ここ数日で島の鳥々のボスに上り詰めたらしく、多くの鳥と上空を編隊飛行してたかと思えば
鳥たちに魚の取り方を指導し、次の日には魚でおなかを膨らませ昼寝している多くの鳥たちが確認されてる

更に、大津波以降も高波の影響で、漁業に出られない村民を思いやったのか
ジェスカフは毎日、港に大量の魚を陸揚げしていた
草笛が上手く吹けない子供たちに、草笛の指導も行ったらしく、すっかり子供たちのヒーローになっていた


村民と目があえば、竜はちゃんとお辞儀するし礼儀正しい竜だ
つまり、村はジェスカフを大変気に入り、ちょっとしたジェスカフブームさえ起きていた


それに引きかえ…
チラッと、ノエルと名乗った少女を見る
ノエルは、骨折しまともに動けないくせに、夜な夜な俺の目を盗み松葉付けをつき酒場まで行き
大人たち相手にケンカを売り、日々乱闘騒ぎを起こしてるようだ


しかも、小柄な少女のくせに腕っぷしは強く負け知らずと来たもんだ
後日、何故か俺だけが村長に呼ばれ説教を食らう


「まったく、お前は怪我人の面倒も見れず恥ずかしくないのかね?」
村長の説教は始まると長い・・・
「ほら、ジェスカフさんも何か言ってやって下さいよ」
オォォン・・・・
竜は、切なげにないた
 ”侵獣”が現れたのは1年前のことだった。
 世界の大部分を形成するカルカヴァン大陸の西の海に、ある日突然に巨大な建造物が現れた。何も無いはずの海にそびえ立ち、螺旋雲えがきながら雲を突き破りその頂上は遠視の魔法を使っても視認できない人外の塔。そこから、”侵獣”カリシュは現れた。
 塔のそびえる海に面した王国ドルームが、”侵獣”の初めの餌食となった。戦乱時代を生き残ったドルームは、隣国クォークマルツ帝国とエフィルド共和国と度々軍事衝突を繰り返しながら、ふたつの大国を相手に引けをとらない強国である。その軍事力が、1週間のうちに喰い尽くされた。
 三国の仲裁を行っていたアルテオ皇国に無線連絡で、ドルームの王レッテ=ポゥ=アシュー3世の最後の肉声が届いた。

『こ、こちらはドルーム……現在、我が国の首都にや、奴らが攻めてきている…!奴らだっ……ムチムチだ…!もの凄い数だ…さ…万……る…!!気持ち悪…口……き、きたっ!撃ち落とせぇ…!近…るな!ま…だ、アルテ…に……かね…ば…っ………う…だっ……塔が………ああぁぁぁぁっ………』
 
 強力な軍事力にものを言わせた強硬な外交で手を焼かせられていた王国の突然の消滅に、驚愕と恐怖を覚えたのはアルテオだけではなかった。隣国エフィルドと、アルテオと同盟を組むティエルド、その他の内乱の続く東の大陸の小国家群が、ドルームを滅ぼした「ムチムチ」という敵について情報収集に奔走した。そして、クォークマルツに至っては、ドルームの消滅の報とほぼ同時に「ムチムチ」による襲撃が始まっていた。
 五大国家最大の領土を持つ大国クォークマルツ帝国が、他国との連携で「ムチムチ」の侵攻を食い止めていた一年の間に、「ムチムチ」について得られた情報は決して多くは無かった。
 「ムチムチ」とは西の海の塔から現れたと思われる敵性生命体の総称で、確認された種は多数存在するが、形態が違っていても同じ能力であるパターンが多く報告されているため、はっきりとした差異で区別した3種『歩兵種』『旗体種』『女王種』で差別することが一般である。
 『歩兵種』は最も多様な形態が報告されている種で、戦闘はほぼ全て『歩兵種』が行っている。太い触手を手足のように生やした『士級』、槍のような硬質な突起物を生やした『騎士級』、鳥を模した『飛士級』などがあり、どれもが小型で―級や個体によって多少の違いはあるが―全長5メートル程度である。ちなみに、『歩兵種』はどれも体表面が膨張した肉塊のように弾力があり、その外見的特徴からドルームの兵が「ムチムチ」と呼んだために、他国に「ムチムチ」という名称で知れ渡った。。
 『旗体』は戦闘を行う群団の指揮系統を担っている種と思われ、直接戦闘に加わるケースは稀である。『歩兵種』の指揮の他に、近代は通信や機械の動力として使われる魔法の効果を打ち消す結界を展開する能力を有しており、そのために『旗体』がいる戦域と外部との魔法を使用した無線通信は無力化される。結界の境界面に魔法を反射する性質があり、内部での使用には支障は無いが、戦域を離脱する際には魔法動力が停止してしまうために存在が確認された場合には攻撃の最優先目標とされる。
 『女王種』。これは、現在個体が一体のみしか確認されておらず、「ムチムチ」の発生源ではないかと推測されている。実際に姿を確認したのは一度のみ、それも敗走した部隊が偶然に遭遇したので十分な観測は為されていない。しかし、生還した兵士の証言などから全高約120m、全長約100mの大型種であることが予想されている。
これら、「ムチムチ」の情報を得たアルテオ皇国が、戦乱時代以前の文献に記された人類の敵の特徴と類似点が多いために”侵獣”と断定したのであった。
 「ムチムチ」―”侵獣”は、個体の戦闘力は高いものではない。駆逐艦一隻で『歩兵種』5体は大した問題も無く撃退できる。しかし、”侵獣”の恐怖は圧倒的な物量にある。『女王種』が生み出しているのか、個体での繁殖なのか、”侵獣”は初めてクォークマルツ帝国と戦闘を行った時から報告される個体数は増えるばかりである。一度の戦闘で例え全ての”侵獣”を殲滅したとしても、一日も間を空けない内に倍近い数が攻め寄せてくるのだ。初めは優勢を保ち、旧ドルーム領の国境近くで踏み止まっていたクォークマルツ帝国は一ヶ月の内に領土の4分の1を食い尽くされ、他国との連合軍が加勢しても、日に日に防衛線は後退し続けていた。
 それでも、一年近くもクォークマルツが生き残ってくることができたのは、クォークマルツが誇る魔装機竜「ジェスカフ」とそれを操る無双の魔法使いの威力あってのことであった。
 しかし、長く続いた激しい防衛戦にクォークマルツの国力は限界を向かえ、遂に一ヶ月前、首都を放棄し国民の他国への避難を護衛するための特攻まがいの誘導作戦を慣行し、帝国最強の戦団は敗走。また、秘密裏にアルテオに送られるはずだった魔装機竜と魔法使いも”侵獣”の追撃に遭い行方不明となった。
 人類最強の兵器を失い、増殖と侵食を続ける”侵獣”の脅威は遂に残り三国となった巨大国家を侵し始めた。そして、終焉の世のビジョンは今や誰もが想像を容易にしていた。”人の全てを喰らう侵略の徒”による終焉を――。


「…しかし、まだ、希望は残っている……」
「……………」
 薄暗闇の部屋。淡いろうそくの明かりが風に揺れる。
「…まだ、終わりは見えていないはずだ」
 明かりの照らされる青年が、部屋の隅に座る少女に視線を向けた。
「……そうだね、リリン」
 少女は応えない。青年の声など聞こえていないかのように、ぼぅっと宙を眺めている。
 しかし、それは否定の意味ではない。
 青年は窓の外に視線を戻し、線の細さに似合わない強い意志のこもった瞳を月明かりに照らす。
「…救国の英雄………見つけねばならない」
 
渡洋形駆逐艦パニッシャーのセルゲイ・ヴィンセン艦長は相変わらず不機嫌な顔をしていた
理由は死ぬほどたくさんある
対侵獣<イルシュ>用に特化された最初の駆逐艦として建造された本艦だが
あまりに新技術を導入しすぎたために、あちこちで不具合が続出していたのもある


その一つが蒸気機関だ、確かにこれのお陰で並みのイルシュに追いつかれることはなくなったが
蒸気機関の推進部、両舷の外輪がひどく波に弱いのだ
20?カノン砲が30門という強武装と、木の船体の上に張られた装甲と相まって、戦闘や荒天時に横転しかねない危険性もある


さらに蒸気機関は帆船に比べ速度は出るが、石炭を死ぬほど食うために
ありとあらゆる場所に、石炭を詰め込む必要がある
このために移住性が極端に悪い


しかも・・・
「艦長、お茶が入りました」
副艦長ナタリー・セルスコットが盆に載せ、茶と菓子を持ってきた
目の前に副官が茶を置く数秒、でかい乳が視界をうめる
いきなりドアが開く
「副艦長っ、ダメですお茶くみはぼくの仕事なのです!!」
給し係のミネアが飛んでくる


