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合作小説「灰」コミュの番外編 Good by my home・・・Good byAmerica!

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風が強い日だった。

砂嵐になる前兆かもしれなかった。

     

このだだっ広い大陸の中でも、とりわけこの南部では、砂嵐は脅威である。

目が空けられない。

     

ダグラス・フォースフィールドはそんな砂嵐を罵りながらクルマを降り、ガソリン給油口をタンクに押し込んだ。

「ヘイ!ダグラス!」

  

声をかけてきたのはこのガソリンスタンドの管理者、ジェラード・ブロックだ。

でっぷり太った身体で、黒い帽子をかぶり、オーバーオールのジーンズを直に着ている。

  

「やあ、ジェル。」

「今日はどうした?こんな早くに・・・。」

  

ダグラスは風であまり空けられない目を向けた。

「まったく・・・くそったれだよ!クビになっちまったんだよ!」

  

「へええ・・・そりゃあ気の毒なこった!なんでまた?」

ダグラスは給油口を荒々しく戻し、タンクの蓋をしめた。

  

「・・・ジャップ野郎のせいさ。俺なんかより優秀なんだとさ!」

「ジャップ?会社に入ったのか?」

  

ダグラスはいまいましそうに唾をはき、後輪をけとばした。

「うちのボス知ってるだろ?博愛主義者さ。これからのアメリカを支えるのは、彼らマイノリティーだ・・・そうぬかしやがった。」

  

ジェラードは大きく手を広げて、思いっきり顔をしかめた。

「だからって、お前さんを首にしなくてもいいじゃねえか!」

  

「確かに奴は優秀かもしれねえ。でもな、WASPじゃねえ野郎に負けたってことが、我慢できねえんだよ!」

WASP・・・ホワイト(W)・アングロ(A)・サクソン(S)・プロテスタント(P)・・・つまり一般的なアメリカの支配者階層のことである。

  

「そうかい・・・で、そいつの名前は?」

「シェーン・ササキ・・・。」

  

「ダグラス・・・このままでいいのかい?」

「よくねえだろ!・・・全く・・・ぶっ殺してやりてえよ!こっちは家族がいるんだぞ!」

  

「じゃあ・・・久々にやるか?」

ジェラードの顔が、醜くゆがんで笑った。

  

ダグラスはびっくりした。

「おいおい・・・ありゃあもうヤバイってんで、止めたんじゃなかったのか?」

  

「そりゃあそうさ・・・でもな、もう我慢できねえ野郎どもがな、しょっちゅうここに来るんだよ。また・・・やりてえってな!」

ジェラードは・・・そう獲物を狙うハイエナの顔をして、にやにや笑っていた・・・。

     



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おだやかな日差しだった。

木陰の中で、座って本を読む一人の男がいた。

      

「シェーン・・・何してんの?」

日系人にしては大柄なシェーン佐々木の肩越しに、綺麗なブロンドの顔が覗きこんできた。

  

「ああクリス・・・びっくりさせるなよ。なに、ちょっとね。」

クリスティー・マクニコルの大きな目は、いたずらっぽくシェーンの目を見ていた。

  

いわゆるファニー・フェイス・・・けっして美人ではないが、可愛いタイプである。

「ん・・・なになに・・・『ケネディとその一族』?むずかしいの読んでるのね!」

  

シェーン佐々木・・・ここテキサス州アマリロで暮らす、日系2世である。

両親と妹の4人暮らしをしていた。

  

大学に行きたかったのだが、スパニッシュと並ぶマイノリティであるため、行けなかったのだ。

そこで牧場や農場で働きながら、独学で学んでいたのだった。

  

クリスティーは、農場で知り合った娘である。

「ケネディはね、ぼくたちマイノリティにとっての救世主なのさ。わかるだろ?」

  

クリスティーはシェーンに後ろから抱き付き、シェーンの右頬に自分の左頬をぴったりくっつけていた。

「そっか・・・でもさあ、あたいには関係ないよ。あたいらアイリッシュだって、似たようなもんだから。」

  

彼らはカトリックである。

故に、アメリカ社会では・・・異端だった。

  

「そうだったな。」

「でもねえ、ケネディさんって、すっごい人気よね。パパが言ってたもん・・・こんな奴と結婚するんだぞって!」

  

そう言って、けらけらと笑った。

「できる訳ないのにね!あんな大金持ちとさあ、どうやって知り合うのよ・・・ねえ!」

   

「いや、これからはそうならないかもしれないよ。」

シェーンはクリスの見事なブロンドを右手でやさしくかき回し、頬にキスした。

  

