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市野川容孝コミュの論潮(11月)

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市野川容孝「論潮〈11月〉」『週刊読書人』2005年11月11日号

「租税国家」の危機を前に──自己負担の増額ではなく連帯のための負担を

 1918年、第一次大戦終が実質的に終結した直後に、シュムペーターは『租税国家の危機』と題する講演をおこなった。大戦中、多額の戦時公債によって膨れ上がったオーストリアの財政赤字をどうするかがテーマだった。
 シュムペーターによれば、国家の本質は何よりも「租税」である。人びとから税を徴収し、その使途を決定する装置が、国家なのであり、だから「租税国家」という表現は、「白い白鳥」と同様の冗語でさえある。そして、この租税国家は、私的な経済活動と公的なそれの弁別を前提としており、生産手段の国有化等によって、経済活動全般が公的に統制される社会主義においては、国家は消滅する。オーストリアの巨額の財政赤字を前にしたシュムペーターの予言はこうだった。今あるのは「私企業とともに租税国家の時期」である。「しかし、その最後の時刻(とき)は来るだろう。しだいしだいに、経済の発展と、それにともなう社会的共感の環の拡大によって、私企業はその社会的意義を失ってゆくであろう。……社会は私企業と租税国家を超えて進展する」(『租税国家の危機』岩波文庫、81頁)。ロシア革命を横目で見ながら、シュムペーターは社会主義の到来、すなわち私企業/租税国家の複合体の終焉を予言した。
 2005年度末の日本の財政赤字は、約770兆円(財務省算出)。この現代版「租税国家の危機」を前に、さまざまな議論がなされている。しかし、シュムペーターの時代と決定的に異なるのは、社会主義の到来など、もはや誰も考えていないことだ。議論の主流は「小さな政府」を目指し、逆に「私企業」のテリトリーを広げようとする。小泉政権は、郵政民営化をその象徴に仕立て上げたが、小泉政権を批判する側も、租税国家の縮小を大筋で是とする点であまり変わらない。
 金子勝と杉田敦は、先般の衆院選結果をふまえつつ、「市場原理主義の非常識」に警鐘を鳴らす(「幻想の「改革」への対抗軸を」『世界』)。杉田は、旧来の利益誘導や派閥政治に対する批判を是としつつも、地方の利益や少数者の利益などを「特殊利益」の名の下に一方的に切り捨ててはならないと言い、金子は、自由の根拠となる身体すら、市場原理主義によって危うくなっている現状に注意を促しつつ、「最低限の生活保障やルールの共有化を、若者たちの人生の現実に即して考えていくこと」の必要性を強調する。しかし、二人の議論もまた、どこか歯切れが悪い。市場原理主義を批判しつつも、租税国家の縮小が暗黙の前提となっており、これを維持せよ、強化せよとは、金子も杉田も言わない。金子は、危機の中から「新しい理念と政策」を生み出した人物としてケインズ、そしてシュムペーターに肯定的に言及しているが、後者の「予言」については触れていない。
 高齢化にともなって、社会保障関連の予算は確実に膨らむ。ならば、租税国家のうち、少なくともこの部分は拡大せねばならず、そのためには増税や社会保険料の増額も引き受ける、と明言すべきではないのか。いや、その前に無駄遣いをなくすべきで云々というのは正論だけれども、それは二次的な問題にすぎない。「大きな政府」をつくる、言い換えるなら、社会的な連帯をこれまで以上に強化する、そして、そのための負担を引き受ける、という覚悟を、はっきり言葉にすべきではなかろうか。
 増大が確実な年金支出の財源は、社会保険料の値上げか、増税によって確保されなければならない。熊野英生によれば、「若年世代を中心に、年金負担を社会保険料にしわ寄せされるくらいなら、消費税で高齢者にも負担をシェアしたほうがましだと考える人が増えて」おり、さらに、政府は、サラリーマン増税をちらつかせつつ、それが嫌なら消費税引き上げだという陽動作戦を展開している(「年金生活者にしのびよる消費者増税」『中央公論』)。政府の意図がどうであれ、年金財源をどの道筋で確保するかは、世代間の公平をめぐる問題であることは確かであり、年金受給者となる団塊世代にも(例えば消費税引き上げという形で)相応の負担を引き受ける覚悟が必要かもしれない。しかし、そうだとしても、この負担は連帯のための負担であって、障害者自立支援法や、最近の医療保障「改革」案で示されたような、連帯に逆行する個人の自己負担の増額とは、全く主旨が違う。
 「租税国家の危機」は、財政赤字の膨張だけではない。税の徴収とその運用のあり方を決定する民主的手続の空洞化もまた、その一つである。事実、シュムペーターがその危機を論じた第一次大戦時のオーストリアは、議会を停会させて、戦時公債を発行し続けた。
 アメリカの独立革命の出発点となった「代表なくして課税なし」という言葉に象徴されるように、そもそも近代の議会制民主主義は、国民とそれを代表する議員が租税の統制権を握ることを根幹にしているが、堺屋太一は一つ気がかりな指摘をしている。先般の衆議院解散は八月に実施されたが、これは今までにないことだった。なぜなら、8月は次年度の予算編成期であり、官僚が予算案をつくるにしても、事前に国会議員の意見を聞いてきたからだ。他ならぬその時期に、小泉首相は国会を(半分)消失させたのである。小泉チルドレンに官僚出身者が少なくないこととも絡めて、堺屋は先般の選挙によって「官僚主導の面」「行政府の非常に強い形」が出てきたとみる(特別座談会「この国の民主主義の進路」『論座』)。内橋克人も、「官」から「民」へというかけ声とともに「現場の公務員」はバッシングし、その裏では「上層の官僚はふとらせ」る、それが小泉構造改革の真実だと指摘する(「失われた「人間の国」」『世界』)。
 租税国家を民主化すること、それが危機に直面した私たちの一つの課題だろう。戦争か、平和かを含めてである。

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