ミネアがおさげのリボンをぶんぶん揺らしながら怒る
彼女らは女の子だ
いや、それどころかこの艦の艦長以外の全てが女の子だった


理由は…、侵獣<イルシュ>との長期に渡る戦いで男の兵が死にすぎたから
女を戦場に出すべきではないという意見は強くあったものの、そのような美徳をなす余裕はアルテオにはなくなっていた
前を見る、ミネアがナタリーにうまく丸め込まれていた。いつもの光景だ
これらを見るたびに、少女たちすら戦力化しなければ戦線を維持できない現状に絶望を感じる
それがセルゲイ最大の不機嫌の原因だった


「艦長、目的海域に到着しました」
航海長のラミットが目に前に来て報告した
海図を確認する。「情報は本当だったみたいだな・・・くそ」
その海域には、イルシュの死骸が散乱していた


数日前、アルテオの帝都に野生の翼竜が現れた
それ自体は大した問題ではなかったが、問題はその翼竜が届けた封書にあった
クォークマルツの脱出船団は、イルシュによって全滅。魔装機竜ジェスカフと同操縦士ノエルだけ生き残った
ノエルらも無事ではなく、消耗しているため暫く動けない
船団の最後の決戦海域は、アレクサンドリア諸島西方海域・同諸島の最南端の島、シミリーに我はいる


パニッシャーは、このアレクサンドリア海戦の成否を確認するためにここまで来ていた
恐らく、シミリー島にも今頃ノエルらの迎えの船が来てることだろう
甲板から、飛竜を解き放ち偵察を開始し、魔道師らにも物見の術を始めさせる
攻撃の規模から完全消滅したイルシュもいるだろうが、確認された奴らの死骸は19体
報告より9体発見できない


セルゲイは舌打ちした、死骸が確認できない場合、今までの戦訓から奴らは6割以上の確立で生存している可能性が高い
艦隊本部に連絡して偵察範囲を拡大する必要があった

「あ、おかえりノエ…ぅわっ!?」
「ミュン、急いで仕度っ」
 玄関を開けるなり早足に階段を駆け上がるノエルに、箒を手に掃除に勤しんでいたミュンは突き飛ばされれた。乱暴なドアの開け方も、間接が外れそうなドツキも慣れたものだからいいのだが、しかし今回は襟首を掴まれたまま階段を引き摺られる過激な挨拶だった。
「…ぐっ……し、死ぬ……っ」
「何言ってんの!早くしないとほんとに死ぬのよっ」
 ノエルは怒鳴り、顔が真っ赤になったミュンを部屋の前で捨て去るように解放し、部屋の中に飛び込んだ。
「げほっ…な、何?今度は何?」
 ミュンは喉を押さえながらよろよろと立ち上がり、「ノエルの部屋」と彫られたミュンお手製のプレートが下がった扉に問い掛けた。中からは何やらタンスをひっくり返しているような不穏な物音が返ってくる。
「今度は誰に喧嘩吹っ掛けたんだよ?ドットさん?道具屋のアルおじさん?あ、まさか!八百屋のメアリおばさん!?また万引きしようとしたの!?」
 ダメだよおばさん次こそは野菜と一緒にコマ切りにしてやるって言ってたじゃな……
「ちっがう!この馬鹿っ」
 突然扉が開き、ほぼ同時に人間ほどの大きさの物体がミュンの鳩尾を直撃した。
「…ご、は……」
 堪らず倒れるミュン。その上からノエルの相変わらずの怒鳴り声が降りかかる。
「そんなチンケな話じゃないわ。本当に死ぬかどうかの瀬戸際よっ」
「…いたた……だから、何がどうしたっていうんだよ?」
 ノエルの言っていることの1割も理解できないミュンは、痛む腹を押さえながらもう一度立ち上がる。これだけヤラれても少しも怒った様子を見せないのは、ノエルの人生ではこの軟弱な青年だけであったが、そんなことは今はどうでもいいことだ。足元のミュンに直撃した物体―巨大なバッグを片手で持ち上げて肩に掛けるながら、傷跡を隠す包帯で半分が隠れたしかめ面をさらに物騒に歪める。
「奴らが来るの!多分っ」
「奴ら?」
「そう、奴ら!」
 言って、奴らって誰だよ?というミュンの質問を背に階段を駆け降り外に出ると、ちょうど家の前に着陸したジェスカフを見上げた。
「ジェスカフ、気配は?」
「グルルルゥ……(今のところは無い)」
「そう……でも、奴らはきっと現れるわよ」
「ね、ねぇ?一体何があったのっ?」
 ミュンは不穏な空気のノエルに問い掛け、ジェスカフに目で問うが、そのどちらも答えはしなかった。だが、その様子はただごとではないのだとは感じ取った。ミュンは、まだ『侵獣』が島の近くにいるかも知れないということ、『侵獣』の恐怖を知らなかった。
 
 ―そして、この一時間後、ミュンは人類の恐怖を目の当たりにした。
始めにムチムチを発見したのは、アルテオ海軍の定期哨戒艇33号だった
発見地点は、アレキサンドリア諸島から南西1,200kmの海域。敵の規模はシルヴァのムチムチ9体


哨戒艇33号は、無線でその報告をした後に幸運にもムチムチから離脱に成功
さらに撮影した写真を、連絡を受け取った駆逐艦パニッシャーの艦載竜を使いアルテオの帝都、セントレアに送り届ける大金星をなしとげた


その情報でセントレアに配備されてた軍事戦力の大移動が開始される
港のいた艦艇らは、すぐさま外洋に繰り出し。それらに搭載される翼竜たちも航空基地から飛び立ち始める


圧巻だった。大空には1,000体を越える竜とそれを操る竜騎士で埋め尽くされ
この国が、ムチムチの脅威で死の側にいる事実をほんの一瞬忘れさせてくれる
その竜たちの中心に一際大きな飛行体があった


竜ではない、新型の巨大蒸気飛行船だ。
飛行艇の名は、セントヴィンセント。ヘリウムだけでなく、翼を付け、船体自体も揚力を得られる構造にしたことにより大幅にフリースペースを確保し
新開発の熱伝導を改善した蒸気機関の搭載により、飛行艇としては未曾有の40ノットの速度を出すことが出来るアルテオ期待の星だ
同飛行船の後方をみると、基地からは同じ、セントヴィンセント級飛行船が次々と飛びだって行く、総数は6集


先頭を行く、同級一番艦では、緊急作戦会議が開かれている
「厄介なことが起きました、詩部が召喚したと見られる「英雄」の反応がどうやらアレキサンドリア諸島にあるようです」
報告を聞き、進行役のアルテオ皇国第一皇女である、ミランダ・デァ・アルテオが目を吊り上げる
「詩部も厄介なものを召還したものだな。ムチムチに対抗する決戦存在を時空の果てから呼び寄せるとは正気の沙汰ではない」
詩部から使わされたロンド・ブリックと名乗る男は、あくまで強気に返す
「詩部が呼び寄せた英雄は、今大戦に必要不可欠な存在です。だがどんな状態で召還されたか分からない。そのため保護が必要というのが詩部の統一見解です」
ミランダが手甲は嵌めた手で机を強打する。力が強すぎてヒビどころか机が粉砕した


「あの計画は無駄とは言わないが、時期尚早だった。ムチムチの巣のおかげで発生した時空の揺らぎを利用し
その不確定な世界の扉に、魔力という意思でもって空間にムチムチの決戦存在というファクターを介入し、我々が望む英雄を釣り上げる」
ミランダはそこまで言って、一端区区切る
周りをみると誰もが沈黙していた。極秘である筈の詩部の計画を暴露する意図を測りかねてる様子だった
「上手く行けば人類は幸せになれただろう、だが計画を実行する時期が早すぎた
時空の揺らぎは、まだ我々の魔法知識では未知数の部分が多いし、実態が良く分かってない」


ロンドは、反論を開始する
「なら何回でも試せばいい。どんなことにも臨床実験は必要だ」
ミランダは嘲笑した。愚かな詩部は何も分かっちゃいない。数枚の写真を投げつけてやる
「これは・・・?」
ロンドは首をかしげた
ミランダは。それに対し悪戯を暴露する子供のような笑みを湛え、言い捨てた
「今から3時間前の、ムチムチの巣の航空写真だよ」
その写真は、海上とその周りの地形が写ってるだけで、ロンドは震え始める
「馬鹿な、ありえない・・・あの海の上の宮殿がないじゃないか・・・」
ツカツカと歩き、ミランダはロンドの胸倉をつかむ


「ムチムチには知能がある。これはムチムチが我々に同じことをさせない為の対抗措置よ」
彼はミランダの胸倉を掴み返しは吼える
「狂言だ!! ムチムチなどと言う下賎な生物に知能などと!!」
汚らわしいものを捨てるように、ミランダは男を投げ飛ばす。もう彼女の目には冷たいものしかなかった
「あのような高等な戦術をとるムチムチが、無知能だとでも?
詩部の計画は失敗したかもしれない。もう奴らは我々に英雄を召還させないだろう、写真と同時に揺らぎの計測を行わせたが、揺らぎは急速に小さくなっている」