「ぼくは日系だから分かるんだけど・・・第2次大戦後、アメリカの独走はしばらく続くと思うんだ。」

「しばらく?」

  

「そう・・・ソビエトの共産主義があるうちはいい。でもそんなに長く共産主義が続くはずがない。そうしたら・・・アメリカの活力は失われる。」

クリスには、シェーンの言う事がときどき・・・全く理解できない。

  

しかしどんなときでも、クリスはただ聞くのだった。

それが、愛しいシェーンへの、愛情表現なのだから。

  

「それで?」

「うん、そうなったときこそ、我々の出番なのさ。そのときが来るまで、しっかり自立できるようにしとかなきゃね。」

  

シェーンは本をとじ、クリスの肩を抱えるようにして立ちあがった。

「実はね、就職できたんだよ・・・ちゃんとした商社だぜ!」

  

「えーーーーーー・・・すごいじゃない!」

「そこの社長がいい人でね。明日から出勤さ。」

  

「・・・あたいたち、大丈夫?」

「うん・・・何が?」

  

歩きながら、シェーンはクリスの髪の香りを楽しんでいた。

「あたいは・・・貧しいんだよ?」

  

「馬鹿・・・いきなり高給取りになれるもんか。」

「だったらオッケーだよ!」

  

クリスはいきなりシェーンの本をつかむと、そのまま走り出した。

「あー、こらあ!」

  

「へっへーだ!」

二人ははしゃぎながら、家路についた。

 



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「ただいま、ママ。」

「おかえり・・・遅かったんだね。」

  

台所にいる佐々木貴子は、実際の年齢よりずっと老けて見えた。

無理もない。

  

日本から移住し、戦争のためにずっと迫害されつづけてきたのだ。

夫とは、強制収容所で知り合い・・・そしてそこで出産した。

  

「明日から会社でしょ?早く食べて寝なきゃ・・・。」

佐々木家の中では、日本語で話すことになっていた。

  

いずれは祖国に子供を連れて行ってあげたい・・・そういう思いがあったからだ。

「さて、父さんを呼んできてくれない?工房にいるはずだよ。」

  

シェーンは、家の横にある、父の工房に向かった。

明かりがついていて、ごろんごろんと音がする。

  

「父さん、ご飯だよ。」

「おお・・・おかえり。もうそんな時間か。」

  

父の佐々木昭太郎は、泥まみれの手を洗いに行った。

昭太郎は、ここアメリカで”伊万里”を作っていた。

  

昭太郎は佐賀県出身で、伊万里焼きの職人でもあった。

昭和に生まれた長男ということで、祖父の源次郎からそう命名されたということだ。

  

ごろんごろんと音を立てていたのは、手作りのろくろの音だった。

伊万里の技法を用いて、花瓶やウィスキー瓶などを作っていた。

  

「この頃な、よく買ってもらえるようになってきたんだ。」

息子を見上げるようにして、昭太郎は言った。

  

「もう少し早かったら、お前の大学資金も作れたんだが・・・。」

「もういいよ。それより、晩御飯早く食べないと、ママに殺されちゃうよ!」

  

食卓には、いなりずしと豆腐があった。

手作りの大豆から作った、手作りの醤油、味噌、豆腐であった。

  

貴子が苦労して作ったものばかりである。

流石に削り節は手に入らなかったので、薄いベーコンをカリカリに焼き、それをふりかけてあった。

  

紫蘇のかわりにレモンシード、ミョウガのかわりに強いシナモン・・・これらで代用したものが添えてあった。

米は貴重なので、何かの記念日にだけ食べることができた。

  

今日は・・・勿論シェーンの就職祝いである。

妹の妙子もやってきた。

  

まだハイスクールで、無邪気なお年頃。

全員が食卓につくと、祈りをささげた。

  

そう・・・佐々木家は、クリスチャンだったのだ。

それもあって、アメリカに移住してきたのだった。

  

「お兄ちゃんさあ、今日クリスとデートしてたでしょ?」

「クリスと?あの子は、いい娘だね。結婚するのかい?」

  

「そんな・・・まだまだ!第一、このままじゃ、家族なんて養っていけないよ。」

「何とかなるさ・・・わしらでも何とかなったんだから。」

  

「何とかなったけど・・・できればもう一度、日本に帰りたいもんだねえ。戦争が終わって、随分経済成長してるらしいじゃないか。」

「ねえ・・・ママの故郷って、どんなとこなの?」

  