縮こまったロンドに、ミランダは最後の言葉を吐いた
「英雄は回収してやる。だがそれが使いものにならなかったら詩部は唯では済まないよ」
絶望したロンドに背を向け、ミランダは具体的な作戦計画を開始し始めた
その日、シミリー島に起きた最初の異変は、アルテオ軍の翼竜部隊が舞い降りたことだ
その翼竜部隊の隊長は、ここにムチムチが迫ってるから村人たちは逃げること、ノエルとジェスカフのアルテオ帝都への移動を望んだ


その報を聞き、ノエルらは翼竜部隊の待つ広場へと歩く
広場まで行く途中、村人たちは部隊からノエルがどんな存在か聞いたらしく明らかな敵意を向けていた
「裏切り者」「津波はこ女のせい」「魔女を信じるべきではなかった」「暴力女」「殺人鬼」・・・様々な罵倒が彼女に掛けられる


ミュンがそのつど止めに入るが、誰も聞き入れない
やがて、一人の女の子がノエルに石を投げつけたのを皮切りに、村民たちが集団で物を投げつけ始める
体を張って、ミュンはノエルを守ろうとするがどうしようもなかった

不思議とノエルはそれに贖うことはしなかった
何故なのか。不思議と思いミュンは口を開く。どうして?
ノエルは意地悪な顔をして答える。いつもとは何かが致命的に違った


「わたしね、体の6割をムチムチに食べられたことがあるの。だからね人じゃないの」
ミュンは驚いた顔をした
「なに驚いてるの、知ってたのでしょ。あの薬草、成分にミスリル銀が含まれてたでしょ?
怖いことするわね〜、ミスリル銀は人には猛毒のはずよねぇ・・・。まぁ、ミスリル銀には強い魔力があるから毒性を考えなければ魔法使いに対しての処方は正解だけど」


「もういい・・・言わなくて・・・」
ミュンは苦虫を噛み潰した顔をした。こんな話聞きたくない
「だからね・・・、わたしの体、なにで補ったと思う?」
ミュンはノエルを抱きしめた
「いいんだ、言わなくて。俺はキミがどんな存在だか知ってる
ずぼらで凶暴で食い意地が貼ってて、掃除しなくて我が侭で・・・、でも優しくて思いやりがあって・・・
知ってるんだ。村人たちとケンカしても決して、怪我を負わせなかったし、その後は俺やジェスカフを使って薬草なんかを届けてたじゃないか?」


島の鳥や竜たちが一斉に、空に羽ばたいた
無数の羽音で、一瞬何も聞こえなくなる
「あぁ、あれね、もうすぐこの一帯は戦場になるからジェスカフが生物たちに逃げるように言ったの」
二人はしばらく抱き合っていた。村人の目なんか知るものか
鳥や竜たちは直ぐに逃げずに、島の周りを旋回していた


「馬鹿ね・・、あの子たち自分らも戦うって言ってるわ。無駄死にするだけなのに」
なぜ、ノエルがこんな絶望した目でいるのかミュンには分からなかった。でもミュンはどうにかしたくて
腕の中にいるノエルのいとおしくって、唇をよせる
轟音がした。ジェスカフが吼えたのだ
そのときノエルがなにか言ったが、ミュンには聞き取れなかった
旋回を続けてた鳥竜らは、ジェスカフの恫喝によって逃げていく


唇が重なる直前、ノエルがミュンを投げ飛ばす
背中に激痛が走る、そしてノエルは掴んだ手を自らの服のうちに潜り込ませた
ノエルの体は変な感触がした。ごつごつしてて表面にざらつくトゲのような感触もある
涙がこぼれてくる


「以前ね、ジェスカフはムチムチの女王様を一体倒してるんだよ。その女王の体を利用してわたしは再生された。ジェスカフを操縦するさいの、凄まじい戦術起動に耐えられるために」
手が離される、手は酸を掛けられたような鈍痛がした
「だからね、わたしの体、女の子じゃないんだよ」


ノエルは涙を流していた
「だからわたしは人を愛せないの。じゃあねミュン、恋愛ごっごはおしまい」
「待ってよ!ノエル!」
 ゴオォォォ……
 ノエルを乗せたジェスカフの暴風を伴う羽ばたきがミュンの声を掻き消し、それでもミュンは叫ぶのを止めなかった。どんどん高く舞い上がっていく巨竜の腹を見上げながら、愛しい彼女の名を。しかし、届かない。
「ノエル……ノエルゥゥ…!!」
 
「グウゥゥ……」
「…いいのっ。元々、あんな奴と仲良くするつもりなんて無かったのよ。でも、馬鹿みたいに言い寄ってくるから、仕方なく、よ」
「ウゥゥ…」
「ミスリル銀の精製なんて、本物の魔法使いくらいしかできないじゃない。どこで憶えたのか知らないけど、使えそうだったからね。それに……」
 索敵範囲内の反応無しを確認し、艦隊への通信を開く。オンボロの機器はすぐには繋がらず、雑音が走る。
「…私だって、一生に一度くらい、ああいうこともしたくなるのよ……」
 歴戦の魔法使いは歴戦の戦友に諭すように言った。その実、自分の本心を必死に心の底に埋めようとしていることに本人は気付いているのか。
 最強の魔装機竜はそれ以上は何も言わなかった。
 ノエルは服の袖で目元を拭い、その服がいつか裁縫が得意な彼が縫い繕ってくれたものだと気付き、一瞬顔を歪める。
「…さっ、気ぃ引き締めていくわよ、ジェスカフ!」
「グォオオォォ……」
 巨竜は羽ばたき、艦隊の待つ座標へと首を向ける。
 ノエルは操縦桿を握り締め、顔の包帯を取り払った。その素顔には、”侵獣”との戦いの傷跡、決意の刻印が刻まれている。
「…………」
 この傷跡は自分の自分たる証。自分がまだ人間でいるという証。
「……でも……」
 今は、こんなにも……。
 ノエルは通信のノイズが取れるまでの間、腕に顔を埋めた。

 そのために、気付くのが遅れた。

「グオォォゥ…!」
 キィィィィン……
 ジェスカフの咆哮と頭の中に高音が走ったのは同時だった。
「…な、なんだ…これっ…!?」
 上空を見上げていたミュンは膝を折り、両手で頭を抑えた。
「……耳…頭が…っ……!」
 まるで、頭の中で鐘を思い切り鳴らされたように、脳に直接に響いてくる。
「…ノエル…?」
 反射的に見上げると、そこには先ほどまで腹を見せていたジェスカフが急旋回しようとしているのが見えた。性格に似合わない獰猛な竜の顔がこちらを向いている。
 その目が何かを言おうとしているように見え、ミュンは聞き返そうと立ち上がり掛け、
「……え……?」
 背筋に何かを感じ振り返った。振り返ろうとした。しかし、不思議と体は動かなかった。
「…あれ……」
 おかしい。そう思うのと、体の右半身が生暖かいことに気付いたのは直後だった。
「……あ……れ………?」
 赤い。何かが。流れ出ている。
「ミューーンっ!!」
 赤く霞む世界。彼女の声が最後だった。
どうやら空中に投げ出されたみたいだ。
いつまで落ちていくのだろう、さっきから身体のの感覚すら消えてきている。
「・・・死んでしまうのだろうか?」
もう意識さえもはっきりしていない、このまますべて終わってしまうのだろうか?
そんな疑問ばかりが頭を駆け巡るなか、意識は深い闇の底へ消えていった・・・



その頃、荒野に二つの人影があった。
二つの人影は鎧を着込んでいて、何か武器を構えている。
一人は自分の身長より大きな剣というにはあまりにも規格外の大きさの剣を構え、もう一人も信じられないほど巨大な弩を構えていた。
「こんな話聞いてないわよッ・・・」
大剣を構えたほうが小さくつぶやいた。
「侵獣が出るなんてそんなこと聞いてなかったのにぃ!」
そう叫びつつ弩に弾丸を装填する。
「歩兵種だけってのが唯一の救いね」
「でもこれって狩人の仕事じゃないでしょ!師匠!」
「あまりわめくんじゃないよ!斬り込むから援護しな!」
「わかりました!師匠!」
そう叫ぶと大剣を構えた狩人が、大剣の柄にあるスイッチを押した
すると大剣の刃があるべきところから鋼で出来た牙が飛び出した。
「うるぁぁぁぁぁぁ!」
雄叫びをあげると、一気に駆け出した。
その後ろから的確に弩の弾丸が侵獣に向けて放たれる。
その一撃が侵獣を捕らえた、次の瞬間に獲物は火に包まれていた。
ただの弾丸ではない、弾頭には発火剤が充填されていて着弾と同時に燃え広がる焼夷弾だ。
標的が怯んだところを大剣を横に薙いだ、ものの見事に獲物は上半身と下半身が血飛沫を撒き散らしながら別れを告げていた。

上半身と下半身を分断されたもの、左右に分断されたもの、火だるまになって炭化してしまったもので荒野は埋め尽くされていった。
その頃、ミュンの肉体はというと、ノエルの魔法のおかげで辛うじて生をつないでいた。しかし、精神はいまだにあの世とこの世の境目をさまよっていた。

「ここはどこだろう?  あぁ、そうか。 僕としたことがノエルのことばかりが気になっていて、背後にいた侵獣に気が付かず、そのままこの世とお別れしたんだっけかなぁ・・・」

「人の命って、なんかあっけないものだなぁ・・・  この僕が、ノエル以外何も見えなくなっていたなんて・・・」
「これも、きっと心のどこかでジェスカフとの約束を、気にかけすぎていたのかなぁ・・・・」
「約束かぁ・・・」

《数ヶ月の嵐の夜》
 村の港に怪我をした少女を背負った竜が現れたのだ。村人たちははじめ、竜が現れたことに驚き、戸惑っていたが、怪我をした少女に気が付くと、この村で唯一の医者である私のところへと、村人総出で運んできたのであった。
 そう、これが僕とノエル、そしてジェスカフとのはじめての出会いであった。
 僕はすぐさまにこの重症の少女、ノエルを診て、治療をしなくてはと思い取り掛かった。ところが、ノエルの体は普通の女の子の体とどこか違う気がした。容姿は普通の女の子と変わらないのだが、内臓の配置が・・・・・・ 
「この子はいったい・・・」
 一瞬僕の背筋に悪寒が走った。
「でも、ここでこの子を見殺しにしたら数年前に、救えなかった村長さんのお孫さんの二の舞になってしまう・・・ そしたら、この僕はきっとこの村から追放されることになってしまう。 でも、この子の体はどこをどうすればいいのか僕にはわからない。 いったい、どうすれば・・・」

その時、頭の中にどこからかテレパシーが送られてきた。
「(少年よ、家の裏の岬まで来てはくれぬか? 話したいことがある。)」

僕は一瞬あたりを見渡した。 しかし、手術室には僕一人しかいない。 
「(その少女を助ける方法を童が教えてあげよう。 汝はその子を助けなければならぬのだろ?)」

僕は半信半疑だったが、今はそれどころではない。 わらにもすがりたい気持ちでその子を助ける方法を知りたかった。 だから僕はその岬まで行ってみたのだ。

そこには光り輝く一人の金髪の長い髪をした美女がいた。
「(聖母マリア様ってこんな感じなのだろうか?)」
無意識に僕の頭の中にそんな言葉が現れた。 だが、よく見てみると、普通の人とどこかが違いようなところがあった。 金色の2本角、爬虫類のような尻尾、それに鋭いつめ・・・・
「(なんか、竜が人の姿をしたらこんな感じなのだろうか)」
なんてことも思い始めた。

「汝をわざわざ童のところに出向かせてしまってすまない。」
その透き通った声は、さっきのテレパシーで僕の頭の中に聞こえたものと同じであった。
「分け合って童のこの姿は人に見せることは本来できぬ故に汝を呼び出してしまったのだ。  であるからして、今ここで見たことは隠密に願いたい。」

「まぁ、いいですけれども。 でも、どうしてですか?」

「やはり、一応簡単な説明くらいは必要じゃな。 ずばり言わせてもらうと、童の本当の姿は先ほどこの村にきた、汝が治療をしている少女を乗せていた竜なのじゃ。」

「ふむふむ・・・   ・・・って、え〜っ!? 」
予想通りの結果に僕は一瞬驚いてしまった。

「汝もすでに気づいていると思うのじゃが、その少女の体は、今は人のものではない。 簡単に言うと侵獣と同じものじゃ。」
「だからといって、この少女は侵獣などではない。  この少女も元来普通の少女にしかすぎんかった。  しかし、先の戦いで、侵獣にやられ、命尽きる直前に童の力で、少女と侵獣を融合させることによって辛うじて命を取り留めたのだ。  だから、治療するに当たっては、侵獣を治す方法でやればよいのじゃ。」
「たのむ、 あの子、いやノエルの命を救ってはくれぬか?」
ジェスカフが泣きながら抱きよってきた。

僕は孤児だったので、
「(お母さんに抱かれるってこんな感じなのかなぁ? 暖かくて気持ちい)」
などといったことを考えていたが、
「わかりました。 僕がちゃんとあの子を治してみせます!!」
こぶしを握り締めながら僕はそう叫んだ。

するとジェスカフはさらに僕をぎゅっと抱きしめて
「ありがたい。 まことに童はうれしい」
「ついでに、もうひとつ頼みたいことがあるのじゃが・・・・  ノエルをいつまでも人として・・・ ではなく、ノエルはいつまでも人のままだと童は思うのじゃ。 例え今はあのような体じゃが、きっともとに戻せる方法もあると思う。」 
「確かに、これは私のわがままじゃが、汝が気に入ってくれれば、ノエルを家族にしてやってはくれぬか?」












そんな約束を僕はジェスカフとしていたのであった。
ノエルが目を覚まして動き回るようになると、わずらわしくて、
「こんな子、早く怪我が治ったら、出て行って欲しい」
なんて、思っていた・・・・・・・・・・はずだった・・・・ 

「でも、やっぱり僕ノエルのことが・・・・・・・」
そんな思いがいつの間にかできていたことに、死んでからきがついた。そして、
「ジェスカフとの約束を守らなくちゃ!! こんな生死の境目から早く抜け出してやる!!」
僕の思いは一気に”生”の方へと向かいだした。
30分後、いつのまにか自分は寝ていたらしく、目を覚ますと腕伸ばして欠伸した。
「…外にでも行きたいかも。気分転換に良いかもな。」
頭を掻きながら、ドアを開けて外に出た。
外に出ると風が吹いてて、寒かった。
「うぅ〜。寒いなぁ…。」
腕組ながら、少しずつ歩いた。
「何でこんなに寒いとは思わなかった…。はぁ…。もう帰ろうかな?」
と思ったら、一瞬だけ人影が…。
「???」
人影が見えた所に行くが、人の気配は無い。
「まぁ、良いや。さっさと帰るか!うぅ〜。寒いなぁ…。」
両腕を組ながら部屋に戻った。
アレキサンドリア方面に展開したアルテオ軍の蒸気飛行船セントヴィンセントでは戦勝ムードが漂っていた
侵獣どもはあらかた駆逐した。あとは英雄の探索だけだ
しかし、そんな中であって総司令であるミランダ第一皇女は浮かない顔をしていた
おかしい。勝ち過ぎてないか?
戦闘が始まってから、やつらが決まって発生させる対魔法結界が観測されてないのも不自然だった
眉間に皺を寄せる。考えるんだ何かあるかも知れない・・・


作戦司令部の戦力展開図を見る。そこはこの戦闘域に展開中の兵力と、それらの戦闘記録が簡易的に書き記されてある
戦力が一点に集中しすぎていた。思ったより広範囲に展開していた侵獣を追いかけ戦力の集中運用を行ったためだ。兵力の集中は作戦の王道・・・・・・・・。
そもそも侵獣の目的は何だ、アルテオ本土侵攻への休憩場所としてアレキサンドリアへ侵攻したのか?
それとも何か別の・・・・英雄か?
だが英雄が侵獣にとって脅威だったとしたら、もっと大兵力を投入してた筈だ。こんな・・・
そこまで考えたとき連絡が入る。「西南より新手の侵獣を発見しました。数はシルヴァのムチムチ24体」
下唇を咬んだ。少し数が多い、やっかいだな


報告は続く、「北北東より侵獣を発見。数は旗体級4体にシルヴァのムチムチ13体」
数分後、「南西より、小型ムチムチ多数。数は少なくとも1000体以上!!・・・・・・その後方に未確認の女王級が1体います!!!!
ムチムチの対魔法結界も発動しています!!」
ミランダは手甲で机を粉砕した
「しまった、嵌められた。これは我らをまとめて潰すための罠だったのだ!!」
顔を怒りで朱に染め。ミランダが逆上する。しかも、どれも距離が近すぎる偵察部隊はなにをしてたのだ
今しがた、以上なしとと無線で伝えてきたセントヴィンセント至近にいる防空翼竜隊に望遠鏡を向けてみる。翼竜隊員ら全員の頭に変なものが付いてた
新しく採用された兜だろうか。しかし、そんな話は・・・。そこで気づいた、そんな馬鹿な・・・あの兜に見えるものは人の意思を乗っ取る、カノンのムチムチだった