「ママはね、熊本っていうところにいたんだよ。旅館がいっぱいあるとこで・・・。」

「Ryokan?・・・なに、それ?」

  

「ホテルのことさ。日本風のね。ママは『二本木』っていうとこにいてね、その中でも一番でっかい旅館の隣に住んでたんだ。」

「そこに泊まったお客さんに付いてた若い衆が、パパだったんだよ。」

  

「パパは昔悪かったんだ・・・ギャングに近いようなことやってた時期があったんだ。」

「へえー・・・こわーい!」

  

昭太郎はがはははと笑った。

「昔のことさ・・・で、ママと知り合って、普通の人になったのさ。」

  

「ぼくも、一度日本に行きたい。日本に行って、パパとママの故郷に行ってみたい。」

貴子はそんな息子に、にっこり笑いかけた。

 

「じきに・・・行けるさ。」

「どうしてそう思うんだ?」

  

「わかんないけど・・・そんな気がするのさ。」

シェーンはその夜、日本の空港に降り立った夢を見た。

     



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「まったく・・・どうやったら、あんな動きができるんだ?」

ビーチに集まったサーファーたちは、大波を見事に乗りこなす若者を驚嘆の目で見ていた。

  

力強いテクニックでボードを操り、見たこともない動きを見せるその若者・・・シェーンだった。

シェーンの趣味はサーフィン。

  

カリブ海を臨むビーチが、彼の舞台だった。

父親から習った忍者の動きや身のこなしが、サーフィンに役に立っていた。

  

当然クリスも一緒にいた。

シェーンが海から上がると、サーファーたちは口々に賞賛し、握手を求めてきた。

  

彼らサーファーにとって、人種は関係ないものだった。

すげえやつは尊敬する・・・シンプルな思考だった。

  

シェーンがサーフィンにハマったのも、そんな自由があったからだ。

「ナイーーース!シェーン!」

  

クリスが抱きついてきた。

「ねえ、仕事もうまくいってるんでしょ?」

  

「ああ。やりがいあるよ。」

クリスのプロポーションは、抜群だった。

   

周囲の男どもの目は、クリスの美しくくびれた腰にくぎ付けになっていた。

・・・が、クリスはまるでお構いなしだった。

  

「ねえ・・・今夜、シェーンのとこに行ってもいい?」

「うん?いいけど?」

  

クリスは、ちょっとはにかむ仕草をした。

「えへへ・・・昨日ね、病院行ってきたんだ。」

  

「どっか悪いのか?」

クリスは眉をひそめた。

  

男がにぶいのは、人種を問わないものらしい。

「できたのよ・・・赤ちゃんが!」

  

シェーンは固まり、そして思いっきり目をむいた。

「こ・・・子供?」

  

「・・・そうだよ。」

クリスはシェーンに抱きついてきた。

  

「だから・・・ちゃんと言いたいんだ。結婚したいって。」

シェーンは頷きながら、クリスを抱きしめた。

   

   



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その夜・・・シェーンはクリスを迎えに行った。

やっとのことで購入した年代もののシボレーに乗ったクリスは、可愛かった。

  

2人はくだらない話をしながら、そしていちいち笑いながら、シェーンの家に向かった。

「あれ・・・?あれ、何かしら?」

  

クリスが指差した先は、明るかった。

何かが燃えている・・・。

  

「うちの方角だ!」

シェーンは、慌ててクラッチを踏みこんだ。

  

近づくにつれて、炎は大きくなっていった。

「止めて!」

  

クリスが叫んだ。

「何だよ!」

  

「あれ・・・あいつら・・・!」

クリスがおびえた表情で指差した先には・・・白い衣装をまとった一団がいた。

  

目の部分だけがくりぬいてある白い衣装・・・。

「KKKだ!」

  

KKK・・・クー・クラックス・クラン!

過激な白人優越主義秘密結社で、主に南部で暗躍していた。

  

黒人や他の民族を一切認めず、ときに殺人をも辞さない、悪名高い結社である。

「あ・・・!」

  

シェーンが息を飲みこんだ。

その一団の横に倒れているのは・・・父さんと母さん!