ミランダは叫んだ。「全ての翼竜部隊に母艦への帰還命令を出せ。そむいた兵士はムチムチに乗っ取られてる可能性が高いぞ!!」
アルテオ軍は大混乱に陥った。馬鹿な今まで勝っていたのに
ミランダは決断した。このままでは全滅しかねないアレキサンドリア方面から撤退すると
詩部からの使い、ロンドが寄ってくる
「待って下さい。話が違うじゃないですか。英雄なしでは我々は侵獣に勝てない!!」
何も言わず行き成り殴り飛ばす、「役に立つか否かもどうか分からないモノより、現有兵力の温存の方が重要だ。今は布陣が悪い、撤退し再度こいつらに挑む」
ロンドは殴られても半狂乱で、ミランダの脚にしがみつく。お願いしますお願いします、このままじゃ俺達はジリ貧なんだ妻や子を守りたいんだ
襟首をつかみロンドを壁に叩きつける。鈍い音と共にロンドが崩れ落ちる
「今は、愚かな男の面倒を見てる余裕はない」
ミランダが去っていく。その後ろ姿をロンドは打撲だらけになりながら見てた
「役に立たない訳がないじゃないか・・・」
ロンドは泣きじゃくりながら、首に掛けてあった謎の金属片を握り締める
「だって・・・だって・・・こんなにもこれ温かくなってるんだぜ?・・・チクショウ・・・ちく・・」


そのとき、その金属片が光り出す。それは温かく優しい光だった
「呼んでるのか・・・?」
金属片は、英雄を召還したとき辛うじて手に入れることが出来た英雄の一部らしきものだった
それはロンドをどこかに導いていた。外を見る、カノンに寄生された翼竜部隊が片っ端から対空砲で打ち落とされていた。怖かった
金属片は外に誘っている
確かに、ロンドは無能な男かも知れなかった。役立たずかも知れなかった。だが大切なものを捨て逃げ出すような男では決してなかった
次の瞬間には、彼は飛行甲板に向かっていた。そこには何かしらの翼竜がいるはずだ
それに乗り、英雄の元へ向かおう


飛行甲板は地獄だった。戦闘で負傷した兵と竜らの絶望と高揚の絶叫によって
ある兵が、負傷した竜に乗りこみ飛び立つロンドを目撃している
その兵は、ロンドが第一皇女に投げ飛ばされ惨めに泣いてる姿を見ていた。だが違和感があった
投げ飛ばされてるときのロンドと、今飛び立って行ったロンドは同一人物だったろうか
もし、戦場で背中を任すならあんな男がいい。その兵はそう思った

時を同じくして旗艦レヴィヤタンの甲板上も例外なく凄惨な状況だった
救護兵がひっきりなしに駆け回り負傷者の収容に当たっているなか、その男は値踏みするような目で負傷者を眺めながら何かをつぶやいていた

「三等級」

「二等級」

「問題外」

男は着ている白衣と同じくらいの白さの髪を時折触りながら悠々と甲板上を歩く、何か探し物をするように


「もうダメだ!止血ができない!」
「こっちに鎮痛剤と輸血の準備を!」
「そいつはもう死んでる!こっちを手伝うんだ!」
看護兵の悲鳴にも似たような叫び声が響き渡る、甲板上には所々血の川が流れている

白髪の男は足を止めた、その兵は全身に大火傷を負って、胸からは黒くなった血があふれていた
白髪の男が妙に響く声で近くにいた兵士に聞いた
「こいつが死んでからどれくらい経つ?」
居合わせた兵士が答えた
「つい数分前に出血多量で死亡しました、心臓に破片を受けたらしく」
「こいつを私の研究室まで運べ」
「はぁ・・・了解しました」
数分前に事切れた兵は手術台の上に横たわっていた
白髪の男が不快な音を立てながらカプセルの中の形容しがたい物体を子供が玩具を見るような目で眺めていた
その時、何者かが研究室のドアを開けた
「・・・これはこれは提督、こんなところになんの御用で・・・」
甲冑を身に纏った初老の男が研究室の中に入り込んできた
「サヴァン、この実験に1個艦隊を犠牲にした価値はあるのだろうな?」
「そりゃもう・・・ムチムチの心臓が手に入ったのですからねぇ」
「超越者は産み出せるのだな?」
「ええ・・・私の腕をもってすれば」
白髪の男が義手をギシギシと鳴らした
「自分の身体くらいきちんと整備しておけ」
「へへぇ・・・・心臓が手に入ったと聞いたときから興奮してましてね」
「お前の奇妙な論理にはいつも感服させられる、結界法則、このレヴィヤタンの主砲の電磁誘導機構、次は神への挑戦か冒涜か」
「そんな大それたことは・・・ただの心臓移植で」
「超越者計画は陛下の大意だ、それを忘れるな」
「ははぁ・・・」
そう伝えると提督は実験室を去った
「さてと・・・始めるかね・・・」
白髪の男はカプセルから異形の心臓をとりだして不気味に哂った
しかし、その喜びも長くは続かなかった。

≪ドクンっ≫

    ≪ドクンっ≫


「なっ、何だコレは!!」
さっきまで死んでいたはずの心臓が急に動き出しなのだ!! 
「(こっ、こいつは驚いた)」
そう思っているのもつかのま、その心臓は、まるでそれだけでも生き物であるかのように動きまわり始めた。
「こりゃまずい!! すぐにカプセルに戻さなければ!!」
白髪の男は急いで心臓を捕まえてカプセルに戻そうとした・・・・そのときだった。
白髪の男は一瞬その心臓と目が合った。 (正確には目などはないはずなのだが、そのような感覚であった。) 

「ひゅっ」

目にもとまらぬ速さで、その心臓は、白髪の男の口めがけて飛び込み、そして体内へと・・・
「ごくり」

「の、飲んじまった!!」



「ど…どうしよう…。うっ…」
白い老人は倒れた。
「た…たすけ…」
白い老人は苦しそうに言いながら言うが、気絶した。
ミランダは焦っていた。このままでは全滅は確実だからだ。
 ムチムチどもの我が艦隊への包囲網は着実に狭まって来ており、この海域に集結したムチムチは前代未聞の大群を展開していた。ミランダは、総旗艦である蒸気飛行船セント・ヴィンセントから策を練る。何かないか。
 時間が経てば経つほど、包囲網は狭くなり現状は悪化する、ならば今こそが決断のとき。少なくてもミランダは、決断は迅速に行った方がいいと思っていた。その方が、例え愚策を実行してたとしても、後に修正する時間が取り易いからだ。
 
 「全艦に、魔法戦闘準備を。有りっ丈のミスリル砲弾を女王級に叩きつける。その後は全兵力で女王級に突撃を開始する。」
 参謀らは覚悟を決める。ミスリル砲弾とは、その名の通りミスリル銀と言う、絶大な魔力を身に秘める希少金属を使った砲弾だ。その強い魔力は空間そのものを捻じ曲げ、ムチムチの対魔法結界を一時的とは言え無力化することが出来る。
 しかし、ミスリル銀は希少金属だ。アルテオ皇国での年間産出量は、この砲弾10発分にも満たない。純度の低い紛い物なら、比較的多く発掘できるが、対ムチムチに使えるような、高純度のものは年間10発未満の生産が限界だ。

 「現在、使用できるミスリル砲弾は何発ある?」
 傍らの参謀は6発と応える。ミランダは少ないと呻く、だがそれでやるしかなかった。首都セントレアの戦略砲座から、ミスリル砲弾を撃ち込んでもらう意見もあったが、これだけの混戦では味方にも被害が広まるのと、戦略砲座の砲撃精度の問題から却下される。
 「おい、女王級に近くにいて、20ノット以上の速度が出せる艦艇のリストを見せろ」。参謀が目配せし、主従兵が直ぐ様リストをもって来る。ミランダはそれを引っ手繰るように取ると、貪るように読み始めた。やがて、一隻の艦船に辺りをつけ、戦況表示板にそのリストを投げつけた

 「こいつだ、この駆逐艦に無線を繋げ。私自らが命令してやる」。周りの参謀ら少し動揺した。ミランダ皇女は会心の悪戯を思いついた子供のような笑みを湛えていたからだ。そのリストの艦船の名は、渡洋型駆逐艦パニッシャー、艦長はセルゲイ・ヴィンセント。戦いは新たな側面を迎えつつあった
 そのパニッシャー内部では、副艦のナタリー・セルスコットが動揺していた。まさか、艦隊総指揮官である、ミランダ第一皇女殿下直々に無線が繋がるなんて。後ろにいたセルゲイ・ヴィンセント艦長がどうしたと声をかける。
 「い…今変わります。艦長、艦隊総指揮官のミランダ第一皇女殿下です」。あぁ、そりゃ、動揺するよなと思いながら、セルゲイは無線を取った。
 「はい、艦長のセルゲイ・ヴィンセントです。第一皇女殿下様、今日はお日柄も宜しく……」。ミランダ殿下は、気性の荒い方だと聞く、少し気をつけるか。
 「ミランダ総指揮官だ。世辞はいい。貴艦にミスリル砲弾を一発送りつける。それを以って女王級を何とかしろ。」
何を言ってやがるんだ、この皇女殿下様は。この艦は最新鋭とは言え、一隻の駆逐艦に過ぎない。無理に決まってるだろう。恐怖で頭がおかしくなったのか。
 「ミランダ第一皇女殿下様、僭越ながら、我が艦は一駆逐艦に過ぎません。歩兵種と旗体種なら何とか出来ますが女王は無理です」
 「知っておるぞ、お前が我が軍から、ごっそり良いとこの元女性宮廷魔道師をスカウトしたことぐらいは」。セルゲイは黙った、事実だからだ。ムチムチの対魔法により、軍事方面での魔法利用が縮小されると、多くと魔法使いらが職を失うことになった。セルゲイはそんな彼女らに声をかけ、乗艦であるパニッシャーに配属させていた。
 女ばかりの理由は、女性の軍事への本格的配備は始まったばかりで、本当に女性は軍事的に利用価値があるのが判然としてなかったからだ。まず正しい戦力判断が出来なければ、思うように戦力を展開させることは難しい。これは軍事の一般常識だ。
 しかし、それさえ何とかすれば女性の軍事利用は有効だ。人数が余ってると言うことは、その分、優秀な人材が残ってると言うこと。少なくとも、セルゲイ・ヴィンセントはそう思っていた