  

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

シェーンの人生において、キレるということは皆無だった。

  

しかし、愛する家族に手を出された・・・その瞬間、シェーンはキレた。

何やら叫ぶクリスを残し、シェーンは転がっていた木の棒を掴むと、白い一団に向かって突進していった。

  

何人かはシェーンの迫力に押され、殴られて倒れた。

シェーンはその中でボス格らしい人物にとびかかり、頭巾をはがした。

  

「・・・ダグラス・フォースフィールド?」

シェーンの会社の同僚で、最近解雇された男だ。

  

「きさま・・・俺をねらって・・・この野郎!」

シェーンがダグラスの首を掴んだとき、銃声が響いた。

  

「うわあああ!」

シェーンの左上腕に鋭い痛みが走り、彼はばったりと倒れこんだ。

  

血がどくどくと流れ出していた。

硝煙が残るライフルを持った白頭巾が、シェーンとダグラスに近づいてきた。

  

ゆっくりと頭巾を取る。

「あんた・・・ジェラード・ブロック・・・!」

  

ガソリンスタンドの管理者で・・・顔見知りだった。

「そうか・・・てめえも・・・。」

  

「うるせえ!」

ジェラードはシェーンの腹を蹴り上げた。

  

「てめえらカラード(有色人種)はなあ、豚なんだよ!・・・おれらの獲物さ・・・。」

葉巻に火をつけて、ダグラスに手を貸して起きあがらせた。

  

「馬鹿な奴さ。俺を追い出したりしなきゃ、こんな目に逢わずに済んだのによ。」

「てめえら・・・俺の家族に何をした!」

  

シェーンは蹴られた腹と腕の痛みをこらえながら、搾り出すように言った。

ジェラードは醜い笑いを浮かべた。

  

「さーてなあ・・・ちょいと撫でただけさ・・・死んじゃいねえがな。」

「おい・・・こいつだけは、やらせてくれよ。」

  

ダグラスの目は、完全にイッていた。

たぶん大麻か何かをやった・・・そんな目だった。

  

「いいぜ、ほれ。」

本でも貸すかのように、ジェラードはライフルを渡した。

  

「そもそも、こりゃあアンタの獲物だからな。」

ダグラスは狂気がみなぎる目で、シェーンを見た。

  

「・・・ファック!・・・祈り・・・じゃなかった、念仏でも言ってな。ジャップ!」

引き金に手をかけたそのとき、別の方角から声が響いた。

  

「フリーズ!」

警官隊が取り囲んでいた。

  

クリスが通報したのだろう。

パトカーが次々に到着し、警官も銃を構えながら近づいてきていた。

  

「シェーン!」

「クリス!」

  

2人は抱き合い、クリスはシェーンの傷を見て急いで応急手当をした。

「俺はいい・・・家族を頼む!」

  

幸い、昭太郎も貴子も妙子も・・・傷は負っていたものの、大事にはいたっていなかった。

救急車に乗って、佐々木一家は病院へと運ばれた。

       



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「何ですって!」

シェーンは警察の一室で、叫んだ。

  

「どうして・・・無罪なんですか!」

今シェーンは、担当の警官から告げられた事実に、仰天していた。

  

全員無罪・・・。

「この俺の腕が証明してるじゃないですか!」

  

痩せぎすの担当官は、厚い眼鏡の奥から鋭い視線を投げかけた。

綺麗に撫で付けた髪は、綺麗なブロンドでもあった。

  

「あの中の何人かが・・・証言してるんだよ。会の集会をして、病気になった気味のご両親のために祈っていたそうだ。」

「そ・・・そんなことを信じるんですか?あいつらは・・・KKKですよ!」

 

担当官はかすかに唇をつりあげた。

笑ったようにも見える。

 

「知らんなあ・・・そんな組織は。現に彼らの会は、『世界平和交霊会』というんだ。平和的な団体なんだよ。きみはだね・・・。」

分厚いレポートを手に持った担当官は、パラパラとめくりながら言った。

    

「そんな彼らを見て、突然木の棒で殴りかかった・・・えーと・・・何人かは骨折しているなあ。」

シェーンの胃の中が、カチカチに固まったような気がした。

 

「しかし彼らは寛大だ。私も感動したよ。君の罪は不問に処するそうだ。しかしだ。」

担当官はレポートをデスクに無造作に放り出すと、足を組んでタバコに火をつけた。

  

「私がもし君の立場なら・・・この町にはいられないな。ばつが悪いだろ?うん?」

シェーンは傷心し、警察署を出た。

  

家に帰ると、両親と妹・・・そしてクリスとクリスの父親が集まっていた。

「みんな・・・どうしたんだ?」

  

「もう判ってるだろ?・・・まあ座れ。」

それから彼らは話し合った。

  

あれから、ひどい迫害があった。

父の伊万里は、全然売れなくなり、妹も突然退学を勧告された。

  

母親が買い物に行くと、どこの店でもシャッターがわざとらしく閉められた。

クリスの父親のおかげで、アイリッシュやスパニッシュの店で買えたものの・・・もううんざりしていた。

  

「で、マクニコルさんの提案なんだが・・・日本に戻ろうかと思うんだ。」

「日本に?」

  

シェーンにとって、日本は憧れの国だった。

戦争に負けたものの、製剤高度成長を成し遂げた国・・・。

  

「でも、お金はどうするんだい?」

「心配しないでいいよ。」

  

クリスが口を開いた。

「あたいらさあ、シェーンの勇気に感動しちゃってるんだ。お金出してくれる人、すっごいいたんだよ。」

  

「警察や上の連中にもKKK支持が多いんだ。もう、この国にもいられないしね・・・。」

母がぼそりとつぶやいた。

  

「あなた方家族の出航費用その他まで、何とかできそうです。」

クリスの父、ジェイソン・マクニコルが言った。

  

「でも・・・クリス・・・おれ・・・。」

そう、ただひとつの心残り・・・それがクリスだった。

  

「うん・・・あたいも行きたい。絶対行きたい!シェーンと別れたくない!・・・でも・・・。」

ジェイソンが割って入った。

  

「君達家族の分で・・・精一杯だったんだ。」

「じゃあ・・・おれ、残る!」

  

ジェイソンは、シェーンの肩に手をかけた。

「ダメだ。君がここに残れば、確実に死ぬ。そして、出資してくれた人達にも、迷惑がかかる。」

  

シェーンの目から涙がこぼれた。

「何て・・・何て国なんだよ、アメリカって!自由の国じゃなかったのかよ!」

  

黙っていた妙子が、口を開いた。

「お兄ちゃん・・・これ・・・見て・・・。」

  

そう言って見せた腕には、ま新しい傷があった。

「どうしたんだ!」

  

「さっき・・・知らない人から切りつけられたんだ・・・。・・・もうこんな国にいたくないよお!」

そう言って、妙子は母の胸でわあわあ泣き出した。

 

シェーンは、決意せざるを得なかった。

「わかった・・・行こう・・・日本へ。」

  



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シスコの港に佐々木一家が到着したのは、家族会議から7日後のことだった。

あらゆるものを処分し、手続きを済ませたのは、マイノリティの有志たちだった。

  

ここシスコの日系社会でも、先の事件は大問題になっていた。

勇気ある仲間を救おうと、多くの人間が動いてくれた結果だった。

  

シェーンはひとりだけ、ある人物と面会させられた。

その人物は恰幅いい、がっしりとした筋肉を持つ男で、プロレスラーのハロルド坂田と紹介された。

  

「君がシェーンか・・・いい身体だな。」

そう言って、ハロルド坂田は握手を求めてきた。

  

「君の勇気に敬意を表する・・・。君は我々日系人の誇りだ。」

ハロルド坂田も、先輩にあたるグレート東郷とともに、日系人レスラーとして苦労してきた男だった。

  

「日本に行ったら、わたしの友人で、プロモーターでもあるミスター水野を頼るといい。もう連絡してあるからね。」

坂田は、シェーンの肩をつかみ、最後にこう言った。

  

「いずれアメリカも変わる。私達が変える。期待しててくれ。」

シェーンの目から、涙がこぼれた。

  

いっぱい、想い出があった国、アメリカ。

恋をした国、アメリカ。

  

フルーツが旨い国、アメリカ。

自由を教えてくれて・・・そして自由を奪った国、アメリカ。

   

もう・・・帰ってくることはないんだろうな・・・何故かそう思えた。

「シェーン・・・急いで!」

       

もう出航の時間だった。

シェーンは、クリスの手をずっと握っていた。

  

「あたい・・・幸せだったよ。こーんなに有名なシェーンの彼女なんだからさ!」

明るく言うクリスの顔を覗きこんだシェーンは、その顔に流れる涙を見た。

  

「クリス・・・。」

「OH・・・シェーン・・・!」

  

二人は抱き合い、その体温と感触をお互いの身体に覚えこませた。

そして濃厚なキス・・・。

  

「さよなら・・・クリス!」

「さよなら・・・さよなら!」

 

シェーンを乗せた客船は、港を離れた。

しかしシェーンは知っていた。

  

クリスの中に、シェーンの忘れ形見が息吹いていることを。

クリスとともにその命が、このアメリカで生きていくことを・・・。

  

そしてその命が・・・いずれこの国を変えてくれるだろうということを。

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