 「貴艦の後部甲板には、竜どもを離着艦可能な飛行甲板があるそうだな。寸法を確認したら、ぎりぎりジェスカフが離着艦できる広さがあるそうだ」。何となく皇女殿下の意図が見えてきた。
 「計算上は出来るかも知れません。ですがそれは、離着艦可能と言うだけです。運用となると別問題です」。無線の向こうで第一皇女がカラカラと笑っていた。
 「お前は本当に遠慮がないのう。私の参謀にもイエスマンだけでなく、お前みたいな男が欲しいものだ」。皇女殿下は寂しそうに笑った。そうか、この人も苦労してるんだな。
 「お前の艦の速力、魔法戦闘能力の高さ、それにミスリル砲弾さえあれば何とかなる筈だ」。ミランダ殿下に言いたいことは分かった。普段の荒々しさとは考えられない程の合理性だと思った。
 「ジュスカフは、まだ本調子ではない。魔力も限界に来てる。このままでは空を飛ぶことすらまま成らないだろう。だから、貴艦にジェスカフを着陸させ逃げろ」
 「ミランダ総司令官はどうするのですか?」。こんなことは、一駆逐艦の艦長が心配するようなことではなかったのかも知れない。でも聞かずにはいられなかった。

 「最後の希望である、ジェスカフとお前らの盾になって死のう。お前らは女王の近くだと言え、包囲網の出口近くにいる。我々は貴殿らを逃がすため、これより総攻撃を行う」。パニッシャーの戦闘艦橋は、ミランダの決意に伝播され静寂につつまれていた。
 「もし、あなたに会える日がくるのなら。今度、美味しい魚料理が楽しめる居酒屋に誘います」。ミランダはそれを聞き爆笑し出した。
 「長年、第一皇女を務めておるが、居酒屋に誘われたのは初めてだっ!」

 この日、セルゲイ・ヴィンセントは、合ったこともない人の為に涙を流した。
 ノエルとジェスカフは、ムチムチどもを蹴散らしミュンを身体を抱え上空へと飛んでいた
 シミリー島には、いつの間にか多数のムチムチが上陸していた。逃げ遅れた人々が右往左往し、命乞いをして、無残にも息絶えていく。ジェスカフは絶叫し、体中に針鼠のような火器を出し、全方位に向けムチムチを攻撃し出す。
 しかし、すぐに限界が来る。まだ本調子ではない、あぁ、逃げることもままならなんて。そのとき北西の空に異変が発生した。空間が歪み、ムチムチの対魔法結界が薄れていく

 「ミスリル砲弾!!」。あんな希少物質を使うまで追い込まれてるなんて。でもこの混乱に乗じれば、ミュンを連れて逃げることが出来るかも知れない。北西に向かい進路を取る、そのときミランダ第一皇女から連絡が入る
 「クォークマルツのノエルとジェスカフだな。お前らの現状は把握している。お前らの進行方向に一隻の大型駆逐艦がいる。それに乗船してこの海域を脱出しろ」。詳細な場所を聞いた後に、了解したと返答し、通信を終了する。ミュンはもう長くないだろう、長年の戦場での経験がそう訴えていた。
 北西の空では、ムチムチに対し、人類による艦隊魔法攻撃が開始されていた。光の矢が次々の艦隊周辺で発生し、それが数多となって女王種に突き刺ささり、人の可聴域を遥かに超えるムチムチの絶叫が木霊す。人類はムチムチに対して遥かに脆弱な生物だ。しかし、ムチムチの対魔法結界を打ち破ることによって始めて互角以上の戦いが可能となる。
 
 ふっと見るとミュンが目覚めていた。大丈夫っと声を掛けてみるが大丈夫な筈がない。恐らくもう数秒も持たないだろう。
 「あぁ、ノエル。ここはジェスカフの背中?」
 「うん、そうよ。ミュン」
 「空が綺麗だね」
 空を見てみる、そこは戦闘による砲煙と火災のせいで黒く汚れ、お世辞にも綺麗だとは言えなかった。
 「ミュン、あなた怪我のせいで目が……」
 ミュンは困ったような顔をした。
 「そう言うことじゃないんだ」
 何故かと聞き返そうとしたとき、ミュンが咳き込み出す。大量の血を吐きもがき苦しむ。もう、助からない。
 「ミュン、楽にしてあげる。今までありがとう」
 
 剣でもって、ミュンを斬ろうとしたとき、ミュンが何かを言った。それは、こんな凄惨な場所では、驚くほど安っぽくて場違いな発言だと思った。それを忘れぬよう心に止めると、斬り捨て、眼下の海原に突き落とした。
 それから数刻後、ノエルは洋上で合流予定だった、駆逐艦パニッシャーを発見することに成功し。その報告を受け、ミランダを頂点とする総数五十集余のアルテオ艦隊は、ムチムチの女王に対し突撃を開始した。
 一週間後。
 海は静かだった。『ムチムチ』と通称される侵獣の群とアルテオ軍との大規模戦闘の痕跡は無い。大破し、侵獣に乗っ取られ、味方の流れ弾に当たり、撃破された無数の艦艇の残骸は海の底に沈んだ。砲弾の直撃に霧散し、翼竜に引き裂かれ、肉塊と化した侵獣もまた静寂なる海に包まれた。
 静かである。そこには既に生命は無いからだ。全てを侵獣が蹂躙し、喰い尽していった。その侵略の獣たちがアルテオの護る大陸へ上陸を果たした今、この海は静かだった。

 
少年が目を覚ました。
「………………」
 静寂な海面に漂う彼は、頭上に注がれる陽光に顔を背けた。が、それが曇天の隙間から洩れる微かなものだとわかると腕を盾に空を見上げた。
「…………」
 眼球の奥がじんじんするような痛みがあったが、次第に慣れていき、腕を体の横に戻した。波のぶつかる音だけが耳に届いく。少年はそれ以上ぴくりとも動かず、ただ空を見上げていた。
 ふと、少し高い波が通過していった。
 一週間前の戦闘で無数に生まれた艦艇の破片に引っ掛かった状態で漂う少年は、その揺れに何の抵抗もしようとせず、力無く破片から滑り落ちそのまま海中に沈んでいった。
 曇天の仄かな陽光は、海中を照らす力を持たない。ゆっくりと沈む少年の周囲は夜闇のように深く暗い。生理的な恐怖を引き起こすその闇にいて、少年は人形のように無感動である。その姿は生命の侵されたこの海においてある意味ごく自然であった。
 やがて微かな陽光も絶え、完全な闇に没する深さまで沈んだ時、少年の目の前を何か巨大な物体が通り過ぎた。
 戦艦の艦首である。侵獣にやられて船体を真っ二つにされた半分だろうか、本来こんな浅いところを漂うはずもないが、しかしよくよく見ればその中身は侵獣に喰われ空っぽであった。外装の所々にこびりついた侵獣の死骸により多少の浮力を持った艦首は海流に流され、少年の視界から消えていった。
 よく目を凝らせば、少年の周囲には他にも様々な残骸があった。それらは全て侵獣に喰われ、寄生されており、中にはほとんど原形を留めず侵獣の肉塊にしか見えないものもある。今、この世界に住む人間であるなら悲鳴を上げ逃げ出すか、あまりの怖気に気が狂ってしまいかねない景色だ。
 それらをひたすら無感情に目にしていた少年だが、ふと別の物体が横を流れた時、初めて少年に反応が見られた。
 半開きで焦点もろくに合っていなかった少年の眼がゆっくりと見開かれ、表情に感情が現れた。恐怖だ。
 その物体は小さかった。少年と変わらない大きさ。それはそうだろう、元は人間であったものだからだ。しかし、それは人間の形はしていなかった。胴体だった部分からは触手のような突起物が幾本か突き出し、片方の腕は身長の数倍の長さに爛れ、拳は肉団子のように丸まり、その先から小さな指が生えていることからなんとか腕と認識できる。もう片方の腕はそも見当たらない。そんな状態で「人間であった」と判断できるのは、下半身がなんとか元の形状を保っているからである。
 少年が恐怖したのは、異様な死体にではなく、死体の顔である。
 恐らくは頭を喰い破られ侵されたのだろう、頭部の上半分が無かった。濁ったピンク色が微かに見える。その顔の一部と”目”が合ったのだ。
 半分を喰いちぎられた頭部に眼球は残っていない。しかし、目があるのだ。
 それはその人間だったものを人間でなくした侵獣の目である。
 拳ほどもある眼球が、死体の口から少年を見ている。それは死体である。しかし、その目は少年を見ていた。
 先ほどまで呼吸すらしていなかった少年に、初めて生気が宿った。
「…………ぁ…ぁあ……!」
 全身を襲う怖気。咽るほどの悪寒。
 少年の瞳孔が深紅に染まった。
「……あぁぁぁああぁぁ……っ!!」
 
 少年―ミュンの悲鳴とともに周囲の海が蒸発した。
「見つけた!」
ミュンの頭上に現れたのは翼竜にのった一人の青年、ロンドだった。
英雄を探すために艦隊から飛び足してから今まで、ほとんど飲まず喰わずで、休みといったら翼竜が怪我と疲労で大地にとどまるしかないときだけだった。
そのせいで精彩を欠き、眼は血走っていた。
彼の首にかけた金属片は中を泳ぎ、黄金に発光している。
「見つけたぞ、英雄!」
宝の山を見つけたトレジャーハンターのように狂喜するロンドに、ミュンは恐怖を覚えた。
「見つけたぞ英雄!さぁ、救え!世界を救うんだ!」
ミュンの胸倉を掴み、揺すって強要しようとするロンド。
「苦し・・・はなして・・・はなせよ!」
ミュンは息ができそうになり、無理やり彼の手を離した。
「英雄って何ですか・・・僕に何をさせようというんですか」
わけが分からなく、ミュンは怒気を孕んだ言葉を口に出した。頭がうまく回らないことも声を荒げた一因であっただろう。
「世界を救え!あの化け物を、侵獣をこの世から殲滅するんだ!」
ロンドはつばを吐き散らしながら声を荒げた!
ミュンはその声を聞いた瞬間、記憶が鮮明に蘇った。
自らの体を喰らわれたときの感触、痛み。
人の体からこちらを窺うあの化け物の目。
全てがおぞましかった。
「り・・・です」
ポツリとミュンは言葉を漏らした。
「なに?」
凍えすぎて聞き取れなかったロンドが聞き返した。
ミュンが堰を切ったように大声を上げた。
「ボクには無理です。凡人のボクには無理だよ!」
その言葉を聞いてロンドは嗤い出した。
「ハハハハッ、凡人、君がかい?」
「そうです、ボクはただの人間なんだから」
ミュンのその言葉にロンドはニタリと嗤った。
「知ってたか、ただの人間は空なんか飛べないんだぜ?」
「・・・え?」
なにを言っているんだと、ミュンは下を見た。そこには、あるはずの大地が欠落しいた。
「わかったか、君は英雄なんだよ、世界を救うんだよ!」
その言葉にミュンは唇を戦慄かせて返した。
「いや・・・です。ボクはもう、何をしたくありません」
ミュンは混乱していた。世界が不確か過ぎて何も分からなかった。
誰かに頼りたいのに逆に頼られても自分には何ができるのすらわからないのだから。
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁ!」
ロンドの怒声にミュンは思わず体をすくませた。
「世界を救うために、お前を探すために、どれほどの犠牲があったと思っているんだ! 死んだんだぞ! 艦隊の仲間も上司も、みんなお前を探すために死んだ。だったら、それに報いるのがおまえの、英雄の役目だろうがぁぁぁ!」
ロンドの眼から涙が溢れていた。
誰も彼も、もう引き戻せないところまで来てしまったのだ・・・











 帝都セントレアの、海鮮居酒屋『フォン・レーヴェンハルト』では鎮痛が空気が漂っていた。
 渡洋型駆逐艦パニッシャーの乗組員らは、寄航後に暫しの休暇を与えられ。いつの間にか、この居酒屋に集まるのが日課と成っていた。
 艦長のセルゲイ・ヴィンセントは、乗員らの士気を鼓舞すべく。私財を削り、乗員らに酒を奢っていたが、鎮痛な空気を改善するまでには行かない。理由は明らかだ、先日のアレクサンドリア諸島での戦いで、アルテオ海軍は事実上壊滅し。これより先の戦いは。アルテオ本土が舞台となることは避けられそうもなかったからだ。
 ジェスカフとノエルを何とか救い出し。ここまで撤退することには成功したが、そんなものは気休めにしかならない。

 ドアにかかった鈴が鳴り、副官のナタリーセルスコットが入ってきた。彼女は、この空気の中でも気丈に振舞っていたが。顔には明らかな疲れが見て取れた。
 「おう、ナタリーこっちだ。どうだ按配の方は?」。セルゲイが場を読まないかの様に明るく振舞う。兵は指揮官を見て行動する。指揮官まで鬱だったら、部隊の士気に深刻な悪影響が出てしまう。そう言う意味で、部隊の上級者に自由などない。

 「どうもこうもありません、最悪です」。ナタリーがセルゲイの横のカウンターバーに身を寄せる様に座る。セルゲイが空かさず、彼女がいつの飲む、赤いカクテルを注文する。
 「先ほど、報告書を提出して来たついでに、色々と聞き込みましたが。どうやら、上層部はセントレアの放棄を決定したようです」。 セルゲイは黙った、この件は予想が付いてた。しかし、実際に決定したと聞くのは、それなりの衝撃が伴う。
 「旧レグニアス帝国同盟か?」。セルゲイはそう呟くと、ナタリーは小さく頷く。旧レグニアス帝国同盟とは、かってはアルテオ皇国を隷下に置いてた大帝国の名残だった。この帝国は、最盛期は二十九の国と地域を治め。一つの大陸の全てを実質的に支配していた。しかし、時の流れと共に帝国は衰退。やがては求心力を失い徐々に分裂していった。

 だが、各国の王族らは大帝国時代に結婚を繰り返しており、いわば身内の繋がりがある。今でも親族会議と称した国家間会議が年に何回かは開かれていた。ムチムチと言う史上空前の危機が迫っている以上、この同盟関係を利用しない手はない。
 「ムチムチは恐らく、次にここセントレアを攻めてくるでしょう。ここは大きな軍事拠点ですから無視は出来ない筈です」
「上層部は、どんな作戦を考えているか掴めたか?」。セルゲイがそう言うと、ナタリーは頷き答える。その仕草は自然で、中の良い夫婦を連想させた。
 「まずここでムチムチに決戦を強要し、時期を見計らって撤退を開始します。その後は、旧帝国同盟の援軍が到着するまで遅延作戦をしつつの後退戦です」
 「援軍の詳細と、セントレアの現有戦力は?」
 「援軍は、一ヶ月後に20万ほど。その後も継続して援軍は派遣されます。現在のセントレアの戦力は、3万5千人です。しかし、殆どが現在訓練中の市民兵です」

 セルゲイは、カウンターバーに怒りで拳を叩き付けそうになった。いかん、兵が見ている、迂闊なことは。
 「後退戦ってのは、古強者で構成された部隊でも難しい。追われていると言う恐怖感が混乱を生み、陣形も崩れやすい。戦闘で最も被害が出るのは、無茶な前進でも無意味な死守命令でもない、撤退戦時だ。それなのに、素人同然の市民兵だと?」
 ナタリーの前には、いつの間にか赤いカクテルが置かれていた。それを作ったマスターは気を利かして、場を離れている。ナタリーはそれを一口だけ飲んだ。こんな糞ったれな状況では飲まなければやっていられない。
 「えぇ、後退戦になったら壊乱は裂けられないでしょう。上層部は援軍が到着するまでの間、時間稼ぎが出来ればいいと考えてる様ですが。これでは、一ヶ月も持ちません。それと新たな配属命令書が寄こされました」
 ナタリーは軍からの支給品である鞄から、数枚の命令書を取り出した。そこには、パニッシャーの全乗員らは同艦を下り。第一皇女直轄の近衛連隊と合流した後は、地上配備となると記されてあった。

 「まぁ、パニッシャーを動かす石炭も欠乏する状況では仕方ないかな」。セルゲイはある種の諦観でそう言ったが、ナタリーは不満だった。
 「パニッシャーの石炭が軍港にないのは、兵站部門の怠慢です。後で抗議しておきます」

「うあああああぁ…!!」
 グアァァッ…!
 爆炎が空を突き抜ける。炎の軌跡に沿って血飛沫が舞い、その血飛沫を暴風を伴って吹き飛ばす巨躯があった。
 魔装機竜ジェスカフ。
 太古より人を守護した巨竜は暴風となって空に駆け、圧倒的な戦闘力で血飛沫を絶やさない。
「ジェスカフ、北西から34!東から50!まとめて殺るわよっ」
 その巨竜を操り、侵獣と戦う少女はノエルといった。彼女の言葉に従い、ジェスカフは翼で風を切る。
 飛士級の群がジェスカフの周囲を取り囲む動きをとるが、魔装機竜の名は伊達では無い。炎で焼き、爪で裂き、顎で喰らう。二桁程度の数ではジェスカフを止めることなど出来ない。
 グオォォォン……! 
 大気を振るわせる唸り声がその圧倒を示していた。
 が、この戦力もムチムチにとっては大した障害となり得ない。奴らの恐怖は無限だ。
「…はぁ…はぁ…はぁ……っ…くそっ」
 ジェスカフの操縦席でノエルは息を荒げていた。この巨竜を操るには多大な魔力を消費しなければならない。如何に魔法使いと言えども、あくまで人間である彼女の魔力には底がある。
 この三日間に渡る連戦で、その底が見えてきている。
”…スカフ…っ!聞こえるか、ジェスカフ!”
 通信機器から地上で撤退指揮をとっていた男の声が耳を突いた。
”こちらの撤退はほぼ完了した。もう十分だ、戻って来てくれ!”
「……五月蠅い…」
”もう7時間の連続戦闘だ、いくら君らでももたない!戻って来いっ、ここで君らを失うわけにはいかないんだ!”
「五月蠅いと言ってるっ」
 怒声とともに通信機を殴りつけるノエル。その拳には力がまるでこもっていなかった。
 もう身体に魔力が残っていないことは勿論本人が一番に分かっている。2時間前からジェスカフは自前と、いざと言うときのためにジェスカフの対内に貯蓄していた魔力で闘っている。その活動限界はもうすぐだ。
 しかし、ノエルはそれでも操縦桿を握る手からだけは力を抜かず、血走った眼球でモニタを睨みつける。そこには見慣れ過ぎた仇敵、ムチムチがある。
「…ジェスカァァフ!!」
 グァァァァア…ッ
 戦いを止めるわけにはいかなかった。それは当然だ。ノエルとジェスカフがいなければ、今の人類はムチムチには勝てない。しかし、戦い方が悪い。戦略も戦術も無視した、自暴自棄な戦い。それは人類のための戦いでは無かった。
「お前たちが……お前たちがぁ…!!」
 既に流す水分を無くした涙を流しながら、ノエルは自分でも収集のつかない怨恨により戦っていた。
 侵獣が飛散していく姿と、彼の最後の姿が重なる。それを見続けたノエルは理性を捨てていたのかも知れない。
”止めろ、止めるんだ!”
 通信機からの声に従うように、ジェスカフの動きが止まった。
「…どうしたのジェスカフ!動きなさいっ」
”止めるんだ!もうムチムチはいない”
 言葉の通り、探知できる範囲内にムチムチの反応は無かった。全てノエルとジェスカフが肉片に変えたのだ。
”……君らのお陰で助かった。感謝する”
「………………」
”…降りて来てくれないか?食事と寝床を用意してある”
「……………」
 グォォ…
 疲れ切り、操縦桿を握ったまま眠りについた少女に変わり、巨竜が静かに答えた。
 ノエルがいなくなった?
 アルテオ皇国の帝都セントレアの王室では、ミランダ皇女がそう素っ頓狂な声を上げた。
 先日のムチムチとの戦いで、何とかムチムチどもの戦線を食い破り、一部の兵力を率い逃げ出すことに成功したミランダだったが。帰ってきてからも彼女の災難は続いた。

 ます、先のアレキサンドリア諸島での負け戦の責任を取る形で、王位継承権を剥奪。更に、旧レグニアス帝国同盟の布陣が整うまでの時間を稼ぐための戦い。即ち、帝都セントレア防衛の総司令に任命されたのだ。
 これは、どのみち兵力が限られた中での負け戦だ。ならば、経歴に泥が付くことを嫌がった他の王族や、貴族どもがミランダを人身御供に選んだのも肯ける話だ。ミランダは負け戦のせいで、政治的な発言力が極めて低下していたし、王位継承権を持っていた王族が、セントレアの防衛につくと言うことは、防衛の任に付いてる各部隊にそれなりの安心感を与えることも出来る。

 「まったく、アレだけのお膳立てをして救ってやったのにどこへ行ったんだ!!」
 ミランダは怒りで怒鳴り散らす。現在、ミランダは朝食事、大きなステーキやロブスターを頬一杯に頬張りながら呻く。お陰で周囲に食べ物を撒き散らしながらの激昂となってしまう。
 そのとき、従者が近づきミランダに耳打ちする。ミランダ直下の近衛兵部隊に配属することになった、かっての駆逐艦パニッシャー艦長である、セルゲイ・ヴィンセントが副官を伴って来たと言うのだ。
 
 「よい、今すぐにセルゲイを入室させよ」
 従者は驚いた、今ミランダは寝起きで、かなり淫らな格好をしており。誰かを入室させた場合、王族の名誉を傷つけることに成りかねないからだ。しかし、事実上の死守命令……、セントレアを守って死ねと命令が出てる以上は好きにさせてもらう。ミランダはそう思っていた。
 ミランダに睨みつけられ、しぶしぶ従者であるメイドが扉を開いた。すぐ側に控えていたのかセルゲイと副官がすぐに入室してきた。セルゲイは寝ぼけたような顔だったが、副官はほんの少し顔をしかめた。
 副官の反応は当然だった。なぜなら、ミランダは紫に輝くネグリジェ姿であり、部屋の後部の窓から差し込んでるいる朝日が、そのネグリジェを透けさせていたからだ。副官のナタリーは、胸の大きさでは自信があったが、ミランダのそれはナタリーを遥かに上回っており、彼女に微かな敗北感を抱かせるに充分だった。
 もちろん、ナタリーが顔をしかめた理由は、その露骨に卑猥な格好と、だらしない食事によるものが9割以上だけれども。

 「これは、これは、皇女殿下。今日はお日柄もよく……」
 セルゲイはある意味、場を読んでないかのような挨拶をして深々と頭を下げる。ナタリーも付き合わない訳にはいかず、同時に頭を下げる。
 「あぁ、もう私は王位継承権を剥奪されてる。そう畏まらずともよい」。メイドは責めてもの抵抗として、上着を持ってきたがミランダは普通に断った。メイドは泣きそうだった。王族の名誉を最大限に守ることが彼女に与えられた職務でもあるからだ。
 セルゲイがミランダにバレない角度で、メイドに対し親指を立ててみせる。メイドはセルゲイに対し殺意しか抱かなかった。当然といえば当然だった。なので、メイドは帰り際にセルゲイに投げつける塩を用意すべく、奉仕を他のメイドに任せ退出する。
 「今日、そなたを呼んだのは他でもない。セントレア防衛の補佐として私のーーっと思っていたんだが状況が変わった。ノエルと言う家出娘を探し出して欲しい」
 セルゲイは顔をしかめた。ノエルと言うとあいつか、アレキサンドリア撤退時に、苦労して連れ帰ったあの竜を伴った娘か。あの娘は、無口で無愛想で、死んだような目をしいていた。乗船中、色々と話しかけてみたが殆ど喋らなかった。
 「あのジェスカフとか言う、竜を伴った娘ですね。いなくなったのですか?」。そうだとミランダは言い放ち先を続けようとしたがセルゲイをそれを遮った。王族の話を遮るなど合ってはならないことだった。しかし、今は効率を優先すべきときだ、ここ数日の間、ミランダと謁見する機会があり、二人はある程度のその点について合意に達していた。

 「ノエルと言う娘は、いなくなったのなら放棄すべきです。あの娘は何の役にも立ちません」
 今度は、ミランダが顔をしかめる番だった。何故かねという問いにセルゲイは澱みなく答える。セルゲイの傍らにいるナタリーは焦燥感を感じていた。王族と謁見、されに戦局をかえるような存在と聞かされてるノエルの話なのだ。それをこんな場で決めるのはあまりにも……。
 「あの娘は、重度の神経症にやられてました。連れ帰ったとしても戦力として運用するのは無理があります。あれの面倒を見てたときも思ってましたよ。こいつは、もう、心が壊れている」

 ミランダが目を見開き、しばし考え込む。ノエルとジェスカフは、旧レグニアス帝国同盟でも、アルテオの切り札として政治交渉のカードとして使われている。詩部の計画が空中分解した今、それは例え形骸に過ぎなかったとしても捨てることは不可能に近い。 その旨を正直にセルゲイに伝える。

 「ならば、替え玉を使えばいいだけです。詩部は、英雄の召還実験のために怪しげな実験をしていたそうですね。そこで発生した、人造人間なら替え玉に最適でしょう」
 ナタリーはそんな恐ろしいことをと反対するため、セルゲイの顔を見て声を失った。彼の顔は悲壮に満ちていた。そうだ、人々を守るためには綺麗ごとだけでは済まされない。明日へと進むには手を血で染めることを恐れてはいけない。

 ミランダは分かったといい。お父様にその旨を伝えると確約する
 彼女の手からは、朝食のために握っていたフォークとスプーンがいつの間にか落とされていた。

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